過去からの訪問者 2


「ちょっとおじさん」

朝。亜美の家政婦としての仕事が始まる10分くらい前のベッド。
おまけに今日からまた学校が始まる。慣れか目覚ましが鳴る前に目が覚めて。
下着やパジャマを求めごそごそしている間に雅臣も起きてきて抱きしめられる。

「……あと少し」
「おじさんは寝てていいですよ、まだ時間ありますから」
「君に言ってるんだ。そう急いで出て行くことはない」
「ありますって。洗濯と朝食弁当作りと学校行く準備」

その手を押しこんでベッドから起き上がる。下着を探しパジャマも取り。

「それじゃあもう少し寝るよ。お休み」
「もう。じゃ、後で起こしに来ますから」
「うん」
「それまでに服着といてくださいね、さもないと熱いフライパンをぶん投げるから」

今日も頑張ろうと大きく背伸びをする。後ろの叔父さんに脅しをかけておく。
そうしないと起こしに行った途端ベッドに引き込まれる可能性があるので。
洗濯に朝食の準備に弁当と何時もの手順で済ませ制服に着替える。


「亜美」
「はい」
「2つも食べるの?これ」

最後に冷ましていた弁当のフタをしめて専用の袋に入れて、という所で雅臣。
何時もなら1個だけの弁当箱にもう1つ同じものが。
色違いで女性用というよりは男性向けの色。誰に作ったのだろう。気になる。

「おじさん作ってくれって煩いじゃないですか。材料も余ったし、特別作りました」
「私のか。うれしいな」
「こげたのを集中的に入れましたけどね」
「いいよ。何時も似たよう……いや、ありがとう嬉しいよ」

それとなく、といいつつ何度もしつこくお願いしてやっと作ってくれた弁当。
ここまで来るのにどれほどかかったのだろう。でも、嬉しい。
雅臣の分もちゃんと包んでくれて手渡される。

「恥かしいから1人で食べてくださいね。絶対絶対1人で食べて!」
「わ、わかった。そんな怖い顔をしなくても」
「あ。いけない。時間。じゃあ行ってきます」
「うん。頑張ってね」

照れ隠しなのかすぐに出て行く亜美。
それを見送って、貰った弁当を見てニコリ。昼が楽しみだ。とても。
何時までもニヤニヤしている訳にもいかず雅臣も大学へ向かう準備をする。


「先生。大野先生。聞いてますか」
「ん?何?」
「お客様がいらしてます」
「昼だから後にしてもらってくれるかな」

やっと迎えたお昼休み。だれにも邪魔されない場所でゆっくりと味わおう。
弁当箱を持ってニコニコ。何処へ行くか決めるのに一生懸命で助手の声も聞こえない。
何度目かに呼ばれてやっと戻ってこれた。けどまだ浮ついた気持ち。

「昼だからいらしたんでしょう。何わけのわからないことをおっしゃってるんですか」
「だって昼」
「そんなにお腹がすいてらっしゃるなら食べながらお話してください。先生のご友人ということですので」
「……私の友人ね」

青筋を立てつつも上司故に我慢我慢の殿山。対する雅臣は拗ねたような不満げな顔。
亜美がせっかく作ってくれた弁当。約束通り1人でこっそり食べるつもりだったのに。
こんな時に来るなんて。しかも自分の友人という人物。
そんなヤツ居たろうかと思いつつ弁当を持って研究室から出る。

「いい大学じゃないか」
「やっぱりお前か」
「美女でも来ると思ったか?そりゃ悪かった」
「私の職場にまで来て何のようだ。それも調査の一環か?」

出てすぐの廊下に立つ背の高い男。学生でも講師でもない、間宮だ。
何となくそんな気はしていたから驚きはない。むしろここまで来るかと呆れる。
あまり人に見られたくないから場所を移動し人気のない裏庭に出る。

「そう怒るなって。お前は何も教えてくれないままに俺たちの前から居なくなった。
やっとお前の所在を知って、日本へ来る機会を得たんだ。あのままじゃ嫌だろ。
それにのみに行く約束もあるしな。どうだ今夜あたり」

