後だし


「若いなんて今のうちだけだよ。ちょっとしたらすぐオバサンだよ」
「そんだけで結婚までせえへん。唯、ほんまはもう分かってるんやろ」
「わかんない」

土曜の朝。連絡を取るとすぐに会ってくれた娘唯。最近よく総司の周辺に現れるので
近所に引っ越したのかと聞いたら母親の親戚の家に遊びに来ているだけなのだという。
ただ高校はこの辺にしようかと思ってると意地悪く言われた。

「今は分からんでもええから、あんまり刺激せんといてくれ」
「邪魔者扱いするんだ。実の娘を」
「そこまで言うてほしいか?」
「…お父さん」

何時もはつい甘やかしてしまう総司だが今回は厳しい態度で臨む。
百香里が1人で悩んで自分なりの解決を導き出そうとしているのだから。
自分は何もしないで見ているわけにはいかない。

「百香里を認めてくれるんやったらええ。そうやないんやったら無闇に触らんで欲しい。それだけや」
「……」
「お前が不満に思うんやったら前言うたことは撤回する。今まで通り会うし相談も乗る。
欲しいもんがあるなら買う。イベントも出来るだけ参加する、それでええやないか」
「でも子ども出来たんでしょ。そっちのが可愛いよね、絶対」
「アホなこと言わんと。お前にとってもあれや。きょうだいに」
「なるわけないでしょ母親違うんだから。…絶対に認めないし」

百香里自身は見たこともない娘となんとか仲良くしようとしてくれているけれど。
こうして唯と話す限りそれは難しそう。今でも母親との復縁を望み百香里に対しては
敵意を隠そうとしないハッキリした性格の唯。会わせた所で仲良くなる所か何を言い出すか。
不満に思ってもそれを総司に出す百香里ではないからきっとひっそりと悩むのだろう。

「親の勝手でお前に無茶強いとるんは分かってる。けどな」
「分かってるよ。お母さんが浮気したんでしょ?でもさ、お父さんがもっと大事にしたらよかったんだよ」
「そやな。失敗したんは俺の所為でもある」
「何でやり直そうって思わなかったの?まだ小さかった私も居たのに。そんな速攻で嫌になるような
浅い関係じゃなかったはずでしょ?お母さん好きだったでしょ?チャンスあったでしょ?」

父と母が別れた原因なんて聞きたくないであろう話なのに。真っ直ぐに聞いてくる娘に総司は少し戸惑う。
そして、いつの間にか彼女は親のごまかしが聞く年ではなくなっていたのだと察した。
ここはもう素直に言うしかない。

「確かに別居しとった時はやりなおせたらとか思っとった。けど、最後までちゃんと信じられんかったんや」

もう二度とあんな事はしないからと泣いて謝ってきたのに。何度も何度も真摯に彼女は謝ったのに。
また同じことをするのではないか、本音は違うのではないかという疑惑がどうしても消せなかった。
深く愛して結婚をしたのにちゃんと彼女を信じられなかった。
今のように落ち着いて物事を考える事が出来たらもしかしたらやり直せたのかもしれない。

「今の人は信じられるんだ」
「信じてくれてるんや。こんな俺の事」

なんて過去を思っても仕方ない。今を生きているのだから。百香里との今を。

「お母さんだって信じてるよ。でも、お父さんがお爺ちゃんになって捨てられても来てくれないんだからね」
「そん時はそん時で考える、心配せんでええよ」
「私の事も捨てるんでしょ。無かったことにするんだ」
「そんな事せえへん。なあ、母さんの幸せは願っても父さんの幸せは願ってくれへんのか?」
「だって。それ願ったらお母さんの幸せが」
「それぞれもう別の道歩き出してるんや。お前も歩き出さんとあかんよ。唯」

父の言葉にちゃんとした返事はしなかった娘。言葉を受け止めてくれたのか分からない。
無理を押し付けている自覚はある。だからこれ以上は言うまいと総司は別の話題に切り替えた。
百香里を思いながら、でも娘はやはり可愛い。そんなところが甘いんだよと渉に怒られるだろう。
わかっていても貫き通せないのはやはり自分が父親だからだ。ただの言い訳だとしても。



「持って来ましたよ義姉さん」
「え?」

ちょっと仕事が残っているからと出て行った総司を待っていた百香里。
今日は一緒に買い物をして昼食をとってのんびりとデートの予定。
久しぶりだからワクワクしながら待っていたら出かけていた真守が戻ってきた。
その手には古いアルバム。重厚なつくりでそれ自体値打ちがあって高そう。

