笑顔がいい


「パパとお買いものだー」
「何でも好きなもん買うたらええよ」
「ほんと!じゃあチョコがいいチョコ!」
「持っておいで」

今日の司のお迎えは総司。百香里の母がまた体調を崩し病院に検査入院したため急遽そうなった。
夕飯も各々で食べてくださいと言われているからついでに買い物をしようとスーパーに来た。
ママと違いパパは頼めば値段関係なく何でも買ってくれる。
司は目を輝かせお菓子売り場へ走っていく。

「どっちがいいかなあ」
「どっちも買うたらええやんか」
「ご飯たべられないから1個にしなさいってママが言うから。1個でいい」
「そうか。ほかお父ちゃん決めたろか」
「うん」
「こっちや。可愛いアクセサリー入ってるで」
「このピンクのやつ当たらないかなあ」
「欲しいの入ってたらええな」

何時までたっても戻ってこないから心配してお菓子売り場に行って見れば
箱を両手に持って悩んでいる司。1つはシールつきで1つはアクセサリー付き。
総司に決めてもらいカゴに入れると嬉しそうに笑った。

「ママはごはん食べてるかな。おばあちゃんちょうしよくないんだよね」
「ちゃんと食べてるから心配せんでも大丈夫や」
「うん」

司の事をお願しますという電話口の百香里の声は落ち着いてはいたが
やはり隠し切れない不安と恐怖がありありと感じられて。総司も本音は心配。
だけどそれを幼い娘に話してもきっと理解は出来ないだろう。そう思い笑ってごまかす。

「適当に温めたらええもんで済ますか」
「ユズに頼んだらすぐだよ」
「え?あいつ何時の間にそんな料理出来るようになったんや」
「電話するとね。すぐだよ」
「ああ。電話か。せやけどユカリちゃんそういうの好きちゃうからな」

今回はそれも仕方ないとはいえ後を見てガッカリしてそうな顔をしそうだから。
総司は考えを改め自分でも出来る最低限の料理を選択する。

「いっぱい買ったね」
「腹へってると何でも食いたなるもんやろ?」
「うん。今ならいっぱいご飯たべれるよ」

買ってもらったお菓子の箱を大事そうに握り締めて司は微笑む。
マンションに戻ると既に渉が居て酒を飲んでいた。百香里が居ない事は彼も知っている。
料理をする気は毛頭無くても酒は飲みたい。だから自分で買ってきたらしい。

「今から作るわけ?適当に済ませばいいのに」
「たまには父ちゃんの料理もええやろ。司のこと頼むわ」

買ってきたワインを飲みながら適当な返事をする渉。
手を洗い部屋着に着替えてリビングに戻ってきた司の手にはやはりあの箱。
渉の隣に座って嬉しそうに箱を開ける。どうかあのピンクの入ってますように。

「青いやつだ…」

結果は希望とは違うのが出てしまったらしい。ガッカリという顔。

「なにがよかったんだ」
「このピンクのやつ。キラキラしててかわいいでしょ?」
「ふーん。そんなオモチャでもいいなんて安上がりだな」
「え?」
「女ってのは歳とってくるとそんなオモチャじゃ物足りなくなってもっと高いキラキラを欲しがるようになるんだ」
「へー」
「毎回付き合わされて面倒なんだよな。あれがいいだのそれがいいだの。そいつはあの女も持ってたとか。
どれも一緒だろうにグダグダグダグダ…もういっそ金やるから自分で買って来いっての」

最近何か嫌な事でもあったのだろうか、何時になく力説する渉。もはや愚痴に近い。
それを分かっているのか居ないのか。恐らくは分かってないと思われる司は
さきほど当たった青いアクセサリーを眺めながら適当に返事をする。

「ユズもたいへんですね」
「ああ。大変なんだ。会社じゃ上司に嫌がらせされるしさぁ。いっそどっか遠くへ逃げるか」
「ユズとおくいっちゃうの?」

でもその言葉が出た途端機敏に反応して不安そうに渉を見上げる。

「そんな顔すんなよ。冗談に決まってんだろ」
「いいよ、だいじょうぶだよ。ぜんぜん」
「大丈夫ってツラしてねえくせに。いいから。ほら。口開けろ。イカでも食え」
「あー」

渉が裂きイカを口に持っていくとまるでパクパクとエサを食べるコイのように食べる司。
なんだかそれが面白くなってきて餌付けではないがちょこちょことあげる。
ご飯前だからと総司に止められるまでそれは続いた。

