そして
−後編−


「朝ですよ。起きてくださいな」
「……うぅん…」
「朝ですよー」

ポンポンと布団越しに優しく肩を叩く手。
もう朝なのかと雅臣はその声の方へゆっくり向いて。

「…優しく起こして」

と目を瞑ったまま甘えた声を出す。彼女の性格からして無理と分かっていながらも
こうして起こしに来てくれる度に家政婦さんに強請っている。殆ど怒鳴られるか
叩かれるか鼻を摘まれ窒息するくらいのキツいキスで乱暴に起こされる。
今日もたぶん。でも、それでもいい。彼女らしいから。

「甘えん坊さんなおじちゃん」

そう言うとチュッとほっぺにキスをして頭を優しくなでてくれた。
亜美がこんな優しくしてくれる日があるなんて。驚いて目をあける。
そこに居たのはにっこり微笑んで顔を覗き込んでいる亜美…にしては幼い。

「あ、亜矢ちゃん!?」

今キスしてくれたのも彼女。驚いて慌てて身を起こす。何で彼女がここにいるんだ。
確かに今日は休日で学校の事は考えなくていいけれど。それにしたって。
亜矢が来るなんて聞いてない。目をパチパチさせている雅臣に亜矢は笑顔のまま
おはようございますと言って着替えも出してくれていた。

「言ってませんでした?」
「聞いてないよ」
「まったー。物忘れ激しいんだから」

服を着てすぐに台所にいるという亜美の元へ。朝ごはんの準備中の彼女。
妹がいるからか何時もよりかなり豪華な朝食だ。パンではなくてご飯だし。
何も分からずただ混乱している雅臣に亜美は特に表情を変えずに返事をする。

「私が君の言葉を忘れるわけがない」
「そう、ですか」
「命に関わるし」
「今ここで終わらせましょうかその命」

包丁をキラリと光らせて雅臣を台所から追い出す。特に詳しい話を聞けないまま
とりあえず顔を洗う事にした。昨日のことを思い出してもやっぱり何も聞いてない。
亜矢はちょこちょこと動き回り屋敷の掃除をしている。姉の手伝いをしているのか。
雅臣がそんな事しなくていいよと言っても大丈夫だといって。

「似たもの姉妹、か」
「どういう意味ですか」
「居たの」

顔を洗い終えて1人で洗濯物を干している亜矢を手伝おうと階段を上がっていると
後ろに亜美。恐らく彼女も妹を心配して手伝いに行く途中だったのだろう。
雅臣は立ち止まり振り返る。

「居ました。朝食できたのでどうぞご主人様」
「ねえ家政婦さん」
「はい」
「もし、私が君でなくて彼女を選んでいたらどうなっていたのかな」
「亜矢ですか?」
「そう」

雅臣の質問に亜美は間髪入れず。

「ぶっ殺してます」

と目を見て強い口調で言った。

「怖いな」
「亜矢にも正志にも一切手をださせませんから」
「君が1人で全部引き受ける?」
「はい。その覚悟は出来てます」
「強いお姉さんだね。だが、全部1人で抱えるには重過ぎる気がしないかい」
「大丈夫ですよ。借金取りさんは私が好きだから」

やっとニッコリ笑って雅臣の胸に収まる。抱きしめると抱きしめかえされて。
そのまま軽くキスをした。亜矢を呼んできますと雅臣から離れ階段を上がっていく亜美。
先に座っていてくださいといわれたのでそれに従う。先に食べてもいいとも言われたが
もちろん彼女たちが来るまで待つ。少し意地っ張りで頑張り屋な似たもの姉妹。
可愛いものだとコーヒーを自分で淹れながら笑みを浮かべた。

「おじちゃんはこんな広いお家に住んでて寂しくない?」
「ん?いや。別に寂しくはないよ」
「そうなの?亜矢は寂しいな」

亜矢と亜美が戻ってきて3人で囲む食卓。
以前叔父さんの為にと何度も練習した卵焼きは今でもちゃんと美味しくご飯もふっくら。
味噌汁も具は少ないが美味しくいただける。品数は少ないけれど十分すぎる朝食。

