そして
−前編−



「正式な日にちが決まったら見送りに行かないと」
「ん?」
「亜矢も正志も行きたいだろうし」

そう言うと、うーんと大きく両手を伸ばし欠伸をする亜美。
さっき取り込んだばかりの暖かくフカフカな布団がとても心地いい。
今日はもう何もしないでこのままずっとこうしていたい誘惑に負けそうになるくらい。

「ねえ。君、もしかしてさっきからずっとそのことを考えていたの?」
「まあ、ちょっとばかし」

この前やろうと思っていたのにすっかり忘れていた布団干し。
天気がいいから今度こそと叔父さんに手伝ってもらって自分のと彼のとを干した。
中に入れるのも手伝ってもらって、ついフワフワな布団で遊んでいたら。
後ろから抱きしめてくる雅臣を特に拒む事なく受け入れた亜美。そして今。
彼女の返事にあからさまに不愉快そうな顔。
ただボソっとあそう、とそっけなく返事をしそっぽを向いてしまう。

「……君らしいといえばらしいか」
「とかいいつつ納得してないくせに」

亜美としてはこうなった彼の相手をするのはとても消耗するから嫌なのだが
かといってそのままにしておくわけにもいかず、それとなくくっ付いて擦り寄る。
あと、手を伸ばし彼の手を握った。

「生まれてこの方納得なんてものは片手で数えるほどしかしてないよ」
「うわ。偏屈。偏屈王」

ここは嘘でも甘えた事を言うとか、ごめんね、とかやればいいものを。
そういうのが苦手らしく何時ものように尖った返事をしてしまって。
表情は後ろからは見えないが、また一段と不愉快そうな雅臣。

「それでも私は、そうでしか生きられない」
「雅臣さん」

亜美はさっきよりももっとくっ付く。肌と肌が密接に、熱が伝わるほど。
彼の髪の匂いが仄かにして。彼の耳元に唇を寄せて。

「くすぐったいよ亜美」
「こっち向いたら解決しますよ」
「どうしたものかな」
「何渋ってんですか。そんなら私起きてシャワー浴びて夕飯の買い物に」
「悪くないコースだね」

拗ねていたくせにあっさりと亜美の方を向いてニコリ。
恐らく夕飯の買い物ではなくて「シャワー浴びて」に反応したと思われる。
このおっさんは、と言い掛けてやめた。せっかく機嫌を直したのだから。
起き上がり散らばった服を集めて部屋を出る。
せっかく干したのに、なんだか勿体無いような気もするが後の祭り。


「買い物にまでついてくるとは…」
「ねえねえ、何時もどういう基準で夕飯を決めているの?」
「え?まあ、適当に。目に付いた感じで」

やってきたのは何時ものスーパー。
周りからはどう見えているのだろう、なんて考えたって今更おそい。
彼にカゴを持ってもらって夕飯は何にしようかと視線をめぐらせる。
雅臣がついてくるのは初めてではないだろうか。見られてちょっと恥かしい。

「じゃあ」
「おじさんはそこのキュウリでも齧っててください」
「手抜きはよくないよ家政婦さん」
「手抜きじゃないです。おじさんの健康の為に手を加えないナチュラルな料理を」
「じゃあ君もだ。最近目に見えて肉付きが良くなってるし夜更かしもしているようだし」

痛い所をズケズケと言ってくれる。もちろん亜美の怒りゲージはMAXを振り切った。
目の前の大きなキュウリで頭をドツいてやりたいと思ってもここはスーパー。
人目がありすぎる。流石にここでは暴力をふるえない。
それを分かっている感じの雅臣がなおさらイラついてむかついて仕方ない。
今度から絶対連れてこない。固く誓った。

「ムカツク」
「君の健康の為だよ」
「いいですよ今夜のメニューはキュウリ5本とミソ」
「私はいいけどね」

ふん、と無視して彼を振り切るとキュウリを5本とってカゴに入れる。
こうなれば意地だ。今夜はわびしい夕食になるが引き下がる訳にはいかない。
何でこんな性格なんだろう、なんてこの生活が始まってから何百回と思った。

「あ。そうだ」

苛々を溜めながら歩いているとふと思い出す。
もうすぐ正志と亜矢が遠足だった。それで今度300円分のお菓子を買うとか。
この前家に帰ったら大はしゃぎでそのことを話してきた。
水筒もリュックもいたるところに痛みが見えて結構なボロボロ加減だが。
そんな事は気にしないでただ楽しみだと浮かれて。

