あついひ2
「ユカリちゃん」
すっかり暗くなった空。でも海のさざ波が聞こえて風が心地よく。
ライトアップされた庭を眺める。隣には総司。
微笑んではいるけれど、仕事終わりでちょっとお疲れ。
「はい」
でもそれが頑張っている夫の姿で百香里は好き。
ニッコリと微笑んで彼を見つめ返す。
「お…お…おれのこときらいなんかぁあ?」
「そんな声震わせて。司の前で泣かないでくださいね?しょうがないじゃないですか」
「だって!普通貸し切り風呂で仲良くお風呂やん!」
「司が渉さんや真守さんも一緒がいいって言うんですよ?私も一緒は
流石に無理がありますよ。だから家族風呂には皆さんで行ってください」
「……なんでや楽しみにしてたのに」
食事の後にはお風呂に入ろうと自然の流れになって。
それならもちろん貸し切りのお風呂がいいとなって。総司としては
司と百香里の3人家族でと思っていたが。兄弟と娘しかこないなんて。
待っていたメインがないなんて。でも、一緒は無理。
「俺は別にいいんだけどな。ユカりん居ても」
「そういう発言は控えろと何時も言ってるだろう」
「あんたに言ったわけじゃねえ」
「場を不愉快にさせる発言は控えろと言っているんだ」
「がっこーの先生ですか?ばかみてえ」
「何だその口の聞き方は」
「はあ?何?あんたは俺のなんなの?保護者きどり?きもー」
兄夫婦の少し後ろで待機中の弟たち。
遅れてきた真守と共に食事をしてハワイアンショーを堪能した後。
終始不機嫌な渉にだんだんと苛立ってくる真守。
「…マモをいじめたらだめ!」
「司」
「なんだよそれ。俺がいつ苛めたんだよ」
険悪な空気になるとトイレに行っていた司が走ってきて渉の前に立つ。
またそれが気に入らない渉のふてくされた顔。
「マモくらい怖いみちひとりできたんだよ!」
「それなら俺だって」
「渉やめろ。司とまで険悪になるんじゃない」
「……うるせえ」
「……」
「司も、いいんだよ。気遣ってくれてありがとう」
珍しく機嫌の悪いムスッとした顔をする司。
真守はそんな彼女の手を引いて少し離れた椅子に座らせる。
どうやら兄夫婦も決着がついたようだ。
「司。イイコでパパたちとお風呂行って来なさい」
「…ママは?」
「ママは一緒には行けないから別のお風呂はいるの」
「ママひとりでだいじょうぶ?さみしくない?」
「ないない。お風呂独り占めできちゃうもんね」
「…そっか」
司は総司たちと家族風呂へ。百香里は女性用の大浴場へ。
それぞれタオルを持って入っていく。
1人のママを気遣いながら。司は渉と真守もちらっと見た。
家族なのに怖い顔をして未だに目を合わそうとしない。
「あぁ…ゆかりちゃん……ゆかりちゃん…」
パパに至ってはママのことしか考えてない。
でもこれはいつものことなので特に異常なし。
脱衣所に入りパパに手伝ってもらって脱いで。
「…何で俺こんなとこで風呂入るんだろ。あーあ」
「今からでも遅くない、大浴場へ行け」
「……あんたが行けよ」
「僕は別に風呂への不満は述べていないが?」
「……」
弟達も準備して皆で入る。
「…ゆかりちゃん今頃風呂入ったかなぁ」
「ねね。パパ。ここの壁こんこんしたらママ届くかな」
「どやろ。やってみよか」
「うん!」
「ンなわけねえだろ。やめとけ恥ずかしい」
一蹴された親子は無言で体を洗って湯船につかる。
「……あちゅい」
が、司には熱すぎたようですぐに上がって足だけつかる。
持ってきていたオモチャを抱きかかえて。困った顔。
「ちっ。何が家族風呂だ。司が熱がってんじゃねえか。管理者に文句言ってやる」
「文句を言う前に温度を下げてやればいいだろう」
「わかってるよ。ったく…」
「司。待ってろ今温度をさげるからな。兄さん!手伝ってください。
困っている娘が見えないんですか」
「え?あ。おお!すまん!大丈夫か司!」
「おいどうすんだよこれ。何処で調節すんだ」
「勝手に触るな。待ってろ僕がみる」
ざわざわと動き始める3兄弟をよそに司はなんとか入れないかチャレンジするものの
やっぱり熱くて我慢ならず出てしまう。家のお風呂はもっと熱くないのに。
せっかくオモチャを持ってきたのに。
皆で遊ぼうと思ったのに。そしたらもっと明るくなるはずなのに。
「……ママがいたらな」
ママならどうしたらいいか教えてくれるのにな。
「だから調節これだろ?」
「何や変な音したで?」
「壊すなよ」
「大丈夫だって。ほら。なんか、温度下がったろ」
「確かに」
「はい解決」
「せやけどこれどないして戻すん?」
「しらねえよ後でここの連中がすんだろ?今司が入れたらいいんだ」
お風呂を見つめている司だったが温度が下がったらしく
ちょっとだけ我慢していたら本当にぬるくなった。
どんどんぬるくなった。怖いくらいぬるくなった。
「…大丈夫なんでしょうかこれは」
「ど、どやろか。請求書こんやろな?」
