不機嫌な日


「お姉ちゃん」
「ん?なに」
「……亜矢、ご飯作れるよ?」

話し合って週に2日家に帰ることにした亜美。父も弟妹も喜んで迎えてくれた。
亜矢1人ではどうにもならない所の掃除や洗濯物の片付けなど手馴れたもので
あっという間にこなして見違えるように綺麗になった。ただし料理は別。

「それは私に料理をするなって意味?」
「だって。……あんまり……美味しくないんだもん」

台所にたっていざ料理、という所で亜矢が不安そうな顔をして入ってきた。
姉に怒られるのが怖いのか最後の方は小声になっている。でもちゃんと聞き取れた。
確かに好評を博してはいないが、自分では美味しいと思っているだけにショック。
小学生の亜矢よりも駄目だという事か。

「……じゃあ一緒に作ろうか」
「うん」

少し前なら怒って亜矢を追い掛け回す所だけど、もう昔とは違う。
亜矢と2人ならんで夕飯の準備。黙って作るのも楽しくないと学校での出来事や
今好きな人が居るのかとか、流行っている物の話なんかで盛り上がる。
ずっと1人ぼっちで作っていたのだろうと思うと怒るなんて出来ない。

「なあ、正志。やっぱり家族は一緒に住まないとな」
「うん。でも姉ちゃんのせいで俺の部屋狭くなったし寝る時俺の事何回も蹴るし。
ご飯あんまり美味しくないし掃除するたんびに俺のオモチャ壊すし」
「まあまあ、いいじゃないか。お姉ちゃんらしくて」

その後ろでは晩酌でほろ酔い加減な父と腹が減って勝手につまみを食べる正志。
何時もなら自分の分がなくなると怒るのに、それも忘れて姉妹の楽しげな様子をニコニコしながら見ている。
これが本来の家族の姿だ。出来れば2日だけなんていわないでずっと家に居て欲しい。
これで母が帰ってくれば完全なる我が家復活、なのだが。そう上手くはいかない。

「こら!正志!ご飯の前にそんなの食べて!」
「だって遅いんだもん」
「お父さんもボーっとしてないで怒ってよ」
「まあまあ、夕飯にしようじゃないか」

母は不在でも一家揃って仲良く夕食を頂く幸せ。今夜はおでん。
カセットコンロを置いて大きな土鍋を乗せれば完成。グツグツと美味しそうな匂い。
亜美だけだったらちょっと心配だけど亜矢も手伝っているからすんなり手を伸ばす。

「そうだ。亜矢、恒が最近連絡ないって心配してたよ」
「土曜か日曜遊びに行こうかなぁ」
「いっといで。休みの日くらいいっぱい遊んできな」
「うん!」

小皿にそれぞれ振り分けながらふと思い出したように亜矢に恒の事を話した。
あれ以来何かと避けられて話をしてくれない彼だけど、怒るのも無理ない。
慧は話してくれて、暫くすればまた元のようになるだとうと言ってくれた。

「いいなぁ。俺もー」
「亜矢1人暗い道帰らせる訳にはいかないんだから。一緒に行ってあげて」
「やった!」

亜矢も正志も双子たちを兄のように慕っているから、彼らも友好的に接してくれる。
亜美とは未だに仲よくしてくれないけど。それも当たり前のようになってきて。
何時かは帰ってしまう彼らだけど、そのことはまだ2人には内緒にしておこうと思う。

「亜美。その子たちは、その、雅臣君の甥なんだろう?」
「うん。おじさんの兄さんの子」
「という事は、……亜矢……大丈夫…だよ、な。いやでも雅臣君は…いや」

唯一双子の顔を知らない父は何やら勝手に考え込んでいる様子で。
箸を持ったままなにやらブツブツと呟いている。どうせロクな事じゃないだろう。

「だーかーらー。亜矢の事は妹みたいに思ってるんだってば。もうお父さんはすぐ」
「いやいや、最近の子どもは小学生でも彼氏が居るって聞いたぞ」
「どっから仕入れたのそんな情報。ったく、変な事ばっかり考えて」

やっぱり。恒と亜矢はどれだけ歳が離れていると思っているのか。
そう口にしようとしたら自分もかなり歳が離れているのを思い出して口を閉ざした。
今頃自分で何か作っているかそれとも店屋物で済ませているかしている頃だろう。

