第5話
「なあユカリちゃん、いっぺん会社来てぇや」
「そんな…何か用でもないと」
「見学や見学。これあげるから…近いうちに来てほしいなあ」
といわれて既に1ヶ月が経過しようとしている。会社へは未だに行っていない。
総司は何も言ってはこないのだが流石にこの先もずっと無視して行かないのは悪い気がして。
それに彼が仕事している所を見て見たいという願望もあって。
だからといって社員でもなければ何か用事があるわけでもない自分が行っていいのかと悩んだけれど。
邪魔しない程度に見て帰ろう。忙しそうだったら直ぐ帰ろう。と言い訳して一張羅に着替えた。
「お待ちください。すみませんがお客さまは…」
「え?あ。はい!私…ですか?」
会社の名前と場所くらいは知っている。たまにテレビでもその名が聞こえてくるくらいだから。
バスから降りて暫く歩いた先にドデンとそびえるでかい会社。見上げたら高すぎて首が痛くなってしまった。
スーツ姿の人たちに紛れ緊張しつつガードマンの横を通り抜けて入れば綺麗で巨大なロビー。
何処へ行けばいいか分からずウロウロしていたら受付嬢に呼び止められる。百香里を怪しんでいるようだ。
慌てて総司から貰った紙を受付嬢に渡す。読んですぐどこかへ電話をかけた。
「失礼ですがお名前を」
「松前百香里です」
「松前百香里様と仰って…え?え?え…は、はい、分かりました」
会社というものに入った事が無い百香里。こんな大手の会社だったらきっと高卒じゃ無理だ。
忙しなく移動している人たちは皆社員だろうか。居心地が悪くてやっぱり来るんじゃなかったと反省する。
帰ろうかとも思ったが何やらヒソヒソと話をする受付の女性。何か失敗したろうか?
それとも間違いでもあったのか…と気が気でない。百香里の視線を感じてにっこり微笑む受付嬢。
そのすぐ傍に立っている屈強で怖い顔した警備員がやたら目に付く。
「あ、あの、…私…何か…その」
「大変失礼いたしました、今秘書が参りますので少々お待ちください」
「はい」
秘書、ということは千陽が来てくれるということか。彼女が来てくれたら大丈夫だ。
それに怒られる訳ではないようで。ホッとする。ドキドキしながら秘書の来るのを待って。
「ユカリちゃん!いらっしゃい。…あ。ここでは奥様の方がよろしいでしょうか」
「いえそんな!あの、総司さんは」
「それがね、今会議で遠くにでちゃってるんですよ。まあ、ここじゃないんだから部屋へ行きましょうか」
迎えに来てくれたのはやっぱり千陽。ビシっとタイトなスーツを着こんで見るからに有能そう。
百香里は結婚してから働いていないから働く女の見本のような千陽がカッコよくてしょうがない。
けれど大誤算。まさか総司が居ないなんて。そんな話聞いてない。
やはり予め連絡をしておいたほうが良かった。
「おはようございます秘書課の皆さん。こちらは社長夫人の百香里奥様です。くれぐれも粗相の無いようにお願いしますね」
「奥様、おはようございます」
「おはようございます」
「お、おは、おは…ようございます」
自分よりも年上の人たちがおはようございますと深々と頭を下げる。慌てて自分も頭をさげた。
何時までも続くエレベーターを上がり長い廊下を歩き突き当たりの部屋へ。どうやらここは秘書たちの部屋。
そこには似たような格好の人たちが沢山いて、皆美人で。ハキハキ受け答えしてくれる。
「社長室へは社長の鍵が無いとはいれないのよ、専属秘書の私ですら渡してもらえないから…」
「どれくらいでいらっしゃるんでしょうか。その、特に用事なんてないんです。だから、別に直ぐ帰っても…」
「貴方を引きとめないで帰したとあっては社長に何言われるか。大丈夫、後2時間もすればお帰りになりますわ」
「…それまで、この辺歩いてていいですか」
応接間に通されて椅子に座るとすぐにお茶を出してもらった。でも、何となく気まずい。
