愛する


どんな格好をしていくべきか。髪型はどうするか。身につけるもの、つけていく香水は。
これじゃまるで初デートのようだと自嘲しながら朝部屋を出てきた総司。
きっと彼女の事だからそんなデートなんて頭に無くて何時も通りシンプルな格好だろう。
それにあわせて自分もさほど気取った格好はせず何時も通りにしてきたつもり。

「おはようございます松前さん」
「おはようさん」

待ち合わせ場所には既に百香里の姿。そして想像した通り何時もと変化なし。
それでも十分に眩しいくらいに可愛らしい笑顔。向かうは映画館。
何を観るのかは彼女がチケットを持っているから分からないが何でも構わない。
彼女と一緒に休日を過ごすというのが大きなイベントなのであって。期待は禁物だが。

「今日はちょっとオシャレしてみました」
「そうなん」
「ひどい。何時もと違うスカートでしょ?カバンだって違います。髪形だって少し変えました」
「…そ、そうやね。堪忍」

微妙な変化すぎてわからなかったが彼女からするとオシャレしてきたらしい。
気づいてもらえなくてちょっとご機嫌斜め。

「やっぱり普通にすればよかった。お母さんが少しくらいはおめかししなさいっていうから」
「まあまあ。可愛いからええんとちゃう」
「でも気づいてないでしょ」
「いっつも可愛いから」
「そんな分かりやすい嘘」
「嘘ちゃうて。ほら、時間もあるし行こ」

確かに時間のロスはしたくない。百香里を丸めこみ映画館へ。
休日とあって客は多かったが並ぶ事は特に苦でもなく。
映画のジャンルも苦手なものでなかったので楽しめた。
百香里も嫌いではなかったようで面白そうに映画を観ていた。
その横顔はやはりまだ子どもで幼くてあどけなくて、でも、可愛い。


「お母さんに感謝しなきゃ」
「中々おもろかったな」
「はい。…何かお土産買おうかな」
「そこに物販コーナーあんで」
「あ。そうだ。トイレットペーパー切れてたんだ。かってってあげよう」
「えらい現実的な土産やねえ」

映画館を出て目的地は決まったが少し休憩をしようとなり。
ジュースを買って公園へ向かう。最初総司はカフェでもと思ったが
誘いを聞くまでもなく彼女はさっさとベンチへ座ってしまったのだ。

「休日は何をしてるんですか」
「せやねえ。たいがい昼まで寝てたまった洗濯片付けて。
足りへんもんを買い足しに行って。部屋でゴロゴロしとるかな」
「私と殆ど一緒だ」
「そんなもんやろ」

同じですよね、と顔を見合って笑う。

「でもちょっとウズウズしちゃう。お母さんにこれ以上バイト入れたら倒れるって怒られて休み入れてますけど」
「そらそうや。自分を大事にせんとな」
「1人だからウズウズしちゃうんですよね。だから、その、よかったらまた何処か行きません?」
「え。俺と?」
「嫌なら」
「嫌やないけど。…ええん?そんなん言うたら俺期待するかもしれへんで」

それはもう下衆な。男だから、期待も妄想も願望もいっぱいいっぱい。
此方は必死に隠しているのにそんな無防備じゃ危なっかしくて。
総司は少し真面目な顔になって彼女に問いかける。

「休日一緒に何処か行くのがそんなに変ですか?」
「いや、変やないけど」
「松前さんとなら遊べそうだって思っただけで。…何か失礼な事言いました?」
「そんなんとちゃうよ。俺が勝手に考えただけや。気にせんといてな」

やっぱりそんなもんだよな。総司は苦笑する。

「弥生さんとは気さくに何処でも行きそうなのに…」
「ん?」
「……なんでもないです」
「あれ。なんか機嫌斜めってる?」
「休憩したら私買い物したいんで。今日はお付き合いくださってありがとうございます」
「俺居ったら邪魔?」
「そういうわけじゃないですけど」
「分かった。もう邪魔せん、帰るわ」
「あ」
「……引き止めてくれるなら今やで」
「も、もう。松前さんっ」