「亜矢恒兄ちゃん好きだよ」
「あ、亜矢!駄目だぞ!亜矢はずっとお父さんと」
「あーーーもーー!煩い!ご飯に集中!みてよ正志なんて黙々と食べてるじゃない!」
「あ!亜矢の卵たべた!もーーーー!」
「いいだろ1個くらい」
「だめーーーー!」
「亜矢落ち着いて!正志卵かえしな!ちょっと!こら!暴れるな!こらぁーー!」

狭い部屋でバタバタと走り回る正志と亜矢とそしていつの間にか亜美。
少しは大人になった気でいたのにやはり実家に帰って弟妹と一緒に居ると子どもに戻る。
父の制止も聞かず散々暴れまわったがそれでまた空腹になって大人しく席についた。


「お姉ちゃん」
「ん?」
「おじちゃんと離れて寂しい?」

まるで戦争のような激しい夕食の後片付けをしていると手伝ってくれていた亜矢がぽつりと切り出した。

「何でそう思うの?」
「おじちゃんの事好きでしょ?」
「え?」

まさか、気付いてる?洗っていた皿を掴んだまま固まる。
亜矢が自分と雅臣との関係に気付いていたなんて、そんなそぶり一度も見せなかったのに。
母親が話したとは思えないからやはりそんな雰囲気が出ていたのだろうか。
亜矢でさえ気付いてしまうような。だったらもしかして正志も父親も?

「亜矢も好き。おじちゃん優しいもん。お菓子買ってくれるし」
「……あ、うん。そうだね」
「でもお姉ちゃん居ないとやっぱり寂しいもん。一緒にお風呂入ろうね」
「うん。入ろう」

バレたと緊張が走ったがよくよく聞いてみると自分が想像した「好き」と亜矢の「好き」は違うような気がして。
これはバレてないなと一安心。片づけを終えるとテレビに夢中な正志を置いて先に2人で風呂に入る。
家のは屋敷とちがってかなり狭いけど何とか入れた。こんなの何ヶ月ぶりだろう。

「亜矢ね。今度クッキー作るの」
「そう。あ。分かった。陸君にあげるんだろー」
「違うよっ学校で作るの。そんなんじゃないもん!」
「あやしいなあ。白状しろ!」
「もーー!お姉ちゃん!」

図星だったのか顔を真っ赤にする亜矢。からかうと余計に赤くして頬を膨らませた。
おじさんとも何度か入ったけどこんな風に無邪気に入れたためしがない。
体を洗いあい風呂からあがると亜矢は先に髪を乾かし部屋に戻っていった。

「ほら。正志もはいってきな」
「お父さんと入るか?男同士!な!」
「えー。やだ」
「お前まで駄目なのか。……そうか」

戸締りと火の始末を確認して亜美も部屋に戻る。といっても子どもたちみんなの部屋。
亜美が昔買ってもらった勉強机は亜矢にあげた。正志のもあったけど今では物置。
オモチャやら洗濯ものやらで埋っていて勉強どころではない。
亜矢は宿題をしていて自分も少しだけやることがあったから正志が使っているダンボールの机に向かった。

「お姉ちゃん」
「んー?」
「明日の朝も一緒にご飯作ろうね」
「うん。そうしよう」
「ミラクルマンパーーーンチ!」
「こらあ!正志!大人しくしないとコチョコチョの刑だぞーー!」

静かな時間が流れていたのに正志が風呂から戻ったらまた暴れまわる時間になり。
電気を消す頃にはヘトヘトに疲れきっての就寝となった。
まだ若いつもりだけど、キツいものはキツい。部屋を分けて欲しいくらい。
でも父親と一緒に眠りたいとは思えなかった。寂しいと泣いていたけど。



「お帰り、というのも変な話だけど」
「戻りました。もう。……寝たい」
「え?もう?まだ4時過ぎだけど」

金曜日の夕方。買い物をして叔父さんの屋敷に戻ってきた。2日ぶりの雅臣。
でも2日間だけなのに弟妹と暴れまわってそこらじゅう筋肉痛。これがずっと続くのか。
やっぱり帰るなんていうんじゃなかったかも、なんて今更ため息が出てきた。

