デート2


「山のぼりかぁ」
「何ですかいきなり」

頼まれたコーヒーを持って社長室に入った秘書。先代と違い味にこだわりはなく
何でも飲めたらいいという人なので毎回豆が違ったり適当だというのは内緒。
社長が書類に目を通さずに頬杖をついて虚空を見上げているのはいつもの事として。
そのキーワードは少しだけ興味があった。何時もなら「ユカリちゃん」か「司」だから。

「今週の日曜に司の幼稚園で親子遠足あるんや。園児がいけるくらいのぬるーい所やと思うけど」
「それで山登り。社長、ご心配なく。いざとなったら救急車がありますから」
「千陽ちゃんはほんま冗談好きやね」
「割かし本気です」
「そうなん。まあ冷たいこと」

すでに登る前から倒れると思われていることに寂しさを感じつつもらったコーヒーを飲む総司。
行きたくない訳ではない。家族で過ごす時間は大事だ。なにより不参加は死を意味する。
彼女にあんなにも真っ直ぐに言われてしまうと何も出来ない。苦笑いすら出てこなかった。

「専用の服や靴はお持ちですか。ゆるいといっても油断は出来ませんよ」
「そやなぁ。俺はなんとかなるけど。ユカリちゃんと司はどうやろ」
「大丈夫。奥様も司ちゃんもまだ若いですから」
「俺、泣いてもええんと違うか」
「駄目です」
「ほんに冷たいわぁ」

司が絡むと真守は途端に緩くなる。専務が緩くなると秘書も鬼ではなくなる。
よって必死にお願いしたらその日はまるまる確保できて大丈夫になった。
総司はすぐさま百香里に報告の電話をしたら彼女も喜んでくれた。
あとは準備してその日が来るのを待つだけ。

「…なんだよおっさん話しかけてくんじゃねえよ」
「こっちも冷たいなぁ。ええやないか飯ん時くらい」
「うっさい黙れ」

お昼休み入り渉を探していた総司は社員に彼が社員食堂にいると聞いてそちらへ向かう。
キョロキョロと中を見渡して部屋の隅っこの方で1人食べている弟を発見し自分も定食を注文して
その隣に座った。傍に兄が居ると気づいてすぐさま嫌な顔をされたけれど気にしてはいない。

「なあなあ。今日、すぐ帰るか?デートとかせえへんか」
「うぜえな。しねえよ」
「やったら司連れて買い物してきて欲しいんやけど。山登りに相応しい服とか靴とか」
「ああ。遠足だっけ。でもそんなもんユカりんが買って……ねえ、な」
「そうや。あの子は自然を素足で駆け回ったほんまもんの野生児や」

もちろんそれが悪いという訳ではないのだが父親としてはもうちょっと娘に金をかけてやりたい。
なんて思ってしまう。出来たら百香里にも安全快適な格好をさせてあげたいけれど。
彼女はたぶん笑って要りませんよと言ってくるだろう。自然には相当自信があるから。

「司までそんな事させられるか。わかった。買ってくる」
「カード渡しとこか」
「いいよ。俺が買ってやる」
「頼むわ。今日も遅なりそうやから」
「そんなで遠足行けるのかよ」
「行くために残ってるんや」
「俺がかわってもいいけど」
「ええんや。これは父親の仕事っちゅうやつやからな」
「はっ。どうせ疲れきって倒れこむんだろ。救急車とか乗ったりしてな」
「お前もかい」

総司の方は本音ちょっぴり自信がなかったりするがそんなの口には出せない。
渉はどうだかと笑っていたが。父親の威信をかけて遠足は成功させなければ。
司ともあまり時間がとれないから。かっこいい所を見せたい。
昼食を終えていそいそと社長室に戻る総司。その間周囲は社長と一緒ということで
緊張感溢れる食事になっていたが本人は特に気にしていない。頭の中は家族と遠足でいっぱい。
それを知っている渉は無視を決め込んでいた。

