ぎわく


のんびりと始まった松前家の日曜日。総司に抱きしめられて心地よく眠っていた百香里を起こす電話。
相手は梨香からで、緊急の用事があると呼び出され何があったのかと慌てて指定された喫茶店に来た。
彼女はこっちこっちと手を振ってウェイターにコーヒーのお代わりを注文した。百香里も同じものを頼む。

「でもまだ決まった訳じゃ」
「私とのデートを途中放棄して会うような相手よ?絶対おかしいわ」
「渉さんに確認したんですか?」
「もちろん。でも適当にはぐらかされて」
「何か理由があるんですよ。きっと」

渉ではなくて自分を呼んだ理由はすぐに分かった。かなりご立腹の様子の梨香。
そういえば昨日はデートで彼女の部屋に泊まり帰ってこないはずだったのに、渉は戻ってきた。
彼は気ままな所があるから百香里は特にそれを変だとは思わなかったのだが。

「女子高生くらいの子と歩いてたのよ?レストランなんか入っちゃって!ま、まさか」
「まさか?」
「援助交際!?」
「梨香さん声が大きいですって」

梨香は真っ青な顔になって今にもコーヒーを落としそうだ。百香里は慌ててそのカップを掴んでおろす。
デートを途中放棄してまでその少女と話した理由は何だろう。援助交際、とは思いたくない。
彼はそういう事をする人ではないと信じているから。

「そんな気があるかもとは思ってたんだけど」
「え。で、でも。梨香さん大人っぽいですし」

たまに見かけるAVもお姉さん系が多いような、という言葉は飲み込んだ。
梨香は渉の浮気を疑っている。たしかに変に思われても仕方のない状況だ。
説明を求められても曖昧にしてしまってそれ以上は何も言ってくれないのだというし。
もしこれが総司だったら、自分も彼女のように疑って取り乱したかもしれない。

「そこで、貴方よ」
「え?」
「それとなく探りを入れてくれない?」
「わ、私がですか!?」

まさかのご指名。思わず声を荒げる百香里。そんな大事な事を頼まれるとは。
いやしかし彼女なら言いかねない。ただ愚痴るためだけに呼んだのではかった。
何時に無く真面目な顔をして見つめてくる梨香は本気だ。

「そう。年下に弱いなら貴方にだって。それに、…義姉さんだし」
「ちょ、ちょっと待ってください。私がお2人の事にかかわるのは」

少し前の百香里なら大事な家族の為に何とかしようとしたかもしれない。でも、今は違う。
夫である総司はともかく、義弟たちのプライベートには首を突っ込まない事にしている。
彼らには彼らのやり方があるのだから、無理に詮索して入っていくのはよくないと学んだ。

「お願い。貴方しか頼れる相手がいないのよ」
「困ります」
「じゃあ女の影が無いかだけでも。ね?お願い!この通り!」
「……じゃあ」
「ありがと!お願いね!」

のだけれど、こんなにも強引に押されると断われない。梨香が必死なのは十分伝わるし。
結局、彼の様子をメールで報告をするという事でやっと解放されて喫茶店を出る百香里。
どうしたものかとため息をしながらもマンションに戻った。


「ユッカリっちゃん!おかえり!」
「ただいまもどりました」
「どないしたん?顔色えーないよ?あの派手お姉ちゃんと何かあったん?」
「いえ。あの、朝ごはんの準備しますね」

玄関を開けると待ってましたと総司が出迎えてくれた。抱きしめられて頬にキス。
百香里は彼に相談しようかと迷ったがやめて。朝食作りに取り掛かる。
真守はリビングで新聞を読んでいたが渉はまだ起きてこないらしい。

「なあ真守。今日は千陽ちゃんと映画やろ。ビシィっと決めていかなな!」
「ただ映画を観るのに決める必要はないでしょう」
「何言うとんねん。女の子と出かけるのにそんな」
「だいたいそんな服は持ってませんから。彼女もそこは理解してくれていると思います」
「俺のかしたる」
「結構です」
「それやったらせめて髪型だけでも。散髪とか」
「先日行って来ました。アレンジは得意ではないので、ああ、兄さんは何もしないでください」

