幸せのありか



「それじゃ家に戻りますんで。私が居ないからってゴミを散らかさない洗濯物をためない
火の始末と戸締りをちゃんとするようにお願いします」
「はい」

火曜日の朝。学校が終わったらそのまま家に戻る事にしているから雅臣と暫しの別れ。
何時もなら玄関で会話なんてしないで慌しく弁当を鞄に詰めて学校に向かうのに、
この時は何故か会話が続く。
ほんの2日間だけの別れなのにそれすら惜しんでいるのだろうか。

「明日飲みに行くんですよね。飲みすぎには注意してくださいよ?介抱してくれる人居ないんだから」
「美味しい酒にはならないから、大丈夫だよ」
「それと。ちゃんと話をしてくださいね」

突然現れた雅臣の旧友。まだ1度しか会った事がないけれど、何だか探られているようで怖い。
黙っていれば叔父さんとの関係はバレないはず。けれど何となく居心地が悪くて。
詳しい目的は知らないがちゃんと話し合って解決して後腐れなく帰って欲しい。

「そうだね」
「では。また金曜日に」
「うん。夜電話するから」

そんな気持ちを汲み取ったのか雅臣は何も言わず手を振って亜美を見送った。
一緒に飲むといっても話す事などないから適当に切り上げるつもりでいた。
それでどう思われようが知ったことではないが亜美との穏やかな生活の為だ。
あの男と話をして面倒な過去にケリをつけようと腹を括った。


「今日亜矢ちゃんたち部屋に来るけど、お前、どうする」
「丁度いいわ。私も行く。んで一緒に家に帰る」

昼休み。
何となく食べたり無くて売店へ向かう途中パンを買いに来ていた慧と出くわす。
何時もなら適当に亜美が挨拶してそれをまた適当に返されて終わりなのだが。
珍しく慧から話しかけてきた。何かあると思ったがやはり亜矢たちの事がらみだった。

「恒がそれとなく話を聞きだす、お前邪魔するなよ」
「何でさーお姉ちゃんだよ?」
「恒の方が頼られてるけどな」
「……うるさい」

どうやら以前お願いした事をしてくれるらしい。口も態度も悪いが根は優しい子たち。
でもなんでか亜美だけには冷たくて馬鹿にした空気さえ出ているのだから。
それが悲しいけれど、これで亜矢たちの事が少しはわかるだろう。
用件を言うと慧はさっさと教室へ戻っていった。

「あの」
「え?私?なに?」

声をかけられて振り返ると可愛らしい小柄な女の子が立っていた。
そんな気配まったく感じなかったけれど、何時の間に後ろに居たのだろう。
何て考えていると声をかけてきた少女は何やらモジモジしはじめた。

「……あの、……その」
「なに?」
「……先輩って、その」

リボンの色からして1年。部活に所属していないし生徒会にも所属してない。
だから下級生にも縁が無くて声をかけられる事なんてなかったのに。
何か落し物でもしたろうかと彼女の言葉をまつ。しかしモジモジしたまま。

「なに?」
「お……大野君と、…つ…付き合ってるんですか」
「……あ?」

顔を赤くしながらも話してくれたと思ったら。最初彼女の言葉の意味が分からなくて。
声がでなくて。やっと出たと思ったら気の抜けた返事をしてしまった。
大野君、と言われて最初に浮かんだのは叔父さんだが彼女があの人の事を知っているとは思えない。
知っていたとしても彼と自分との接点には気づかないはずだ。苗字が違う。

「慧君と、その」
「ああ。そっち……え!?」
「お姉さんじゃないですよね、苗字違うし」
「従妹だよ?あれ?そういう説明してなかった?」
「で、でも。従妹は結婚、できますし」
「あぁ。そうだっ……えええ!?」

どっからそんな発想が出てきたのか。どう見たら仲良しカップルに見えた?
普段女子と接している憎らしいくらいニコヤカな慧の方がいいだろう。
自分の時なんて本性まるだしの無愛想で生意気でムカツクことばっかり言うのに。

