あついひ



「あ。ユカりんにビール冷やしといてってメールしとこ」

定時きっかり。早々に帰る準備をして席を立つ渉。オフィス内は快適でも外は別。
日が落ちるのが遅くなってまだ暑い日差しが頭上にある。外に出て駐車場まで行くのも面倒。
暑いのは当然嫌い。スーツなんて着たくもない。汗もかきたくないし、シャツが気持ち悪いし。
喉もかわいて、頭の中はキンキンに冷えたビールとつまみ。あとそれに寄ってくるちびっ子。

「おーい松前。一杯どうだ?」
「え?…ああ。今日はやけに早いな?」
「まあまあ。たまにはさ」

携帯を取り出し百香里に電話すべく立ち止まり、
窓から見える外の暑さに億劫になっていると後ろから声をかけられた。
たまには同僚とビールでも悪く無いか。可愛い新人が来たそうだし。

「待って待って。あーびっくりした。仕事終わるん早すぎやないの?」
「あ?何だよ。定時に終わって何が悪い」
「い、いや。悪いっていうか。そんな怖い顔せんといて」

心がそちらに傾いた所で何故か走ってくる総司。どうも自分を探していたようだ。
渉からしたら鬱陶しいのが出てきただけでも 同僚からしたら社長の登場。
皆苦笑いしながらそそくさと逃げていく。

「何か用事?」

総司からの会話なんて興味ないしさっさと帰りたい。ただでさえ暑いのだから。
でも百香里のお使いを総司から言われる事もある。
 よって一応、念の為に話を続けてみる。さっさと言えよ、と脅すように嫌な顔して。

「一緒に帰ろうや」

ろくでなしの癖に兄貴ヅラした奴が笑いながらこれ以上ないムカツク顔で言った。

「……頼むから死んでくんない?うざいんだそのツラ」

渉はわりかし真面目な顔で返事する。
 
「んで。司とユカリちゃんをのっけて」
「でかけんの?」
「司がな。めっちゃカリブ海行きたがって」
「ああ。昨日そういうの見てたな」

有名人が何人かで海外リゾートへ行くよくあるバラエティ。
渉からしたらあんな日本など比ではないくらい暑い場所、何がいいのか。
でも司は目をキラキラさせて常夏ビーチを見ていた。あと美味しそうなご飯とか
大盛りのアイスとか可愛いジュースとか。その辺の食いつきようはすごかった。

「スケジュール見てみたんやけど長期休暇とれへんし。
俺抜きは寂しすぎるで代わりにそれっぽいトコへ 連れったろうと思っとるんや」
「俺が司連れってやるよ。最初はハワイ辺りでいいだろ?」
「いや…」
「なんならユカりんも一緒に連れってやるし」
「初海外は家族3人で行くんや。あ。なんやったらお前」
「真ん中の人はどうすんの?どうせ誘ったんだろ?」
「ああ。真守は遅れてくる」
「あっそ。…じゃあさっさと行けよ」

渉は散々文句を言いながらも誘いには乗るらしい。
いったん総司と共に社長室へ向かい、 何やらごちゃごちゃと秘書や部下と話をしてから
やっとのことで駐車場へ。真守も居たが忙しそうだったので無視しておいた。

「ちょい前は良かったなあ…今は1日でも難しいもんなあ…あー長期休暇欲しいなあ」
「あんたが社長だろ。好きに取れば」
「専務さんと秘書さんと奥さん説得せんならん」
「ユカりんもかよ。…まあ、理由はわかるけど」

自分の車は駐車場に置いといて当然のように総司の車で彼の運転で
渉は後ろに悠々と座る。さっさと冷房つけろとか変な音楽流すなとか命令をしつつ。
ふと見ると司のぬいぐるみが助手席に置いてあったので なんとなく手にとって眺める。忘れ物?

「それな、パパが仕事行くとき寂しないようにって 置いてったんやで?可愛いやろ」
「…あっそ」

司からのプレゼントと聞いて不機嫌そうに戻した。
自分だって車で通勤しているのに。俺には何も言わないんだとか、
そんな幼稚なことを考えている馬鹿まるだしな自分がまた憂鬱でイライラする。
ただ単純に兄にあって自分にないというのが嫌なのかもしれない。
どうでもいいかそんな事。どっちにしたってしょうもない嫉妬だ。自分でもわかってる。

「優しいところはユカリちゃんに似たんやね」
「そうだな。あんたは優しくなんかねえ」
「……」
「あんたは昔からそうだ。優しいフリして相手の様子うかがってるだけだ。
本音が何処にあるんだかわかったもんじゃない。そーいうのが一番信頼できねえ。
その分真ん中の人はわかりやすい…うざいのは一緒だけど」

それと年中無駄に明るい笑顔を振りまく義姉もこの上なくわかりやすい部類。
あの人には大人の持つヤマシサも後ろ暗い計算もなにもない。
元気過ぎるちびっ子の相手と1円でも安いセールと、暑苦しいほどの家族への愛しかない。
長兄、次兄のように存在がうざいとは思わないがちょっとヘンな女だとは思う。

「はははは。ようわかったな、その通りや。俺はめっさ臆病で、
困ったくらい…ずるい人間。司にそんな所がなくてほんま安心したわ」
「当たり前だ。あいつがあんたに似てる所なんてねえ」
「そうか?ユカリちゃんにはそっくり!ってよう言われるけどな」
「あの人は年中頭がぼんやりしてるんだ」
「えー」