視線は新聞。慣れたようにビシバシと総司の言葉に返事をする真守。
今日はある意味デートの日だというのに何時もの格好で行くつもりか。それじゃ仕事と変わりない。
彼にそんなオシャレな服があるとは総司も思っていない。買え買えといっても時間がないと言って。
1人悶々としていると百香里が手伝ってくださいと声をかけた。そっちへ飛んでいく総司。

「真守さんも緊張してるんだと思います、あまり無理は言わないでください」
「そうなん?」
「だって新聞さかさま」
「あ」
「千陽さんなら真守さんの事分かってますから。心配することないです。はい、これ運んでください」
「ユカリちゃんはちゃんと見とるんやなあ」
「総司さんが私ばっかり見てるだけです」
「あはは」

微笑みあって朝食をテーブルに並べた。その頃になってやっとおりてくる渉。
パジャマ姿のまま大きな欠伸。真守に怒られてもハイハイですませ椅子に座った。
すぐに百香里はコーヒーをだしおはようございます、と何時ものように挨拶をする。

「今日は何かご予定は」
「ん?何で俺のご予定なんか聞くの?」
「え。あの、…何となく」
「今日は別に何もしないけど。なに?日曜だから出てけって?」
「いえ。そんな」

出されたサラダを食べながら不機嫌そうに言う渉。何時ものようにからかうような口調ではない。
寝起きで不機嫌なのか虫の居所が悪かったようで、そんな時に余計な事を聞いて怒らせたのだろうか。
落ち込む百香里を気遣ってか総司が切りだす。

「せっかくの休みやしお前もゆっくりしたらええやん」
「そうやってまた俺らをここから追い出そうってか」
「そんな風に取らないでください、気を悪くさせてしまったなら謝ります。ごめんなさい」
「渉、いい加減にしろ。義姉さんこいつはからかっているだけです。気にしないでください」
「そうやで。俺ら兄弟仲良く暮らそうって言うてるやん。なあ?」
「あんたとは無理だ」

それだけ言うとあとは無言になり。さっさと朝食を食べてまた部屋に戻っていった。
百香里には何となく総司を睨む目が本気だった気がした。もしかして不機嫌なのはその所為?
真守もそう見えたようで総司に何かしたんですか?と聞いていたが総司は何も覚えがないと首をかしげている。
彼の場合気づいてないだけという事もありえるが。


「渉さん、あの、着替えとかここに置いておきますね」
「……」

ノックをして渉の部屋に入るとベッドに寝そべっている彼が居た。
洗濯を終えた着替えを持って上がっていった百香里。何時もなら適当に置いといてと言われているから
勝手ながらクローゼットなどを開けて服を収納していた。今日は本人が居るからそれはしない。

「失礼します」
「ユカりん」
「はい」
「……」
「渉さん?」
「……、…旦那呼んできてくれるか」
「総司さん…ですか?」
「よろしく」

ベッドに座ってテレビをつけ此方を見ない渉。どうして総司を呼んだのか分からないが。
とりあえず部屋を出てリビングで寛いでいた総司に声をかける。

「渉が?何やろなあ」
「……」
「そんな心配せんでええよ。そや。話し終わったらデートしよ」
「はい」

不安げな顔をして見つめてくる百香里にキスして弟の部屋へ向かう。
彼から自分を呼ぶなんてそんな事今までの経験上無かった。少し緊張する。
ドアをノックして部屋に入るとベッドに座っている渉が居た。

「何や」
「昨日、唯に会った」
「元気そうやったか?」
「夕飯食わせろって高い店つれて行かれた。相変わらず生意気なガキだ」
「そうか。悪かったなぁ」
「まだ諦めてない感じだったけど。どーなってんの」
「ん?まあ。色々とな、話はしとるんやけど」

