気づかない


「千陽ちゃんおそろいがいいよね?」
「私の分はいいから。専務のものを」
「おそろい嫌い?」
「そ、そういうわけじゃないけどね。でも。その。…専務とおそろいなんてそんな」
「可愛いよニャンコ。千陽ちゃんみたい」
「え。え。…もう司ちゃんたら」
「この顔の丸い感じ」
「……そう。ありがとう」

コップを手にニコニコしている司に対して引きつった笑みを浮かべる千陽。
唐突に司から電話がかかってきて2人きりで会いたいというからやってきた日曜。
特にする事も無くサロンでも行こうかと思っていたなんて我ながら寂しい。

「ママと一緒だとダメダメってなっちゃうからね。千陽ちゃんと一緒ならいいかなって」
「ダメダメ?」
「なんかね。司がえらぶの全部ゼロが多いんだって。ゼロが4こ以上は絶対だめって」
「ゼロが4個…確かに百香里さんは嫌がりそうね」

それにしてもそんな高いコップを選ぶ司の目は肥えている。やはり松前家の人間か。

「マモにナイショでプレゼントしたいし。ユズにそうだんしたら何か怒った」
「怒った?」
「うん。怒ったの。でね。けんあくになったからママがユズにその話はしちゃだめって」
「あぁ…拗ねたのね」

松前家の相関図はだいたい把握している千陽。
真守に構う司が渉としては面白くない。だから普段なら姪っ子の頼みを聞く彼も
今回ばかりは却下だったようだ。まるで子どもな態度が彼らしく千陽は苦笑する。

「パパは…いいの」
「どうして?パパと一緒は嫌だった?」
「パパはね、だいじなお休みはママと居るほうがたのしいの」
「パパを気遣ってあげたの?でも司ちゃんと一緒に居るのも凄く好きだと思うけど」
「顔チクチクするのにぎゅーってするからやだー」
「娘心は複雑ね。ま、いいわ。次のお店行きましょうか」
「うん。ね。このニャンコ」
「これはちょっと私には小さいわ」

ママも駄目。叔父さんたちも駄目。そしてパパも駄目ときて最後に千陽。
秘書なので連絡先は司の携帯に登録してある。そして彼女の携帯にも。
迎えに行くと彼女はマンションの前で1人ぽつんと待っていた。
家族には友達の所へ遊びに行くと嘘を付いてきたらしい。

「千陽ちゃんはマモとデートしないの」
「そういう関係じゃないからしないわ」
「そういう。あ。ユズと梨香ちゃんみたいな?」
「そうね」

ナイショにしてね、と司には言われたが流石にそれは不味いだろうと
こっそり百香里の携帯にメールをしておいた。司を連れて買い物へ行きます、と。
数分後彼女から「よろしくお願します」という返事が来た。これで公認。

「でもでも。マモと千陽ちゃんなかよしだよね」
「専務と秘書だから仲がよくないとね。あくまでお仕事上だけど」
「マモきらい?マモ優しいよ?ご飯うまいよ」
「私だけの気持ちじゃどうしようもないの」

結構アピールしているつもりでもそれ以上には決してならない。
あまりに進展しない関係に最近では諦めも入ってきた。
周りが寿退社所か出産ラッシュで焦ってきているというのもあるが。

「じゃあマモがすきだったらいいんだ!」
「ま、まあ。…そうね」
「司千陽ちゃんならいい!マモのおくさんになると司のおばさんになるんだよね」
「そんな気が早いわ。そういうのはもっと時間をかけていくものなの」
「そうなの?むずかしいね」
「そうよ。難しいの」

だからもう見合いでもなんでもして適当に相手を見つけてしまおうかと思う。
でもそれは自分が嫌う妥協のような気がして。でも年齢の壁があったりして。
複雑に考えてしまう。だから考えないように最近はジムに通ったりして発散中。

「わあ。おっきなぬいぐるみ!」

真守に渡すコップを見るはずがやはり子ども。通りがかったおもちゃ屋で足止め。
中に入ると女の子の好きそうな人形やお化粧セット、そして大量のヌイグルミ。
司は人形やキラキラしたものにはあまり興味を示さないがヌイグルミは好き。

