思い出
「ねえママ。お爺ちゃんのお家行きたい」
「どうしたの急に」
「せんせいにお花の種もらったの。でもお家には土がないでしょ。土がないとだめだって」
幼稚園のお迎えに行った帰り道。司は伺うように母親を見上げお願いする。
お爺ちゃんのお家はとても広くて幼稚園のよりも綺麗な花壇もある。
植えるならそのへんだろう。そう思って。
「それで。じゃあプランターを買いましょう」
「ぷらんた」
「土をベランダに運ぶの。それなら司が毎日見れるでしょう」
「うん。それにする!」
傍で見れるならそれに越した事はない。司は嬉しそうに母親に抱きついた。
その足でホームセンターへ。欲しいものはすぐに見つかった。
どんな形がいいか司は嬉しそうに選んでいる。
「重くてもてないでしょう。ママが持ってあげるから」
「もてるもん」
「土も持つんでしょう?落として割ったらどうするの。新しいのは買いませんからね」
「……わかった」
あれもこれも自分で持つと言い張って聞かない司。でも彼女が持てる限度は知れている。
殆どを百香里が持って店から出た。自転車に荷物を置いて乗らずに引っ張っていく。
家までは少し遠くなってしまったがどういうレイアウトにするか考えるだけで楽しい。
「あ。いけない。渉さんに連絡しておかないとまた心配かけちゃう」
「司がでんわするね」
「お願い」
携帯を司に渡すと慣れた手つきで渉に電話する。
ちょっと遅れてしまったけれど、司が電話すればまだ機嫌はいいだろう。
「ママ。ユズが迎えに行こうかって言ってるよ」
「じゃあ司先に帰る?ママ自転車があるから」
「ううん。ママとかえる。じゃあ待っててねっていっとく」
電話を終えるとまた花の話で盛り上がりあっという間にマンションへ到着。
重たい荷物を2人で運んでエレベーターを上がり部屋に入る。
そんな疲れた事をしたつもりはなかったのにソファに座ると一気に力が抜けた。
「疲れたって顔だな」
「もっと体力あるつもりだったんですけどね」
「子どもに付き合うとそんなもんだ」
「みたいですね」
渉が飲み物をくれて、それを受け取って苦笑い。
司は嬉しそうにベランダに出てあれこれ引っ張り出している。
ずっと歩いて疲れているはずなのにそんな事をちっとも感じさせない。
「辛そうだし俺があいつ見ててやるよ。飯もそんな焦る事ないから」
「すみません。少しだけ休ませてもらいます」
百香里は休憩しないと立ち上がれそうに無い。渉に任せ深いため息。
自分はまだ若いつもりでいたけれど案外そうでもなかったらしい。
「おいちゃんと説明よめよ」
「つち入れて種うえる」
「省略しすぎ。順番があるみたいだぞ。そんな雑にすんな」
「はぁい」
渉の指示のもと司が土や肥料を買ってきたプランターに入れて最後に種。
可愛いジョウロも買ってそれに水をいれて水をやって完成。
早く芽が出ないかと嬉しそうに眺めている司。
「起こすなよ」
「ママおねむさんだ。お昼ねしてないのかな。そうだ。司の毛布あげよう」
「ああ。かけてやれ」
リビングに戻るとソファで寝ている百香里。よほど疲れたのだろう。
司はいったん自分の部屋に行くと可愛らしい牛柄のタオルケットを百香里にかけた。
「ユズおなかすいたぁ」
花を植えて安心した所為かさっきまでなんともなかったのに今は空腹。
でもママを起こすわけにはいかないから渉の手を引っ張って聞いてみる。
「俺に料理は期待すんなよ。2人ともまだ帰ってこねえし…何か取るか」
「とる?」
「電話して持ってきてもらうんだ」
「すごーい!」
「何が食いたい」
「オムライスー!司って書いてあるやつー!」
「よし。じゃあ俺もおんなじのでいいか。電話するな」
「スゴいねユズ」
「俺は何もすごくねえよ」
立ち上がり部屋に戻る。机に置いてあった携帯を取ると着信あり。梨香からだった。
後でかければいいだろうとそれを無視してデリバリーに電話をかけた。
百香里はともかく、こんなの柄じゃないと思いながらも他の2人の分も一緒に。
「私ほんともう恥かしい」
「そんな事ないって。寝顔めっさ可愛い」
「そ、それも恥かしいですけど!そうじゃなくて。夕飯の準備もしないで寝ちゃうなんて…」
肩を揺らされて目を覚ますと総司が見つめていて。部屋にはオムライスのいい匂い。
テーブルには自分を待ってくれている他3名が居て。寝起きの寝ぼけた頭で席について。
そしてすぐに思い出した。自分は帰ってきてすぐにソファで寝てしまったのだと。
食後の片づけをしながら恥かしくて泣きそうな百香里を慰める総司。
司はベランダに出て真守に花の説明をしていた。
「花がさいたら先生にみせるの」
「そうだな」