視線をはずせば皆さん忙しく働いていて、その顔は真剣で。自分は遊び半分で来たというのに。
それが恥かしくて。時間もまだまだあるようだし、ここから出て散歩でもしたいと思った。
「いいですよ。でもこのフロアは広いですから。迷子にはならないで下さいね。もしわからなくなったら
近くのものに聞いて下さい。あと、このパスも」
ガードマンなどに怪しまれないように身分証を首からさげてもらって部屋から出て広いフロアを見て歩く事に。
清掃が行き届いていて窓からは街が一望できて時折スーツ姿の人たちとすれ違う。
何も知らないのに慌てて挨拶なんかして。こんな大企業に来た事がないからドキドキしてしまう。
こんな一流会社でバリバリのキャリアウーマンな自分。千陽のようなかっこいいスーツを着て。
とうてい無理だと分かっていても夢を見てしまうのは仕方が無い。だから気分だけでも味わおう。
10分後。
「ま…迷った……」
さっきも見た観葉植物。同じところをグルグル周っているらしい、方向音痴ではないはずだが。
似たような造りの似たような看板のどっかで見たような観葉植物。あっという間にワケが分からなくなって、
迷って。足が痛いし疲れたし泣きそうだ。ダンジョンに迷い込んだ気分、なんて全然笑えない。
悲鳴をあげそうになった所へ男性社員が見えた。これまたエリート風なお洒落なスーツの男性。
「何、迷ったって?」
「はい、秘書室って何処ですか?」
「見ない顔だね、新入社員?」
「え、あ、いえ…」
神さまの助け!と駆け寄ってみたのだが。男はジロジロと百香里を見定めて。
「教えてあげてもいいけど、その代わり、今度食事行かない?」
「へっ…あ、あの私」
何故かナンパ。食事の誘い。受けるわけにはいかないけど、受けないと教えてくれないという。
素直な百香里はどうしたものかとオロオロして。
「いい度胸してんな」
「渉さん!」
そこに何やら封筒を持った渉が通りかかる。その男性と知り合いのようだ。
「何だ、お前の彼女か」
「ハズレ。一番上の兄貴の奥さん、下手に手ぇだしたら首が飛ぶぜ?」
「え!?…あ、あはは。後はお前に任せた」
だから渉の兄が専務であることもその上の兄が社長であることも当然しっている。
百香里の正体を知ってすぐ離れていった。どうやら食事には行かなくていいらしい。
よかった、と胸をなでおろす百香里。
「で。何やってんの、こんな所で」
「はい。丁度家事も終ったので会社を見学に」
「会社なんか見て何が楽しいんだかね。迷ってたんだろ、秘書課ん所まで送ってやるよ」
何時もすぐにスーツを脱ぎ散らかすから分からなかったけど。スーツ姿が何だかかっこよく見える。
迷って不安になっていた所為か、今助けてもらった所為か。ついてこいと言って歩き出した渉の後姿を見ながら
百香里も歩き出した。総司もこんな風にかっこいいのだろうか、何て想像して思わず笑みがこぼれる。
「ありがとうございます。良かった、渉さんに会えて」
「なにそれ俺の事誘ってんの?」
振り返って百香里を見つめる。百香里にとっては深い意味も無い言葉だったのだが。
そういう風に取られたのかと思わず顔が真っ赤になる。
「あ…あの」
「冗談。ほら、行くぞ」
「は、はい」
いい反応するね、と笑いながら長い廊下を歩いていくけれど。百香里は心臓が止まるかと思った。
本気なのかからかわれているのか分からない。全部冗談という事にしているけど。
渉は飄々として掴みどころのない箇所が多いので。
「あれ、義姉さんじゃないか」
「こんにちは」
「渉、お前は何をしてる」
「ユカりんが道に迷ってたから送ってきた」
やっと戻ってきた秘書課に真守の姿。何やら難しい顔をして千陽と話をしていた。
百香里の出現に当然ながら驚いていた顔をする。
