君と


今日は藤倉家にとって嬉しい日。予定日から延びに延びて、本日やっと母が退院する。
その祝いで外食をする事になっていて叔父さんも参加する。だからそれまでに
家政婦としての仕事を終わらせるべく朝から筋肉痛と戦いつつあくせく動き回り。
最後にご主人さまの部屋をノックした。

「しつれいしまーす」
「どうぞ」

重すぎるからどうにかしろと文句を言って買ってもらった最新式の軽量掃除機。
吸引力が凄くいいのに音も静かで後処理も楽チンとあっていい買い物をした。
それを引っ張ってきて掃除を始める。雅臣はパソコンに向かって何やら考え事。

「ゴミあったら出しておいてくださいね」
「はい」
「空気入れ替えしたいんで窓あけますよ」
「うん」

亜美の問いに生返事で答え視線はパソコン。よっぽど忙しいんだろうと掃除を続ける。
窓を開けて新鮮な空気を入れ掃除機をかける。部屋は広いが他に目立った汚れも無いし楽だ。
青空を見てふと布団を干したいと思ったけれどこの体で布団を持つのは重労働。

「あの、時間ある時でいいんで。布団干すの手伝ってもらえません?」
「ん?布団?」
「今はいいですよ、忙しいみたいだし」
「ああ、これは仕事じゃないんだ。ネットで買い物を」

叔父さんの暢気な返事にピキッと眉間に皺を寄せる亜美。
てっきりお仕事中だと思って邪魔しないように細心の注意をして気をつかったのに。
何が買い物だよと掃除機を置いて雅臣の後ろからパソコン画面を覗き込む。
彼が何を買おうとしているのか見てやろうと思って。

「やらしーもんだったら頭突きしますから」
「厳しいね」
「で。何買うんですか?」
「ここの所本を買いすぎてしまってね。処分する気はないから棚を増やそうと思って」

画面には色んな形の本棚。今まで買っていたお店は店主が高齢で閉店してしまった。
他の店も何軒か見学に行ったのだが中々良いものとは出会えなくて。
出来れば今ある棚と似たようなものがいい。

「また増やすんですか?本格的に図書館になりつつありますね」
「私が死んだら寄贈してもらおうかな」
「幾つか私が貰ってあげますから」
「それはいいけど、売らないでね」
「何でそういう事いうかなー」

確かに売ったらいいお金になるかもなーなんて薄っすら思ったけど。
雅臣にくっ付いたまま何気に亜美も一緒に眺める。
これはどうですか?と勧めてみたり。なんでもいいかと思えば妙にこだわりがあったり。
買い物は難航しそうだ。掃除に戻ったほうがよさそう。

「ああ、亜美。終わったらコーヒーいれてくれない?」
「はい」

ゴミをかき集め掃除機を持って部屋からでる。叔父さんは熱心に画面に集中。
あの調子じゃますます本は増えて冗談抜きで死ぬ頃には完璧な図書館が出来そう。
彼がこの屋敷を選んだのも確かお隣の書庫が気に入ったからだった。
亜美が整理をしているから整っているものの最初は索引もなにもないバラバラの棚。
あれをまた整理しろといわれたら絶対に断わる。100万でも嫌。
片づけを終えると手を洗ってコーヒーの準備。


「やはり現物を見て買わないと駄目かな」
「いいの無かったんですか?」

準備を持って部屋に入るとパソコンはそのままでソファに座っている叔父さん。
疲れた様子で目頭を押さえている。

「以前買っていた店のご主人がいい人でね。納得のいくまで見せてくれたんだけど。
やはり画面だけだとね。まあ、初めから見るだけのつもりだったんだ。ああ、目が痛い」
「大変だったろうな……こんなの来たら」
「ん?なに?」

視線を向ける雅臣に何でもないですと笑顔でかえした。
コーヒーを飲みながら一息。亜美も掃除を終えて一緒に休憩。
時計を見ればもう昼の事を考えなければいけない時間でのんびりは出来ない。
豪華に出前もいいし冷蔵庫の物で何か料理をするのもいい。
久しぶりに彼女の手料理を食べてもらったりしてもいいかもしれないとふと思って。

「あの、昼なんですけど」
「外で食べようか。君の好きなものでいいよ」
「……えぇ」
「あれ。駄目だった?」

何でこんな時に限ってそんな。明らかに不愉快そうな顔をする亜美。
てっきり大喜びすると思っていたからこのリアクションに不思議そうな顔をする雅臣。

「べつにぃ」
「4時には病院に行く予定だからね。それまでに何か手土産を買わないと」
「かなり時間空きますけど。まさか棚を見るのに付き合えとかいうんじゃ」
「怒られて殴られると確信出来るからしないよ」
「蹴りもいれます」
「デートしよう」
「……まあ、…いいですけど」