「可愛らしい弁当箱だね。でも、君には少し小さいかな」
「今はこんな可愛いのあるんですね」
「そうだね」
「今度、亜矢と正志遠足で。お母さん張り切って弁当作るとか言ってて。
でも、そんなのさせられないじゃないですか。だから、私が作ろうと思ってるんです」

家に帰った際、弁当は私が作るからねと言ったら皆合わせた様にいやな顔をしたけど、
退院したばかりの母に作らせてもいいのかと言ったら大人しく頷いた。
腑に落ちないことは多々あるけれど、それでも母に負担をかけるわけにはいかない。
可愛い弁当箱を眺めていたら追いついた雅臣が来て声をかけた。
家族の事を思っている時はとても大人しくて優しい表情になるからすぐに分かる。

「頑張ってね」
「余ったら、その、…余ったら、…おじさんにも、作る、かも」
「うん」
「じゃあレジに」
「これ、買わなくていいのかい?」
「いいんです」
「そう」
「と。いうか、知らない間になんですかこれ」
「君が酒を飲める歳になるのが楽しみだよ」

目的の夕飯は少ないのになぜかぎっしりと重い買い物袋。
お酒が切れかけているからとか、つまみのストックがないとか。
信じられない!という鋭い視線を向ける家政婦に笑顔で説明。

「お父さんはあんまり飲まないのに。そういう所は似てない」
「そっくりなほうが良かった?」
「それもやだ」
「相変わらず我侭な子だね」
「ええ。そういう人間ですから。諦めてくださいな」

重いものを全部押し付けて自分はさっさと屋敷へ向かう。
今日は何かとおじさんに狂わされた。まあ、予定なんてなかったけど。
さっさと掃除を終わらせてボーっと部屋で進路でも考えようと思っていた。
気持ちは決まっているはずなのに学校へ提出する紙を出せてない。
家族は言う、私たちの事はいいから自分の事を大事にして。と。

「諦める事が多すぎて飽きてしまったよ」
「なんですかそれは」
「だからね、私は」
「はい?」
「……一方的に喋っているのはなんだか嫌な気分だ。やめておこう」
「何ですかもう。へんなおっさん」

亜美がまた自分以外のほかの事を考えているような気がして。
それなのに自分ばかり語っているのがなんだか悔しくて。
彼女は呆れた顔をするけれど。

「ああ、何だか荷物が重く感じる。ねえ、家政婦さん?」
「自業自得でしょ。……もう。じゃあ、…ちょっと」
「そこで休憩しない?」
「え?喫茶店、ですか?でも」
「どうせ夕飯はキュウリだし。コーヒーくらい飲んでも大丈夫だよ」

ムスっとしつつも一緒に目に入った喫茶店へ。一度も入った事がない店だ。
店員に促されるままに席につく。注文はコーヒーとオレンジジュース。
わざとらしく、他には?と聞かれて結構ですと不機嫌な声で答える。

「ねえ、おじさん」
「ん」
「おじさんの誕生日って、いつ?」
「いきなりだね」

ツンツンして視線を合わそうとしなかった亜美がいきなり切り出す。
さっきまで雑誌を読んでいたからそこに何か書いてあったのかもしれない。
雅臣は苦笑しつつ自分の誕生日を告げる。

「皆で盛大に祝いましょう」
「それ嫌味?」
「じゃあ、2人でこじんまりと」
「してくれなくていいよ。誕生日を祝うなんて」
「子どもっぽい?私はまだ18にもなってない子どもですけど」

オレンジジュースが到着してそれをひと飲み。
さっきまでの不機嫌とは打って変わってにっこり笑顔の亜美。
もちろんこれは彼女なりの嫌味だ。可愛らしい、と思いつつ。

「君からのプレゼント楽しみにしてるよ」

雅臣も笑顔で返す。

「私の時は超豪華に一流レストランで食事してプレゼントはダイヤのネックレスで」
「それでいいの?」
「あ。旅行とかもいいですね。今度は仕事抜きで」
「悪くないね」
「色々とあると思いますがまた饅頭だったら殴りますからね」


