第25話
とうとうこの日が来てしまった。明日は総司の実家へ行く。
百香里は部屋のクローゼットや箪笥を片っ端から漁って着て行く服をどうするか考えていた。
着物は先日買ってもらったばかりだが少々派手で。今回はパーティに出るわけではないから
ドレスなんかもちょっとおかしい。派手でも地味すぎても。前も服の事で悩んだっけ、
何てのんびり思い出している場合ではない。
「だ、だめですってばっ」
「かまへんて」
「総司さんっ」
気にしなくていいと松前家の3兄弟は言ってくれたがやはり最低限の格好はしたい。
身なりには拘らない性格の自分を今度こそ改めなければならないと思っていた矢先。
構ってくれない妻に痺れを切らせたらしく総司が後ろから抱きついてきた。
「んな気張る事あらへん、…それより。…なあ、…ユカリちゃん」
「私だって少しくらいは分かってます。総司さんの妻として、…やらなきゃいけない事はあると思います」
「ユカリちゃんは真面目さんやね。それやったら服みにいこか」
「これから?」
「そうや。電話するでちょっとまっとって」
「え?あの、どちらに」
「店」
「み、みせ?」
ちゅ、と百香里の頬にキスして立ち上がる。そして何処かへ電話。
呆然とそれを眺めていた百香里。とりあえず引っ張り出した服を片付けた。
それから出かける準備をして義弟たちに一応の説明をしてマンションを出る。
行動が早い。あっという間だ。さすが、というべきなのだろうか。
「貸切ったからゆっくりしてな」
「……」
「なに?そんな気にせんでえーって」
「……あの」
「なに?」
「試着室でスタンバイしてるのは何故ですか」
「え?だって。座るところないし」
連れて来てくれたのはやはり高級なお店らしく広くて煌びやかで眩しいくらい。
試着室も広くて明るくて快適。なのはいいのだが、何故かそこに座っている旦那さま。外ではなくて中に。
広いから彼が居ても邪魔ではないが、何となくその先が読めてしまう。
もしかして貸切にしたのはその為か?なんて勘ぐってしまうけど、強ち間違ってないと思う。
「もう。…一緒に見て欲しいのに」
「ユカリちゃんやったら何でも似合う」
「遠い所から大きな声ださないでください」
「はーい」
嬉しそうに手を振る総司にちょっと呆れつつ、でもそこがまた可愛いんだよねと惚気る。
彼の実家に行くのは初めてだ。交際中も親の事は殆ど話してくれなかった。
百香里もあまり口にはしなかったし、自分の家の事も話題にはしなかった。
ただプロポーズされた時に洗いざらい喋ったが。それでも総司は自分をかわらず愛し必要としてくれた。
一生ともに生きていこうと。思い出して顔が赤くなる。今はそんな思い出に浸っている場合でもないのに。
「こ、こういうのどうでしょう」
「んー」
「駄目ですか?」
「ユカリちゃんは明るい色が似合う」
「明るい色ですか。わかりました」
幾つか服を選んで持っていくが総司にはピンとこないようで。腕を組んでうーんと唸る。
言われるままに明るい色で、少し派手なデザインの服を持っていく。と、OKがでた。
あまり着ないタイプの服なのはもちろんのことこんな明るい色も初めて。何だか恥かしい。
比較的黒系や茶色などが多かったから余計に。とりあえず試着をしようとして。
「ん?なに?」
「総司さんは外でしょ?」
「出なあかん?」
ねえねえ、と甘えた声をだしてジーッと百香里を見つめる総司。
「何も、しません?」
「ユカリちゃん…」
「だ、だって。ここお店ですからね。そういうのは駄目なんです。絶対に。我慢してください」
気にしなくていいのに、とぼやきつつも外に出るのは嫌だったようで大人しく着替えるのを見ていた。
どうですか?と聞いたら目を輝かせてこれにしよう!とさりげなく抱きしめられる。
何とか引き離しじゃあこれにしますと笑顔で言った。あまり長居すると後が怖い。
明日だけ着る服だ。これがあればまた行く時にでも慌てずにすむ。
きっとこうして自分には不相応な高価な服がクローゼットに増えていくんだろう。
「ユカリちゃん?」
「明日は頑張って…その、…奥さん…ぽく…しますから」