「あれー?亜矢の夢は王子様とお城に住むんじゃなかったっけ?」
「それは昔の夢なのー!今じゃないの!皆で住むの!」
「じゃあお父さんにお城建ててもらおうか」
「えー。お父さんじゃ無理だよぅ」
「そりゃそうか。今のあれがお城だもんねぇ」
「正志が遊んでて障子に穴あけちゃった」
「また?ったくあのガキはー」

何時もと変わりない姉妹の会話を聞きながらの朝食を終えて、亜美は片付けを始める。
亜矢も手伝うと言ったが毎週楽しみにしている番組が始まるからと言われて。
ごめんね、とお姉ちゃんに言いながらも早足でテレビのある部屋へ向かい。
始まるのを楽しみに待っている。その後姿はまだまだ幼い子ども。


「新しい家の事なんだけど」
「もう決めたんですか」

それを確認してから雅臣は台所へ。片付け中の亜美に話しかける。
この前親類とは名ばかりの相続した金をむしりに来るあの連中にここがバレた。
彼らはまた何かにつけてここに来るだろう。だからまた家をかえて逃げようとしていた。
亜美は手を止めて隣の叔父さんを見る。どう結論付けたのだろうかと。

「去るなら、私だけにしようと思うんだ」
「どういう意味ですか」
「この屋敷を君に残し、私は」
「自分だけ身軽になって逃げようっていうわけですか」
「……」

視線を皿に戻し黙々と片づけをする亜美。怒っているのか動作が乱暴だ。
雅臣は黙り視線を彼女から逸らす。

「お好きになさってください。私だって、色々と忙がしいですから」

戦う、という選択肢はやっぱり無いんだ。分かってたけど残念な気持ち。
亜美は強い口調で言いながらも心の中では落胆のため息をした。

「好きに出来るなら君と……離れたくない」
「雅臣さん」
「遺産なんて母が亡くなってもうどうでもよくなったけど今は君の為に手放せない。
だが手元に金があると分かっている限り連中は私の元へ来るだろう。何処へ逃げても」

やはり亜美にまで連中の手が及ぶのは我慢ならない。想像するのも腹が立つ。
医者を目指して勉強していたがとうてい間に合わないから。受け取った膨大な遺産。
その金に群がる恥知らずな人間を激しく憎み心は荒んだけれど。

「私はお金なんて」
「わかっているよ。でもね、これは私だけが出来る…愛情表現なんだ。
自分勝手で歪んでいるかもしれない。でも、そう、思わせて欲しい」

幼い日の亜美のお陰で救われた。そして今、彼女は何よりも特別な女性。
もう二度とこんな愛しくて暖かで切ない気持ちにはならないだろう。
彼女の為に金を使いたい。すべてを捧げたい。拒むだろうから影からこっそりとでも。
それで喜ばれるとは思えないけれど。愛想をつかされるかもしれないけれど。
これが自分にできる愛の証のように思えて。

「そんなのいや。…雅臣さんが居ないなんていや」
「亜美」
「私も行く。どうせ就職するつもりだったんだもん」
「大学は?夢は?」
「そんなの別に」
「駄目だ。君は夢を諦めてはいけないよ」
「じゃあ雅臣さんも何処にも行かないで」
「しかし」

片づけを終えてエプロンを外す亜美。雅臣を睨み。

「逃げたら別の男と毎晩えっちしてやる」
「できっこないさ」
「出来ます」

ふん、と悪態をついて台所を出て行った。雅臣は何も出来ず言えず佇み。
亜美が去って暫くしてやっと体が動いて彼女の後を追いかける。
他の男に毎晩なんて、冗談でも嘘でも見栄でもそんなの想像もしたくない。
慌てて亜美の部屋へノックもなしに入るとベッドの上で携帯を持つ彼女。
もしかして男と連絡を取ろうとしているのか。知らない男と。

「駄目だ!」
「あ!ちょっと!私の携帯!」

行き成り入ってきて驚いた顔をする亜美。雅臣はその手から乱暴に携帯を取り上げ
地面に投げ捨てる。ガチャン!と大きな音。
抗議の声をあげる亜美だが雅臣は構わず膝をつき彼女の膝にギュッと抱きつく。

「他に奪われるなんて想像もしたくない」
「……」
「ただ君と今までのように静かに生活したい。生きていてよかったと思いたい。
私の人生は決して無駄なものではなかったと思いたい。それだけなんだ」