「ほんと。こんなの部屋にあっても仕方ないでしょうに」

司が指差したのは巨大なライオン。顔が可愛いのであまり威厳はない。

「えー…司の部屋にこれよりおっきいのあるよ」
「え」
「パパにおっきなクマがほしいって言ったらくれた」
「社長」
「でもママにすっごく怒られてた」
「……社長」

見たわけでもないのにその光景が頭に鮮明に浮かんだ。呆れる千陽。
結局そこでは見るだけで何も買わず惜しみながら店を出た。
あれこれ何でも買いたがるのかと思ったが意外にそうでもないらしい。

「これいい」
「素敵なカップじゃない」
「これ買う。ゼロ3個だもん」
「そうね。それならママも怒らないわね」
「買ってくる!」
「待って。お金は?持ってる?」
「うん。ママのお手伝いしてもらった」
「カードとかじゃないのね」
「かーど?」
「ううん。それだけあれば足りるわね」

てっきり黒色のカードとか持っていてそれで買い物をするのかと思っていたが。
自分でちゃんとお金を数えてきていて足りるか確認もしている。
やはり母親がその辺を牛耳っているからお金にはシビアになっているようだ。
とても父や叔父たちに甘やかされている社長令嬢とは思えない。

「千陽ちゃんにもこれおれい」
「いいの?自分の欲しいものは?」
「司がほしいのはパパにお願いしたらすぐだもん。ママ怒るけど」
「そう。そうね。ありがとう」

何時の間に買ったのか余ったお金で可愛いハンカチをくれた。

「千陽ちゃんもこのままお家いっしょに行こう」
「でも行き成りお邪魔するのは」
「じゃあマモとデートする!」
「そ、そんな。無理よいきなり誘ったら…というか誘える格好じゃないし」
「だいじょうぶ千陽ちゃんはべっぴんさんやで」
「ありがとう。じゃあ、少しあがらせていただいてご挨拶だけでも」
「うん!」

司が懐いてくれるのは嬉しい。仲を取り持とうとしてくれるのも。
だけど肝心の専務がまったく靡いてくれないというかそういう空気すら作らない。
もしかしたら女に興味がないのかもしれないなんて思ってみたりも最近していて。
どうしたものかと悩みながら司とともにマンションへ戻りエレベーターをあがっていく。

「お帰りなさい司」
「ただいまママ」
「お友達の家に行くんじゃなかった?どうして千陽さんと一緒なの?」
「あ!しまった!あ、あの。あのね。マモにこっぷ買いたくて。でもママと一緒だとゼロ多いって怒るから」
「千陽さんに言ったの?もう。司」
「まあまあ。そこは置いといて。ちゃんとお小遣いで買える範囲の物を買いましたからご安心を」
「千陽さんまで。……真守さんを呼んできますね」

しょぼんとしてしまった百香里を他所に司はリビングのソファに座って寛ぐ。
千陽はその傍に座って真守が来るのを待つ。すこし緊張する。

「何や千陽ちゃん。休みの日まで仕事か?」
「社長。…まだパジャマなんですか」
「あぁ。さっきまで寝とったわ。お。何やそれ可愛いラッピングされとるやんか。パパにプレゼントか?」
「ちがう。マモに」
「何や真守か。パパにもプレゼントないん?ちゅーでもええで」
「ママといっぱいちゅーしてるからいいよ」
「なんちゅう寂しい事を」
「それより早く顔あらって着替ええてください!ってママに怒られちゃうよ」
「…そうやな。まずはお着替えやな」

娘に相手にしてもらえず落ち込む社長はひとりリビングを出て行く。
千陽は哀愁ただようその後姿に何も出来なかった。
気を使いつつもちょっと笑ってしまったのはナイショだ。

「司」

総司と入れ替わりにリビングに入ってくる真守。
一緒に百香里も居たのだがとぼとぼと歩いていく夫を見かねて彼の元へ。
司は嬉しそうにラッピングされた箱を真守に渡す。

「マモ!これね、これ、こっぷ」
「ありがとう。でも、せっかく貯めたお小遣いを僕の為に使っていいのか?」
「いいの」

躊躇いも無くニコっと笑う司。

「そうか。じゃあ遠慮なく使わせてもらうよ」
「うん!」
「御堂さんも付き合ってもらってありがとうございます。忙しいだろうに」
「いえ。司ちゃんと買い物が出来て楽しかったです」
「ねえマモ。司は千陽ちゃんがおばさんだとうれしいな」
「おばさん?」
「マモと結婚したらおばさんになるんだよね」

