優しさ


「行き成り来てしまってごめんなさい千陽さん」

一見すると入るビルを間違えて来てしまった買い物客みたいな風貌の百香里。
大きいお腹がなければ志望する企業の下見に来た就職活動中の女子大生に見えたかもしれない。
彼女は前回の失敗を踏まえ無駄にウロウロせず真っ先に受付に向かい名乗り千陽を呼んでもらった。
ほどなくして現れた社長秘書は何時も通りきりっとしたスーツ。他の社員も彼女に挨拶していく。

「それはいいのよ。でも、社長には会わせられないの。今、忙しい時で」
「はい。いいんです。総司さんには家で会えますから」

こんにちは、と爽やかな笑顔で言われてこちらも釣られて微笑み返す。
百香里が憧れるキャリアウーマンの姿がそこにあった。

「え?じゃあ」
「千陽さんに会いたかったんです」
「私に?」

意外な言葉に驚きながらも立ち話も何だからと場所を会社内にあるカフェに移動して2人席につく。
連絡も無くいきなり来るなんてまた社長の気まぐれで彼女を呼んだのかと思ったらどうも違うらしい。
百香里は総司さんにはナイショにしてくださいねと申し分けなさそうに言う。

「仕事中に来るなんて非常識なのは分かってるんですけど、あの、…携帯とか知らなくて。それで」
「いいのよ。気にしないで。それで?」
「はい。あの、千陽さんは総司さんの前の奥さんの事とかご存知です…よね?」
「え。ま。まあ。多少は伺ってますけど」
「教えてもらってもいいですか」
「いきなりどうしたの?社長が何かやらかしたの?」
「怯えてないで真っ向からぶつかってみようと思って。その方が私らしいと思いませんか」
「ええっな、なに?前妻に喧嘩でも売る気?」

宣戦布告とも取れる百香里の発言に飲みかけたコーヒーを噴出しそうになる千陽。
可愛い顔して過激な事をする。しかも妊娠中なのに。前妻の影がちらつくのは仕方のない事だろう。
会った事はないけれど子どもだって居るらしいし。もしや社長に就任したことで問題が出てきたとか?
それで今の妻である百香里が行動を起こそうとしている?新旧戦争?とか千陽なりに推理してみる。

「喧嘩なんかしませんよ。私、ちゃんと向き合おうと思っただけです」
「へえ」
「総司さんは私に気を使って子どもさんと会うの我慢したりしてるから。
会っても大丈夫だって思ってもらえるように私がもっと心に余裕を持てるようになろうと」
「そんな無理しなくても」
「私小学生の頃父親を亡くしてまして。父親が居ない寂しさは十分分かります。
お父さん代わりにお兄ちゃんが居てくれたけど、彼女には居ないんですよね」

ちょっと無理しつつそれでも笑みを見せる彼女はいい子だ。いい子過ぎるくらいに。
優しい行動だとは思うけれどだけど、はい分かりましたと全て教えていいものか。
総司には言わないで欲しいと懇願されているから裏切るわけにもいかない。

「わかったわ。詳しい事が書かれているメモ帳を持ってくるから待ってて」
「はい」
「何でも好きなもの頼んでいいから」

千陽は席を立ち一端カフェを出る。百香里は大人しく待っている。
時折あたりをキョロキョロと見回しては一般客や休憩に来た社員なんかを観察していた。

「なに。まだ何か仕事させようって?」
「仕事ではないのですが…」

エレベーターを上がると秘書課には行かず真っ直ぐに専務室に向かう。
社長は居ないか、そのほか邪魔な奴は居ないか。
入る前に周囲をチェックしてからドアをノックするとやる気のない返事が返ってきた。
入ると書類とにらみ合いをしていた渉。総司に言うなとは言われたが渉の事には触れられていない。
真守に電話しようかとも思ったけれど休暇中の彼を悩ませるのは悪いだろうとやめておいた。