望むことは何時だって一緒。静かな生活。穏やかな時間。それだけなのに。
なのに神様は意地悪だ。自分から大事なものを簡単に奪っていく。独りにする。
亜美はそっと雅臣の頭を撫でてやる。

「変な事言ってごめんなさい。雅臣さんじゃなきゃ絶対いやだもん。ごめんなさい。
離れることない。ずっと一緒に居よう?もう悲しいことは考えないで」
「亜美」
「だから。……携帯、弁償しろテメエこら」
「痛いよ」

肘で頭をグリグリされながらも自分の気持ちを吐き出した雅臣は心が穏やかだった。
顔を上げると亜美を抱きしめてベッドに倒しキスする。彼女は抵抗せずされるがままに。
そっと抱きしめてきた。

「最新機種がいい」
「いいよ」
「ついでに物件も見てきましょうか」
「それなんだけど」
「何ですか」

抱きしめあい軽く唇を合わせたままの会話。
また雅臣が自分を置いて1人で出て行こうとするのかと拳を握る亜美。
彼をボコボコにしてでもそんな事させない。

「お城って手もあるね」
「はあ?」
「王子様もいるし」
「くたびれたおっさんの間違いでしょう」
「ここに居るよ。ここが私の城だ」

もし彼女を家に帰すにしてもそう遠い距離でもないし。何て打算もある。
用は彼女をあいつらから引き離し守れればいい。そう思っていたから。
自分から去るという選択肢は最後の最後にとっておこう。

「私、姫願望ないんですけど」
「じゃあ家政婦さん」
「かわいくない!」
「何だったらいいの」
「女帝」
「ああ…」
「何なっとくしてんだこら」
「痛いって」

雅臣の頬をひっぱりながらクスクス笑い出す亜美。つられて彼も。
そんな感じで暫くベッドでじゃれあいながら何度もキスをした。
気分はそのままえっちに進んでも良かったけれど。下には亜矢が居る。
この広い屋敷で彼女1人にさせるのはかわいそうだ。

「亜矢?亜矢。何処行ったのかな」
「ここだよ」
「え?あ」

さっきまでテレビを観ていた部屋へ行くと彼女は居なくて。
なれない屋敷で迷子になったのかと心配になった亜美だったがそうではないらしく。
雅臣がこっちこっちと言う場所を見ると亜美からは死角になるソファの隅っこで小さくなって眠っていた。
朝から動き回り疲れたのだろうか。起こさないように抱き上げて開いた部屋に寝かせてやる。

「え。亜矢ちゃんがかわりに?」
「そんなのさせませんけどね」

部屋を出てすぐの廊下。やっと亜矢がここに来た理由を聞くことが出来た。
行き成り来てお姉ちゃんの代わりに自分が借金の形になると言い出したのだという。
彼女なりにずっと考えていたらしく今日はその様子見。もちろん両親はまだ知らない。

「そう」
「まだ小学生なんだから」
「私は悪い叔父さんだね。金で大事なお姉ちゃんを縛っている」
「借りたのはこっちですから。私たちも、あんまりかわらないのかな」

理由はともあれ腹違いの弟が金を持っている資産家と聞いて借りに行った。
こちらからは今まで一度も会ったこともないのに。存在すら知らなかったのに。
金目的で近づいた。兄だ親戚だと名乗り。雅臣が軽蔑する人間と同じ穴の狢。

「それはもういい。大事なのは今だから」
「じゃあ、お昼の献立考えるとしましょうか」
「もうそんな時間か。あっという間だね」
「冷蔵庫のもので何とか料理を」

しようかな、と言う前に玄関のチャイムが鳴った。もしかしてまた彼らか。
黙ってしまう亜美に雅臣はここに居てと言って1人で階段を降りていく。
それを見送るつもりだったけれど自分も何かしなければとこっそりついていった。


「君たちか」
「久しぶりに遊びに来たんだけど」
「邪魔だったかな」
「丁度亜矢ちゃんも来てるんだ、あがっていくといいよ」

こっそり影から見ると玄関に居たのは双子だった。ホッとする亜美。
恐らく雅臣も同じ気持ちだろう。2人をあげて玄関を閉める。

「やあ君たち元気そうだねー」
「相変わらず凶暴な顔だな」
「ほんとほんと」
「何で普通に挨拶しただけなのにそこまで言われにゃならんのだ!」

さっきまで亜矢が居た部屋に双子は入りテレビをつける。
遊びに来たといっても叔父さんと何をするわけでもない。ただ様子を見に来ただけ。
亜矢は眠っていると聞いて残念そうな顔をする恒だが亜美が飲み物を持っていくと
何時もの可愛げのない失敬なご挨拶で始まった。実に彼ららしい。

