甘い生活 2



「目玉商品が2つ。…どっちがいいかな」
「あれ。百香里?」
「え?」

買い物に出かけた午後。何時も利用するスーパーの前で今日の安売りを見ていたら。
名前を呼ばれて振り返る。そこには学校帰りぽい大学生たちの姿。
その中の1人が昔の知り合いだったようで百香里に気がついて声をかけた。
よく見ればこの前再会した絵美だ。容姿が変わってしまったからまた直ぐに分からなかった。

「何?お前こんな美人の友達居るんだ。紹介しろよ」

その中の1人が百香里を見て近づいてきた。派手な茶髪にピアスも沢山。香水もキツい。
怖いな、と思って一歩下がる。そんなリアクションも彼には新鮮だったのかニコっと笑って。
名前やら電話番号やらメールアドレスやら、色々と積極的に聞いてきた。

「やめてよね。この子はもう人妻なんだから」
「うそ。お前の友達って事はまだ二十歳だろ?できちゃった系?」
「違う。よね?」
「うん、まだ」

欲しくてもいまだ授からぬ宝。ちょっと胸が痛い。

「でもさ、そんな早く結婚することなくない?」
「人それぞれでしょ。ほら、あんたは戻って」
「遊びたくなったら何時でも言ってよ。電話待ってるよー」
「おい!」

何時の間にメモしたのか電話番号とメルアドが書かれた紙を渡されて。
ばいばいと手を振り男は仲間の所に戻る。ビックリしたけれど、とりあえず落ち着いた。
絵美はああいう奴でごめんねと謝ってきたけれど、大丈夫だよと笑顔で返す。

「大学生活楽しんでるんだ」
「まあね。そうだ、今度友達集めて一緒に飲もうよ。あ。それとも」
「ううん、いいね。また連絡して」
「おっけ。じゃあ、また」
「うん」
「つか、ここ激安スーパーだよね?何やってんの?」
「え?あ。うん。その、…トイレを借りたんだ…」
「ああ。だよね。じゃ」

特売品の肉と野菜を買いに来ましたとは言い難い。相手は自分を玉の輿に乗った奥様と思っている。
それはそうなんだけど、夢を壊してはいけないような気がして。結局スーパーには入らず。
かといってマダムが行くようなお高いスーパーにはとてもじゃないが入れなくて。
結局何も買えないままマンションまで戻ってきてしまった。これじゃサイクリング。楽しかったけど。


プルルル…

『はいはいはい。ユカリちゃんのダーリンやでー』
「あの、…今、大丈夫でしょうか」

部屋に戻るなり携帯を取り出し、かけようとしてやめての繰り返しで10分ほど悩み。
でもやっぱりを行き来して。ついに短縮ボタンを押してしまった。

『ユカリちゃんと僕の間に大丈夫やない時間などない!…んで?どしたん?』
「お願いがあるんです。でも、どうしてもってわけじゃなくって。あ、やっぱり…」
『ゆ、ユカリちゃんが俺にお願いを!?な、な、何でも言うて!何でもするから!』
「や、やっぱり…」
『どんな小さい事でもええよ。話すだけ話してみて。ユカリちゃんと話しするの好きやし』

総司の優しい言葉に押されるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「あの、お肉…」
『肉?肉が食べたいん?ええよ。買ってくからな』
「いえ、あの、……はい、おねがいします」
『他は?』
「…やさい」
『肉と野菜か。んーーーー。わかった!今日はすき焼きやろ!めっちゃ好物〜』
「は、はい」

実際はカレーの予定だったんだけど、言い出すタイミングを失い急遽すき焼きに。
電話の向こうの総司はよほど好物なのか嬉しそうにテンションを上げている。
最初は落ち込んでいた百香里だったがそんな彼の声を聞いていたら少しは落ち着いた。

『今日ははよ帰るからな。ユカリちゃん待っててな〜』
「ありがとうございます、総司さん。お仕事頑張ってくださいね」
『うん。頑張る。愛し』
『社長、いい加減にしないと電話取り上げますよ!』
『いやや!千陽ちゃんの意地悪!』
「総司さん、じゃあ、また夜」
『あ。ユカリちゃん!』

