第13話
「おはようございます、義姉さん」
「おはようございます」
「………あの、何か?」
「え?」
「僕の顔をずっと見ているから、何かあったのかと。顔は既に洗っているんですがまだ何か」
朝。1人台所で朝食を作っている百香里。まだ総司も渉もベッドでお休み中。
一応言われたとおりに総司を起こしたし渉の部屋のドアもノックしたのだが、起きて来る様子は無い。
1番に起きる真守は何時ものように身支度を済ませ何時でも出社できる状態。
昨日総司が言っていた事を思い出してつい見つめてしまった。気付かれて慌てて視線を外す。
「あ。いえ、えっと、最近忙しそうですね。あの、お加減如何ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。義姉さんが僕にまで世話をしてくださるので」
「私なんて。……そうですか。よかった」
あんまり褒めると総司が妬いて拗ねるけれど、百香里から見ても真守は素敵な人だ。
容姿もお金も性格も揃っているのに。何が駄目なのだろう。仕事が忙しすぎるから?
千陽ともし交際したとしても駄目だろうか?でも職場が一緒ならもしかすると。
幸せになるに越したことはないが、住まう世界が違う人。百香里には分からない。
「あの、義姉さん焦げてます」
「え……?え?え?え?……あ!しまった!あつっ」
「大丈夫ですか?!すぐに冷やしてください!」
「だ、だいじょうぶです。よくやっちゃうんですよねー…っははは」
慌てて火を止めて、カリカリに焦げた目玉焼きを皿に移して新しく作り直す。
いけない、今は料理中だった。4人分の朝食を作らなければ。
ヒリヒリと痛む手を冷やしすみませんと謝って苦笑い。不味い所を見られてしまった。
「これ、頂きます」
「だめです!それは私が食べますから!今新しいものを作りますから!」
落ち込む百香里の前から皿を奪い自分の前に置く真守。
明らかに美味しくないものを食べさせる訳にはいかないと慌てて取り戻そうとするのだが。
彼はいたって冷静で、コーヒーを飲みそれらを食べ始めた。
「もう頂きました」
「あっ……真守さん」
さりげなく優しいのはこの家の人たちの唯一の共通点、だろうか。それから暫くして渉が起きてくる。
だらしなく口を大きく開けて欠伸をしてパジャマ姿の彼に真守が小言を言うのが朝の慣わし。
キッチンで兄弟のやりとりを聞きながら渉の分の食事も用意する。最初朝食は要らないと食べなかったけど。
規則正しい生活と美味しい匂いに誘われてか、今ではちゃんと食べるようになった。
「げ。何だそりゃ」
「目玉焼きだ」
「真っ黒だけど」
「僕はちゃんと火が通っていないと嫌なんだ。これくらいが丁度いい」
「ふぅん。あんたらしいね、すげえ不味そうだけど」
「すみません、私がその、うっかり」
目玉焼きの焦げを上手にナイフで切り離し食べる。それでも苦味はあるはずなのに、
何も無かったように全部食べてしまった。
よく食えるな、と渉は苦笑い。百香里も申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「渉。自分の朝食くらい自分でもってこい」
「はいはい。……こんな所でまで命令すんなよな」
「言いたい事があるならはっきりと発言したらどうだ。今なら時間が有る、ゆっくり聞こう」
「何でもございません専務様」
また大きな喧嘩に発展するかとヒヤヒヤした百香里だったがそうはならず。
言われるままに大人しく百香里から朝食を貰い自分で運び席に戻る。
また自分たちの所為で義姉を困らせたくないからか、単に喧嘩するのも疲れてきたのか。
特に会話もない朝食。そんな静かな空気が嫌だったのかパンを齧りながらテレビをつける渉。