「社長。セクハラですか訴えますよ」

まだ昼休み中なので作業しているとノックの音がして。入ってくるなりこの一言。

「上着脱いだだけでセクハラておかしいやろ。なな、千陽ちゃん今から腹筋するから足もってて」
「申し訳ございませんが出来ません。セクハラ」
「せ、…セクハラ…なんかな…足…って」
「ここで腹筋するよりもジムに通われては?」
「だって休みとか夜の時間取られんの嫌やもん」
「でしたら通販でコアリズムとか買われては?」
「ここでしてもええかな」
「はい。大丈夫です。完全に締め切ってくだされば」
「…何か言い方が冷たい」

結局援助を受けられず総司は渋々席に戻る。若い妻が居るから余計に体には気をつけているし
体力にもそこそこ自信がある。たぶん遠足も難なく行ける。はず。ただ一緒に行く相手が元野生児と
今まさに元気ざかりの娘なので追いつけるか。そこは自信がなかったりする。

「幼稚園の遠足くらいでそんな焦る必要ないと思いますよ?」
「分かってるんやけど。ユカリちゃんや司にええとこ見せたいやん。他の父親と同じようにしたいし」
「今更ですね」
「せやけど足掻きたいのが男っちゅうもんでな」
「奥様も司ちゃんもそんな事気にしませんよ。社長が拘りすぎているだけです」
「やろか」
「そろそろお時間です。お仕事に戻りましょう」

でも千陽の言葉を聞いて少しだけ落ち着いたような気がする。

「は?これが欲しいって?」
「うん。買ってユズ」
「これ男もんじゃねえの?お前戦隊もの嫌いじゃなかったか?」

夕方。今日も母親のかわりに司を迎えに行ってそのまま買い物に出かけた渉。
途中どうしても行きたい所があると司に案内されてやってきたのはスーパーにあるガチャガチャ売り場。
それも女の子が好みそうなキラキラした可愛いものでなくて戦隊ヒーローのおもちゃがはいった男の子のもの。

「トモ君が今日リボンくれたから。おかえしにプレゼントしたいの」
「誰だよそいつ」
「かれし」
「か」

彼氏?渉は固まる。

「って呼んでいうから呼んでるよ」
「彼氏だと舐めてんのかそのガキ」
「ねー。お手伝いするから1個欲しい。100えんちょうだい」
「駄目だ」
「駄目なの?ねね。駄目?お手伝いいっぱいしても?駄目?」
「……しょうがねえな」

渋々司に100円あげて1個取らせる。彼女は嬉しそうにしているけれど渉は渋い顔。
園児の癖になにが彼氏だ。

「あの。司が何か粗相しました?」
「え?」
「ママだ!ママ!ママ!」

スーパーから出てきたのは百香里。手には買い物袋。
どうやら母親の所へ行きその帰りにここで買い物をしたらしい。
苛々している様子の渉を見て不安げに声をかけてきた。
司はなにも知らず母親に抱きつく。

「すみません。この子すぐ甘えてしまって。ほら、司もごめんなさいは?」
「えー…」
「怒ってたわけじゃないから。丁度いいやユカりんも一緒に行こう」
「送っていただけるんですか」
「その前に寄り道」
「え?」

車の中で事情を説明し子ども服の売り場へと向かう。そこは靴も豊富にあった。
ついでに百香里もと誘ってみたがやはり自分は大丈夫ですと遠慮された。

「あんなちっさいのに何が彼氏だ。ませやがって」
「ふふ。それであんな怖い顔してたんですか?」
「教育は大事だろ。しっかりしろよ」

司が気に入った服を試着中にさりげなく百香里が先ほどの事を聞いてみる。
渉からかえってきた返事につい笑ってしまって。また彼は不機嫌そうな顔をした。

「そんな深く考えてませんって。仲良しなだけです」
「だろうけどさ」
「でも…ふふふ」
「なんだよ。そんな笑う事か」
「だって」

そういったものにはあまり興味がないと思ってたから。
笑っていると司が着替えを追えてママ!と呼ぶ声。
他何着か試着して気に入ったものを一式購入した。


「何やの笑って。何かおもろい事あったん?」
「そういうわけじゃないんですけど」
「せやけどさっきから笑ってばっかりやんか。俺も混ぜて」

司が眠ってしまってから帰ってきた総司。真守はもう少し遅いらしい。
夜食の準備だけして待っていた百香里と2人で風呂に向かう。教えてくれないが
彼女に何かあったのは確かで時折クスクス笑っている。
それがじれったくて着替え中の百香里を後ろから抱きしめつつ聞いてみた。