「慣れない事しないほうがいいですね。あー肩こった」
「揉もうか」
「何か違うところもまれそうだから結構です」

冷蔵庫に買って来たものを入れて制服から何時もの格好に着替えて。
まずは屋敷の汚れ具合を確認する。今日は無理だけど明日辺り掃除するつもりだ。
目に見えて汚れてはいないが叔父さんの事だから自分では何も掃除してないだろう。

「家のほうはどうだった」
「変わりなかったですよ。お母さんもじきに戻りますし」
「そう。良かった」

夕食の準備をしていると何時ものように傍に寄ってくる雅臣。
亜美は特に煙たがる様子はなく黙々と準備を進める。

「そっちはどうです?電話はしてくれましたけど」
「しなければ浮気したと断定されてしまうから。私はずっと1人だったよ」
「初回は何とかクリア、と」
「私を試すの?」

信じてもらえないのが不服だったのか不機嫌そうな声を出して亜美の腰を引き寄せる。
いきなり後ろから抱きしめられて包丁を握っていた手が離れた。
危ないですよ、と言っても聞いてもらえないし抱きしめる力も少し強く感じて。

「わかりましたから。離してくれないと料理できないんですけど」
「今夜私の部屋に来ると言わないと駄目だよ」
「行きますから。ね。雅臣さん」
「……絶対だ」

そう言うと亜美の首筋にキスして体を離す。

「ほんとにスケベおっさんなんだから」
「あ。そうだ。以前一緒にカラオケに行こうと話していたよね」
「そうでしたね」

そういえばそんな話をしていた。覚えるといった歌はもう歌詞を見なくても歌える。
叔父さんの方はどうか知らないけど。その歌唱力も分からない。
そして思い出す、大学の頃のモテた話。正直まだくすぶっているけど表には出さない。

「知り合いに割引券を貰ったんだ。行かない?」
「どーーーいうお知り合い?」
「気になる?」
「何かむかつくからいいです」

わざと煽っているのだろうか。彼の言い方が気に障るから無視して料理を続ける。
雅臣が女性の話をすると亜美が妬くのを知ってからはやけにそういう話をする。
本人はそんな事ないと否定するけど亜美にはそう思えてならない。悔しい。
けど、妬いてしまう。過去の話なのに。

「学生さんがね。そこでバイトをしているんだって」
「ふーん」
「面白いんだ。無料券じゃなくて割引券で不可のレポートを可にして欲しいなんてね」
「安っぽい賄賂ですね」
「だろう?でもそこが面白いと思ってね」
「え。じゃあ評価変えちゃったんですか?割引券で」
「いや。特別に再提出にしたよ、その出来次第かな」
「はあ」

賄賂で教授を買収なんて亜美にはそんなにも面白いことだとは思えなかったのだが、
雅臣には面白かったようで。思い出し笑いをしてクスクス笑っている。
確かに無料券ではなく割引券というセコさは笑えてくるかもしれないけど。

「ということで。明日あたりどう?」
「別に構いませんけど。歌大丈夫ですか?」
「覚えたよ。ただし人前で歌ったことはないから音程の程は分からない」
「まあ、2人だし大丈夫ですよ」
「そうだね」
「あんまりにも酷かったら帰りますけど。あ。もちろん家に」

さっきのお返しとばかりにあっさりと言い放つ亜美。落ち込んでいる様子の叔父さんに
ちょっと言い過ぎたかもしれないと手伝いを頼んだらあっさり復活して。
騙されたと思ったけど、まあ、いいか。と料理を続けた。

「うん。この色この味このにおい。亜美の料理だ」
「……何か褒められてない気がするんですけど」
「褒めているつもりも貶しているつもりもないけど?」
「………殴るぞ」

亜美の料理を見て何だか変な所で感激している雅臣。かなり納得いかないけど
2人だけの夕飯。広くてのびのび出来るし取り合いの喧嘩もなくて静かなものだ。
双子が一緒に居た頃もさほど煩くはなかったな、と思い出す。


「少し散らかっているけど、気にしないで。仕事を家に持ち込むと大抵こうなる」
「忙しそうですね」

食後に決まって出すお茶。今日も慣れた手つきで準備して上がってみると
彼の部屋は何処も彼処も難しいタイトルの本だらけ。
少々散らかっている時はあったけれど、ここまでのは今までなかった。