彼の場合ほぼ年がら年中スーツ姿なので普段とさして変化がない。ただ若干表情が硬いか。
「あの、私は会社を見学に…あの、邪魔はしませんから!あの、ごめんなさいっ」
「構いませんよ。千陽さん、兄さんは」
「今お帰りの途中との事です。百香里さんの話をしたらジェット機に乗ってでもすぐ帰る、との事でした」
恐縮しっぱなしの百香里。もし渉が居なかったらまだまだこの広いフロアをさ迷っていただろう。
邪魔しないと決めてたのに行き成り邪魔をする所だった。千陽にも深々と頭を下げる。
彼女は怒るどころか寧ろ初めて来た百香里にお供をつけずにごめんなさい、と謝った。
「相変わらずバカなヤツ」
「こら。…社長室で待っていていてはどうです?僕は鍵を預かっているので」
「それはいいですわ、私お茶を用意してまいりますから」
「じゃ、俺は戻るわ。部長が煩いんで」
「ありがとうございました」
「サボるなよ」
じゃあな、と去っていく渉にお礼を言ってから真守に鍵を開けてもらって社長室へ入る。
大企業トップの部屋。総司と結婚しなければ入ることなんて一生無いであろう場所だ。
重いドアを開けると広い部屋。重厚な作りのデスクに大きな本棚に応接セットに調度品。
これが社長室というものなのか。けど想像した社長室ほどゴテゴテとしたモノはおいていなくて、
必要なもの以外は極力排除したようなシンプルな部屋。総司の趣味だろうか?
「わあ。よくテレビでやってる社長のイスだ!」
「どうぞ、お座りください」
「あ。あの、すいません…」
テンションが上がってしまってついはしゃぐ百香里。それを見てクスクス笑う千陽。
彼女も百香里がまだ20歳だと知っている。最初は何て若い子だと驚きはしたけど。
無理に奥様ぶらず偉そうにせず。ついはしゃいでしまう百香里は可愛いと思う。お茶を机の上に置いて。
「いえいえ、奥様はお好きなようにお使いくださいな。社長は何されても文句は言わないと思います」
「…恥かしい所みられちゃいました」
「じゃあ、ごゆっくり」
「え。あ、あの…」
「お話したいのは山々なんですけど、生憎仕事があるので」
「いえ、気にしないでください…」
失礼します、と部屋を出て行く千陽。1人ぼっちになると何だか心細い。
早く総司に会いたくて。抱きしめてもらいたくてしょうがない。こんな広い部屋で1人で居るのだから。
昼間ダメだといっても帰ってくる総司の気持ちが分かる気がした。
寂しい。
「あ…」
座っているのも暇になってきて、総司の部屋を色々見てみることにした。
もちろん中を開けて探るなんて事はしないで机の上のものを見るだけ。
難しそうな本や何かの記念品やらが置いてあって。机の上には百香里の写真が。
「総司さんったら」
愛しい人に何時も見てもらっているなんて、うれしい限り。
きっと、何時もこの写真を見つめつつ仕事に励んでいるのだと思うと笑みがこぼれる。
幸せな気持ちで他にも目を向ける。そこにあったもう1つの写真。
「…これは」
分かってた事なのに、ちゃんと理解してた事なのに。いざこうして目の前に出されると。
「ユカリちゃん!帰ったで!」
「……」
それからどれだけ時間が過ぎたのかわからない。本当なら嬉しいはずの総司の声。
でも百香里の心はいいようのない悲しみに溢れてしまって。上手く喜べない。
自分の為に急いで帰ってきてくれた夫を笑顔で出迎えてあげたいのに。何故か笑えなくて。
こんなの駄目だってわかってても、どうしようもなくて。
「ユカリ…ちゃん?」
「……」
真守や千陽に呆れられるくらい急いで帰ってきて百香里に会いたくて元気良くドアをあけた。
でもそこに居たのは何時もの笑顔じゃなくて俯いて応接用のソファに座っている百香里。
声をかけたら少しだけ反応してくれたけど、でもついには肩を震わせて泣いてしまった。
「な、何で…何で泣くの!俺ちゃんと仕事してきてんで?途中で帰ってきたんやないよ?ホンマや、信じて」