「ママかえってくるまで待つ」
「それやったらそこやなくてリビング行こか」
「やだ。ここで待つ。ママ夜になったらかえるって言ったもん。もう夜だもんもう帰ってくる」

8時を過ぎても百香里は戻ってこない。それだけ母親の容態が悪いのか。
心配する総司だが義兄の手前表立って病院へ行くわけにもいかず悶々とする。
お風呂を終えた司は大好きなヌイグルミを抱きしめて部屋で眠るのかと思いきや
玄関へ向かいそこへ座った。ここでママが来るのを待つのだと言って聞かない。

「司がこんな所で座ってたらママびっくりするやろ?疲れてるのに驚かしたら悪いで」
「……」

ギュッとヌイグルミを握り締め絶対に動かない構えだ。
大人の力で強制的に抱っこして連れて行ってもこの調子で自力でまたここへ戻ってくる。
先に部屋に戻った渉に説得を頼んでみようかとも思ったが仕方なく自分もそこへ座った。

「眠いんとちゃうか」
「ママにおやすみなさいって言うまで寝ないもん」
「頑固なんやから。誰に似たんやろ」

頑なに動かない構えを見せる司の頭をポンポンとなでて軽いため息。
百香里からの連絡は無い。待っていたい気持ちは十分分かる。
会話が無いままに時は過ぎる。5分。10分。20分。30分。
司はうとうとする体を必死に堪え我慢してママを待って。

「帰ってきた!ママ!」
「司ちょいまち!」

ガチャとドアが開く音がして急いで立ち上がり裸足のままドアへ近づく。

「どうしたんだ司。そんな慌てて」
「…マモ」
「ん?」

でも入ってきたのはママではなくて仕事で遅くなった真守で。
ママだと思って思いっきりぎゅうっと抱きついた司は残念な顔をして彼を見上げる。
事情を知らない真守は不思議そうな顔をしてそんな姪をみていた。

「ビックリしたやろ堪忍な」
「いえ。僕の方こそ期待を裏切ってしまって」

またもとの場所に戻ってママを待つ司を残し総司は事情を説明すべく真守とリビングへ。

「しゃーない。飯は食ってきたんか」
「ええ。済ませてきました」
「そうか」
「司はあのまま動かないつもりでしょうか」
「ママにおやすみ言うまで動かへんちゅうてなあ。1人にするわけにもいかへんし、俺も付き合うわ」
「連絡が何もないということはそれだけ容態が芳しくないという事でしょうね」
「出来る事は何でもしたい。ユカリちゃんも思い詰めんとおってくれたらええんやけど」
「そうですね。着替えたら司に話をしてみましょう、もう眠いはずだ」
「頼むわ。ほんま強情やねん」

話を終えて総司が再び玄関へ向かうとうとうとしながらも頑張って起きている司。
寝ていてくれたらここぞとばかりに彼女を抱き上げて部屋へ連れていけるのに。
何時もならもうとっくに寝ている時間。百香里だって起きていたら怒るだろうに。
それでもママの顔を見たいと思う子ども心。総司は隣に座った。

『ごめんなさい、連絡が遅れてしまって』
「かまへん。それよりどうや?」
『何とか落ち着いてくれました。それで、もう母を1人にさせられないって事になって。
兄さんの家で一緒に暮らすって話しになって。相談してたらこんな時間に』
「そうか。まあ、その方がええやろう。1人やと大変やし」
『はい。私もその方がいいと思います。意識が戻ったら話をするつもりです』

9時を過ぎたあたりでやっと総司の携帯が鳴って。急いでとる。百香里からだった。
司を見ていた所為かまるでずっと彼女の声を聞いてないようなそんな気持ち。
朝顔を見て声を聞いてキスだってしたのに。ほんと変な気分だ。

「それでやけど。今日は帰ってくる?」
『え?ええ。帰ります』
「迎えに行くわ」
『いいですよ。義姉さんに送ってもらいますし』
「ずっと待ってたんやで。顔見やな寝れへんちゅうくらいに」
『え?』
「ええから。今おる場所教えなさい」

困惑している百香里を他所に現在地を教えてもらうと総司はたちがある。
車の鍵をポケットに入れるとウトウトしている司を起こした。

「総司さん怒ってるのかと思いました」
「怒ってへんよ。ちょい焦ったけどな」
「司がそんなに私に会いたかがってた何て思いませんでした。真守さんも渉さんも居るのに」
「何や言うてもママがいちゃんええんやで」

迎えに来た総司の車には何故かパジャマ姿の司も乗っていて。
ママに抱きついておやすみと掠れた声で言うなり寝てしまった。
後部座席で司を抱っこしたまま話す百香里は事情を聞いて驚いた。

