寂しくない


「待たせたな。帰るぞ」
「ユズ」
「何だよ泣きそうな顔して。そんな寂しかったか?遅れてごめんな」
「違うよ」
「よし。抱っこしてやる」
「うわ」

寂しいのに我慢しやがって可愛いやつめ。渉は傍にいてくれた保母さんに挨拶をして
司を抱っこするとそのまま幼稚園を後にする。今日兄夫婦はデートに出たまま戻らない。
たまには2人きりもいいだろうと姪の世話をすることにした。いつもなら定時で帰れるのに
今回に限って帰り際に仕事を頼まれてしまいくお迎えが更に遅くなってしまったけれど。

「腹減ったろ。もうどっかで飯食ってくか」
「マモがひとりになっちゃうからダメ」
「どうせ遅いぞ。そこは我慢すんなよ」
「ひとりでごはん食べるの美味しくないんだよ。ガマンできるもん」
「しょうがねえな」

言い出したら聞かないのは母親譲り。司を車に乗せるとマンションへ帰る。
百香里は事前に夕飯の準備をしていてくれて後は暖めればいいだらしい。
酒の準備もしていてくれている。だから買い物もしなくていい。楽だ。

「ねえねえユズパパとママいまごろ何してるかなあ」
「飯食ってんじゃねえか」
「ユズは梨香ちゃんとでーとしないの」
「今日はしねえよ」

助手席に座って暇そうに街並みを眺めていた司は何気なく聞いてきた。
両親の事は理解できるが何故ここで梨香が出てくるのか分からない。
さりげなく隣を見たら向こうも此方を見ていた。

「ねえねえ。梨香ちゃんも呼んで4人でごはん食べようよ」
「何で?煩いだろあいつ居ると」
「梨香ちゃんさみしそうだったよ」
「…あいつ、お前に何か言ったのか」

いつかの百香里に言ったように今度は司にまた余計な事を吹き込んだのか。

「言わないけど。でもね。さみしそうなのは分かるよ」
「今度買い物でも飯でも付き合ってやるから大丈夫だ」
「……」
「何だよ」

不満げにジーっと見つめてくる司。

「いいもん。司がよぶもん」

そういって渉のポケットに手を突っ込みそこに携帯がないのを確認すると
後ろに置いてあった彼のカバンに手を伸ばす。渉は危ないから止めたいが
運転中で身動きが取れない。引っ張り出した大きなカバンを漁り携帯を取る。

「お前なあ」
「いっぱい居るほうが楽しいよ」
「…母親とおんなじ事言ってら」

勝手な事をするなと他の人になら怒鳴ったろうが相手は司。苦笑だけ出た。
本人はまだ携帯を持っていないが前に興味を示したので遊びで
渉の携帯を触らせた事があって操作は覚えている。さっそく梨香に電話した。

「うん。わかった。まってる」

梨香は承諾したようだ。司は嬉しそうに電話を切る。

「お前には負けるよ」
「梨香ちゃんねケーキ買って来てくれるって!」
「そりゃよかったな」
「千陽ちゃんもよぼうかな」
「それはマジでやめとけ」

未だに相性最悪で顔を合わせれば嫌味合戦の喧嘩をはじめる女たち。
そんなものを司に見せて悪影響が出たら困る。程なくして車は駐車場へ到着し
2人はマンション内へと入る。抱っこしてやろうかと言ったらいいと断られた。
知った人に見られると恥かしいとかなんとか。そんな事を気にする歳でもないだろうに。

「あ。マモ」
「お帰り」

玄関に入ると真守の靴があってリビングに入ると夕飯を温めている真守。
もっと遅いかと思ったのに意外にも早かった。気にして早く来たのだろう。
司は自分の部屋に戻り部屋着に着替え戻ってくる。

「梨香ちゃんも来るのいいよね」
「ん?何だ渉お前」
「俺じゃねえよ。こいつがどーしてもっていうから」
「4人でご飯おいしいよ!」
「なら皿を追加で出さないとな。司も手伝ってくれ」
「はーい」