「見た目ほど忙しくはないんだ。ただ、私が知りたがりなものでね。
細かな事まで調べなければ気持ちが落ち着かない。それだけなんだ。さ、こっちへどうぞ。座って」
「はい」

言われるままにテーブルにお茶セットを置いてソファに座る。
すぐに雅臣が隣に座り肩を抱いてきた。

「美味しい」
「お茶は褒めてくれるんだ」
「他にも色々と褒めるところはあるよ」
「例えば?」
「そうだな、……可愛らしい唇」

なんて気障な事を言いながら亜美を見つめその唇に軽くキスする。
カップをテーブルに戻し今度は本格的に。亜美も暫し彼のしたいようにさせてやる。
久しぶりのキスだけに中々終わらない。亜美から軽く身を引いて。

「……他は?」
「綺麗な瞳」
「臭いせりふ。酔っ払ってるでしょ」
「……君にね」
「んもう。やだ。風呂入ってからですよ!」

完璧にヤル気モードに入ってしまった叔父さんに押し倒されそうになりながらも必死に抵抗して立ち上がる。
風呂に入って体を綺麗にしてから出ないと何だか自信が無い。

「じゃあ一緒に」
「だめ」

各々で風呂に入り身を綺麗にして再び雅臣の部屋に入る。
広いベッドに寝転んでこのまま気持ちよく眠ってしまいたい衝動に駆られるが。
如何せん、目の前にはヤル気満々の雅臣が居て。あっという間に脱がされて。

「……」
「もう。じろじろ見るのなしですよ!」
「綺麗だね」

すぐに上に被さってくるかと思ったらマジマジと亜美の裸体を見つめている。
恥かしくなって目を逸らすがそれでも視線は感じてしまって。何だか変な気分。
モジモジしているとやっとの事で雅臣がかぶさってきて頬にキスする。

「あ……あん」

それから首筋胸元へ唇が移動するたびにこそばゆくて変な声が我慢しても漏れる。
こんな所を舐められたくらいじゃ感じなかったのに。でも体は正直で身悶える。
雅臣の手は亜美の肩から腰お尻のラインを何度も優しく撫でてきて。余計に感じる。

「……亜美」
「あ…ん」
「いいよ。……もっと声をだしても。ここには私と君しか居ない」
「……ぁ」

耳元で囁く。甘い誘惑だ。自分たちしか居ないのだから思う存分声に出したい。
でもやっぱり恥かしい気がしてブレーキをかけてしまう。最初の頃に戻ったようだ。
雅臣は苦笑して我慢する亜美の唇に軽くキスをした。

「君を楽にさせてあげるから、同時にするよ」

何だか恐い言い方。何をするのか分からなくて戸惑っていた亜美だが。
それを眺めつつ雅臣は体を下に下ろし彼女の胸の頂に思い切り吸い付いた。
同時に片方の手は開いた方の頂を愛撫してもう片方の手は濡れ始めたソコへ。
亜美の敏感な三箇所を一気に攻め立てるつもりらしい。

「あっいや…いやっ」

何時もは少しずつの刺激が一変に来て。恐くなって体が逃げようと暴れる。
けれどがっしりと雅臣に抱きかかえられていて中々逃げられない。男の力は強い。
何とか胸に吸い付いている彼の頭を除けようと押してみても足を閉じようとしても駄目。
もがけばもがくだけ股が開いてしまうから奥へ奥へ指が入ってくる結果に。

「いいよ、もっと声にだしても」
「いや…ぁ…あ…あぁあ…ん」

ここで最初の絶頂を向かえ、ビクッと腰が大きく浮いて力んでいたのが解ける。
雅臣の手もそれを察知して動きを止めて亜美の回復を待つように大人しくなった。
せっかくお風呂に入ってもすぐに汗だくになってしまうからいやだ。

「……亜美」
「もう……そんなに私が声だすの好きですか?」
「中々いい表情をしているよ。私は普段はあまり興奮することはないんだけど。
君の絶頂に達しそうな顔や快楽に身をゆだねている時の表情はたまらなく」
「やめてください!もう!わざとでしょ!スケベ!」
「バレたか」
「……もう」