曖昧な総司の言葉に黙る渉。そして徐にベッドから立ち上がり兄を睨んだ。

「あんたが娘に甘いのはよくわかった」
「何怒っとるん」
「別に。出かけるからどいてくれ」
「渉」

何か言いたげな瞳。でも渉は何も言わず上着を取って部屋を出て行った。
総司も少し時間をおいてから部屋を出る。リビングでは心配そうに待っている百香里。
どうでした?という彼女の問いには答えず無言で抱き寄せて痛いくらい抱きしめる。

「総司さん?」
「どこ行こ。行きたい場所ある?」
「そうですね。今日はのんびりお買い物でもしましょうか」
「よっしゃ。ユカリちゃんに似合う可愛い服とかみよ」
「はい。あ。じゃあ、今度高校時代の友達と会うのでその日ように」
「そうなん?それ…男もおる?」
「どうでしょう。居たら不味いですか?」
「ユカリちゃん可愛いから」
「あっさり浮気でもすると?」
「それはない。ユカリちゃんを信じてる。楽しんできたらええよ」

軽くキスをして部屋を出る。既に真守は出ており渉も足早に出て行ったから自分たちが最後。
戸締りを確認してから外へ出ると総司の車に乗り込み街へ走りだす。仲良くお買い物といっても
百香里の手には激安スーパーのチラシ。今日は何が安いか赤ペンもって車内でチェック。
梨香に呼び出されたからかなり出遅れてしまった。めぼしいものはもう無いかも。

「お昼は考えなくていいからその分夜を…うーん」
「夜やけど、酒でも飲みにいかへん?」
「お酒ですか」
「いっぺんユカリちゃんと2人で飲みたいなーて思ってて」
「そうですね。総司さんとお酒飲みたいです」
「決まり」
「あ。まさか酔わせて変な事しようとか思ってないですよねぇ」
「……」
「何で黙っちゃうんですか」

とりあえずチラシは仕舞って総司と話をしながら何時も利用する駐車場まで向かう。
お店をぶらりと歩く為に。毎度行く安さが売りの商店街ではなくて今回は少しグレードが高いハイソな通り。
行き交う人たちも皆身なりがよくて年齢層も上。百香里は来るたびに違和感を感じる。
総司と一緒でなければ来れない場所だ。ウインドウショッピングもドキドキするくらいだから。

「知らん間に店増えたなあ」
「あの。総司さんはどういうのが好きですか?」
「ユカリちゃんは何でも似合う。せやけどたまにはセクシーなんもええなあ」
「じゃあこの前梨香さんに教えてもらったお店行ってみてもいいですか」
「かまへんよ」

仲良く手を繋いで梨香に教えてもらった店へ向かう。たしかこの通りにも支店があったはずだ。
有名なお店のようだから名前も覚えていた。彼女みたいに大人っぽい女性に憧れているのもあるけど。
やっと見つけた店内は休日とあってか客は多く中には彼氏連れというのもチラホラみえる。

「ちょっと派手かな。でも、これくらいいいですよね」
「試着してみよか」
「はい。あ。…入っちゃ駄目ですよ」
「あかんの?ちょっとだけやったらわからんて」
「駄目です」

総司に惜しまれつつ手を離し服を持って試着室へ。何時もの店のように狭くて薄暗くて心もとない事などなく
十分なスペースで綺麗な部屋だった。本当にここが試着室なのか何度も確認してしまうくらい。
明るい部屋に入ると早速着てみる。値札を見たら絶句すると思うのでここは敢えて見ない。

「終わったぁ?」
「早いですよ。まだ覗かないで」
「今どんな感じ?」

ドアの向こうから総司の声。入ってまだ3分と経っていないのにもう我慢できないのか。
今にも中に入ってきそうな旦那さまにちょっと呆れつつ。

「下着姿です」
「見たいなあ」
「後で、見るんでしょ?」
「すぐ脱がしたるけどね」

あっさり認めてしまう彼に顔を赤らめる。誰かに聞かれていたらどうしよう。
手早く着替えるとまずは自分で確認。ちょっと肩が出すぎだろうか。着心地はとてもいい。
生地もしっかりしているし、派手だと思った柄も着てみるとそうでもなかった。

