かぞく


「ママどうしたの?何でねちゃったの?おねむ?」
「買い物してきて疲れたんや。そっとしたって」

ベッドに寝ているママの顔を覗きこんで心配そうに隣に居るパパに尋ねる司。
そんな娘の頭を撫でて今はそっとしといてやろうと抱っこすると寝室から出た。

「大丈夫だったか?ユカりんがまさか倒れるとは思わなくてさ」
「ママおつかれなの。だからそっとしたるの」

口元に立てた人差し指を当ててシーとしてみせる司。
パパにおろしてもらいソファに座る。その隣には渉。

「ほんで。コイツは何処の犬や?ごっつデカイなあ」

そしてその傍に寝転んでいる巨大な犬。
司の匂いを察知してか顔をあげて彼女に撫でてもらい嬉しそうにしている。
総司が近づいたら今度は彼に近づいて巨大な尻尾をブンブンとふり始めた。

「知り合いの犬。司に触らしてやろうと思って会いに行ったらすっかり懐いてさ。
飼い主家族が出かけるっていうから少しの間ここで遊ばせてやろうと思ったんだ」
「なるほどなあ。…こら。舐めてくんなや。懐っこいやっちゃな」

総司がポンポンと犬の頭を撫でてやると今度はその手を舐める。ベトベトになる手。

「パパの事好きみたい」
「犬に好かれてても」
「ジョセフいいこだよ。お手ができるんだよ。あとねまてもできる。ねージョセフ」
「ジョセフて大層な名前やな。ゴン太みたいなツラして」
「センス酷すぎだろ。なあ、ユカりん犬駄目だったのか?」
「ただ行き成りこんなでかいの居ったから驚いただけや。犬は好きみたいやで」

何回かペットショップ前で羨ましそうに子犬を眺めていたから。
飼ってあげたいと思いつつ彼女の気持ちが犬に行くのが嫌で。
消極的だった自分を思い出して苦笑してしまう。
そんなシリアスな中でも犬は総司に突進してきて今度は顔を舐め始める。

「ほんとアンタが気に入ったみたいだな」
「やめい!こら!ゴン太!」
「ジョセフだよぉ」

何とか犬を引き離し立ち上がった総司。顔もベトベト。
顔を洗って来ると洗面台へ行ってしまった。
総司が居なくなって寂しそうに尻尾を振ってそれを見つめている犬。

「そんな狭くねえと思ってたけどこいつを遊ばせるにはちょっと狭いな」
「やっぱりひっろーいお庭がいい!ひっろーーーーいお庭!」

遊びたそうにカチカチと音を立てて床を歩いてはすぐに寝てしまう犬。
もっと走り回って遊びたいのだろうが生憎そのようなつくりにはなっていない家。
人が住むには十分なスペースと部屋数があるけれど、巨大な犬にはやや窮屈。

「あそこは…やめたほうがいいだろうしな」

実家に行けば巨大な犬を遊ばせられる十分な庭がある。けど、そこへ司を連れて行ってもきっと喜ばない。
今は落ち着いてきたがあの事があってから殆ど口にしなくなった。だから大人たちも話題にしない。
もともと行事でもないかぎり近づかない家だからそれでもいいと思っているけれど。

「ねえねえユズ。こんなおっきいとうんちもきっとおっきいよね」
「はあ?いきなり何言い出すんだよ」
「だってなんかモゾモゾしてるんだもん。うんちしたいんだよきっと」
「マジかよ」
「うんちはトイレでちゃんとしなきゃだめなんだよ。ママに怒られちゃうよ」

そう言いながら犬をひっぱりトイレへ連れて行こうとする司。渉は慌てて立ち上がる。

「ユカりんがまた失神する前に外連れてくぞ」
「トイレは?」
「犬は洋式トイレなんかしねーの。いいから。行くぞ」
「はぁい」

トイレシートを貰って来てはいるがやはりこんな所でされては困る。
急いでリードを付けて部屋から出る2人。途中洗面台から出てきた総司と出くわし事情を話し
やっと外で遊べると興奮した犬に引っ張られながらエレベーターで下へおりていった。

