教育


「おかし欲しいですください」
「それではお茶の準備をさせて頂きますのでお部屋でお待ちください」
「それ1枚くれたらいいです。庭で食べたいです」
「そのようなはしたない事を松前家の本家である司様はしてはいけません」
「…だって」
「すぐに準備致しますので。少々お待ちください」

ママは食べていいって言ったのに。なんでこのおばさんはダメというのだろう。
どう足掻いても美味しそうなクッキーはもらえそうにないので司は渋々部屋に戻る。
おじいちゃんの家は大きくて庭も広くてブランコも滑り台もある楽しいところだけど。
司にとっては怖い人たちも居る厄介なところ。ママもあまり得意では無さそうだ。

「どないした司。元気ないなぁ」

部屋で居てもつまらないから庭に出るとパパが居た。ママは一緒ではない。

「庭でクッキー食べようとおもったの。でもね。だめって」
「ママがあかんて?」
「こーーーんな目が釣り上がったおばさん!」
「はっはっはっはっは。そうかそうか。そら災難やったなぁあっはっはっは」
「わらうのぉ」

こっちは厳しい口調で行動を否定されて泣きそうだったのに。
今まで司をかこむ大人はみんな優しくて否定なんかされた事がなかったのに。
はしたないとかお下品とかそんなの松前家のする事じゃないとか。全否定だ。

「堪忍な。せやけど、お菓子くらい食べてもええやんなあ」
「ママはボロボロ地面に落とさなければいいって言ったの。でも。そんなことしちゃいけないって」
「おばはんのいう事ら聞かんでええから。菓子もってもいで。何やったらお父ちゃん持ってきたるわ」
「ううん。お茶のじゅんびしてもってくるって言ってたからお部屋で食べる」
「気にせんでええ、お前は何も悪ない」
「…うん」

子どもながらにそれがショックだったようで笑いながらも何時ものような元気は無い。
遠くで司を呼ぶ声がして彼女はお菓子を食べてくるといって戻っていった。

「どないしたらええかなぁ」

その後姿を見送りぼやく。やはり弟たちを連れてくるべきだったかもしれない。
軽いため息をしてそろそろだろうかと時計を見て彼も部屋に戻る。

「総司さん。あの。どう…でしょうか」
「綺麗やねえ」

襖を開けるとそこに居たのは和服姿の百香里。彼女の為に着物を作っても良かったのだが
毎日着るわけではないからと百香里はレンタルにしようと言っていた。それならと実家に戻り
母親の物を試着させてみて正解だった。少し丈を直したら丁度いい。艶のある横顔。

「変じゃないですか?これ…すごく高そう」
「似合ってるって。このままやらしい事したりたいくらい」
「何かありました?」

襖を閉めて百香里の傍へ歩いてきてそしてその場に座った。いつもの総司なら
こんな色っぽい姿を見せられたらせっかく着付けた和服を乱暴に脱がせ
あれやこれやと鳴かせるのだが。大人しい。元気が無い。百香里も座った。

「ここのおばはん連中は司にも容赦なくてなぁ」
「あの子、何か粗相をしましたか!?」
「司は普通にええ子や。自分もわかってるやろ」
「でも、元気すぎる所があるし。私もそんな情操教育なんてしてないですし。
知らないうちに非常識な事とかしてるかもしれない。やっぱり塾とか通わせるほうが」
「そんなん要らんて言うたやろ。司はええ子なんやから。親が信じたらんでどうすんの」
「……はい」

しゅんと落ち込む顔は母娘そっくり。こんな顔も可愛いなぁと内心鼻の下を伸ばす総司だが。
ここは心を鬼にしてちゃんと夫婦で話をしたほうがいい。といいつつ我慢ができなくて
そっと袖から出ている彼女の白い手を握っていたりする。

「何れは知る事になるやろが、今は家の事はなんも知らんのや。そん時にあの子の気持ちで
その先の事考えたろや。今から無理強いしても何もええことない。俺ら兄弟で実証済みやで」
「私、怖いんです。もしあの子がこの家に相応しくないと思われたら、全部私の責任です。
あの子は何も悪くないのに。私の育て方が悪かったら。今のままでいいのかなって思って」