千陽の声がして慌てて電話を切る。総司はまだ何か言いたそうだったけど。
それはまた夜帰ってきてから聞けばいい。夕飯の食材は総司に頼んでしまったから
後は何をしようかと暫し考え。すき焼きの準備だけでもしておこうと台所へ向かった。



「何やってんの?」
「お帰りなさい。すき焼き用の鍋を取ろうとしたんですけど、探してたらこの辺り片付けたくなってきて」

渉が帰宅すると百香里の姿はなく。ただガタガタと音だけがして。
何事かと台所を覗いてみれば、床に皿やらコップやら全部出して掃除中の百香里。
百香里が来るまでは乱雑に扱ってきた台所。掃除が好きな彼女からみればほっとけない。

「あんたらしいな。でも、うちにそんなもんないよ」
「通りで探してもない訳だ…」
「男3人で鍋つつくなんて気色悪いだろ?」
「そんな事ありませんよ。美味しいですよ鍋」
「いや、鍋は美味いだろうけど。んで?どうすんの?」
「どうしましょう。代役ができそうな大きな鍋はないんですよね、でもお肉と野菜を頼んじゃったし。
今更メニューかえたら総司さんに悪いし。鍋まで買って来てもらうわけにも…」
「車走らせりゃすぐ買いにいけるだろ、乗っけてってやるから」
「はい。お願いします」

片づけを終えて身なりを整え財布を持って急いでマンションを出る。
あのテンションの総司だから何時もより早く帰ってくるに違いない。
自転車では時間がかかってしまう店も車なら早い。
向かったのは何時もはそう利用しないけれど品揃えがいいスーパー。


「あのさ。200円の差に何を求めてるわけ?」

店員に場所を教えてもらって売り場に来て見れば鍋は3つ置いてあって。
百香里としては1番安いほうがいいけれど、機能性をみれば多少値段があがっても。
ウーンと真剣な顔をして悩む百香里。渉は最初黙っていたけれど、ついに言葉がでた。

「で、でも。こっちの方はこびりつきが少なくすむし。でもこっちは軽い…」
「急いでるんだろ。俺が選んでやるよ」
「お願いします」
「こっち」
「な、なんで1番高いやつを!?」
「機能の両方を兼ね備えてるから。はい決まり」

百香里が敢えて避けていた1番高価なものを選び手に取るとさっさとレジへ。
衝撃を受けている彼女を尻目に会計を済ませ車に積み込んだ。

「すみません、買ってもらって」
「いいよ。どーせウチのもんだし。これからも美味いもん食わせてもらうんだし」
「はい。渉さんも、好きですか?」
「すき焼き?まあまあかな。まず皆で食べるってのが無かったからさ、1人1個みたいな」
「1人に1個ですか!すごい」
「ユカりんはどっちかっていうと皆でワイワイ食ってるのが好きだろ」
「はい。楽しいですよね」
「会話が弾めばな。静かな場所で黙々と食うだけなんてどんな高級料理出てきたって美味くない」

信号待ちの車内。渉の言葉にどう返していいか分からなくて百香里は黙った。
目の前を歩いていく人々。仕事帰りのサラリーマンやOL、学生、お母さんと子ども。
ふと隣の渉を見たら何処か寂しそうに見えて。何か言わなければと思いつつ。
気の効いた言葉が出てこなくて。咄嗟に昼間の出来事を思い出した。空気だけでもかえよう。

「あの」
「ん?」
「実はこんなの貰ったんです」
「電話番号とメルアドと、…ユージって誰?」

そんなもの捨ててしまえばいいのだが簡単に捨てられないのが百香里の性分。
もちろん、今後彼に連絡をする気はない。ただ会話を変えたかっただけ。
渉に渡すと軽く一瞥して百香里に戻す。ちょっと不機嫌そうな顔。

「高校の頃の友達と会って。その時一緒に居た人から貰いました」
「つまりナンパ?」
「え?そうなっちゃうんですか?紙貰っただけですけど」
「んで、連絡してって言われたんだろ。立派なナンパだ」
「そうなんですか」