「…総司さん」
「大丈夫か?」

総司は再び寝室へ向かうと目を覚ました百香里がベッドに座っていた。
その隣に座ってオデコにキスすると優しく肩を抱く。彼女は気だるそうに総司に身を任せた。

「なんですか…あの巨大な毛の塊」
「渉の知り合いの犬らしいで。今散歩つれった」
「大丈夫なんですか?あの犬司よりだいぶ大きかったですけど」
「めっさ懐っこい犬や怪我はさせへんやろ。渉も一緒におるし」
「そうですか。でも、びっくりした」
「俺もや。もし飼うならもうちょい小柄のがええな」
「そうですね。あんなに大きいと私散歩自信ありません」

肩を抱いていないほうの総司の手を握る百香里。それで安心するのだろう。
総司は何も言わずただ彼女のしたいようにさせてただただ笑うだけ。

「もうちょい休んどき。司らが帰ってきたら忙しいで」
「…総司さんも一緒じゃないと嫌です」
「俺と一緒は休めんけどええの」
「いいですよ。望むところです」
「可愛い事言うて。…ほなお言葉に甘えて」

百香里を抱きしめベッドに倒す。彼女の手は総司を抱きしめて。

「…総司さん犬臭い」
「さっきめっさ顔ベロベロされてん」
「あぁ」

キスしようと顔を近づけたら言われた。ちゃんと洗ったつもりでも残っていたか。

「嫌やった?」
「総司さんにキスしていいのは私…と、司だけです」
「キスっちゅうか。あれは酷いもんやった」
「さ。やり直しましょ」
「ほんま可愛い事言うて」

最初は優しく触れるようなキスをして彼女の様子を伺い、
その気になって来たのを見計らい舌をしのばせ深いものへ変えていく。
何時も優しい手がえっちな手へかわって百香里をジワジワと攻めていく。

「…そこは夜まで待ちましょうね」

気が付けば下着姿で夫の視線はショーツ。
百香里を誘うように太ももを撫でる手が非常にイヤらしく心地いい。

「こんなエエ感じなってんのに?」

人差し指でジワっと湿り気を帯びた部分を少し強めに突き上下に優しく動かす。
布越しのいじらしい刺激にビクっと体を反応させる百香里。

「ぁっ…。もう。駄目です。夜まで待ったらもっとイイコトありますよ?」
「ほなそうしよ」
「だから。そんなジロジロ見ないでください」
「可愛いもんしゃーないわ」
「いじわる」

司たちの事や夕飯の事もありあまり長々とは出来ないけれど。
触れ合うだけでも心地いい。


「ママおきた!」
「お帰りなさい。遠くまで行ってたのね」

司たちが帰ってきたのはおやつの時間も過ぎて夕方へ移ろうという頃。
百香里は何かあったのだろうかと心配したけれど渉も一緒だから大丈夫だろうと
総司に言われて夕飯の支度中。元気よくリビングに入ってきた司と犬。

「うん。ジョセフがいっぱい遊べる公園までいった」
「そう。渉さんは?」
「ユカりんビールちょうだい」

何となくそんな予感はしていたけれど、げっそりとして思いっきり疲れた顔で帰ってきた渉。

「お疲れ様です。すぐ準備しますね」
「ママ!司にも!じゅーす!じゅーす!」
「はいはい。ジョセフにも水をあげましょうね」

出されたビールを一気に飲み干す。その隣で真似してジュースを飲む司。
その後ろではガツガツと水を飲んでいる犬。

「ああ、帰ってきて…うぉっ」

百香里の手伝いで洗濯物を取り込みリビングへ入ってきた総司。
目があったと思った瞬間、犬は総司に飛びつく。

「何やねんお前は。洗濯物汚したらユカリちゃんに怒られるやろ。ほれ、大人し水飲め」
「パパだいじょうぶ?」
「あんなおっさんの何処がいいんだ?」
「何かいい匂いするのかな」
「そら俺は男前やから?犬も分かるんやろ」
「そいつオスだぞ。オスに好かれるのかよ。気持ちわりぃ」
「……司。ゴン太をあっち連れて行きなさい」

