買い替え時
「どっちがいいと思う」
「どっちも可愛くない」
「車に可愛さは求めてねえの」
ママに迎えに来てもらって帰ってきた我が家。着替えをして洗濯物を入れるお手伝いをして
夕飯のツマミ食いをしながら皆が帰ってくるのを待つのが司の過ごし方。今日も1番に帰ってきた渉。
何やら分厚い冊子を何冊か持っていて何かと思えば新車の案内。司にはあまり分からない世界だ。
「車壊れちゃったんですか?」
「そうじゃねえけど。ずっと乗ってて飽きた。気分変えて新しいの買い換えようかと思ってさ」
「じゃあママもらったらいいね!車あったら遠いスーパー行けるもん!楽だよ」
「ユカりん免許あったっけ」
「無いです。それに、とてもじゃないけどあんな高価な車乗れません。怖いです」
渉の選ぶ車は高級車に属するものばかり。彼が乗れば様になるだろうが
スーパーの安売りか娘の迎えに行くだけの主婦には不釣合いもいいところ。
そんな車に少しでも傷なんかつけようものならもう悲鳴ものだ。
「別に俺のじゃなくても女向けの車は結構出てるし免許取ったらいいのに」
「私には自転車で十分なんです」
「じゃあ司とってママ乗せてあげる」
「うん。待ってるね」
ほのぼのとした母娘の会話を他所に渉は車の乗った冊子をペラペラと捲る。
「やっぱ直接行って見て来るのが1番いいかな」
「どこ行くの?」
「こういう車を実際に置いてあるとこ。試しに乗れたりもする」
「ふーん……あ!ママ!」
興味なさげに渉の膝に座っていた司だが何か思い立ったようで
慌てて台所にいる母親に抱きついた。
「どうしたの急に大きな声出して」
「ママ!ミニクマのステッカーもらえるよね!車のったら!」
「それとは違う会社ね。でもステッカーはパパがもらってくれるから」
「パパがもらってくれるの?やった!」
大喜びの司。総司はまだもらってくれてないけれど約束は守ってくれるはず。
「なに?ステッカーって」
「司の幼稚園で流行ってるみたいなんです。ミニクマっていうキャラクター。
試乗会に行くとそのキャラの特別ステッカーがもらえるってチラシで見て」
「へえ」
「でも早くしないとおわっちゃうよ。パパいそがしいのに」
「大丈夫だから。お皿配るの手伝って」
「はーい」
夕飯の準備は進み料理を並べた所で総司が帰ってきて。食べている所で真守。
今日は比較的早いほうだ。司がいそいそと皿の準備をして家族揃っての夕飯。
揃わない時もあるけれど皆いると司も何時になく嬉しそう。
「それなんやけどな。実はもう貰っとるんや」
「じゃあ明日にも持ってきてください。司が喜びます」
食後の片づけをしていると手伝ってくれる総司。
それとなく以前に頼んだステッカーについて聞いて見たらあっさり返事が来た。
既に手中に収めているということで安堵する百香里。あとは受け取るだけだ。
「…ユカリちゃんが取りに来きてたらええなぁ」
対する総司は伺うような様子で百香里を見る。
「え?何言ってるんですか家に帰ってくるのに。それともまた出張ですか?」
「そうや。司と来てや」
「嫌です。この前行って懲りました」
「子どもはじっとしとられへんからしゃーないて」
「社長の前だから笑って許してくれましたけど。本当なら怒られて追い出されてる所ですよ。
真面目にお仕事してるのにあの子ったら走り回って…真守さんだけでなく渉さんにまで…ああもう恥かしい」
前にも来ないかと誘われて、百香里としても娘に父親の仕事場を少しだけ見せてやろうとやってきた。
ママのいう事を聞いて大人しくしてなさいとあれだけ強く何度も言ったのに1分と持たなかった。
長い廊下を走り回る。勝手に会議室に入り込む。真守の邪魔をする。渉の所へ行く。最悪な思い出。
確かに幼稚園にはいったばかりの娘にそこまで強要するのは難しいのだろうが。
「せやったらユカリちゃんだけでも」
「総司さん」
「…わかった。我慢する」
「サッと行ってサッと帰りますからね」
「優しいなぁ」
