堅実な生き方
「総司さんっこっちこっち!」
「ユカリちゃん張り切ってるなあ」
「当たり前じゃないですか。妊娠中は行けなかった日曜得得市…!」
月に一度開かれるというスーパー大安売り。普段でも安い店のさらに赤字覚悟の安売り。
百香里がこれに行かないわけがない。愛らしい瞳にはやる気の炎が見えるようだ。
何日も前からチラシを見て狙いを定め朝も早くから準備をして総司を起こした。
まるで遠足前の子どものようなテンションだがこれが松前家の日常になりつつもう誰も驚かない。
「大興奮や」
「総司さん!」
ぴょんぴょん飛び回る元気娘を制御する事なんてできっこない。総司は笑う。
司は家に置いてきた。両親が家を出る頃もスヤスヤと安眠中。真守が見てくれている。
勝負はそう長くは居ない。昼までには勝負は決まる。1つでも多くお得商品を手にしたい。
既に人だかりが出来ており百香里は不安そうなちょっと険しい顔つき。
「はぁ……眠てかなわん」
対する総司は大きく背伸びして特に焦る様子はない。
「この戦いが終わったら寝ましょうね」
「お。添い寝してくれるんか?」
「はい。裸で添い寝します」
「よっしゃやるで!」
がんばりましょうね、とそうなる事を分かったようににっこりと微笑む百香里。
裸で添い寝。案の定、思いっきりヤらしい想像をして俄然やる気を出した旦那さま。
上手く操縦されている間に時間は来て全体がざわめき出した。戦いが始まる。
「なあ、お前の両親てヘンだよな」
その頃。留守番中の兄弟と司。お腹がすいているようなのでミルクの準備。
作るのは真守。飲ませるのは渉。どちらも手馴れたもので流れがスムーズ。
先ほどまで泣いていたのに今は元気に飲む司を眺めながら渉は言う。
「渉」
「そうだろ。なんで安売りなんかにあんな食いつくんだよ。意味わかんねぇ」
「いいじゃないか。それで義姉さんが楽しいなら」
義姉が楽しいなら兄も楽しい。それで丸く収まる幸せな夫婦。
最初は無関心でそんなものは自分に関係ないと思っていた真守。
だが彼らが円満でないと家の空気が乱れてしまう。それが嫌だ。
それだけ家族というものに敏感になってしまったらしい。
「司、お前にはそんな貧乏臭いことさせねぇからな」
「それは義姉さんには言うなよ」
「わかってる」
お腹が一杯になったらしくもういらないとほ乳瓶を手で遠ざけようとする司。
かわりに彼女が気に入っている柔らかな猫のぬいぐるみを渡すと嬉しそうに握って笑う。
渉に抱っこされて眠そうにうとうとする司。
「眠そうだな。寝かせてやろう」
「後で遊んでやるからな」
そっとベビーベッドに寝かす渉。
「すっかり赤ん坊の扱いに慣れたな」
「一緒に住んでりゃいやでもそうなる」
「それだけか?」
まだよくわかっていない司を甘やかすその横顔は愛しさに溢れているように見える。
人の事は言えないけれど、弟も同じように家族とか赤ん坊とか愛情とかそんなものを
馬鹿にして鼻で笑うような男だった。そんな彼もだいぶかわったらしい。
それともこれが本来の姿なのか。
「コイツは計算なんかしねぇ。…純粋に、ただ可愛いだけの存在だ」
眠る司を見つめて珍しく素直な渉。
「ならお前も結婚して子どもを設けたらいい。もっと可愛いはずだ」
「あんたがマトモな女とヤれたら結婚してやってもいいぜ」
「僕を引き合いに出すか」
それもつかの間だったらしい。何時もみたいな馬鹿にした視線を真守に向けた。
「体裁を考えてやったんだよ。弟が先に結婚したら兄として嫌だろ?」
「そんな時だけ弟面か。まったく」
起こさない程度にケラケラと笑う渉。苦笑する真守。静かな時間がすぎていく。
何時もならパチンコへ出て行くのに真守1人に任せるのは危なっかしいと居る。
ほんとうは健やかに眠る姪を見ていたいだけなのだろうが。
「大収穫でしたね」
「せやけどほんま安さにかける気合は凄まじいなぁ」
「お疲れ様です。…司イイコにしてました?何かご迷惑とか」
「大丈夫ですよ。大人しく寝てました」
お昼を前に両手に袋を持った夫婦が帰ってくる。どうやら買い物は成功だったらしい。
冷蔵庫に荷物を詰め込み嬉しそうに語る百香里の様子ですぐにわかった。
両親の帰宅を察したのか司は泣き出して総司がだっこしている。
「ほんにええ子や。ええ子ええ子。ええ子は育つで〜」
連呼しながら娘の柔らかなほっぺを傷つけない程度にすりすり。