「どうでしょうか」
「あかんわ」
「駄目ですか」
「ユカリちゃんにセクシーさを与えたらあかん。…このままお持ち帰りしたい」
「わ、ちょ、ちょっと!入ってこないでください!」

百香里のちょっとセクシーな姿にポーっとした顔をしてズンズン試着室に入ろうと進んでくる総司。
慌てて押し返しドアを閉める。危ない。あのままだったらここで大変な事になっていた。
何よりまだ買うと決めてないのに買い取るはめになる。それはごめんだ。慌てて自分の服に着替えた。

「こっちもええなあ。あ。あっちも」
「何だかさっきよりも積極的なような」
「あ。お友達と遊ぶ時はこれあかんで?」
「わかってます。地味にしていきますから」
「服装地味でもユカリちゃん華あるからなあ」
「あ。セール品だそうですよ!セール!30パーセントオフ!……で、3万ですか…へえ」
「買う?」
「90パーセントオフなら買います」
「……えっと、…あっちもみよか」

全然安くないオフ。裏切られたような気がしてあからさまに不機嫌な顔をしている百香里。
総司は彼女の手を引いて別の場所へ移動。此方では鞄や靴などが置いてあった。
そういえば靴にはあまりお金をかけてないなと思い眺めてみる。可愛いけど値段は可愛くない。

「どっちが似合う?」
「どっちもいいよ」
「じゃあ両方かって」
「しょうがないなあ」

百香里の隣で靴をみていた爽やかなカップルが箱を2つ持ってレジへ去った。
一足でも結構なお値段なのに。凄い人も居るものだと関心しつつ。
やっぱり自分は何時もの安いのでいいかな、と思えてきた。普段そう出かける事もないし。
あまりにも可愛いすぎる靴。ヒールの高いのも得意ではないし、とどんどん消極的になる。

「あ。可愛いな」

そんな中目に付いた靴。見てみようと手を伸ばすと僅かな差で別の人に取られた。
彼女はそれを痛く気に入ったようでそのままレジへ。あっという間の出来事。

「あそこにあった靴なんやけど、他にはもうないん?」
「確認してまいりますので少々お待ちください」
「総司さん、いいですよ。私別にそこまで」
「ユカリちゃんが始めて手に取ろうとした靴やん。そんだけ興味あったんやろ?」
「ちょっと見てみたいとおもっただけで」
「そういう出会いは大事にせなあかんよ、…あのオバンよりユカリちゃんのが似合うし」
「総司さんっ」

聞こえては居ないかと慌ててレジの方を見るが大丈夫。彼女は会計をすませ店を出て行く。
確かに歳はけっこう上だったように思うけれど。総司に言われて調べてきた店員が戻ってきた。
もし在庫が他にもあるのなら、と百香里も少しだけ期待して返事を待つ。

「申し訳ございません、先ほどの商品で完売になりました」
「そうなん。残念やなあ」
「ありがとうございます、もういいですから」

やっぱり、とちょっと残念だけど諦めて。結局この店で服を何着か買ってもらった。
百香里としては1着あれば上等かなと思っていたけれど、総司がテンションをあげてしまって。
デート用とかこういうのもたまには気分転換にはいいとか色々と調子のいい事を言って。

「諦めつかへん。ユカリちゃんに似合う可愛い靴さがそ」
「もういいですって。こんなに買ってもらって十分嬉しいですから」
「ユカリちゃんいっつも俺に気ぃつかって見てるだけやのに、あの靴には手ぇ出したやろ。
すぐ傍で見たいって思ったやろ?それってめっちゃ凄いことやんか。諦めたらあかんて」
「そう、ですか?私はただ」
「まだ時間もあるし。酔わせるんはまだ先やし」
「……じゃあ、…見るだけ」