それとなく肩を抱かれデートなんて言われると怒る気も失せた。
片付けを済ませると部屋に戻りきっちり化粧とお気に入りの服を着て香水も少し。
最後に入念に鏡の前で変じゃないか可愛いかの確認も。
我ながらそれくらいでこんなにもテンションが上がっている事が恥かしい。


「ねえ、亜美」
「はい」
「最近、派手だよね」
「え?何が?」
「化粧」

玄関でいきなりそんな事を言うものだから反射的に拳が叔父さんの腹に入った。
誰の為にこんだけ頑張ってるんだ、という怒りの鉄拳である。悔いはない。
寧ろうずくまっている間にかかと落しくらい追加してやりたいくらいの気分。

「わかりました落としてきます!」
「ま、まって、別に…悪いとは……」
「もういいです」
「君が綺麗になると、その、……周囲の目が気になって」
「今時化粧くらいで不良なんていう人いませんよ」
「……男の、さ」

雅臣の言葉に亜美の湯沸かし器が急激に温度上昇で。何を言っていいかわからず。
とりあえず化粧を落としに洗面台へ。
言われて見れば今日はちょっと気合を入れすぎたかもしれない。濃い。
化粧に慣れてきたからというのもあるかもしれないけど、自分でも驚いた。

「……亜矢に教えてもらおうかな」

こんな顔で父親にあってたらそれこそ何があったとか男が出来たとか勘ぐられる。
怒りは消えて、途端に恥かしくなった。ごしごし顔を洗ってすっぴんになり。
後は軽く化粧をするだけにして玄関に戻った。

「気分を悪くさせるつもりは。ただ」
「もういいです」
「亜美」
「……雅臣さんにやきもち妬かれると後々面倒だし」
「うん。自分でもわりとしつこいと思ってる」
「反省の態度はまるで無し…。まあ、いいや。行きましょう。お腹すいた」

雅臣の手を握り外に出る。といってもすぐに車に乗ったからすぐに離れたけれど。
今からならすんなりと何処のお店でも食べられるだろう。
どうせなら豪華なものが食べたいと繁華街に入るなり物色する亜美。

「そういえば、夜はどんなお店に行くのかな。ダブらないようにしないと」
「あ。そうですね。何処行くんだろ…」
「寿司かな?」
「あー。あるかも。回転とかすごい好きだから」
「じゃあ、ラーメンにしよう。ね。これなら大丈夫だし目の前にある」
「はい」

結局目に入ったお店に決定。それも豪華にラーメンセットときた。何て素敵なチョイス。
夜家族含め皆で豪華に寿司を食べるとなればそれでもいい。昼食を終えるとデート。
けれど忘れてはいけないのが家族への手土産。そのことは頭に置いといて。
入ったのは亜美がよく行く雑貨屋。

「写真たてを土産にするの?」
「違いますよ。自分用に」
「へえ。君にもそういう趣味があったんだ」
「ぶっ飛ばされたくなかったらあっちに行ってたほうがいいですよ〜」
「うん。そうする」

幾つか種類があってどれも可愛らしくて。シンプルすぎる部屋では浮きそう。
かといってあまりにも飾り気の無いものというのも女の子としては物足りない気もする。
中間は無いだろうかと探す亜美の後ろでは何やら散策中の叔父さん。
若い女性が好むものばかりだが少しは男性でも見られるものがあるから一応浮いてはいない。

「これでいいかな。でも、ハートってちょっと寒いかも…」

色合いや質感はとても満足がいく写真たてを発見。しかしフォルムが可愛いハート型。
女の子なんだしハートでもいいような気もするけど、なんだか恥かしい。
こんな自分がそんな乙女チックなものを持っているなんて思われたら笑われそうで。

「可愛いね」
「……私とどっちが?」
「え。ごめん、写真たてと人間の美を比べたことがないから…」
「でしょうね」
「冗談だよ。君の方が可愛い」
「寒いハートに寒い質問に寒いおっさんか。あはは。笑える」

この際もうこれでいいや。買おう。

「どんな写真いれるの?」
「2枚飾れるんで。1枚は家族全員集合写真」
「もう1枚は?」

他にも欲しいものがあって、もちろん叔父さんに買ってもらって店を出る。
亜矢へのプレゼントも買えたし気分はいい。自然と笑顔になる。
そんな亜美を見ながら気になるのか雅臣が問う。彼女に選ばれる写真とは何か。

「どうしましょ。ウェディングドレス姿の写真でも飾りましょうか。なんてね」
「……」
「ちょ、ちょっと。そんな引かないでくださいよ。冗談です。笑う所なんですから」

亜美の返事に凍りつき立ち止まる雅臣。言葉が出ない。動けない。
まさか彼がこんな反応をするなんて思わなくて慌てて冗談である事を強調する。
安易にウェディングドレスなんて言ったのが不味かったろうか。