「昔のアルバム。渉から聞きました。兄さんの昔話が知りたいんでしょう?」
「あ。はい」
「兄さんが来るまでこれでも眺めているといいですよ」
「あの、もしかしてこれを取りに」

わざわざ実家まで?嬉しいけれど申し訳ない百香里。

「ちょっと用事があったので。ついでです。さ、見てください」
「はいっ」

テーブルにアルバムを置いて1ページ開く。そこにはあの巨大なお屋敷と広い庭をバックに家族3人の写真。
両親の顔は以前見せてもらった仏壇にある写真しか知らないからこんな若いのを見るのは初めてだ。
まだ総司が赤ん坊の頃だから真守も渉も生まれていない。しかもカラーでなくて白黒。
その先は赤ん坊の総司が延々と続く。長男とあって枚数が多い。どの顔も何処か今の総司の面影がある。

「ああ、これが僕ですね」
「わ。可愛い。女の子みたい」
「そうですか?」
「私何て近所の人に男の子だと思われてたんですよ」
「まあ、赤ん坊の頃は男女差があまり分かりませんから」
「いえ、中学にあがるまで」
「えっ?」
「お兄ちゃんのお下がりとか着てたし。体も自分で言うのも何ですけどメリハリが無くて。
髪の毛も梳いたり維持するの面倒だからバッサリ切ってたし。よくガキ大将と喧嘩してたな。
生傷が絶えなくてお兄ちゃんに怒られました…あ、あと女の子から告白されちゃったり!」
「……」

それからも出てくる出てくる今の百香里からは想像もつかない昔の話。
松前家の昔話なんかよりもよっぽど彼女の過去が知りたい。
そんな好奇心を持ってしまう真守だったがもちろんそれを口にはしなかった。

「こうしてみてると総司さん全然違う。着てる服の所為かな?それともお義父さんの前で緊張してるのかな。
私が知ってる総司さんは今の総司さんなので。こうして見せていただいて嬉しいです」
「貴方を連れて帰ってきた兄は僕の知っている兄とだいぶ違っていました」
「そう…ですよね。ずっとお家出てたんですよね」
「母が亡くなってすぐでした。僕も渉も何て勝手なことをする人だと怒りを通り越して呆れてましたね」
「……」
「父は兄の事は何も触れなかったけれど。遺言にちゃんと兄を後継者に指名していた。
冷たく厳しくしてもやはり信頼していたのだと思います。実際に兄は家に戻ってきた」

総司にどんな思惑があったのか真守には分からないけれど。それで父の遺言は遂行された。
最初はそれで社内外に波風は立ったが文句を言いながらも着実に仕事をこなす新社長に
今ではそれらも大人しいものだ。真守も口にはしないが兄を支えていけると自信を持てる。

「嫌な事から逃げちゃいたい気持ちは分かります。とっても大きな会社の社長さんですし」
「でも義姉さんなら逃げないでしょう。貴方は立ち向かう人だ」
「そんな凄くないです。逃げるときは逃げますよ全速力で」

真守に褒められてテレながら笑う百香里。言葉は嬉しいけれど反面苦い気持ち。
ただ真っ直ぐに突き進んできただけで立ち向かっているなんて気持ちは無かった。
それで人を傷つけてしまったり自分が傷ついたり。失敗も沢山してきている。

「これからも兄を引っ張ってやってください」
「そんな大層なことは…あ。これ、渉さんですか?」
「その制服は高校ですね」
「おお。イケメンです」

総司に続いて渉も写真が多い気がするのは歳の離れた末っ子だからだろうか。
見たことのないオシャレな学生服を着て写真に写る渉は今よりだいぶ幼い顔。
学校とお屋敷を車での送迎ではなくてバスに乗っていたそうだから
そんな彼に憧れる女子は多かったのではないだろうか。梨香もきっとその1人。
なんて想像を膨らませる百香里。

「そうですか?確かに人気はあったようですがこの辺からどうにも性格が曲がってしまって。
言う事は聞かないし学校はサボるし女性関係も派手で。よく退学にならなかったと思いますよ」
「渉さんも優しい人です。きっと素直になれないシャイなだけで」
「それはないと思います」

あの男に限ってそんなウブな事があるものか。真守は真顔で言った。

「人の写真みて何ニヤニヤしてんの」
「渉さん」
「性格曲がって悪かったな。シャイなんだよ。シャイ」
「分かったから着替えてこい何時までパジャマなんだだらしない」

リビングが騒がしいのでやってきたらしい。パジャマ姿のまま頭は寝癖でボサボサ。
寝起きの眠そうな顔の渉。写真の子と同じとは思いにくい変わりよう。
真守に怒られて渋々着替える為に部屋に戻っていく。