真守の隣に移動しねえねえとオモチャでも強請るようにお願いする。
やっと言葉の意味を理解したようで真守は困った顔。

「確かにそうだけど、御堂さんにも選ぶ権利があるんだ。そんな迷惑な事を。
とにかく。御堂さんを困らせるような事は言うもんじゃない」
「はぁい」
「それでは私はこれで」
「待ってください。よかったら一緒にお昼を食べませんか?」
「ママ。うん!そうしよ!そうしよ!ね!マモいいよね?ね?」
「しかし、無理に引き止めるような事は」
「…私は、…かまいませんが」
「きまりー!」
「じゃあ司手伝ってちょうだい」
「うん!」
「では私も」
「千陽ちゃんはマモのお部屋行くといいよ。いっぱい本があるよ」
「い、いえ。とんでもないっ」

結局3人で昼食の準備。百香里が指示を出してそれにしたがって手伝う司と千陽。
そんな光景を暫し眺めていた真守だが司からもらったプレゼントを持っていったん部屋へ。
どんなカップをくれたのか気になって仕方がない。気にしなくても良いのに。
それでもかわりのものを買ってくれる優しさは嬉しい。

「何か俺だけのけ者なってるやん」
「そんな事はないですよ?」
「ある。絶対ある。司はおとんが嫌いなんか」
「そんな事ないですって。パパだいすきって言ってます」

昼食後劇的に落ち込んでいる総司を励まそうと隣に座る百香里。
真守と千陽をどうにかくっつけたい司は父と話すより2人と話すので必死で。
無視されっぱなしの総司は完全にいじけていた。

「ほんま?」
「ほんまほんま」
「…せやったらええんやけど」

ちょっとは落ち着いた様子だがまだ少しむすっとしてしている総司の手を握る。

「司は真守さんと離れたくないんです。知らない人と結婚してしまったら遠くなった気がして寂しいけど
千陽さんは秘書で何時も傍に居るし優しいから司も安心できる。だからあんな必死なんです」
「寂しがってるんか。パパがおるのにぃ」
「パパの半分はママのものですからね」
「なるほど」

そして身を任せ肩を抱いてもらう。ここまで来ると総司もだいぶ気分を治し
百香里のオデコにキスをしてみたりする。

「1度甘やかしちゃうと駄目ですね。傍にある事が普通になってしまって。
それが無くなると嫌がって駄々をこねる。やっぱり躾はもっと厳しくいかないと」
「今でも十分厳しいやんか。これ以上したったら可哀想やで」
「真守さんや渉さんにあの子が泣きついたらどうするんですか。行かないでって言われたら。
今はまだそれほど身近じゃないからあの子も落ち着いてるけど。いざ本番となったらどうなるか」
「そこまで考えてるんやね」
「考えます。あの子が粗相するとお義父さんやお義母さんに申し訳ないですし。
なにより。総司さんが迷惑するから」

ただでさえ松前家の嫁にするには不十分な自分だ。それで娘が悪く言われるような事があれば
松前家の当主であり社長である総司の足を引っ張りかねない。それだけは避けたい。

「ええねんで。俺、何時でもこんな面倒な事やめたる」
「総司さん」
「ユカリちゃんと司さえおればええんや。そんな気つかって生きてほしない」
「子どもに厳しいのはもとより家の教育方針ですから」
「うちも厳しかった。せやけど、俺は甘いで。娘にも、嫁さんにも」
「あ…ぁん」

百香里の首筋に吸い付いて舌を這わす総司。百香里はくすぐったそうにしながらも
嫌がる様子は無くなすがままに。途中から体への愛撫も始まって胸を服の上から
総司の大きな手が優しく包み込み甘い刺激が伝わってきてじれったい。

「もっとしてええ?」
「ダメって言ってもするのが総司さんでしょ」
「ユカリちゃんがしてほしそうな顔するからやん。可愛い顔してなぁもう」
「でもね、総司さん。私にばっかりちょっかいだすから司に逃げられちゃうんですよ」
「なんやて!?せやったら俺どないしたらええ?司と遊びたいけどユカリちゃんとえっちもしたい!」
「難しい所ですね」
「そんなぁ」
「パパはママの方が好きなんだって拗ねてました」
「ほ、ほんまに!?……あかん。ユカリちゃんえっちめっさしたいけど司ん所いってくる!」
「頑張ってパパしてくださいね」
「任せて!」