「なんだ?おっさんに会いに来たってならあんたが俺の所に来る訳ねえよな」
「前妻の事を聞きたいと」

渉は最初書類を見ながらの会話だったが千陽の言葉にそれらを机に置いて此方を見た。

「喋ったのか」
「いえ。まだ」

見た、というより睨んだに近い気がする。何時もはやる気の見られない無気力な男なのに、
千陽の返事を待つその一瞬だけゾっとするような冷めた目つきをした。

「そう」
「奥様は1階のカフェにいらっしゃいます、ご指示を。専務代理」
「適当にはぐらかして帰せ。そういうのお得意だろ秘書さん。無駄に知識なんか吹き込んだら余計意識する」
「本人が知ることを望んでもですか。何も分からなくて不安でいるよりも彼女は安心できるかもしれない」

千陽の本音を言うと百香里の気持ちは同じ女として分からないでもない。
何も分からないでただじっと待っているだけでなく自分なりに防衛というか先手を打ちたいというのも。
悪い方向へ想像を働かせてしまったりモヤモヤするより良い。総司が百香里を手放すなんて無いだろうが。
日に日に大きくなるお腹を抱えながら不安まで抱え込むのもきっと良い事ではないはず。

「知って何が変わんの?それでユカりんは楽になるか?違うだろ。クソ真面目な性格だから
過去の女との生々しい話を聞いて余計に気が重たくなるだけだ。安心だって?笑わせんな」
「……」
「マジ女の考える事は鬱陶しい。面倒くせぇ」
「そういう割りに結構理解してるじゃないの」
「指示は以上だ。行け」
「分かりました。失礼します」

何時にも増して機嫌が悪そうで口調が荒い渉だが結局の所百香里を守る選択をしたということか。
百香里の話を聞いてそれに賛同する面もあるけれど、でも渉の言うように彼女が傷つくだけの可能性もある。
千陽にはもはやどれが最良なのかも分からない。けれど、現上司である渉の命令に従おう。
彼女の気持ちを思うと心苦しいけれど。でも、これも仕事だからと結局は千陽は逃げを選んだ。

「千陽さん。よかった。…ちょっと心細くなってまして」
「ごめんなさいね。メモ帳が中々見つからなくって」
「すいません。もしかして仕事増やしちゃったとか」
「いえいえ。いいんですよ奥様の為ですもの」

広いカフェに1人残されて本当に心細かったのだろう千陽の顔を見て心底ホッとした顔をする百香里。

「あ、あの。お茶だけじゃ不味いかもと思って、さっきケーキも頼んじゃいました…」

こういう店に来たら何かしら頼まないといけないのだろうかとかお茶1杯で居座る奴と思われるかもとか。
1人になってしまって心細いから余計に深く考え込み。彼女なりに考えてケーキを注文したらしい。
想像するとつい笑ってしまう千陽。百香里のそんな所は年相応で可愛いと思うけれど。

「あはは。いいのよそんな気を使わないで。ここは貴方の旦那さまの会社じゃない」
「そ、そう言われても実感が無くて」
「百香里ちゃんは社長しか見てないものね」
「そうなんです。思い込み激しいというか、ちょっとその辺は反省してます」

この人とならずっと幸せでいられる。自分が理想とする暖かい家庭を築いていける。
自分でもなんでそんな自信があるのか分からないけれど。
後だしで色んなネタバラシをされても兄の反対があっても総司と結婚をした。そこに後悔はない。

「でもこれからも信じてついていくんでしょう?」
「はい。けど、もっと他のものにも目を向けるべきだと思ってます」
「他っていうと?」
「松前家の事とか。総司さんの娘さんの事…とか。いろいろです」

他といいつつ結局はそこにたどり着くのか。口にはしないが千陽は苦笑する。

「わかった。私も出来るだけ協力するから」
「ありがとうございます」
「で、す、が。奥様はもうじき新米ママさんになるんですから。無理はせずご自愛ください」
「…はい」
「社長は幸せ者だわ」

百香里のような子を得られる男の条件を満たしてないと思う。容姿家柄は置いておいても、
それ意外が。普段から百香里への想いを散々聞かされている身の上としては
あの男にこの子は勿体無い。と思ってしまうのだった。