「……あ、ごめん。うん、…いいんじゃないかな」
「やめてください。冗談ですから。本当はもう決めてるんです」
「なに?」
「歩きましょ。立ち止まってたら邪魔ですよ」

やっと声を出してくれて。亜美はホッとしつつ彼の手を握って歩きだす。
最後の1枚はこれにしようって最初から決めてた。でもそれを言うのが恥かしくて。
中々言い出せなかったけど。この機会にいっきに行ってしまおう。

「ん?…写真屋?」
「はい」

亜美に引っ張られて到着したのは街の写真屋さん。
入口には様々な人の写真が飾ってある。ドレス姿だったり晴れ着、七五三、還暦。
ここまできて何となく雅臣も察してきたのか。ほどよく頬が赤らんでいる。

「言ってくれたらもっといい格好をしたのに…」
「いいんです。おじさんは下手にカッコつけるとかえって変だから」
「……あまり嬉しくないけど、まあ、君が言うならそうなんだろうね」
「入りましょう。いいですよね?……嫌なら、プリクラで我慢する」

最後は彼氏と。考えてみれば写真はおろかプリクラ1枚も撮ったこと無い。
友人たちは嫌になるくらい写真だのプリクラだの写メだの見せてくるというのに。
最初はなんとなく、あったらいいかもくらいに思っていた亜美だったけれど。
立ち寄った雑貨屋で写真たてを見たらやっぱり欲しくなった。

「私はあれが大嫌いなんだよ。入ろう」
「嫌いなんですか?というか、したことあるんだ」
「人を犯罪者のような目でみるのはやめてくれないか。私だって色々あるんだよ」
「その色々があって嫌いになっちゃったんですよねー」
「まあね」
「もう」
「君もだいぶ嫉妬深いよね」
「帰る」
「亜美」
「あのー…お客さん?」

店内でいきなり喧嘩されて困った顔の店主。帰る気になっていた亜美だったが
声をかけられて慌ててつい咄嗟に写真お願いします!と言ってしまった。
しまったと思っても遅い。此方へどうぞと言われて奥へ入る。他に客は居ない。
準備をしますからと鏡を渡されて最終チェック。お互いに気まずくて距離を置く。

「……雅臣さん」
「ん」

けど、そんな空気のままで写真を撮りたくないから。ずっと残るものだから。
鏡を置いて隣に居た雅臣に抱きついてキスした。

「ごめんなさい」
「私こそ。……亜美」

雅臣も抱き返して。

「あ、あの、…お客さん」

店主は再びどうしたらいいのか分からず暫し放置された。
それからやっと気づいて何度も謝って写真を撮ってもらう。亜美は椅子に座って。
雅臣はその隣で。さっきとは打って変わって穏やかな笑顔を向ける2人。
写真が出来るまでまた外で散策。土産を見るのもいい。
亜矢には買ったが正志には何も買ってないから、不公平だと怒るだろうし。

「あ。可愛い」
「試着してみる?似合うと思うよ」

その途中の店で気に入った服が飾ってあったらしく足が止まる。
彼女が服に興味を示すのは珍しい。以前も興味を示したが気を使ってか通り過ぎた。
それからは雅臣が知らない所でいつの間にか新しい服を買っている。
こういうしっかりとした高そうなセレクトショップではなくて、何時ものお安い店で。

「で、でも。案外こういうの着てみると微妙だったり」
「微妙かどうか試しに着てみたらいい」
「あ。おじさん!ちょっと!」

さっさと店内へ入ってしまう雅臣。店員に話をしてマネキンから服を取ってもらう。
恥かしいけれど亜美も店に入り服を受け取ると静かに試着室へ。
別に試着したからって買わなければならない法律なんて無いのだから。
ちょっと着てみてオシャレ気分を味わって店を出たってお咎めは無いはずだ。

「お嬢さまとても可愛くてお似合いですよ、お父さま」
「……、そうですね」

カーテンを開けると店員と叔父さんが見ていてちょっと恥かしかった。
好評でホッとする。自分でも可愛いなと思ったけれど値札を見て息が止まった。
そんな派手な飾りもなく形もシンプルなのに。
お父さんに言ったら泡吹いて死ぬんじゃないかと思うくらいのお値段。さすが。