本当は飲みになんて行きたくないが、この調子だとアメリカに帰るまでしつこい。
人の事は言えないがこの男も中々引き下がらない性質を持っているから。
だけど今夜は無理。今では水・木と亜美が居ないのだから、もったいない。

「今夜は無理だ。水曜の夜ならいい」
「よし決まり。で。その可愛らしい弁当箱はあのおっぱいのでかい子の手作りか?」

軽い冗談交じりで間宮は言ったのだが、雅臣は怖いくらいの睨みで返す。

「二度とその表現をしないでくれ」
「悪かったからそんな怒るなよ。そうか、あの子が。お前学生と付き合ってんのか」
「関係ない」
「お前の趣味じゃないと思ってたんだが。いや、まあ、可愛らしい子ではあるなあ。
そっちだったか、……そうか、あっちじゃなかったんだな」
「彼女の事には何も触れるな」
「そうか。そこまで。お前がそこまであの子に惚れてるとは思わなかった。
いや、お前が誰かを愛するなんてあるんだな。それじゃ戻りたくないわな」

暫しの沈黙。
せっかく亜美が作ってくれたのに。食べるタイミングを見失って不機嫌。
1人で食べてねと念を押されているから間宮が傍にいる間は食べられない。
それに、この男に彼女が勝手に評価されるのも苛々する。

「私は行く、昼からも講義があるんだ」

何より弁当を食べなければ。

「待て」
「何だ」
「俺、さっき、その、かるーい気持ちでお前の恋人を夜食事に誘ったんだけど」
「……」
「すんなり、その、OKもらっちゃったんだけど。いいのかな…」

返す言葉が出ない。亜美がすんなり間宮と夕食?そんな事あるわけない。けど。
ここまできてそんな趣味の悪い嘘や冗談を言う男とも思えない。
悪い事をしたな、という顔をしているし。本当にOKをだしたのか彼女は。
間宮を置き去りにして急いで研究室へ戻る。殿山は昼で居ない。

『何ですか?こっち休み時間もう終わ』
「今夜君は他の男と食事をするの?」
『はあ?そういう夢でも見たんですか?あ。授業始まるんで』
「亜美」
『雅臣さん落ち着いて。今夜は一緒にソーメンでも食べましょうね、ばいばい』

この季節にソーメンってどうなんだろう、という突っ込みは置いといて。
彼女の反応を見るに今夜間宮と食事をするという雰囲気ではない。
嘘なんてつけない正直な子だから、ということはやはり間宮が?

「おい、間宮……」

文句を言ってやろうと部屋を出てすぐ。彼が女性と話しているのが見えた。
見覚えある。そうだ、自分に何度も接近してきた女子学生だ。
確かに胸が大きい。そして、学生。もしかしてこれってお互いに勘違い?

「今断わってきたからな、悪かった」
「彼女は私の恋人ではないよ」
「隠すことないぞ」
「彼女はただの生徒だ」
「……もっぺん誘うか」
「奥さんに知られてもしらないからな、じゃあ、私はこれで」
「水曜日忘れるなよ」

出来れば全部忘れたい。研究室に戻るとやっとの事で弁当を食べる事が出来る。
お茶を用意して、どんなものだろうとドキドキしながらふたをあける。
この際何時も食卓に並ぶようなモザイク必死なグロ映像が出てきても喜んで食べよう。

「うわ。凄い。桜でんぷんでハートマークですか」
「殿山君」
「今どき居るんですねそういう弁当作る人」
「……そうか、それで」

見せるなと言った意味がわかった。自分もちょっと恥かしい。
昼から帰ってきた殿山。教授が珍しく弁当なんて持ってきているから覗いたら。
定番のおかずにご飯にはピンクのハートマーク。自分では流石にしないだろうから、
恐らく噂の恋人だと思う。

「あ。でも、それだけ愛情が篭っているという事でしょうね」
「それも君が見た事で殺意へと変わるだろう」
「な、なんですかそれ。怖いですね」
「怖いのは私だ」

間宮が来て調子が狂って。気を抜いていた。別の場所で食べるはずだったのに。
黙っていたらバレないだろうか?いや、自信が無い。
亜美には嘘はつけないしつきたくない、聞かれたらきっと素直に答えてしまう。
その後は……想像するだけで寒気がしてくる。

