泊まり

「めっさ緊張する…ど、どないしよう…」

ついにこの日が来た。百香里が総司の部屋にお泊り。
彼女は警戒している様子はなくて彼氏の部屋に遊びに来た感覚かもしれない。
でも来たからにはやっぱりそういう欲望というものが元気になってくるもので。会社を定時に上がると
いつもの店で食料品などの買い物をして速攻で部屋の掃除をして今こうしてなぜか正座待機中。
百香里はバイトが終わってからくる。迎えに行くと言ったのだが準備があるからと断られた。

「お邪魔します」

30分ほど待機していたらインターフォンがなり百香里が到着。ドアを開けて出迎える。
この部屋に来ることは何度もあったけれど。お泊りはなかった。

「う、うん。…あがって」
「どうしたんですか?何処か悪いんですか?」
「別にどこも悪ないけど」
「じゃあ何かの体操ですか?手と足が一緒に動いて」
「あ、ああ。これはその。そう。健康運動的な歩き方やねん」
「なるほど。じゃあ私もしよう」
「まあ座って。夕飯まだやろ?」
「私が作ります。材料も持ってきました。任せてください」
「え?ええのに。そんな気にせんでも」
「お泊りさせてもらうんですから。それくらいさせてください。台所お借りしますね」
「…あ。うん」

もしかして準備というのはこの買い出しだったのだろうか。
総司も適当に何か作ろうと材料を買ってきていたのだが、言い出せず。
百香里は台所へ向かい調理を始める。バイトで疲れているだろうに。
何か手伝えないものかと彼女の元へ行ってみるが大丈夫ですと言われた。
料理には慣れているようだしここは黙ってみていようか。後ろ姿も可愛い。

「総司さんが好きだって言ってたから作ってみました!カニクリームコロッケ」
「うそや」
「嘘じゃないです。ほら。ちゃんと作りました!見てください」
「こんな手早く出来るもんなん?見た感じ惣菜コーナーにありそな」
「ひどい!総司さんが喜んでくれると思って昨日から仕込……じゃ、じゃない。
練習をしてたのに!もういいです。持って帰ります!」
「堪忍。あんまり本格的やったから。そうか、昨日から仕込んでくれてたんか。
そら食べんとバチあたるわ。食べさしてください。ユカリちゃん」
「……はい。どうぞ」
「いただきます」

本格的な料理を短時間で作るなんて流石に無理だと思った。
やはり事前に仕込んで持ってきてくれていたようだ。申し訳ない。けど嬉しい。
テーブルには華やかに盛り付けられた料理達がながらぶ。
男1人の生活で食べられたらいいと見た目にこだわったりはしないから。

「……総司さん」
「めっさ美味い」
「ほんと?よかった」
「ありがとうユカリちゃん。ほんま嬉しい」
「……」
「ユカリちゃん?」
「……あ。…はい。…どうも」

お礼を言っただけなのに百香里はなぜかほほを赤くして視線を逸らした。
照れ屋なのだろうか。でも本当に美味しい。久しぶりに満足した夕飯。
片づけくらいはと声をかけた総司だがそこも彼女があっさりと終わらせる。

「いっつも何してるん?テレビみてるん?ええよ好きにして」
「……」
「ん?どしたん?急に黙って」

食後のお茶を飲みつつ気楽にしてくれと言いたかったのだが。
なんとなく気まずそうにしている百香里。変なことを言ったろうか。
セクハラ…に該当するような事は言ってないはず。

「……いつも。…あの。いつも…はがきを」
「はがき?」
「あ。いえ。いつも雑誌を読んでます」
「雑誌なあ。ここにはユカリちゃんが好きそうな雑誌ら…」
「えっちな雑誌もないですね。あ。わかったベッドの下とかに隠してるんだ」
「ちょ、ちょっと!何言うてんのこの子は!そして探らんの!あかんて!」
「ふふ。大丈夫ですって。そういうのあるのが普通ですって」
「そうなん。最近の子は理解があってええねえ…おじさんちょっとしんどいわぁ…」

ベッドの下には何もない。分かっているのになんでこんなに動揺したのだろう。
大丈夫ですよとニコニコしながらいう百香里に疲れた顔をする総司。

「ごめんなさい。お仕事で疲れてるのに…」
「そら自分も一緒や。お疲れさん」
「お疲れ様です。…総司さんが店長じゃなくなって他の人が来てなんだかさみしい」
「俺もユカリちゃんと会えんのは寂しい。けど、こうやってお泊りしてくれるからな」
「一度やってみたかったんです。彼氏の部屋にお泊りって」
「親は心配してへんかった?」
「えへへ。実は友達の家に泊まるって嘘ついてきました」
「そうか。まあ、それが無難やろなあ」

彼氏というか、39のおっさんの部屋に泊まるなんて親が聞いたら大反対しそう。
交際自体どう親に説明しているのか分からない。グレーゾーンは敢えて触れず。
ただ単純に百香里との新鮮で純粋な交際を楽しんでいる総司。

