居場所


「ママきれい」
「そ、そう?変じゃない?あんまり自信ないんだけど…」
「きれい。ママきれい」
「褒めてくれてありがとう」

翌日。司は用意された黒いワンピースに着替えた。百香里は喪服。
髪もアップにして何時もと違うママに司は嬉しそうにギュッと抱きついてくる。
昨日は一緒にお風呂に入って一緒に寝た。やはりママは優しいママ。

「司ずっとおとなしくしてる。ぜったい。ぜったいだよ」
「うん。司を信じてる。ママはちょっとお手伝いがあるから」
「…ママ。いじわるされない?」
「大丈夫。悪い事してるわけじゃないもの。それに、…決めたの」
「……」
「司の為にも。自分の為にも。ママ、負けないから」
「すぐ司行くからね」
「うん」

親族は1番前の席。でも司は長時間座っている事がまだ出来ない。
無理やり居る事もないだろうと3兄弟の言葉もあり最初の挨拶だけ参加して後は隅っこの方で
大人しくしていることになった。大好きなヌイグルミを抱っこして邪魔にならないように。
目立たないように座っているようにと。それなら出来ると彼女は言った。
司が渉たちの所へ行ってくると走っていってすぐ。百香里を引き寄せる強い力。

「反則ちゃうの」
「総司さんですか。ビックリさせないでください」
「そんな色っぽい格好せえへんでもええやんか」
「い、いろっぽい?何を言ってるんですか総司さんこれ喪服ですけど?」

嫌に真面目な顔をして此方を見つめてくる総司。冗談ではないっぽい雰囲気だ。
依然として抱き寄せたまま離してくれないし。

「ユカリちゃんは何着ても可愛いけど今回は色っぽい」
「不謹慎すぎます。怒りますよ」
「怒った顔も可愛い」
「あなた」
「わかったわかった。後でたんまり見せてもらうから」
「そ…そういう問題じゃ」

総司が甘えてくるのは嫌ではないけれど時と場合というものがある。
あと喪服を色っぽいとか言われても百香里には理解が出来ない。
彼も黒のスーツで着替えを済ませている。

「それと。大事な事やけど。しきりは俺がするで指示に従ってほしい。ただ、裏方はユカリちゃんに任せる」
「はい」
「ただし。失敗はできへん。親族だけやなくて親父の知り合いちゅう取引先の隠居らもぎょうさんおるでな。
俺も万能やないからすぐにフォローできるちゅうもんでもない。そこは理解して行動してほしい。
少しでも不安やったらオバヤンらの指示にしたがって欲しい。今回だけやないからな、また次もあるんや」
「はい。迷惑にならない程度にします」
「ほんま堪忍したってな。後で埋め合わせなんぼでもするで」
「司は渉さんに遊園地連れて行ってもらってそこの可愛い豪華なホテルに泊まるそうです」
「へー」
「私はどんなご褒美を頂けるんでしょうか?」
「何がええかな」
「総司さんが私に与えてください。待ってますね」
「わかった」

百香里のオデコに軽いキスをして総司は部屋を出て行く。外で人の声が複数した。
人が集まってきのだろうか。既に会場となる広い部屋は家政婦たちが綺麗に整えている。
百香里も早く起きてそれを手伝おうとしたがそれを察知していたのか分からないが終わっていた。
ということで今度は台所へ向かう百香里。

「ここで何を?」
「奥様は旦那さまの隣にたちご挨拶をするお仕事がございます」
「このような場所で油を売っているお暇はございませんが?」

ちゃんとした来客数は知らされていないが半端なく多いのは確か。
冷静な家政婦たちが少々テンパりながら台所で慌しく動き回る。
百香里は押し出されるように玄関へ。確かに挨拶は必要だ。
裏方ばかり考えて危うく失敗するところだった。

「ああ、ここら辺は身内やで挨拶らかまんで」
「でも」

玄関で何やら楽しげに会話している人たち。総司もどこか嬉しそうだ。

「何言ってんだよ俺たちお前の後妻目当てで来たんだからちゃんと挨拶させろ」
「そうだそうだ」
「何寝ぼけた事ぬかしとんじゃ」
「初めまして。百香里です」
「若い」
「可愛い」
「なあ何処でこんな若くて可愛い後妻捕まえたんだよ」
「煩い。ユカリちゃんここはええから」

