甘え


「マタニティって今はこんなお洒落な服もあるんですねぇ」
「ほんまやね。これなんか可愛いなぁ。なんぼか買うてこか」
「え。いいですよ。今ある服でも十分ゆったりしてますし」

日曜日。朝ごはんの準備と洗濯物を干してからデートする為に街へ出る。
義弟たちが作ってくれた夕飯は見た目こそ破壊的だったが味は美味しくて。
またお願いしますねと言ったら真守は頷き渉はとても渋い顔をしていた。
空は青く風も心地良い。

「お腹が今より大きなった時の事考えてや」
「まあ、確かにこの先必要になりますね。…必要経費、か」
「そうそう。あ。これなんかどない?」

示し合わせた訳でもないのに何となく行ってしまうベビー用品の充実したお店。
玩具とか服とかもう買わなくてもいいのに。総司はまた幾つかカゴに入れている。
そして今日はその他にマタニティも。一見すると普通の服に見えるデザイン。
よく見るとお腹周りがゆったり。百香里よりも服選びに熱中している。

「総司さんの好きなもので。私は着れたらいいから」
「ユカリちゃんの読んでる雑誌に載ってる人こんなん着てへんかった?」
「そうでしたね。でも私あんなスタイル良くないし…」
「ユカリちゃんはめっちゃええ体してるよ。俺が証人や」
「ありがとうございます。…でも、なんか違うような」

服を何着かカゴに入れるとそそくさと彼の手を引いて移動。
これ以上ここに居たら旦那さまが買い占めてしまいそうで怖い。
玩具の時もあれこれ手を出してカゴが一杯になっていたから。

「疲れた?」
「大丈夫です」
「んー。ユカリちゃんの大丈夫は怪しいからなぁ」
「私のこと信じてくれないなんて酷い旦那さまですね」
「ユカリちゃんは自分の事になると途端に無頓着になるんやもん。無理したらあかんよ」
「はい」

気遣ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと歩くたびに同じ事を何度も聞くから。
疲れたら自分から言いますと言ってもそれでも心配なようで。百香里は苦笑い。
店を出て総司からお茶でもしようと誘われて喫茶店に入った。
口にはしないが恐らくは妻を休ませたいのだろう。

「さてぇ。何してあそぼか。ギャンブルは体にえぇないからアカンな」
「そうですね」

到着したケーキを食べながらの会話。今回のデートの目的は遊ぶこと。
今しかできない遊びという漠然としたものしか百香里の頭には無い。
おまけに妊娠しているから出来る事も限られてくる。
色々と頭の中に浮かんでは来るがお金が湯水の如く消えていくギャンブルなんて、
百香里にはさせられない事の筆頭。単純な事のはずなのに、2人して悩む。

「買い物いうてもユカリちゃん特売とかセールやないと動いてくれんし」
「見るだけならお付き合いしますよ」
「そやないねん。仲良くキャッキャ言いながら買い物したい」
「総司さんって意外に女性的なんですね」
「どっちかってとユカリちゃんはサバサバしとるよね」

歳相応の可愛らしい顔をする時もあるけど、甘えるのは得意ではないようで
基本彼女からはそうベタベタしてこない。おまけに松前家の中心となり家を動かす所為か
最近では更に年上でも臆せずあしらい上手になってきたように思う。

「キャッキャしてなくてすいませんでした」
「あ。怒った?悪い意味やないから」
「どうでしょ」
「ユカリちゃん」
「そんな顔しないでください。分かってますから。ね」

総司はそんな彼女にすっかり頭が上がらない。
でもそれでいいと思っている。幸せ。

「…うん」

彼女もそうだと嬉しい。いや、きっとそうだ。

「もうこんな時間か。お昼は考えなくていいけど夕飯の買い物はしないといけませんね。
何時ものスーパーでいいかな。今日のタイムセールなんだったんだろう。あ。もしかしたら
今日は月2回の日曜市の日だったかも…。あーもう。ちゃんと見ておけば良かったな。
お店にチラシなんて置いてないだろうし」
「ユカリちゃん」
「ごめんなさい、こんな時までセールの話なんかして」
「ええよ。家の事やし。タイムセールはユカリちゃんには危ないから俺が行く」