本当に嬉しそうにニコっと笑う総司。意識してないその懐っこい顔が百香里は好き。大好き。
でもそれがバレるとここぞとばかりにニコニコ攻撃を仕掛けてくるのは目に見えている。
よって平静を装いつつ片づけを終えリビングを見ると先ほどまでテレビを見ていた司が居ない。
自分の部屋にいる時間でもない、おそらくは渉か真守の部屋にいるのだろう。何時もの事。
「あの、総司さん。ちょっと相談があるんですけど」
それを見計らい百香里は切り出す。
「何や?」
「…母の事、なんです。けど」
「お義母さんどないした?また何処そ悪いんか?」
お茶をいれてテーブルに置き総司の隣に座る。その表情は何処か落ち着きが無い。
総司はつけたテレビを消して百香里の方をちゃんと見た。
「お兄ちゃんから聞いたんですけど、だいぶ調子が悪いみたいで。
でも病院が嫌いで寝てればなんとかなるって思ってて。そういう人なんです母は。
仕事も今は休んでる状態だし。私、母の傍に居たいなって思ってるんです」
「せやったら一緒に住んでもろたらええやないか。司もおる。何やったら家こうても」
「子どもの世話にはならないって。それに、もし行くとしたら長男の所だからって」
「…そうか」
部屋の広さから言ってもここに来てくれたら十分な暮らしが出来る。
でも兄との板ばさみになるのは目に見えている。どちらを取ることもできない。
体だけでなく心にも負担をかけることは出来ない。
「私に出来る事は母の傍に居る事だと思うんです。夕飯までには帰りますから」
「そうしたり。出来るうちにやっとかんと後でめっさ後悔するでな」
「それで、なんですけど。司のお迎えが遅くなってしまうので…その」
「俺が迎えに行くわ。そういうのもええやろ。父親らしいしな」
「ごめんなさい。私のわがままで」
「大事にしたる事は何も我がままやない」
「後で司にも話をしますね。大丈夫かな。あの子すぐお腹空いちゃうから」
「優しい子やから分かってくれるやろ。あかんかったらお菓子で釣る」
「総司さん」
「冗談やて」
軽く笑い合って落ち着いた所で司がお風呂に入ろうと部屋から出てきた。
そこへすかさず百香里が向かい事情説明。総司が言った様に彼女はすんなりと了承してくれた。
祖母の調子が悪いのはなんとなく分かっていたらしく早くよくなるといいねと言ったのは少し驚いた。
「大人しいですね司ちゃん」
「ちゃんと言い聞かせましたから」
翌日の夕方近く。百香里は司を連れて会社へやってきた。社長室まではもう顔パスで行ける。
エレベーターを待っているところに受付の人が連絡したのだろう秘書の千陽がやってきて。
借りてきた猫のようにお利口にしている司を見て褒める。前回は破壊神ばりの活躍だった社長の娘。
「なるほど。さすがですね」
「いえいえ」
上へ上がっていくエレベーターの中。本当に静かな司。怖いくらいだ。
「司ちゃん。ジュースはオレンジでいい?お菓子もあるわよ」
「いらない。ママがねしーってしてないとオニみたいな顔して怒るの」
「そ、そうなの。でもジュースくらいは飲んでいいんじゃない?」
「ママに聞いてくる」
よほど怖かったのだろうな、と千陽は苦笑い。天然で可愛らしい20歳の女の子だと思っていたのに。
いつの間にか子どもを躾けるような母親になっていたのか。時間というのはあっという間に流れていく。
百香里のもとへ走らずにそれでも急ぎ足で向かってジュースを飲んでいいか確認する司。
どうやらOKだったらしく嬉しそうに此方に向かってニコっと笑った。
「ユカリちゃん来てくれたんやね」
「ください」
「手出すの早っ…もっと会話しようや」
「しません」
別の秘書に案内されて社長室へ。入るなり手を出してステッカーを貰おうとする。
サッと来てサッと帰る。昨日言っていた言葉が嘘ではないというのがよく分かる。
「してくれんと渡さへんもん」
「じゃあ帰ります」
「つ、冷たい。…なんでそんな冷たいの?俺…泣いてもええの?会社で社長大泣きやで?」
「司を待たせてるんです。あの子絶対に5分も大人しく出来ないんですから」