「何だか慧君先輩と話してる時だけ他の子と話してる時と雰囲気違うから」
「そ、そらね。ほら、親戚だからさ」
「それだけなんでしょうか」

邪魔者として憎まれてます、なんて言ったら余計混乱させるだろうから言えない。
この少女は普段からこまめに慧の事を見ているらしい。
それだけに亜美にだけ態度をかえる事にいち早く気づき違和感を覚えたようだ。
一見すると大人しそうな子だが亜美に聞きに来るあたり度胸はある。

「私彼氏居るから」
「え。そうなんですか?」
「うん。居る」
「すいません!あの、勝手に勘違いして!」
「いいよ」

亜美の返事にさらに顔を赤くして、何度も頭を下げ逃げるように少女は去っていった。
青春だなあ、とシミジミ思う。彼女と慧ならあんがいいいカップルになるかもしれない。
ただ慧にべったりな恒が仲間はずれにされたと嫌がるだろうか。

「なになに。後輩ちゃんと何話してたの」
「べつに」

やっと売店へいけると思ったら今度は由香に遭遇。さっきのやりとりを見ていたらしい。
狙って待ってたんじゃないかと思うくらいのタイミング。

「負けじとガンガン突っ込むと逆に引かれるからある程度一歩さがって大人の余裕を」
「何の話?」
「え?男の取り合いじゃないの?」
「はあ?」

何でまたそんな突拍子も無い話になるのか。男を取り合うなんて考えたことも無い。想像もつかない。
由香はそんな経験があるらしく教室へ戻る途中延々と語りだしたけれど興味はない。
取り合う事になるのは男の心も少しは揺れているという事ではないだろうか。
あの叔父さんが自分以外の誰かに魅力を感じて心揺れることなんてない。はず。

「だからね、普段からチェックを……亜美?」
「……あるのかな」

自信あるのに何でこんなに揺れるんだろう。

「どした」
「別に。つか、売店行きたいんだけど」
「菓子やるって」
「菓子で腹が膨れるか」

これから2日間彼の傍から離れるというのに、何て嫌なタイミングだろう。
けれどそんな気持ちを何時までも引きずっても仕方ない。
気持ちを切り替えて午後からの授業を受ける。放課後からもやる事はあるから。


「亜矢ちゃん、部屋に行く前にお菓子買っていかない?」
「買う!」
「正志に言ってないでしょ。恒お兄ちゃん大丈夫だよ」
「そう。じゃあ、飲み物は?」
「俺コーラ!」
「だから、正志はだまってなさい!」

何時ものように放課後そのまま慧たちのマンション前に集合した亜矢と正志。
部屋へ入る前に何か買っていこうかと恒が色々世話を焼くが亜矢は大丈夫と返す。
正志は欲しそうな顔をしていたが亜矢ににらまれては何もできない。

「怖いよ亜矢ぁ。何か姉ちゃんみたいだ…」
「どういう意味だ正志コラ」
「姉ちゃんは叩いてくるから余計こわい」

とりあえず部屋にもお菓子や飲み物はあるからとエレベーターを上がり部屋へ。
誰も掃除に来てくれる人は居ないはずなのに何度来ても綺麗な部屋だ。
役割を分担して決めてそれをこなしているだけだと慧たちは言うけれど。
それが出来ない人もいるんだよねと苦笑い。

「あれ。あんたたちこんな可愛らしいヌイグルミなんて興味あったっけ?」
「それは母さんが送ってきたものだ」
「へえ。可愛いね」

無造作に床に置かれていた大きなクマのヌイグルミが目に入る。
今までこんなもの無かった。亜矢が抱きしめて丁度いいくらいだろうか。
たしかこんなクマを何処かでみた気がするが、よくあるデザインなのか。
とても可愛いし触った感触もよく高価なものなんだろうなと思う。
母親から贈ってもらったのだからもっと丁寧に扱ってやればいいのに。