休憩といいつつもその手は優しく亜美の腰や股を撫でて何時でも準備万端。
何時もやられっぱなしで悔しいが今の所自分から何が出来るという訳でもない。
亜美の様子を伺って再び雅臣が体を動かした。

「君が居ないのも悪くない」
「そうですか。うるさいのが居なくていいでしょうね。殴られないし」
「君が金曜日に帰ってくる度に愛しさが増す」
「わっ」

いきなり亜美の足を掴み大きく股を開かせる。次あたり来るんじゃないかと思った。
先ほどの愛撫で濡れたソコに顔を埋めジュルっと音を立てながら舐め始めた。
大きさを増して存在を主張する淫核を少し強めに吸われると大きな声が出た。
何度も。チュッチュチュと音を立てて吸われるたびに震えて。声が出て。

「亜美?」
「んもう!舐めるのはいいから……雅臣さんも、ね?」

何度目かの絶頂の後、雅臣の頭を押して体を起こし自分から雅臣に抱きつく。
いきなりの事で少し驚いた顔をしたが直ぐに微笑み返し亜美を組み敷いた。

「貴方と一緒ならどんどん声出しちゃいます」
「じゃあ」
「今も愛しさ増してます?」
「時間が止まって欲しいくらいね」
「……私も」

避妊具を装着しゆっくりと亜美の中へ。腰を動かすたびに揺れる胸を眺めながら。
彼女が好む場所を突き上げるたびに声を上げて色っぽい顔をする亜美を見ながら。
このふつふつとわいてくる彼女への愛しさをぶつける。
途中から角度を変えたり彼女の足を高く上げてもっと奥へ侵入させながら。

「……っ…亜美っ」
「あっあ…ぁあ……ぁあっ」

今夜はすぐには終わらないだろうとお互いに感じていた。

「大丈夫?」
「聞くならもっとペース考えてくださいよ」
「ごめん。つい」

お互いに力尽きたのは深夜。明日は休みだけど掃除をする予定がある。
カラオケにも行きたいし。なのにこれじゃまた昼近くまで眠ることになるだろう。
雅臣に抱きしめられて彼の胸に顔を埋めながらため息が出る。

「何か途中から変な格好になってた」
「たまには趣を変えてみるのも新鮮でいいよ」
「そうかな」

快楽に流されてしまったけど何気に色んな体位をさせられた気がする。
思い出すだけで恥かしくなるからこの話は終わりにして。眠らなければ。

「おやすみ」
「お休みなさい」

雅臣が亜美のオデコにキスして就寝。



「あーあ。何処に行っても疲れちゃうんだもんな…休息が欲しいよ」

洗濯物を干して大きく背伸び。結局起きたのは10時を過ぎた辺りで朝食と呼べるか微妙な時間に食事をして。
家政婦としての仕事をこなす。この2日分は何とか自分でしたようだ。

「亜美」
「はい」

そこに雅臣。

「今連絡があって亜矢ちゃんと正志君がここに来るって」
「え?何で?そんな話聞いてませんけど」
「何でも慧と恒がここで遊ぼうって言ったとか」
「はあ?」
「そういえばそんな話をしていたような気がす」

言い終わる前に腹にめり込む亜美の拳。

「カラオケどーすんですか!まあ、別に夜いってもいいですけど?」
「そ、それなら何も殴ることはないんじゃ」
「でもそういう大事な事は昨日のうちに言ってください!心の準備って物があります」
「ごめん」
「そうだ。いっそみんなでカラオケ行っちゃいましょうか。その方が楽だ」
「……私は君と2人で」
「どーせ2人でいったってツマンナイですって。はい決まり」

せっかくの静かな屋敷で暴れまわられるよりはカラオケでもしてくれたほうがまだ楽だ。
雅臣は不服そうな顔をしたが亜美は無視を決め込み次の仕事場へ移動した。
皆が来るまでには全て終わらせなければならないから。少しスピードアップ。


「俺歌うまいよ!」
「うそだぁ。正志は叫んでばっかりじゃない」
「亜矢だって何か変な歌ばっか」
「そんな事ないもん!」
「ほら。車ん中で喧嘩しない。したら降ろすよ。いいの?」
「やだ」
「ごめんなさい」