「ユカりん俺のシャツ何処」
「どういうのですか?」
「パチンコ行く時よく着るやつ」
「ああ。あれですね。持ってきます」
「いいよ場所だけ教えて」
「隣の部屋です。アイロンをかけてハンガーに」
「了解」
「渉。歯を磨きながら来るな。義姉さんの前なんだからちゃんと服を着ろ」
「パジャマ脱げっつったのあんたじゃん」

上を脱いだ状態でしかも歯磨き中で現れた渉に不愉快な顔をする真守。
対して百香里が平然としているのはもしかして慣れているのか。
そんな日常的にあんなだらしないかっこうで義姉と接しているのか。

「あいつを甘やかしてはいけません」
「え?」
「義姉さんが甘やかすとあいつは調子に乗ります」
「私は別に何も」
「それがいけない。あいつは何も言わないからそれで」
「いいじゃないですか。家族なんだし自然にしてもらえば」
「何を言ってるんですか。あんな悪い見本が傍にあったら生まれてくる子どもに悪影響でしょう!」
「そこまで悪くはないと思うんですけど…」

冗談なんて殆ど言わない真面目人間だからこれも本気なのだろう。
百香里からしたらさほど気にならない事でも彼は酷く気にしている。
一緒に初めてのお父さん教室に通っているからだろうか。子どもへの意識が高い。

「あんたみたいなクソ真面目野朗が傍に居ても悪影響だ。俺が居て丁度いい」
「真面目の何処が悪い」
「35になってまだ童貞とか困るだろ?大丈夫だって。俺がちゃんと脱童貞できるようにしてやっから」
「お前な」
「あの」
「ほらみろ。義姉さんだって困惑している。お前がバカな事を言うから」
「いえ、あの。まだ男の子と決まったわけじゃないので。あの、女の子かもしれないので」

白熱する義弟2人。水を差すようで申し訳なさそうに言う百香里。

「そ、…そうでしたね。すみません勝手に」
「いえ。いいんです。女の子でも仲良くしてくださいね?」
「あんたに似たらな」
「渉」
「でも女の子はお父さんに似るそうですよ?」
「げえ」
「すいません義姉さん」

その後着替えを済ませ髪型もセットした渉は梨香とデートではなくてパチンコへ向かい。
残った百香里は総司が戻ってくるまで真守とアルバムを眺めていた。
それぞれ1枚1枚に歴史がある。それを覗けるアルバムは好きだ。

「ユカリちゃんただいま」
「お帰りなさい」

総司の写真ばかりで本人が恋しくなって来た所へ帰宅する旦那さま。
すぐに抱きついて抱きしめ返してもらう。土産にはケーキ。

「悪かったなあ遅なって」
「いえ。お仕事なら仕方ないです」
「そうか。ほな、ユカリちゃん出かける準備しておいで」
「はい」

軽いキスをして百香里はケーキを冷蔵庫にしまい自室へ戻る。

「話は」
「出来る限りの事はした。それでもしまたユカリちゃんに接触するんやったら…」
「僕が話をつけてもいい」

総司が本当は娘と会っていたのを知っている真守。
百香里にいうつもりは無いけれど。どうなったのか気になってすぐに尋ねる。
でも総司の顔を見るにはっきりとした結果は無かったようだ。

「そう怖い顔せんといてくれ。お前にとっても姪っ子やないか」
「分かっていますよ。僕だって彼女が義姉さんと仲良くしてくれるなら今のままで構わない。
でも、そうでないのなら。今の家庭を壊したいだけなら、黙ってはいられない」
「真守」
「兄さんが苦しい立場なのは分かります。だから、いつでも僕が悪役になる」
「お前はほんま真面目やなあ。自分の幸せもちゃんと見つけるんやで」
「分かってますよ」
「んで。それは…ああ。アルバムか」
「先ほどまで見てました」
「そうか。ありがとさん。ユカリちゃん喜んだやろ」

百香里が着替えてリビングへおりると何やら真面目な顔でお話中の2人。
でも彼女が顔を出すとすぐに何時もの空気に戻った。仕事の話だろうか。
深くは聞かず真守に留守を任せ総司と手を繋いで部屋を出た。