「どこが!あの男がデザインしたものなんて送ってきてさ。欲しかったらお前にやる」

恒の言葉に納得。それでこの扱いなのか。

「いや、いらないけど。クマに罪はないじゃん」
「何か顔が似てて嫌いなんだ。ね。慧」
「見ていると苛々するんだよな」
「そうそう」
「へえ。こういう」

ちょっと間が抜けてそうだけど、そこも愛嬌みたいな。穏やかな顔をしている。
このヌイグルミを作った人が彼らの新しい父親。まだ認めていないようだけど。
正直あの扱い難い叔父さんよりもぜったいこっちの方がいい父親になりそう。
何て言ったら速攻で不興を買うだろうから黙っているけれど。

「……いいなぁ」
「亜矢ちゃん良かったら持ってかえっていいよ?」
「え。あ。ううん。あれはお兄ちゃんたちのだから」
「じゃあ新しいのを送ってもらおうか。亜矢ちゃんの好きな色のを」
「あ。あたしも欲しいー」
「お前は1500円で売ってやる」
「はあ!?」
「プラス送料も貰うぞ」

何もそんな意地悪しなくたっていいじゃない。亜矢を後ろにして慧と恒は平然と言う。
正志はミラクルマン人形には興味があってもクマのヌイグルミには興味が無いようで。
慧が持ってきたお菓子を一生懸命食べている。開いた宿題には目もくれず。

「何で私ばっかり。今日もあんたの所為で売店いけなかったしー」

仕方ないから亜矢のついでに頼んでやるよと思いっきり偉そうに言われた。
亜矢は何度も遠慮したが欲しがっているのは明白で。
慧たちに気にしないでいいからと優しい言葉をかけてもらっていた。この差は何なんだ。
ふて腐れながらソファに寝転ぶ。亜矢と正志は恒に見てもらいながら宿題。

「俺の所為にするな」
「このモテ男め」
「は?」
「聞いて驚け。今日私あんたの彼女かって聞かれちゃったもんねー」

そう言った瞬間、今まで見せた事の無いくらいの悲痛な顔をする慧。

「お前と?何かの悪い冗談か?それともそいつは頭がおかしいのか?」
「そこまで言うか。私にも失礼だし相手にも失礼だろ」
「誰が誰を好きだとか告白したとかデートに行ったとか、そんな事どうだっていいのに。
いちいち話題に出してくる馬鹿が多くて困る。何が楽しいのかさっぱり理解できない」
「まあね。自分がその立場になってみないとわかんない部分ってあるし」

慧の言いたいことはなんとなくわかる。自分もそうだった。恋愛何てどうでもよかった部類。
友人たちの中でそんな話題が出ても輪に入れなくて。別に入りたいとも思わなくて。
由香のお惚気発言にも面倒だとか苛立つばかりで嫌だった。

「お前はそういうの無縁そうだな」
「そうでもないけど」

正直な所自分でも無縁だと思っていたのだが、3年に入ってから妙に告白されて。
由香曰く彼が出来て恋愛に目覚めたから纏っているオーラが前と違う、とか。
言っている事がいまいち理解できないが人から見たら自分は変わったらしい。

「ならもっとお前につりあう男と付き合えよ」
「私につりあうって?どんなヤツ?」
「知るか。叔父さん以外で適当に選べ」
「へえ。じゃあ慧君でもいいんだー」
「恒が」
「ぜったいいやだ!」
「あんたたち兄弟そろってほんとムカツク」

話を聞いていたらしく態々遠くから突っ込んでくる恒。そんなに嫌なのか。
こっちからお断りだとまたふて腐れてテレビをつけた。
宿題中なんだから静かにしろよと怒ってきたがボリュームだけ下げて無視。