ちょっと大げさに言ったけれどこれ以上司が拗ねてしまったら本当に親子の間が冷めそうで。
百香里は立ち上がり背伸びする。体が少しだけ熱くなってまだ燻っているけれど。
それはまた夜にでも解消したらいいだけで。総司にはやはり父親として頑張って欲しいから。

「どうしたんですか?兄さんが行き成り来て司を連れて出て行ったんですが」
「お父さんを取り戻そうと必死なんです」
「は?」
「それより千陽さんは?」
「先ほど帰りました」
「え。お見送りとかは」
「玄関でいいと言うので。彼女も車だし」
「真守さん…」

わかってないなあ。百香里は苦笑する。本人はキョトンとした顔。

「何かおかしかったですか?」
「いえ」
「司がくれたコーヒーカップは会社に持って行こうと思います」
「コーヒーカップだったんですね」
「気にしなくてもいいのに。替えなんて幾らでもあるのに」
「でも何時も同じもので飲んでますよね。だからきっと大事なものなんだって思ったんですよ」
「ああ。ただ不精なだけなんですけどね。でももらったカップは大事に使います」
「はい。あの子も喜びます」
「コーヒーもすぐにポイントが溜まりそうだし」
「あれって景品選べるんですよね。何が狙いですか?」
「ペンです」
「ペン?ペンってあの参加賞みたいな?」
「はい。ペンです。あると便利だから。ロゴ付きの非売品だし」
「……当たると良いですね」

確かに海外旅行とか車とかパソコンとか彼は応募なんてまどろっこしい事をしなくても買える。
けど、正直1番しょぼい景品を選ばなくても良いのにと思ってみたりする百香里。
真守の名前を使うと結構当たったりするので今回もペンが当たるような気がする。どうせなら夢は大きく
旅行とか温泉とか当てて欲しかった。なんて言うと簡単にプレゼントされそうなので言わない。



「あーもーめっさ元気や。あかんわ。体力ない」
「ふふ。でもパパがどうぶつ園連れてってくれたって喜んでましたよ司」
「喜んでくれて何より。パパはユカリちゃんのおっぱいで癒されるわ」

夜。疲れてしまった司はお風呂に入るとさっさと自分の部屋に行って寝てしまう。
真守は明日に備えて準備。渉は拗ねたまま梨香の所へ行き帰ってくる気配は無い。
百香里は疲れて帰ってきた総司と風呂。背中を流してあげていたらいきなり膝に座らされ
胸に顔を埋められる。驚いたけれどすぐに総司の首に手を回し好きにさせてあげる。

「ね。総司さん。私次は男の子がいいです」
「え?」
「だめですか?2人目」
「ダメとちゃうけど。けど。俺はもっとユカリちゃんとえっちしたい」
「しょうがないですね」

まだ時間はある。総司だってまだまだ肉体は若い。
もしかしたらと期待を持って聞いてみた百香里だが2人目はもう少し先になりそうだ。
それでもいい。百香里も今こうして総司と裸で密着して体が再び熱くなってきている。

「せやけど。俺は次も女の子がええなぁ。司みたいに可愛い子でな」
「でもそれじゃ2人ともお嫁に行っちゃいますよ」
「行かへんから大丈夫やって」
「いい加減認めてください。娘は嫁に行くものです」
「行かへんの。俺とユカリちゃんの傍におるんや。決まりや」
「…頑固親父」

娘には甘くても彼女に近づく男には誰よりも厳しい父親。
その厳しさは百香里を越える。こんなでは司の将来は大変だ。
娘の将来を思いぼやく百香里。総司は嫁の耳元で尋ねる。

「何か言うた?」
「別に。あ。もう。…硬いの当てないでください感じちゃう」
「今からめっさ感じることするやんか」
「いじめないでくださいね」
「どやろ。普段はめっさいじめられてるからなぁ」
「あんっ」
「何やもうそんな可愛い声だして。ちょっと外っかわ触っただけやん。
ほなもっとちゃんと触ったろ。股もっと開いて見してみ」
「さっそく意地悪ですか」
「意地悪やない。愛情や」
「…物はいいようですね」


続く

2012/05/11