司につれられてパパから離れる犬はとても寂しそうだった。
夕方になると貸してくれた家主も戻ってくるので返しに行かなければいけない。
司はきっと寂しがるだろうけどまたいつでも遊ばせてくれると言っていたらしい。
リビングに戻ってきた司は再び席に戻りジュースを飲む。台所ではママとパパが仲良く夕飯の準備中。

「ねえねえパパ」
「ん。何や」

そっと近づいてパパのズボンを掴んでちょっと引っ張る。ママに聞かれると怖いので
パパに此方にきてもらいしゃがんでもらって耳元でこそっと言った。

「…もっとちっちゃいのなら…かってもいい?」
「ママと相談せんとな。司が居らんときはママに全部まかせっきりになるんやから」
「ぜったいだめっていうよ。…だから、パパからママにいってほしいの」
「せやけど欲しいのは司やろ。それやったら司がいわな」
「パパぁ」

ウルウルした瞳で見上げぎゅうっとパパに抱きついて甘える。
今までこれでパパが駄目と言った事はない。司の必殺技。

「し、しゃーないな。どうなるか保障はできへんけども。話はしたろ」
「うん」
「貴方たち何の相談?」
「ママっ」

百香里がすぐ後ろに構えていた。ビックリしてパパの後ろに隠れる司。

「あのな、ユカリちゃん。前にも何回か話し出てたし。司も欲しがってるし犬を」
「司が欲しいんでしょう。自分でママに言いなさい」

でもママに言われて恐る恐る顔を出し小さい声で言う。

「……ママ。…犬欲しい」
「命ってそんな簡単なものじゃないのよ。重たいものよ。最後まで面倒みれるの?」
「みる」
「もしちゃんと出来ないようなら返しに行くからね」
「うん」
「それやったらユカリちゃん」

総司と司は期待の眼差しでママを見る。ママはニコリと微笑んだ。

「でも私はお店には行きません。総司さんお願します」
「何で?ユカリちゃんも選んだらええやん」
「値札みたら卒倒しそう」
「あ。…あぁな」

ペットというものは基本高い。それに伴う道具なんかも買うから余計に。
百香里は自分自身の性質を分かっているから敢えて行かない。
もし値段を見てしまったらきっとその場で止めてしまうだろう。

「ユズ!ユズ!ママがね犬かってもいいって!」
「よかったじゃねえか。でもでかいのはご免だぞ」
「ジョセフにもしょうかいするの。あたらしいお友達だよ?って。ふふ」
「ユカりんも思い切ったな。やっぱ子どもには甘いのか」

司は嬉しそうに床に寝ていた犬を起こし話しかけている。
渉はビールを飲みながらその様子を見て少しだけ笑った。

「ねえねえユズ。マモもよろこんでくれるかな」
「喜ぶんじゃね。会社の犬みたいなもんだし同じ犬同士」
「誰が会社の犬だって?」
「居たのかよ」

何も声をかけてこないから驚いた。入口に立っている真守。
犬は即座に立ち上がり彼の匂いを嗅ごうとする。

「…司。すまないがそいつをどけてくれないかな」
「マモとあそびたいんだよ」
「僕は遊びたくないんだ。悪いけど」
「もしかして駄目なのかあんた」
「駄目じゃない。けど、好きでもないな」
「それを駄目っていうんだろーが」

千陽とデートで今日は帰ってこないだろうと誰もが思っていた真守。でも彼は帰ってきた。
彼女と上手く行かなかったとかではなく純粋に明日仕事だからだ。彼らしい理由。
嫌そうな顔をして司に犬を退けさせると着替える為に自分の部屋へ戻って行く。