「なあユカりんも食べろよ、腹減ってるんだろ」
「私は総司さんと食べたいので」
「どーせギリギリまで起きてこねぇよ」
「お前が言うな」
コーヒーのお代わりをもってきた百香里に渉が言う。何となくそんな返事だろうとわかってたけど。
朝早くから起きて洗濯とか朝食の準備をしているのだから当然空腹のはず。
2階を見上げてもまだあの男が起きて来る様子は無い。
「社長が寝坊とかねぇよな。マジで」
「起こしてきます」
「お前が余計な事を言うから義姉さんの仕事が増えただろ」
「じゃああんたが起こしに行けよ。飯食ったんだろ」
「……それもそうか」
渉の言葉にピタリとトーストを食べる手を止めて立ち上がる。
「あの、私が行きますから。ゆっくりなさっててください」
「いえ、ここは僕に任せてください」
「真守さん」
何故か眼鏡をかけなおし真面目な顔をして階段を上がっていく真守。
まるで仕事中のようだ。ただ総司を起こしに行くだけなのに。ぼけっと眺めていると後ろから笑い声。
振り返ると渉がテレビを観ながら大笑いしていた。まったくと言っていいほどに興味が無いらしい。
「渉さん、ご飯食べながらテレビ観てると時間なくなっちゃいますよ」
「なあ、ユカりんも観てみろよ。くっだらねぇー」
「え?何ですか?……空を飛ぶペンギン……ええ!?」
「だろ?だろ?アホらしー」
注意していたはずなのに、いつの間にか百香里もテレビに釘付け。一緒に驚き笑う。
まさかその数秒後に2階から悲鳴が聞こえるなんて。
真守なのか総司なのかどっちかは分からない。驚いて2階へ駆け上がる百香里。
総司は寝起きがいいほうではないから、もしかしたら怒って真守に暴力でもふるったのだろうか。
なんて不安もよぎった。渉はテレビから離れる様子は無い。
「ユカリちゃん!真守がいじめよるー!あーーーー!」
「そ、総司さん……」
ドアを開けたら総司が抱きついてきて、なにやら鬼だの悪魔だのめっさ怖いだのと叫んでいる。
奥には眼鏡を光らせる真守の姿。いったいどういう起こし方をしたのだろうか。総司がここまで怯えるなんて。
抱きしめて頭を撫でてやると落ち着いたのか今度は甘えて胸に顔をうずめている。
「社長、これから着替えと洗顔と朝食の時間が迫っております。時間通りにお願いします」
「うう……いじめやぁ」
「社長」
「はい!」
「迅速に、お願いします」
「……はぁい」
渋々百香里から離れて食事を取る為に部屋を出て行く。よほど真守の睨みが怖いらしい。
「すみません、お騒がせして」
「いえ。私だとすぐには起きてもらえないので。良かったです」
「兄さんは貴女に甘えているから。いい歳をして……」
呆れた様子の真守と共に部屋を出る。難航するかと思ったが案外あっさり終わった。
会社でもあんな感じなんだろうか。そんな怖い人には見えないのに。
総司の怖がり具合を思い出して可哀想かな、と思う反面ちょっと笑えた。
「でも、甘えられる人がそばに居るのは大事な事じゃないですか?」
「そう…ですね」
「私も総司さんに何時も甘えてしまいますから。しっかりしなきゃいけないって思うんですけど」
「十分しっかりしてますよ。義姉さんは」
「ユカリちゃーーーん!俺の飯はーーーーーーー!」
「今準備しますから!」
「すみません、手のかかる兄で」
真守の言葉に苦笑で返し下から聞こえる総司の声に慌てておりる。すぐに朝食の準備をして、
やっと自分も食事にありつく。遅くなってもギリギリでもやはり総司と一緒に食べたい。
見詰め合って仲よく、という所で後ろから渉の靴下が無いという声。慌てて立ち上がって探しに向かう。
こんな事をしているから総司と最後まで一緒に食べられるのは珍しい事で。ちょっと寂しい。
「ユカリちゃん疲れてへんかなぁ」
「……」
