愛情


「何かあったんか。珍しいなこんな時間に」
「こっちもあんまり時間ないからさ。すぐ済ませるし」
「ほんで?」

会社近くにある喫茶店。制服姿の娘は特に困っている様子はない。
何時も通りに元気で明るそうな表情をしている。

「私高校卒業したら留学しようかと思ってさ。予定ではイギリス」
「大丈夫なんか?危なないか?」
「大丈夫だって。そっちの大学行って語学とか学んで帰ってくるつもり」
「そうか。まあ、ええんやないか。お母さんは何て言うてるんや」
「お母さんは私の好きなようにしろって言ってくれた。といっても今まで私に寂しい思いとか
無理させてきてるって思ってるみたいだから。本当は駄目でも否定できないんだろうけどね」
「……」

もういいのにね、と苦笑する唯。総司は何もいう事が出来なかった。
元妻の気持ちは総司にも良く分かる。

「で。さ。けっこうかかっちゃうんだ。お金」
「わかった。こっちでナンボでも補助するで心配せんでええ」
「それじゃ駄目なのよ。お金だけもらって満足してる嫌味な奴と思われたくないの」
「はあ?誰がそんな事思うんや」
「それでさ。お父さんの会社か或いは知り合いの所でアルバイトさせて欲しいんだよね」
「アルバイト?そんなんでええんか?」
「学費とかその他諸々はお母さんが出してくれるって言うんだけど。
全部出してもらうわけにはいかないし、生活費とかできるだけ稼いでおきたいんだ」
「そうか。わかった。こっちで用意するでまた連絡するわ」

娘の話がひと段落した所で注文したケーキが来る。嬉しそうに美味しそうに食べる唯。
まだ幼い小さな子だと思っていたのに、今では自分で考えて海外へ行こうとしている。
司もいつか彼女のように自分の手元から飛びたとうとする日が来るのだろうか。

「…お父さん?何?そんなに娘の顔が懐かしいわけ?」
「パパでええよ」
「いいよもうそんな歳じゃないし」
「何や寂しいな」

唯も昔ほど前妻とよりをもどせと言わなくなった。それはいい事なのだが。
甘えてくれなくなったというか。会う機会もへってきたように思う。百香里や司に
気を使っているというよりはただ会わなくてもいいと本人が思っているようだ。

「はあ?もう1人いるじゃん可愛い娘がさ。そっちに呼んでもらえばいいんじゃない?」
「司もいつかそうなるんかなぁ」
「そうそう。一緒に風呂も嫌がるし。一緒の洗濯も嫌がるし。仕舞いには一緒に居るのも嫌がる」
「そ、そんなんあるわけないやんか」
「あるんだって。パパって甘えてくれるのは今のうちだよ?中学には彼氏だね」
「か、か…。お前居るんか?居らんよなあ?」
「居る」
「い」
「お父さん顔が面白い」

彼氏なんて必要ない。絶対に要らない。総司は唯に訴えたが娘は笑うだけだった。
そろそろ約束の15分が経過しようとしている。時計をチェックしていたら唯がもういいよと言って。
自分は食べてから帰ると会計だけ頼まれた。ちゃっかりしてる、と苦笑しつつも先に店を出た。
もっと深刻な話かと思ったがそうでもなくて安心する。ただ留学と言うのは心配ではあるが。

「お帰りなさい」

社長室に戻る前に専務室に顔を出すと心配そうに此方を見る真守。
突然現れた唯が何を言ったのか。とても気になっている顔だ。

「心配するほどのもんでもなかったわ。何やイギリスに留学したいちゅうてな」
「留学ですか。ではその資金を?」
「ちゃう。行くのに金貯めたいからアルバイト紹介して欲しいって」
「アルバイト」
「うちとこの息かかってる所ならなんぼでも融通きくからな」
「なるほど」
「せやけど素直に援助さしてほしいわ。じれったいやないか。なあ?」
「本人がそう望んでいるのなら仕方ないでしょう。子の望みをかなえるのも親です」
「…せやけどな」
「さ。話は終わったのなら仕事に戻ってください、時間はあまりありませんよ」
「そんな怖い顔せんでも分かってるがな」

苦笑いしながらも社長室へ戻る。今日もすぐには帰れそうに無い。
百香里や司の顔を思い出しながらもう一分張りと席につく。
アルバイトの件は千陽に任せておけば上手く処理してくれるだろう。