「ここ入れたらよかったやん」
「ぜっっっっったいにダメです」
「そ、そんな力説せんでも」
「総司さんも一緒になって遊んだら話しになりませんから」
睨む百香里。確かに前来た時に娘と一緒になってはしゃいだ。
それをまだ怒っているらしい。仕方なく机からステッカーを出す総司。
「ご褒美にちゅーくらいしてほしい」
「帰ったらします」
「今ほしい」
「しょうがないですね」
「ユカリちゃんからなぁ」
嬉しそうに目を閉じる総司。百香里は恥かしそうに頬を赤らめつつ唇にキスする。
可愛らしく触れるくらいの。
「…帰ったら総司さんからもしてくださいね」
「するする」
「ありがとうございます」
「ええよ。可愛い娘の為や」
「じゃあ行きますね」
「お義母さんとこは?」
「来週から。幼稚園にも伝えてあります」
「わかった。司の事は任せてや」
「お願いします」
別れ際にもう1度キスする。今度は先ほどよりもしっかりと。
仕事中に来てキスなんて不謹慎だと頭では分かっているのに。
社長室を出るとすぐに司の下へ。どうか大人しくしていますように。
「ママだ」
「司。…と、真守さん?もしかして司を見ていてくれたんですか?」
走り回らず椅子に座っていた司に安堵するがその傍には真守。
「遅くなるのかと思って」
「い、いえ。大丈夫ですよ。サッと帰ってきましたから」
「よかったな司。ステッカーが手に入って」
「うん!やったー!」
早く欲しくてソワソワする司に先ほど総司から貰ったステッカーを渡す。
嬉しそうにはしゃぐ司。静にしなさいといわれてもこの興奮は収まらない。
来客用の個室に居るけれど声が漏れないかハラハラする百香里。
「ほ、ほら。大きな声ださないの。迷惑になるでしょう。帰りましょうね」
「そんな急がなくても。ここへは自転車で?」
「歩きだよ。自転車はかっこわるいしたくしーは高いからダメなんだって。司つかれたぁ」
「司。後でママとゆっくりお話ししましょうね」
「……」
「…と、あの。もう少し待ってもらえたら渉に送らせますが。あいつはどうせすぐ帰るでしょうし」
「ユズ!ユズと帰る!ママ!ユズと帰る!」
「わかったから静に。ね?」
「では渉に連絡してきますから。2人はここで待っていてください」
「でも私買い物とかしてないし」
「それもあいつが居れば早く済む。さ、義姉さんもお茶を入れましょう」
真守に優しく押し切られる形で渉と一緒に帰ることになった百香里と司。
ステッカーに目を輝かせる娘は暇だと叫んで暴れなくていいけれど。
これならもう少し総司と2人で過ごせたな、なんてつい考えてしまう。
暫く待って5時の時報がなり10分も待たないうちに部屋に渉が入ってくる。
「なあなあ買い物ついでに俺の買い物もちょっと付き合ってよ」
「何を買うんですか?」
「今回はまだ見学なんだけどさ。車。昨日言ったろ」
「しじょーだしじょー」
「ああ。やっぱり買い替えるんですか?こんな綺麗なのに」
3人車に乗り込んで会社から出る。買い物といっても家に居るうちにある程度夕飯の準備はしてあって。
車の見学をするという渉に付き合うくらいの時間はある。司は嬉しそうだ。
「家の駐車場に置いといてもいいんだけど。勿体無いし。これ売るつもり」
「司がめんきょとるまでまってよ」
「お前に似合うような可愛い車買ってやっから。それで我慢しろ」
「じゃいい」
「よくないでしょう。渉さんもそんな軽く言うと司が本気にしますから」
「本気だから大丈夫だって」
全然大丈夫じゃないでしょう。百香里は心底思ったが拉致があかないのでもうやめた。
目的の場所は車を走らせてすぐの場所。車には縁がない百香里はよく分からないけれど
室内に車が展示してあって中は広くピカピカしていて眩しい。
「やっぱこっちかな」
「かわいくない」
「中にヌイグルミ詰め込んだら気にならねえだろ」
「うーん…そかな」
よくわからないし興味もないので百香里は椅子に座って見学。