興味津々で百香里を囲む身内たち。総司は慌てて彼女に奥へ行って行ってと手を振る。
百香里としてはもっとちゃんとみんなに挨拶をしたいと思ったのだが。
これ以上ここに居て話題の的になってしまうのは総司が喧嘩をしはじめそうなのでやめた。
結局廊下に戻り戦場である台所へ向かう事になる。少しだけ憂鬱。

「百香里奥様!そのようなところに立たないでくださいませ!」
「ごめんなさい」
「謝るんでしたら最初からしないでくださいまし!」

行ったら行ったでこの態度。ピリピリしている中へ素人が飛び込むのは容易ではない。
結局何も出来ず会場の傍で突っ立っているしか出来なかった。司は大人しくしているようで何よりだけど。
暫くして総司は家政婦の長と何やら話しをはじめるどうやら最終的な段取りをしているようだった。
私に任せてくれると言ったけど結局の所彼も何も知らない後妻より古くから家を守る家政婦に頼る。
それは当然といえば当然なのだが。結局自分は蚊帳の外なのだと痛感するだけだった。

「そんな顔をなさるな。せっかくの美人が台無しですぞ?」
「え?」

人目につかない所に移動してがっくりと落ち込んでいると何処からか声。
振り返ってみるといつの間にか後ろに老人が立っていた。来客かそれとも親族か。
出席者の名簿を見せてもらっていない百香里が知る由も無い。

「佐紀子さんもここに嫁いだ最初のころはそうやってひっそりと落ち込んでましたなあ」
「それって」
「ここの先代の奥様…貴方からしたら義理の母に当たる人ですな」
「お義母さんも同じように?」
「私は彼女が女学生の頃から知ってたんですがね、そりゃもう美しい人でした。
体は少し弱かったが誰にでも優しい穏やかな女性で。みんなの憧れだった」
「……」
「まだ姑が元気でね。若い嫁の教育といいながら手下のような家政婦たちと一緒に
彼女をいびって泣かせてたのさ。旦那は商売にしか興味の無いような男だったし」
「そんな」
「思い余って私は何度か佐紀子さんに一緒に逃げようと持ちかけた事があるんですよ。
もちろん直ぐに断れましたがね。あの人は華奢なのに芯は強くて負けず嫌いでね。
姑や家政婦たちと戦い続け最後は勝ってしまった。
その後後ろ盾も無くし家政婦たちは佐紀子さんに頭が上がらなくなったんですよ」
「私はお義母さんのように出来る自信が無いです」

3兄弟たちは百香里の好きにしていいと言ってくれたけれど。失敗は許されない松前家の行事。
結局の所何も知らない自分よりも経験豊富である彼女たちを選んでいる。当然。
少しも百香里が入る場所なんか無くて。やっぱり何もせずただ夫の隣で笑っていればいいのか。
義母のような強さなんて自分にはない。無知な自分の所為で彼らに迷惑をかけたくない。

「ここから逃げ出す方法は幾らでもある。女の世界に男なんてな当てにはならんよ。
貴方の気持ちひとつで終わらせる事はできる」
「……」
「どうなさるね松前家の若奥さん」
「……私」

ジッとしている時間が勿体無い。働かない脳みそが腹立たしい。動かない体が悔しい。
百香里はまだ何も出来ず視線をさ迷わせるばかり。

「かえして!」
「司?」

裏庭から司の叫ぶ声。百香里は慌ててその声の元へ。

「ちょっと見せてって言ったでしょ?」
「さっきもそれ言ったよ!ずっと返してくれないよ!」
「こんなの沢山もってるんでしょ?いいじゃない少しくらい」
「それないと1人でまてないの。司ふあんなの。こわいの。かえして」

小学生くらいの女の子が司の持っていたヌイグルミを持って先先歩いて行ってしまう。
司は急いでそれを取り返したくて必死になっているが身長も歩く速度も違う彼女には勝てない。
半分泣きそうになりながらもそれでも必死に返してと訴える司。

「司さま。どうかお静かにお願します。皆様お集まりです」
「だってこの子がかえしてくれない」
「大きな声を出されませんように。進行の邪魔は許されません、さ、あちらで静かにしていてくださいませ」

いつの間にか会場の傍まで来ていたらしい。司の大きな声に家政婦はすぐに対応し。
ぬいぐるみを取り返してくれるのならよかったがそうではなく。司にただ黙るように言うだけ。
女の子はそのまま会場へ親の元へ行こうとする。ヌイグルミを持ったまま。