「ねえ、亜矢ちゃん」
「なに?」

亜美が不愉快そうにテレビを観ている間に恒はそれとなく亜矢に探りを入れる。
彼女は家族に言えないような問題を抱えているかもしれないと慧から聞いた。
藤倉家の事はそんな詳しく知らないが貧乏で大変だというのは見てわかる。
それに母親が体が弱くて今病院に居るという事も。

「どう?小学校楽しい?」
「楽しいよ。何で?」
「俺が小学生の時はあんまり楽しくなかったからさ、どんなもんかなって」

亜矢は聞かれた事に素直に返事した。特に表情が曇ったり怯えた様子は無い。

「そうなの?意地悪されたとか?」
「それもあるけど。何となく馴染めなくてさ」
「……」
「俺たちは他の連中とは少し違ったから、それを妬むヤツは結構居たんだ。
理解して欲しいなんて誰も言ってないのに知ったような顔して近づいてきて。
持ち上げたりご機嫌取りみたいなのとか、かと思えば裏で陰口。うざったい」

頭脳だけでなく家が金持ちである事も嫉妬や擦りよりの原因だったのだろう。
片方では陰険な嫌がらせや陰口が横行し片方では神童と持ち上げられて。
自分たちが望むのは普通の生活なのに誰もそれに気づいてくれない。
母親は父親の所為で疲れていたし。

「なあ、恒兄ちゃん。何で金がないと馬鹿にされるんだ」

そこへ割ってはいる正志。傍にいたから聞いてはいると思って居たが。
小難しい話に興味はないだろうと思っていたのに思いのほか真剣な顔。
もしかして彼も学校でそういう目にあっているのだろうか。

「自分より下がいるって思ったほうが優越感があって気分がいいからだ」
「慧」

言いよどんだ恒に代わって慧が答える。

「ゆうえつかんって何?」
「自分の方が他人より上だって思う事だ」
「じゃあ、金がないから下なのか?馬鹿なのか?」
「正志やめなよ。お姉ちゃんに聞こえちゃうよ」

亜矢はチラチラとソファに寝転んでテレビを観ている姉を確認する。
ドラマの再放送に夢中で此方の事には気づいていない様子。よかった。
正志はまだ納得できていないようでシャーペンを握ったままふて腐れた顔。

「言いたい奴には言わせておけばいい。そいつに時間をくれてやるほうが勿体無い。
時間はさっさと過ぎる。悩んでても待ってくれないし、やる事は次々出てくるんだ」
「慧お兄ちゃん」
「だけど手を上げてきたら言わなきゃ駄目だ。声をあげないと、誰も気づかない」

慧の中に昔の記憶が甦る。何も出来ない言えない母をぶつ父の大きな手。
今は亜矢たちの事を考えてやりたいのに昔の事が過ぎって腹立たしい。
気分をかえる為キッチンへ行き冷蔵庫からペットボトルの水をとり一気に飲む。

「大丈夫だよ。そんな事されてないよ」
「わかってる。でも、何かあったら俺たち話し聞くからね」
「恒お兄ちゃん」

台所へ行ってしまった慧のかわりに恒が答える。
亜矢の言葉に嘘はなさそうだ、多少の意地悪は受けているようだが。
正志は真面目に考えたらお腹が空いたのかお菓子をガツガツ食べ初めた。


「お姉ちゃん一緒に帰らないの?」
「何で?」
「うん。ちょっと忘れ物してきちゃった、夜までには行くから」

宿題を終え話も聞けた所で時計を見たらもういい時間。外も薄暗い。
慧と恒に3人でお礼を言ってまたくるからね、と手を振った。
家の傍まで来て亜美は立ち止まる。不思議そうな顔をして見上げる弟妹。