「高校生が持ってていい服じゃないよこれ。けどまあ、いっか。ははは〜高い服〜」
「聞こえてるよ」
「うぐっ。す、すいませんすぐ脱ぎます」

カーテン越しに聞こえる雅臣の声。恥かしさに顔が赤くなる。
何だか変な汗をかいてきた。急いで服を脱ごう。

「とても似合ってたよ」
「ありがとうございます」
「君は、このままどんどん綺麗になっていくのかな…」
「何ですか急に」
「……私は何時まで君と……いや、ごめん。なんでもない」
「雅臣さん?」
「他にも何かいいものがないか探してくるよ。店員さんが親切でね」
「ちょ、ちょっと!」

気になる事をいうし勝手に新しい服を持ってくるし、自分はただ試着しただけで。
叔父さんと店員さんの笑顔に押されて結局5枚くらいあれこれ服を着せられて。
疲れてきたのでもう出ましょうと言ったら最初の服を買ってくれた。
いいよ、と断わる亜美だが何枚も試着した上に強引に押されて。
聞いた事のないブランドのロゴが入りのしっかりした紙袋を持って歩いている。

「もういい時間だね。写真出来たかな」
「行きましょう」

正志の土産も購入して写真屋へ戻る。出来上がった写真を貰って思わず笑った。
背景もなくキッチリしている所為かカップルの写真というより普通に家族写真にみえる。
やはりプリクラにしておいた方がよかったか。彼は嫌いだと言ってたけど。

「そんなに面白い?」
「でもほら。写真立てに入れるとそれっぽい」

車に戻り荷物を後ろにおいて写真を写真立てに収める。もう1枚は家に帰ってから。
大事な家族の写真を飾るつもり。にしても面白い。
雅臣はちょっと不快そうな顔をするが気にせず何度も見つめる。いい写真。

「まあ、悪くないかな」
「素敵」
「私はあまり写真が好きではないけど、…今日は良かったかな」
「また撮りましょうね。プリクラ嫌いなんだから」
「……いつかね」

なんだか今日変な感じ。写真を仕舞ってそれとなく隣の叔父さんを見る。
何時もと違うような気がする。これは単なる気のせい?
聞こうか聞くまいか迷っている間に車はよく行くデパートの駐車場へ入った。
車が止まってシートベルトも外し。さあ降りようという時。勇気を出して彼の腕を掴んだ。

「……雅臣さん」
「ん?」
「どうかしたの?今日、なんか、…変な感じ」
「そう?」
「何かあるなら言ってください、じゃないと」

気になって。不安。

「前にも言ったけど、私は自分の心に壁を作る癖があってね」
「……」
「今も、少し。勝手に作っている。自分でもいやな性格だと思う。でもね。
何処かでそれこそが正解のような気もするんだ。けれどその正解を導くには私はあまりにも臆病でね」
「……そんなの勝手すぎます」
「殴ってくれていい、蹴ってくれていい、自分でも酷いことを言っている自覚はある」

言葉にはしないけれど、亜美にはなんとなく分かる。聞きたくない台詞だ。
何でいきなりそんな事を言い出したのか分からないけれど。
すぐに何かするなんて出来ない。暫し放心して沈黙の時間が続いた。
周囲は殆ど車の行き来は無く静かなもの。

「じゃあ、別れます?それがお望みなんですよね?」
「……」
「今までどうもありがとうございました。さようなら」
「……」

言ってる方も言われたほうも凄く胸が痛い。涙が出るほど。痛い。

「なんて、私に言わせるのどうなんですか」
「……」
「貴方は壁つくって楽かもしれないけど。私はそんな器用じゃないから」
「……」
「だから…」

どうしよう苦しくて言葉が出ない。

「壁なんて君を前にしたら無いも同じだけど壊れると分かっていても壁を作り続けないと
私は怖くてたまらないから。失う事に怯えるのも嫌だけど。
失ってからの喪失感をまた味わうなんてもっと怖い。そう思えてしまってね」
「昨日あんな馬鹿みたいにエッチしたくせに」
「だから。余計に、…君が欲しくて」
「じゃあ、今も欲しいんだ」

涙を手で拭いて、雅臣の手を握る。そのまま運転席に身を寄せて。
彼の膝に座って首に手を回した。

「……」
「言って。…私が欲しい?」
「……、欲しいよ」

朝はあんなに全身筋肉痛で痛かったのに。不思議と今は痛くない。
雅臣の返事に満足げに微笑み彼のオデコにキスをした。
嫌われた訳ではない。人にバレた訳でもない。いい歳をしてただ怯えているだけ。
そう思ったら今度は笑えてきてくすくすと声にだして笑った。

「可愛い姪をキズモノにしてくれちゃったんですから、おじさんには責任ありますよね。
勝手に壁なんて作らないでください。恋愛に関しては私のが上なんだから」
「どうしらいいかな」
「私がもういいって言うまで愛さなきゃ駄目ですよ。…そうでしょ?」
「……」
「終わっちゃうのかなって不安誰だってありますよ。私だってあるし。
まあ、おじさんの場合おっさんというハンデがありますけど、そこは置いといて。
勝手にやめるとか言う権利は貴方にはないってことで。わかりました?ご主人さま」
「……わかった」