百香里の言葉に総司はにっこり笑って歩き出す。また手を繋いで。
荷物はそんなに多くは無いけれど彼が全部持ってくれた。百香里が持ちますといっても。
デートやから、と笑って。最初は気にしていた百香里も今日は彼に甘えようと微笑み返す。
途中可愛い雑貨の店やメンズの服なども見てまわる。結構あるいていつの間にかお昼時。

「はあ。しんどいわ」
「結構歩きましたもんね」
「ユカリちゃんは大丈夫そうやね」
「いえ。疲れました」

丁度いいタイミングで洋食屋を見つけて昼食をとるために入る。美味しそうな匂いでいっぱい。
空腹で何でも食べれそう、とメニューを見て絶句する。ゼロが1つ多い気がする。歩きすぎて目も疲れたのかと
百香里は何度か目を擦るがやっぱり同じ。立地的にやはり高級なお店だったのだろう。
少しボロくレトロな店構えをちょっと甘く見ていた。
百香里は比較的お手ごろな値段のランチを注文して総司もそれと同じものを頼む。

「初めてここに連れて来た時覚えてる?」
「はい。まさか総司さんがこんな高級な所に来るなんて思わなくて」
「何も話してなかったんやから、驚くわな」
「知っていても、やっぱり同じ反応だったと思います」

プロポーズされるまで百香里は総司をあまり裕福ではない人だと思っていた。
身なりがまずだらしない感じがしていたし、醸し出す雰囲気はまさか次期社長とは思えぬもので。
連れてこられた時も見栄を張ってこんな高級な店ばかりが並ぶ通りに来なくてもいいのにと思った。
そんなつもりはなかったがずっと不満げな顔をしていたらしい。何でも買うといっても外ばかりみて。
どんな高級なものを見せても彼女は退屈そうに時計ばかり気にしていた。帰る時やっと安心した顔。

「そうやろね。今かて帰りたそうな顔してるし」
「そ、そうですか?」
「あん時の俺は、金があるとこ見せてユカリちゃんモノにしたかっただけなんかもしれん」

総司は視線を百香里から窓から見える外の通りに向ける。浅はかで愚かな算段だ。
それがそう遠い過去の話しではないのが痛々しい。それだけ彼女に夢中で。
なんとかして自分だけの人にしたかったという事だろう。いい歳をして20も若い女に必死になって、
何をしているのかと自分で自分を突っ込む。

「あの時から私好きでしたよ。総司さんの事」
「俺は。……初めから好きやったよ」
「総司さん顔赤い」
「そ、そらな。ユカリちゃんの意地悪」
「ふふ。総司さん可愛い」
「ユカリちゃん〜」

笑いあっている所にランチが来ていっきにお腹がすく。
いただきます、と言い合って。食べ始めた頃から人が増えてきてあっという間に行列。
もしかしてここは凄い有名なお店なんだろうか。確かにそうそうお目にかかれない味。
レシピを盗みたいところだが素人ではどうにもならないレベルで。食べる事に集中。

「美味かったなあ」
「本当に」
「またこよか」
「はい」
「お。素直やね」
「何度か行けばレシピいただけそうな気がして」
「なるほど。そういうお手伝いやったらなんぼでもするで」

店を出て駐車場までの道をまた歩き始める。見てきた店をもう一度見て。

「わあ。カッコイイ。モデルさんかな」
「何処がええねんあんなん」
「それとも俳優さんかも。うわあ」

ある店で何か人だかり。ついバーゲンかと覗き込んだら1人の客に視線が集中していた。
街を歩いていたってなかなか出会う事はないであろう長身スリムな美男子。
そういう事に疎い百香里でもかっこいいと見蕩れてしまうほど。歳は同じくらいか。
面白くないのは総司。不満そうな顔をして彼女の肩を抱く。

