理想と現実


「総司さん」
「んー?」
「お酒臭いです。何処かで飲んできたんですか?」
「あ。いや、うん。ちょっとだけ、接待っちゅうかんじで」
「……」
「堪忍、……そんな怖い顔せんで?な?な?もう行かへんし」

何時もより遅い帰宅。きっと仕事が忙しくて大変なんだろうと何も言わずに待っていたのに。
帰ってきた総司はお酒の匂いがぷんぷんして仄かに顔も赤い。
別に飲んでくるなとは言わないけれど、せめて電話くらいしてほしかった。

「怒ってません」
「ユカリちゃん」

こっちはお腹を空かせて待っていたのに。総司に怒ってないとは言ったけれど。
本当は少し怒っているかもしれない。リビングに戻るなりご飯を温めなおして1人で先に食べ始める。
既に渉も真守も食事を終えて各自部屋に戻っている。静かなリビングに1人待つ寂しさ。

「……」
「ユカリちゃん堪忍。許して。な?何でもするから」

百香里は普段穏やかなだけに1度怒らせると怖くて。ただ謝るしか出来ない総司。
やっと話してくれたと思えば自分で暖めてくださいね。
言い終わったら黙々とご飯を食べる彼女にただオロオロするだけ。

「……ユカリちゃん。」
「接待って、……どういう、お店、ですか?」
「え?えっと。クラブ…なんやったかな名前」
「……」
「ユカリちゃん。もう行かへんから、全部断わるから。そんな怖い顔せんで?ね?ね?」

総司の言葉にもフンと知らんふりをしてご飯を食べ続ける。これはそうとう根深い。
このままじゃ不味い。どうにかしなければ。土下座とかむしろ抱っこしてベッドとか考えたが。
それはたぶん得策ではない。寧ろ余計に嫌がられるだろう。

「鈍いおっさんだな」
「な、なんや渉」
「ちょっとこっち来い」
「今はそんな」
「いーーから来い」

半泣き状態で何も出来ず佇んでいると何時の間にやら部屋から出てきていた渉。
本人曰く、のどが渇いたので水を飲みに来たらしい。そこに出くわした夫婦喧嘩。のような空気。
呼ばれて、百香里が気になるものの仕方なくリビングを出て廊下に出る。

「何や」
「ユカりんが今怒ってんのはあんたがクラブにいったからだ」
「せやから謝って」
「謝るのはそこじゃない。たぶん誤解してるだけだから」
「誤解?」
「ここまで言ってもわかんねぇか?あんたがクラブのホステスとよろしくやってるんじゃねぇかと
あの人なりに女関係心配してやきもちやいてんだよ。わかったか?」

そういうことか。何で気づかなかったんだろう、彼女が何時になく不機嫌で怒っていて。
総司も何時ものように考えられないほどパニックになっていたのかもしれない。
渉に教えてもらって気づくなんて。

「せやけどお前凄いなぁ」
「別に。ユカりんがさっき観てたドラマ、そーいう設定だったから」
「それやったら俺の溢れんばかりの愛情をユカリちゃんに」
「気色悪いぃ。じゃあな」
「渉。こっち来い。ええ子ええ子したるー」
「それ以上俺に近づいたらテメエぶっ飛ばすぞ」
「何や寂しい。反抗期か」

思いっきり嫌そうな顔をして逃げるように自分の部屋へ戻っていった。
ちょっとからかい過ぎたか。けれど弟には感謝しなければ。
これで対策が立てられる。リビングに戻るとまだお食事中の百香里。

「……」
「ユカリちゃん」
「……」

総司が向かい合った席についてもムスっとしたまま。

「今度一緒に飲みに行こうな。ユカリちゃんが居らんと何も美味しない。何も楽しない。
ほんまやで。なあ、ユカリちゃん。俺の顔見て。百香里一筋の顔やろ?愛してる。分かってるくせに」
「……」
「百香里」
「……ご飯、温めますね」

総司に見つめられて恥かしそうに頬を赤らめる。少しは機嫌を直してくれたのだろうか。
冷え切ったおかずやご飯を温めてくれて、やっと2人で向かい合って夕飯を食べる。
少しずつ会話も増えて、いつの間にか笑顔。
一緒にお風呂も入ってベッドに入って、挽回すべく彼女を組み敷いてオデコにキスする。