紙をポケットに戻しあっけらかんと言う。この感じからしてナンパされたという感覚は本当に無いらしい。
彼女らしいというか、無防備というか。これが渉でなくて総司だったら大変だったろう。
渉は少々呆れつつ、ふと疑問に思うことがあって彼女に聞いてみる事にした。

「ユカりんはさ、彼氏居たの?あいつには黙っててやるから」
「……高校の頃」
「お。なんだ、普通に恋愛してんじゃん。いや、…教師と、とかじゃねえよな」
「違いますよ」

やはり義弟でも元彼の話をするのは躊躇われるのか。困ったような顔をして視線を外に向ける。
して良い話題ではないと分かっているのだが、なぞめいた彼女の恋愛観が知りたくて。
その彼と何処まで行ったかまでは知りたくないが総司が初めての男ではないようだ。
自分から聞いておいて微妙な気持ちになる。

「俺もそれくらいかな、初めて付き合ったの」
「え」
「何だよその顔。もしかしてもっと若いと思った?俺の事どう思ってたわけ?」
「い、いえ。あの。ほら、渉さんモテそうだから」
「金持ちの家の子なら寄ってくる女は多いさ。俺よりも、あいつは長男だから結構派手だったな」
「え。そ、総司さんですか?派手って?あの…」
「聞かないほうがいいと思うよ」

意地悪な締めで車を止め、重いものだから渉が持って部屋へと向かう。
その隣で百香里はちょっと不満顔。既にバツが1個ついている総司の過去の女関係なんて
今更知ってどうなる訳でもないし、自分だって交際歴が無かったわけでもないのだから。
でも派手と聞くと。なんとなくふくれっ面。それを横目にちょっと笑っている渉。

「お帰りユカリちゃん!」

ドアを開けると総司の靴があって。何時もとは逆に彼にお帰りなさいと言われた。
普段なら明るい笑顔で返事をする百香里なのだが。

「ただいま戻りました」
「あ、あれ?何やろ。…何時の笑顔が違うような」
「何時も通りですけど?」
「怒ってる?」
「怒ってないです。全然。まったく。普段通りです」
「そ、そうかなあ。何や殺気のようなものを」
「はい?」
「あ、い、いや。荷物もつわ!ね!夕飯にしよ!」

明らかに違う。何時もの百香里と全然違う。額に汗をたらしながらリビングへ。
渉に説明を求めようとしてもビールを飲み始めて話しにならない。
言われたとおりに美味しい肉と野菜を買ってきたのにかえってきた「ありがとうございます」は
今まで見たことないくらい憎しみが篭った怖い感謝の言葉だった。何かしたのだろうか。
思い返してみるが何も悪い事をした覚えが無い。百香里をそこまで怒らせたのは何だ。

「気のせいだろ」
「お、お前は人事やと思ってぇ」
「ああ、俺には関係ないね」
「ユカリちゃんに怒られるような事したんかな。あんな怖い顔そうそう見えんで?」
「気にしすぎ。今までだって2、3日したら忘れてるだろ」
「お前、3日もこんな空気我慢できるかしてっ」

ビールを握り締め考える。そして傍で飲んでいる渉に問いかけた。
テレビに夢中で話半分だけど。

「何の話ですか」
「おお。真守。なあなあ、俺何も悪いことしてへんよなあ?」
「どうでしょうね。何かと兄さんには困らされてますし」

最後に帰ってきた真守。よくは分からないがチラっと夕飯を作る百香里を見て。
何時に無くうろたえている兄を見て。それを笑っている弟を見て。
彼なりになんとなく空気を察する。

「そ、そんなぁ〜…あ!お前か!お前がユカリちゃんにあることない事」
「すみません、何方か鍋を運ぶの手伝っていただけますか」
「あ。俺!俺俺!俺が運ぶで!」
「……お願いします」
「な、なんでそんな嫌そうな顔を…」