自信ありげに百香里に告げる総司。
彼があの激戦の中を割り引かれた野菜や肉を求めつき進む。

「今日は全部放棄します」
「え?なに?」
「今日は20歳らしい感じで行きます。漠然としてますけど」
「そうなん」
「はい。だから戦いには行きません」

そんな事させられない。今日は大人しくしていよう。そう思った。
出鼻を挫かれてちょっと不服そうな総司。

「…俺かて戦えるし」
「それより、行きたいお店があるんです」
「どこ?」
「友達がハマってるらしいブランドのお店なんですけど、この近くにあるそうで」
「お。ええやんか。可愛いのあったらこーてこ」
「でも、服沢山買ってもらった後だし」
「ええやん。ユカリちゃんのクローゼットまだまだ空いてるし」

総司はよく知らないが今の若い子が好みそうなブランドなのだろう。
あまりにも派手すぎるのは目のやり場とか他の男の視線を集めそうで嫌だが
彼女に似合う可愛いものならちょっとくらい持ってもいい。
カバンでも靴でもアクセサリーでも服でもなんでも。

「その顔は可愛いのあったら何でもこーたろーって思ってますね」
「な、なんで分かったん!?」
「じゃあ。今日はデートだしおねだりしちゃおうかな」
「して。ユカリちゃんのおねだり見たいわ」

しっかりしているのも好きだけど、百香里はもっと我侭になってもいい。
店を出て彼女の案内の元その店があるという通りへ車を走らせる。
途中で駐車場を見つけて歩き出したのだが通りはほぼ若者向けの店。
その所為か店員もすれちがう人も若者が多い。そしてみんなお洒落だ。

「なんだか場違いな感じがしますね」
「ユカリちゃんはええけど、俺がなぁ」
「あ。あのお店です」
「おぉ。何や全体的にピンクやね」

ショウウィンドウに飾られているマネキンはフリフリのスカート。
中を覗いてみると全体的に甘くてフワフワな服が多い。人気があるお店だからか
絶え間なく女の子が出入りしている。皆化粧バッチリの煌びやかな格好。
中にはカップルも居て幸せそうに彼氏に服を選んでもらっている。

「ほんと。ちょっと想像と違いました。…私、…無理かも」

友人は色んな可愛い服があって小物も可愛いと言っていた。
値段も手ごろで買いやすい、と。でもここまで可愛いとちょっと抵抗がある。
今まで百香里が着ていた服とあまりにも違いすぎるし。

「ええやん。ほら、あの店員さん着てるスカート可愛いし」
「もう。何処見てるんですかっ」
「え。な、なんで怒るん?」
「総司さんなんか知らない」
「嫌や。ここで1人にされたら辛いわ。手繋いで見よ?な?」
「じゃあ、…ぐるっと見て周りましょうか」

現物を見るまでは憧れを持っていて何か1つくらいいいかと思ったが断念する。
他にも自分にあった服はあるだろうし。マタニティを買ってもらったばかりだ。
見るだけでも十分目の保養にはなる。小物を見ようとしたら女子高生たちが居て。
ますます自分には無理だと思った。

「これええやん。これ」
「カーティガンですね。綺麗な色」
「可愛い。なあ。これこーてかん?」
「そうですね。いいかも。これくらいなら着れそう」

シンプルだし色も薄いピンクで可愛らしいし。と、何時もの癖で値段をチラリ。

「どないしたん?気分わるなった?顔色わるいで?」
「……きゅ、…きゅうせん…え?」
「ん?あ。これか?」

見間違い出なければ値札には9800円とかいてあった。
ブランドものでも買いやすいって友達は言ってた。
買いやすいってことは安いという事ではなかったのか?
ショックでちゃんとした言葉が出ない百香里。

「1万円もするカーディガンなんて勿体無いです、やめませんか」
「可愛いやん。デザインも凝ってるし。長く使えるで」
「そうでないと困ります。…こんなのが1万…」
「悩んだらあかん。俺がこーてくるからここに居りや」
「総司さん」
「ええから」

総司に押し切られる形でカーディガンを購入し店を出る。
他の店をぶらぶらと見ていく余裕はなくて。そのまま車へ。


「…本当に私は何も知らないんだな」

この前もそれで義姉に手芸品の高価なものをおごってもらったのを思い出した。
あんな小物でも手芸品は高い。買いやすいといっても安くは無いブランドもの。
見た目なんてどうでもいい使えたらいい、着れたらいい。
そんなレベルの生活だった自分が今更ながら悔やまれる。

「これから知ってけばええんやない?」
「……」

総司の言葉もあまり耳には入ってこない。百香里の視線は外。

「……、もっと俺に甘えてくれたらええんや。金の事きっちりしてるんは分かるけど。
そんな嫌がることないんと違う?それともユカリちゃんも金持ちから買うてもらうんは嫌とかか」