それから30分もしないうちにインターフォンが鳴り梨香が部屋に入ってきた。
手には土産のケーキが入った箱。冷蔵庫に入れてまずは4人で夕食。
行き成り渉の携帯から電話があってでも声は司でご招待。多少困惑しているようだったが
すぐに気にしなくなり司と何やら楽しそうに喋っている。女同士だとやはり違うのだろうか。

「まさか司ちゃんが誘ってくれるなんてね」
「本当に何も言ってねえんだろうな」
「無いってば。子どもに愚痴るほど落ちぶれてないわ」
「そうか」

食後の片づけを終えて待ちに待ったケーキを真守に取って貰いご満悦に食べている司。
それを横目にベランダに出た渉と梨香。泊まるか帰すかまだ決まっていない。

「でも。子どもって目敏いのね。寂しそうなんて言われるとは思わなかった」
「あいつそういう所無駄に気づくんだ」
「部屋まで送ってくれるんでしょう?」
「もう遅い。泊まってけ」
「あら優しい」
「その方がいいんだろ」
「……、そうね」

優しい行動でも言葉が冷たい。渉らしい言葉だと思ってもう苦笑しかでなかった。
リビングに戻ると司が口にクリームをつけて美味しそうにケーキを食べている最中。
すぐに真守に拭いてもらい2人に気づくと一緒に食べようよとニコニコして誘ってきた。


「うーん」
「なーに?」

松前家に泊まる事になった梨香。誘われるままに司と風呂に入る。
服を脱いで中に入ると司は自分のお気に入りのスポンジを見せる。
可愛いハートの形をしたスポンジ。パパが買ってくれたらしい。
嬉しそうに語る司を正面からじっと見つめる梨香。不思議そうに見返す司。

「あなたみたいにニコニコしてればいいかしら」
「にこにこ?」
「司ちゃんみたいになるにはどうしたらいいかと思ってさ」
「司みたいになるの?なんで?」
「そりゃ……ね」

渉にあなたみたいに接して欲しいからじゃない。という言葉を飲み込む。
余計な事を言うと後が怖いのだ。

「でもね。夜ひとりでおしっこできないしママに高いお菓子えらびすぎってこわーい顔されちゃうし
買ってもらったふくもすぐよごしちゃってママがもっとものを大事にしないさいっておこられちゃうし
パパに何でもすぐかってって言っちゃだめってママにおこられちゃうし…」
「基本ママに怒られるのね」

あの父親は何があっても娘を叱ったりはしなさそうだ。

「梨香ちゃんは夜ひとりでおしっこできるもんね」
「でも愛してる男の気は引けないわ」
「それってさみしい?」
「ここだけの内緒話だけど。…ちょっとね」
「さみしいのやだね。司わかるよ。ひとりでおむかえ待ってるのほんとはちょっとさみしい」
「そう」
「けどね。それは司がいいコにしてまってればすぐに来てくれるからいいの。
それよりもマモとユズとずっとはなれちゃうのがさみしい。でもしかたないんだよね」
「……」
「あのね。あの。今のナイショだよ。ナイショナイショ。梨香ちゃんだから言ったの!」
「ええ。分かった。誰にも言わない。さ、体洗ってお風呂に入りましょうか」
「うん」

渉がここに連れて来たがらない所為で普段そんな触れ会う事のない司と梨香だが
同じ「さみしい」という感情を持つ所為か打ち解けて風呂での会話が弾んだ。
風呂からあがり髪を乾かしてあげると嬉しそうにありがとうと言って微笑む。

「あんないい子みちゃうと自分の子どもに期待するわよね」
「そうか」
「…私だから、か」

同じ気持ちを隠してると察して。だとしたら相当カンのいい子だ。
何時ものほほんとした普通の子だと思っていたけれど。梨香は寝る準備をして渉の部屋へ。
彼は先に風呂を済ませておりベッドに寝転んで何やら雑誌を眺めていた。此方にあまり興味なさげ。