気持ちが盛り上がれないまま大きな鍋にグツグツと美味しそうなすき焼き。
昼間あんなにテンションが高かった総司だが百香里が気になってそれ所ではない。
底の深い小皿に卵を割って混ぜて。専用の箸で肉やら野菜やらを取り。

「何か」

ジッと百香里の顔を見つめる。

「ユカリちゃん……、やっぱりユカリちゃんが笑顔やないと美味しくない」
「私は」
「兄がどんな不始末をしでかしたか分かりませんが、どうか許してやってください」
「そうそう、もう過去の話しなんだし」
「お前ら……。…何となく失礼やないか?それ」

何時も楽しい食卓だったのは彼女の美味しい料理と優しい笑顔。
それが無いなんて悲しい。美味しくない。総司は箸を置いて謝る。とにかく謝る。
何が悪いかよくわかってないけれど。弟たちも微妙だけどフォローをしてくれて。

「そんな、私こそ、…ごめんなさい。あの、…総司さんごめんなさい」
「ユカリちゃん!」
「やめろ。頼むからイチャつくのは飯食ってからにしてくれ」

3人に頭を下げられては。それに、過去の事でこれ以上不機嫌でいるのは馬鹿らしい。
百香里が何時ものように微笑んでくれて。やっと美味しい夕食になった。
流石に肉の取り合いとかにはならず行儀よく3兄弟食べている。百香里も一切れ。

「美味しい。総司さん、このお肉高かったんじゃ」
「え?そう?普通の店で買うたんやけど」
「ま、まさか個人商店!?」
「そんなに驚く事かよ」
「うん。あかんかった?」
「い、いえ。すみません。めったに買わないから…ビックリして」

あまり高価すぎる肉は彼女が気を使うと思って、帰る途中に目に付いた商店で買った。
まさかそれすらこんなにも派手に驚くとは。肉は取らず野菜ばかり食べている。
まだまだあるから食べてといっても野菜が好きだからといって。

「ほら。あーんして」
「総司さん」
「あかんよ。ちゃんと肉も食べな。今夜も頑張るんやし」
「……あーん」

弟たちが席を立ってここぞとばかりに百香里の隣に座り肉を食べさせる。
始めは気を使ってか中々口にしなかった百香里だったけれど。夜の為と口をあけた。
バカップルまるだしの2人に胃もたれがすると渉は胃腸薬を飲み、真守は何も言わず部屋に入った。


「な、な、な、な、なんでや!」
「どうかしました?」

食事を終えて、1人で片づけをしている百香里を手伝う総司。それで終わったら一緒に風呂。
何で怒っていたのか結局わからなかったけれど、何時もの彼女に戻ってくれたのだからいい。
と、笑顔で皿を台所に運んでいたのだが。ふと目に付いた紙切れ。傍には百香里の上着。
ということは彼女の服から落ちたのか。何かのレシピだろうかと拾ってみたら。

「お、お、お」
「おおお?」
「お、と…このっ…名前がー!」
「ああ、それ。今日貰いました」

何で普通にいえるんだそんな事。と、言いたいのだがショックで言葉が出ない。

「……ど、…どういう……か、…かんけい…?」

やっと搾り出した言葉。総司はまるで人生が終わったみたいな顔をして百香里を見る。
彼女の返答次第ではこれよりももっとハデに、いっそ地面に転がりまわるような光景が見られるだろう。
ドキドキしながら返事を待つ。彼女は何でそんな顔をするのか分からない様子で。

「えっと、ナンパみたいです」

と渉に言われたままをすんなりと総司に返した。悪意は無い。

「な、ナンッ……」
「総司さん?や、やだっ総司さん!総司さん!」

破壊力抜群のパンチを浴びて床に倒れこむ総司。百香里は驚いて彼の肩を揺らす。
自分の力では彼を起き上がらせることは出来ないから、1人オロオロ。
何でこんなに派手なリアクションをしてそして倒れてしまったのだろう。