「え?親戚?がどうかしたの?」
「いやさ。…どういう、人たちなのかなって」
「まさか、ここに来たのか」
「らしいんだけど。私は見てないから」

それとなく亜美も座って親戚について聞いてみる。彼らなら知っているだろう。
雅臣に聞いてもはぐらかされてちゃんとは教えてもらっていない。どういう人たちか。
親戚と聞いて慧はあからさまに嫌そうな顔をした。恒はへえ、とあまり興味なさげ。

「分家の連中さ。本家で残ってるのは俺たちと叔父さんだから。
本来なら叔父さんが大野の家を守るべき何だろうけど、ああだこうだと難癖をつけて。
爺さんと父さんが死んでからはあいつ等が本家気取りさ。もう関係ない家だしそれでいいけど」
「関係ないって、あんたたちの実家じゃない」
「お前には分からない。……分かってたまるか」
「慧」
「でも連中がここに来たって事は、叔父さんに金をたかりに来たのか」
「……みたい」
「飽きずに良くやるな」
「叔父さんも一緒にアメリカに行けばいいんだ。そしたら静かに暮らせる」
「そうだな。お前もそう思うだろ」
「え」

慧に問われて言葉を詰まらせる亜美。確かに逃げ回り続ける生活は疲れるだろう。
心も体も荒んでしまう。そんな姿を見たくはないし、彼を楽にさせてあげたい。
あの人の事だから言葉の問題は無さそう。海外という選択肢はとてもいい。
ただそうなると傍には居られない。結局返事を出来ないまま部屋を出た。


「どうしたの」
「……」

ボーっと窓から金木犀を眺めていたら雅臣が声をかけてきた。
チラっと彼の顔を見るが特に何を言うわけでもなくじっとしている。

「彼らに何か言われた?」
「……」
「私の所為だね。大事な時に、ごめん」
「あの。今からでも英語って上手くなります?」
「え?と。上手くっていうのは会話が?」
「そう。生活できるくらいでいいんですけど」
「因みに、亜美の英語の成績は?」
「3ですけど」
「……」
「む、難しい…でしょうか」

突然の質問に驚いた顔をする雅臣。だが亜美は真剣だ。
もしかして英語が重要な試験科目の大学に進学とか考えているのだろうか。

「勉強すればなんとかなると思うけど、何なら私が教えてもいい」
「はい。そうしてください」
「でも、行き成りだね。何かあったの?進学を決めるなんて」
「え?違いますよ。2人で行くんです」
「何処へ」
「アメリカ」

思わず噴出しそうになるのを堪え亜美を見つめる。今何と言った?
2人でアメリカに行く?どうして何があってそんな結論に出てしまう?
あの双子たちが何か彼女に言ったのだろうか。
この屋敷でずっと一緒に居ようと言ったばかりなのに。何故こうなる。

「あの。私はアメリカへは行かないよ?」
「でも」
「君とここに居る」
「雅臣さん」
「あ。遊園地になら行きたいな」
「出たこのエロ壮年」
「亜矢も遊園地行きたいなぁ」
「うおっ!あ、亜矢!おきてたの!」
「うん。今」

死ぬほどビックリした。もちろん、遊園地は亜矢が考えている場所じゃない。
心臓をドキドキさせている亜美。亜矢は起きたばかりのようで目を擦っている。
慌てて慧や恒たちが遊びに来ていると話をしたら嬉しそうに其方へ走っていった。

「もう。ロリコン変態エロおっさんの所為で死ぬかとおもった」
「はははは」
「笑い事ですか」
「いや。うん。何時もの君だなとおもってね」
「遊園地…行くなら…昼から、…ですよ…?」
「そこでちゃんと話をしよう」
「……出来るんですかね」
「出来るさ。亜美は2人きりの方が素直になるよ、…色々と」
「滅されろ変態スケベ!」
「痛いっ」

