大事
「ほんでな。ユカリちゃんの機嫌そこねてしもたんや。何とか挽回できんかなあ」
「ご自分で解決してください」
「そんな冷たい事いわんと。未来のお義兄さんが困ってるんやで」
「未来のお義兄さま。今はまずその目の前の書類に目を通していただけますか。さもないと
挽回どころか家に帰ることすら出来なくなりますけれど宜しいでしょうか」
「分かった。ほな今日のノルマを全部こなしたらええアドバイスちょうだい」
「は?」
「そんだけ俺も切羽詰まってんのよ。信じてるで未来の義妹ちゃん」
何時ものようにだらける社長に活を入れたつもりだったのに。何か違うほうへ気合が入ったらしい。
真面目に仕事に取り組んでくれるのは嬉しい事ではあるけれど。彼は自分に解決策を出せという。
奥様との関係の取り持ちなんてそんないきなり言われても困るのだが。相手はすっかりその気。
どうしたものかと一先ず社長室から出てその足で専務の下へ向かう。
「兄さんはまたそんな事を。御堂さんは気にしないでください、僕が話をしますから」
「社長、そんなに気になさってるんですか?そもそも前妻との子どもの事を逐一報告する義務は
ないかと思いますが。社長個人で終わる話です。百香里さんはそんな事で怒るような人には思えません」
千陽の中の百香里は天然が入っていて何時もほのぼのとしてて笑ってて穏やかな子だ。
ちょっと報告しなかったくらいで怒るとか。どうせ総司が気にしすぎているだけだ。
何時になく真面目に相談されてもイマイチな反応しか出来なかったのは根本にその思いがあったから。
「僕たちは彼女を大事に扱っているつもりなのですがそれが壁に感じるようです」
「そうですよ。皆さん彼女をとても大事になさっています。司ちゃんだって可愛がってらっしゃいます」
「それぞれに思い描く家族があるんですよ。難しい所ですね」
「家族ですか」
「とにかく。この件は僕は引き受けました。御堂さんは通常通り業務をこなしてください」
「はい」
一礼して部屋から出る。専務が引き受けてくれたから自分は身軽になったけれど。
少しだけ引っかかる。それぞれが思い描く家族、というものについて。
自分はどんな家族を作るのだろう。もちろん相手は専務しか居ない、と思っている。
「主任どうしたんですか?」
「え?なに」
「顔がニヤニヤ」
「そう?気のせいじゃない。仕事仕事」
真面目に考えていたはずなのについ違う方面へ反れてしまう千陽であった。
「司の事は僕が引き受けます。今夜は義姉さんとゆっくりしてください」
「何やいきなり」
「御堂さんに愚痴を言うのはやめてください。可哀想でしょう」
「あー…」
昼休みに入って直ぐに社長室へ行き予約したホテルの名前と電話番号をメモした紙を社長に渡す。
真守からそんなプレゼントなんて貰った事が無い。むしろもっと残れ仕事しろと怒られるくらいなのに。
これは何事かと驚いた顔をする総司だが千陽の名前が出て分かったらしい。
「何をするよりもさきに自分の言葉で話をする事です」
「そうやろうけど。上手い言葉が浮かんでこおへん」
「何とかなりますよ」
「お前なあ。…せやけど。お前の言う通りやね。まずは話し合いが大事や」
「もちろん。残業をしないようにしていただく事が前提になります」
「分かってるがな」
真守が部屋を出ると総司は速攻で電話をかける。相手は勿論百香里だ。
『何かいい事ありました?総司さん』
「え。なんで?」
『ふふ。声が明るいから。何時も元気ないのに』
「あんなユカリちゃん。今夜デートせえへん?」
『今日ですか?』
「司は真守が見ててくれるっていうし。その。…どないやろか」
『総司さんお疲れじゃないですか?デートならお休みの日の方が』
「今日がええんや。今すぐでもええくらいや。ユカリちゃんと2人で話ししたい」
『分かりました。何処に行けばいいですか?』