「今夜はユカリちゃんに寂しい思いさせたから、うんと楽しくしような」
「お休みなさい」
「ま、まだ、怒ってる?俺は」
「もう11時過ぎ………ぅ…ん」
「いや。ほんまに寝た?ユカリちゃんーー!」

最近社長業が忙しくてこんなのばっかりな気がする。まだ深刻なすれ違い、とまではいかないけど。
それだけ総司が真面目に仕事に取り組んでいるという事だと思う。けれど、百香里はちょっと寂しい。
総司も妻と触れ合いたいと思いながらも疲れて眠ってしまうのを無理には起こせない。
今日の事だってちゃんと話しをしていれば不安にさせることもなかったはずなのに。


「と。いう事で今日はもうごくろうさん」
「まだお昼を過ぎた所ですが?」

さも当然のようにかけてあったスーツを取り車の鍵もポケットに入れて退出しようとする社長。
ちょうど事業の報告に来ていた真守の眼鏡がキラリと光る。
最近は収まっていたのにまた何時もの帰りたい病が再発したかと内心では呆れている。

「真守。お前ユカリちゃんが嫌いか」
「は?……そういう質問はやめてください、返答に困ります」
「嫌いやないんやろ」
「……、…それで、何が目的です」
「ユカリちゃんが悲しんでる姿を見たいんか?今俺が帰って彼女を抱きしめてやらんと。
大変な事になってからやと遅いんや!分かるやろ!真守!」
「それは理解できますが、だからといって毎回帰られては示しがつきません。社長なんですよ」
「か、可愛くないヤツやなぁ〜もー」
「義姉さんも理解してくださっているはずです、大人しく席についてください。やることは山のようにあります。
むしろ仕事を放棄して家に戻ってくるような中途半端な男を義姉さんが好むとは思えません」
「……わかった」

ドアの前に立ちはだかり総司を睨みつける。流石に真守をぶっ飛ばしてでも行こうという気はないようで。
大人しく社長の椅子に戻った。ただしその顔は不満たらたら。
真守も兄の気持ちは理解しているつもりだ。百香里が寂しいと感じている事も薄々は。
けれど感情よりも会社を守る事を選んだ。

「御堂さん、社長が逃げる可能性があります。見張りを3人ほどつけてください」
「わかりました」
「それと、所用で出てきます。3時までには戻りますから」
「はい。お気をつけて」

こんな時に限って。自分が居ない間に兄が逃げ出さないように千陽にガードを頼んでから会社を出る。
外の空気を吸い込み気持ちを切り替えて向かったのは指定された喫茶店。
店に入るなり呼び出した相手が既に居て此方に手を振って場所を知らせる。

「忙しい中悪かったね」
「いえ。忙しいのは其方もでしょうし、此方としてもきっちりと話をしたいと思っていましたから」
「和政は君たち兄弟をライバル視しているからな。今回の話がよほど嫌だったらしい。
私たちに何も言わないで勝手に断わりに行くとは。報告を聞いて此方も少々驚いている所だよ」

年のころ50代。その割には若く見える、それだけ覇気があるという事か。宮路家の現当主。
先日いきなり家に来た和政の父親だ。面識は何度かあるがこうして向かい合って話すのは何年ぶりだろう。
お互いに良い関係ではないと分かっている。だから愛想笑いも取り繕った言葉も無い。
彼の秘書から連絡があった時からどうせその事だろうとふんでいた。

「貴方がたが色々と吹き込んでいるからでは?子は親の背を見て育つといいますし」
「はははは。まあ、否定はしない。先代には父が色々とお世話になっているしね、私も。それは置いといて、だ。
総司君に新しい奥さんができたとは聞いていたが、大層若く美人だとか。羨ましい限りだね。おめでとう」
「それは今回の事には関係の無いお話でしょう」
「長男である彼が帰ってきた事で君の立場はまた悪くなったんじゃないかと父が心配していてね。
何故だか知らないが昔から君の事をとても気に入っているようだから」
「お気遣い頂いてありがとうございます。ですが何ら問題なく通常通り会社は動いています。
むしろ柱である兄が帰ってきた事で松前家は以前よりもさらに強くなりました」
「ほう。それは羨ましい」

目には見えない攻防戦。歳は相手のほうが上だが真守も引かずに厳しい表情。
その近寄りがたさに注文を聞きに来たウェイトレスは動けず。
やっとの事で真守にいらしゃいませと言えたと思ったら彼は席を立ち。挨拶も早々と店を出て行った。
やれやれ、と残った男は大きく息を吐いて温くなってしまったコーヒーのお代わりを頼んだ。