真守が席に戻ると綺麗に盛られたサラダを突きながらコーヒーを飲む総司。
百香里が去っていったほうを眺めつつ心配そうに呟く。
「真守に嫁さんが来てくれたらだいぶ楽になるんと違うかいなー」
「……わざとらしい演技はやめてください。渉が居るでしょう」
「あいつはぁまだ結婚する気あらへん」
「僕だって」
またこの話題か。新しくいれてきたコーヒーを飲みながらため息がでる。
もっと有意義な会話があるはずだ。なのになんで。
不愉快そうに視線を逸らす真守だが総司はそれに気付いていないのか続ける。
「お前はええ歳やないか。化石になるだけやぞ」
「か、化石って」
「朝っぱらから何やけど、たまには女の子とデートしてえっちせなあかんて」
「そんな時間何処から出てくるんです。定時に帰る社長の尻拭いを僕がどれほど時間をかけてやっていると」
「よっしゃ!俺が頑張ればお前デートするんやな?」
「え?」
「ユカリちゃんには悪いけど、可愛い弟の為やひと肌脱ぐで!」
「……はい?」
「お前、今日千陽ちゃんとデートせぇや」
突拍子も無い提案にブッとコーヒーを噴出す。この人はいったい何を言っているのか。
真面目にやってくれるのは有り難いけれど。いや、デートってなんだデートって。しかも相手は秘書?
何で秘書?どうして?からかわれているのだろうか。混乱しているのか固まったまま動かない真守。
「どうしたんですか真守さん!コーヒーこぼれてますよ!」
「ユカリちゃん、今日俺残業やねん。寂しいやろうけど我慢してや」
「……はい。お仕事頑張ってくださいね」
コーヒーカップを持ったまま混乱している真守を他所に話を進める総司。
後から来た百香里も察したのかにこりと微笑み頷いた。
「あん。可愛い。めっさ可愛い。夜社長室おいで。綺麗な夜景みしたる。でもってユカリちゃんの」
「駄目ですよ。千陽さんに」
「千陽ちゃんも今日は忙しいから夜はおらんよ。なあ、ユカリちゃん。僕寂しいぃ」
「駄目ですってば。ここで待ってますから。寂しくなったら電話してください」
「……しゃーないなぁ」
あわよくば百香里と社長室で仲良く、なんて考えていた総司だが百香里はキッパリ駄目ですと断わった。
普段から千陽や真守が説教をしているのを見ているからか、仕事には関わらないと決めている。
自分が関われば確実に不真面目になってスケベな事に走るから。この人は。
「何だよ真っ青な顔してさ、どっか悪いの?」
「……頭痛がな」
「仕事休めよ」
何も知らない渉。玄関に向かうと顔色の軽い真守の姿があって。
そんなものに興味なんてないのに、柄にも無く大丈夫かと聞いてみる。
「いや、僕が居ないと」
「めんどくさいな、そういうのも」
「悪いが今日はお前運転してくれないか」
「いいよ」
兄の言葉は嘘か本当か。彼女の影すらない自分をからかったのなら気にしなければいいのだが。
何とか気持ちを落ち着かせ真意を質そうとしたのだが、義姉とイチャイチャしだして。
それ以上はなにも聞けないままに出てきてしまった。
1度悩んだら結論が出るまで悩み続ける性格をしている為にずっと難しい顔をして何も聞こえない。
「千陽ちゃん」
「おはようございます、社長」
「行き成りやけど、今夜あいてる?」
「……ええ、あいてますけど」
弟たちに少し遅れて出社した総司。椅子に腰掛けるとさっそく秘書である千陽を呼ぶ。
何時ものように1日のスケジュールを確認する為分厚い手帳を持って登場の美しく凛々しい秘書。
彼女を気持ちが悪いくらいにこにこと笑って迎える。千陽これは何か企んでいると直ぐに悟った。
「デートせえへん?まも」
「しません」
「違うて。俺やないって、そんな笑顔で即答せんといて。ちょっと悲しいわ」
「正直がモットーなものですから。申し訳ありません」