「あの。千陽さんは知ってます?総司さんが今みたいな喋り方になる前のこと」
「いいえ。私は社長が出て行った後にここに来たから。どんな感じなのかしらね」
「気になります…」
「カウンセラーに聞いたらいいかも。付き合いが長そうだから」
「カウンセラー?」
「なんでもない。さあ情報開示と行きましょうか」
「はい」

千陽の言葉に真剣にメモまで取り出した百香里に大したことを教えられないまま、
頼んでいたケーキも来て女同士の雑談を交えつつ帰りはタクシーを手配して帰した。
楽しい話しではないのに最後まで笑顔でいた百香里にごめんなさいね、と心で何度も謝る。

「話は無事に終わったんかい」
「はい。…え。社長っ!?」

見送り終わっても暫し呆然としている千陽の後ろから低い声がして。
振り返ると複雑そうな表情で立っている社長。
他の社員が皆慌てて此方を見て一礼していくが彼は気にもしてない。

「嫌な役やらしたなあ。堪忍してや」
「いえ。これも仕事ですから」
「話は渉から聞いた。あいつもユカリちゃん守りたい一身でな。わかったってくれ…無理にとは言わんが」

何時から居たのだろう。百香里も千陽もまったく気づかなかった。
腕を組み真剣な顔で眉間にしわを寄せる社長なんて仕事ではあまり見ない。
それほどに百香里の事で悩んでいるのだろう。千陽は社長と向かい合う。

「私はいいんです。ただ、彼女を。奥様を孤立させないでください」
「千陽ちゃん」
「彼女の居場所はもう社長の隣しかないんですから」
「離さんから大丈夫や。ほな仕事戻るかい」
「珍しくやる気ですね」

1人にしたくないから家に帰るとか言うと思ったのに。意外にも彼は社長室へと歩き出す。

「渉がな、サボったら殺すとかごっつい怖い顔で脅してくるんや」
「社長なんですから当然でしょうが」
「あいつ怒った顔めっさ親父に似とるんやよ。ほんに親子やねえあーおそろしぃー」
「……さ。行きましょう」

先ほどまでのシリアスな空気は何処へ。とぼけたことを言う総司に今度は千陽が眉間にしわを寄せるが
何時ものように怒るのはやめた。百香里の事が気になるのだろうし社員の前で社長を怒るのはよくない。
2人は長いエレベーターをあがっていく。千陽だって百香里の事は気になるけれど。
秘書としてそれを口に出すことはできなかった。帰ってからきっと何かしらフォローがあるだろう。



「お帰りなさい」
「……」
「あ、あの。お帰りなさい…」
「…聞こえてるから」

夕方。玄関のあく音がして、長い廊下を歩いてくる足音で誰かすぐに分かる。
リビングへ入って来たのはやはり渉。何時ものように百香里は笑顔で出迎えるけれど。
彼はどうしてか機嫌が悪いようで返事もろくにせずソファに座ってむすっとしている。

「は、はい」

何時も機嫌が良い訳ではないけれど、こんなにも荒れているのは初めてかもしれない。
もしかして会社で何か嫌な事があったとか。それとも梨香と喧嘩をしたとか?
百香里はどうしたものかと戸惑いつつ黙って見守るという選択を取る。
よく知りもしないのに偉そうなことを言って不愉快にさせたり傷つけたりしたら悪い。

「……」
「……」

続く沈黙。渉はテレビをつけるが何時もみたいに笑ったりしない。話しかけても来ない。
よほど嫌な事があったんだろうな、と百香里は思い様子を伺っていた。

「駄目だ何も浮かんでこねぇ」
「え?」

唐突に言葉を発した渉。だがその意味は百香里には分からない。

「ビールちょうだい」
「はい」

様子を伺っていると此方を見て普通に話してくれたから百香里も少し安心して。
冷蔵庫からビールを持ってくる。あと用意していたつまみも。
渉はテーブルにはこないでソファで飲み始める。