店を出て今度こそ屋敷へと真っ直ぐに歩いていく。軽いほうの袋を亜美が持って。
他愛も無い会話をしながら。
坂を上がり屋敷が見え始めた頃、ふと屋敷の前に停まっている車が。
誰だろう?と亜美が聞こうとしたら隣に居た叔父さんが険しい顔をしていて。

「君は家に戻っていてくれないか」
「どうしてですか?お客様なら」
「あれは客じゃない、……頼むよ亜美」

じゃあ何者?どういう関係?不思議そうな顔をして見上げる亜美だったが
雅臣の何時にない真面目な表情を見て静かに頷き、
持っていた荷物を彼に渡して家に戻った。途中何度か振り返る。
叔父さんは振り返ることなく静かに屋敷へと向かっていった。


「あれ。お姉ちゃん」
「ただいまー。お母さんは?」
「洗濯物たたんでるよ」
「亜矢は夕飯の準備?」
「うん。今日はおでんだよ」
「お。美味そう」

晴れない気分のまま家に入ると亜矢が迎えてくれて驚いた顔をされた。
自分だってまさか決められた日以外で家に戻るとは思わなかった。
でも、夕飯がおでんと聞いてキュウリよりずっといいと空腹のお腹を撫でた。

「あら、亜美。どうしたの?忘れ物?」

夕飯は亜矢と最近強制的につき合わされているという正志に任せて。
亜美は二階に居るという母の元へ。
4人分の洗濯物は膨大だし無理をさせたくないというのもあったし。

「うん、まあね」

話を聞いてほしいというのもあった。


「……もしかして」
「え。な、なんか…知ってるの?」
「ううん。ごめんね、お母さんには分からないわ」
「そう。だよね」

母が知ってるわけがない。分かってるけど誰かに理由を求めてしまう。
こうして落ち着いて洗濯物を畳んでいると色んなことを想像してしまって。
今までにも色んな出来事があったけど、あんな表情は初めてだった。
自分は何がしてあげられるんだろう。こうしてここに居る事はいいこと?
でも、彼が行けと言ったのだから。戻ったらさらに悪いほうへ行くかもしれない。

「今日は泊まって行くの?」
「何か変だね。ここ私の家なのに」
「あらほんと。ふふふ」
「お母さん」
「ん?なあに」

にっこり笑って此方を向く母。
亜美はこの不安な気持ちを聞いてほしかった。けど、ぐっとこらえる。
だってせっかく退院できたのに変な事喋って気苦労とかかけたくない。

「………、おじさんとこの双子居たじゃない?もうすぐ帰るんだって」
「そう。じゃあ、盛大にお別れ会をしないとね」
「お別れ会って歳じゃないってば」
「あら。お母さんは好きよ?ちょっと大げさなくらいがいい。思い出になる。
何も言わずさよならするのってなんだか寂しいわ。後から悔やむなんて嫌じゃない」
「でも私嫌われてるしさぁ。お母さんと違って上手く誘えないかも…」

畳み終えたら無性に母に甘えたくなって母の膝を枕に寝転ぶ。
まあまあ、と笑う母。妹弟が生まれるまではこの場所は亜美の特等席だった。
そこを取られた嫉妬の記憶はもうないけど、たぶんしてたと思う。
とても心地がいいから。干したばかりの布団よりもずっとずっと。

「ねえ、亜美」
「なに」
「今、幸せ?」

亜美の頭を優しく撫でながら母は問う。

「まあまあ」

本当はよくわからない。けど、亜美なりの返事。

「若いんだもの、色々とあるわよね」
「まあね」
「ごめんね」
「え?なにが?」

母がボソっと言った言葉。聞き違い出なければ今、ごめんねって。
何の事だろうと向きをかえて母の顔を下から見る。
けれどすぐに冷たい手が亜美の額を押さえて母の表情ははっきり見えない。

「亜矢と正志が心配だわ、見てきてくれる?お姉ちゃん」
「はい」
「あと。学校から電話があったわよ?まだ進路の紙提出してないんですって?」
「それはのちほど」
「そうね。お父さんと3人で話し合いましょう」
「うげーーー」
「こら。女の子がそんな声ださないの」


台所では亜矢の厳しい指示の元おでんは完成していた。
つまみ食いしようとする正志を容赦なく叩く亜矢。
姉ちゃん2号だ!姉ちゃん2号だ!と半分泣きながら叫ぶ正志。
どこから突っ込んでいいか分からない亜美だったが、とりあえず皿を準備する。