「ゆ、百香里…」
「はい」
「その紙…捨てて」
「はい」
「ビリッビリに破いてな…ビリッビリに」
「わかりました」

俯きで倒れたまま総司は言う。百香里は急いでその紙を破いて捨てた。

「俺のユカリちゃんに手ぇだすんは1億年早いっちゅうねん!」
「行き成り元気になりやがったなおっさん」
「あ。渉さん」
「悲鳴が聞こえるから来たら、やっぱそーなってたか」

なくなったと見るや速攻で立ち上がり百香里を抱きしめる。
何が何だか分からないままとりあえず元気になってよかった。そこへ事情を知る渉。
万事無事に解決したようなので冷蔵庫を開けてお茶をとり飲み部屋に戻って行った。

「ユカリちゃん。今週の土曜日、よかったら家に行かへん?」

片付けを終えて、風呂に入る間に少し休憩しようとソファに座った百香里。
総司もその隣に座って肩を抱く。そして、彼女に言うべきかどうかちょっと考えて。
今しかないと意を決し総司は切り出した。

「は、はい。あの、どんな格好をすれば」
「何時も通りでええよ。文句言うてくる相手もおらんし」

初めて訪れる総司の実家。百香里が想像できる限りの大豪邸を頭に浮かべて。
出来れば行きたくないけれど、そう正直に言えば彼も無理に連れて行こうとはしないだろう。
だけど夫の実家に一度も行った事がない嫁なんて。怖いけど、これも乗り越えなければ。

「緊張します」

不安な気持ちを隠せなくて総司の手を握る。ギュッと握り返されてオデコにキスされた。

「堪忍な。でも、1回くらい見せておかんとな。俺らの家でもあるんやし」
「はい」
「あ。今の俺らにはユカリちゃんも入ってるから。家族やもん」
「……はい」

それからゆっくりと唇。

「風呂入ろか」
「先に入っててください、準備しますから」

続きは後にして風呂へ向かう。百香里は2人分の着替えを持って後から。
既に湯船に浸かっている総司を横に、まずは体を洗って。
時折ちょっかいを出されつつ総司の膝に座った。

「お友達と会うん?ええよ」
「詳しいことはまた連絡が来るので、その時報告しますね」
「高校生いうたら2年前の話しやもんな。友達ともいっぱい遊びたいんと違う?」
「どうかな。皆それぞれ違う道を進んでて。それに、私の事」
「なに?何か言うてくるん?」
「お金持ちと結婚して裕福な生活してる奥様みたいに思ってて。話を合わせるの面倒で…」
「ユカリちゃんは今までと何も変わってへんもんな。姓が変わったくらいで」
「おちおちスーパーで買い物も出来ないですよ。もう。今日は週に1度の目玉商品が出る日だったのに」

表情は見えないがきっとふくれっ面をしているに違いない。この前もタイムバーゲンに少し遅れて
結局狙っていたものが1つ買えなかったと悔しそうな、不満げな顔をしていた。
周囲からは華々しい生活をしているのだろうと思われても本人はマイペースで変化した気はない。
この家のサイクルはすっかり彼女のペースになっていて、それでいいと他の者も思っている。
総司は小さく笑うとプンプンしている百香里を抱きしめその頭にキスをした。

「たまにアカンから余計次で燃えるんやで」
「そうですね。次は絶対手に入れて見せますから」
「がんばり」
「今日買って頂いた鍋ほかの料理にも使えるみたいですから、また皆で食べましょうね」
「僕はユカリちゃんが欲しい〜」

百香里が可愛らしく愛しく思えて、ついでにムラっときて。頬をあわせ甘えた声。
今ここで彼女とえっちしたい。と総司は思ったのだが。
百香里は総司の手を解き、真面目な顔をして振り返り。彼の目を見つめ。

「上がってからにしましょう。確実にいきたいんです」
「え?今まで…イけてなかったん?気づけんで堪忍…」
「そんな詳しい訳じゃないんですけど、想像なんですけど、やっぱり布団の上の方が」
「わ、わかった。布団でな。よし。布団で」
「あれ。でも。…どうなのかな」
「とにかくあがろう。な?」
「はい」

