欲しいもの
「パパ」
「今日も幼稚園楽しかったか?」
「うん。かけっことなわとびした」
「そうか。相変わらず元気やなあ。ええこっちゃ」
今日のお迎えは総司。パパの姿を見るや司は急いでかけよってきた。そのままの勢いで娘を抱っこする。
百香里が忙しいという訳ではなくて彼の希望。司も了承した。仕事があるから少し遅くなってしまうけれど
真守たちに無理を言って早めに終わらせて来た。今日の出来事を聞きながら駐車場まで歩いていく。
「ママになにをあげるかきめた?」
「まだやねん。司は何にするん」
「ママのにがおえ!」
「おお。ええやん。ママ大喜びや」
「うん」
「どないしよかなあ。何が欲しいやろか」
「お皿あらうしゅぽんじが無いって言ってた」
「確かに大喜びやろが…そらちょとなあ」
総司は苦笑しつつ娘を車に乗せちゃんとシートベルトをつける。
もうすぐ百香里の誕生日。本人はパーティをするとかプレゼントは何がいいとか
そんな事は特に何も考えていないようだからサプライズで素敵なものを贈りたい。
「ちょことかアイスとか」
「そら司が欲しいもんやろ。帰り買うてこか」
「うん!」
「下手に服とか小物買うてもクローゼットに封印されるし。無難に花束とかかなあ。
司、最近ママの欲しがってるもんとか気になってるもんとか知らんか?」
司のお迎えを言い出したのも娘と2人で相談しあうため。
ちょっと遅くなる事も既に百香里に話してある。サプライズである以上、
家に帰ると何かと話しづらいから。
「んーーーー。あ。ジョージ!」
「じ、じょーじ?誰やそれ」
「なんかね。可愛いってちゅーしてた」
「…あ。あれか。犬やろ。な。犬なんやろ?そんなユカリちゃんが易々とちゅーとか」
「違うよ」
「だ、誰や。誰なんやジョージ!外人みたいな名前しよってからに」
「パパ。アイスがいいアイスアイスアイス」
「あ。ああ。アイスな。アイス」
犬ではないジョージ。何者なんだジョージ。総司の頭の中はそれでいっぱい。
今まで百香里からそんな名前が出てきたことなんかなかったのに。気になって仕方ない。
嬉しそうにチョコアイスを選ぶ司。ついでにママたちの分も慣れた様子で選んでいる。
「パパは?」
「ジョージ…」
「ジョージはアイスじゃないよ」
「ん?ああ。父ちゃんはそっちのでええわ」
「はーい」
アイスを箱に入れてもらいそれを司が持って嬉しそうに車に戻る。
「本人に聞くんがいちゃん早いか」
「ねえねえパパ」
「ん?なんや」
「けーきどうするの?司ママみたいにまだちゃんと卵われないよ」
「父ちゃんも作れん。から、お店で買うんやで」
「かうの?」
「あぁ。そうか。いっつもママの手作りやからな。まあ、そこは父ちゃんに任しとき。
プレゼントだけ用意しとけばええよ。あ。料理も手配せんならんなあ」
主役なのにパーティの準備をさせるのは気が引ける。
本人はそんな事を気にしないかもしれないが。総司はまた考え中。
司は愛すのひんやりする箱を持って嬉しそう。早く食べたくて仕方ない。
マンションに到着すると司は足早にエレベーターへ向かう。
「パパはやく」
「急がんでもアイスは逃げへん。ほら、そんな走ったら転ぶで」
「わ」
司のウズウズした顔はエレベーターが開いたらまた全力で走り出しそう。
可愛いもんやと総司は少し笑って娘を抱き上げて部屋へ向かう。
「お帰りなさい」
「ママアイス!」
「ただいまでしょ。アイス…買ってもらったの?パパにありがとうは言った?」
「あ。…ありがとうパパ!」
「ええよ。ほれ。冷蔵庫いれといで。渉に頼んでな」
「うん!」
玄関に入ると百香里が出迎えてくれた。司は挨拶もそこそこに廊下を走りリビングへ。
「あの子ったら」
「ほんまアイス好きやね」
「お迎えありがとうございます。総司さん忙しいのに」
総司が家族と接してくれようとする気持ちは嬉しいのだが百香里は少し心配。
この前は自分との時間を作ってくれた。今度は司のお迎え。
会社に勤めた経験のない自分にとって社長業というものは想像でしかないが