「真ん中の人は?」
「散歩です」
「わあ楽しそう」

そういいつつ明らかに棒読みで感情が篭ってないのが彼らしい。

「帰りに本を見て来るって言ってました。気になる推理小説が出たとかで」
「そんなもん読むのか。全然興味ねえけど」
「あの。渉さんの学生時代ってどんな感じですか?」
「いきなり何?人の昔話聞いて楽しいの?趣味悪いよ」
「え。そ、そんなつもりは。不愉快だったらごめんなさい」

ただ単純に思っただけでそんな深い意味があったわけではないのだが、
ギロっと此方を睨んでくるから百香里は驚いて慌てて謝る。
気に障るような言い方だったろうか。

「普通の学生だよ。普通の」

一瞬鋭くなったと思ったのにもう何時もの渉に戻っている。
もう怒ってないのだろうか。ヒヤヒヤする百香里。

「でも梨香さんは渉さん凄かったって言ってました」
「あいつは大げさなだけ」
「同じ学校ですか?幼馴染とか」
「違う。あいつは女子高。接点なんてバス通同士顔合わすくらい」
「なるほど。そこから運命的に…え。バス?てっきり車で送迎とかかと」

お金持ちの坊ちゃまでがバス通学というのはアリなのかもしれないけれど、
百香里が想像するのと違ったから少し驚いた。
といっても自分が想像するお金持ちというのは漫画からのイメージだけだが。

「専用の車はあったよ。上の人も中の人もそれだった。でも、俺は嫌いだからバス通。
三男だから家の事とか関係ないし。好きに遊んだって親に怒られなかった訳」
「そういうものなんですか」
「他は知らない」
「そう、ですね」
「ユカりんはチャリ通だろ。で、部活なし。バイト三昧。男は1人」
「すごい!やっぱり渉さんは凄いですね!」

百香里と一緒に住んでいたら嫌でも分かる性格は過去とあまり変わってないらしい。
過去、と言ってもほんの2年、3年くらい前の話しではあるけれど。
誰でも分かるようなことを言い当てられて感動すらしている彼女に苦笑いする渉。

「俺も応えたんだし、聞いていいよな?」
「なんでしょう?」
「その1人と何で別れたの?ユカりんが好きになった男なんだから変なのじゃないんだろ」

百香里は鈍いのか忙しかったのか過去に男の気配は殆どなくて慣れてもいなさそうで。
その唯一居る1人とはどういう人物なのか純粋に気になる。彼女が選んだ男ならば
それなりに信頼できる相手ではないだろうか。総司はかなりウザいけれどムカつくけれど。

「彼の家は代々お医者さんのお家で。そんな家に私は不釣合いだと思っただけです」
「って言われた?そいつかそいつの両親とかに」
「彼はそんな事言いませんでした。私がそう思っただけ」
「ふぅん。じゃあさ、もしあのおっさんがデケエ会社の社長って最初から分かってたら結婚しなかった?」
「かもしれませんね」

今でも家柄についていこうと必死になのだから。

「そういうもんか。面倒だな」
「総司さん私がいきなりの事で困ってたら真面目な顔をしてほな一緒に逃げよう!って言ってくれたんです」

ちゃんとした説明も無く案内された豪華なマンションで住むことになって。年上の義弟と暮らすことになって、
失礼だけどそんな風には全く見えなかった総司が新社長とか言われて。
苦労するかもしれないけど2人で生きて行こうと思っていた百香里が混乱しないわけがない。
社長夫人何て言われて一気に自信が無くなった百香里に総司は手を握って真っ直ぐに言ってくれた。
逃げるなんて駄目だ。それは百香里もよく分かっている。でも、
あの時のあの彼は言ってくれなった。たとえその場限りの嘘であっても。言わなかった。

「アホだろ」
「でも、私は嬉しかったです。すごく。私そういうロマンティックな言葉に弱いんです」
「ロマンティックねえ。そういうの好きなんだ。ユカりんでも」
「はい。女の子ですから」
「ま、そりゃそうだ。男だったら怖すぎ」

笑う渉に百香里も少しだけ微笑む。暫くして真守が帰ってくると百香里は夕飯の準備を続行。
ただし簡単なものだけして後は弟たちがやってくれた。気遣ってくれるのは嬉しいのだが
やる事がなくてソファに座るしかないのはちょと退屈。