何時もは言いたいことがあっても黙って百香里を宥める総司だが今回は少し辛口。
せっかく可愛い服を買ったのに悔やみまくった顔をされて。少し不機嫌。
百香里は視線を横から前に移動して総司を見ない。

「お金持ちがどうとか考えたことないです。そういう人と出会ったことがなかったから。
まだよく感覚がつかめないし。今はまた少し違いますけど」
「……」
「でも、そうかもしれませんね」

はあ、と息を吐いて目を閉じる。何だかんだで結構歩いた。
妊娠中でも運動は必要と言われているからちょうどいい。

「大丈夫か?」

総司は優しく気遣うように尋ねる。

「お金の為に総司さんに取り入ったとか。体つかって玉の輿乗ったとか。
何でそういうこと平気で言えるんでしょうね。悲しいです」

マンションの奥様たち。皆さんセレブとかいう裕福な方々なのに。
影でコソコソ。時には露骨に嫌味。ある程度覚悟はしていたけど。
千陽に相談したら僻みだから気にしないでくださいと言われた。
けど、もしかしたらあの人たち以外にもそう思ってる人は居るのかも。

「誰がそんな下らんこと」
「私がお金目当てかそうじゃないかなんてどうやって確かめるんでしょうね」

気にしないそぶりをしているけど、でもやっぱり内心は悔しいから
出来るだけ金銭的な事で総司や松前家の人に甘えたくない。
そんな所まで見てないだろうけど思っても。やっぱり抵抗がある。

「なあユカリちゃん。もし、よかったら。あの家…行くか?」

あの家、総司の実家。家政婦たちは冷たく機械的に動くが
現主の妻である百香里に陰口をたたくことはない。
家に居ればそんなマイナスな言葉から百香里を守れるかもしれない。
巨大な檻に彼女を置くのはずっと嫌だったけど。でも。まだマシか。

「私を…1人にするんですか…?」

なんて、甘いことを考えていた自分を深く恥じた。

「無理やな。ユカリちゃんと離れられるわけない」
「でも、お義父さんとお義母さんにご報告しないとダメですね」
「そうやね」
「また皆さんで行きましょうか」
「うん」

それからは話題をかえて。目に付いた店で昼食をとり。
気になっていたようだがスーパーには寄らずにまっすぐマンションに戻ってきた。
夕飯は適当にあるもので。といっても百香里の事だからそれなりに凝ったもの。



「何して遊んだの」
「買い物をしてきました」

食後の片づけをしている百香里の元へふらっと渉が来て尋ねる。
彼は今日は出かけずデートもせず部屋でゴロゴロしていたらしい。
さすがにパジャマではないものの朝のままのだらけた格好をしている。

「買い物。おっさんついてけなくて困ってた?」
「いえ。私よりも積極的に選んでくれてました。総司さんの事気にしてくれてたんですね」
「まさか。何時も馬鹿にしてくるからからかってやろうと思っただけ」

鼻で笑う渉。百香里も少しだけ笑った。素直じゃない、と。

「私の方が疎いからちょっと心配だったんですけど。何とか乗り切りました」
「そ。でもさ、あんたが遊びに開眼したらどうなんのかな」
「どうでしょう。今までそんなパーッと遊んだことあんまりないから。楽しいのかな?
でもすぐに飽きそうですね。1人で遊んだって面白くないし。楽しいことって
頑張った先にご褒美みたいな感じであるほうがありがたみがあるだろうし」
「相変わらずイイコなお返事だな。何か堅物な修行僧と喋ってるみたいだ」
「え。渉さんお坊さんと話したこと」
「あるわけ無いだろ。例えだよ例え」

呆れたような顔をする渉。本当にここで1番年下なのか。
20歳というのは嘘で本当は50くらいの尼さんじゃないのか。
リアルな20歳というのはこんなんじゃないと思う。もっと自由。

「そういえば。友達がお寺にプチ断食しに行ったそうです。健康の為とかで」
「断食?アホくせぇどうせ帰ったらバカスカ食うんだろ」
「お寺の掃除や座禅なんかもしたそうで。気持ちがスッキリしたとか」
「ちょっと修行気分味わってそんな気になってるだけだって」
「いい機会だお前も行って来たらどうだ」
「あ。真守さん」

仕事があるからと1日部屋にこもりきりだったらしい真守。
夕食の後もそれは変わらず部屋にこもっている。手にカップを持っているから
恐らくコーヒーのお代わりに来たのだろう。