「あ。真守さん」
「義姉さん」
「どうかしました?こんな時間に」

店を出てすぐ。タクシーを拾う気にもならず少し歩く事にした。少し距離があるが気分転換にはいい。
こんな時間に街を歩くなんてあまりない。新鮮な気分。さきほどまでの行き詰る空気とは違って風が心地いい。
そこに見覚えある姿。そして真新しい自転車。カゴには何やら食料品が入った買い物袋。

「散歩ですよ」
「散歩ですか」

買い物帰りの百香里。新しい自転車を得た事でだいぶ楽になったと喜んでいたのを思い出す。

「僕が散歩していてはおかしいですか」
「いえ。たまにはいいですよね」
「兄さんが貴方の事を心配していました。その愛情を、少しでも会社に向けてくれたらいいのに」
「真守さん」

百香里でも感じた何時もと違う雰囲気。疲れているようにも見えるし、イラついているようにも見える。
何時ものような穏やかさがなくて百香里に対してもそっけなく冷たい言葉を返す。
本人もそれは分かっていて百香里はなにも関係ないと分かっているのに。それでも口から出てしまう自分。
余計苛々して。さらに心が荒んで。

「……すみません」
「真守さんこそ。その愛情を少しくらい家族に向けてくれたらいいのに」
「え?」
「ちょっと、妬けます。そんなに大事なんですね」

酷い事を言ったはずなのに。でも、彼女は微笑んだ。

「そ、それは、と、当然じゃないですか!僕は会社を」
「会社は大事ですけど。洗濯も掃除も健康管理も恋の相談もしてくれませんよ?」
「あ、あなたは、何を言ってるんですかっい、いきなり」
「ふふ。ごめんなさい。でも、ずっとそんな怖い顔してるとそういう顔になっちゃいますよ?」

慌てふためく真守をみてまた笑う。彼女の考えていることがわからない。
どうしてそんな風に思えるのか。理不尽に冷たい態度を向けられたのに。
怒ったり怖がったり悲しんだりしないで。

「どうせ、僕は怖い顔をしています。父もそうでしたから。真似をしているとそういう所も似てしまうんです」
「マネですか」
「それが僕に出来る唯一の事ですから」
「じゃあ、お義父さんが生きていらしても私を快く迎えてくれたんでしょうね。残念だな…」
「……」
「こんな私を迎えてくれた新しい家族が大好きです。仕事の事とか難しいことは何も分からないけど。無理はしないでくださいね」

百香里は微笑む。何時もはそんな彼女を微笑ましく思うのに、今日は憎たらしく見えた。

「貴方と居ると調子が狂ってしまう。何故そこまで家族に拘れるのか。夫だけを見ていればいいのに。
そんなに暇なんですか。そんなに他人に干渉するのが好きなら接客の仕事でもしたらどうですか」
「……真守さん」
「人は家族愛だけで生きているわけじゃない。現実はもっとシビアでそんな甘いものじゃないんだ。
松前家の事を何も知らない癖に口出しを」

言いかけて慌てて口を手で塞いだ。相手は女性。それも何時も優しく接してくれる義姉。
気遣ってくれた彼女を一方的に責め立ててどうにかなる訳でもないのに。
どうしよう、どう謝ったらいい。

「………す、すいません、あ。いけない。…生ものあるので、帰ります」
「義姉さん」

立ち止まっている間に百香里は自転車に乗って行ってしまった。謝らなければ。でも。
自転車には追いつけず、そして時間もいつの間にか経っていて。
仕方なくタクシーを拾って会社に戻る。疲れていたとか、苛々していたとか、そんなの理由にならない。
自分はきっと今最低の事をした。その自覚はある。ただしどう解決すべきか分からない。

「専務?」
「……すみません、1人にしてください」
「ご気分でも」
「……」
「す、すみません。失礼します」



夕方。何時ものように一番乗りでマンションに帰ってきた渉。
自分のアドバイスもあって朝には暑苦しいくらい夫婦仲良くしていた。だからきっと今夜も楽しそうに
夕飯を作っているに違いない。つまみはなんだろう。下手な飲み屋より美味しいから最近は外であまり飲まない。

「ただいま」
「おかえりなさい」

キッチンで料理をする百香里。何時もと同じ笑顔、なのだが何となく違うような違和感を覚えた。
近寄ってみてますます違和感を感じる。彼女は何もいわずただ黙々と料理をしているけど。