買い物を済ませ車に乗り込む。が、あまり元気の無い百香里。それを見て声をかける。
彼女も新婚気分から抜けて社長の妻というものを感じ始めているらしい。
親は居ないとはいえ、夫の実家に行くという事もプレッシャーになっているのだろうか。
「無理はしたらあかんで。ユカリちゃんは大事な嫁さんやから」
「……総司さん」
背負わせるにはきなりだし若すぎる。総司に出来る事はそれを出来るだけ和らげること。
マンションに戻るまでずっと別の話題をふりまいて彼女の不安を取り除くことにする。
明日はそう長居をする気はないし、百香里との新婚生活も落ち着いてきた所で
松前家がどんなものなのか少し見て欲しいだけだ。何も良い場所なんてないが。
「ということでや」
「駄目です」
「お店で我慢したやん〜」
「それは当然です。今日は気持ちを落ち着かせたいのでもう寝ますお休みなさい」
「ユカリちゃん。ねえ。ユカリちゃん。百香里〜」
それは分かるけど先に寝てしまうなんて、せっかくやる気満々で準備したのに。
揺らしても百香里はそっぽを向いたまま寝てしまった。強引に脱がすのは好きじゃない。
よって彼女を抱きしめて総司も目を閉じる。悶々として寝つきが悪いけど。
「……押し付けるの無しです」
「主張が激しいの」
「隣の部屋で寝ようかな」
「あ。あかん。ひっこませるから!」
それとなく勃起したモノを彼女のお尻に押し付けて反応をみるが予想以上に冷たい返事。
明日の事で頭がいっぱいだから、だと思いたい。邪魔したらお隣の部屋へ行かれる。
よって大人しく目を閉じた。早く明日になればいいのにと念じながら。
「嬉しいな。渉が実家にご招待してくれるなんて!」
「いいか、俺が呼んだんじゃなくてあのおっさんが勝手に電話したんだからな」
「いいじゃない。私1度行ってみたかったの。テレビや雑誌とかでたまに出てくるよね。渉の家」
「しらねぇよ」
朝は何時もより賑やかだった。テーブルには6人分の朝食。
梨香が遊びに来たのかと思ったら彼女も一緒に実家に行くのだという。渉は迷惑そうだが、
百香里としては同じく一緒に行く人が居てくれて多少なりとも勇気付けられた。
そして社長秘書として千陽も同行する。呼んだのはやはり総司。
「兄さん、どういうつもりですか」
「ユカリちゃんだけやと寂しいやろ。緊張をほぐすためや」
「……てのが建前で、本音は違うんだろ」
「渉はかしこいなあ〜」
「だから頭撫でるな糞野朗!」
「静かにご飯食べましょうよ。大きな声は駄目ですよ、渉さん」
「何で俺ばっか」
怒られてふて腐れる渉。いつもは静かな真守も動揺を隠せないようで困った顔。
2人とも本音を言えばせっかくの休みなのに帰りたくない。実家は1番居心地が悪い場所。
しかも恋人や関係の無い秘書まで連れていくなんて。
それを知っていて勝手に決めた総司に不満はある。しかし、2人だと百香里が緊張するとか言われると。
確かに朝から義姉は妙にハイテンションで無理して笑顔を作っているように見える。分かりやすい人だ。
梨香は実家に興味があるから行けて嬉しそうだし千陽は仕事で何度か行ったから冷静なもの。
「お互い、義姉さんを盾にされると弱いな」
「わかっててやりやがる。糞爺と一緒だ」
「父親に爺はないだろう」
「うるせぇ」
結局、押し流される形で一緒に実家へ行く事になった。久しぶりすぎる我が家。
気負いがないからか、特に服装に拘る様子はなく梨香は今日も派手でセクシー。
千陽は仕事でもあるからと何時ものビシっときまったスーツできた。
男たちは自分の家なのだから特に気兼ねなく何時も通りの格好で車に乗る。
「変じゃないですよね?」
「可愛い」
「……ほんとに?」
「めっさ可愛い。もう。…あかん!」
「だ、駄目!千陽さん!千陽さーーーん!」
最後に入念なるチェックをして総司の下へ来た百香里。鞄はこの前買ってもらったものを。
化粧も少し濃い目にした。飾り物は嫌いだがそうは言ってられないとペンダントもして。
総司は気に入ってくれたようでそのまま飛びついてきた。やめての声も無視し首筋に顔を埋める総司。
百香里は慌てて、何かあったら呼んでくださいといわれたとおりに秘書を呼んだ。