「あ。あと、昼に東城教授が先生の友人を見て色々聞いてこられたんですけど。
よく知らないって答えておきました、また何か聞かれたら先生が返事してくださいね」
「彼は旧友。それだけだよ」
「正直先生に友達が居るという事にまず驚きですけどね」

言い訳を考えている間に日は落ちて。後は殿山に任せて研究室から出る。
せっかく手作り弁当で気分晴れやかだったのに。
あれもこれも全部あの男の所為だ。自分の事を嗅ぎまわられるのが大嫌いなのに。

「やあ、大野教授。昼間君の所に居た男は」
「お疲れ様です東城教授さようなら」
「ちょ、ちょっと待ってくれ話が」
「私にはありません。貴方と話すよりももっと大事な問題を抱えているので」
「何という言い草だ」
「黙っていてください、集中できない」

何やら話しにきた東城を無視して駐車場へ向かう。やっぱり素直に言おう。
彼女には小細工をするよりもストレートに伝えたほうがいい。
それで殴られようが蹴られようが熱されたフライパンが飛んでこようが。
いや、危なくなったら逃げよう。


「お帰りなさい」
「今日は早いね」
「だって夕飯決める必要ないですもん」
「本気でソーメンを作るつもりだったの」
「はい」

まだ春先なのだが。いや、もしかしたら暖かくして出してくれるのかも。
とりあえず着替えを済ませ何時ものようにキッチンへ向かう。
想像していたよりもあっさりと料理は終わっていた。氷の上にこんもりとソーメン。
やっぱり亜美はこうだよな、と何処かで笑いながら諦めている自分が居た。

「美味しいけど冷えるね…」
「ところで。昼の電話はなんだったんです?何だか切羽詰ったような」
「ああ、あれはいいんだ」
「もう。私が夜他の男と食事するとかなんとか」
「悪い夢をみただけだから」

それにしてもあれだけしつこく自分に迫ってきた癖に間宮に誘われて乗るなんて。
特に興味の無い女子生徒だが、まあ、どちらでもいいか。
冷たく冷えたソーメンをすすりながら最大の難関をどうするか考える。

「そうだ。お弁当、どうでした」

来た。

「え。あ。うん。美味しかったよ」
「それだけ?」
「その、情熱的だね、ハートなんて」
「似合いませんよねえ。自分でもどうかと思ってたんですけど、最初で最後だし。
そういうの、なんか、いいかなあって思って」
「最後なのが惜しいな。ね、私の分もどうにか。幾らでも出すよ」
「駄目です」
「……駄目、か」
「雅臣さんの為にメニュー考えるの大変だったんだから。何時もはもっと貧相だけど。
今日は奮発しまくったし。毎日どういうのしようか考えるなんて」
「私も君といっしょでいいよ。そんなこだわってくれなくても」
「もう。乙女心のわかんないおっさんだな。わさび食べて寝ろ!」
「あ!そんなに」

チューブをひねりわさびを思う存分雅臣の麺つゆの入った容器に沈めて退場。
何もそこまでしなくても、と言いたかったがそれよりも先に彼女が居なくなった。
ただ弁当が欲しかっただけなのに、けど。
自分の為に必死にどんな弁当にするかを考えてくれたのには嬉しかった。
考えすぎてそれが毎日になるプレッシャーが嫌なのかもしれない。

「……」
「ごめん、その、あ。そうそう、水曜日なんだけど飲みに行くんだ」
「そうですか。せいぜい楽しんできてくださいね」

黙々と片づけをする亜美。そーっと後ろから近づいて怒らせないように声をかける。
水曜の事を話したら余計刺々しい喋り方になってしまったけど。

「楽しくはないけどね。君も居ないし」
「電話はしてくださいね。……不安だから」
「するよ。私も、君の声が聞きたい」

そっと彼女の髪を撫でると恥かしそうに頬を赤らめた。
口と手は直ぐに凶暴な方向へ行ってしまうが根は恥かしがりやで愛らしい。
一緒に生活する事で見えてきた本質。雅臣はこの前彼女の前で泣いてしまって。
冷静になってみるととても恥かしい事、だけど亜美は何も言ってはこない。