「待ちなさい」
「ママ!」
「それは司のものでしょう?返してあげて」
「…もう。煩いな。はいはいどうぞ」

百香里に言われて渋々ヌイグルミを放り投げて返すと親の元へ去っていった女の子。
会場は何事かとざわつき始めたが先ほどの老人が席につきとりなしてすぐに落ち着きを取り戻す。

「百香里奥様。事前に申し上げたはずですが」

神聖な空気を乱されて少々イラついた口調ではあるもののやはり静かに言う家政婦。
司はヌイグルミをギュッと持ったまま百香里の後ろに隠れる。

「貴方は松前家の家政婦ですよね?なぜ娘がヌイグルミを奪われたのに何もしないんです」
「これから大事な行司がございます。ヌイグルミは後でどうとでも出来ます。しかし本日の大事な行事は
後でもう1度行うという訳には参りません。考えていただければ直ぐにわかる事かと」
「まだ行事は行われていませんよ。相手は小学生ですこの子ではどうしようもない。時間はあったずです」
「貴方様母子は今どれだけ松前家にご迷惑をかけているかご理解してらっしゃらない」
「そうですね。私はこの場には相応しくない程度の低い人間なんでしょう。誰よりもそれは理解しています」
「…ママ」
「だけど。娘が泣いてるのに体面とか行事を優先させるようなそんな母親になるくらいなら
私は不相応な人間で結構です。この子もそんな人間にはさせません」
「後妻様は本当に残念です。前妻様はすんなりとお話を聞いてくださったのに」

家政婦の言葉に胸がズキンとした。でも、ここで弱みを見せたら駄目だ。負ける。
必死に心の中で戦っているママを察したのか司が言う。

「パパに言って怒ってもらおう」
「パパはしなきゃいけない仕事があるからママと邪魔しないようにあっちいってようね」
「……」

ママの言葉を信じられないという顔で聞いている司。
パパは味方だと思ってたのに。ママや自分を置いておしごとへ行くの?
そのまま百香里に抱っこされて移動。会場はまた静になり遠のいていく。

「待たんかい。隣に嫁さんが居らんでどうすんの」
「ごめんなさい。私、言ってるそばから失敗しちゃいました。後で何とでも叱ってください」
「ママのせいじゃないよ司のせいだよ。司がね。…司が…」
「泣かなくていいから。さ。あっちでママと積み木しようか」

深々と頭をさげると司を抱っこしたまま去っていった。

「総司様そろそろ時間です」
「真守おるか」
「はい」
「お前、代理しとけ。わかるやろ」
「問題ありません」
「渉。お前も手伝ったり」
「わかったから早く行け」
「頼むわ」

それに続いて総司も走って去っていく。ドアの向こうの会場では待っている人々の声。

「総司様!」

ついに家政婦も声を荒げる。だが総司は戻ってくる事はなかった。
会場へ戻る弟たちは適当に総司が欠席する理由を述べる。
ここでもあの老人が率先して行動し会場は代理人をたて丸く収まる。

「なあ専務サン」
「何だ」
「さっきのガキ。何もしねえって事はねえよな?」
「駄目だ。子ども相手に大人がムキになるな」
「じゃあ何もしねえの。司泣いてたのに」
「もう既に手は打った。今は目の前の事に集中しろ」
「早えぇ」
「子どもは純粋な生き物で罪はないんだ。親の教育がちょっと悪かっただけでね。
だからその辺を理解していただけるように少々厄介で重たいものにしておいたよ。
松前家を舐めるなという意味合いも込めて。ね…」
「いやそれあんた怒らしたら怖いって意味だろ」
「そこまで怒ってないよ。怒ってたら、こんなものじゃない」
「……」