司が育つたび不安が大きくなり抱え切れなくて母や義姉に相談したりしている。
総司にもそれとなく相談をしたりしているがやはり悪いのは自分と思ってしまって。
母親になりたくて仕方なかったのに。司が生まれ母親としての自覚とともに今までそんな事
殆ど考えてなかったのに松前家を背負っているというのも一緒に考えてしまって。

「悪いちゅうんは何をさしてんの」
「え。その。やっぱり礼儀作法とか常識…とか上流階級の会話…みたいな」
「教育が必要なんは司とちゃってユカリちゃんやないか」
「はい。すいません」

馬鹿なのは承知。こんな大層な着物なんて着せてもらえるほどの人間なんかじゃない。
自分が望んだのは欠ける事のない温かな家族。まさか金持ちの家に嫁ぐなんて想像もしてなかった。
そんなの言い訳だから口にはしないけれど。百香里は視線を総司から逸らす。

「あかん。俺の目見や」

握っていた総司の手が百香里の顎を捉え正面を向かせる。ちょっと怖い顔。
怒っているのだろうか。不安になるけれど、今何を言ってもいいわけになりそうで。

「…はい」

とだけか弱く応える。

「そんな悩ますなら社長もこんな家も捨てるちゅうねん。生活らなんとでもなるわ。
せやから今までみたいに3人で仲よう生きて行こうや。それの何処が悪いんや」
「……」
「何か言うてや。俺ばっかり喋ってんで」
「……」
「百香里?」

此方を見つめたまま動かない喋らない百香里。もしかしてこれって彼女を怒らせてしまったパターン?
厳しく言い過ぎたろうか。総司は険しい表情をすぐさまやめて顔の手も離して再び彼女の手を握る。
甘えるというよりは逃げられないように。自分の過去と重なってすこし真剣になりすぎたろうか。

「真面目な顔の総司さんも素敵」
「え?」

でも返事は意外なものだった。顔を見るとちょっとほほが赤い百香里。

「もしかして会社とかではそんな風にお仕事してるんですか?」
「え?え。え。…も、もちろん!いっつも真剣勝負やで!」
「素敵。かっこいい」
「ほんまに?う、うれしいわ」

ちょっと複雑だけど。彼女が喜んでくれるのならいいとしよう。

「総司さんの言うとおりですね。今ここで私1人がウジウジしても何も始まらないし。
司が自分から言うまでは今までどおりに育てて行きましょう」
「それがええ」
「はい。じゃあ。これをお借りします。いいです、よ、ね」
「ええよ。ここのもんは好きにしたらええ。ユカリちゃんになら許してくれるわ」
「お義母さんのセンスって好きです。どれも綺麗で繊細で。うちの母親とは全然違う」
「比べるもんとちゃうよ。ほな脱がしてもええな」
「ダメ」
「何でや」
「綺麗に脱いでからです。シワなんか付けたらぜったいダメ!」
「クリーニング出したらええやん。帯引っ張ってあーれーっちゅうのやりたい」
「総司さん。お義母さんに怒られますよ」
「ユカリちゃんも怒ってる」

総司は苦笑して席をたつ。脱いでいる彼女を見て平常心ではいられない。
起こられる行動を取るのは間違いない。ので先に移動した。
それに司の様子も気になっている。

「パパ」
「お菓子もろたか」
「うん。美味しい。けど。ママが作ったのがもっと美味しい」
「せやね」

食べ終えたようでソファに座って暇そうにしている司を発見。

「ママはまだおきがえ中?」
「今終わって脱いでる所や」
「えー。見たかったなぁ」
「司も行くんやから見えるやろ」
「パパはなんで行かないの。お仕事?」
「そうや。行きたいのは山々なんやけど」