「……あいつは。まったく」
深い溜息をする兄達。
その視線の先には楽しげにオモチャで遊ぶ司。と。
そのそばでぼんやりしている弟。
「お風呂あがりパパがアイス食べてもいいって。一緒にたべようね」
「俺はアイスよかビールだな。チョコがあるといいな」
「うん」
「なあ……楽しいか?」
「うん!たのしーーー!」
「そっか。…まあ、お前が楽しいなら別にいいけど」
「ユズは楽しくない?梨香ちゃん居ないとやだ?」
「……30まで言えるんだろ?確かめてやるよ言ってみ」
「うん!」
風呂あがりの1杯は格別。
運転手が居るので気にせず1人缶ビールを飲む渉。
「…司もそれのみたい」
長兄は忠犬よろしく嫁が出てくるのを待っているし
次兄はこんな時でも何やら仕事の指示をだしている。
「だめ」
「……のみたい」
「だめ」
「……」
「だめったらだめ。20歳まで待て」
「……あとなんねんかかるのー?」
ロビーから出て明るければもっと眺めの良いテラス。
座って飲んでいたら司がやってきて、
欲しそうな顔をして見つめてくるので敢えて無視をしたら
気づいてないと思ったらしく隣に座って腕に絡む。
「何年かもわかんねーちびっこじゃ無理」
「……どうせちびっこだもん」
司はぷくっと頬をふくらませてご機嫌斜め。
「ちびっ子はアイス買ってもらうんだろ」
「…ママがきたらママとたべる」
「何だお前アイス一つ自分で食えねえのか?」
「だって。1人でたべてもおいしくないもん」
「……お前のその感覚、俺にはよくわかんねえ」
一人のほうが気楽。何の文句も言われない。
どうせママと食べたって皆待ってるから早くしなさいとか
落として服を汚さないでとか目一杯言われるのに。それでもやっぱり
1人で食べるより誰かが居ないと嫌らしい。それもやっぱりママがいい。
「…ゆずー。100までかぞえられるようになったら
司もかりぶ行けるかな?はわいでもいい!はわい可愛い」
「おー。行ける行ける。どこでも行ける」
「そのときは皆で行こうね」
「言うと思った。…お前はほんと甘えん坊だな」
ごろんと渉の膝を枕に寝転ぶ司。
ママが来たらお行儀が悪いと怒るかもしれないけど
今はいいだろうと渉はただ頭を撫でてやるだけ。
「だって皆と一緒楽しいもん」
「…お前はいいよな。何でも楽しくて。いっつも笑って」
「ゆずはー?」
「大人になると色々あんの」
「…そっか。司もおとなになったら色々あんのかな」
「あるさ。お前は本家のご令嬢だからな」
「ふーん」
「こら。鼻ほじんな」
そんな会話をしていると総司が嬉しそうに百香里と
戻ってきた。司も一緒だからもっとゆっくりかと
思っていたのに、まさか自分が最後とは。
すいません、と小さく謝る。
「ママアイス食べたい」
「お家帰ってから食べようね」
「……うん」
「待ってよ。司はあんた来るの待って我慢してたんだ。
俺らは気にしないでいいから一緒に食べて来てよ」
「渉さん」
「あ。あの。あの。お父ちゃんは…おってもええですか」
「どうだ司」
「んーーーーー。いい!パパママとアイス食べる!」
「よし。アイス買ってこい。チョコだぞチョコ」
「アイアイサー!……って何でお前に命令されとるん?」
さっきまで渉と一緒にいたテラスに今度は親子3人で座り
嬉しそうにママにアイスの袋を開けてもらって食べる司。
そんな微笑ましい家族の様子を今度はロビーで眺める渉。
ビールはすっかりぬるくなったのでさっさと捨てた。
「なんだ。お前は混じらないのか」
「誰かみたく空気よめない人間じゃないんで」
「そうか」
代わりに側に座るのは次兄。
「…あんなちびっこなのに、何時かは一緒にビール飲めるようになるって思うと変な感じするよな」
「そうだな。本当に子どもの成長は早いな。
最近まで僕達も一緒になっておむつを変えていたのに」
「そうそう。…あんた、帰りひとり?車で来たんだろ」
「そうだが?何だ?」
「寂しいなら俺が後ろに乗ってやろうか?司は家族水入らずで乗せてやる方が何か良さそうだしさ」
酒のせいかかなり茶化した言い方をするけれど、冗談ではなく本気で聞いている様子。
それに、楽しそうにしている兄夫婦。
「…そうか。じゃあ、たまには兄弟で帰るか」
「ま。俺飲んだしそっこーで寝るけど」
「お前な」
呆れつつも苦笑し、何時もより多少静かな時間を経て。
「マモさみしくないね」
「そうだといいけどな」
「え?」
「帰りもきちんとチャイルドシートを使うんだぞ」
「…はい」
「よし。パパとママの所へ戻るんだ」
駐車場。帰る先は一緒なのに。
司は心配そうに真守のそばに来た。渉はもう寝る気満々で
すでに車の後部座席に寝転んでいる。
「……司と何話してたの」
「なんでもない。兄さんの車が出た、行くぞ」
「……」
「怒るな」
「……別に」
「…全く、お前は」
「……」
「困った弟だ」
「…うっせえ…吐くぞ」
おわり