行かないでと思った気持ちを察したのか、総司がニヤリと笑って言うから百香里は頬を少し赤らめる。
結局2人一緒に買い物に行って必要なものを買い足してそのまま夕方を迎えることとなる。
ファッションやらアクセサリーやらのお店には目もくれず。百香里は激安に釣られていった。


「どうしたんですか?元気ないですけど。あ。疲れちゃいました?」
「いや。それよかもうすぐ本社戻らなあかんからな。それが憂鬱で」

夕方。とりあえず家路につきながらトイレットペーパーを2つもって浮かない顔をする総司。
百香里との距離が縮まるほど彼女と離れたくない気持ちは強まる。その日が近づくたびに強く思う。
肝心の彼女の気持ちはきっと自分には無いのだろうが。淡い思いなんて、男の馬鹿な所だ。

「でも元は本社の人だし、店長してるよりはいいですよね」
「そうでもない。商売するんは好きやしな」
「商売。あ。大阪アキンドな感じですか?」
「ん?もしかして俺が関西人やと思てる?」
「違うんですか?」
「ちゃうちゃう。言葉が染み付いてしもただけや」
「そうなんですか。てっきり」
「よう言われるけどな。ちゃうねん。せやからたまに妙な事言いよる。方言やら何やらごちゃまぜなってしもた」
「ふふ。面白いですね」
「ユカリちゃんが喜んでくれるんやったらナンボでも言うわ」

この笑顔を見られるならなんだって。総司の言葉に百香里はキョトンとした顔をする。
何か不味い事を言ったろうか。セクハラだった?

「…あ。いえ。…松前さんってやっぱり面白い」
「そ、そうか?よう言われるわ」
「……」
「どないした?」
「松前さんだもん。彼女っていうか。…奥さん居ますよね」
「おらへんよ。そんなん。めっさフリーやで」
「そうなんですか」
「ユカリちゃんこそめっさ可愛いから彼氏おるんやろ」
「居ません。けど」
「…けど?」
「ナイショです」

百香里が妙な意地を張りつつもその返事にお互いが心の中でガッツポーズしつつ。
でも百香里の言葉の意味が気になる総司。だが彼氏でもないのに深くは聞けない。
仕事が始まれば下手に話しかけることも出来ない。モヤモヤとしたものが生まれた。
今は居ないけどもう直ぐ出来るということ?それとも好きな人が居るという事?

「腹減ったやろ。飯食うて帰ろうや」
「でももう遅いし」
「俺がちゃんと送り届けるから」

どこかで食事してその間にさりげなく聞きだしてしまおう。
そんな後ろ暗い事を考えて彼女を夕飯に誘う。

「……」
「へ、変な事せえへん。神様に誓う」

それを見透かしたかのような百香里の睨み。ヒヤッとした汗が背を伝う。

「…じゃあ。行きます」
「よっしゃ。何がええかな」

でもなんとかクリアできた。内心ホッとする総司。

「松前さんの料理」
「任せとき!……ん?俺の料理?」
「はい」
「何処で食うつもりやの?」
「松前さんの家」
「俺の、家?」
「はい」
「え。本気で言うてる?」
「はい」
「ま、待ってや。男の部屋にそんな無防備やんか」
「変な事はしないんですよね。今神様に誓いました」
「そ、そやけど。そやけどやで。若い女の子がそんな」
「……じゃあいいです」
「拗ねた顔せんといて。……ユカリちゃんにはかなわん」

夜遅くに男の部屋に来る女。何も思わないほうが可笑しいだろう。
もしかしてそういう事を望んでいるとか?
総司はチラっと隣に居る百香里を見る。いや、そんな子じゃない。
それじゃあどういう気持ちで?普通警戒するだろう。総司の頭の中は軽いパニック。
百香里は食べたいものをリクする。でもあまり聞こえてない。

「松前さん。聞いてます?」
「え。な。なに?」
「私チャーハンがいいです」
「あ。そうなん。わかった。ほな材料こうて」
「そんな立派なのでなくていいです。何時もの感じで」
「わかった」