来月に控えた百香里側の親戚の結婚式。百香里は総司にも来て欲しかったのだが
あの兄も来るので結婚式の場で険悪な空気になるのはよくないとかわりに司。
子どもも育ちこんなにもちゃんと夫婦生活をしていても兄は認めてくれない。
享子曰くもはや意地になっているだけとの事だが。それもいつか解けると信じて。

「司のドレスはとくちゅーなんだよ!」
「せやったな。渉と真守が喧嘩しよって」
「どっちも良かったけどな。ママが1つにしなさいって」
「お色直しは主役のもんやしな」
「パパブランコしにいこ!」
「よっしゃ。押したる」

司を抱っこして庭へ移動。ママだけでなく真守や渉が居ないから今日は沢山司と遊べた。
いつも仕事で忙しかったりママへのちょっかいで忙しかったりで。
話しているつもりでも娘との時間が足りないかもしれないという自覚はあった。
娘に関して、ちゃんと出来ていると思って実は出来てなかった辛い過去もある。



「脱いで待ってたのに」
「堪忍してや」
「知りません」

着物をちゃんと戻し襦袢姿で総司を待っていた百香里。でも外で遊んでいる彼が来るわけも無く。
何時までも来ないので着替えて様子を伺いに顔を出したら司が来てそろそろ帰ろうという。
一言言ってくれてもよかったのに。不機嫌と恥かしさで百香里はずっとむすっとしていた。

「司と遊んでて。ユカリちゃんの事忘れてたんとちゃうで?」
「総司さんなんか」
「あかん!その先は言うたらあかんの。反省してるから。今ここで挽回するから。な?ええやろ」

家に帰るとすぐに百香里を追いかける。彼女は借りてきた着物を部屋に保管していた。
百香里を抱きしめてベッドに座る。依然として冷たい態度の百香里。

「知りません」
「堪忍してや。なあ。…百香里」
「かっこいい顔してくれたらいい」
「か、かっこいいて。いっつもかっこいいやん」
「今日のかっこいい顔」
「どんな顔やったかな。忘れてしもた。…こ、こんなん?」
「違います」
「こんなん?」
「いいえ」
「こ、こんなんか」
「…ふふ。はははは。面白い総司さん」
「もー人の顔で遊ばんといてや」
「だって。総司さんが遊んでくれなかったからですよ」

ちゅっと総司の頬にキスをする。もう許してあげます、と付け加え。

「ほな今から」
「洗濯物と夕飯の準備とありますから。司のことお願します」
「せやと思たわ」
「その後ですね」
「はーい」

ちゃんとキスをして2人はリビングへ。今日は渉だけでなく真守もいない。
千陽とデートだ。お泊りをするのかと思ったら夕方には戻ってくるとのこと。
まだそこまでに達しないのか、それとも敢えて避けているのか。気になる交際。

「司。おじいちゃんのお家…怖かった?」
「おばちゃんたち怖いけど。でも。また行きたいな。パパとブランコで遊んで楽しかった!」
「良かったね。じゃあ、また行こうか」
「うん!」

食後の片づけを手伝ってもらいながらさりげなく司の様子を伺う。
ショックを受けていたようだと総司から聞いていたが見た感じ大丈夫そう。
でも内心では落ち込んでいるかもしれない。
明日は司の好きなお菓子を作るからねと笑顔で言うとまた嬉しそうに笑った。


「総司さんの子育てってどういう感じなんですか。先輩として教えてください」
「またそんな言い方するんやもんな」
「事実じゃないですか」

司はパパと風呂に入りたがり最後に入った百香里が寝室に入ると既に準備万端の旦那さまが出迎えた。
まずは化粧台に座って髪を乾かし眠るじゅんびを淡々とこなす。そしてベッドへ。

「自分はちゃんと娘の面倒みれてると思ってた。話も出来てると思ってた。せやけど。
実際あの子は俺やなくて母親を選んだんや。俺が原因作ったんや母親は悪ないって」
「……」