「真守とデートせえへん?」
「専務、と?あの、それは専務が、その、仰ったんですか?」
さっきまでの冷めた態度から一変。かなり動揺した様子で総司を見る。
余程気になるらしくみっちりとスケジュールが書かれた手帳は閉じられてギュッと握り締められ。
この変わり様にやっぱりな、と思いつつ総司は続ける。
「そう。めっちゃ乗り気やねんけどあいつシャイやから。よう誘わんって言いよってな」
「……専務が、私を。デートに……」
「どやろ。嫌やったら断わるし」
「いえ、その、専務に言われてはお断りする訳には」
「社長やったら即答やったけど」
やっぱり彼女も少なからず真守を意識しているようだ。百香里もそんな風に感じていたし。
他の者も気付いているかもしれない。ただ、肝心の真守が鈍すぎてあんまり分かってないというか
その思いが通じてないというか。
これをきっかけに交際なんかが始まれば少しはあの真面目仕事人間の真守も変わるだろうか。
デートの誘いに表立って喜びはしないが顔が緩んでいる千陽に今日は早く切り上げていいと伝えたら喜んで。
「田沢君です。有能ですよ」
「君って……男やん。男やん!男やん!」
「3回も言わなくても聞こえます」
代わりの秘書を用意してきた。しかもよりによってむさくるしい男。
「ほら、あの新人の。優菜ちゃんにしてやぁ。目がクリっとしてておっとりさんな」
「構いませんけど。奥様にちゃんとご報告しますよ?宜しいですか?」
「な、なんでそんな酷い事を!」
「社長が良からぬ事をしないかちゃんと見張って動きがあれば即座に報告すると決まっておりますから」
そんな話があったなんて初めて知った。百香里が頼んだ、という訳ではないと思う。
今の所悪い事なんかしていないしこれからもする予定はない。百香里一筋。
そう分かってても何となくソワソワドキドキしてしまう嫌な男心。
「そ、そんな。僕ユカリちゃん一筋やでぇ?その、ほら、目の保養というか癒しというか……」
「ではご了解いただけたという事で。田沢君と大城君と、補佐で井上君で行きますね。社長」
「お、男ばっかり嫌やぁー!」
嘆く総司を無視しすっかりその気になった千陽は昼からの休暇を申し出て。
代わりの秘書はやたら厳つい顔をした男3名に。そろいも揃ってシャレも融通も利かない堅物ときた。
これはもう、色んな意味で地獄。でも、これで弟に春が来るなら良しとしよう。
「専務、社長からお電話が入っております」
「社長から?わかりました」
何となく嫌な予感がするが、内線を取る。
『真守、俺やけどなー』
「何ですか」
『6時に駅前に集合やで。かっこええ服着て勝負パンツはいていきや』
「は?」
『デートや。デート。千陽ちゃん即OKやったで』
「そ、そんな勝手な事を!……僕は今日忙しいんです、そんないきなり」
『朝言うたやんか。仕事は俺に任せとき。これは社長命令や。しっかり千陽ちゃんをエスコートしてくるんやで』
わざわざ電話までしてきて冗談、という訳ではないだろう。彼女が了解するなんて思わなかった。
もしや社長の権力など使って強引に彼女を、とも一瞬考えたけれど。そんな人ではないだろう千陽は。
総司はあっさりとエスコートなんて言われるが、真守の頭の中は真っ白。何もみえない。
「急に言われても。どうしたらいいのかさっぱり分からないよ。僕にはとても……出来ないよ」
『渉に聞いてみたらええやん』
「そんな」
『ほな。伝えたで。6時やぞ6時!絶対に遅刻するんやないで!』
「ちょっと!社長!兄さん!兄さん!……切れた」
何て勝手な事をしてくれたのだろうあの人は。動揺してつい家でするような口調で話してしまった。
周囲の者もビックリしている。でもそんな事はいい、肝心なのか夜だ。内線電話を戻してため息をつく。