スーパーで材料と百香里の為にちょっとしたお菓子を購入し
総司の住んでいるアパートへやってくる。掃除しといてよかった。
百香里が住んでいるボロいアパートよりはまだ幾分か綺麗。

「わ。綺麗。ちゃんと掃除してるんですね」
「暇やから」
「男の人の部屋って汚いイメージがあったから」
「…今までの彼とかそんなんやった?」
「え」
「チャーハン作るで適当に座っといて」
「はい」

部屋に入る。本当に中まで来る百香里。嘘じゃなかった。
彼女はリビングに入り大人しく座った。総司は台所。
手際よくチャーハンを作り始めるが頭の中はまだパニック。

「ど、どないしたらええんや。下手に近づいたらあかんやろし。
離れすぎてもせっかくのチャンス逃すしな。ああもう」

その気がなければ夜に来るわけない。と、思うけれど。
相手は百香里だ。もしかして純粋に来ただけかもしれない。
下手な事をして泣かれたり嫌われたら最悪だ。

「美味しそう」
「そ、そうか。よかった」
「松前さんなんでそんな遠いんですか?」

緊張しすぎてチャーハンの味が分からなかった。
片付けは私がしますと百香里がかってでてくれて、
総司は頼む事にした。悶々とするのは嫌だし。

「…可愛いな」

台所に立つ彼女を見たい男心。

「ご馳走様でした。今度は私が何か作りますね」
「ほんまに?嬉しいわ」
「はい」
「何やこんなしてると付き合うてるみたいやなぁ」
「え」
「…はっ!?ち、違う!違う!今の無しや!無し!冗談や!」

付き合っている、それは自分の願望だ。百香里は引いただろう。
総司は慌てて撤回する。でも彼女は何も返事をしてくれない。
そんなつもりはない、冗談だから、本気じゃないから。
必死に弁解する。こんなおっさん気持ち悪いに決まっている。

「…冗談なんですか」
「え」
「や、やっぱり19は子どもですよね」
「え。え。え?」
「結婚してないって聞いてラッキーって思ったんだけど。やっぱり松前さんみたいな大人は子どもに興味なんか」
「…ユカリちゃん、俺の事キモいとか思わへんの?」
「どうしてですか?」
「39のおっさんやし」
「私なんて19です」
「いや、そうやなくて」
「歳の事は気にしません。…私は」

あれこれってまさか。


「あんな?ちょっとばかし言わしてほしいんやけど。俺、俺ユカリちゃんの事……好き、なんやけど」
「そうなんですか?」
「うん。そうなん」
「はあ。じゃあ、一緒ですね」
「そうなんか?」
「あははは」
「ははは…は、て、笑うとこか?」

どうしよう心臓が弾け飛びそう。総司は思わず心臓を抑えた。
百香里は顔を赤らめて恥かしそうに買ってきたジュースを飲む。
これって愛の告白。
そしてお互い一方通行だと思っていたけれどちゃんと繋がっていたらしい。

「松前さん?」
「あ、あの。ほんまにええの?こんなおっさんでも」
「私こそ。いいですか?」
「ええに決まってるやん。…ど、どないしよこれ夢ちゃうやろな」
「夢かもしれませんね」
「夢でもええわ。ユカリちゃんからそんな事聞けたら」

ニヤけが止まらない総司。百香里も嬉しそうにしている。
でもここで勢いづいて彼女を押し倒したら流石に駄目だろう。
何も変な事はしないと神様に誓っているから。彼女もそれを信じてる。

「松前さんが帰っちゃうまでに言えてよかったです。ああすっきり」
「せやったな。俺離れるんやった…」
「忘れないでくださいね」
「そんな今生の別れみたいな言い方せんでも。車でそんなかからんし」
「じゃあ本社に帰っても会ってくれるんですか?」
「当たり前やんか。デートしよ」
「はい」
「……ちょ、ちょっとだけ…ちょっとだけ…近づいてもええかな」
「そんな怖い顔しなくても」

つづく


2013/04/26