「わかった」
「正志、あんたお菓子食べすぎだよ。夕飯残したらケツバットだからね」
「えー…」
「亜矢、夕飯任せて大丈夫?」
「うん。ばっちり」

母が居ない間は亜矢が中心になって家族のご飯を準備している。
その所為かレパートリーはまだ少ないが既に姉より料理が上手。
それを言うと亜美に睨まれるので父も弟もそれに関して何も言わない。言えない。
2人がちゃんと家に入るのを確認してから亜美は早足で歩き出す。



「あ。醤油がない」

亜美の居ない屋敷。夕方になっても怖いくらい静かだがそれが本来のここの姿。
雅臣は酒のつまみに買ってきた刺身を食べようと1人準備していた。
何処に何があるか把握出来ているのは何時も夕方になるとキッチンへ行くから。
なのに痛恨の醤油在庫切れ。今帰ってきたばかりなのに。
他に使えそうな調味料はなく仕方なく歩いてコンビニへ行く事にした。
日が長くなってきたとはいえまだまだ肌寒い。
今頃亜美は家族のもとへ戻り笑の絶えない暖かな食事をしているのだろうか。
何て考えていると暗い公園内で見たことのある後姿。

「……」
「つぐ」

声をかけようとしたらその前に携帯が鳴る。
普段は持ち歩くことはしないのだが今日は何故かブレザーのポケットにあった。
こんな時間に誰だろう、と見れば着信元はすぐ傍に居る亜美だった。

『おじさん、今、いいですか』
「うん。いいよ」

とりあえず身を隠し電話に出る。
そのまま名乗りでればいいものを、何となくタイミングを外してしまった。
亜美の声は何時ものように元気がない。何かあったのだろうか。

『……あの』
「どうかした?」
『お金、貸してもらえませんか』
「幾ら?」
『……、亜矢と正志が一生辛い思いしないですむくらい』
「それって」
『何て、駄目ですよね。人に頼るなんて。自分でなんとかしなきゃ』

笑いながらも今にも泣きそうな声。これはもう黙ってみている訳にはいかない。

「私にも分かるように説明してくれるかい?」
「うわっ!?……何で居るんですか」

そっと近づいて後ろから声をかけるととても驚いた顔。電話を切るとポケットにしまう。
やはり目頭が少し潤んでいる。ほっといたらそのまま泣いていただろう。
亜美も携帯をかばんに仕舞いこみ雅臣を見る。どうしてここが分かったのか。

「君が醤油を切らしてくれたお陰で」
「あ。そういえば。すいません忘れてました」
「それはいいとして。で?何があった?」

亜美が座っていたベンチに雅臣も座り彼女の返事を待つ。
彼女が自分に金を借りたいなんて言い出す理由、よっぽどの事だ。
それも自分の欲しいものや進学の為とかではなく幼い弟妹の為となると。

「もういいんです。なんて、言ってもおじさん納得しませんよね」
「そうだね」
「家がもっと金持ちだったらなーって単純に思っちゃっただけです。
何で金がないと馬鹿にされるのかなんて、あの正志が言ってるの聞いたら……」

親を怨んでも仕方ない。あの人たちは子どもの為に必死になってくれている。
自分たちも何か出来ればいいが子どもには限度がある。
亜美は詳しくは語らなかったが雅臣はそれだけで何があったのか察した。

「それで…ね」
「慧たちに聞いてくれって言ったのは私だしそういう返事来るかなーとはどっかで覚悟してたんですけどね。
いざ言われるとやっぱりへこむというか。あのまま一緒に帰っても笑えないかなって」

1人になりたかった。あの家では1人になる時間もスペースもないから。
何も聞いてないという事になっているから変に落ち込んだ顔も見せられない。
公園で1人ボーっと考えた。どうしたらいいか。家族が、あの子たちが幸せになるには。
気づいたら携帯を握っていて。リダイヤルを押していた。

「でももういい時間だ。家に帰らないと心配してるんじゃないかな」
「そうですね」

お金が欲しいのは山々だが雅臣にこれ以上の借金はやっぱり出来なくて。
こうしていざ彼を前にしてあのままお金を借りなくてよかった、と内心思う。
だけど気持ちは複雑。こんな時何も出来ない自分に苛立ちもある。