「今日は早かったんですね」
「ああ。取引先から直帰した」

司を迎えに行こうとマンションを出た所で珍しい事に渉から電話があって
仕事はもう終わったのだという彼と待ち合わせて司のお迎え。
保母さんやお母さんたちの視線を感じながらも司を連れて駐車してある場所まで歩く。
司は何時ものように渉に抱っこしてもらってとても嬉しそうだ。

「ちょき?じゃあ司ぐー」
「ちげーよ。何かちょっとダリんだ。司看病しろよ」
「風邪ですか?今からなら間に合いますし病院行きます?」
「ダルいだけだよ。マジな風邪だったら司の所には来ねえって」
「無理はしないでくださいね」
「司がりんご切ってあげる」
「切るのは危ないからママにやってもらえ」
「はーい」

体調が思わしくないという渉を心配する百香里。司はそれよりも「看病」というものに興味があるようで。
あれをするこれをすると何時も自分がママにしてもらう事を真似しようとする。
車に乗り込みそのまま真っ直ぐにマンションへと帰ってきた。何時も司と一緒に買い物をしてから
帰ってきている百香里だが渉の体調を考えてやめた。

「酒くらい」
「だめなんだよ。かぜの時はねるの」
「だからそこまでじゃねえって」

部屋着に着替えて酒を飲もうと準備していたら司が酒を片付けてしまう。
どうやらすっかり母親の真似で渉を看病するつもりらしい。

「かぜはひきはじめがかんじんなんです!」
「…へいへい。分かったから。じゃあ寝ればいいんだな?寝れば」
「うん。あ。司がえほん読んであげるね!」
「じゃあ読んでもらおうかな。お前に移すかもしれないからマスクしとけ」
「うん!」

真剣に渉を心配しているというよりはお遊び要素のが多い。
でもそれも可愛らしく思えてしまうから姪馬鹿と言われるのだろう。

「何か必要なものがあったら言ってくださいね」
「腹減ったから出来たらすぐよんで。あ。飯はおかゆじゃなくていいから」
「わかりました」
「だからさ。そんなマジ心配な顔しないでいいって。ちょっとダルかっただけだから」
「風邪は引き始めが肝心なんです」
「それさっきも聞いた。そんじゃ頼むわ」
「はい。あ。司が邪魔だったら」
「いいよ。どうせ俺より先に寝ちまうんだ」

司がお気に入りの絵本を手にやってくる。それをみて苦笑する渉。
そのまま2人は部屋へ行ってしまった。ちゃんと休めるといいのだが。
百香里は心配しながらも夕飯の準備に取り掛かる。


「義姉さんは甘やかしすぎなんです」
「え?」
「あいつは明らかにサボりです。風邪なんかじゃない」
「でも体調が優れないって」
「どうせでまかせです。あいつの言葉を信じないでください」
「でももし本当に辛かったら大変じゃないですか」
「風呂場で司と歌ってるような奴の何処が風邪なんですか」
「元気になったんですね」

これ以上言っても無駄と諦めたのかそれ以降は大人しく席に戻りコーヒーを飲む。
夕食の片づけを終えた百香里が何か台所で作業しているので見てみれば
もし渉が熱を出したらと考えて氷の準備。そして何故かりんごまでむいていた。
ダルいなんて言ってそのまま家に帰るなんて明らかなサボりなのに。

「何や元気ないな」
「兄さん。兄さんからも言ってやってください、渉が」
「まあまあ。ええやないの。ここ会社ちゃうし」
「まったく。末弟には甘いんだから」

真面目な人間が馬鹿をみる。真守は飲み終えたコーヒーカップを自分で洗い部屋に戻る。

「何やカリカリしてんなあ真守」
「総司さん。ギュってしたらりんご剥けません」
「なあなあ。ユカリちゃん。相談があるんやけどな」
「何です?」

台所に立つ百香里をさりげなく、けれど力強く後ろから抱きしめる総司。
危ないので持っていた包丁を置いて総司に身を任せる百香里。

「子作りに励んでみやへん?」
「暫くは普通にえっちしたいんやっ〜て言いませんでした?」
「子どもはあっちゅうまに大きなって飛びだって行くんや」
「私が居るのに寂しいなんて酷い」
「…せやけどさ」

百香里に怒られていじける総司。

「そういう理由なら嫌です。総司さんは私より子どもが好きなんですね」
「怒らんといて。嫌や。ユカリちゃんに嫌われたら生きていけへん」
「嫌いじゃないです。寂しいだけ」