「あ。もしかして飲みに行くのって」
「彼だよ。しつこいからね、私は別に話す事なんてないけど」
「相手はあるからおじさんを誘ったんでしょう。いいじゃないですか」
「……」
「曖昧に終わらせるよりも、ちゃんと気持ちを言ったほうが気分もいいですしね」
「そうかもしれないけど、……いい気分にはなれないな」
「じゃあ後でいい気分にさせてあげますから」
「今すぐがいいな」
「片付け終わったら行きますね」
「うん」

やけにあっさりと。弁当のハートといい、雅臣の過去の話を聞いて優しくなった?
複雑な気持ちではあるがとりあえず先に自室へ戻る。彼女がお茶を持ってきてくれる
ついでに、自分だけでなくお互いに気分よくなろうと。


「だいぶこってますね」
「まあ、そういう結論もありだよね」
「何の話かわかりませんが、大体わかるので説明しないでいいです」
「……」

暫くしてお茶を持ってきてくれた亜美。そして始まる肩もみ。
確かに気分はいいけど。ちょっとがっくり。

「また気が向いたら弁当作りますね」
「うん」
「味とか、…問題なかったですよね」
「美味しかったよ」
「……良かった」

それを助手に見られたという事実は今の所言わなくてすみそう。
聞かれたら答えるが、聞かれなければ言わない。子どもの理屈といわれそうだが、
肩を揉んでいるその手が首にいく光景が目に浮かぶのでそれでいい。

「思い出すね。初めて君が私に卵焼きを」
「思い出さなくていいです」
「美味しかったよ。とても」

屋敷に来たばかりで何かと反発していた亜美が初めて作ってくれた卵焼き。
彼女は特に何も言わなかったがきっと何度も試行錯誤を繰り返してくれて。
何より愛情がこもっている。
弁当に入っていた卵焼きも変わらず美味しかった。

「……雅臣さん」
「ん?なに」

もんでいた手を止めてギュッと後ろから抱きつく亜美。

「昔の事を聞いて自分なりに考えてました」
「……」
「何言ったって私たちも2人を傷つけた人たちと変わりはないのかもって。
だからって私に何が出来るってわけじゃないんですけどね。借金してる身の上だし」
「何もしてくれなくていい、少なからず亜美の家族に罪はない。お爺さんにはあるだろうけどね」

弁当を作ってくれたり何処と無く優しく感じたのはそのせいだったのか。
話してしまったら多少影響はあるだろうと思ったが、言うべきではなかったろうか。
だけど、長年誰にもいえなくて鬱積していたものを吐き出して正直気分はいい。

「生きてたら私がフライパンぶっ飛ばしてやります」
「いや、それはやめておいたほうがいいよ?」
「じゃあ。雅臣さん限定にしておきますね」
「可愛く言ってくれている所悪いけど命に関わるからやめてほしい」

亜美から頬にキスしてくれて、飲み終えたお茶セットを片付ける為に部屋を出る。
フライパンは飛んではこないと思うけれど、怒りの度合いによっては本当に飛んでくる。
この前は分厚い教材が宙を舞った。問題を教えて欲しいと言うから教えたのに。


「もう。じろじろ見ないでください」

片づけを終えた後一緒に風呂に入ろうと言われて、断る理由もないので承諾し。
亜美が服を脱いでいると視線を感じ振り返れば此方を見つめる雅臣。
こんな所で発情しやがって、と呆れた顔をするが相手は何もしてこない。

「綺麗だなと思って。君、また少し大人びてきたね」
「そりゃ歳とってますから昔のままじゃないでしょ」
「その通りなんだけどね。いや。……うん、まあ。なんとなく」
「何時までも見てないで風呂入りますよ。風邪ひいたらおじさんの所為」