「奥様をすみやかに解放して車にお乗りください、さもないと」
「……ないと」
「明日」
「あ、あした?」
「深夜12時を過ぎても奥様の顔を見られないようにスケジュールを組ませていただきます」
「お、おにぃいいい!」
さすが秘書。総司が悪い気を起こすかもしれないと読んでいたらしい。
迅速に部屋に来て百香里を助ける。マンションの戸締りをして駐車場へ。
総司と百香里と千尋、真守は同じ車。渉は梨香と一緒に彼の車で来るらしい。
「すみません、休日なのに」
「いえ。お気遣いなく。特に予定はなかったですし」
運転は総司。秘書である私がしますと申し出たが百香里を隣に乗せたいからと言われて。
千陽は後部座席に座った。時間を置いて真守が気を使ってか礼を言う。とんでもないと直ぐに首を振る。
松前家の人たちにつき合わされるのはもうなれた。渉の恋人とは未だに顔を合わせるといがみあうが。
こうして皆と一緒に行動できるのは楽しい。どうせ異性からは誘われない特に趣味も無い暇な1日。
友人と飲み明かすのも悪くないと思っていたけれど。
「今度、映画でも如何ですか」
「え。は、はい!喜ん……で」
やっぱりこのときめきは何ものにもかえがたい。
「ユカリちゃん大丈夫か?」
「はい」
「音楽でも聴こか」
「ラジオがいいな」
「じゃあそれにしよ」
何となく上手くいっている感じの後部座席。総司は視線をチラっとお隣の百香里に向ける。
何時になく頑張って身なりを整えてきたけれど内心はまだ怖いのだろう。いつものように
リラックスした笑みを見ていない。家に近づけば近づくほど硬くなっていく。堪忍、と心の中で謝る。
だけど、今は避けられてもいつかは行かなければならないのが実家というもの。
ラジオが流れる中、とくに会話も弾まなくて静かな車内は30分ほどで終了する。実家に着いた。
「凄い。さすが松前家のご実家!」
「うるせぇ」
「何でそんな不機嫌なのよ。自分の家なのに」
「……あれは爺の城だ。俺の家じゃない」
「渉」
といってもまだ門にすらついていない。専用の駐車場に車を止めて係りの者に話をする。
すぐに案内係の男が出てきて。そこから門まで長い道のりと階段を歩き玄関までは壮大な庭園を抜け、
途中の池で休憩。でもってやっと玄関に到着したと思ったらまた部屋へ続く廊下の長いこと。
これでは確かに案内する係りが居ないと遭難しそうだ。百香里は気が遠くなって総司にもたれる。
「百香里ちゃん大丈夫か」
「…はい、大丈夫です」
想像以上の豪邸にテンションがあがる梨香とは対照的に顔色が悪くなる百香里。
広い敷地をキョロキョロと見渡して何処までも続く道に息を切らせて。
総司に手を引かれなんとか歩いている。ここは一体何処なんだろう。何て変な事を考える。
とにかく、松前家がはんぱなく巨大で豪華でお金持ちなのはわかった。
「お帰りなさいませ、総司さま、真守坊ちゃま、渉坊ちゃま」
「うわ。すっご」
「お前はいいから黙ってろ」
「もう。なによ」
やっと玄関についたと思ったら今度は10人ほどのお手伝いさんたちのお出迎え。
その中から恐らく彼女らをまとめる長だと思われる年齢が高そうな女性が出てきて深々と礼。
あわせるように後ろの女性たちも。つられて百香里も頭をさげてしまう。
梨香はまたテンション高いが渉はげっそりした様子でさっさと奥へ上がっていった。
百香里たちもそれに続く形で広い廊下を歩く。後ろには先ほどの女性たちが続く。
「とりあえずご両親にごほーこくとするか。ユカリちゃんを」
「……」
「あとはこっちでするからええよ。あ。お茶とお菓子ちょうだい」
「かしこまりました」
何となく監視されているようで怖かった百香里だが、これで大丈夫かな。と安心して。
総司の案内で両親の仏壇がある部屋へ。そこには歴代の松前家当主の写真もずらり。
両親とも既に他界されていて妻として認めてもらうことはできないけれど。初めてのご対面。
まずは総司、続いて百香里が手を合わせる。
義母は話しの通りの美人で穏やかそうな人。義父は3兄弟に似ていて、でも厳しく怖い顔。
続いて真守や渉も手を合わせた。