「亜美、ど、どうだい。お、お前に買って来たんだ。ど、どうだ」
「気持ち悪いよお父さん」

帰ってくると今日は居ないはずの娘の靴があって、何事だろうと奥へ進むと。
幼い妹弟たちと一緒に夕飯の準備をする亜美が居て。
もしかして帰ってきてくれたんだろうかとほのかな期待をする父だが。
明日には戻るとあっさり言われてちょっと落胆。でも丁度いい。

「亜矢と正志に買ってやってお前に何も無しじゃ拗ねるだろうと」

紙袋から取り出したのは小さめで可愛らしいバッグ。
この前遠足に行く2人の為に新しいリュックを買ってきた父だったが、
亜美も何か買ってやろうと親心で選んできたものだった。
あまり高価なものではないけれど、気に入ってくれたらいいなという期待を持って。

「いや、そんな歳じゃないし」

一応受け取ってくれたが何だか冷たい返事。ちょっとしょげる父。
年頃の娘は難しいと同僚からたまに聞いてはいたが、家も似たようなものだ。
特に自分は前科がある。嫌われて当然かもしれない。でも悲しい。

「亜美は恥かしがり屋だから。本当は喜んでるんですよ」
「そ、そうかな」
「お父さんからもらったんですもの、嬉しいに決まってます」
「そ、そう、だよな」

妻の言葉に気を取り直して何時ものように部屋着に着替えて席につく。
テレビからは正志が毎日かかさず観ているというアニメが流れる。
台所ではつまみを準備してくれる亜矢と亜美。2人の指導をする妻。
これの為に毎日頑張って働いてるんだ…とビールをひと口飲んでしみじみ思う。

「父ちゃんそれ美味い?俺もほしい」
「20歳になったらな」
「長いよー」
「お前と酒を飲み交わす日が楽しみだなあ」

口にはしないがこの家は女が強い。
母を筆頭に亜美に亜矢。正志は何時も亜矢に怒られているし。
父は母には絶対に逆らえない。亜美にもあまり強く出られない。
自分はそれにまったく不満はないけれど、正志の将来がちょっと心配。
つまみに出されたイカを勝手に食べ始める正志を眺めつつまたひと口酒を飲んだ。


「あーあ。どうしよう。勉強道具とかも置いてきたし」
「姉ちゃん」
「ん」

夕食後、片付けも終えて自室とはとても言えない子ども部屋へ。
相変わらずのカオスっぷりにどうしたもんかと頭を抱える。
すべて屋敷にあるから学校へ行く準備も勉強も何もできやしない。

「一緒に風呂はいろ」
「珍しいね。お母さんと入りたいって言わないんだ」

そこへ、ツンツンと亜美を突く正志。

「亜矢が男の子は母親と何時までも一緒に風呂入っちゃダメなんだって」
「まあねえ」
「自分は入るくせに…」
「よしよし。姉ちゃんが一緒に入ってやるから」
「なあ」
「ん?」
「姉ちゃんもおっぱいしゃぶったらお乳でるか?」

ゴツン、と重い拳が正志の頭を直撃し結局父親と入る事になった。
もしかして母親にもそんな事をしでかしていたのだろうか。
吸ったってもう出るわけないのに。純粋なぶん正志はまだ拳骨で許せるが、
もう片方のおじさんは…そういえば、今頃何をしているのだろうか。
時計を見て携帯を握り締める。電話くらい、メールくらい。でも、どうだろう。

「お姉ちゃんお風呂あいたよ」
「うん」
「どうしたの?」
「……うん」

相手からは何もない。いきなり追い出したんだから何らかのフォローがあっていい。
この嫌な気分は二度目だ。朝起きたら家に誰も居なくて小銭と手紙だけあって、
どうしたらいいのか何でこうなったのか意味が分からなかったあの日以来。
亜矢の言葉にも生返事で暫く黙って。何度か唸って。携帯を見て。時計を見て。

「お母さん」
「どうしたの亜矢」
「お姉ちゃんどっかいっちゃったの。お風呂…」
「そう。気にしないでいいから、宿題終わらせなさい」
「はーい」

亜矢から聞いて、やっぱり…と苦笑い。
夫には適当に返事をしておこう。どうせ行き先は分かっている。
心配してないといえば嘘になる、親ならば子が心配。だけど。
ふう、と息を吐いて部屋に戻る。子ども部屋からはまた騒がしい声。