「総司さん?」

車の中、まだ駐車場。エンジンもかけない総司を不思議に思い聞いてみる。
彼はぼーっとしているようであまり百香里の声が聞こえていないようだ。
何度言っても聞こえてないようなので肩をやさしく揺すってみる。

「ん?…あ。堪忍。…で、な?何処いこかって調べてたんやけど」
「はい。私は総司さんと一緒なら何処でもいいです」
「そういうと思てた。ほなまずはドライブしよか」
「いいですね」

そしてやっと動き出す車。

「ユカリちゃんえらなってきたら早よ言うんやで」
「はい」
「俺も我慢できんくなったら言うわ」
「え?…トイレ…ですか?だったら」
「ユカリちゃんとめっちゃイチャイチャしたいっ」
「総司さん嬉しいけど顔が怖いです」
「力みすぎた」

そんな必死に言わなくても。百香里の言葉に総司は顔を緩め真面目に運転。
特に何処へ行くというアテはない。買い物もふらふらとウィンドウショッピングでいいと思っている。
何時ものデートコースかなと百香里は思っていた。総司も特にプランがあるわけではないようだし。
少しの間沈黙する2人。運転中はあまりちょっかいをかけないほうがいいと思って。

「……」
「な、なに?そんな見つめたら恥かしい」

旦那さまの横顔を見つめてみる。ノロケだけどやはりカッコイイ。

「そういえば総司さんの高校時代の彼女が今女優さんだって聞いたんですけど」
「だ、誰がそんな事っ」
「凄いですね。かっこいいと綺麗な人とお付き合いできるんですね」
「…凄ないよ」
「今でも会うんですか。パーティとかで」
「会う訳ないやん」
「へえ」
「し、信じてくれてる…んやよね?」
「もちろんです。総司さんを信じてます」

のわりに視線が冷たいのですが。なんて冗談でも突っ込める雰囲気ではなかった。

「ユカリちゃんいじめんといて」
「いじめてないです。いいんですよ。総司さん。今浮気しなかったら」
「するわけないやろユカリちゃんおるのに」
「女優、弁護士、歌手、政治家、アイドル、アナウンサー…」
「あの、ユカリちゃん?」
「どうしたんですか総司さん顔色が悪い。…私はただ、子どもに就かせたい仕事を考えていただけですよ」
「そ、そうなん?へえ…い、いろいろあるねー」

バラしたのは真守か渉か。どっちなんだ。総司は苦笑するばかり。
百香里は何時ものように可愛らしい笑みを見せてくれるものの、何となく怒っているような。
下手な事を言ってはいけないような。そんな恐ろしいオーラが見えた気がした。

「もう下手に過去を知ろうとするのはやめます。十分分かりましたし」
「そ、そうか」
「…体に悪い」

知りたくない事まで知れてしまうのだから。お腹を撫でながら軽いため息。

「俺もユカリちゃんの事もっと知りたいなあ」
「何でも質問してください。といってもそんな歴史なんてないけど」
「そうやねえ。ほな好きな体位は何?俺が思うに騎乗位とか結構好きやんな?」
「総司さんのえっち」
「そんな照れんでもええやん。夫婦なんやし」
「知りません。……総司さんにギュッとしてもらえるなら何でも」
「そうか。ほな、今日は何時もより多めにぎゅってしよか」
「…はい」

いい事を聞いたとご機嫌な総司に対して恥かしそうにしながらもそっと彼の膝に手を触れる百香里。
甘えるのはあまり得意ではない彼女なりの精一杯の甘え。彼はそっとその手を握ってくれた。
小さいねとか可愛いねとか褒めてくれて。百香里はまた照れて顔を赤らめる。

「ほんま照れ屋やね」
「そ、そんな風に言われたことないから困ってるだけです」

総司からしたら何もかもが可愛い。きっと他の人間からみても可愛く写るはずだ。
そんなものを受け付けないくらい今まで忙しく働いてきたということか。
殆ど真っ白な彼女を自分のような男が得てしまうなんて。嬉しいけれど。

「よかったんやろかこんな後だしばっかな俺で…いや!あかんあかん。ユカリちゃんは離さへんからな」
「総司さ…あ!すいません離してください」
「なんで!?」
「そこのスーパー土曜市で安いみたいです。早く!左です左!」
「わ、わかったっ」
「チラシチェックしてたのに…ああもうめぼしいの残ってないかも…」
「ショックなんは分かるけど、人多かったら俺が行くから。大人しくしてるんやで」
「…はぁい」
「イジケた顔も可愛いなぁ」


続く

2010/12/9