よろしい、と笑顔で雅臣の唇にキスする。
自分でもなんでこんなにすんなり言葉が出てくるんだろうと思うくらいペラペラ出た。
気持ちとしては雅臣に切り出されて凄く動揺して涙止まらなくてパニックのはずが。
人間、やるときはやるんだ。と他人事のように思っていた。

「……まだ4時まで時間ありますね」
「あるね」
「私、こういうスリリングな場所も嫌いじゃないですけど。おじさんは?」
「外から見えない加工しててよかった、かな」

ははは、とお互い笑い合って。2人すみやかに後部座席に移動した。
前回の失敗を踏まえ色々と準備は万端である。
買ってもらった服は助手席に移動。




「こ、こんにちは」
「はじめまして」
「やあ、君たちが雅臣君の。ああ、いらっしゃい」

病室に亜美の母はおらず、かわりに初めて会う父親が居た。
思っていたよりもずっと痩せていてヒョロっとしていて。疲れてそうな顔をして。
何処と無く雰囲気は子どもたちと似ているものがある。
雅臣の甥である慧と恒を見ても嫌な顔せず笑顔で迎えてくれた。

「あの」
「ああ、時期に戻るよ。亜矢や正志もいるんだ」
「そう、ですか。あの、これ退院祝いに…と」
「気を使ってもらってすまないね。ありがたく頂くよ」

何となくソワソワする。どうしていいか分からず手持ち無沙汰。
今ここで帰るよりも亜矢たちや母親のあの穏やかな顔を見てから帰りたい。
そろそろ意地をはるのも疲れてアメリカへ帰ろうかと思っている頃だから。

「あ!慧兄ちゃん!恒兄ちゃん!」
「こら正志、静かになさい」
「いらっしゃいお兄ちゃんたち」
「こんにちは。急に来てごめんなさい、あの、退院なさるって聞いたので」
「母さん、これ頂いたよ」
「まあ。ありがとう。高かったでしょうに。本当にやさしいのね」

戻ってきた母親と亜矢、正志。慧たちが居て嬉しそうに笑っている。
母親も穏やかな笑みを浮かべありがとうともう一度言った。
何となくこそばゆく、でもこういうのは嫌いじゃないと最近感じている。
以前は自分たちが認めたもの以外はどんな人も言葉も関係なく嫌いだったのに。

「そうだ。よかったら君たちも一緒に食事をしないか?退院祝いの食事会だ」
「うん!そうしよう!」
「素敵!」
「でも、いいのかしら。2人ともいきなりで困ってるんじゃない?」
「いいんですか?僕たち」
「邪魔じゃ」
「そんな事ないわ。一緒に祝ってくれたらとても嬉しい。亜美や雅臣さんも後から来るの。
皆で楽しく食事が出来るなんて素敵な事だわ」

そう言われては断わることも出来ない。嬉しそうな恒。慧もすましてはいるが。
ありがとうございますと返事する声が何時に無く嬉しそうで。
一緒に食事が出来ると亜矢と正志もとても嬉しそうにしている。彼らの母も父も。
人数が増えたら食費の負担になるだろうに、嫌な顔1つしないで。
初めて居心地がいいと思った。誰にも疎外されず普通に扱われ、時に必要とされる。
そんな場所今まで何処にもなかったから。

「……何か、…家が恋しいかも」
「恒」
「これも…あいつの戦略かな」
「かもしれないな」

そんな事を考えている自分。どうやら双子の弟も同じらしい。顔を見合わせ苦笑い。
何もせずただ飯はよくない。退院の片付けをする家族の手伝いをする事にした。
時折幼い妹弟がちょっかいをだしてくるがじゃけにせず一緒に遊んだ。
叔父さんとズンガメも後で合流するらしい、今頃何をしているのやら。



「ん…ぁあ…っ」

車内で迎える2回目の絶頂。駐車場に人気はないとはいえ、
どれくらいの大きさで喘いだら良いのか分からなくて。とりあえず控えめに。
準備しておいた柔らかなタオルケットを地面に敷いたお陰で腰が痛くない。
雅臣は上でまだお互いに繋がったままの形で休憩。

「…変な話だよね」
「はい?」

亜美は彼を抱きしめながらその頭を撫でる。

「君にあんな話を持ちかけておいて今はこうしてセックスだ」
「そんなストレートに言わないでくださいよ恥かしい」
「私は愚かにも人が動物である事を忘れていた」
「何ですかもう。車でエッチして悟ってるんですか?」