「……」
「ユカリちゃん、…何でや?俺…わからんよ?何で泣くの」
俯いたまま何も喋らずかすかに肩を震わせる百香里。必死に泣くのを堪えようとするに。悲しくて。
我慢が出来ない。そんな彼女を見て総司は困り果てる。何も悲しませることはしてないはずなのに。
ふと目の前の写真立てが開かれているのが見えた。
「……」
「百香里、…写真、みたんか」
「……」
「ごめん…ごめん…泣かんで」
百香里が見てしまったのは中学の制服を着て微笑む少女。総司と別れた元妻との間に生まれた子。
彼が実はバツイチだというのは百香里も知っている。子どもの存在も。
ただ自分の写真の隣に娘の写真を置かれていて。彼の心を全部占領できなくてそれが嫌で。
でも、そんなのいけないとせめぎあって。混乱して。辛くて。
「…すいません、…泣いちゃって」
「百香里はなんも悪ない、全部俺の責任や」
百香里の隣に座り彼女を抱きしめるとその唇を奪う。百香里も最初は戸惑いながらも応える。
抱きしめあってもっともっと深いキスをしていき。
「あ、あの、総司さん…」
「嫌か」
体が熱くなってきた所で百香里を脱がせ始める。驚いたのかその手を止める百香里。
でも何時に無く熱いまなざしで見つめられて。
「…何があっても…離さないって…言ってください」
「離さへん。絶対離さへん。百香里」
「総司さん…」
止めていた手を離し総司の首に手を回した。それを了解と取りネクタイを緩める。
全部脱いでいる時間さえももどかしい。百香里をしっかりと抱きしめて愛撫していく。
それから何度果てても総司は百香里を離そうとはしない。百香里も必死に抱きついたまま離れず。
「百香里…」
「…あなた」
「百香里だけやで」
「はい」
何度か机の上の内線が鳴ったが無視を決め込み百香里を突き上げる。
「こんな…なるの…」
「あ…あぁ……はいぃ」
お昼を越えてすでに時刻は3時前。空腹なのも忘れてエッチした。こんなの初めてかも。
脱ぎ散らかした服を回収しようと手を伸ばすがまだ良いとその手を絡めとられ総司に抱きしめられる。
何時もなら怒る所なのに、そうですねと返事して気持ち良さそうにソファに横になる百香里。
「ユカリちゃんとの子やったらめっちゃ可愛いやろなあ」
「総司さん」
「夫婦やもんな。なあ、百香里」
「……、はい」
何となく百香里も総司が妊娠を避けている事は分かっていた。
だから百香里も総司が欲しいと言うまで強請らなかった。欲しいという願望はあったけれど。
どこかで前妻との子どもに遠慮していたのも事実で。でも、総司が前向きに考えてくれてるのは嬉しい。
「それやったら、さっそく」
「え。…元気ですね」
「僕ユカリちゃん専用やもん」
「その前に電話なってますよ」
「……もう。面倒やなー」
百香里を組み敷いた所で脱ぎ捨てたスーツから携帯の着信メロディが流れる。
同時に内線電話も鳴っているから恐らく真守か千陽、あるいは両方の呼び出しだろう。
無視しようとしたら取って下さいと百香里に押し切られる形で渋々携帯を取る。
『お茶を用意いたしました。中へ入ってもよろしいでしょうか』
「あーー。ちょっと待ってや〜」
やっぱり。向こうも何となく状況を察しているだろうから少し待ってもらって。
その間に服を着て鏡を見て髪を整える。もっと百香里に触れていたいけど。それはまた夜。
軽くキスをしてからドアを開ける。そこには準備万端の千陽の怖いくらいの微笑み。
「すいません」
「いえいえ。これも仕事ですから」
「あー美味いなあ。千陽ちゃんのいれてくれた茶はうまい」
「それは僕がいれたんだよ兄さん」
「ぶっ…、…何やお前かい」
そして後から入ってくる真守。これってもしかして盛大に説教?嫌な予感がする総司。
百香里は何も知らずただご迷惑をおかけしましたと謝ってばかりだ。