「……何か、あったの」
「何もないですよ?」
「あんたは自分が思ってるよりも正直だ。またおっさんが馬鹿したのか」
「そんなんじゃないですって。すぐお酒の準備しますね」

笑っているけど何時もの笑顔じゃない。明るさがまったくないし元気もない。本人は否定するが。
絶対何かあった。渉の為にせっせとテーブルに冷えたビールと彼女が作ったつまみを準備。
これも何時もと同じ。だけどやっぱり何か違う。彼女がこんなにも落ち込むといったら1人しか居ない。

「俺があいつに言ってやる。あんたが我慢する事ねえんだ。あの野朗調子乗りやがって」
「やめてください、そういうんじゃないんです」

まだ帰らぬ総司に電話しようとする渉の手を止める百香里。

「じゃあ何で泣いてんだよ」
「……」

その目には涙。

「社長がそんなに偉いのかよ。何でもしていいのかよ。嫁泣かしてもいいのかよ。
あんたはよくても俺はそんなの糞喰らえだ。いいからどいてくれ」
「……夢、…なくなっちゃって…それで、ちょっと、…悲しかっただけなんです」
「夢?」

涙を溜めながらも電話しようとする手を必死に止める百香里。仕方なく手を降ろし。
彼女を椅子に座らせる。百香里は俯いたまま。

「楽しかった」
「はあ?何が」
「本当の家族みたいで楽しかった。でも、やっぱり私は家族にはなれない」
「誰かに何か言われたの」

渉の言葉にいいえと頭を振る。だけど、そうでもないとこんなに落ち込んだりしない。
社長夫人である百香里を妬む奴かくだらないゴシップばかり追いかける奴らか。
まだ総司は帰ってくる気配はないし真守も帰ってこない。やはり総司に電話して戻すべきか。

「総司さんには言わないでください」
「言わなくてもあんたの様子ですぐにバレるぞ」
「夕飯作ったら実家に帰ります、母の様子もみたいし」
「そのまま帰ってこねーとか?」
「まさか」

と言いながらも何だか怪しい。

「やっぱ電話する。あんた絶対変だ。何があったか知らないけど夫婦で話し合え」
「やめてください!」
「いいから。話しろ」
「やめて!……総司さんに…言わないで…」

問題が悪化する前にと再び受話器を握った。百香里の身長では渉から携帯を奪えない。
ボタンを押そうとする渉に、百香里は最初潤んでいたくらいだったのについにはポロポロと涙がこぼれ始めた。
よほど総司に知られたくないらしい。ここまで泣かれると流石に出来ない。

「じゃあ、……俺に話せ」
「……」
「あんたがそんなんだと調子狂うんだよ」
「私はただ皆さんと一緒に楽しく暮らしたかっただけなんです!!」

渉の言葉に強く反応して。彼の胸倉を掴み叫んだ。自分が望んだのはそれだけ。
父の死と家計の為に忙しすぎて家族としての温もりや交流が少なかったから。家族に憧れていた。
だから今あるこの家族を大事にしたかった。守りたかった。それだけだった。

「へえ。あんたでも怒る事はあるんだな」
「家族に憧れたら駄目なんですか?私のワガママだったとしても思うくらいいいじゃないですか。
少しでも家族に近づきたかったけど、結局私は他人なんですよね。この家の事を何も知らない私が
いきなりきて本当は嫌だったんですよね。勝手に世話やかれて。ごめんなさい」

彼女の言葉に何となくだが流れを掴んだ模様。百香里に掴まれた手をゆっくり剥がしポンと頭を撫でる。
まるで子どもをあやすように。それでも十分効果はあったようで涙が収まりこちらを見上げている。
潤んだ瞳の可愛らしい顔、と言いたい所だが泣き顔は鼻水も垂れてあまり可愛らしくない。

「あの人はあんたが嫌いなんじゃなくて、羨ましいんだよ」
「……え」
「あんたが好むような家族だとか愛情だとかそんなもん知らない。いきなり理解しろってほうが難しいだろ?」
「……」
「あのおっさんと俺の所為でもあるんだけどな」
「やっぱり、分かりません。私」

3兄弟の中にも確執というか。言葉には出さない何かがあるとは薄々感じていたけど。
それを敢えて聞いて怒られたり不快に思われたり嫌われたりするのが嫌で。
だからそこは見てないふりをしてやり過ごしてきた。
大事な家族だとか言っておいて自分も境界線のような壁を作っていた事に今更気づく。