とてもスリリングな場面なのに。まるで講義。たまにあるんだよな、こういう時。
亜美は口にはしないがとりあえず言わせてやる事にした。
それを含めて彼だし。止めたところでまたいい感じのときに講義されるだけだ。
それなら休憩中の今言ってもらおう。

「そうだよ。人は何時でも悟る事が出来る。いや、私の場合は気づいただけだけど」
「それで?気づいたおじさんは何を思うんです」
「もっと君とセッ」
「発情ゴリラが!」

寝た状態から雅臣の腹へ膝蹴りを喰らわせる。いくら興奮状態であっても。
いくら気づいたからって。そんなおっぴらに言われると萎える。冷める。
ウッと唸って隣に倒れる叔父さん。何時もながら手加減ができない子である。

「ああ、いっそその方が楽でいいかもしれない」
「私が死ぬじゃないですか」
「大丈夫、私の方が先に死ぬ」
「そういう話じゃないです。……ひねくれ中年」

今度は亜美が上に来て拗ねている叔父さんにキスする。
歳の事を気にしてないようで実は凄く気にしていると最近気づいた。
自分の事ではなくて、亜美との差の事を。

「傷つくなぁ」
「……舐めあいましょうか」
「え」
「ほら。よく言うでしょ。傷を舐めあうって」
「なんだ」
「……まあ、……この際、…そういう経験も…いいかも…」
「あそう?うん。経験って大事だよね。私も思う」
「ほんっともう…」

マウントポジションからの拳骨乱打を頭に浮かべたが夜から食事会なのに
叔父さんが顔ボコボコで行ったら怪しまれるだろうと拳を下ろした。
何て亜美が葛藤している間に雅臣は身を起こしさあさあと移動させる。

「無理だと思ったらやめてくれいいよ。噛まないでね」
「……はぁ」

人に尻を向けるのは抵抗があるがそれよりも先に目の前にあるブツのが困り物。
これを手とか口とかでどうこうしろって言うのだから、出来る人は凄い。
もしかして由香もやってたりするんだろうか。なんてアホな事を考えてしまう。
下の人はさっきから尻を触って感動しているし。もう、違う意味でまた涙でそう。

「君、後ろ好きだったよね。こういうのも好みかな」
「……ぁん。ちょ、っと」
「いい反応だ」

撫でているだけでは物足りなくなったのか、人差し指を中へ。
さっきほど果てたばかりだが貪欲にもその指をキュッと締め付ける。
軽く動かすとビクビクと腰が震えて喘ぐ声。

「あっん……美味しくはないんだろうな、…実はチョコ味とかってないよね。…あん」

こうなったら自分も、と思うのだが今ひとつ手が出ない。ツンツンと突いてはみるが。
後ろから指で弄られつつブツを眺めているなんて変な光景。

「…亜美?」
「おじさん。前に本で読んだんですけど、おっぱいで挟むといいらしいんですよ」
「君、どういう本を読んでるの?それ未成年が読んでいいもの?」
「大丈夫。胸はありますから!」
「いや、それ答えになってないよ」

そういえばそんな技があった。由香から借りた雑誌の特集に書いてあった。
絵の通りにやればたぶん大丈夫。思い出しながら胸を掴みそっとソレを包んでみる。
それだけでピクっと反応あり。まさかこれで成功?すごい簡単だ。

「ど、どうですか?」
「う、うん。いい…よ」
「えー。それにしては微妙なかんじー」
「…私は君の事が心配だ…」
「何言ってるんですか。大丈夫ですよこれであってるはずですからー」
「さっきから君と会話がかみ合ってないような気がするんだけど…」

胸でのマッサージは中々効果があったらしく次第に見た目がかわってきて。
硬さもかわってきて。逆に怖くなってきた。普段そうじっくり見ない場所だから余計。

「ん」
「はい。おしまい。恥かしいからこれは終わり」
「君の愛撫良かったよ。またしてくれる?」
「はい。じゃあ他にも詳しく」
「いや、いいよ。うん。十分だ」

お尻を浮かせて位置を戻す。向かい合って顔を見て少しだけホッとした。
アレに慣れるにはまだまだ時間がかかりそう。軽くキスをして感触を確かめあって、
新しい避妊具をつけてからゆっくりと亜美の中へ。

「…ん。……さっきと…違うような…」
「君が頑張ってくれたからね」
「あ……あ。…ん」

入るなり下から突き上げを始める。ぷるんぷるんと揺れる胸。
昨日戯れに噛んだ痕が残っている。白い肌が美味しそうで舐めたいなと思ったのだが
さっきまで自分のアレを挟んでいたと思うと。手を伸ばし揉むだけにした。