「司は皆さんに大事にされてるなって思って。やっぱり自分には得られなかったものを
子どもには与えたいって思ってしまうものなんですね」
「ユカリちゃん」
「松前家に嫁げてよかったです」
「ほんまユカリちゃんは可愛いなあ」
「ただ」
「なに?」
「…もう少し…普通、がよかったです」

それだったら百香里が望んだ全てが集まってくれたのに。
なんて贅沢な言い分だというのは分かっている。けど帰りが遅いとか遠い出張とか
司や自分が言えばなんでもホイホイ買ってしまうところとか。ついそんな風に思ってしまう。

「え。もしかして昨日立ったままバックしたん気にしてる?」
「そ、そういう意味の普通じゃないです」
「あれは変態とかちゃうよ?ただユカリちゃんの後姿にムラムラしただけで」
「……」
「あ。今ちょっと変態や思たやろ。ちゃうちゃう。ほんまもんの変態ちゅうんは」
「いいです言わなくて。お風呂にしましょう」

変態か否か。何故かそこでテンションを上げる総司を制してお風呂に入る。
傍らには司が遊んだアヒルやオモチャが綺麗に整頓されていた。あの子は何時も雑に置いているから
一緒に入っていた渉が片付けたか司に指示して片付けさせたか。その光景はやはり面白い。

「なに?またニコニコして」
「渉さんは何時でもいいお父さんなれますね」
「俺かてええ父ちゃんやで」
「はい」

体を洗うと湯船につかる。疲れているのか総司はあまりちょっかいを出してこなかった。
彼の膝に座り時折キスなんてしつつギュッと抱きしめられながらの会話。

「…いっぺん失敗しとるけども」
「それはそれで。私と司には総司さんが1番ですよ」
「ユカリちゃん」
「それで。なんですけど。怒らないで聞いてくれます?」
「何や?ユカリちゃんに怒る訳ないやんか」

ご機嫌な総司。申し訳なさそうな百香里。

「明日は私何時も通りお迎えに行けるんです。で、その帰りに」
「買い物か?してきたらええよ」
「じゃなくて。その。…ちょっとだけ公園に寄りたいんですけど」
「公園?遊ぶのにか?ええやん。なんでそんな改まって」
「同じ幼稚園のトモ君に誘われて。その、2人でちょっと遊びたいなんて話しになってて」
「何やと」

その話をした途端にこやかな顔から一転。今にも怒鳴ってきそうな怖い顔へ。
やはりこの話題はタブーだった。でも言わないでこっそりするのも悪い気がして。

「怒らないでください」
「怒ってへんがな。つうか何やねんその坊主は。うちの司誘うら100万年早いちゅうねん。
そもそもトモ君ちゅう子は何処まで本気やねん。中途半端な気持ちやったら承知せえへん。本人に聞いたろか」
「トモ君泣きますから絶対に止めてください。それにトモ君のお母さんも居ますから大丈夫です」
「ユカリちゃん。ちゃんと見とかなあかんよ」
「皆さんどうしてそう変な風に取るのかな。幼稚園で男の子と遊ぶくらい普通ですよ。
私だって中学あがるまで男の子たちと山行ったり川行ったりで」
「ユカリちゃんは元気やな…」

百香里の自由さにはもう嫉妬するとか腹が立つとかもう無くてただただ関心する総司。

「お兄ちゃんにお前は本当は男に生まれるはずだったんだろうって言われました」
「そらあかん。結婚できんやんか」
「そうですね。やっぱり女がいいです。そして総司さんの奥さんがいい」
「ユカリちゃんが女やってようわかってる。毎晩可愛いもんな」
「……と言う感じで、明日遅くなるかもしれないのでよろしくお願しますね」
「わかった」
「総司さん」