初めて知る事実。気持ちよくなかったなんて。彼女の事だから敢えて何も言わなかったのか。
ちょっと自信を無くす総司だったが布団で挽回しようと風呂からあがり。
パジャマを着て直ぐにでもベッドに行きたいのを押さえ髪を乾かし寝室へ入る。
百香里はまだ少し準備があるからと待たされること数分。毎回これくらい待つのだが。
嫌に長く感じてしまってチラチラと鏡台の彼女を見る。

「ユカリちゃん」
「よし。頑張ろう」

声をかけたら百香里は何やら決意新たに立ち上がりベッドに入ってきた。
何となく何時もとやる気が違うような。

「今夜のユカリちゃんは積極的やね」
「確実にいきたいんです」

何て考えている間に百香里が上に乗ってパジャマのボタンを外していく。
何時もなら恥らう彼女を総司がゆっくり愛撫しながら脱がせて行くのに。こんな夜もあっていい。
彼女の言う確実というものがよく分からないけれど、ここは邪魔しないで好きなようにさせよう。
もちろん自分も彼女に負けずに手を伸ばす。

「何時見ても綺麗なおっぱ」
「……」
「な、なに?」

柔らかな胸を撫でていたらふと百香里の手が止まって居る事に気づく。
顔を見たら少し元気がないようで。浮かない顔。

「総司さん」
「なに?」
「ずっとずっと…愛してくださいね」
「当たり前やん」

総司の言葉に目を潤ませてギュッと彼に抱きつく。すぐに抱きしめ返された。
少しだけ彼の過去を考えてしまった百香里だけど、もう振り返らない。自分だけの物だから。
百香里に何があったのか詳しい事情は分からないけれど、でもこれで安心してもらえたろうか。
総司は頭をなでて唇にキスして行為を再開した。

「あ…あんっ」
「ユカリちゃん……そんな…ええ?」
「…は、はいっ…ぁん…いい…です…」

何時の間にやら総司が上に来て腰を打ち付ける。やはりこのスタイルが自然なようで。
百香里は彼に抱きついて甘い声を漏らすばかり。自分も何かしたいのだけど。
体が好む場所を的確に、時に意地悪く攻め立てられて反撃する隙がない。

「そんな素直に言われたらもっと強くしたくなるやん…」
「あぁっ…んっぁあ」
「めっちゃ…ええ声…だすなぁ〜もう…」

彼を翻弄するなんてまだ無理、この先もたぶん。百香里は瞳を潤ませながら思った。




「総司さん、朝ですよ」

何時ものように朝早く目が覚めた百香里。時計を見ようと動いたら抱きしめられていて。
下を見たら自分の胸に顔を埋めて眠っている総司。百香里を離そうとしない所をみるに、
本当は起きているのだろうけど。何時ものようにすぐには動いてくれそうに無い。

「まだ暗い」
「そんな所に顔つけてるからですよ」
「めっちゃ気持ちええんやもん…」

顔は百香里の柔らかな胸に付けたまま。くぐもった声でけだるそうに返事をする総司。
そして手はがっちりと彼女の腰を抱きしめて離す気は無い。

「総司さんはもう少し眠ってていいですから」

ゆっくりしたいのは山々なのだが、朝食の準備やゴミだしや洗濯物が百香里の頭に浮かぶ。
総司は何時も朝はゆっくり妻と過ごしたいと言うけれど。習慣だからこればかりはどうしようもない。
何とかすり抜けようとわんわり抱きしめられた手を解除しようとする百香里。

「なあ、ユカリちゃん」
「はい」
「昨日はちゃんとイケた?」
「え?……ええ、…まあ」

行き成りの質問。昨日は色んな感情が手伝って何時に無く百香里が積極的な夜だった。
何度果てたのだろう。一緒にだったり、自分だけだったり。何時もはそろそろ寝ましょうというのに、
もっと欲しいとねだったり。冷静になってみると結構恥かしいもので。
思い出して百香里は頬が赤くなる。そんな様子を総司に見られなくてよかった。