まるで家族旅行にでも行くかのような騒がしい車内。運転手はもちろん雅臣。
助手席には亜美。後ろは少し狭くなるけれど亜矢と正志に双子を乗せて。
目指すは街のカラオケ店。そのまえに昼食を食べる。

「で。お昼何がいい?おじさんがおごってくれるからなんでもいいよ」
「俺ハンバーグがいい!おっきいの!」
「俺も正志と一緒でいい」
「亜矢ちゃんは何がいい?」
「えっと。亜矢は……オムライス!」
「俺もそれでいい」
「えー。じゃあ、恒と正志はハンバーグで亜矢と慧がオムライスか」
「お姉ちゃんは?」
「え?私?私はカレー」
「空気読めよ」
「別にいいでしょ。ファミレス行けば全部あるんだし。はいはい決まり決まりー」

大雑把に意見をまとめ目に付いたファミレスに早めに入る。
休日だからのんびりしていたら直ぐにお客が埋って食べられなくなるのを危惧して。
ふて腐れているのかさっきから黙っている雅臣を無視してみんなで注文を決める。

「叔父さんは?」
「私はコーヒーでいいよ」
「あの、おじちゃん。甘いの食べてもいい?」
「いいよ。何でも頼んで」
「じゃあ俺チョコパフェ」
「正志食べすぎ。あんた絶対後で腹壊すよ?」

まるで家に居るような会話をしながら後は料理が来るまで待つ。
久しぶりに会ったからか恒と亜矢はずっと楽しそうに話をしているし。
正志も慧に憧れているからか積極的に話をして楽しそう。

「……」
「おじさん、ちょっと外でる?」
「大丈夫だよ」
「あんたたち。おじさん車に忘れ物したみたいだからちょっと取りに行ってくるわ」

ポツンと置いてかれている叔父さんだけは退屈そうに先に来たコーヒーを飲む。
亜美はその手を引っ張って一端店から出た。文句を言うにしても諭すにしても
人気の多いあの場所ですると何かと制限があるから。そして恥かしい。
後部座席に座るなり亜美は雅臣の手を握った。

「さっき注文を聞きに来た店員、私をお父さんと呼んだんだよ。不愉快だ」
「それで仏頂面ですか。大人気ない。皆ちゃんとわかってますから、ね?」
「そうだね。亜美が構ってくれないから拗ねていたのかもしれない」
「じゃあ、どうしたらいいんですか」
「キスしてもらおうかな」
「あっさり言いやがって」

窓には何の加工もされていないから外からもよく見える。こんな所でキスなんて。
友人や知り合いなんかに見られたらどうする。
だけど、どうせこんな事になるだろうと予想はついていたから焦らず騒がす殴らず。
雅臣を押し倒し後部座席に2人重なって寝た状態でキスする。

「そろそろ戻らないと心配するかな?」
「行きましょ。お腹すいたー!」
「もう1回」
「しつこい」

機嫌を直した所で身なりを整えファミレスに戻る。すでに料理は到着しており、
夢中で食べている面々。どうやら心配はしてくれてなかった模様。ちょっと寂しい。
亜美も慌てて冷めかけのカレーを食べた。


「そういえば。あんたたち歌えるのある?」
「まあ、適当に」

カラオケ店に入ると広い部屋に案内されて、早速分厚い本を見ては何を歌うか相談。
あっさりと決めていく正志や亜矢に対して中々歌う曲を決められない双子。
彼らはずっとアメリカで生活していたのだからカラオケは不味かったろうか。

「恒はテレビばっかり観てるからこっちで覚えた歌くらいあるだろ」
「酷いよ慧。自分だってたまに歌ってるだろ。何か、眠い歌」
「ねえねえ。恒お兄ちゃん一緒に歌おうよ」
「歌えるかな」
「大丈夫だよ!はい。マイク」
「うん」

本当に亜矢には甘い顔をするのだから憎たらしいというか、腹立たしい。
仲がいいのはよい事だけどだったら自分とも仲良くしてくれたっていいのに。
頼んだ烏龍茶を飲みながらため息。けど分からないなりに雰囲気で歌う恒は楽しそう。
そんな無邪気な顔をされてしまうと何時までも不満な顔はしていられない。
自分もせっかくだから覚えた歌を披露しようと探し始めた。