「お水あげたほうがいい?」
「さっきあげたんだろ?じゃあ今は満腹だからあげなくていいよ」
「わかった」
「司、ママが起きたぞ。飯だ飯」
「うん!」
これでやっと自分も満腹になれる。司は席についてママを見た。
ちょっと顔が赤いママ。頭いたいの?と聞いたら笑ってごまかされた。
皆が席について夕飯。お腹がすいていたから残さず綺麗に食べ終える。
「本当にすみませんでした。ご迷惑をおかけして」
「いいって。そんな気にする事ないから」
「ほんと私若くない…」
返却する前にと食器を洗う百香里。頭の中は反省でいっぱい。
本来夕飯になるはずだった下準備中の料理は明日に回そう。
飲み物を取りにきた渉に御礼とあと謝罪をしたら彼は笑った。
「俺より若いし、あんたの旦那なんてもうジジイだぜ」
「誰がジジイやねん」
「うわ。立ち聞きしてたのか気色悪い」
「台所で喋ってたら聞こえるやろ」
何時の間に。百香里も気づかなかった。カウンターに肘をついてちょっと不満げな総司。
普段は温厚でも年齢の事を言われると不機嫌になるのは気にしているからか。
「総司さんは若いですよ私なんかよりもずっと」
「そうか?」
「もうええねん。最近は渋いおっさんも流行ってんねん」
「ンなもん何処で流行ってんだそもそもあんたは渋くねえ」
「俺の中で」
「…小学生レベルの返答だな」
呆れた、という顔でその場から去って行く渉。
「総司さん気にしないでくださいね。本当に若いですから」
「ええんや。どう足掻いてもなっともならんもんもある」
「ついていきますから。ずっと」
「ユカリちゃんが居ってくれるなら、何も怖ないな」
「これ終わったらお風呂入りましょうか。司は最近1人で入るんですよ」
「そうなん」
「いつ2人が出て行ってもいいようにちょっとずつ練習するんだそうです」
「司も考えてるんやね」
「ええ」
寂しくならないように少しずつ距離をとって行こうなんて親としては寂しいけど。
出て行く事を止められないのだから彼女なりに答えを出したのならそれを見守ってやろうと思う。
我慢していてもやっぱり甘えたいと彼らを頼ってもそれはそれでいい。
「なあユカリちゃん」
「はい」
「家、考えへんか」
「家ですか」
「あいつらが2人とも出てったらもっと部屋が広なって寂しいと思うんや。
司も思い出して寂しくなるかもしれへんやろ。それやったら」
「そうですね。それはあるかも」
思い出だけが残る部屋。寂しいと思うだろうか。
それにあの子は庭付きの家を欲しがっていた。
言えばきっと喜んでくれるはずだ。
「あの家は嫌やろ」
「外で働いていいなら」
「え」
「家事を何もさせてもらえないんですよ?あんな広いところで1人で何もしないで居るなんて。
私頭がおかしくなっちゃいます。だからパートをさせてもらいます」
「確かにそういうのユカリちゃんは無理やろね」
今のこの家事だけの生活もギリギリなのに。本当はもっと外で何かしていたい。
彼女の特性をよくしっている総司は苦笑いして風呂に入る準備をする。
「私キッチンは広いのがいいです。対面式で。オーブンなんかあったりして」
「今度見学してこうか。俺はユカリちゃんと司が気に入ったらなんでもかまへん」
「総司さんは希望とかないんですか?書斎がほしいとか。自分の部屋が欲しいとか」
「俺今までそんなん欲しがった事あったっけ」
「無いですね」
家に帰ると百香里にべったりで今は司にもべったりで。とにかく誰かと一緒。
1人で部屋に篭る姿なんて見た事がない。誰かと喋ってないと嫌なタイプ。
渉はそれを鬱陶しいと煙たがり真守は完全なる無視を決め込んで部屋に帰る。
「昼間会えへんのやもん。夜も離れるとかありえへんやろ」
「ふふ。総司さんらしい」
着替えを持って風呂場へ。服を脱ぎながらついクスクス笑ってしまう百香里。
総司は早々に脱いで奥さんの脱ぐのを手伝う。ちょっかいを出しながら。
「夜はえっちな事も出来るしな」
「お休みだと昼間でもするでしょ」
「朝もするな」
「もう。まだ全部脱いでません」
下着姿になった彼女を後ろから抱きしめてさりげなく片手で胸を愛撫。
空いたほうの手は腰周りを優しくなでる。
「こういうのもええよね」
太ももや内股そして敏感なところを布越しに撫でられて体が熱くなってくる。
彼の唇が頬にキスして、百香里の首筋を軽く食む。優しいけれど力強い愛撫。
でも風呂に入りたい百香里はなんとかその頭を押し返し裸になる。
「お風呂です。お風呂。いっつもここで時間かけすぎなんです」
「はーい」
顔を赤らめる嫁にニコニコしながら彼女に手を引かれやっと風呂へ。
まずは体を洗って。でもここでも悪戯をして。