きっともっと大変なはず。体を壊さないか、それで誰かから怒られたりしないか。
「たまには父親らしい事せんとな」
総司は少し困った顔をする百香里を抱きしめると頬にキスする。
「そんな事」
「あぁ腹へったわ。飯にしよ」
「はい」
百香里の頬を優しくなでると2人でリビングへ。
司は既に部屋着に着替えて手を洗って既に自分の席にスタンバイ。
ご飯を食べて大好きなアイスを食べたいという気持ちからだろう。
「ねえねえマモ。みどりはアイス食べちゃだめなの?」
「そうだね。みどりにはみどりの体にあった決まったご飯がある。人とは違うんだ」
「そっか。ちょこほりっくすごーーくおいしいのにな」
「そうだ。犬にとってチョコレートは毒だ。絶対に食べさせちゃいけないよ」
「そ、そうなの!じゃあジョセフにもあげられないんだ…がっかり…」
「犬や亀にあげようと思うかふつー」
「お前と違って司は何にでも優しい子なんだ」
「はいはい」
普段は同時に席についているなんてそう無いのに真守と渉も司に引っ張られたのか
ちゃんと着席して待っていて。可愛いかも、と百香里はちょっと面白くて笑ってしまった。
着替えてきた総司に手伝ってもらって配膳をしてみんなで夕飯。
「おいちゃんと噛んで食えよ」
「食べてるもん」
「10回噛め」
「そんなに?」
「そうよ。ちゃんと噛んで食べないとアイスはないからね」
「…はぁい」
急いで掻き込むように食べる司を珍しく渉が注意して。
司もアイスが欲しいからちゃんとゆっくり噛んで食べる。だが噛む事に必死になって
全く会話が出来なくなって何時もより静かな食事だった。司が黙るとこうも静かなのか。
「なあ、ユカリちゃん」
「はい」
食後、少し間を置いて念願のアイスをゲットした司は満足そうにソファに座って食べる。
その隣でテレビを見ている渉。真守は仕事が残っているとかで部屋に戻った。
総司は片付け中の百香里の隣。
「ジョージって誰やの」
「ジョージ」
「な、なんでそんなウットリした顔。…そんな男前なんか」
今まで異性の名前を出して今までこんな嬉しそうな顔をした事が無い。
半額とか割引とか無料配布とかいうキーワードでするニヤニヤ顔とも違う。
そんなに好きなのか。キスするほど好きなのか。総司は焦りの顔。
「私、初めてなんです。こんな気持ち」
「は、…初めて?え。あの。俺は……、う、うそや…俺よりジョージがええの」
「総司さんはジョージ嫌いですか?」
「好きな訳ないやんか。ちゅうか誰よジョージって。何処のどいつや人の嫁を」
「あ。総司さんママと一緒観ないから知らないんだ」
「ママと一緒ってあれか。司がよう観やるテレビの」
「この前ショーがあって司と一緒に行ったんですけど。ほんと可愛いくて。つい抱きついちゃいました」
「…ジョージってきぐるみ?」
「はい。タヌキのジョージ」
「なんや…犬やなくてタヌキかい…なんやもう…もう!ユカリちゃん!」
「な、なんですか?何で怒ってるんですか?」
司は嘘をついていない。百香里に怒るのは筋違い。
ただ自分が勝手に人間だと思い込んで苛々していただけのこと。
でもこのやり場の無い怒りを何処へぶつけたらいいのやら。
とりあえず気持ちを落ち着かせようと後ろから百香里を抱きしめた。
「…ユカリちゃん」
「変な総司さん」
「後でちゅーして」
「はいはい。しましょうね。すぐ妬いちゃう総司さん」
「あ。なんか冷たい」
「お風呂の準備お願します」
「はい」
総司の疑問が解けた所で司はアイスを食べ終わり、何時ものように部屋から亀の家ごと持ってきて
机の上におき亀に挨拶をして今日あった事などを語って聞かせている。それを隣でつまらなそうに
聞いているのが渉。どうせ亀に人間の言葉なんか理解できないだろうに。と。
「ほら見て。司がお話しするとみどりはパクパクしてこたえてくれるんだよ!」
「ただ息してるだけだろ」
「ちがうもん。これは、ママもっとお話してって言ってるの!」