お互いに座った状態で百香里の後ろにまわり彼女を脱がす。そして頬から首筋に沿って優しくキス。
百香里はこそばゆそうにしながらも嬉しそうに総司に身を任す。

「正直別れたよりも子どもにそんな風に思われてたと知った時のがショックやった」

総司の父親としての苦い過去。今は唯も少しは理解してくれていると思っているけれど、
あの頃は本気で自分を嫌ったのだろう。前妻を責めているとあの子が来て母を庇い睨まれた。
あの目はきっと一生忘れられない。

「総司さんと一緒なら子育ても怖くない。かな」
「失敗してる人間は強いで」
「でも、そんな悪い子じゃないんでしょう?なら失敗じゃないですよ」
「せやね」

唇にキスしながら丁寧にブラを外し現れた柔らかい胸を鷲掴み揉む。
どうすれば百香里がもっとその気になるかのコツは既に掴んだ。
徐々に体が熱くなっているようで足をモジモジさせる彼女。

「ん…ぁ」
「俺と一緒やったら楽しいえっちが出来んで」
「たまに楽しくないです」
「嘘ぉ。何処があかんの。言うてみて」

意地悪く耳元で囁きながら片方の手をショーツへ伸ばす。
足を開かせ布の上から軽く指で引っ掻いてやるとビクっと反応する体。
直接触るのはもう少し焦らしてからにしよう。総司は百香里の耳を甘噛みする。

「もう少し少なくてもいいです。朝起きられないし」
「ええやん。そんな日があっても。人生山あり谷ありやで」
「そういう物ですか?」
「そうそう。山があって」
「んっ」
「谷もあんのよ」
「ぁあんっ…もう。えっち」

体のラインを指先でなぞられ敏感な部分を弄られ思わず百香里は声が出る。
余裕がない時は一気に来るのに。でも大抵はじっくり焦らされてから。
百香里が積極的でないからその気にさせ駆り立てようとしているのは分かっている。
それにまんまと毎回ひっかかってしまうのだが。夫婦だしいいかなとも思えて。

「着物姿めっさ色っぽかったなぁ」
「そうですか?私にはあんまり似合わないような」
「司の着物も欲しいし。そうや一緒に作ったらええわ。ユカリちゃん好みの着物」
「い、いいですよ。私なんてそんな上等なものなんて似合わないんですから」
「ユカリちゃんは何でも可愛い。洋服も和服も。裸も」

胸は弄ってくれるのに、そこはまた布越しでなでる程度。
ソコが総司を求め濡れているのに気づいているはずなのに。
百香里は意地悪な総司の手を掴み彼の顔を間近に見つめる。切ない瞳で。

「もう…分かりましたからイジワルしないで直に触れてください」
「もっとエロく言うてほしいなぁ」
「早く触ってください。じゃないと」
「ないと?」
「総司さんのから先に頂いちゃいます」
「積極的やねえ。ほな一斉にやろ。お尻こっちむけて」

キスして2人ベッドに倒れる。
百香里はたまに自分自身の行動に驚く。こんな事するなんて思わなかった。
彼に導かれてするようになった行為。不快ではないし気持ちいいならもっとしたい。
上手くなりたいとも思う。それがまた不思議な感覚。

「ね…総司さん」
「ん?なに?」
「えっちな事も教育って出来るんですか」
「せやねえ。ユカリちゃんしてほしいの?」

何度目かの絶頂後の休憩。
総司に抱きしめられ胸の中はもういつでも眠りにつけるくらい心地いい。
百香里の思わぬ質問にどこか嬉しそうに返事する。

「これ以上はいいです。でも、上手になれるなら。興味はあります」
「今でも上手いけどな。興味あるんやったら付き合うで」
「…いいです。何か、怖い」
「えーめっさ優しいのに。手取り足取り」

それが余計に怖いとは言わない方がいいだろう。

「今は司の教育の事を第一に考えましょう」
「ええけど。また思いつめたらあかんよ」
「はい。あ。でも」
「なに」
「思いつめたらまたかっこいい総司さんが見れる」
「ユカリちゃん」
「冗談です」
「そんな事言う子はもっぺんイク顔みたろ」
「あ。だ。だめっ…ぁあうっ」


つづく


2012/07/07