「総司さん。当てないで」
「何もしてへん。百香里ちゃんの後ろにおるだけ」
「えっち」
「それは、これからやん」
変化球な攻撃に弱いのは今も変わらず。ちょっかいを出されては赤くなる百香里。
それが可愛くて愛しくてついつい手を伸ばす。シャワーを浴びる彼女の後姿はとてもセクシー。
「そんなイジワルするならえっちしません」
やりすぎて拗ねる百香里だが。
「嘘や。こここんな熱ぅなってるのに」
「ぁん」
総司にはそれすらも可愛く。
「何やユカリちゃん。可愛い声だして。ココええの?」
「ち、ちがいますよ。驚いただけです」
不意打ちで後ろから指を入れられる。お尻から敏感な場所へ伝う指。
ビクっと震えて思わず目の前のタイルに手をついた百香里。
総司の言葉に慌てて否定する。お尻で感じたわけじゃない。断じて。
「ほんまかな」
そんな彼女にピッタリくっ付いて耳元で囁く。
「そうです」
「なら」
「え」
総司はいったん百香里から離れ。
「この辺とか」
「ぁんっ」
「こことかも?」
「…んっ」
中には入ってこないが敏感で柔らかな部分を指がメチャクチャに動いて蹂躙する。
抜き差しされるたびに腰がピクピクして。声が漏れそうになって。我慢する。
だんだん壁に手を付いてお尻を突き出すポーズになってくる。そんな気はないのに。
「ええないのにえっちな液でてるけど」
「…もう…嫌い」
「あ。嫌や。嫌いはあかん」
「……」
「ユカリちゃんに嫌われたら生きていけん」
「ほ…本当な訳ないじゃないですか」
「言葉だけでも辛い。もう。…ちょっと萎えてしもた」
「って言いながら手動いてますっ…あぁあんっ」
「気持ちええみたいやね」
「んっ…も…もうっ」
その後ちゃんと彼自身が入ってきて1回目のえっちは終わり。
もっとしたそうな顔をする旦那さまだが風邪をひきますと断り。
寝室に入ってからにしましょうと納得させる。
「何しとるんや」
先に風呂からあがった総司がお茶でも飲もう台所へ向かうとベランダに司。
「めでないかな」
「まだでえへんよ」
眠そうに目をこすりながらプランターを見つめている。
「そっか」
「そんな気張らんでもええて。知らん間に出てくるもんや」
「マモやユズが居る間にさくかな」
「司」
「一緒にみたいの。おもいでになるの。だから。早くさいてほしいの」
彼らが居なくなってからじゃ意味がない。
「大丈夫や。花が咲くまでおるよ2人とも」
「パパ。司、さみしくない」
「……」
「さみしくないない」
ニコっと笑って言う娘に総司は言葉が出ず。そっと抱き寄せて抱っこした。
父の言葉に安心してしまったのかそのままゆっくりと彼女は寝てしまう。
「総司さん?あれ。司」
「花さかんかって見てた」
「そうですか。そんなに楽しみなんだ」
「あいつ等がおらんなる前に咲かせたいみたいやね」
「……」
「まだ何時出て行くかもしれへんのに。気にしすぎやで」
「でも何も知らなくて行き成り居なくなるくらいなら、心積もりはしておきたいです」
「まだこんな小さいのにな。パパママ居るだけは嫌なんかな」
「そうですね」
司を自室へ運び寝かせる。可愛い寝顔だけど、その心は複雑なのだろう。
部屋を出て自分たちも寝室へ戻る。なんとなくえっちな空気ではない。
眠る準備をしてパジャマをちゃんと着てベッドに入る。
「ユカリちゃんが怒る気持ちなんとなくわかったわ」
「え」
「ユカリちゃんが居るだけで俺は幸せなんや。けど、司は可愛い娘や。傍におきたい」
「総司さん」
「いっぺん知っるとそれが無くなった喪失感ちゅうんは大きい。失いたくなくなる。
せやけど、独占はできへん。難しいこっちゃ」
「そうですね。私も今は実感がないけど、家族だけの生活ってどうなのかな。
寂しくなるのかな。それとも、今よりももっと家族を感じるのかな」
家族が多ければ多いほど百香里は嬉しかったけれど。
でも彼女が本来望んだのは総司と司と百香里の何処も欠けていない家族。
これで本来の形に戻ると思えばいい。のだろうか。まだ何も実感がない。
「ま、なるようになるで」
「総司さんらしい。でも。そうですね」
「でなあ。ユカリちゃん」
「はい」
「家で思い出したんやけど。司が坊主の家に遊びに行くちゅう話しあったやん。
それ何時の話し?具体的には家は何処で何時に行く予定?」
「……」
「嫌やなあ何で寝たふりすんの?ちょっと父親として知りたいだけやん」
「……それだけじゃないでしょ」
「え?なに?ねえねえ教えてや。トモ君の家はどこらへんなん?ちょっとだけ教えてや」
「……」
「ユカリちゃん。百香里。ねえねえ」
絶対に教えるもんか。百香里はそっぽを向いて目を閉じた。
続く