「こんなに飲んだんですか」
「……君か」
「ごめんなさい。やっぱり、…心配で」

全速力で夜道を走り抜けて預かっている合鍵で屋敷内に入った。
客はもう居ない様子だったが中は真っ暗で静かで。
怖いと思いながら3階にあがったけれど部屋には居らず。何処に?と探したら。
雅臣は客間に居た。机の上にはお茶ではなくて買ってきたばかりの酒。
それもほとんどが飲まれてカラになっていた。

「私はたんなる金庫番。言われればすぐに金を出す便利な道具」
「え?」

雅臣は椅子に座ったまま目を閉じてジッとしている。
飲みすぎて気分が悪くなったのかと思ったけれど、言葉ははっきり聞こえた。
何か気になる言葉を発したと思えばまた黙り。言葉を待っていたら水を、と言われて。
急いでキッチンへ向かいコップに水を入れて戻る。それを一気に飲み干して。
雅臣はまた目を閉じた。立ったままも何だからと亜美もその隣に座る。

「……ここもばれてしまった事だし、新しい家を探さなければね」
「え。引越ししちゃうんですか?」

誰にばれたのかと考えるまでもないたぶんあの車の主だ。
もしかして見つかるたびに引越しをして逃げているのだろうか。
先ほどの気になる言葉も相まってますます心配だ。

「いや、引っ越すのも飽きたな。海外にでも移住しようか」
「雅臣さん」
「金なんて欲しければ勝手に持って行けばいい。私の前に来るな。汚らわしい」
「……」

亜美への言葉ではないと分かっているけれど、胸を貫かれるような痛みが走る。
あの車の主は恐らく彼が以前少しだけ語った名ばかりの親類のものだろう。
目当ては彼に齎された莫大な遺産。最初は母子ともども冷たい目で見てきたくせに。
金を手に入れたと知ったら手のひらを返してすり寄って来た連中。

「私が母の治療費を得ようとしなければ。相続放棄していれば。でも、もう、遅い」
「……」
「どれだけ飲んでも酔えないよ。ねえ、亜美。私はどうしたら」

言いかけた所で雅臣の唇がふさがる。柔らかいふた。
そしてずしん、と重たいものが膝に座った。

「納得が出来ない偏屈王で逃げるのにも飽きたんでしょ?なら戦いましょう」
「たたかう?」
「嫌なものはさっさと排除しなきゃ」

目を閉じたままの雅臣。そんな彼の頬を両手で掴みワイルドにキスする。
お酒の味と匂いがして吐く息も酒くさいけど。かまわずに。

「君、酔ってるの?」
「ンなわけないでしょ」
「そうか。うん。…君の言う通りだね、…そうだ」
「40にもなってそんな事わからなかったんですか?」

やっと気力がわいたのか亜美を抱きしめる。口調も何時ものように穏やかになった。
それでもまだ目は開かない。大量に酒を飲んで眠くなったのか。それとも、
納得がいかない事ばかりで物欲にまみれた汚らわしいものばかりの世界なんて
もう見たくないからか。亜美はキスをやめて雅臣に抱きついたままジッとしている。

「勝手に四捨五入しないでくれるかい。だいたいまだ誕生日も来ていないんだ」
「40も50も60も一緒ですって」
「暴論の極みだよ」

亜美の髪を優しく撫でる。自分を心配して闇夜を走ってきた少女。
その気持ちを前に自分は何て惨めで情けない弱音を吐いているんだろう。
やはり、彼女は特別。初めて自分を見つけてくれた人。

「今度来たら私が追い出してやります」
「いや、無茶はしなくていいから」
「でも!私の雅臣さんを」

言いかけて顔を真っ赤にさせる亜美。私の、何てどっから出てきた言葉だ。
そんなの柄じゃないだろと心の中で自分に突っ込みを入れる。
雅臣が目を閉じていてくれていて良かった。

「やっぱり酔ってる?顔が真っ赤だ」
「ば、ばか」

と思ったら薄っすらと目を開けて此方を見ていた。
口元が笑っているように見えて余計恥かしい。

「今日はもう疲れた。寝るよ」
「お風呂とかは?」
「明日の朝シャワーでも浴びる」
「そうですか」
「ありがとう。でも、ごめん」
「……また謝られた」
「ん?」
「いいえ。じゃあ私は寝る準備してきますから。ここでは寝ないでくださいね」
「うん。お願いします」