全力で叔父さんの腹に一撃食らわせると昼食の準備に取り掛かる。
客が3人も居るから量が増えた。これはもう一気に野菜炒めでも作ろう。
腕まくりをして台所にたつと亜矢が来て手伝ってくれるという。ここはいいよと言っても
慣れているからとテキパキと動いてくれて。ちょっと負けた気分。

「亜矢ちゃんは料理が上手だね」
「やっぱり性格が出るんだよ」
「そんなんじゃないよ。お母さんのマネしてただけだもん」
「ああ、それでか。美味しい」
「うん。おかわりー」
「私も作ったのに。何さ。…美味しいけど。な、なにさっ」

いや、だいぶ完敗。



「そんなふて腐れなくても」
「こうなったら料理教室とか通ってやる!あのやろー!」
「それも悪くないけど。今は落ち着いて話をしない?」

双子に亜矢を任せて街へ出た2人。壊された携帯を修理に出すというのは口実で
行き先はもちろんあの遊園地。1度入ったからもう迷うことは無い。
のだが、相変わらず入口で延々説明を読む叔父さんには恥かしい思いをさせられる。
部屋も前と少し違っていて。只今入浴中。大きく円の形をした泡の出る風呂。
亜美を膝に座らせ叔父さまはご満悦の様子。

「執拗に胸を揉んでくるおっさんに言われたくない台詞ですね」
「君が見てくれないから」
「嘘をつくな変態」

亜美は鋭く睨むと向きを変えて雅臣と向かい合う。

「ん?」
「もし嫌なら、私海外だって付いて行きます。だから無理はしないで」
「家族を捨てて?君にそれが出来るとは思えないな」
「……でも」
「あがろうか」

もっと何かしてくるとおもったのに。思いのほかあっさりと風呂をあがる。
先に出ていてくれと言われてバスローブを着て部屋へ。ベッドに座っていると
急に真っ暗になる部屋。カーテンも閉めていたから日も入らない。

「何ですか急に」
「私と君だけの世界へ行こうとおもってね」
「暗くておじさんがよく見えない」
「でも分かるだろう?」

驚いていると雅臣に抱きしめられてベッドへ倒される。バスローブを脱がされ。
彼のと一緒に地面に落ちる音がした。耳元では雅臣の吐息が聞こえる。
あと自分のも。何時もより荒い。興奮しているのだろうか。

「何するんですか」

どうしようか考えていると雅臣に手を掴まれてバンザイのポーズ。
そのままのポーズで何か柔らかな紐で縛られる。こんなの初めてだ。
まさかそういうプレイをするつもりなのか。SMなんてよくわからない世界。
抵抗するが思いのほか束縛は強く足をジタバタさせるしか出来ない。

「殴られないように」
「はあ?蹴り飛ばしますよ?」
「じゃあ足も縛ろうか。大きく開いたままで」
「…そ、それは結構です」
「じゃあ大人しくしようか」

想像したら恥かしくて死ぬ。とりあえず暴れるのはやめた。

「あっ…あぁん…」

それを見計らい胸のピンクの先に吸い付く。暗いから良く見えない。吸い付く音だけ。
手の自由もなくシーツを握るのでやっと。足に力が入り甘い声が漏れた。
すぐに手が来て胸を揉みしだきはじめる。また抵抗できず喘ぐばかり。

「君の夢を聞いてなかったね。教えてくれるかい」
「……夢、ですか」
「そうだよ。君がこの先どうしたいのか、恋人としては知っておきたい」
「今はそんな…」
「素直に言わないと意地悪い事をするよ」

雅臣は体を離すとぷっくり存在を主張しだした胸の先を軽く摘んで引っ張る。
ちょっと痛いけれどそれでも感じてしまう自分が居て。
抵抗の声をあげたいのに出てくるのはふにゃっとした喘ぎ声のようなもの。

「ぁん」
「素直に言ってごらん」
「……」
「私には教えてくれないのかい」
「……」
「じゃあ、仕方ないな」

雅臣は軽く亜美の唇を奪うと彼女に覆いかぶさる。
何をされるんだろう、と怯える亜美。まだ暗くてぼやけている視界の中。
手は自由を奪われているし足の間には彼の体があって閉じられない。

「ぁあっ」
「君の体はこんなにも正直なのに」

そう言って亜美の足を掴みあげると思い切り前に倒す。全開になる彼女のソコ。
たとえ部屋が暗くてもこんなにハデに股を開かされれば恥かしくて声が出る。
広げられただけなのに触れられてもいないのに。まるで感じているみたいな変な声。