「劣等感ですよ」
「真守さん」

そこへ真守帰宅。何時もより少し早い。ビックリしたけれど、彼は昼間とは違う表情。
酷く疲れているようで顔色もよくない。大丈夫ですか?と駆け寄ろうと思ったが昼間の事もある。
それは思いとどまった。

「よく帰ってこれたな」
「渉さんっ」

かわりに渉が駆けより胸倉を掴む。今にも殴りかかりそうな雰囲気。
総司はまだ戻らない。
慌てて渉を止める百香里だがそれでも勢いは止まらない。怖い空気。
何時もやっている兄弟喧嘩とはまた少し質が違う。真守は何の抵抗も言い訳もしない。

「帰ってきたからにはそれなりにけじめつけるつもりなんだろ?」
「ああ。ここを出て行く」
「そんな。駄目ですよ。私が出ますから。私が居なければいいだけで」
「いえ。輪を乱したのは僕です。僕が居なければ」
「つまり逃げる訳だ。どうだユカりん、これが大人のやり方だ」
「……何とでも言え」

渉は掴んでいた手を離し席につくとビールを飲み、百香里が用意したつまみを食べる。
とりあえず喧嘩の恐れは回避。けれど真守が出て行くなんて。
元は自分が家族なんてものに憧れた所為で。それが真守には負担で。それで。

「私、これからは総司さんだけを見てます。だから出て行くなんていわないでください」
「ですが」
「素直になれって。つまんねぇ意地はってもしょうがないだろ」
「渉」

自分の所為でマンションを出て行くという真守。どんどん落ち込んでいく百香里を見かねてか、
今日は渉が間に入ってくれる。総司が傍に居ないだけに百香里には心強く感じた。
何時もはこの2人が喧嘩していて百香里がそれを止めるのに。

「何より。新婚馬鹿夫婦に俺1人なんて地獄勘弁だ」

でもこの台詞はちょっとカチンとくる。

「私はともかく。総司さんは馬鹿じゃないですよ」
「いや。あれは馬鹿だ。おーーー馬鹿野朗だ」
「違います!馬鹿じゃないです!」
「ユカリっちゃーん!たっだいまー!もう。迎えに来てくれんから僕から来……た…で?」

百香里との時間を作るつもりが1番遅く帰ってきてしまった総司。玄関で1人待っていたのだが
何時まで立っても百香里が来てくれなくて。
まだ怒っているのだろうかと敢えてテンション高めに入ってきた。その手には高そうなシャンパン。
3人に何があったのか知らないから仕方ないのだが、なんて間の悪い人だろう。

「やっぱ馬鹿じゃん」
「違いますって」
「何の話やの?何が馬鹿やの」
「僕の話しです」
「お前?何やしらんけど、皆座ってご飯たべようや。腹減った」
「すぐに準備しますね」

だけど彼が入ってきてくれたお陰で空気が変わった。とりあえずは夕飯という事で席につく。
真守はスーツから部屋着に着替えるために一端部屋に戻る。総司は軽く上だけ脱いで。
皆揃った所でシャンパンを開けて用意したグラスに注ぎ、一応乾杯。

「何や。皆葬式みたいな顔して。ユカリちゃん」
「そんな事ありませんよ。お葬式の時はもっと落ち込んでて顔色もよくなくて…あ。このお酒美味しい」
「飲みすぎんといてな?その、今夜は2人でゆっくり語り合うんやから」
「………」
「おい。何かもう寝てるぞ」
「えーーー!?」

今日の疲れもあったのだと思う。けど、早すぎる。渉が軽く突くとカクンと項垂れる百香里。
仕方なく総司が抱きかかえて彼女を寝室へ連れて行った。ついでに着替えさせるとか。
それにしてもやたら遅い気がするが、まあ、夫婦間の事なのでどうでもいい。
残されたものは空腹もあって待たずに各自夕食に手を付ける。そこへやっと降りてきた総司。