「何で。俺すげー健康だし。アンタこそ過労でヤバそうだし行けば?」
「そうだな。お前が臨時で専務をしてくれるなら」
「無理無理」
「ですけど、渉さんも心配なさってるように最近お仕事忙しすぎじゃないですか?
何も知らない私が口を出すことじゃないんですけど、顔色もまた優れないようだし」
「俺べつに心配はしてねーけど」

百香里がしようとしたのを制し自分でコーヒーを入れる。
ちょっと目を離すとすぐに仕事仕事で倒れてしまいそうになる真守。
総司も社長として以前よりは真面目にやっているようだが。
それでも彼の忙しさはかわらないらしい。帰りもずっと遅いし。

「大丈夫です。もうすぐ終わりそうですし、後は通常に戻る予定ですから」
「そうですか。……あ。そうだ。コーヒーのお供にクッキー持っていってください。
美味しいお店のなんです。甘いものは疲れにいいですから」
「そんなの隠してたんだ。俺には出してくれなかったのに」
「これは来客用に買っておいたものなので。待ってくださいね今あけます」
「そんな、気にしないでください」
「私も少し味見したいから」

こっそり棚の奥に隠してあった缶を開けてクッキーを出す。甘い香りが広がった。
普段はもらい物以外では買わずに自分で作る。それでいいと思っていたけど、
やはりお客様には高級なお菓子の方がいいのだろうと緊張しながらも買ってきた。
今の所それを出すような客は来ていないのだが。お皿に何枚か乗せて真守に渡す。
自分も1枚。渉も欲しがったので1枚。

「頂きます。では」

コーヒーとクッキーを持って部屋に戻る真守。

「美味しいですね」
「ああ。美味い。けど」
「やっぱりバレましたか。すいませんクッキーに2千円はどうなんだろうって思ってケチって880円の」
「じゃなくて。これもまあ美味いけど、俺はユカりんの作ったのが美味い。マジで」
「そうですか?じゃあ今度バザーで売れそうですね」
「なんかさ。無理してコッチに合わせようとしてね?」
「それもバレましたか。中途半端ですよね。やっぱり無理なのかな」

いきなりは無理だからチビチビと奥様っぽくなろうと思ったのだが。
やはりおかしかったか。渉はクッキーを食べ終えるとお茶を飲む。
なんとなく彼の行動がぎこちない気がする。視線も泳いでいるし。

「前に俺の言った事で足引っ張ってるとか思ってたりすんの?」
「まさか。そんなんじゃないですよ」
「…今のままでいいじゃん。退屈しないし。楽しいし。さ」
「渉さん?」

何やらブツブツと喋ってて上手く聞き取れない。

「風呂行くわ」
「あ。はい」

かと思ったら行き成り立ち上がってビックリ。

「…あんま、無茶はすんなよ。……お義姉さん」
「え?」
「おやすみー」

よく分からないけど百香里も片づけを終えて寝室に向かう。
総司は今日買ってきたものを仕分けしているから。自分も手伝おうと。
階段をあがり、そっとドアを開けるとすぐ彼の後姿が見えて。

「総司さん」

こっそり近づいて後ろから抱きしめた。たぶん総司は気づいていただろう。
でも百香里の好きなようにさせてくれている。

「ん?」
「それは明日にして。私に構ってください」
「珍しいね。甘えん坊さんや」
「はい。甘えまくりや、です」
「ええね」

荷物を戻し百香里を抱きかかえベッドに向かう。笑顔ではいるけれど、
今日は彼女に酷いことを言ってしまったから。何となく自分からは甘え辛かった。
だが総司が優しく頭をなでると嬉しそうに微笑む百香里。

「総司さんが私とこの子を愛してくれたら、それだけで何でも乗り越えられそう」
「ユカリちゃんはまっすぐやな。ブレんと俺の事信じてくれてる」
「当たり前です。私の旦那さまですから」

愛しくて。微笑む百香里の唇を軽く奪う。

「そのあつーい視線に答えな男やないな。よっしゃ!今夜は久しぶりにユカリちゃんと」
「……」
「あ。うそ。いやや。ユカリちゃん寝たふりはあかんで。…ユカリちゃん?」
「……」
「え。ほんまに?寝てしもたん?ユカリちゃん?百香里?」

軽く頬を叩いてみるが疲れていたのかぐっすりと眠ってしまって。
そういえば1度寝ると中々起きない子だった。なんて暢気に思い出してる場合じゃない。
無理に起こしても仕方がないのでちゃんと寝かせてやって静に電気を消した。


続く

2010/11/03