顔を赤くしたまま立ち上がり彼の部屋に向かって。
全てが終わったら自分も部屋に戻る。静かで広くて勉強する机があって。
そこには学校に提出する紙。大きく太い文字で「進学」「就職」とある。
どちらかを丸く囲めばいいのに、たったそれだけの事ができない自分。
でももう今夜は面倒だからと見るのはやめてベッドへ倒れた。


「こないでください」
「どうして?」
「肉付きがいいとか言った後で触ろう何てどんだけふてぶてしいんですか」

翌朝。彼より早く起きて先にシャワーを浴びてしまおうと風呂場に向かったら。
感づいていたのか偶然かすぐに叔父さんが入ってきて。
さも当たり前のように脱ぎだしたのを見てストップをかけ脱衣所から追い出す。

「それでも私は君が好きだよ?」
「ほう。日に日に肉がついてついに100キロ越えしても?」
「その前に止める。健康によくない」
「話しにならん。いいから出てってください。
今日はおじさんとのんびりシャワーしている時間は無いんです」

すぐにあがりますから、と付け加えてもドアの前から気配は消えない。
先にどうぞ、と言っても納得して居る様子はないし。
そんなに一緒に入りたいのか。

「君は言ったよね」
「え?何ですか」

何となく嫌な予感がして、ドア越しに身構える亜美。まさかの強行突破か。
カギをかけてはいるが男の力だ。タックルでもやられたら簡単に開きそう。
そこまで肉体派ではないと思っていたのだが。ドキドキする。

「嫌なものは排除しろと」
「まあ、…言いましたけど」
「私は君と一緒がいい1人は嫌だ。嫌なものは排除すべきである。
そう言ったのは君。だから君はここのドアを開けて私と一緒にシャワーを浴びる」
「まだ酔ってます?」
「いいや。いたって普段どおりの私だよ」

確かに。と、妙な所で納得している自分。
ここで否定し続けたら昨日彼に言った事が嘘になってしまうような気がして。
まんまとやられた気もするが、大人しくカギを開けて彼を中に入れた。

「朝風呂って何かいいかも」
「そうだね」
「……気分は、どうですか?」
「ん?いいよ」

朝日を浴びながら裸の男女がじっと立っているのも何だかへんな気がして、
結局風呂に湯を入れる。時間が勿体無いから半分だけ。
それでも2人入れば十分な量になる。後ろからギュっと抱きしめられて。
調子は良さそうだけど少し気になる。あれからお互いすぐに寝てしまったから。

「引越しするなら今度はもっと規模を小さくしてくださいね。掃除しやすいように」
「それなんだけど」
「あ。海外っていうなら、その、流石に無理だから。…遠距離…になる、けど。
だからってその、…現地で…とか、…浮…気…とか…したら…針千本飲ます…
いや……その、…ぶっ殺すっていうか…沈めてやる……なんて…」
「怖いよ」

せっかく慣れた屋敷だけど仕方ない。もし海外に移住してしまったら遠距離恋愛。
どっちにしろ今まで通りには行かない。それが寂しいような。悲しいような。
自分を抱きしめている手を握り目を閉じる。この温もり、あと何回感じられるのかな。

「あ。こんなのんびりしてる場合じゃなかったんだ。私先にあがりますね」

感傷に浸るのは学校が始まってからでもいい。まずは朝食と洗濯と弁当だ。
手を振りほどき湯船から出る。
何時もならここで叔父さんのエロい攻撃があるのだが。とても静か。怖いくらい。
振り返るとのんびり風呂につかっている。強引に一緒に入りたいと言った癖に。
本当にそれだけなんて。何となく癪に障る。

「もしかしてお酒飲みすぎてそういう気力なくなっちゃったんじゃ」

湯船には入らずにそっと顔を覗かせる亜美。
視線が合うと、まだいたの?とムカツク言葉がかえってきた。
それがまた余計に苛々っとしてもう一歩中に入って様子を伺う。
別にそういうことを望んでいる訳ではないのに、あっさりすぎても困るというか。
モヤモヤしていると叔父さんは此方を向く。何時も通りの暢気な顔で。