「いくで」
「サイン…」
「ユカリちゃん」
「はい」

引っ張られるように外に出る。まだ惜しそうに中を見ている百香里。

「あんなんどーせしょーもない奴やで。ひょろい体しよって」
「そんな言い方しなくても」
「ユカリちゃんはあんなんがええんか」
「怒らないでください」
「怒ってへん」
「でも不機嫌そう」
「そら」
「総司さんの方が素敵だから、許してください」
「……ユカリちゃん」
「でもどっかで見たことあるんですよねー彼」
「百香里!」

最後の方はちょっとからかってみた。反応してくれる総司が面白くて可愛くてつい。
駐車場に戻り荷物を後ろにおいて車は走り出す。ご機嫌斜めな旦那さまの運転で。
流石にこのままでは空気が悪くなると百香里は手を彼の太ももに置いて甘える。

「総司さん」
「あかんよ。そんなトコ触ったら」
「え?運転の邪魔でした?ごめんなさい」
「もっと真ん中触ってほしなるやん」
「真ん中。……もう!」
「後で撫でてや」
「……なでるだけ?」
「いややわ。恥かし。俺に言わせるん?」

すっかり機嫌は直った様子の総司。とりあえずどこかで休もうという事でホテルに入る。
何故ホテルなのかは敢えて聞かなかった。聞くまでも無くすぐに理由は分かるから。
適当に部屋を選び部屋に入るとすぐに抱きしめられ、ではなくて広い豪華な風呂。
エロよりもまずは疲れを取りたいらしい。熱めの湯加減でのんびり入浴を始めた。

「今日は沢山買ってもらってありがとうございます」

総司の膝に座って彼に抱きしめられながら百香里は言う。今日はよく彼に甘えた。買ってもらった。
もかして慣れてきているのだろうか。手を伸ばしただけで何でも揃ってしまうこの生活に。
何処か危機感を感じながらも甘えられて総司が嬉しそうだったのは百香里も見ていて嬉しかった。

「夜になったら着替えて酒のも。上のバーに行くのもええなあ」
「明日からまたお仕事なんですから程ほどにしてくださいね」
「ユカリちゃん!そんなん言わんといて。真守やないんやからー」
「妻として、ご忠告してるんです」
「デート中はその話は無しや」

そう言って百香里の頬を捉え唇を奪う。彼女もそれに応える様に総司の首に手を回した。
暫しの間静かになる風呂。

「あがりましょうか」
「そやね」
「今日は沢山甘えたいので、…ベッドまで、抱っこして連れて行って」
「ほんま可愛いなあ。よっしゃ!」

風呂から出ると百香里をお姫様抱っこしてベッドへ連れて行く。お互いに裸のまま。
軽くタオルで体の水気を拭いただけだからまだ少し湿っているけれど気にせず彼女を寝かせる。
風呂上りのベッドの心地よさについ眠りそうになっている百香里。
総司はそんなまどろんでいる彼女に覆いかぶさり舌を絡める深いキス。手は早速百香里の胸に行き
優しく揉みしだきはじめる。眠るにはまだ早い、えっちな刺激を与えて此方に視線を向かせなければ。

「ん…ぁ」
「まだ目ぇ瞑るの早いんとちがう?」
「…総司さん」

親指の腹で両方の胸の先を指で弄りながら百香里を見つめる。恥かしそうに視線を逸らすのもまた可愛い。
舌も使って刺激していく。首筋から胸のラインを舌でなぞったり思いっきり胸の頂上を吸ってみたり。
わざと音をたてて。その度に百香里は総司を抱きしめながらも可愛い声をあげて体をくねらせる。

「ユカリちゃんに見られるんは恥かしいなあ」
「私のは見るのに」
「可愛いもん。やっぱ上に来てくれへん?」
「…はい」

体の芯が熱くなった所で考え込む総司。言われるままに位置を変えて彼が寝転び百香里がその上に乗る。
人の顔にお尻を向けるのは今でも十分恥かしいけれど。今日は旦那さまに沢山甘えてしまったし。
愛する人のお願いに弱いというのも大いにあり、百香里は頬を赤らめドキドキしながらも彼のモノをそっと掴む。