「真守さんこれは」
「読み聞かせてはどうかと思って絵本を買ってみました」
「ありがとうございます。可愛い絵ですね」

ふと目に付いた袋。真守に何ですかと聞いたら開けてみてくださいといわれて。
あけてみると可愛らしい絵柄の本。明らかに真守の趣味ではないだろう。
子どもの為に買ってくれた本はこれが初めてではない。
そろそろ本棚を買わないといけないくらい。それでも嬉しいのは変わりなく。

「試しに読んで自分が寝付くってどんだけ子どもなんだよ」

やる事も無いからか真剣に絵本を読み始めて気づいたらソファでお休み。
渉は呆れながら彼女に毛布をかけてやった。

「そう言うな。疲れていたんだろう」
「歩いて会社まで来たのかな。タクシー使えよこういう時くらいさ」
「義姉さんの優しさは美点だとは思うが、行き過ぎると心配の種でしかないな」

料理を皿に盛り付けながらチラっと百香里を見て苦笑する真守。
今日の出来事は既に真守も知っていた。
渉から言おうと思ったら既に連絡を貰っていたようで。

「こんなに心配してやってんのに。なんで大人しくできねぇんだ。おいユカりん」
「渉。起こすな」
「大丈夫。この人いっぺん寝ると中々起きてこないから」

渉が言うように気遣わず普通に喋っていても百香里は起きてこなくて。
夕飯の準備を全て終えても寝ていて。総司が帰ってきて彼が起こしてやっと目をさました。
恥かしそうにする百香里。それが可愛くて総司はギュッと抱きしめて中々離さなかった。

「ユカリちゃん体調はどうや。次の検診日いつやった?」
「今週の金曜日です」
「そうか。また一緒に行こな」
「はい」

総司から特に何をいう訳でもなく食事を終えて休憩を挟み風呂へ。
百香里を後ろから抱きしめるように湯に浸かる。

「そや。久しぶりにデートとかせぇへん?」
「いいですね」
「買い物もしたいし。ユカリちゃんと話しもしたいし」
「素敵」
「えっちもしたいけど。それは我慢しとくわ」
「我慢しないでいいですからね」
「ユカリちゃんに飼いならされてるから待ては得意やで」
「総司さんが意地悪言う」

ふて腐れる百香里だが後ろからは笑い声。

「週末はユカリちゃんとラブラブや」
「総司さんたら。あ。あの。カウンセラーさんってどういう人なんでしょうか」
「か、かう!?かう…せら…?」
「そんな動揺するような相手なんですか?」

まさか女の人?総司と長い付き合いらしいからもしかしてそういう?
百香里は振り返り夫の顔を見つめる。

「俺より渉のが付き合い長いんとちゃう。悪い奴やないんやけど調子のええ奴で」
「女の人ですか?」
「男や」
「そうですか。…良かった」
「ユカリちゃん」
「あっ。あの。ちょっと聞いただけです」

千陽に総司の事を聞いたのはナイショ。既に皆にバレているなんて知らないで。
百香里は慌てて取り繕う。総司は微笑んで抱き寄せる。

「正面からみたら何倍も可愛いな。ちゅーしたろ。目、閉じて」
「はい」

言われるままに目を閉じる百香里。

「俺に正面からぶつかって来たらええよ百香里。受け止めるからな」
「…え?」

呟くような小さな声で総司は言う。百香里に話しているような、自分に言い聞かせているような。
彼女はちゃんとは聞こえなかったようで何ですか?と目を開けて此方を見る。

「ほらほら目閉じてくれなちゅーできへん」
「総司さん今」
「愛してるって言うたんや。恥ずかしいから小さい声で」
「そ、そうでした?もっと長かったような」
「しゃーないな。全部ちゃんと言うわ。かなりえっちやからユカリちゃん覚悟しぃや」
「そ、そんなの言わないでいいですっ」
「言うたろ。ユカリちゃんの」
「だめ!だめっ」


続く

2010/12/5