自分が居るのに子どもにばかり目が行くなんて。百香里は拗ねた顔をする。
そんな彼女を宥めるように頬に顔を摺り寄せさらにギュッと抱きしめる総司。

「ユカリちゃんが傍に居るんは当たり前やん?ほんで子どもが居ればええと思ってる」
「駄目です」
「何で駄目やの」
「可愛く言っても駄目。だって子どもはいつか巣立つものですから」
「一緒に可愛い子を暖めて行こうやぁ。なあなあ」
「擦り寄っても駄目です。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすものなんです。
甘やかしすぎないでちゃんと立派に独り立ちできる子に育てるんです」

松前家の人間として恥かしくないように。当主の娘として強くあるように。
百香里は1人で必死にその誓いを守ろうとしているのだが、
如何せん松前家の男たちはこぞって娘を甘やかしてしまうから悩みの種だ。

「僕人間やもん」

父親もこのありさま。ちょっと頭が痛い。

「とにかく。寂しいからなんてそんな理由じゃ嫌ですからね」
「分かった諦める」
「……て、言ってる傍から何処触ってるんですか」
「スカートの中のめっさ柔らかい所」
「怒りますよ」
「分かってるて。ちょっと触ってるだけやんか」

耳元で意地悪い声が囁き、スカートの中の手は悪戯ぽく足やお尻をなでてきた。
先ほどの話の後だと危なっかしくて抵抗したいけれどガッシリと抱きしめられたまま。
本気で百香里が嫌がれば総司は解放してくれるのだろうが。
彼女としてもそこまで夫を拒む理由も無く。結局なすがままにさせてあげている。

「触るならもっとちゃんとしてください」
「せやね。ほなお風呂入って」
「あ。そうだ。総司さんお風呂の準備お願します。私は氷とりんごの準備しますから」
「氷とりんご?何や?そんなプレイあんの?」
「プレイじゃありません」

渉の事を思い出し止まっていた手を動かす。いいタイミングで風呂から上がってくる司と渉。
すっかり気分は良さそう。結局氷は使う事が無くてりんごだけ美味しそうに食べていた。
元気になってくれてよかった。このまま司は渉と一緒に寝るらしい。あくまで渉を看病するということらしい。
けれど先に寝るのは司だろう。娘を渉に任せて百香里は総司が待つ風呂場へと向かう。

「はあ」
「どうしたんですか?」

既に風呂に入っていた総司。百香里も服を脱いで中に入ると何故か椅子に座ってため息。
その視線の先には先ほどまで司が遊んでいたと思われるオモチャのひよこ。

「もうちょいしたらこんなんで遊ぶ事もないんやろなあ。
ほんでパパと風呂嫌や言うたりするんやろ。洗濯もん一緒は嫌やとか」
「何かあったんですか?」
「え?…いや、そういう訳やないけど。歳かなあ」
「総司さんなんか嫌い」
「ゆ、ユカリちゃん!」
「私はずーーっと総司さんとお風呂入るし一緒に洗濯だってします。
それなのに司の事ばっかり気にして。もういいです。知りません」
「嫌や。嫌いは嫌や」
「知りません」
「ユカリちゃん」
「……」
「百香里」
「……もう。そんな可愛い顔して」

ウルウルと寂しそうに見つめてくるなんて卑怯。百香里は折れて総司を抱きしめる。
すぐに抱き返されて胸に顔を埋め幸せそうにしている。そんな事ないと思ってたけど
意外にも彼は寂しがりやだ。かくいう自分もそうだけど。でも最初はそんな気はなかった。
たぶん失うのが怖いのだろう。せっかくここまで暖めて育ててきた家族を失うのが。
お互いに家族に飢えていたから。だから。

「あ…何で股閉じるん」
「総司さんの指がえっちだから」

しんみりしている百香里だが敏感な下半身に違和感。
下を見ると顔は胸にあるが彼の手はソコを弄っていた。

「ええやないの。存分にヤろや」
「体洗ってから」
「洗ったるわ。手で」
「んぁ。…もう。…乱暴にしないでください」
「痛かった?」
「…ちょっと」
「ほな舌で洗ったろ」
「あ。だ。だめ。それは汚いです」
「ええの」

総司はニコっと笑い立ち上がると百香里を椅子に座らせる。まずはキスをして。
首筋から鎖骨胸と下へ下へ舌を這わせていく。まだ体を洗ってないのに。
百香里は総司の体を抑えながらシャワーを持って必死にお湯で流していく。
自分の体と一緒に総司も。2人で熱く濡れていく。