デートなんてどうしたらいいかもう遠い過去のお話で忘れてしまった。今更無理ですと断わるのも悪い。
頭を抱えながらまた始まった頭痛。秘書に薬を持ってきてもらって、またため息。
「花でもプレゼントして高級な店にでも食いに行って適当に話つきあってれば大体最後までいける」
「さいご?」
「あんたもやっと女とヤる気になったんだろ?息子が錆びる前でよかったなぁ」
「お前のそういう下世話な所は本当に兄さんにそっくりだ」
昼休みを目前にして何の前触れもなく自分の部署にやってきた専務。
周囲が驚く中、今にも自殺でもしそうな追い詰められた顔をして。何を言うのかと思えば昼食付き合え。
少々早いが上司は行けと言ってくれて、他の社員が見守る中社員食堂へとやって来た。
そして今回企画されたデートの話を聞かされる。
「御堂ってあの冷たいけど美人の秘書だろ?上手くやれよ」
「僕はただ社長命令と言われて。彼女ももしかしたら義理か何かで」
「そらねぇって。嫌な事は笑って流すタイプだぜあの女は」
「しかし……」
よほど自信がないのかオロオロとした態度でため息ばかりついている。
何も辛い事など無い、寧ろ楽しめと言っているのにこの真面目男はうじうじと。
そういう性格なのだと分かっていても段々腹立たしくなる。
「女に興味ねえ訳じゃないんだろ。いざ2人きりになっていー感じになれば自然といけるって」
「秘書だぞ」
「じゃあ何だったら行けんだ。女子大生か。ホステスか。アイドルか?」
「僕のような男に彼女は勿体無い。デートなんてしてもきっとつまらない」
渉の嫌味にも返事せずどうしようかと悩んでいる様子。もう勝手にしろ、と言いたい。
言ってもたぶん聞こえてないだろうけど。とにかくウザったい。
上の兄といいこの兄といい、何でこんなのばっかりなんだと煙草を吸うのもやめて視線を外す。
「だったら一生童貞男で居ろ」
「………そうだな」
「認めるなよっ……あああもう、なんで俺がこんな目に」
「……はぁ」
これはかなり重症だ。
「好きな女が居るとかそういう話じゃねえんだよな」
「好き、か。……そんな感情、いつの間にか忘れてたな」
「別にこれからでも遅くないんじゃないの」
「そうだな」
「あんたの場合、ユカりんみたいなのじゃなきゃ納得しそうにないけどな」
「そういう言い方はやめないか。大体お前は女性との付き合い方について」
「はいはいはい、元気になったなら飯食えよ。冷めるぜ」
食事を終えるとまた厳しい顔つきに戻って、去り際に仕事を怠るなとか説教をつらつらいって。
落ち込んでいるのも見ていて疲れるが元気になられても疲れる。性質の悪い兄貴だと再確認した。
デートをするのは驚いたけれど、まあ、悪くないと思うし。上手くいけばいいとも思う。
プルルル…プルル…
「はい」
『ユカリちゃんか。俺や』
「総司さん。お仕事ご苦労様です」
『今、まさに俺は1つの大きな仕事をこなそうとしとる』
「真守さんのデートですか?6時前に出て行かれましたよ。成功するといいですね」
夜7時を過ぎた所。真守のデートが成功するように祈っていた百香里だが、そこに総司から電話。
夫の何時に無くまじめな声に、よほど弟の事が心配なのだろうと苦笑する。
今そちらに総司を見張ってくれる人は居ないけれど千陽の報告では悪さしないように傍にがっちりと
男の秘書たちで囲んでいるから心配はないと言われている。
『そやない』
「え?」
『百香里の声だけで抜けるかという大事な仕事や』
「な、なにをしてるんですか!そこは何処ですか!」
『え?僕の部屋やけど?』
「………やめてください」
『だって!えらいごっつい男に3人も囲まれて死にそうなんやもん!窒息するわ!』
でもそれがかなり裏目に出ているようで。イライラが溜まっているらしく良からぬ事を考えているようだ。