さっきから感激してばかりいる梨香を除いては何となくしらけた空気ではあったけれど。
「うっわ。難しい本ばっかり」
「……」
「何怒ってるの渉。そんな怖い顔しなくてもいいじゃない」
「別に」
昼を食べたら帰ろうということで、まだ1時間ほど時間が空いている。
梨香に強請られて仕方なく自分が過ごした部屋へ案内した渉だがずっと黙ったままで不機嫌な顔。
何時でも帰ってきて寝られるようにセットされているベッドに寝転ぶ梨香はこっち来たら?と言うが。
渉は黙ったままベッドに座った。長年勉強していた机、本棚には難しすぎるタイトルの本。
部屋は広いがゲーム機もなければ漫画もない。今の渉からは想像もつかない部屋だ。
「ねえ。渉と同じ中学だったっていう職場の子に聞いたんだけど。13歳でIQ190あったってほんと?」
「……」
「その子も超頭いいし結構な金持ちの家の子なんだけどね。渉の後輩だよ。知らないと思うけど。
かっこよくてずっと憧れてたけどとても近寄りがたい存在だったって。……何か分かるかも」
「この部屋は息が詰まる、庭に出て煙草吸ってくる。お前は好きに見てろ」
「ちょ。渉!」
「過去なんかどうだっていいだろ。……胸糞悪い」
梨香の言葉を無視して立ち上がる。過去の話しになんか興味は無い。ただ虫唾が走るだけ。
やはりここは好きじゃない。渉はポケットに入れておいた煙草を手に部屋を出て庭に向かう。
そこには同じように自分の部屋から脱出してきた真守が居て、ちょっと笑った。
遠くでそれを心配そうに見つめている千陽が見えた。
普段はバリバリのキャリアウーマンでも真守に対してはいじらしい所もあるらしい。
「あっ…だめですってば…っ」
「ユカリちゃんの緊張をほぐしたる」
「総司さん…」
その頃。他と同じように総司の部屋に来ていた百香里。想像していたより地味で質素。
ただ音楽が趣味だったようで古いレコードなどが置いてある。珍しそうに見ている百香里を
後ろから抱きしめてベッドへ押し倒す総司。こんな所で駄目ですと抵抗する百香里だが。
見つめる総司の目が真剣なのを見て徐々に抵抗する力は緩んだ。
「それにほら。場所を変えたら…なあ?」
「化粧とか落ちちゃいますけど…」
「何もせんでもユカリちゃんはべっぴんや」
「あ!あと!服は自分で脱ぎます。何かあったら嫌だから」
買ったばかりの服をボロボロにされてはたまらないと慌てて起き上がりハンガーにかける。
その後ろでは適当に脱ぎ散らかす総司。それもあわせて拾って畳んで机に置いた。
こんな時でもやはり何時ものサガがでたらしい。
「さあさあユカリちゃん!」
「……総司さん」
「なーに?」
「もし、私がお願いしたら」
下着姿になってベッドに入る。すぐに総司が抱きしめてくれた。彼も既にパンツいっちょう。
「なに?」
「……全部……捨てて、総司さんだけ私のモノになってくれます?」
「何言うてんの。…もう、ユカリちゃん一筋やで」
「この豪華なお家も綺麗な部屋も私が」
百香里が言い終わる前に総司にキスをされて止められる。そのまま舌が絡む深いものへ。
総司の舌に翻弄されている間に手はテキパキと下着を外しベッドの下へ落とす。
このベッドを使うのはもう何十年ぶりかだ。遠い記憶を呼び覚ましながら、ようやく唇を離す。
キスで大人しくなった百香里を抱きしめると柔らかく暖かかった。
「能書きはええ、…俺は百香里が欲しい」
「……総司さん」
そのままゆっくりと百香里を寝かせ彼女のオデコと鼻先、唇に軽くキスする。
総司の実家とあって緊張していた百香里だが何時ものように優しくしてくれる旦那さまに安心したのか、
強張っていた表情が和らぎ何時もの笑顔。そして、先を促すように総司を抱きしめかえした。
「ユカリちゃんはやっぱりこの笑顔やなぁ」
「…あ…ぁん…んん…っ」
奥さんの素直な反応に総司はご機嫌で、彼女の胸に吸い付きながらも我慢できないのか
指はさっそくまだ濡れていないソコへ。毛を掻き分けラインをゆっくり沿って、そっと指を中へ。
派手に動いて傷つけないようにジワジワと刺激してやると百香里は足を動かし総司の手を掴んだ。