「い…やぁ」
「じゃあ」
「…ぁっ」

おまけに片方の足を掴みふくらはぎにキスしてきて。ビクっと震える。
このまま亜美が返事をするまで直接ソコへ触れるのではなくて間接的にネチネチと
攻められるのか。こんなの嫌だと思いながらもそれが切なくて。

「教えてくれるかい」
「……保育士」
「じゃあ学校に通って資格を取らないといけないね」
「……」
「兄さんも同じ気持ちだと思う。君に夢を諦めて欲しくない」
「諦めるんじゃありません。もう別にそんなの興味なくなっただけで」
「それが君の本当の言葉か、これからじっくり聞いてみようかな」

雅臣はペロっと亜美の足を舐め、そのまま顔をまだ潤んでいないソコへ埋める。
亜美の大きな胸越しに彼女の様子を伺いながらゆっくりと舌を動かす。
すぐに腰が浮いて何とか逃れようと体を捩るがすぐに腰を押さえ込み逃さない。

「へ…へんたい…っ…」
「認めるから…素直に言ってごらん」
「あ…ぁあああああっ」
「君の強情さは分かってる。…時間をかけて……ゆっくり行くよ」

少しして、ビクっと体が震えて彼女が果てても続く執拗な舌の愛撫。
柔らかそうにプルプル震える胸に手を伸ばし鷲掴みながら。
亜美が意地を張らずに素直になるまで攻め立て続けた。


「…ん…っ…」

小刻みに腰を痙攣させながら息を荒くさせる亜美。吸い付かれた胸には沢山赤いあと。
舌で愛撫されたソコは陰毛も何もかもドロドロで大きく股を開かされたまま固定され。
その恥かしさを感じるまもなく勃起している淫核はピクピクと熱くうごめいている。
おまけに今は唇を少々乱暴に奪われ中。

「早く言ってくれないか…私も我慢ならない」

1つになりたい。亜美の中へ。雅臣に来て欲しい。
夢を白状させる云々関係なしにお互いにもうその願望を抑えきれない。
真剣な眼差しで見つめる彼に亜美も視線を返し。見つめあい。キスする。

「…中…来て…くれたら…素直に…なる」
「よし。じゃあ、そうしよう」
「…早く」

サッと身を起こし避妊具を装着すると亜美の中へ。
彼女の足を掴んだまま覆いかぶさりお尻をぶつける。

「さあ亜美…言ってごらん…君の気持ちを」
「も、もう…そんな動かしたら…ぁあああ」
「私も素直になるよ。…こうして…思うままに…君と」

パンパンとぶつかり合う音を聞きながら1回目はすぐに果ててしまって。
でもまだジンジンと熱いものが残り中の雅臣自身を逃がそうとしない。
彼もまたまだまだ硬さと熱さが残っている。
ゆっくりと惜しまれつつ亜美の中から出て新しい避妊具を装着する。

「……雅臣さん」
「ん」
「大学生になったら生活派手になって遊びまわるかも」
「いいよ。それでも」
「男友達とか出来たりして」
「まあ、それはそのつど考えるよ」
「……」

繋がったまま見つめあう。亜美はどうしようかまだ少し迷っていた。
やっぱり頭に浮かぶのは家族の顔。経済的余裕はきっと、ない。
心の奥底にある将来への思いははっきりとしているけれど。でも。

「今ここに私と君の2人しか居ない。ほかの事は考えないでいい」

戸惑う亜美を抱きしめ強い口調で言う。彼女のしがらみを排除したい。
家族を大事にする子だから。2人だけの世界なんて無理だとずっと思っていた。
でも、諦めない。その強い気持ちがあるから。今ならいける気がした。

「私、短大で…気になる所…あるんですよね」
「資料は取り寄せた?オープンキャンパスの日にちも調べないとね」
「一緒に行ってくれます?ちょっと遠いから。お母さんを連れ出すのは嫌で」
「もちろん」
「また借金する事になるかも。全部返すのずっと後になるかも」
「家政婦さんに頑張ってもらうから。気にしないでいい」
「……はい。……まあ、挑戦するだけでも、いいですよね?悪いことじゃ」
「君なら行けるさ」