「あんまり妙な事するなよ。司があんたみたいになったらどうすんだ」
「俺みたい?喋り方の事か?両方喋れるようになったらバイリンガル的な感じでええやろ。かっこええ!」
「よくねえよ」
総司のノリが気に入らないらしく昼飯も外で済ますと行って外へ出て行く渉。
何をそんなに不機嫌なのかよくわからない総司。そして百香里。
真守に聞いてみたらあいつなりに密かな理想があるんですよと返された。
「司はおとんと一緒は嫌か?んなこたないなぁ?好きやもんな?」
「ほらほら。あんまりしつこいと嫌われちゃいますよ」
「嫌われてるんか俺」
「どうでしょ」
「そ、そんなこと無いやろ?司…なあなあ」
「落ち着いて。兄さんも座ってください。司が泣きます」
百香里と真守に諭されて総司は席につく。
司は百香里に抱っこされ心地良さそうに眠っている。
心なしか自分が抱っこしていたよりも嬉しそう。
「総司さんの事ちゃんと大好きですよ」
「ユカリちゃん」
「私も司も。だって、唯一の大事な人ですもの」
大丈夫ですと言ってくれたけれど、せっかくの休日なのにこれ以上真守をお守りに使うのは申し訳ない。
百香里は休憩をしましょうと総司を誘い司を抱っこして寝室まで戻ってきた。ベビーベッドに寝かせると
自分たちのベッドに座る夫婦。総司はまだ落ち込んでいる様子。そんなに気になったのだろうか。
「いじけてしもて堪忍な。普段からあんまり遊んでやれんから、ほんまに嫌われたんかと」
「気にしないでください。忙しくても真守さんや渉さんが遊んでくれますし」
「ユカリちゃんのお陰やな。あいつらがあんな積極的に司に構ってくれんのは」
「2人とも子どもが好きでよかった」
初めて会ったのは百香里がまだ20歳になっていない、19歳の時だった。
第一印象はちょっと冷たくて何時も急いでいて、喋っても何処かそっけない。
優しい総司の弟なのに全然違うと感じた人たち。
会話しようとしてもあまり真面目には聞いてくれてなかった。自分の言い方が悪かったのか、
それとも大きな会社の人だから忙しいのかなと百香里は何時も気を使っていたのを思い出す。
それが一緒に住むようになって優しい人たちだと気づいて。今はこうして司のよき叔父。
「もし俺が唯を引き取ってここに連れてきててもあそこまで感心もってくれへんかったやろう」
「それは、司がまだ赤ちゃんだからじゃないですか?同じくらいならきっと」
「どうやろ。家継がんと勝手にくらしてるような兄貴や、そんなん行き成り帰ってきたかて嫌やろ。
そのうえ自分の子どもにさえ愛想つかされるようなあかん父親やったしなあぁ」
「え?」
「生活の事もあるし、最初は俺が唯を引き取って育てるつもりやったんや。
嫁さんとはアカンくても、あいつは可愛い娘やからな…守ってやりたかった」
生活能力のない彼女にまだ幼い娘を任せる事ができなかった。
自分ならそれが出来る。父親として当然の事。そして家を出てしまったから
今はこれが唯一の家族としてのつながりで、それを失いたくなかった。
「一緒じゃないのは、その、奥さん…が?」
「あいつやなくて、唯が嫌がった。俺とおるより母親とおりたいって」
「お母さんの事を心配してたんですね」
女でひとつで生きていくのは大変だ。それは百香里もよくわかる。
「それもあったやろうけど、あの頃の俺は仕事で家におらんかったから。母親の事も俺が悪いって。
そんなこんなで父親っちゅうもんに失望してたんかもしれんな。あんなちいさい癖に、唯は」
裏切ったのは妻のほう。生活能力もある。だからてっきり娘が此方に来てくれると思っていた。
でも結果は違った。娘は母親についていくと自分の下から去っていった。繋がりが遠のいた。
娘とはちゃんと会話をしていて家族として疎通できているはずだったのに。
それは自分の勝手な思い込みだったということか。悩んで落ち込んで、酒を飲んで。
今は落ち着いているけれど、たいへん苦々しい過去を思い出し視線を百香里から逸らす総司。
「でも今はそうじゃない。お母さんとお父さんがまた元に戻ればいいって思ってる。
それはつまり、総司さんの事がまだ大スキってことですよ。また家族に戻りたいくらいに」
百香里はそんな総司の手を握った。
「それもユカリちゃんのお陰やから。あのままでおったら変わる事なんかできへんかった」
「恋は人を変えるんです。なんて」