「終わったらメールするでマンションの下で待ってて。迎えに行くで」
『分かりました。待ってます。お仕事頑張ってくださいね』
断られるかと心配になったけれどよかった。総司はホッとしながら電話を切る。
2人きりで食事なんてここの所無かったから。出来ればもっといい格好をしたかった。
でもイチイチ戻って着替えている時間が勿体無い。1秒でも長く彼女と居たい。
そして夜の事を思いニヤニヤしている時間はない。真面目にしなければ取り消される。
ここには怖い専務と鬼のように怖い秘書が居るのだから。
「総司さん遅いな。残業ならメールでもしてくれたらいいのに」
百香里は携帯を見てため息。デートに誘われて表面上は平静にしながらも内心嬉しかった。
司を先に戻ってきた渉と真守に任せ待ち合わせの場所で夫を待つ。でも中々こない。
仕事でだめになったならそれも仕方ない。でもせめて連絡は欲しい。もう空は暗いしお腹もすいた。
「ユカリちゃん!」
「総司さん」
お腹をさすっていると総司の声がして此方に向かって走ってくる姿が見えた。
「堪忍!」
「お仕事なら仕方ないです」
「ちゃうんや。その。ちょっと準備が」
「準備」
「可愛い服やね。見たことないけど」
「最近買いました。梨香さんと買いものに行った時に。総司さんはスーツのままですね」
「汗だくやしほんまカッコ悪いわ」
シュンとする総司の手を握り寄り添う百香里。その表情は笑顔だ。
「総司さんお腹空きました」
「よっしゃ行こ。予約してるとこあるんや」
「そこすぐに食べれます?私今なら大盛りラーメン2杯はいけます」
「そ、そうか。電話しとくわ。大盛りにしといてって」
総司の車に乗り込み予約したというお店へ。レストランには違いなかったが
百香里のイメージと違い巨大なホテルの最上階にあるお店だった。実は用意するのが面倒なので
化粧もオシャレもせず普段着で行こうとして司に止められてこの格好になったという経緯があるのだが
心からその司の行動に感謝した。総司はスーツだからいいのだろうがこっちは言ってくれないと困る。
店に入るとウィターに案内されて窓際のいい席に座る。
「お酒飲みましょう。私ワインがいいです。最近飲めるようになったんですよ」
「そうなんや」
「どうせここにお泊りするんでしょうから総司さんと乾杯しなきゃ」
「はは。…ほな、銘柄とかこっちで決めてもええかな」
「はい」
総司がウェイターを呼びワインを注文する。百香里はそういう事はサッパリ分からない。
飲めるようになったと言ってももらい物の安い飲みやすいのを1度飲んだくらいだ。
その間百香里は何気なく周りを見渡してみる。広くて綺麗でシャンデリアがキラキラして。
窓からの夜景も素敵。司が来たら大はしゃぎして走り回ったかもしれない。
「ユカリちゃん」
「はい」
「これ。…受け取って欲しいんやけど」
総司が取り出したのは四角くて長い箱。この形から想像するプレゼントは。
「ペンダント?」
「気に入ってくれたらええんやけど」
「ありがとうございます。あ。もしかして遅れたのって」
「拘ってたら時間かかってしもて」
「あけてもいいですか」
「うん」
包装紙を破らないように綺麗に外して箱を開ける。
中にはキラキラと輝くシンプルな宝石が1つついたペンダント。
その宝石は百香里の誕生石だ。
「総司さんそういうの覚えてるんだ。マメですね」
「そうや。と、言いたい所やけど店員さんに聞いた」
「綺麗。付けようかな」
普段アクセサリーの類は一切つけない百香里だが嬉しくて付けてみた。
司と違いキラキラしたものはそんなにも惹かれないのに。これはとても良く見える。
総司が自分の為に選んでくれたというのがあるのかもしれない。
話をしている途中でワインが到着して総司の真似をして乾杯してひと口飲む。
「似合てる」
「でも、どうして?」
「ん?」