その表情は快楽を我慢しているようなちょっと辛そうな顔。声も小さくて聞こえ難い。
「声我慢してるん?ええんやで?…聞こえへんから」
「ぁん……さっき…お手伝いさんの…声…聞こえまし…た」
「通っただけやろ。もう大丈夫や」
「で、でも…」
下半身だけでなく胸の頂も舌で突かれ刺激されながらも必死に堪える百香里。
総司が言うようにただ通っただけかもしれない。でも、また通るかもしれない。
夫婦なんだから何時どこでえっちしたっていいとは思うけれど。何となく躊躇われる。
快楽を必死に我慢して何時もより小さい声で喘ぐ百香里に不満そうな総司。
「そんなんされたら俺」
「あっだ、だめ」
「あかん」
乱暴に百香里の股を開かせる。やめてと手を伸ばすがそれでどうにかなるわけもなく。
百香里の上に来ると閉じられないように両手で押さえ込みソコに顔を埋めた。
後ろの方からはイヤイヤという声と弱い力で総司の尻を叩く百香里の手。でも無視。
「やめ…ぁっ…あ……あっ」
「我慢せんでええって。ほんならもうハデにやるで」
「あ。あのっ」
「あかんあかん。もうこうなったらユカリちゃんヒーヒー言わせて」
「ノック…してますけど…あの…音が」
「え?」
百香里に夢中ですっかり聞こえてなかったらしい、そういえばノックする音が。
丁寧に優しくしている所からしてお手伝いの1人だろう。何だ?とドアを開けないまま声をかけたら
やはりそうで。昼食の準備が出来たとの事。わかった、と簡単に返事をする総司。
「総司さん」
「せっかくええとこやったのにぃ」
自分たちだけでなく真守や渉たちも居る。彼らも呼ばれているのだろう。
遅れるわけにはいかないととりあえず百香里から離れた。これから本番というときに。
不満そうな顔をする総司。百香里は静かに身を起こし。
「1回くらい出来ますよね」
といって今度は総司の上に乗って来た。気を使ってくれたのだろうか。
それでも嬉しい。先ほどの愛撫で濡れていたのかゆっくりと百香里の中へ入り。
「できるできる。ああ。…もう…ユカリちゃん!」
「あん…総司さんっ」
時間があれば百香里に動いてもらってじっくり見つめあいながら果てたい所だが、今回は時間が無い。
総司が下から強めに突き上げる。早めに、けれどたっぷりと妻の体を堪能してから終わらせた。
声は、やっぱり何時もより抑えたものだが。果てる瞬間は流石に大きく声をあげちょっと満足。
終えると百香里は慌てて化粧をして、総司はそれを横目に適当に身なりを整えた。
食事をする広い洋室では皆既に着席していて、豪華な料理を前に2人を待っていた。
松前家の主は総司。彼が来なければなにも始まらない。
お手伝いさんたちは主が着席したのを確認してから動き始める。まるでスイッチが入った機械のように。
「ねえ、百香里さん」
「はい」
「ちょっと。いい?」
食後、教えてもらったトイレに行った百香里の後を追ってきたのは梨香。
彼女から話しかけられるなんて珍しい。手を洗ってから庭に出る。
他の人たちはのんびりと別の場所で食後のコーヒーを飲んでいるらしい。
「どうかしました?」
「何か、私たち蚊帳の外って感じしない?」
「え?」
「まあ、あなたはれっきとした妻なんだからいいだろうけど」
梨香は不満げに庭を眺める。最初はその豪華さに感動しっぱなしだった松前家。
でも自分を見るお手伝いたちの無機質で冷めた視線や何も語ってくれない渉の態度。
もしかしたら自分は来るべきじゃなかったのかもしれない。と、百香里に語った。
「私も、同じです」
「やっぱり?あの秘書は仕事って割り切ってるから涼しい顔してるけど。
私の気持ちわかってくれるのは百香里さんだけだと思ってたんだ」
「本当にお金持ちで名門で、世界が違いすぎますよね」
「私は別に金とかで渉と付き合ってるわけじゃないけど、こう見せ付けられちゃうとね。
他人にそう思われても仕方ないかも。というか、圧倒されすぎてちょっと引いてる」
「ですね」
お互いに苦笑いする。もしかしたら将来的には義理の姉妹になるかもしれない2人。最初、
はっきり何でもズケズケものを言う梨香が苦手だった百香里。渉が心を許す百香里が嫌いだった梨香。