「まだかなまだかなーパパまだかなー」

お気に入りの夏のワンピース。サンダル。 ポーチ。中にはハンカチとティッシュとキャンディ。
夕方までずっとママと部屋のお掃除の手伝いをした。洗濯物もとりこんで一緒にたたんだ。
もうそろそろパパから連絡があるはずだ。 いつでも出ていけるように玄関に座ってそわそわ。

「司。パパから連絡きたよ。もう来るって」
「やった!」
「渉さんも一緒だから」
「マモは?」
「真守さんはお仕事でもう少し遅れてくるって」
「そっかー!ママ外で待っててもいい?」
「待って。ママも行くから。2人で待とうね」
「うん!ママだっしゅだよ!だっしゅ!」
「そんな急がなくても大丈夫だってば」

待ちに待ったパパからの連絡に飛び跳ねて喜ぶ司。
百香里は苦笑しながらも急いで準備と戸締まりをして 娘の手を引いて外で待つ。
内心自分も楽しみで仕方なかった。家族でお出かけは娘共々テンションが上がる。

「中で待ってたらよかったのに。暑かったやろ?」
「司が外で待とうって。私も楽しみでつい」
「信じらんねえ。ほんと元気だな」
「げんきだもん」

マンション前で10分ほど待って見覚えのある車が来た。
司が手を振ると側で止まり、車に乗り込む。 冷房が程よくきいた快適な車内。
百香里はぬいぐるみを片付け助手席に座り 司は渉の隣に座るけれど。

「ほら。きちんと座れ。動くな」
「せまいのやだ。大丈夫だもん。大人しく座れるもん」

チャイルドシートを嫌がる年頃らしく今回も拒否。 特に今はテンションが上がっているから余計。

「ダメだ。いつ急ブレーキかかるか分からないんだぞ。
お前はチビだからシートベルトじゃ不安だ。いいから乗れ」
「やだ」

普段はそこまで言わないのにやたらヤダヤダと首を横にふる。

「司。言うこと聞かないと帰るからね」
「や、やだあ!…やだ…やだああああ!」
「じゃあ乗れ」
「……はぁい」

泣きながらも渋々シートに座って黙る。

「…ほら。俺もベルトしたろ?お前と一緒だ。 ママもしてるだろ?お前だけじゃない」
「……うん」
「お父ちゃんもしてるんやけどー」
「テメエは黙って運転しとけ。……な。いい子にしとけよ?」
「…するから…かえらない?」
「帰らない」

司が落ち着いたことで車内は一気に静になるけれど、
今度はテンションが下がってどんよりした空気に。総司は娘の好きな アニメの曲を流し
百香里や渉が沢山話しかけ多少は司も持ち直した。 楽しいのはこれからだ、と。


「やっぱここなんだ」
「プールもあるし。カリブ海…とはちゃうけども。 今はハワイフェアしててな。
ご飯もハワイアンやし、ショーもあるんやでええやろ?」
「いいんじゃないの。ユカりんや司には」

目的地へと到着した一行。車から降りて少し歩いて 、
渉が視線を向けると海の見える高台に立つリゾート施設。
そしてそれらに感動して目をキラキラさせる母娘。総司を先頭にしていざ中へ。

「で、でも。総司さん。こういう場所って予約とか…」
「気にせんでええよ。ちょっと話ししてくるわ」
「…は、はい」

百香里の予想ではスーパー銭湯とか温泉とかその辺を 想像していた。
だからちょっとだけお昼のうちにお金を下ろしてきたのだが。足りるだろうか?
予想が全く外れではないけれど、まさかの高級なリゾート施設に緊張する。
やはり総司は大企業の社長として顔が広いから予約なしでもいけるのだろうか。

「ほら。お前の好きなぬいぐるみあるぞ」
「…うん」
「何だよ腹減ったか?」
「……」

最初はフロント側の大きな窓から見える景色に感動していた司。
でもいつの間にかソファに座って落ち込む。
まだ気にしているのだろうかと渉はその隣りに座って頭を撫でてやる。

「そんな顔すんなって。あれはお前のために言ったんだし、もう車降りたろ?」
「マモ、ここ分かるかな。いっぱい遠かったもん。 司だったらむりだもん。大丈夫かな。電話しようかな」
「……は?」

意外な返事に素で返す渉。

「しんぱいだからめーるしよう。ママにけいたい。あ。ユズのかして」
「やだ」
「なんで?いじわるはいけないんだよ」
「やだ。おい勝手にポケットさぐんな」

何処に携帯があるか知っている。司は身を乗り出して渉のスーツのポケットを探る。
小さい子相手に無理に引き離す事はできない。 結果、簡単に携帯を奪われる。

「…マモにめーる。めーる」
「……」

携帯の使い方は前に簡単に教えた。
だからたどたどしくもきちんとメール画面を開いている。
一生懸命操作する後ろで思いっきりふてくされた顔の渉。

「あった。マモのあどれす。…えっと」
「……隙あり」
「あああ!」

簡単に奪取して違うポケットに仕舞う。
何でそんな意地悪をするのかとふくれっ面をする司。

「あいつは大人だしここは家のもんだからわかってる」
「…どゆこと?」
「ここはウチの別荘みたいなもんってこと。だから。迷ったりしない」
「…でも1人で来るのさみしいかも。待ってるねってめーる送りたい!」
「そんなことよりママが呼んでる。行くぞ」
「でもユズのけいたいでぱぱーっと」
「行くぞ」
「…はぁい」


後半つづきはこちらから


つづく

2015/06/23