見つめあい、はにかんだ笑みを見せながら。すぐに快楽に歪んだ顔をする。
亜美が自分だけのものになる瞬間。頬を赤らめ雅臣の名を叫び声を出して喘ぐ。
途中から縛っていた手を外して抱きしめあって。何度も果てた。
汗と唾液といやらしい液にまみれながら。久しぶりにこんなに愛し合った。


「ぁん…もう…帰るんでしょ…」
「私もシャワーを浴びたくてね」

ベッドから出て1人風呂場で洗い流している所へ後ろから雅臣が来て。
そのまま抱きしめられたかと思ったら後ろから入ってきた。
もう無理だと思っていたのに。思いのほか大丈夫で壁に手を付いて。
まるで自分から行っているみたいで嫌だけどお尻を突き出す形に。

「あ……ぁああ…雅臣さん」
「バックがすきなんだ」
「そ、そんなんじゃ」
「ねえ、亜美。これからも私は君を愛していいよね?」
「……はい」
「何があっても戦うよ。君との時間を壊されないように。逃げてもいい事は無い。
私には守りたい人が居る。離れるなんて考えることも出来ないほどに愛しい人」
「……私も、…愛してる」

雅臣が傍に居る。今までは何処かへ勝手に行ってしまいそうな不安があったけれど。
その言葉を聞いて心から安心している亜美がいた。
奥底に閉まっていた気持ちを吐き出して気持ちが軽くなったし、彼もそうだろう。
嬉しくなってきて自分からも腰を動かし始める。と。

「あ。…と、このままだと中に出しそうだからやめておくね」
「え?ちょっちょっと!もしかして付けてないんですか!?いやゃー!」
「そ、そんなお尻を振らないで…」
「まだ子どもとか困りますー!」

慌ててお尻を引っ込め、再度避妊具をつけてから向かい合って果てた。
後から亜美のお尻があまりにも綺麗だったとかなんとか言ってきたが。
とりあえずふざけるなと拳をめり込ませておいた。



「自分たちだけ遊園地行くとか酷いよ叔父さん」
「そうだよ。俺たちだって行きたかったのに」
「亜矢もぅ」
「ああ…うん、ごめんね」
「…えへへへへ」

屋敷に戻ると3人ふて腐れた顔をして待っていた。時刻はもう夕方。
洗濯物は亜矢たちが取り込んでくれていた。ついでに夕食の準備までも。
あまりの帰りの遅さにきっと2人だけで遊園地に行ったんだと亜矢が言ったのだろう。
今度連れて行くからと何とかはぐらかした。

「叔父さん。あいつら来たんだろ、俺たちが追い返してやる」
「そうさ。俺らのいう事なら文句無いはずだしな」
「ありがとう。でも、大丈夫。私はもう逃げたりはしないし、言いなりにもならないよ」
「叔父さん」
「あいつの為に?」

亜美にお茶の準備を頼み雅臣は自分の部屋へ戻った。ついてきた双子。
亜矢は姉の手伝いをするといって一緒に台所に居る。
亜美から親戚の話を聞いたのだろう。苦笑いしながらももう大丈夫だと返す。

「自分の為さ。ここは住み心地がいいからね、引っ越すのも面倒だ」
「何か言ってきたら俺たちに言って」
「叔父さんの事、守るから」
「ありがとう。君たちは優しいんだね。私が大野の血を引いていないと知っているのに」
「むしろそれだから良かったんだと思うよ。あの家の連中は皆最低だからさ」
「父さんも含めて、ね」
「そういう言い方はどうかな。でも、これからはあまりお母さんに迷惑をかけないようにね」

彼らもだいぶ落ち着いてきたと思う。親とはなれて生活している所為なのか。
それとも亜美の家族と触れ合っていくうちにかわったのか。それは分からないけれど。
暫くして亜美と亜矢がお茶の準備を持って部屋に来る。

「来月の25日にアメリカに帰るよ」
「帰っちゃうの?もう、会えないの?」
「ごめんね亜矢ちゃん。手紙書くから」

そこで知らされる双子が帰る正確な日にち。
亜矢は何も知らなかったからビックリした顔。

「う、う、…うわああああああああああん!」
「あああもう。亜矢、泣かないの」
「やだやだやだ!亜矢もいく!」
「何いってんの。亜矢はうちの子でしょうが。お母さん置いていくき?」