ここに来て同じ松前家という壁を見た所為か、少し分かり合えたかもしれない。と、お互いに思った。
「愚痴っちゃってごめんなさいね」
「いえ。同じように思っている人が居て私も少し安心しました」
「お互い、頑張ろう」
「はい」
途中迷子になりそうになりながらもなんとか総司たちの所へ戻る百香里。
コーヒーを貰って飲む。ついでに出されたお菓子の美味しさに感動した。
恐らく高級なお店のお菓子。自分じゃ絶対手に入らないんだろうと思いつつ、
つい美味しさに負けて視線で総司におねだり。土産に1箱もらってしまった。
「総司さま」
「何や」
「ご結婚おめでとうございます。我々一同こころよりご祝福いたします。
つきましては百香里奥様もそろそろ慣れてきたと思われますので、此方へお戻りくださいませ。
それが松前家の主たる総司さまのあるべき姿でございます。百香里奥様の身の回りの事は
我々にお任せください。何もご不自由はなさいませんよう誠心誠意お手伝いさせていただきます」
「堪忍してや。ここ2人で住むってめっちゃ広すぎやん」
「総司さま。お言葉でございますが此方は松前家当主が代々守ってきた家でございます」
「あんたらが居ればええやん、ここで何をするっつー訳でもないんやしな」
お菓子をもらって喜んでいるところへ来たときに先頭で挨拶をした女性がまた来た。
彼女はやはりここを取り仕切っている人らしく総司は面倒臭げに頭を掻く。
彼でも軽くあしらえるような人ではないようだ。百香里は何もいえなくて黙る。
遠くには渉や真守たちの姿。彼らも気になるようで此方を見ている。
「百香里奥様」
「は、はいっ」
「百香里奥様には松前家の次代を産み育てるという大儀がございます、お分かりだとは存知ますが」
「その話はええんや、こっちで決める。あんたらは口出しせんといて」
「そうは参りません。私めは先代旦那さまより奥様を補助し松前家内の管理を任されました。
生まれてまもない総司さま、真守さま、渉さまのオムツ替えやお世話させていただいたのでございます」
「そ、そうやけど。時代はかわったんや。俺はここには戻らんからな!」
どうやら総司たちの教育係りだったらしい。それで頭が上がらない部分もあるようで。
女性はあくまでも冷静に表情を崩す事無く言葉を発する。さすが、としか言えない。
百香里はただただ黙るばかり。子どもと言われてもまだ授かる気配すらないのに。
もし、相性とかが悪かったりでき難い体質とかだったらどうなるのだろう。怖い。
「何方様に似たのでしょうね、この頑固な所は。とりあえず今回はこれまでとさせていただきます」
「そんな怖い顔して言うことかいな」
「総司さまは代々続いてきた松前家の正当なる当主なのですから。ここまでにどのような経緯があろうとも
先代様の跡を継ぐということはその膨大な遺産を受け継ぐと同時に大いなる責任を背負うという事です。
社長となったからには沢山の人間を束ねる者として、勝ち続ける為に常に戦わなければならないのです。
そのためにはこのような広い城も必要ですし、疲れたお心を鎮める家族も必要になる。とうぜんです」
「相変わらず機械みたいにペラペラ喋るおばんやなあ…」
「……」
「百香里奥様も、どうぞお気を抜かれませんように。どのような素性の方か存知あげませんが。
総司さまが選ばれたのですからさぞご立派な方なのでしょう。当主の妻としての」
「あああもう!百香里にまでアホなこと言うな!なんも言うな!あっちいけ!」
「ですがこれは」
「ええからさっさと行け!コーヒーおかわりもってこい!」
「かしこまりました」
礼をして去る女性。あまりの饒舌ぶりにコーヒーカップを持ったままポカンとしている千陽。
総司は怒った顔をして、すぐ傍に座っている百香里を見た。
今のは気にしなくていいと。あいつらのお決まり台詞だからと出来るだけ優しい声で。
百香里は冷めたコーヒーを見つめていたがカップを戻し何も言わずに庭へ出て行った。
後を追おうとする総司だがタイミング悪く新しいコーヒーが来て足止めを喰らう。
千陽にも少し時間をあげてくださいといわれてしまって、追いかけられない。