「もすこし腰下ろしてくれへん?」
「こ、こう、ですか」
「そうそう。ああ。ええ眺め」
「……」
「恥かしがってる顔も可愛いやろなあ」

間近にしながら舌を伸ばすのを我慢してまずは彼女の柔らかなお尻をなでる。
自分のモノを握っている手が動き始めたら同時にしようと思って。恥かしいのか握ったまま動かない百香里。
こうしてジッとお互いのモノを見詰め合っているのも中々興奮するけれど。やはり触れたい衝動には勝てず
目の前にあるピンクの壁に先に舌を入れる総司。ビクっと彼女の腰が動いた。

「っ…ぁあん…総司さん…まって」
「…堪忍」
「私もやりますから…」
「焦らんでええよ、ゆっくりな」

舌を離し百香里の手を待つ。彼女は体勢を立て直しゆっくりと撫でて扱いて、最後は口に含んだ。
拙い動きではあるが愛情は大いに感じる。最初は見守っていた総司だが彼女の舌使いにうっかりイキそうになり
慌てて自分も愛撫再開。お尻を掴み舌を入れ暖かく柔らかなソコを掻き乱す。キュっとお尻に力が入る百香里。

「……も、もう」
「イキそう?」

小刻みに震えながらも首を振る百香里。総司は愛撫する手と舌を止めて彼女を抱きしめると
優しく寝かせる。汗でぐっしょりと濡れた体。荒い息の百香里は切なそうに総司を見つめる。
そうすぐイキそうだったのに止められて、早く続きがしたそうなそんな顔に見えた。

「あ…」
「俺も。やから、一緒にな」

そんな百香里の足を掴み大きく広げてると彼女の愛撫で硬くなった自身をあてがう。

「はい」
「やっぱ向きあっとるほうがええな。顔が見えて」
「総司さん」
「ん?」
「……こんなに沢山愛してくれてるのに、私」

恥かしそうにしながらも総司の顔を見つめていた百香里が少し瞳を潤ませる。
先日行った実家で言われた事がまだ尾を引いているのだろうか。子どもは自分たちではどうしようもない、
百香里を思い出来るだけ触れないようにしていたけれど。総司も朝の事を思い出し少し俯く。

「そんな顔せんと。子どもは義務やない、そなん思うんやったらまたゴムする。最初からせんほうがええ」
「いや。このままお願いします」
「百香里」
「あなた」
「それやったら、もっと笑顔でな。楽しまなもったいない」
「はい」
「よっしゃ。ユカリちゃんは笑顔なんが1番や」

やっと微笑んだ彼女にキスして腰を動かし始める。
ギュッと抱きしめて抱きしめ返して。

「ぁっんっ…ぁっ」
「ユカリちゃん……堪忍……な」
「ぁっ…んっ…ああっぁ」
「……」



百香里が目を覚ますと窓のカーテンが少し開いていて、空は真っ暗。ボーっとそれを眺めていたのだが、
何時もの習性というか癖で皆の夕飯とか酒のつまみの準備をしなければと思って慌てて立ち上がる。
が、そこは自分たちの寝室ではなくてホテルの部屋。デートの途中だったとため息。ベッドに座った。

「総司さん?何処ですか?総司さん」

やけに静かな部屋。隣に彼は居ない。キョロキョロと周囲を見渡すがいない。
探そうとまた立ち上がるが全裸のままは恥かしい。よってまずは服を脱いだ風呂場へ。
下着をつけて服を着ようとしたらおいてあったのはここに来た時の服ではなくて
あの通りで見つけた店で買ったちょっとセクシーな服。タグなどは全て外されていた。