「お前の言葉なんか亀にはわかりゃしねえよ」
「分かるもん。ねえみどり。イジワルなユズなんかしらないもん」
「どうせ意地悪だよ」
亀をまるで人間のように扱う司がだんだんイラっとしてきてつい言葉が尖る。
まだまだ幼い子どもなのだから冷たい現実的な事を言っても仕方ないのに。
分かっていても言ってしまうのはツマラナイ意地と陳腐な嫉妬だ。分かってる。
「……」
ちょっと言い過ぎたろうかと渉が司を見ると目にいっぱい涙を溜めていて。
「お、おい。泣くなよ」
「だ…だって…ユズ…う…うぁあああああああああああん!」
「悪かった。謝るから。泣くなよ。な?アイス買ってやるから」
「…うぁああああああああん!」
「今ちょっと考えたなお前。じゃあ、チョコホリックとチョコケーキと亀のエサでどうだ」
「……亀じゃないみどりだもん」
「みどりのエ…、ご飯でどうだ」
「……うん」
「よし。じゃあ。ほら。鼻拭け。ママがそんな顔してどうする」
「…うん」
涙と鼻水で汚れた顔を拭いてやるとそのまま抱っこする。
最近あまり抱っこしてなかったからか改めてすると重たく感じて。
こいつも日々成長してるんだと渉は実感する。
「何事だ?今司の泣き声がしたが」
「マモ」
「どうした司。何処か痛いのか?」
姪の成長を感じていると早足で部屋に入ってくる真守。
司の前にしゃがみこみ手足を軽く触り顔を覗きこんだ。
「…ううん。もう大丈夫」
「そうか。ならいい、よかった」
「相変わらず過保護だな」
「お前こそ司が泣いているのに何を暢気な」
「そりゃ」
泣かせたのは俺だからで。ちょっとバツが悪そうな渉。
「ねえねえマモ。みどりはさみしくないよね。一緒にごはん食べれないしお風呂もはいれないけど。
毎日お話ししてるもん。お掃除だってするし。だから、さみしくないよね?ね?」
「ああ。司に大事にしてもらってみどりも嬉しいさ」
「よかった」
「だから司もみどりの手本になるようにいい子にしてるんだぞ」
「うん。する。あ。みどり。ごはんはねちゃんとかまないと駄目なんだよ。10回だよ10回」
泣いていたのがうそのように司は楽しそうに食事中の亀を眺めていた。
渉も今度は大人しくその様子を眺めていて。真守は出てきたついでにコーヒーをいれる。
珍しく俺も欲しいと言うので渉にも出してやった。釣られて司も欲しがったが彼女にはジュース。
「なんだ司」
「マモいっつものんでるこーひー…そんなおいしいの?」
「美味しくないと言う人もいるけどね。僕は好きだよ」
「……」
「苦いし眠くなくなるから司は駄目だ。ほら、ジュース飲んで歯をみがいて寝る準備」
「はーい」
気になる視線を向けたが簡単に諦めて亀と一緒に部屋に戻って行った。
「……」
「なんだお前まで」
これでゆっくり飲めると思ったら今度は弟が此方をジッと見ている。
「…何かさ。馬鹿みてえだと思って」
「行き成り馬鹿とはなんだ」
「あんたの事じゃねえよ。自分自身だ」
「は?」
「ガキ相手にガキだったと思ってさ」
「司も日々成長している。お前ももう立ち止まらず進むときがきたんじゃないか」
「……考えとく」
飲み終えたカップを流しにおいて渉は部屋へ戻っていった。
誰も居なくなったリビング。真守もすぐにカップを片付けると部屋に戻った。
「総司さん私」
「ん?どした」
風呂からあがり寝室に入った夫婦。百香里は化粧台の前で髪を乾かして眠る準備をする。
総司はさきにベッドに寝ていて百香里が買って来た雑誌をペラペラと眺めていた。
髪をとかす手を止めて動きが止まった百香里。何か言いたげにしているが中々次が出ない。
総司は起き上がり彼女の言葉を待つ。
「…いえ」
「ええよ。話して」
「…私、…その」
「あ。分かった。欲しいもんあるんやろ?」
「え」
「ええよ。何でも言うて」
「…あの」
「んもう。そんな焦らさんと。なんぼしても構へんし」
「…え…えっと。あの。その。はい。台所用スポンジください」
「それはもうええねん」
「え?」