「怒ってばっかりなのに。でも、ありがとう司。お休みなさい」

待っていてくれたのが嬉しくてそっと司のおでこにキスした。

「後で俺もちゅーしてな」
「はい」

マンションに戻るとすぐに司を部屋に連れていきベッドに寝かせる。
ちゃんとヌイグルミも入れて。
帰宅した音を聞きつけて真守が部屋から出てきて彼にも報告した。

「何でも言うてな。影からこっそり支援するで」
「ありがとうございます」

風呂に入ると総司の膝に座って大きく背伸びする百香里。疲れてもう寝るしか出来ない。
それを察しているからか総司も何時ものようにやらしいことはしてこない。ただ百香里に触れたいという
願望は抑えきれなかったようでギュっと抱きしめたり肩を揉んでくれたりと何かと触ってはくる。

「ほんまは俺も行くべきやったんやけど。薄情な奴や思われたやろな」
「お兄ちゃんが悪いんですよ。総司さんにひどい事言うから」
「何も出来ひんで堪忍な」
「よかったらお見舞い来ていただけませんか。司も連れて。お義姉さんに言って時間調節してもらいますし」
「もちろん。司の成長見守ってもらわな」
「私も母親としてまだまだだから。お母さんに教えてもらいたいし」
「今日はほんまお疲れさんやったな。偉い偉い」
「総司さんくすぐったい」

軽くイチャついた所で風呂からあがり寝る準備をする。
特に会話もなく百香里はベッドに入るなり寝てしまう。それだけ疲れていたということ。
総司も電気を消して百香里を抱きしめ目を閉じた。


「ママ見てあおいのあたった」
「綺麗ね。パパに買ってもらったの?」
「うん。昨日」
「そう。よかったね。無くさないようにね」
「ほんとはピンクがよかったの。でも、こっちもいいね」

翌朝。何時ものように朝食の準備をする百香里とアクセサリーを見せる司。
昨日の事があったからか百香里は穏やかに笑っている。

「昨日は遅かったみたいだな。お疲れさん」
「おはようございます渉さん」
「おはようユズ」

何時もはもっと遅くに起きてくるのに珍しく早おきな渉。
席につくとすぐにテレビをつけて大きな欠伸をした。
司はママのお手伝いで出来た朝食を彼の前に並べていく。

「なあ、ユカりん」
「はい」
「…大丈夫、なわけ?」
「え?」
「いやさ。あんたの、さ。親」
「心配してもらってありがとうございます。何とか持ち直しました」
「そっか。ま、いいんだけどさ」

コーヒーは熱いから司でなく百香里が運ぶ。それを見計らいモゴモゴと歯切れ悪く渉は言った。
百香里の母親だけど、彼なりに心配してくれてたんだと理解して百香里は軽く頭をさげる。
司は準備を終えたので何時ものようにパパを起こしに寝室へ駆け上がっていった。

「おはようございます」
「おはようございます真守さん。コーヒーどうぞ」
「早起きなあんたにしちゃ珍しいな」
「寝るのが遅かったからな」
「すみません私の所為で」
「いえ。僕個人の問題ですので」

何時もより遅くリビングに入ってきた真守。まだ少し眠そう。
コーヒーを渡すとありがとうございますと言って飲み始める。ミルクをいれずブラックで。
それもすぐに飲み干しおかわり。よほど眠いらしい。渉にからかわれるくらい。

「あの。母は今後兄の家で一緒に暮らすことになると思いますので、これからは昨日みたいに
遅くなる事は少なくなると思います。何時も司のこと見ていてもらってありがとうございます」
「ンな改まって言わなくてもいいよ。一緒に住んでるわけだしそれくらいフツーだろ」
「そうです。義姉さんの方こそ無理をしないでください、司が悲しみますから」
「ママ。パパがね今日はかぜっぽいからおしごとお休みするんだって。大丈夫かなあ」

司が戻ってきて席につく。本気で父親を心配している様子だ。
風邪っぽいなんて明らかに嘘なのに。

「全く。子どもに嘘をつくなんて教育上よくないというのに。大丈夫です、僕が行きます」
「お願します」
「ママ?マモ?」
「大丈夫よ司。真守さんが行ってくれたらパパすぐに元気になって起きてくるからね」
「えー!すごいねマモ」

百香里の言葉通り、上がって行って5分もしないうちにパパは降りてきた。
さっきは辛そうな声だしてたはずなのに今はもう元気そうな顔で。
家族そろった所で朝食を食べて。それぞれが出かける準備をする。