見つめられて恥かしいのか押し出すように風呂へ。

「私は、思っていたより長く生きてるんだな……」
「何言ってるんですか。人生40年ですよ!」
「大して猶予が無い上にそれを言うなら人生50年だよ」
「わざとですよ。もう。つまんない」

成長したと言われても自分ではよくわからない。しているのだろうか。
湯船に浸かって当たり前のように雅臣の膝に座る。
少し前までは凄まじく嫌だったのに。いや、それ所か一緒に入るのだって。
確か最初は水着を着てみたりしたっけ。懐かしい思い出。

「何時私が楽しい男だと言った?勝手な期待はしないでくれないかな」
「またそんな捻くれたこという」
「君のお陰でね」
「あっそー。私の所為ですか。じゃあもっとヒネリにヒネリまくって一周しちゃえ」
「そんな私は嫌い?」
「……、…じゃない」

今じゃ後ろからギュッとされて、軽くキスなんかもしている不思議。


「私も何か始めるかな……」

部屋に戻るなりポツリと呟く。
亜美はドライヤーを部屋から持ってきて髪を乾かしていた所で。
たぶん聞こえないように小声で言ったのだろうけど、ちゃんと耳に入っていた。

「何するんですか?」
「ん。まあ、スポーツとか」
「骨折しますよ」
「これでも学生の頃は」
「そんな太古の話をしても仕方ないでしょう」
「心外だな。これでも大抵のスポーツはそつなくこなせたんだよ?」
「そうですか」

特に興味も無さそうに寝る準備を終えて先に布団に入ってしまった。
不服そうな顔をする雅臣だが、それも無視を決め込んで。
渋々自分もベッドに入る。亜美は壁を向いて寝ていてこっちを見てもない。

「私はそんなに年老いて見えるんだね。確かに君からしたら老いた体だろうけど。
仕方ないけれど。私だって男だ。恋人を、満足させたい」
「それはこっちだって一緒ですよ。差はしょうがないんだから受け入れないと。
そういう悩みって自分だけだと思わないでくださいよね。もう」

壁を向いたままガシガシ蹴りを入れてくる亜美。
恥かしいからだろうけどやられたほうはたまったもんじゃない。
ピッタリ彼女にくっ付いて攻撃を回避する。

「わかったから、蹴らないで」
「……私が追いつけばいいだけの話ですし」
「ん?」
「寝ましょう。お休みなさい」
「亜美。ね」
「この近距離で蹴ったらおじさん大惨事でしょうね」
「おやすみ」

今日が金曜日でないのが悔やまれる。
彼女にお願いして月曜日も営業してくれないかと何時か交渉してみよう。
たぶん、疲れるから嫌だと怒られるだろうけど。弁当の事もあるし。
気長に交渉していれば何れは許可してくれると信じて。



「ねえ。由香」
「ん?何」

翌日。教室へ入るなり何時ものように話しかけてきた由香。
3年生になっても同じクラスになってよかったね、とお互い言ってはいるが。
毎朝教科への愚痴やゴシップに振り回されるのでちょっと勘弁。

「私ってさ。どう?歳相応?それとも老けて見える?」

それが今回は亜美から質問で。由香は少し驚いた様子。

「何よいきなり。そうだねえ。まあ、普通?中身はたまにおっさん臭いけど」
「それはおじさんが」
「ん?」
「あ。いや。そう普通か。その、さ。年上っぽく見えるようになるにはやっぱりこう。
化粧とか、服装とか、気にしたほうがいいんだよねえ?」
「そりゃまあ。化粧して服装もかえりゃ多少上には見えるだろうけどさ。何で急にそんな事」
「別に。イメチェン」

とはいえ、今持っている服をどうひっくり返してもイメチェンは無理ぽい。
新しく買うお金も無いし。やっぱり見た目だけどうにかというのは甘いか。
こういうのはどう?と由香が雑誌の特集を見せてくれたけど値段を見てやめた。

「あれ。慧」
「何だ」
「……背、伸びた?」
「はあ?」

移動教室で慧とすれちがう。一瞬見間違いかと思った。けどやっぱり慧。
もう少し目線が低かったような。男子だしまだまだ成長もするだろうけど。ビックリ。
いきなり呼び止めて勝手に驚いている亜美に呆れたような顔をする。