グラスを静に置くと思っていた事を聞いてみる。
「テレビでやってましたよ。行き成り夫が優しくなるのは浮気してその後ろめたさを隠すためとか」
「ただユカリちゃんと2人で話す時間が欲しかっただけや」
「この前の事を気にしてですか」
「…それも、あるよ」
「ですよね。ほんと面倒くさいですよね私。総司さんの事なのにイチイチ気にして。すみません」
やっぱり自分に内緒で彼女と会っていたのを怒ったから。それを気にして。
何の後ろめたさもなくただデートに誘ってくれたわけじゃない。意味があってのこと。
ご機嫌取りに豪華なレストランに来て美味しい高いワインを飲ませてもらって。
綺麗なプレゼントも貰って。でも。それって彼の本心なのだろうか。
そうさせた自分はなんてワガママな女だろう。それは前から自覚があったのだが。
「面倒やなんて思った事ない。そんな顔せんといて」
「ご飯まだでしょうか。お腹減ってるんだけどな。司だったら泣きじゃくってますね」
「ユカリちゃん」
「もうこの話は終わりましょう。したってしょうがないし。今は純粋に総司さんとデートしたいんです」
この話題をするのは自分の汚い嫌な所をつつかれるようで嫌。
その所為で総司に気を使わせるのもご機嫌取りみたいな事をされるのも嫌。
自分はただ彼に自分だけを見ていて欲しいだけだ。今は司のことも見て欲しい。
それに近いうちに彼女を司と会わせようという話も出ている。それが少しだけ憂鬱。
「…そやね」
「内容も分かってますし。娘さんは海外に留学するんですよね。その資金を溜めるのに
総司さんがお仕事を紹介するっていう事で。分かりました。大丈夫です。はい終わり」
「……」
「料理来ました。大盛りだといいけど」
お腹が一杯になれば落ち込んだ気持ちも直ってくれる。百香里は目一杯食べた。飲んだ。
総司がビックリするくらい。途中でやめたほうがえんちゃうと言われても。食べても食べても
お腹一杯になった気持ちにならなくて食べた。気持ちを落ち着かせるには一杯にならないといけないのに。
「大丈夫か?」
店を出てエレベーターの前まで歩いてきた。百香里は少し気分が悪そう。
「…ぅうん」
「帰ろか」
「え…でも…」
「ええんや。ユカリちゃん調子悪そうやし」
普段は飲まないのに今回は酒もガツガツ飲んでいた。酒に強いイメージは無い。
たまにチュウハイなど飲んで酔っ払い直ぐに寝てしまったりする。だから部屋に行ったらすぐ寝る。
そうさせたのは自分が彼女の気持ちを踏み躙ったからだ。百香里は純粋にデートをしたかったのに。
「嫌です。総司さんと2人で居たいです」
「そうか?無理したらあかんよ?」
下へ下りるボタンを押そうとしたら百香里がギュッと抱きついてきた。
「無理じゃありません。総司さんこそ誘っておいて逃げるんですか男らしくない」
「ユカリちゃん?何や怖いなあ」
「怖い?本当に怖いっていうのはどういうものか教えてあげましょうか」
「け、結構ですぅ。……ま、まさか。これで酔っ払っとんのか?」
意識があるかのごとくはっきり喋っているけれど口調が何時もと違う。
初めて見るこんな百香里。何より可愛らしくギュッと抱きついて
顔を総司の背に押し付けたままのこの会話は怖い。
「適当に浮気してやるぞ」
「待って。待って。部屋行くから。もうぅうう怖いわあああ」
慌ててボタンを押してあらかじめ鍵を受け取っていた部屋へ向かう。
彼女と過ごす為に普通でなくちょっと豪華な部屋にした。
背中に百香里をくっつけたまま急いで部屋に入りドアをしめる。チェーンまでした。
「広いですね」
「せやろ」
「はい。脱ごうか」
「へ」
「何ですか。脱がなきゃ出来ないでしょ?」
「ま、待ちや。水飲んで落ち着い」
「脱ぎましょうね」
「はい」
逆らったら何をされるかわからない。総司は言われるままにスーツを脱ぐ。