中々言ってくれないところを見るによほど高価なものなのだろう。
だが彼女の価値観で言う高価は総司の思う高価と同じではないけれど。
ベッドから出て彼女を後ろから抱きしめる。
どちらにしろ百香里が欲しいものがあると言ってくれた事が嬉しい。
「ユカリちゃんが望むんやったら何でもする」
「総司さん」
「ほんで。何が欲しいの。ジョージはちょっと嫌やけど」
「…まだ妬いてるんですね」
「だってちゅーしたんやろ。ちゅー」
「可愛くてつい」
「……俺の唇やのに」
たかがキグルミ。されどキグルミ。
拗ねた口調で言いながら百香里の頬に軽いキスをする。
「プレゼントは総司さんにお任せします。私の旦那さまなら分かりますよね」
「う。…う…スポンジしか出てこんのやけど」
「それでもいいですよ」
そういうと百香里は微笑み総司に抱きつく。
総司は彼女を抱きかかえベッドへ連れて行った。
「よっしゃ。何が欲しいか聞き出したる」
「総司さんが欲しいな」
「俺もユカリちゃんが欲し…やない。そんな甘えた声出してはぐらかして」
「ほんとですよ?ほらほら。早く脱がせてください」
「あ、あやしいな。罠の予感が」
「あなた」
「あぁもうアカン負けや」
何時になく誘う視線で見つめられたらもう冷静になんかなれない。
妻への欲望に忠実な自分の馬鹿。総司はキスをしながら百香里を脱がす。
ボディソープの優しい香りと彼女の柔らかな体。そして。
「総司さん…ぁ」
「…百香里。…あかんてそんな…声だして」
耳元で囁く彼女の甘い吐息。
「だって…欲しいから」
「…知らんで」
「明日の事考えつつ、頑張ってくださいね」
「酷い言い方」
ここぞという所で感情に流されないのは百香里らしい。ちょっと笑いつつ。
誘ったのはそっちだと耳打ちして残してあった灯りを全て消した。
「俺ユカりんが通販観て欲しがってた鍋」
「僕も義姉さんが気になっていた新しい包丁セット」
「なるほど。どれもユカリちゃんが大喜びするもんやな」
「ママおおよろこび」
翌朝。百香里が朝食の準備をしている間にコソコソと相談する4名。
どうやら総司以外みんな彼女へのプレゼントを決めているらしい。
どれも普段彼女の傍に居れば気づくようなものばかり。夫である自分が
すぐに浮かんでこないことにちょっと焦りを感じながらも話しを進める。
「サプライズパーティにするなら準備してる間ユカりんをどっか連れて行く必要があるんじゃね」
「なら兄さんと買い物に出てもらうのは?司も一緒に行くか?」
「ううん。お部屋をきれーにかざるの。ねーユズ!」
「お、俺もする事になってんのかよ」
「よし。兄さんは義姉さんと外出して時間稼ぎ。その間僕たちは料理と飾りつけだな」
「うん。うん。パパがんばってね」
「任しとき」
「あんたツラにすぐ出るからな」
「まあ、義姉さんも自分の誕生日くらい分かるだろうから。何かあるんだろうとは思うはずだ」
「少しは兄ちゃんを信じてよ」
「パパしんじてる」
「ありがとう司」
かくいう自分もそんな大役こなせるかちょっと不安だったりして。
何事も無いように彼女とデート。顔に出そうだ。物凄く。
「4人でコソコソ何を話してるんですか?」
「仕事の事とかな」
「そーそー」
「司には分からないでしょ?ほら。持って行くの手伝って」
「はーい」
百香里も加わると別の話題に切り替えてその場をしのぐ。
司もナイショにしなければならないというのを分かっているので話さない。
ただ浮かれているテンションだけは隠せないようで大人たちはドキドキした。
「あの、総司さん」
「ん。どした」
「忙しいとは思いますけど、今日も司のお迎えお願いしてもいいですか?」
「ええけど。どした?またお義母さんとこいくん?」
「あ。…はい。……だめ、ですか?」
「ええよ。そんな顔せんと。俺も司と帰りたいし。わかった、迎え行くわ」
「お願します」
「ほな行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
つづく