「腰を振るのも頑張ってもらおうかな」
「あぁんっ」
「綺麗だ……私の…亜美」


声を殺しながら3度目の絶頂。そろそろ帰る準備をしないと遅刻する。
結局デパートに来たのに買い物は出来ないで終わる。勿体無いような。
服を着て身なりを整える。結局化粧してもしなくてもこうなる運命なら一緒だった。

「嫌ですよ」
「どうして?せっかくだしさっき買った服を着たらいいよ」
「いきなり娘がンな高価な服を着てったら親が怪しむでしょうが」
「何時ものお店で買ったっていえば」
「いいんです。これは。…デート用なんです!」

運転席と助手席に戻り車を移動させる。親には途中でお菓子でも買おう。
デート用だといわれてしまうとそれ以上は強く出られない。
何処と無くうれしそうな叔父さん。

「……駄目だな」
「なんですか?」
「いや」

丁度いい時間に病院に到着。土産たちは車においといて病室へ向かう。

「あれ!なんであんたたちここに居るの?」
「いいだろ別に」
「退院祝いを持ってきてくださったの。それから一緒に食事をしましょうって」
「お母さん!駄目だよ座ってて」

病室には何故か双子と、何時に無く元気そうな様子の母。
慌てて彼女が持っていた荷物を亜美が持ってダンボールに仕舞う。
彼らも母の事を心配してくれていたのか。生意気な割りにそういう所は優しい。

「もう大丈夫なんだから。雅臣さんも、ごめんなさいね。お忙しいでしょうに」
「いえ。あの、兄さんは」
「荷物を車に乗せてます、何だかんだで結構量が増えてしまったから。
2人も手伝ってくれて、とても助かりました」

母に褒められて嬉しそうな恒。慧は何も言わず黙々と片付けをする。
けど、内心は嬉しいんだろうなと亜美は思う。
暫くして父と妹弟が戻ってきて皆全員集合。2人増えたけど予定は変わりなく。
退院の手続きを終えて夕食会の店にむかう頃にはいい時間になっていた。

「……口が寿司を食べる準備してたのにぃ」
「ははは。予想大ハズレだったね」
「ダブらないようにしてなんでダブっちゃうんですかー」
「神さまも意地悪だね、まあ、違うメニューにしたらいいさ」

たどり着いたのは何の因果が中華の店。てっきり回転寿司だと思ったのに。
父が予約して広い席を確保してくれていた。プラス2人分の椅子も追加してもらって。
初めて見る円形のテーブルに興奮気味の妹弟。
何でもいいから頼めと言わたけれど、メニューを見ながら軽いため息。
昼間食べたのと違うもの。でもってそんな高価でないものを。

「お父さん」
「ん?」
「一言仰ってくださいな」
「あ、ああ。そうだな…」

全員の注文が決まった所で父がコホンと咳払いをして。

「げ。父ちゃんの話し長いんだよなぁ…」
「正志、静かになさい」
「…はぁい」
「えー、本日はうちの母さんの退院祝いに集まっていただき…」

何時もならもっとすらすらと言うのに。やはり雅臣や双子が居るからか緊張気味。
話をしている間にぞくぞくと注文した品が出てきて食いしん坊の正志はそっちに夢中。
やっと話が終わる頃にはテーブルいっぱいの料理。すぐさま頂きますと箸を伸ばした。
子どもが多いからかあっという間に空っぽになっていく皿。
父も母も食が細いからこれも食べてと言って、それを嬉しそうに見ていた。


「叔父さん」
「ん」
「俺たち、その、もうすぐ…帰ろうと思うんだ」

戦争のような食事を終えて休憩中の面々を置いて双子は雅臣を呼びトイレに。
何となくあの場で話をするのが躊躇われてできなかった。

「帰る日が決まったら教えて。見送りに行くよ」
「うん」

叔父さんを連れて帰るまでは絶対にアメリカには戻らないと決めていたのに。
亜美の家族と触れ合うようになって、彼女の母の優しい微笑を見せられて。
金は無くても暖かな家庭というものを見せつけられて。
口にはしないけれど、今になって思いっきりホームシックになっている。

「亜矢ちゃんや正志君には?」
「まだ言ってない。…言うタイミングが分からなくて」
「そうか。でも、これは君たちの口で言わないとね」
「わかってる。また、言うよ」
「叔父さんはここで、あいつとずっと付き合っていくの?」