「あの」
「ん?」

気持ちも体も温まった所で寝転んだ総司にお尻を向けて座る百香里。
そのまま体を逸らし彼自身を手で扱いていくのだが。

「変なとこ覗き込むのやめてください」
「変なとこってどこやろ。分からへんなあ」

お尻の肉を掴み引っ張って。明らかにソコを見ている。
陰部を見られるのもまだ恥かしいのに。ソコはさらに恥かしい。
モジモジする百香里を明らかに楽しんでいる彼。

「隠しても駄目です。ソコ見てる間…総司さんの凄い反応するんですから」

男の性というものか。スケベな事を考えているのが丸わかりな下半身だ。

「え。ほんま?それ何処やろ。教えてや」
「…汚いところ」
「え?」
「もう!総司さんの意地悪!…早く終わらそう」

百香里は手で扱きながら口でも吸い付いてさらに硬くしていく。
自分は総司の手と舌ですぐにイってしまうから。あと意地悪い言葉でも。
彼はそれを分かっていて敢えて焦らしたり意地悪したりするから困る。

「ぁあ。何やそんな慌てて。ええやないのもっと楽しもうや」
「んっ…」

百香里のお尻の割れ目を指が上下に伝う。

「お尻ヒクヒクしてんのめっさ可愛い」

指が中へ入りそうで入らない焦らし攻撃。彼自身を欲しがって反応するピンクの壁。
百香里は嫌でも体が反応して腰がガクガクしてしまう。

「総司さん意地悪しないで」
「ほなもっと顔に近づいて来ぃや。舌とどかへん」
「は、はい」

恐る恐る彼の顔へソコをくっ付ける百香里。本当はそんな事はしたくないのだが。
焦らされた快楽が彼女を後押しして。

「んー…」
「く、苦しかったら言ってくださいね」
「…百香里」
「はい」
「…覚悟ええか」
「え?え?」

覚悟?

「もう嫌いやなんて言われへんくらいシたるからな」
「え。あの。…あんまり怖いのは嫌です」
「どやろな」
「ええっ…」

声の感じも雰囲気も何時もの総司さんじゃない?百香里は怯えたが。

「何てな」
「何だ。もう」

すぐ何時もの彼に戻り。

「イキまくりの刑」
「え。あ。い。いや。あの。…ぁああっ」

逃げられないようにがっしりと腰を捕まえられて吸い付かれる。
下半身からはジュルっと卑猥な音が延々として風呂場に響いて。
強すぎる刺激に百香里はたまらず逃げようとするが総司は離してくれない。
腰を振って必死に逃れようとするも駄目で涙目になって果てて。それでもまた果てて。

「ユカリちゃん泣かんといて」
「もう。総司さんなんか」
「何か?」
「あ。い。いや。…そんな…グリグリしないでっ」

風呂場で散々愛撫されてベッドではメインとばかりに上へ下へ。
総司のセックスは毎度の事ながら激しくて、彼は何かと歳を気にしているようだけどそんな事は
全く感じさせない人だ。ただ百香里としては疲れるからもう少し落ち着いて欲しいけれど。

「なあ。何考えてんの」
「子どもについて」
「どんな事?」

ひと段落ついてやっと眠る事が出来る百香里はまどろみの中で考える。
そんな彼女に気づいたのかそっと抱き寄せ耳元で尋ねる総司。

「子どもが出来れば私少しは楽かも」
「え?何で?めっさ苦しいやん」
「…だめだ。総司さんが浮気する」
「う、浮気ってなんや。俺はそんなんせえへんで」
「……」
「ちゃんと話し合おうやないの。俺は何時浮気なんか…、ユカリちゃん?百香里?寝てる?あ。寝てるわ」

曖昧なまま百香里が寝てしまい渋々総司も目を閉じることにした。


「そんな事言いましたっけ」
「言うたやん。俺が浮気するって」

翌朝珍しく早起きして百香里に聞いてみる。昨日の言葉の真意を。
だが彼女は覚えていないようで知りませんとあっさりと返される。
とぼけているのかもしれないとそれでも引き下がらず尋ねる総司。

「するんですか?」
「あほな。するわけないやんか」
「ですよね。はい解決」

だがあっさり百香里に返される。

「なんかモヤっとするわ〜」
「昨日頑張ったじゃないですか。私」
「…その言い方にもモヤモヤやな」
「何か」
「何でもない。今日も可愛い。ちゅーしよ」
「その前に洗濯物お願いしますね」
「…はぁい」

続く

2012/05/26