「おじさん。歌わないの?」
「さっきから一向にマイクがまわって来ないんだ」

ふと気になって振り返るとソファに座ってまたしてもふて腐れた顔のおじさん。
隣に座って機嫌を伺う。確かにさっきから弟妹や双子たちに占領されている。
最初は2人で行くはずだったのに。賑やかになったものの、ちょっと悪い事をしたかも。

「マイク持ってきたら歌う?」
「どうしようかな。今そういう気分でもないしね」

これじゃまるで休みの日に子どもをカラオケに連れて来た父親そのもの。
きっとここの店員もさっきのファミレスの店員同様自分の事を彼らの父親と思っていることだろう。
テンションが下がりまくりな彼の手を握りそっと寄り添い亜美に出来る限りの可愛いらしい仕草で甘える。

「本当にそう思う?」
「はい」
「……、…じゃあ」
「決まり。マイクぶんどって来ますね!」

可愛い笑顔とは裏腹に強引に弟からマイクを奪うと雅臣に渡す。
何だか泣いているような気がするのだが、口出しする前に曲が流れ出した。
何時の間に調べて送信したのだろう。早業だ。

「叔父さん歌うんだ」
「上手いのかな?慧聴いた事ある?」
「無い」
「亜矢のお菓子あげるからもう泣かないの」
「うん」

皆叔父さんの歌に興味があるようで、さっきまであんなに騒いでいた癖に
いざマイクを持って歌うとなると静まり返りジーっと雅臣の顔を見つめる。
あまりにも熱心に見つめるものだから歌いだせず。

「そんなに見つめられると歌えないよ」

と言うのだがやっぱりチラチラとコッチを見る。

「あんたたち!いい加減にしないとミラクルチョップだぞ!」
「何だミラクルチョップって」
「慧しらないのか?正義の味方ミラクルマンの」
「恒。お前何観てるんだ」
「え。あ。……知識として、ほら、正志が好きだから。な!」
「うん!一緒にDVD借りたりする」

亜美が怒るのだがそれもあんまり効いてない様子。これじゃ歌えないとまたテンションダウン。

「亜矢、トイレ行ってくる」
「俺も俺も。何かお腹いたい」
「正志は食べすぎだよ」
「恒兄ちゃん。亜矢場所分からないから一緒に来てくれる?」
「うん。いいよ」
「じゃあ、俺も一緒に行くよ。その方がいいだよね、亜矢ちゃんは」
「うん。ありがとう慧兄ちゃん」
「亜矢ーー早くーーーでちゃうー」
「ここでするなよ!」

亜矢の一声で皆大移動。亜美が怒っても注意してもこうはすんなり行かない。
またしても敗北感が襲ってきてくじけそうになるけれど、このチャンスを逃す手は無い。
マイクを雅臣に押し付けてもう一度同じ歌を入れて。

「さあ今だ!」
「そ、そんな急に」
「雅臣さん」
「は、はい」
「歌って」
「はい」

亜美の気迫に押されながらも歌いはじめる。こうして人に披露するのは何年ぶりか。
自分でもあまり自信がなかったが隣に座る彼女は上手ですねと笑ってくれた。
歌っている途中でトイレから子どもたちが帰ってきたが静かに席について。
最初は大人しく聴いていたがすぐ次に何を歌うかそれに一生懸命になっていた。



「あー疲れた。やっぱり人数多いと疲れますね」
「それも全て君が招いた事だろう」
「いい大人がそんな捻くれたこと言わないでください」

カラオケ店を出るとまずは亜矢と正志を家に降ろし次に慧と恒をマンション前で降ろし。
やっと屋敷へ戻ってくる頃には3時を過ぎていて。
もうお茶の準備も面倒で雅臣の部屋に入るなりソファに座り込む。

「そうだね、少し大人気なかった。ごめん」
「いいえ。今夜はお風呂で肩もみますからね」
「……無料?」
「はい」
「楽しみだな」
「明日はゆっくり2人で過ごしましょう」
「賛成」

その隣に座った雅臣に身を委ね目を閉じた。


おわり


2009/02/12