渉は分かるが何故か司も一緒になってマジマジと車を眺めて何やら相談しあっていた。
途中お店の人が近づいてきて2人に説明をしたり話し合いをしている。本気で買い換えるのか。
まだまだ乗れるのに。ワクワクも新しい気分などなくもったいないなとしか百香里は思えない。
「奥さまはどのような車がお好みですか?」
「え」
「お嬢様も熱心に見られてますね。車がお好きなんですか?」
「珍しいですから。それで」
「なるほど。よかったらパンフレットをお持ちになられて旦那さまとご相談なさっては」
「夫の車はまだまだ乗れますから大丈夫です」
「では今回は2台目ですか?それとも奥さまの?」
「えっと。あっちの…」
義弟の車です。と言うべきだろうか?百香里は一瞬戸惑った。
正直年上の渉を弟と言うのは本人を前にしなくても言い辛いものがある。
それは今でも同じ。渉さんです、と言っても相手にはわからないだろうし。
「それにしても旦那さまもお嬢さまも熱心に見られてますねぇ」
「え」
「はい?」
「あ、ち、ちがいます。あの人は」
「はい」
「…義弟です」
正直に言っただけなのになんでこんな恥かしくなるのだろう。ちょっとパニック。
百香里は立ち上がり2人の下へ。
「ママ?」
「そろそろ時間なので。買い物もしたいですし」
「あ。そうだった。そんじゃまた来るんでよろしく」
「よろしくー」
百香里に追い立てられるように場から出て買い物をさっさと済ませる。
何も変な事は言ってない。事実を述べただけ。でも何かこそばゆい。
兄が居て今までは妹としてしかいなかったからいきなりで緊張したのだろうか。
姉さんぽくするというのは意外に難しいものだ。
「どないしたんユカリちゃんそんな怖い顔して」
夜。寝室に入り眠る準備をする百香里。総司はすぐに寝る気などなく。
せっせと服を脱いで百香里がベッドに入ってくるのを待っている。だが何時もと違い
何か考え込んでいる様子の百香里。また母親の事を思っているのかと心配したが
どうもそうではないらしい。ベッドに入ってきたが心ここに在らずの様子。
「今まで意識したことなかったんですけど。私、全然お姉さんらしくないですよね」
「え?…ああ。真守や渉からしたらユカリちゃんは義姉やね」
「相手の方が年上だからしょうがないですよね」
「せやね。でも2人ともユカリちゃんを義姉さんて慕ってると思うで」
「わ、私お姉さんにちょっと憧れてるんですけど。…いけそうですか?」
「え?…えっと。…まあ、…いけるんちゃう?」
彼女がどういうイケルを目指しているか分からないけれどここはYESで通そう。
総司はさりげなく百香里を抱き寄せ首筋に吸い付く。
「嬉しい」
「ユカリちゃん」
「…あなた」
ご機嫌で総司の首に手を回す百香里。そのままキスして倒れこみ重なり合う。
何時になくやる気な奥様に総司もさらにその気になって服を脱がせて全裸にする。
ベッドに横たわる百香里を組みしいてまずは約束通りのキス。
彼女からのささやかなもので足る訳もなく貪欲に舌を絡めたものを。
「……、次からご褒美はこんくらいちゅーしてや」
「意地悪」
「お願いしてるだけやんか。なぁ。可愛いおっぱいして」
「ぁん。…もう。…やっぱり意地悪です」
「こんな愛してんのに。悲しいわ」
百香里の耳元で意地悪く笑いながら手と舌の愛撫は続く。徐々に余裕がなくなって
激しすぎて少し休みたいと思っても翻弄されて何も言えなくなってしまう。
互いに口から出るのは甘い吐息と喘ぎで。
百香里は抵抗も彼に仕返しとばかりに反撃することも出来ず。今夜もきっとそうなる。
「あ…ぁん」
「ユカリちゃん…そんな締め付けて…」
「…離してあげません…なんて」
「可愛いなぁ。…このまま動きたくなくなるやんか。でも動かなな。その方がユカリちゃん可愛いし」
「ぁああんっ」
首をブンブン振り回し苦悶の表情で喘ぐ百香里にキスして。さらに攻める。
先に果てる百香里だが総司はそれで許すわけもなく。汗ばんだ肌。荒い息。
この調子では1回では終わりそうにはなかった。
続く