当然2人は百香里には甘いから怒ったりはしない。総司には怖いくらい冷たいけれど。
「はは、それは冗談だけど」
「お前の冗談は冗談ちゃうて」
「ですよねえ」
「…分かりにいくです」
「え?そうですか?すいません気をつけます…」
真守の笑えない冗談に苦笑しつつ、すぐに怒られないから大丈夫かな?と安心。
それから百香里を交えた会話を数分して、美味しいお茶を飲んで。
有名な洋菓子店のクッキーをもらって。
「じゃあ、私はそろそろ」
「あー!いや!いやん!」
「…でも」
時計を見てもう本当に時間がないと慌てて帰る準備をする百香里。
「すいません、姉さん。もう少しだけ居てください。貴女が帰ってしまったら社長が」
「すとらいきー!すとらいきー!」
ここまで来たら一緒に帰りたい。まるで朝の再現のように駄々をこねる総司。
「シャラップ!お仕事しないとギュウギュウにがっちがちにスケジュール組みますよ!」
「千陽ちゃん怖い…。うう」
「でも、4時30分からタイムセールやるんです。それには絶対間に合いたいんです」
「じゃあ、4時まで居ていただいて」
「僕もかえ」
ギロリと秘書と専務の睨みが総司を貫く。これは怖い。
「社長が5時前に帰宅とはどういう了見ですか」
「生憎6時までたんまりお仕事たまってますわよ社長」
「ひ、ひえ…ぇ…めっさこわい…この2人」
「4時までは居ますから。ね。総司さん」
「…うん」
それだけに自分を心配してくれる百香里の優しい眼差しは愛しさが増す。
悲しませてしまったぶんをまだ取り戻せてない。もっと誠心誠意彼女を愛さなければ。
夜の事を考えると鼻息が荒くなるが、その隣でこっちを睨むダブル閻魔さまにすぐ冷める。
「良かったら秘書課きます?可愛い子に混じってイケメンも居ますよ」
「え。イケメンさんですか〜」
「歳もね20代前半から30代」
「わあ」
「けっ…鼻垂れ小僧の青二才やん」
4時まで居るといっても何もしていないのは百香里も退屈だろうと千陽が提案する。
イケメンという言葉に嬉しそうに反応する百香里。
大丈夫だとわかっていても内心冷や汗が出てくる総司。真守は苦笑している。
「はいはい、40男のひがみはそれくらいにして。お仕事してくださいね社長」
「じゃあ、頑張ってくださいね。4時になったらまた顔を出しますから」
「ええ!ほんまに行ってしまうの!?あ、あかんよ!」
「邪魔したくないですから」
「でも…」
妙に嬉しそうな顔をしているけど、もしかしてイケメンに期待してる?
「ささ、どうぞ」
「はい」
「ああ!百香里!百香里ーー!」
ぎゅう
「はいはい、仕事仕事」
「ま、真守…肩掴みすぎや…めっさ痛い」
「仕事ですよ社長」
「…わ、わかっとる」
真守にやたらキツく肩をつかまれて渋々机に戻るなり机の上にドスンと置かれた資料の山。
「それでは、この書類に目を通しておいてください」
「あ。…なあ、真守」
「はい」
こんなに?と辟易しつつも去ろうとした真守を呼び止める。
「…俺とユカリちゃんとの間に子が出来たら」
「夫婦なんですから。自然な流れだと思いますけど」
「そう、やよな」
「そうですよ」
「悪いな」
「いいえ。失礼します」
百香里との間に子を成す。彼女が望んでいることは前々からわかっていた。
それを暗に避けていたのは自分で、きっと彼女もそれを察して何も言わなかったのだろう。
ここはもう逃げたりしないで夫婦として生きていくと決めたのだから、向き合わなければ。
よし、と真剣な顔になった総司。真守が出て行ったのを確認してすぐ。
プルル…
「はい。秘書課です」
「あ。あのさ、…そっちに若いイケメンっておるん?」
「イケメン…ですか」
一応、確認。
「え?おらん?ああ…よかったぁ」
「あ。でも」
「なに!?おるん?」
おわり。
2008/11/30