「恋か。そうやな。俺はユカリちゃんに恋してるんや。これからもずっと」
「じゃあ、私は愛してあげます」
「大きく出たなぁ。…可愛いから許す」
「よかった」
ニコっと笑って総司とキスをする。軽く唇が触れるくらいの。
「ほんで何時になったら裸で添い寝してくれるん」
「ちょっと待っててくださいね」
「うん」
これが楽しみで頑張ってきたのだ。総司はワクワクしながらベッドに座る。
百香里も笑顔で立ち上がり。
「はい。お待たせしましたプリプリの裸体です」
「わあ!ほんに可愛いぷりぷりのお尻やないかぃ〜…てせやから俺は変態さんちゃう!」
総司の目の前にはピーチな実に可愛いお尻。でも残念な事にそれは愛妻のものではない。
ヨダレで汚れてしまったので新しく着替えさせるためにいったん裸にした司をはいどうぞ、と見せた。
ベビーベッドに向かった時点でそうくるだろうなと思っていたからそこまでガックリ感はない総司。
裸の司を預かり抱っこして服を取りに行った母親を娘と一緒に眺めてている。
「この服可愛くないですか?牛柄ですよ牛柄」
「ユカリちゃんの趣味か?めっさ可愛いやんか」
「何時もは買わないブランドのものなんですけど、つい可愛くって奮発しちゃいました。
私も渉さんたちのノリに感化されてるのかな…」
「ユカリちゃんに皆感化されたんや、ユカリちゃんもこっちに感化されたらええ」
どちらが良いとか悪いとかではないけれど。混ざり合ってもいいと思う。
総司はテキパキと司に牛柄の服を着せて娘のほっぺにキスして百香里に渡す。
彼女はそのまま娘を再びベッドに寝かしつけた。
「じゃあ総司さんに感化されて…」
「どないなるん。俺としてはもっとえっちになってくれたら嬉しいなぁ」
総司の前に座って彼の首に手を回し見詰め合う。
「なんでやねん」
実に気の抜けた棒読みの突込みらしき言葉を放つ百香里。総司は少し気が抜ける。
けれど負けずに彼女を抱きかかえベッドに倒れこんだ。しっかりとした吸い付くキスをしながら
手は上手に百香里の服を脱がせていく。彼女もそれに合わせるように腰を浮かしたりして。
「こっちのお尻のが好きやなあ」
「そんな触らないでください恥かしい」
「恥かしいんか?せやけどめっさ見えてんで」
「それは言わないでください」
ただいま総司の上に乗り彼にお尻をつきだして口での奉仕中。愛撫しようと手や口を動かすたびに
フリフリと動く形の良いお尻。その間からはチラチラとヤらしいピンクの壁が。そんな美味しい場面を
旦那様が見逃すわけもなく太ももやお尻を掴んだり撫でてくる。恥かしい、えっちな事を言いつつ。
「なあ、もっと腰下ろしてくれへん?舌とどかへん」
「…やです」
「なんで?見せるだけやなんて悲しいやんか。ユカリちゃんも気持ちようなりたいやろ」
「総司さんに任せたら力抜けちゃうから」
百香里の弱い所を意地悪くネチネチせめてくる総司。我慢できずすぐにイク。何回も。
それが楽しいらしく1度彼に身を任せたら最後延々と鳴かされつづけるという。
旦那さまを最後までちゃんと愛撫したいのにさせてもらったことが僅かしかない。
今度ばかりはと断固拒否で手を動かす。コレがあまり上手くないのも一因なのだが。
「それやったらユカリちゃんのホクロ数えよ」
拗ねた口調で言うと百香里のお知りの肉をグっと引いた。
ちゃんと中が見えるように。
「ひゃっ……何処の?」
「え。言うてええの?いっつも口に出したらスケベ!とか変態!とか怒ってくるトコやのに」
「総司さんのスケベ変態!ついでにえっち!」
「ユカリちゃんがもっとスケベで変態でえっちになれば丁度えんと違うか?」
「なれるなら、なりたいけど。…性分なので、ごめんなさい」
「そんな真面目にとらんといて。今のユカリちゃんでも十分やらしいで」
「それ全然フォローになってません!」
「あいた!」
怒ったのか総司の太ももをバチンと叩く百香里。そんな休憩を挟み彼女はまた動きを開始する。
結局お預けをくらった総司だが後で彼女に大の字をさせ存分に舌でせめたてた。
「司は変な風に育たないようにしないと」
「えー…何それめっさ嫌な言い方や。俺は愛があるえっちやで?」
早起きしたのと買い物の疲れもあってえっちは1回で終え夕方近くまで眠っていた2人。
司の鳴き声で慌てて目を覚まし娘にお乳をあげてオムツも替えた。抱っこしてあやす百香里。