姉に抱っこされながら大泣き。せっかくお兄ちゃんが出来たのに。
こんないきなり帰るなんて悲しすぎる。ボロボロ泣き崩れる亜矢に双子は困った顔。
亜美も雅臣とずっと離れるかもしれないという不安を味わったから、
嘘でごまかすとかまたすぐ会えるとか。下手な事は言えない。

「……手紙、…かくね」
「うん」
「俺たちも書くからね」

散々姉の胸で泣いてなんとか言葉を搾り出した。本当は凄く寂しいけど、
彼らの家はここにはないから。親が待っている。仕方ない。そう割り切る。
お茶を飲むと夕飯の準備をするからと台所へ去る亜矢。手伝うと双子も行った。

「強いなぁ亜矢は」
「そういう所も似てるね」
「私はそうでもないです。自分の好きな方へばっかり進んじゃって。ワガママで」
「彼女は君の真似をしているんだよ。だから、似てるんだ」
「私の」
「だから君の代わりにここで働くと言い出した。彼女はワガママじゃないだろう?」
「……料理は亜矢のが上手いですけど」
「それはきっとお母さんの真似を」
「私もなんですけどぶん殴るぞ」

そしてまた、屋敷に平和な日々が戻った。亜美は家と屋敷を行ったり来たり。
時折屋敷の前に知らない車がとまっていたり知らない人から電話がかかってきたり。
親戚の人たちなんだろうなと思われる影があるが雅臣は何も言わない。
受験という道を選んだ亜美に迷惑をかけないように彼は1人で戦っているのだと思う。



「はあ」
「どうしたの」
「どっちがいいかなって思って」
「写真?」
「家族写真もいいけど、こっちのお別れ会の写真もいいかなって」

亜美の手には2枚の写真。最近家族で撮った写真と双子たちを見送る会の写真。
どちらもいい表情をしていて好きだ。こんなに笑っている双子そう見れない。
前に買ったハート型の写真たてにどちらかを入れようと思っている。
もう片方には雅臣と2人で撮った写真。

「新しい写真たてがいるね」
「みたいです」
「私も写真を趣味にしようかな」
「おじさんの場合変なの撮りそう」
「デジカメなら自分で現像が出来るものね」
「変態」

何やらいやらしい想像をしてそうな顔。冷めた目で睨む亜美。
1つの大きな山を乗り越えたからかさらに叔父さんは暑苦しさアップになった気がする。
鋭い突込みを入れながらもそれが嫌でなくなっていく自分がちょっと怖い今日この頃。

「大丈夫。君の裸体を撮ったりしないから。……あ。いやまてよ?
あの時の様子なんて遠めから撮ったらどういう感じなんだろう…」
「実家に帰らせていただきます」
「冗談だよ」
「こんなロリコン変態クソ野朗なんかと暮らせるか!」
「…こういう所は姉妹似てない」
「何だ」
「何でもない。……極道」
「はあ?ヤキいれたろか!」
「聞こえてた!痛い!痛いって!」

庭の金木犀が花を咲かせたら。また2人で香りを楽しみ眺めようと決めている。
この先もまだまだ面倒な事や逃げ出したいことが起こるだろうけど。負けないように。
お互いの心が通じ合った最初の気持ちを忘れないように。愛を確認するように。
藤倉家が抱える借金はまた倍に増えて、2日ほど帰っては来るが完全に娘を取り戻す事は出来ず。
まだまだ延長して家政婦となり独り身の弟と暮らすことに父はため息をしていた。
でも、娘が夢を諦めず本当の気持ちを伝えてくれて何処か嬉しそうでもあった。

「カメラ設置されそうだから暫くはえっちしない」
「そ、そんな。君が許してくれる日は1日しかないんだよ?それでも?」
「受験進めたくせに何を抜かすか。責任とって受かるまで抜きでもいいんですけど」
「詰め込んでばかりでは能率はあがらない。ある程度の遊びがないと」
「真面目な顔してチチを揉むなーー!」
「いたたたっ…ぼ、暴力はよくないって」
「受験のストレス発散にロリコンおっさんをサンドバッグ。なんて冗談ですよ」
「……実家に帰らせてもらうよ」
「何処へ行く」

ただ、受験の間は家政婦さん支配の恐怖政治が続くと思われる。


おわり


2009/09/26