「送るよ。そこのコンビニまで」
「醤油のついでに送られるんですか」

ベンチから立ち上がり大きく背伸び。こうして悩んでいても時間は過ぎていく。
亜矢は1人で夕飯を作っているのだろうから帰って一緒に手伝ってやらないと。
どうせお姉ちゃんは座っててとわんやり遠慮されるんだろうな、とは思うが。

「刺身が」
「彼女より刺身を取るんですか。そうですか。へえ」
「それに家まで行くと寂しくなる」
「とってつけたような理由」
「そんな捻くれた取り方をしなくても。もちろん刺身より君の方が大事だよ」

そんな分かりきったこと真顔で言われても。突っ込みたい気持ちを抑え鞄を持つ。
不満はあるがコンビニまでの短い距離を一緒に歩く事に。空はまだ少しだけ明るい。
街灯もあるし冬に暗い道を走ったことがあるからそんなに怖いとは思っていない。

「なんか怪しくなってきた」
「何が?」
「案外ころっと気持ちかわったりして」
「なに」
「べつに」

昼間の事が頭に浮かぶ。男の取り合い。そんなのするくらいならいっそ身を引く。
何て口にしたらまた面倒な事になりそうだからそれ以上は何も言わないけれど。
争うという事が苦手で過去を振り返っても自分が引くことが多かった気がする。
弟妹間での食べ物の取り合い以外では。

「そう」
「ちょっ……こんなムードも何もない所で嫌です」
「夜の公園もいいと思うよ。ほら、学生みたいで」

出口へ向かおうとする亜美の手を引っ張り抱き寄せる。
誰も居ない公園。車が通る気配も無く静かで見られる危険性は少ない。
でもすぐ前が公衆トイレだなんていやだ。キスするにも雰囲気が悪すぎる。

「何年前の学生ですか」
「たまには外も悪くない」

亜美の抵抗も虚しく雅臣は軽く唇を合わせ感触を楽しんだらそのまま深いキスへ。
まさかこんな所で濃厚なキスをされるとは思わなくてきょろきょろ視線をめぐらす。
視線を気にする亜美に対し雅臣は軽く抱きしめる手をずらしお尻を触っていたりして。

「いや、あの。何かよからぬ事を考えてないですか…つか尻触るなっ」
「君も一緒に考えてくれると面倒が省けて嬉しいんだけどね」
「嫌ですよ」

小刻みに唇を奪われながらの会話。どっちかに絞れと言ったらたぶんキスを取る。
強引に脱出してもいい事はないのも学習済み。だからここは大人しくされるまま。
体を服ごしに優しく愛撫されているようで段々変な気分に。少し体が熱い。

「たまには快楽に身を任せるのもいい気分転換だと思うけど」
「……金曜日、お任せします」
「私も面倒な事を抱えるだろうから。お互いにいいかもね」

何て会話だろうと頬を赤らめる亜美のオデコににキスしてやっと離れる。
ポツポツと会話をしながら公園を出てコンビニまではそう遠くない。あっという間。
せっかくだからとお菓子とお茶を買ってもらい今度こそ2日間のお別れをした。

「あ。お姉ちゃんお菓子買ってる!俺もほしい!」
「お帰りなさい」
「ただいま。亜矢ごめんね、ご飯は?」
「大丈夫。もう出来たよ。みんなで食べよう」

時間を置いた所為か雅臣と話をしたからか。
亜矢たちの顔を見ても少しは落ち着くことが出来た。何も知らない父に声をかけて
お菓子を取ろうとする正志の尻を叩いて追いかけて。何時もの藤倉家。

「ね。亜矢」
「なに?」
「今度お姉ちゃんと買い物行こうか。服とか鞄とか見よう。お母さんにも何かいいのあるといいね」
「うん」


おわり


2009/05/01