「忘れものはない?」
「うん」
「昨日はごめんね。ママの事ずっと待っててくれたのに遅くなっちゃって」
「ぜんぜん平気だもん。ちょっとねむかっただけだよ」
「ありがとう。ママ嬉しかった。でも、我慢しちゃ駄目だからね」
「はい。行ってきます!」

総司の車で送られる司。元気に手を振って出て行った。
何時も甘やかしてくれるパパや叔父さんたちにばかり行って懐いていると思ったのに。
そんなにも恋しがられると母親としては嬉しいというか、こそばゆいというか。
でも眠いのに我慢させて待たせてしまったのはよくないというのも分かるから。そこは反省。

「なあユカリちゃん」
「わっ!…まだ居たんですか」
「えーなにその冷たい言い方」
「もう行かないと遅刻しちゃいますよ。司だって先に行って待ってるんですから」
「俺にも言うて」
「え?なにをですか?」
「我慢せんでええって」
「……」
「な」

キラキラと何かを期待する眼差しの総司。

「総司さんはもう少し我慢したほうがいいです。いろいろと」
「えー」
「ほら。司が待ってるんです。急いで!」
「ちべたいわぁ」
「ちゃんと愛してますから。今日も頑張ってください」
「はーい」

百香里は華麗にそれをかわし総司を見送った。困った人。
そこも可愛くて好きな所だけど、そう言うと絶対にサボってしまうのは目に見えている。
自分の言葉で皆さんのご迷惑になる訳にはいかないのだ。心を鬼にしなければ。
リビングに戻るとまず電話。自分の代わりに母の傍に居てくれている義姉の所へ。

『まだ寝てるけど、先生ももう大丈夫って言ってくださったわ』
「そうですか。よかった」
『ほんとうに。どうなるかと思ったけどよかった』
「はい」
『同居の事もこれから進めていくつもり。お義母さんは嫌がるでしょうけどね』
「だと思います。けど、母の事を思ったら」
『ええ。ここに来て嫁姑問題勃発しちゃうかしら。ふふ』
「はは」
『それもいいわ。そうやってくれてるほうが元気って証拠だものね』
「お義姉さん」
『それじゃ私は病室に戻るから。また松前さんと司ちゃんといらっしゃいな。
あの人が来ないようにこっちで調整するから。それじゃまた』
「はい。よろしくお願します」

あれから変化なく安定して回復に向かってくれていてよかった。
百香里は受話器を置いてソファに座る。
今までずっと苦労してきてようやく楽が出来るようになったのに。
まだ父の所へ行くには早い。どうか守ってお父さん。百香里は心から願う。


「パパ」
「ん?何や」

司を幼稚園まで送り届ける途中の車内。
助手席に座って暇そうにしていた司が何気なく話しかけてきた。

「おばあちゃんに会いにいきたいな」
「ほな、ママと3人でお見舞いに行こか。もう治ったから、配せんでええからな」
「うん。行く」
「頑固やけど優しいな。ユカリちゃんに似たんやろなあ」
「ママ?…ママ、今日はお迎えきてくれるよね」

不安そうに総司に尋ねる司。
総司はそんな不安を吹き飛ばすくらい人一倍明るい声で返事する。

「来るからそんな顔せんと。そや、今日はお父ちゃん帰りにケーキ買ってくるわ!なにがええ?」
「いっぱいクリームついたの!イチゴ!イチゴもいっぱい!」
「食べもんになると元気やなあ。よっしゃ。なんぼでも買うてきたるがな!」
「めっちゃうれしー」
「ははは。司が笑ろてくれたらこっちも元気になるわ」
「ママはねーいっぱいフルーツ乗ってるの。きれいなのがいい」
「任せとき!ユカリちゃんに相応しいケーキ買うて来るわ」
「さすがおとーちゃんや!」

調子の良さは父娘似ているようで。その勢いのまま豪華な特注ケーキを購入。
夕方百香里に渡したら今日は誰かの誕生日ですかと冷めた目で言われた。
そして夜寝室でこってりと絞られた。

「せやから司の笑顔をやね」
「だからって食べきれないのにあんなにケーキ買うなんて信じられません!」
「それはあれやん。ノリちゅうもんでな?な?堪忍してやあ」
「ノリですか。わかりました、一緒に我慢を覚えましょう。まずはえっち我慢してください」
「ええええええ!?嘘やん」
「ケーキ無くなるまで我慢です」
「そんなあ。なあなあ。…ちょっとくらい触ってええやろ?」
「お休みなさい」
「いやー!」

翌日、余ったケーキは秘書課に配られた。

つづく


2012/07/29