「どうだ。テンプレ通りの家だろ」
「渉さん」
「驚くのは最初だけ。すぐに飽きる。そして人間の品定め」
「……」
池の鯉を眺めていたら渉が来て。彼は疲れた様子で家を眺める。
「あの婆さんたちは松前家にとって良いか悪いかでしか判断をしない、そういう生き物だ。
長年勤めたらそうインプットされたかわいそうな連中さ」
「私がふさわしくないのは初めから分かってましたから。今更傷つくとかはないですよ」
「強いね」
「ただ、総司さんはとても重いものを背負ってるんだなって。それに、本当ならこの家に住むのに。
私がそれを邪魔してるのかと思うと。ほんと、感情だけで結婚するって駄目ですね」
「後悔してる?」
「少し。でも、私は総司さんを愛してる。その想いだけで、この先も何とかやっていきます」
百香里は真っ直ぐな瞳で言った。それだけは彼女の中にある覆しようの無い真実。
他の誰かに取られるなんて絶対に嫌だし、自分も彼以外の男性に魅力を感じない。
この真っ直ぐな真実だけを頼りにこれからも松前当主の嫁でいようと決めた。
でも本当は出来るのかわからなくて迷っていて。やめたいな、と弱音を吐きそうになったけど。
何て言わない。ただ笑って見せた。
「頑張れば」
「はい」
「あんたがその真っ直ぐさを失わない限り、……俺も、…真ん中の人も、…あんたの味方だ」
「ありがとうございます」
渉は恥かしかったのかそのまま梨香の下へ去った。百香里も総司の下へ戻りたい。
先ほどの場所へ戻ると総司が苦悶の表情で座っていて、何があったのか千陽に聞いたら
百香里を追いかけたい気持ちを必死に堪えていたらしい。傍に寄るとすぐに膝に座らされて。
寂しかった!とほんの数分はなれただけなのにギュウギュウと抱きしめられた。
「専務。そろそろお暇する時間です、社長と奥様は既に駐車場へ向かわれました」
「わかりました」
「素敵な花壇ですね」
「母が好んで育てていたものです、今でも手入れがなされていて綺麗に咲くんですよ」
「そうでしたか」
千陽は気を利かせて総司たちを先に行かせて1人庭にいた真守の元へ。
渉たちもさっさと家を出て行ったようで姿がみえない。まだ花は咲いていないが
綺麗に作られた花壇。きっと季節が来たら綺麗に花が咲き誇るのだろう。
「僕の唯一の居場所でした。兄も渉も花には興味が無かったので僕が調べて。
母にこんなのはどうかと提案して教えてあげて。一緒に花を植えたんですよ」
「専務が」
「……僕も父の実子なのに。あまりにも平凡すぎた」
「そんな事はありません、専務は」
「ありがとう。さあ、戻りましょう」
「はい」
寂しそうに笑う真守。この広い家で彼の居場所がこんな庭の片隅の花壇なんて。
胸が痛い千陽だが、何を言えばいいのか分からなくて。ただ一緒に家を出た。
玄関先まで例のお手伝いさんたちが来て深々と礼をしていった。
「こんだけ顔みしたんやし、もう2、3年は顔ださんでええやろ」
「兄さん、それはあんまりだ」
「面倒やん」
「だとしても。そうは言ってられないでしょう、色々と面倒は起こる」
「まあ。またなぁ」
今度は運転を真守に任せて総司は後部座席。隣にはもちろん百香里。
抱きしめてその頬に何度もキスをする。
真守たちが居るから恥かしそうにする百香里だがお構いなし。
「しっかりしてください。兄さんは」
「あーもーお前まであのおばはんのマネしよるんか」
「違います。兄さんはもう1人じゃない。義姉さんを守る義務があるんですから」
「あたりまえや。なあ。ユカリちゃん!」
「総司さん…」
嬉しい、と身を寄せる百香里。そんな妻にまた愛しさが沸いたようでギュッと抱きしめる。
すいません、と居心地が悪そうに助手席に座る千陽に謝る真守。
でも夫婦の仲がいい事は悪いことじゃない。大丈夫ですよと笑って答えた。
「なあ、帰ったら続きしよな」
「はい」
「なあユカリちゃん。そんな大事にお菓子抱きしめんでも無くならんて。俺のが大事やろ?俺を抱きしめて」
「総司さんだって無くなりませんから。それとも無くなっちゃうんですか?」
「冷たいこという〜」
おわり
2009/09/03