百香里を抱き寄せ唇を深く奪う。疲れていてもやはり妻は愛しく。欲情もする。
その場で軽い愛撫をして気分を高めながら寝室に戻りベッドで1回。こうなるともう何も出来ず
髪を乾かす事すらできなくて翌朝髪がボサボサになった百香里に怒られるのだった。
それも可愛いよと言うが本人は渉や真守の手前嫌がる。最近では娘の手前も気にしている。

「マモ昨日何時にかえったの」
「司が寝てからだね」
「マモ遅いのなんで。眠くなるよ?」
「大丈夫。僕は慣れてるからね」

朝。司が起きてリビングへ向かうと席について新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる真守。
昨日は結局顔を見る事が出来なかったから彼女は嬉しそうに真守に近づいていった。

「…誰かにいじわるされてるなら司がパパにいって怒ってもらうからね。パパえらいもん」
「ありがとう」

そのパパのお陰でもあるんだよ、とは言わない方がいいだろう。
司を彼女の専用の椅子に座らせて何気ない会話をしていると髪を整えた百香里がきて
真守と司を見て慌てて朝食の準備。焦らなくていいですよと言ってくれたけれど。
百香里は急いで準備を終わらせ司に手伝ってもらいつつテーブルに並べる。

「なに?パパ」

そこへ遅れて総司がおりてきて何を思ったのか真っ先に司を抱っこする。
いきなり抱き上げられて不思議そうな顔をする娘。父は真面目な顔だ。

「司は父ちゃんとママと一緒におるのがいちゃんええよな」
「うん。あとユズとマモも」
「よっしゃ。ほんならええんや」
「総司さん。何確認してるんですか」
「ユカリちゃん。家族は大事やで」
「…ただトモ君と遊ぶのが嫌なだけじゃないですか」

わかった、なんて言っておいてやっぱりまだ腑に落ちないみたいだ。
百香里は呆れた顔をするけれど総司は返事を聞けてご満悦。

「割って入って申し訳ありませんが、義姉さん。トモ君と遊ぶというのはどういう事でしょうか」
「まさかデートとかすんじゃねえだろうな。昨日のあのオモチャといい」
「幼稚園が終わってからちょっと2人で遊ぶだけですよ。親も同伴しますからそんな睨まなくても」
「睨んでません」
「そうそう」

松前家に嫁いですぐにこのマンションへやってきた百香里。義弟2人は最初は何かと冷たくて
話もそんな出来なかったけれど。今ここにあるほどのプレッシャーなんて感じたこと無かった。
それくらい真剣に司の事を考えてくれているのはありがたいが方向性が間違っている気がする。
娘バカで頭の固い父親が3人居るようなそんな感覚。口にしたら怒るだろうけど。

「ママをいじめたらだめ!」
「ありがとう司。でも大丈夫だからね。皆お腹がすいてるの。すぐに落ち着くから」
「そうなの?」
「ご飯食べましょう時間なくなっちゃうからね」
「はーい」

皆いい大人なのだからピリピリすることは無いのに。苦笑する百香里。
食事を終えて出かける準備をする面々。司はママに頼らなくても1人でできると言うが
何時も何かしら忘れていたりよれていたりと渉か真守に手直しされて彼らか父親に送られていく。
今日は真守の車に乗っていった。

「何かあったら電話してや」
「大丈夫ですってば」
「せやな。大丈夫や。園児になにが出来るちゅうねんな。そやそや。…そや」
「目が虚ろですよ総司さん。ほらもう行かないと」
「絶対電話してや」
「わかりましたから。ね」
「分かった。分かったからちゅーしよ」
「パパー!千陽ちゃんきたよーーー!」
「時間切れみたいですね。行ってらっしゃい」
「あん」


続く

2012/04/22