「着替えてくれたん」

仕方なくそれを着て風呂場から出ると丁度総司が外から戻ってきた。

「あ!何処行ってたんですか。不安になっちゃうじゃないですか」
「ああ。似合う。めっちゃ可愛い…やなくて、セクシーや」
「もう。総司さん」
「あとはこれと」

心配する百香里を他所にポケットから小さな箱を取り出しそこからまたペンダントを取り出して百香里につける。
どうしたんですかこれ、と質問をする前にまた今度は大き目の箱を持ってきて。
そこには昼間百香里が手を伸ばそうとして先に奪われてしまった靴があった。完売だったはずなのに。
どうして?なんで?頭の中がハテナマークいっぱいの百香里を他所にそっと靴を履かせる総司。

「総司さん」
「キツない?」
「は、はい。…丁度いいです」
「思った通りや」
「あの」
「似合う。俺のコーディネートも悪ないやろ」
「どうしたんですか?それにこの靴はもう」
「これから飲みに行くんやしちょっとくらい派手に行こうおもて。靴は声かけりゃなんぼでもなる」
「ありがとうございます。…じゃ、じゃあ少しお化粧しますね」
「せんでも綺麗やってー」
「せっかくですし。念入りにしないと」
「酒のむだけやん」
「それだけにこんな一生懸命揃えてくれたのは総司さんじゃないですか」
「そうやけどぅ」

遠慮して返されるかと思ったが思いのほかすんなりと受け入れてくれた百香里。
総司は安心したけれど、すぐに彼女は風呂場に戻り洗面台にて化粧を始めた。
どうやら鞄に化粧ポーチが入っていたらしく念入りに調整をして、香水も少しつけて。

「どうでしょう。私社長夫人に見えます?」
「女優さんかモデルさんみたいや」
「え。そう、ですか?…お化粧の勉強しなきゃ」
「やっぱ部屋で飲もうかな」
「さ。行きましょう!」

出てきた彼女はすっかり垢抜けたお嬢さん。総司もまさかここまで変わるとは思わなかった。
やりすぎたかなと反省しながらもバーのいい席を予約してしまったからエレベーターで最上階へ上がっていく。
手を繋いで、気分よさげな彼女をチラチラ眺めつつ。それはとても可愛らしくてほのぼのとするのだが。
同じようにエレベーターに乗ってくる男が彼女を見るたびに睨んで威嚇した。

「なあユカリちゃんやっぱりやめよ」
「いいじゃないですか。この席夜景が綺麗だし、お店も静かで素敵」
「せやけどさっきから向こうの若造ユカリちゃん見てばっかやし」
「気のせいですよ」
「ほんま?」

席についてウェイターに注文をしてすぐ、彼女に向けられる視線の多さに苛立ち始める総司。
自分が隣に居るのにそれを無視して百香里を見るなんて許せない。彼女は妻なのに。
威嚇してやろうと睨もうとするが百香里に止められて。渋々手を繋いで窓から見える夜景を見る。

「そういえば。皆さん夕飯大丈夫でしょうか」
「かまへんかまへん、2人とも今頃楽しんでるって」
「だと、いいんですけど」
「何かあるん?」

渉に浮気疑惑が浮上しているということを総司に言うべきか。迷う。
だいたいまだ疑惑なのであってそう騒ぎ立てることではない気もするし。
結局、なんでもありませんと笑ってごまかした。

「あ。思い出した」
「なに?」
「昼間のかっこいい人」
「そんなんもうええやんか」
「あれは確か俳優の」
「ユカリちゃんから男の名前なんか聞きたないわ」
「じゃあ言わない」
「そうそう」
「と見せかけて」
「ユカリちゃん」
「ふふっ…私を1人にした罰」
「堪忍。やから、仲良く飲もな。な?」
「はい」

到着したお酒。微笑みあって乾杯をして口をつける。百香里は甘いカクテル。

「今夜は飲み明かして」
「駄目ですよ。明日」
「その話も無しやって。ほら。飲も」
「じゃあ、総司さんの昔のお話を語っていただきましょうか」
「それやったらユカリちゃんもやで」
「いいですけど、男性の名前がちらほら出てきますけどいいですか?」
「あ。それはアカン。アカン」
「じゃあ、2人の思い出を振り返って語り合いましょう」
「それがええ」


おわり


2009/10/4