口はにこやかにしているのに眼鏡の奥はまったく笑っていない真守。
十分怒ってんじゃねえか。いつもなら言えるこの一言が今は言えない渉であった。

「ユカリちゃんまって」
「総司さん戻らないと。もう時間ですよ」
「あっちは真守らにまかせた」

百香里は司と2人で積み木を始める。ぬいぐるみを抱きしめて遊ぶ司。
でも総司が部屋に入ってくるとすぐにママの後ろに隠れた。

「……」

そして無言のままあまり好意的に見えない視線を父親におくる。

「駄目ですよ。行かないと、総司さん長男なんだから。私たちは大丈夫。邪魔はしません」
「うん。しない。パパがんばってね」

司は此方を見ないでそっけなく言った。何時もなら決してそんな投げやりな風にいう事はないのに。

「俺含めこの家にはろくな人間がおらん。せやからもう堪忍してほしいとか言わん。
勝手やと思うけどな。何処にも行かんでほしいんや。体だけやない、心も。俺の傍におって」
「ママ、いっしょうけんめいパパのためしにしてたよ。でも。パパはママのためになにをしたの?おしごと?」
「……」
「いいから。積み木の続きね?高いの作ろうか」
「うん」

何でだろう。あの時と同じ事を司にも言われた。幼い頃の唯に言われた言葉。
総司は何も言えずただその場に座っているしかできなかった。

「…俺もう立ち直れん」
「時間がたてば分かってくれますって」
「……」
「私も。今日の失敗を乗り越えて奥様らしい振る舞いが出来るように頑張りますから」
「…ちゃうやん。ユカリちゃんは何も悪い事してへんやん」

すべてが終わり司は渉たちの下へ去っていった。総司は自分の部屋へ。
ベッドに座って酷く落ち込んでいる夫を隣で慰める妻。

「一度は割り切ろうと思ったんですけど。…あ。いけない。私ちょっとご挨拶してきます」
「え?ま、まって!ユカリちゃん!」

だが何かを思い出したように立ち上がり急いで部屋を出て行く。総司も慌ててついてきた。
会場には誰も居ない。百香里は急いで玄関へ向かう。まだ話をしている人や帰る準備中の人
何せお客の数が多いのでそうすぐには流れていかない。

「あのっ」
「ああ。百香里さん。元気そうでよかった」

玄関で靴を履いている老人を発見。いそいで挨拶をする。相手は怒っている様子は無く笑顔だ。

「今日はお話を聞かせてくださってありがとうございます。なのに私の不注意でご迷惑をおかけしたことは」
「私は貴方を低くなんか見ちゃいないんだ」
「……」
「自分を低く見る事は無い。貴方は佐紀子さんのように凛々しく芯のある人なんだから」
「ありがとうございます」
「総司が嫌になったら娘さんと一緒にうちの息子の嫁に来なさいな。まだ30なったばっかりで若いからね」
「岩美の爺ちゃんやないか。てっきりもう極楽逝ったかと思ったわ。つか何人の嫁口説いとんの」
「百香里さんはお前には勿体無い。うちに渡さんか?」
「ボケるんは早いんとちゃいますか。嫁は渡さんよってさっさと帰り」
「総司さんそんな言い方」
「はっはっは。相変わらず生意気な坊主だな。父親の若い頃にそっくりだ。
ま、今回は引っ込もうかね。ただし、まだまだ私は諦めんからな」
「何年粘っとんのや。さっさと諦めて大人しぃ隠居しとき」

礼儀正しく一礼して岩美と呼ばれた老人は帰っていった。

「総司さんあんな言い方しなくてもいいじゃないですか」
「あの爺さんデカイ会社の会長なんやけど。ガキの頃からうちのオカンに惚れててなあ。
死んだ後でもなにかとしつこいしつこい。本人も半分遊びになってるんやろうけど」
「……それで」
「あかんよ。ユカリちゃんも司も誰にも渡さんから。俺の家族や」
「……」
「ユカリちゃん」
「え。あ。はい。そうですね」
「百香里」
「ちょ。ちょっと。駄目です!まだ人が居ますから。…後で。後でね?」
「もうええねん。何でも。百香里」
「だ、だから!よくないんですってば!あ!私片付け手伝ってきます!司のことお願します!」

強引にキスしようとする総司を押しのけ百香里は廊下を走って去っていく。
総司は追いかけることも一瞬考えたがそれよりもやはり司だろう。
あんな冷めた目をして。あんな事を言われて。ほっといたらきっともっと嫌われる。
司を探して家をウロウロと歩き回ってやっと庭のブランコで見つけた。一緒に居たはずの渉と真守は居ない。
当主の代わりをさせてしまったからそれで呼ばれてしまったのかもしれない。寂しそうにぬいぐるみを抱いている。