「マモ…いやなんだ」
「でけえのが怖いだけだろ。小さいのは大丈夫さ」
「……」
「気にするなって。どうせ部屋から出てこねえ奴なんだし」

すっかり大人しくなってしまった司。犬はそれに気づいているのだろうか。
ペロペロと伺うように彼女のほっぺをなめていた。夕飯を前に酒を飲んでしまった渉にかわり
総司と一緒に犬を返しに行く事にした司。犬をぎゅっと抱きしめて名残惜しそうにしている。

「帰りに店よって見てこか」
「…ううん」
「どんなんがええかな。ああ見えてママも可愛いのが好きやで」
「犬はいい」
「何でや?ママはええ言うたんやし」
「マモ、犬といっしょにいるのいやみたい。だから。いいの」
「あいつ犬あかんかったっけか」
「ジョセフとあそぶからいいの」
「それやったらなお更店に寄っていかんとな」
「パパ」
「司のそんな悲しい顔はお父ちゃん見たない。ママも一緒や」
「……」

犬を返しに行ったきり中々帰ってこない2人を心配する百香里は電話をかけるが繋がらず。
父親と一緒だから大丈夫だろうと渉は楽観視し真守もそう慌てる事はないでしょうと言う。
でも心配。不安に思いながら待っていると玄関が開く音がして。急いでそちらへ向かう。

「ただいまママ」
「司。総司さんも。遅いじゃないですか。連絡してくれないと心配します」
「堪忍。こいつの説明聞いてて遅なってん」
「説明?こいつ?」

見ると司の手には厳重に包装された箱。

「司、部屋に置いといで」
「はーい」

嬉しそうに箱を抱え部屋へ上がっていく司。

「あ、あの。もう犬を飼ってきたんですか?早いですね」
「犬ちゅうか」
「え?」

総司が説明をしようとしたら司が大声でママを呼んでいる。
見たほうが早いだろうと総司に言われ彼といっしょに娘の部屋へ。
いったい何をかって来たのか。何となく嫌な予感がしてきた百香里。

「ママみて!可愛いでしょ!」

ドアを開けてすぐ。司の机の上にドンと乗っている水槽のような入れ物。
水も入ってはいるものの魚を入れるには少ない量だし何も泳いでいない。

「なに?その…緑のものは」
「カメさんだよ」
「か、かめ?」

犬じゃなくてなんでカメ?百香里は不思議そうな顔をしている。

「司なりに気ぃ使ってくれた結果なんや」
「え?」
「ママみてみて可愛いでしょ。このコねみどり」
「名前が緑なの?」
「うん。みどり色だからみどり」
「……そう」

予想だにしないペット登場に百香里はすっかり置いていかれてポカンとしている。
事情を問い詰めたり何で行き成りカメなのかという突っ込みすら出てこない。
ただ呆然として水槽の中のカメを見つめていた。
だけど小さくて中々可愛いものだ。緑だからみどりという名前は正直どうかと思ったりもするけど。
夕飯にしようと総司に連れられていったんリビングに戻る。

「あんたの所為だからな」
「僕の?」
「あんたが犬嫌がるかららあいつが気をつかってカメなんて妙なもん買ってくんだよ」
「嫌がったつもりは。でも、そうか。僕の為に」
「カメなんか司が持つには全然可愛くねえじゃねえか。臭そうだし。何食うんだよ虫か?気持ち悪い」

食後さっそく話題のカメを叔父さん2人にもご披露する司。
てっきり子犬が来ると思っていた2人はそのカメを見て絶句。
姪の楽しそうに説明する姿も彼らにはなんだか痛々しく見えて。

「よし。僕が責任を持って可愛い犬を買ってこよう」
「見て!みどりがパクパクごはん食べてるよ!ほら!ぱくぱくぱくぱくぅー」
「司。カメもいいけどやっぱり子犬の方がいいだろう?僕が連れてくるから」
「ジョセフとあそぶからいいの。それにね、司はみどりのママなの。ママはしっかりしなきゃ」
「ほらほらあんたの所為で司がカメのママとか言い出したじゃねえかどうすんだよ」
「ごめん司」
「みてみて!うんこしてる」
「……」
「……」

愛しそうにみどりを見つめる司。叔父さんたちはただ閉口するのだった。

つづく


2012/09/02