恥かしくなってあわてて電話を子機にかえて自分たちの部屋に戻った。
渉はビールを飲みながらテレビに夢中。ベッドに座ると総司の説得にかかる。
「帰ったら私、その、いっぱいしますから。ね?お願いしますお仕事中にそういうのは」
『……』
「そ、総司さん!?あの!?まさかもう!?」
『冗談やよ、そんなんせえへんから』
「……総司さん」
『ユカリちゃんの声聞きたかっただけや』
よかった、と心から安堵。でもそれだけ総司も寂しいんだろうなと思えて。強くは怒れない。
自分も何だかんだ言って総司が居ないと何時もの調子がでないというか。
口にはしないと決めたのに、こうして電話している間にも寂しいと言ってしまいそう。
「もう少しかかりそうですか」
『そやな。9時くらいかなぁ』
「わかりました。お風呂入らないでまってますね」
『体洗ったるわ。アソコも丁寧に』
「もう」
『ユカリちゃん』
「総司さん。待ってます。何時になっても」
『あかん。可愛すぎるわ、ちょっと反応してもうた』
「も、もう切ります!お仕事頑張ってください!」
『はーい』
からかわれて顔を真っ赤にさせ電源を切る。帰ったらまた嫌と言うほど啼かされそうだ。
落ち着いてから電話を戻そうと下へおりる。渉は新しいビールを取って飲んでいた。
真守は普段から帰りが遅い、これで総司が遅くなるとこの部屋では彼と2人きりになる。
最初はそれが気まずいと思ったのだが、今ではもう慣れた。
「ユカりんも飲む?もう20歳なんだし、飲めるよな」
「すみません。私、ビールは苦手なんです」
「じゃあ何だったらいいわけ?」
台所で今日出たゴミの片づけをしているといつの間にか此方に顔を覗かせていた渉。
何かと思えば飲んだビールの缶を集めて持ってきてくれていた。つまみのゴミも放置せずゴミ箱へ。
ありがとうございますと言って受け取り片づけを続行する。協力的なのはいいことだ。
「そうですね。果実酒みたいに甘くて飲みやすいものなら」
「ふぅん。今度買ってきてやるよ」
「そんな。私が」
「超美味い酒のましてやるから、期待しててよ」
「渉さん」
機嫌がいいのか何時になく無邪気にニコっと笑う渉。そんな顔をされては断われない。
ありがとうございますと微笑み返し、あまり高価でない物にしてくださいねとお願いしておいた。
勿体無くて飲めなくなるし、正直お酒の良し悪しなんてよく分からないから。
「デート上手くいくといいな」
「はい」
「もし帰ってこなかったら明日の夜は赤飯だな」
「え?」
何やら含みの有る笑みを浮かべテレビを観る渉。百香里は片づけを終えて休憩。
総司はまだ帰ってくる気配は無い。彼が来るまで風呂には入らず何時間でも起きて待つ。
ふと時計を見て思うのは今頃千陽と一緒の真守。はたしてデートは成功するのか。
「なあ、ジブンら何時までおるん?」
「当然社長の業務が終了するまでです」
「それやったらもうええし、帰り。家族が心配しとるで」
「自分には一緒に住んでいる家族は居りませんし、何より社長の補佐をするのが仕事ですから。お気遣いなく」
「……たまらんわもぅ」
広い社長室。重厚な作りのデスクには社長である総司が憂鬱な顔で座っている。
目の前には愛しい妻の写真があり、その奥にはゴツに男3名に囲まれ。外は真っ暗で綺麗な夜景が見える。
何時もなら食事を終えて百香里と楽しく風呂に入っている頃だ。
真守の為に我慢しているがとにかくこの暑苦しい男たちをどうにかしたい。
「どうかなされましたか」
「ご気分でも悪くなされましたか?」
「薬をお持ちしましょうか」
「……何でもない、コーヒー持ってきて。こいーーの」
これで上手くいってなかったら真守をドつく。
つづく
2009/01/15