「それやったらえーんや」
「総司さん」
「ん」

ギュッと総司の頭を抱きしめて、彼にどんな言葉を言おうかちょっと迷って。

「今日もお仕事頑張ってくださいね」
「それより愛してるがええ」
「それ言ったら離してくれます?」
「厳しい選択やなあ〜」

結局総司は離してくれなくて。百香里は外が気になるけれど、こんな日があってもいいかなと苦笑する。
暫くして抱きしめる手が緩み、軽くキスをして服を着て。やっと台所へ向かうことが出来た。
まずは皆の朝食を作らなければ。
1番に起きて来る真守がリビングに入る頃にはいい匂いがして、何時ものように笑顔で挨拶をした。



「お前ん所にしょぼくれた中年男が来てねぇか」
「それって君のお兄さんでここの社長の事?ならそこに居るけど」

社長が休憩してくると言ったきり居なくなったと何故か自分の所に連絡が来て。
そんなものそっちでどうにかしろと言ったら忙しいからという理不尽な理由で専務から任命された。
どうせあの男が行く場所は限られているのだから人をよこすなりなんなりしたらいいのに。
気分転換に煙草でも吸えるかと思ったがいやな事はさっさと終わらせようと医務室へ向かった。

「……はあ」

案の定椅子に座って窓から外をぼんやり眺めている逃走中の社長。

「おい。わかってんだろ、さっさと戻れよ」
「何やお前か。真守やと思った」
「はあ?全然違うだろ。じゃ、俺は言ったからな。後は勝手にしろ」

どうせ仕事が嫌になったとか百香里に何か言われたとか、そんな些細な事だ。
特に気にする事もない。しかし社長がのんびり医務室でたそがれているのはどうだろう。
真守たちほどキリキリと怒ったりはしないが、渉でもやはり多少は良くないと思う。
何て柄にも無く真面目な事を思っているなんて、口には出来ない。

「今週の土曜日あいとるか?」
「何だよ」
「ユカリちゃん連れて家に行こうと思うんやけど、お前もどや」
「あそこにはもう誰もいねぇのに、何見せようってんだ」
「ユカリちゃんは大事な家族なんやし、実家に行った事ないっちゅうのも」
「…あれは家じゃない。……あいつの城だ。……あいつだけのものだ」
「渉」
「ユカりんを連れて行くのは勝手だけど、俺は」

あんな所に行くのは嫌だ。

「ほら、あの姉ちゃん連れてきぃ」
「は?梨香?何で」
「実は真守も誘おうと思ってるんや」
「……まさか、秘書も一緒とか」
「よう分かったな。花嫁さん募集したんやけど、…あいつ、……人気ないみたいで」
「いや、それは」

あの敏腕秘書が総司の耳に届く前にことごとく潰したから、と言おうと思ったけどやめて。
へえそうなんだ、と何も知らないフリを通す事にした。
あの女を敵にまわしたら何となく今後自分に不幸が舞い降りそうな気がして。

「で。お前もこの際あの姉ちゃんにプロポーズ」
「あんな所でするか」
「お。そんならする気はあるんや」
「ねぇよ」

総司の変な企画に振り回されたくない。家に行くのも正直いやだ。
何よりあの梨香の事だ、渉の実家に行こうなんて言われたら。ほいほいついてくるに違いない。
そうなれば抑えるのが面倒だ。自分だけ行ってないと駄々をこねる光景がありありと浮かぶ。

「俺だけやとユカリちゃん心細いんと違うかなぁ〜」
「あ。社長でしたら」
「お前はだまっとれ」
「……土曜日だろ、まあ、考えておく」

百香里をダシにするなんて、と思いながら確かにあの性格なら心細いだろうし。居づらいだろう。
行くかはまだ決めていないが、ここで即否定という事も出来ずに部屋から出た。
気分転換に煙草を吸おう。あの男に関わると大抵良いことは起こらない。

「よし。ほんなら本格的に」
「社長」
「あ。千陽ちゃん」
「あ。じゃないです。専務が今どれ程お忙しいか!戻りますよ」
「あの」
「戻りますよ」
「はいっ」

渉が去ってから間髪居れずに千陽が入ってきて総司を引っ張っていった。


おわり


2009/06/30