恒の質問に暫し考えて。

「彼女に飽きられない限りね」
「叔父さん…、…無茶すんなよ」
「俺たち何時でも待ってるから」
「ありがとう」

先に席に戻る双子。テーブルには誰が頼んだのかデザートが置いてあった。

「はあ」
「亜美?」

雅臣も戻ろうとしたら傍でため息。これは聞き覚えがあると向かってみると。
女子トイレ前。亜美がお腹を押さえて立っていた。

「食べ過ぎて」
「薬もらってこようか」
「大丈夫。ちょっと休憩してれば」
「話し、聞いてた?」
「え?話し?すいません他所に気が回ってなくて。なんか聞かれて不味いこと言ってたんですか?」
「言ってないから拳握るのやめて」

どうやら双子との会話は聞かれていないようだ。そう問題になる事は言ってないけど。
亜美を抱き寄せて背中をさすってやる。お腹をさすろうとしたらやめろと腹に一撃くらった。

「……帰っちゃうんですか」
「うん」
「何だか寂しい。結局私にだけ冷たいし。仲良くなってないし」
「彼らなりに君の事は分かってると思うよ。ここに来てだいぶかわったから」
「そうですね。最初なんて私地下に閉じ込められたんですから」

休憩しながら彼らが帰る事を亜美に話す。喧嘩ばかりだったが驚いた顔をして。
寂しそうに雅臣に身を任せる。可愛げのない従弟だったけれど。悪い子じゃない。
根は優しくて弟や妹なんかの面倒見がいい。
最後くらい自分とも仲良くしてくれたらいいけど、やはり無理かな。と思う。
今更変えられないものというのはお互いにあると思うから。

「……愛してる」
「何ですか急に」
「君が他所に行かないように壁を作ってやろうと思って」

マイナスの言葉で壁を作っても虚しいから、この愛の言葉で君を包めたら。
不安な気持ちなんて消えてしまうのかもしれない。
なんて何時に無く気障なことを考えてしまうのも自分が変わったからか。
亜美は恥かしそうにしながらも満更でもない顔をしてはにかむ。

「じゃあ、私も。……あいし」
「先生!やっぱり大野先生だ!」

甘い空気をぶち壊す女子大生さん。以前とは違う人だがまたしても巨乳。

「……」
「あ。まって!亜美っ」
「ばーーーかっ!」

思いっきり恨みをこめて言ってやった。何が愛してるだ。しっかり女子大生と交流して。
よろしくやってるんじゃないか。怒りで腹痛なんて何処へやら。
さっさと席に戻り隣に座っていた正志からデザートを奪う。姉ちゃんが取ったー!
と泣く正志だが不機嫌バリバリの姉にギロリと睨まれて黙った。

「亜美、そんな怖い顔をしないで。どうしたの?」
「べつに」

あまりの恐怖に慧たちの方へ行ってしまった正志のかわりに母が座る。
食べ過ぎてお腹が痛かったはずなのに今はムシャムシャ食べる娘。
これは絶対に何かあった。理由は…なんとなく、わかる。

「いいじゃない、魅力的な男性って事で」
「え。な、なに?見てたの!?」
「いいえ。でも、亜美がそんなに怒るのは大体雅臣さん関係じゃない?
さっき可愛らしいお嬢さんが大野先生がどうとかって言ってたし…」

さすが母、名探偵も真っ青な名推理。

「私も女子大生になって遊んでやる」
「ふふふ、亜美はすっかりあの人に夢中なのね。ああ、私ももう少し若ければ」
「お母さん!?」
「冗談よ。お母さんはお父さんが1番ですから」

母と顔を見合って、クスクスと笑いあう。
今日は怒ったり悲しんだり疲れた。もうどっちでもいいや。
お茶を飲みながらのんびりと時間は流れ。そろそろ帰る時間。

「ああ、いいんだ。俺が払う」
「でも、私の甥たちの分まで」
「大丈夫。これくらい出せるから、子どもたちを頼むよ」
「…はい」

兄にも面目と言うものがある。だからこれ以上は言わなかった。
会計を済ませ各自車に乗り込んでさよならをいう。
藤倉家のボロい車に乗る子どもたちは不満げな顔をしつつ手を振ってくれた。
母も何度もお礼を言って車に乗り家に帰って行った。
雅臣の車には亜美と双子。何時ものように減らず口で喧嘩をしつつ送った。


「ねえ」
「1日1回。それ以上はナシ!」
「まだ怒ってる?その、私はただ」
「怒ってないです」
「そう?」

屋敷に戻ってすぐ、それとなく亜美を部屋につれてきた雅臣。
何となくチクチクした視線を感じるから今のうちに修正したくて。
さっきの女子大生はただ顔をしっているくらいの関係で。
自分は特に何も思ってないんだと。

「はい。何時も通り穏やかで優しくて気の利く家政婦さんですよ」
「じゃあ何で殴ったの、今」
「それは貴方が見境なくいたいけな少女を襲おうとしたからでしょうが」
「……」
「なにか」
「なんでもないです」


おわり


2009/06/13