「……」
「なあ、父ちゃん許してくれへんか?」

総司が近づいても一瞬視線を向けるだけで俯いてしまう。

「おじいちゃんのお家に来るとママいっつもかなしそう」
「……」
「だったらこんなところ来なかったらいいのにって言ったら怒られた。パパやマモたちのお家なんだよって」
「…そうか」
「ママをまもって。…おねがいパパ」
「ゆびきりしよか。ママを守るって約束や」
「うん。ぜったいね。ぜったいぜったいね」
「男と男…、やない。女の約束や」

小さい小指と大きな音なの小指で指切りをして。やっと司は少し笑ってくれた。
抱っこすると少し戸惑いながらもそっと身を寄せてきた。可愛いわが子。
頬を合わせてぐりぐりとしていたら痛いと怒られた。でも可愛いからまたする。

「片付けなど此方で致しますので奥様がなさる事ではありません」
「数が多いし人数も多いほうが早く終わります」
「ですから」
「ママ!司もする!」
「父ちゃんも参加するで!」
「そ、総司様まで。いったい何を考えて…」
「ユカリちゃんはよ終わらしてお風呂はいって楽しい事しよね。いっぱい労わるで」
「司もたのしいことしたい!」
「総司さんも司もまずは手を動かす!」
「はいっ」
「はーい!」

家政婦たちが呆然とする中、百香里たちは楽しげに会話しながら片づけをしていく。
今まで松前家の当主が家族で談笑しながら片付けや掃除をするなんて無かった。
必死に止めようとする家政婦たちだが3人は止まる事なく。
真守や渉たちも3人の好きにさせたらいいだろと笑って取り合わなかった。


「私、お義母さんや前妻さんのようには出来ませんししません。私は私なりのやり方でいきます。
偉そうに命令とか支配とかするつもりも無いんです。仲良くしましょうとも言いませんけど」
「それで今までは上手く行ったかもしれませんがこの家では勝手が違います。それは既にお分かり
いただけたかと思いますが。それでも上手く松前家がまわっていくとでもお思いですか奥様」
「その時はその時で。総司さんと考えます」

あっけらかんと言う百香里に頭痛がしているのか無言の家政婦長。
すべてが終わってから台所へ向かい彼女と話をする。

「お話は以上でしょうか。まだすべき事がございますので」
「あと最後に1つだけ。私は所詮他人ですし後妻ですし嫌おうがどう思われようが別にいいんです。
ですけど司は別です。今日みたいに蔑ろにしたら許しませんからね?どんな理由を並べようと絶対に。
上にもう1人居たってそんなのは関係ない。あの子が松前家当主総司の娘です」
「……」
「私の子だからと甘く見ているかもしれませんがそこの所を履き違えないでくださいね」
「私どもはそのような考えはございません。気分を害されましたら大変申し訳ございませんでした」
「いえ。私の事はいいので。司のことだけを気にしてください。…二度目なんてありませんから」

軽く会釈して台所から出る。家政婦長の顔は見ていない。ちょっと清々した。

「ユカリちゃん」
「そ、そうじさん!?やだっ」

居ないと思ってえらそうな事を言ったのにまさか聞いていたとは。
調子に乗ったと思われたろう。百香里は顔を真っ赤にさせる。

「男前やとは思ってたけど。さらにかっこええなったな。俺より男前になったらあかんで」
「からかうのはやめてください。今のは…その、ちょっとむかついちゃってたので勢いで。
お子さんの事、その、悪く言うつもりじゃなくて。あ。でも、悪いですね…ごめんなさい」
「あれくらい悪いとは思ってへんよ。言うてスカっとしたんやったら気にせえへんから」
「……」
「キツイくらいやないとあのオバンは動じん。ユカリちゃんも女主人らしくなってきたんとちゃう」
「知りません」
「ユカリちゃんが堂々と女主人なれるように俺もしっかりせんならんわ」
「ですから」
「俺も許さへん。百香里を蔑ろにする奴は。絶対に許さん。大事な松前家の嫁や」
「…もう。…司!司!パパがイジワルするの!助けて司!」
「な、なんでやの?そんな恥かしがる事ないやんか…って司なにそのとんがった物体は!」
「ママをいじめたらこれでセイバイだ!」

百香里の声に反応し何処からか走ってきた司の手には紙製の剣。

「ど、どこからそんな物騒な…あいた!父ちゃんを突くな!こりゃ!あいた!」
「えい!えい!」
「痛いちゅうねん!ほんま痛い…って尻せんといて!いやー!」


つづく


2012/08/17