「それで。お前ええ歳してユカリちゃんをいじめたんか」
「……」
「それで気分はスッキリしたんか?どや?」
「いいえ、全く」

真守からすべてを聞いて、一瞬表情が揺らぎ。落ち着くためか酒でなく水を飲む。

「ユカリちゃんも確かに構いすぎやったな。お前にはお前の領域っちゅうもんがある。
言われてその事に気づいたやろうし、もうこれからは必要以上にお前らには構わんやろ。
俺としても旦那だけを見てくれるほうが嬉しいし、正直めっさ腹立ってるけどそれで許したるわ」
「……」
「せやけど、もっぺん百香里泣かしたらお前でも許さんぞ。わかっとるやろな」
「……、はい」
「おー怖い」
「ならええ。せっかく酒あるんやし3人で飲み明かすで!おー!」
「明日は平日なのでお付き合いできません」
「俺ももういいや」
「なにー!」

最後に来てポツンと残される総司。仕方なく自分も寝室へ戻ろうとしたが。
朝慌てて起きる百香里の事を思いテーブルの上を片付けておいた。皿も洗って。
あと匂ったら不味いと念のためシャワーも浴びた。



「……ん」

意識が目覚め始めた百香里。今何時ごろだろう?
そして何時の間に眠ってしまったのか。記憶が曖昧でよくわからない。
とりあえず目を開けて時計を探そうと動き出す。

「起きんでもええよ」

先に起きていたらしい総司は百香里を抱きよせると耳元で囁く。

「今、何時ですか」
「今日こそ話し合おうな。ゆっくりゆっくりゆーーーっくり」

そのまま手が百香里の体を弄りパジャマを脱がせていく。頬や唇にキスしながら。

「あ。ちょっと。私お風呂はいって」
「後でええよ」

朝ごはんの準備や洗濯や、それにお風呂に入ってないから触れられると困る。
百香里は精一杯抵抗するが総司の力には勝てない。
あっという間に脱がされて手と舌の愛撫を受ける。

「総司さん」
「ん?」
「……ここの所、……構ってもらえなくて、…寂しいです」

観念したのか総司を抱きしめてその耳元で囁く。やっと聞けた彼女の本音。

「それやったらユカリちゃんも一緒に行こう」
「それは駄目です。私頭悪いし皆さんに迷惑かけるだけだから」
「そんなん」
「……すいません」

総司を愛している。けど、自分にはもっと色んな選択肢があったんだなと今更思う。
そんな不安を家事や松前家の人たちの世話を焼いて紛らわせていたのかも。
けれど拒まれてしまって、総司も忙しいし、新婚とはいえ甘えてばかりではいられない。

「後悔してる?」
「……」

自分の為にも松前家の人たちの為にももっと違った道へ行けばよかった?
なんて一瞬でも考えたなんて言ったら怒られるだろうか。

「百香里」
「しないほうがもっと後悔してると思います」
「……ありがとう」

今日はもうなにもさせてもらえそうにない。だから旦那さまの思うままに。
力を抜いて身を任せる事にした。何の準備も出来てないけど、1日くらいいいだろう。



「何か調子狂うな」
「……」
「あんたの責任なんだからコーヒーくらいいれてよ」

何時もなら明るく迎えてくれるのに。リビングは綺麗に片付けられたまま。
渉はテレビをつけてつまらなそうに伸びをする。先に起きていた真守はコーヒーを飲み。
何となく居心地の悪い空気。かといって寝室へ入っていくわけにもいかない。
渉に言われるままにコーヒーを入れて彼に渡す。

「もしこのままユカりんが何もしてくれなくなったらどうする。やるのはおっさんのだけでさ」
「それをどうこう言えた立場じゃない」
「あんたの所為だもんな。こうなったの」
「……」

百香里の涙を見て、真守は何を思っているのだろう。ここを出て行くというのはやめたらしい。
ちらっと浮かない表情の兄を見て視線をテレビに戻す。家がゴタゴタするのは居心地が悪くて嫌だ。
今頃総司が話し合いとやらをしているのだろう、2階は静かなものだが。

「とんだとばっちりだぜ。家族ごっこくらい付き合ってやればいいのに、クソ真面目に捉えるから」
「お遊びにしては昨日のお前、真剣に怒ってたな」
「別に」

真守もちらっとテレビに視線を向けたままの弟を見た。
あんなにも誰かの為に怒るなんて。初めて見たかもしれない。

「なあ、女性はどういうものを贈られると喜ぶんだった?」
「女によるけど…花とか鞄とか指輪とか?とにかく金のかかるもんだろ」
「そうか」
「でも。ウチのお義姉さんにあげるってつもりならあてはまらねーけどな」
「そうだな」


おわり


2009/04/2