「恒もかなあ。……そういや、亜矢も正志も」
「何だ急に」
「ううん。それよりさ。ちょっとお願いがあるんだけど」
「……」

思いっきり嫌そうな顔をする慧。見た目の成長はしても未だに亜美を敵視中らしい。
ただ恒と違い慧の方は以前よりは棘がなくなったように思う。
それだけにどんな罠を仕掛けられるか分からないという怖さもあるけど。

「それとなくでいいんだ。亜矢と正志に聞いてほしいことがあるんだよね。
私が聞いても絶対答えないと思うから、あんたたちになら話すかも」
「なにを」
「学校で、さ。何か、されてないかとか」

興味なさげだったのに2人の名前を出すとこちらを見た。
亜美は駄目でも弟妹には優しい兄さん。甘えてばかりで悪いとは思うけれど。
前々から思っていたことだから、ここは一か八か。

「……苛められてるのか」
「わからない。今、水木と家に帰ってるんだけど。あの子たち私に遠慮してるのかな。
前は何でも話してくれたのに、今じゃ何聞いても楽しかったとかしか言わなくて。
学校の事とか友達の事とかさ。両親にも上っ面の事しか言ってないんだろうし」

今の所体に怪我があるとかは無いが良いことばっかりなはずがない。
一度は家を売ったし、その事でまた何か言われたりしたかもしれない。
両親にはいえなくてもせめて姉の自分にはと思うのに。

「何時もとばっちりを食うのは子どもだからな」
「だから、慧。話し聞いてくれないかな。……お願いします」

歳をとるごとに周囲を理解していくらしく姉にすら遠慮する。特に、亜矢。

「恒に言っておく。これは、借りだからな」
「うん」
「家、帰ってるんだな」
「まあね」
「……その方がいい」

授業があるからとさっさと行ってしまう慧。亜矢たちはまた遊びに行くだろうから
その時聞いてくれるだろう。悔しいし嫉妬もするけれど。
彼らが居てくれてよかったと感謝すべきだ。まだ小学生なのに何も言えないで
何も出来ないでただ我慢だけ重ねるのはよくない。

「慧。あいつと何話してたんだよ」
「怒るな」
「だって」

授業のある教室に入ると先ほどのやり取りを見ていたらしい恒。
まだ亜美に怒っているようで、何であんなヤツと話すんだと怒ってくる。
慧はただ落ち着けと言って。冷静に弟を席につかせる。

「俺たちには居なかった」
「なにが?」
「辛い時、悲しい時、どうしたらいいか分からない時。話を聞こうとしてくれるやつ」

金持ちの家に生まれ何不自由なく育ち。周囲からは天才だ神童だと言われて居たけれど。
両親の仲は冷え切り。何時も母を詰る父の罵声を聞かされ続けて。
自分たちなりに足掻いてみても子どもではどうしようもなく。母に迷惑もかけられず。
誰にも相談する事もできなくて。いつの間にか誰とも殆ど喋らない子に。

「俺には慧が居たから」
「別の誰か。俺たちに気づいてくれる人。でも、居た。……叔父さんだ」
「うん」

そんな自分を見つけて声をかけてくれた人。思い出す。あの雨の日。

「何でだろうな。あいつと話してると昔の自分思い出して嫌になる」
「あ。そういう作戦か!?せこいこと考えやがって!」

敵だけど。でも、家族への気持ちが痛いほど分かる。悔しいくらい分かる。
だからこそ恒は叔父さんの家に泊まりっぱなしの彼女が許せないのだろう。
後で話してやろう、今では2日家に戻っているのだと。それでもまだ不機嫌だろうが。

「亜矢ちゃんと正志だけど、最近どうだ。変な所ないか」
「え?そういえば最近ボーっとしてる時が多いかも」
「そうか」
「何かあったのか?」
「わからない。あいつはアテにならないから、出来る限り俺たちでなんとかしよう」
「慧」
「……俺たちなら、わかってやれる。だろ」
「うん。あんなヤツよりもずーーっと頼れるからな。俺たちは!」



おわり


2009/03/25