その隣で百香里も脱ぎ始める。やはり酒が存分に回っているらしくよろよろしながら。
助けてやろうと近づいたら何故か逃げられた。またよろよろしながら下着姿に。
「お風呂も広い。あ。でも家のが広いですね」
「そうやね」
「シャワーでいいや…」
「気ぃつけてな」
風呂場なんてイチャつくにはいい場所だが百香里が転ばないか心配でそれ所ではない。
総司に抱きかかえられながら風呂を出て体を適当に乾かしベッドに寝転ぶ。
愛しい奥さんの裸体が目の前に寝ている。けどさあえっちしよう。という気持ちには中々なれない。
とりあえず上に覆いかぶさりキスする。かなり酒臭い。
「…もういいです…」
「ユカリちゃん」
「…総司さんはこのままギュッとしてて」
唇を離し体を横にする百香里。そして目を閉じる。なんとなく目頭が濡れている気がした。
何か言おうと思ったけれど、それに触れず彼女の思うままに抱きしめて総司も目を閉じる。
彼女は何処から酔っ払ってどこから目覚めていたのか。分からないけれど。
「お休み百香里」
耳元で囁いてその日を終える。話し合いをするいい日になるはずだったのに。
こうも上手くいかないのは何故だろう。
「総司さん総司さん」
「んー…あと10分」
「起きてください。遅刻しますよ」
「……夢ならはよ醒めて」
「夢じゃありません」
翌朝。思いっきり肩を揺られて渋々起きる。すぐに百香里の顔がうつった。
悲しんでいる様子も二日酔いの様子も無い何時もの彼女が居た。
すぐ酔っ払う割りに翌日に残さない辺り実は強いのではないだろうかと思ったりして。
「はあ…まだめっさ眠い」
けどこれ以上百香里に叩かれるのも嫌なのでベッドに座る。隣の百香里は下着姿。
服は昨日投げ飛ばしながら脱いだので本人もわからないらしい。
それよりも会社に行かないといけない総司を先に起こしたという。
「あんまり覚えてないんですけど。私もし総司さんに迷惑かけたら」
「迷惑やないけど心配になったわ。ユカリちゃんめっさ怖かったもん」
「こ、こわい?」
「そんだけ鬱憤たまってたって事やね」
「え?え?」
「そんな嫁さんを置いて仕事なんか行かれへん。…俺は旦那や」
「は、はい」
「ユカリちゃんの可愛い勝負下着見せられて勃起せえへん訳がない」
「こ、これは。その。あの。…こ、こういうのもたまにしないと勿体無いかなってちょっと思ってそれでその」
「純粋にユカリちゃんとえっちするんやもんええよな」
「それは…でも総司さん会」
言い終わる前に百香里をベッドに押し倒しキスする。昨日のような軽いものではなくしっかりと舌をからめて。
せっかく可愛いピンクの勝負下着だが愛撫には邪魔なので先にブラを取ってしまう。
「誘っといて逃げるんは男らしないってユカリちゃんが言うたんやで?」
「そうでしたっけ」
「そうや」
唇を離すとまだ困惑している様子の百香里の唇を指でなぞる。
その指は鎖骨をとおり胸のふくらみを抜けウェストへいき下腹部へ。
足を開かせると此方もセットのピンクのショーツだがそれも取ってしまう。
「1回だけですからね」
「俺はええけど。ユカリちゃんが欲しがったら知らんよ」
「そんな言い方して。…も、もう。…総司さんのばか」
総司に股を開いた状態で見つめられると恥かしくて顔が赤くなる。
いや、恥かしいだけじゃない。これからの事を想像して熱くもなる。
それを総司に見抜かれているようで緊張してしまう百香里だが。
総司は動き出せばそんな事もすぐに分からなくなってしまう。
「なあユカリちゃん。俺の知らん所でワイン飲んだり服買うたりして寂しいわ」
「ん…あ…っ…っ…」
「俺が忙しいでしゃあないけど。たまにはそういう会話もしようや」
「そ…総司さん…」
「仲良くしていこな」
「そ…そこで…止めないで…い…嫌…」
「1回やろ。俺も苦しいけど我慢するわ」
「んぁ…ぃ…あああ…抜かないで…」
「…2回目突入や」
つづく