総司は母親の聞き捨て鳴らぬ言葉に不満そうにベッドで裸のままふて腐れる。
「じゃあ将来司が彼氏と愛あるえっちを」
「そんなもんに愛は無い」
即答する総司に呆れて言葉が出ない百香里。
「……とにかく、司には堅実に確実に地道に生きて欲しいです。愛あるえっちで」
「最後はいらへんのと違うか」
「何れこの子も彼氏が出来たり結婚したりして幸せになっていくんです」
「…ええやん別に結婚だけが幸せとちゃうやん」
「総司さん」
「すんません」
まだ嫌そうな総司に苦笑しながらも泣き止んだ司をいったんベッドに戻し着替える。
夕飯の準備や洗濯物などやるべき事は沢山ある。今日の戦利品をさっそく振舞おう。
総司が司を連れてきてくれるというので任せて先にリビングへ。
「すみませんせっかくのお休みなのに」
「いいんですよ。じっとしていられないから」
真守が台所に居て驚いた。コーヒーを飲もうとしていたらしい。
凝り性なのか今では百香里よりもコーヒーをいれるのが上手い。
洗濯物は既に彼が取り込んでくれた。百香里のもの以外は。
それを取ってから御礼をして夕飯の準備。
「司に牛柄の服を着せてみたんです。凄くかわいいんですよ?」
「へえ。そんな服があるんですね」
「MOMOっていうちょっとしたブランド…なんですけど、同級生でママになった友達が居て。
その子に誘われてお店に行ったらつい。赤ちゃんの服は沢山あるのに。でも可愛くて」
「ブランドなら質はいいはず。そんな可愛いのなら買って損はないでしょう。
司にはわからないでしょうが、世話の大変さや苦労の見返りと思えば。ね」
品良く笑う真守につられてマネしてニカっと笑ってしまう百香里。
彼のようには笑えなくてちょっと恥かしいけれど。でもいい。
途中で司を抱っこした総司がおりて来た。
「耳もしっぽついてんで。めっさ可愛いやろ」
「ええ。本当に。可愛いってもんじゃないな…」
「司は堅実に確実に地道に生きる真面目な子になるんや」
「…兄さんの口から出た言葉とは思えないな」
「なんでやねん!」
牛柄な司にメロメロ状態の真守。この調子だと渉も同じようになるだろう。
不機嫌になって家を出て行ったけれど、夕飯までには戻ってくる。
外食したり梨香の所へ行く際は何時も電話かメールをしてくれるから。
お酒の準備も忘れずにしておこう。なんて考えているとさっそく廊下を歩いてくる音。
「なんだよそのちっさい牛」
「司や」
「わかってるよ。…くそ、…可愛い」
ドアを開けるなり真守に抱っこされている司を見て視線を逸らす。
司は渉が分かるのか嬉しそうに手を伸ばしている。
「お帰りなさい渉さん」
「あれってさ、MOMOだろ。けっこう高かったんじゃないの。貰いもん?」
「う。…あの、…私が買いました」
「マジ!?あんた自分であれ買ったの!?つか、買えたのか!?」
1円レベルの安さに拘って毎日飽きずにチラシを睨んでいるような女なのに。
今日だって夫婦そろって朝っぱらから安売りに行ったのに。それなのに。
赤ん坊の服なんてどうせすぐ駄目になってしまうのだからどんなでもいいとか
そんな酷い事を言っていたのに。ブランドものを買うなんて。
渉は嫌味抜きで心底驚いた顔をする。その心情が理解できる兄たち。
「渉、そんなに驚くと失礼に当たるぞ」
「…そ、そうだな。あんたでも買うときは買うんだな。そうだな。ああ。分かってる分かってる」
「落ち着け渉。あまりにも動揺しすぎだ」
「渉さんって動揺すると面白いかも…」
「ユカリちゃんここ怒ってええとこやで」
何時も落ち着いて冷めているのに。挙動不審とはこのこと。
「じゃ、じゃあさ。前から俺もMOMOは気になってたんだ。買ってもいいだろ?」
「それは」
「自分だって買ったんだし俺だって買いたい。牛柄だけじゃねえんだぞここは」
「わかりました。でも月に1つまでです。あんまりにも高すぎるのも駄目ですよ」
「分かってるって。前から買いたかったもんがあんだ」
「なんですか?」
「いいからいいから。そんな高くなけりゃいいんだろ。大丈夫」
何やら楽しそうに会話する2人。それを聞いて総司が真守に尋ねる。
「思たんやけど、渉の高いとユカリちゃんの高いはちゃうやんな?真守」
「それは言わないであげてください、渉があんなに楽しそうな顔をしているんですから」
「そうやな。そうしといたろ」
続く