「遅れるよ」
「……じゃあ」
「明るい日の元で見るとまた格別だね」
「え?」
「亜美の裸」

言われて恥かしそうに胸を隠す。けど裸だからさほど効果はない。
雅臣の視線が足からお尻のラインを伝って肩、全体を満遍なく見ていく。
無意識にキュっと股を締める亜美。

「……もうっ…」

相手は湯船に浸かっているから隠れているけど。こっちは何もかも見えて。
それに気づいたら恥かしくて。あと、妙に体が熱く疼いてくる。
もしかして見られているのに感じていたり。何て考えてすぐ打ち消す。

「亜美」
「何ですか」
「戦いは1人じゃできないんだ、私はそこまで強くない」
「有能な家政婦がいるじゃないですか」

何処の男との子ともしらない子を宿し家柄もつり合わない貧しく卑しい女。
どう取り入ったのか知らないがどうせ狙いは金なんだろうと
事あるごとに母を虐め、子どもにも容赦ない言葉を吐きかけ、陰湿な陰口。
主たる父は母子を庇ってくれたけれど、それで解決するほど甘いものではなかった。
それだけ冷たい目が根深く沢山あるということ。
それに亜美を巻き込むなんて。母と同じ目にあわせるなんて。

「でもね。彼らに君が汚されると思うと、私は気が狂いそうになる」
「私は庶民生まれの貧乏育ちですから。汚いとか綺麗とかわかりません。
ただ、こっちは悪くないのに引っ込んで逃げてばっかりなのは悔しいし絶対やだ。
戦ったら傷つくのは当たり前だし。それを覚悟で戦うんですから。
何より、後から後悔する人生なんてもったいないじゃないですか」
「裸でそんな熱弁をしてくれたのは君が初めてだよ」
「うるさい」

雅臣の葛藤など軽く吹っ飛ばすくらいに捲くし立て、立ち上がり去った。
あまり裸で長い時間居たら風邪を引く。思っている傍からくしゃみをした。
さっさと服をきよう。
結局叔父さんは戦わないつもりだ。それを卑怯とか怠け者と怒る気はない。
彼は生まれた時からずっと戦っていた。母を守る為に。自分を見失わない為に。
だけど母が死んだ事で何もかも疲れてしまって、自分すらも見失ってしまって。
幼い亜美が彼を見つけた。それは偶然か、運命か。

「送るよ」
「そうしてください」

下着を着た所で雅臣が出てきてタオルを取る。
車で送ってもらえるなら大丈夫だ。何時も通りにいける。
そう思って服に手を伸ばしたら。何故かその手を絡め取られ。

「昼から、ね」
「はああ!?」

信じられない言葉に振り返ったら軽くキスされる。
本気じゃないですよね、と言おうとしたのに。

「君もこんな体のまま学校になんて行けないだろう?」
「ぁ…何…やめ…」

隙を見てパンツの間から指を這わせる。雅臣が思っていた通り。
亜美のソコは熱くて少し掻き回したらグチュグチュっという淫らな水音がしてきて。
彼女の腰がわななき、ダメだと分かっているのにバランスを崩し雅臣にもたれかかる。

「どういう理由が好ましいかな。…ねえ、亜美」
「だ、だから…私」
「何処にも行かせない。君が十分イクまでは」
「あ……ぁああんっ」

大きく振るえるとそこで果てたらしく、ハアハアと荒い息。
とりあえず場所を移動しようと大人しくなった彼女を抱き上げて脱衣所を出る。
ずっと我慢していたのに。でも、君も悪いんだよ?と小声で囁きかけた。


「ええ、宜しくお願いします。はい」

取り繕った完璧な嘘で電話を終えると電源も切り携帯をソファに投げ捨てた。
もちろん彼女の携帯も電源を切ってある。余計なものも邪魔もいらない。

「嘘つき」
「この世界には必要に応じて嘘も必要なんだよ」

欲しいのは彼女だけ。

「めんどくさい」
「確かにね」

さあ続きをしよう。寝かせている亜美に被さりキスをする。
最初はズル休みするのが嫌だと暴れたけれど、電話が切れて
もはや逃げるのも無駄と悟ってか大人しいものだ。

「ちゃんと昼には送ってくださいよ」
「君次第、かな」
「う、うそ…つ……き…ぃ」

怪しい笑みを浮かべる叔父さんに最後の抵抗を見せる亜美だったが
それもすぐに甘い吐息と喘ぎ声に代わった。


おわり


2009/08/10