「何だって?」
「いいじゃない。で。何読んでるの」
「おい。乗るなよ重たい」
「そんな重くないってば。ね。何よ。見せてよ」
「いーから。寝ろ」
「寝るだけ?」
「…電気消せ」
「うん」

梨香が電気を消すと渉は雑誌をベッドから落とした。
雑誌にはもう興味はもうない。あるのは渉だけ。


「どうした」
「…おしっこ」

時間は深夜にかかろうとしていた。真守の部屋をノックする音。
先ほどまで仕事をしていてつい今ベッドに入ったばかりだった真守はすぐに起きる。
ある程度予想はついたがドアを開けると司が眠そうな顔をしながらも辛そうな声で言う。

「寝る前にジュースいっぱい飲んだな」
「…ごめんなさい」

トイレ行きたくなるから沢山はダメと言われているのに今夜はママが居ないからと
こっそり冷蔵庫をあけて好きなだけジュースを飲んだ。やっぱり夜中にトイレで目が覚める。
自分の部屋でひとりで寝ていた司がだ真っ暗な廊下を見たら怖くて。でも尿意は止まらない。
意を決してヌイグルミを抱きしめて真守の部屋まで走ってきた。

「ほら。いっておいで」
「うん」

ドアの前まで抱っこして連れて行くと彼女はひとりトイレへ。
水の流れる音と共に出てくる司はとてもスッキリした顔。

「これでいっぱい飲んじゃいけない理由が分かったな」
「うん。…おしっこでちゃうかとおもった」
「ひとりで眠れるか?無理しないでいつでも来ていいから」
「うん。だいじょうぶだよ」
「そうか。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」

司を部屋まで送り届け真守は部屋へ戻る。
ちょっと前までならパパママが居ないと一緒に寝てと部屋に来たのに。
これが成長というものなのかそれとも小さいなりに無理をしているのか。

「何時ものトイレか」
「渉。起きてたのか」
「寝てたけどさ。廊下走ってく音して。あいつだろ」

部屋に戻ろうと廊下を歩いていると自分の部屋のドアから顔を出す渉。
暗いから何かと思って驚いた。

「もう大丈夫だ。寝た」
「そう。ならいいんだけど。あいつ親居ない時って寂しがるだろ。俺はほら梨香がいるからさ」
「そう思って誘ってみたが大丈夫と言われた。あの子なりに成長したのかもしれない」
「ンなことねえだろ。まだまだガキだぜあいつは。やせ我慢してんだろ」
「だとしても無理はさせられない」
「はいはい。そんじゃ寝るわ。あとはあんたに任す」
「ああ。お休み」

もしかしたら寂しいと部屋に来るかもしれない。真守はしばし起きて待ってみたが
再びノックされる気配はなかったのでそのまま目を閉じ眠りに就いた。


「梨香ちゃんたまご焼くのじょうずー」
「料理は任せなさい」
「ママみたい」
「そう?なら私ももう少し希望が持てるかしらね」
「え?」
「いいのいいの。はいこれ持ってってね」
「はーい!」

翌朝。ママの代わりに朝食を作るのは梨香。
エプロンをして4人分の朝食をテキパキ準備していく。
司も嬉しそうにその様子を眺めお手伝いをしている。

「おい梨香。俺半熟嫌いなんだけど」
「そうだった?じゃあ私のと交換」
「あっ。すききらいはいけないんですよ!」
「お前だってピーマン食えないだろ」
「そ、それは。こ、子どもだからね。ユズみたいは大人はだめなんだよっ」
「何だそりゃ」

ママの真似をして食べなさい!と渉にお説教する司は可愛らしい。
そんな姪に逆らえなかったのか渋々食べる渉も面白い。
何時もはこちらが折れているから。梨香は新鮮な気持ちだ。

「はあ。この家族って感じいいわ…百香里さんは何時もこんな感じなんだ。夢みちゃう」
「あの、すみません。コーヒー頂いても」
「あ。はいはいすみませんねお義兄さまぁん」
「……」


つづく


2012/08/08