「あの…お風呂入ってもいいですか」
「え」
「今日倉庫の掃除とかしちゃって汗臭いので」
「そうなん?全然わからんけど」
「とにかく。お願いします」
「先どうぞ」
「はい」
「あ。…い、…一緒に…とか……?」
「一緒ですか」
「冗談!嘘です!」
「……」
「嘘です!」
「あんまり自信ないけど……どうしてもっていうなら。頑張ります」
「い、いや。ええんよ。そんな渋い顔して言われたらなんもできへん」

いきなりは不味かったか。慌てて百香里に先に風呂に行かせる。
調子に乗ったろうか。気持ち悪いおっさんと思ったろうか。
せっかく泊まりに来てくれたのに不愉快な気持ちになったら最悪だ。
もちろん彼女とはもっと進んだ関係になりたい欲望はある。物凄く。
でも同時に嫌われたくないという恐怖心もあってなかなか難しい。
いい年をして1人で悶えながら百香里が出てくるのをまった。

「総司さん?」
「……」
「あの」
「……」
「えっと」
「……」
「待っててください。実は夏バージョンも持ってて」
「いや、あの、えんとちゃうか」

風呂から出てきた百香里は自前のパジャマを着ていた。
でかでかと彼女の名字が胸に入ったおそらく学校指定のジャージ姿。
たしかにこれは有意義な再利用法だ。
つい最近までこれを着て学校で体育の授業を受けていたのかと想像する。

「……私また間違えました…?」

総司の気まずそうな雰囲気に百香里は不安そうな顔をする。

「間違ってはないと思うで。ただ…なぁあ」
「どこがダメでした?あの。…もっと色気あったほうが良かったですか?
夏バージョンならハーフパンツだしもう少し露出がありますけど」
「ユカリちゃん。ええか。20歳超えて体操服に色気を感じるような男は近寄ったらあかん。危ない」
「危ない…」
「そうや。ほな俺も風呂行くわ。テレビみててもろてもええし適当にくつろいでて」
「はい」

ジャージ姿も可愛いけれどそうじゃないだろう。それじゃないだろう。
主に下半身にあった高ぶりが一気になえていくのを感じる総司。
初めてのお泊りでいきなりエッチなことなんて出来るはずがない。
あの子は経験も無さそうだし。怖いくらい無防備だし。深い意味もないし。
馬鹿みたいに期待した自分にあきれながら簡単に風呂に入り。

「ゆ、ユカリちゃん!?」
「どうですか!総司さん!私だって雑誌とか読んで研究しました!
男の人は制服が好きなんですよね!わ、私の学校制服ちょっと地味だけど…でも制服だし!」

だらけた気分でドアを開けたら何故か制服姿の百香里が正座していた。
思わずのけぞるくらいビビった。

「待って!待ってや!ユカリちゃんおかしい。その基準おかしい!」
「あ…やっぱり…看護婦さんの服とかCAの服とかそういう系…ですか?」
「その雑誌ごっつい気になるし自分の中で俺どういう人?」

驚いたけれど冷静になり百香里の前に座る。
確かにあまり派手な制服ではないけれど。可愛い。
この姿でつい最近まで高校に通っていて…。

「私その。お泊りするってなって。でも、どうしたらいいか全然わからなくて。これで、その。
パジャマはよくなかったみたいだから。これで挽回しようと思ったんですけど。…ダメですか?」
「考えてみ?女子高生の制服で大興奮しとるおじさん。めっさキモいやろ」

想像したら自分が犯罪者にでもなったような居た堪れない気持ちになった。

「…総司さんは嫌いなんですか」
「いや。俺は別に好きとか嫌いとかいう」
「……」
「別に責めてへんで泣かんといてな?」
「だって…これしか無くて…セクシーな服とかないし…」
「無理せんでええって」
「せっかく一緒に居られるんだし…何時もの私じゃなくて…もっと…違うところをアピールしたくて」
「違うところ?」
「こ、子どもぽくないとか。お金に執着してないとか…いろいろ」
「……」

パジャマをジャージで済ませセクシーがないから制服を選んでくる所ですでにそれは無い。
でも彼女のクローゼットに大人っぽい服があるとは思えない。パジャマだってジャージで何が悪い。
自分だってパジャマなんて適当に着ているのだから人の事はいえない。総司はしばし黙って。笑った。

「…総司さん」
「自分はほんま可愛い子やなあ。そんな努力してくれて。めっさ嬉しいわ」
「……でもまた失敗したみたいですね。私」
「俺はユカリちゃんを年下やとは思ってるけど子どもやとは思ってへんよ。
金に執着して何が悪い?俺はセクシーよりも可愛い子のがええ」
「そんな無理に慰めてくれなくても」

いくら馬鹿な自分でもわかる。この空気は「失敗」を意味すると。
自分のイメージがどんどん悪くなる。挽回するはずだったのに。
恥ずかしいけど本屋でこっそりメンズ雑誌を読んだのに。

「よいしょ」
「…あ」

うつむいた百香里を抱きしめる総司。

「ホンマの事言うたら制服よりも体操服よりもユカリちゃん自身がええなあ」
「裸ですか」
「こんなんドン引きやな」
「……総司さん」
「ん」
「もちろん総司さんも脱ぎますよね」
「まあ、…そう、なるかなあ」
「じゃあいい」
「ええの」
「でも今日はもう眠いので明日にしましょう。おやすみなさい」
「明日ってまた……え?なに?もう寝てるん?ユカリちゃん?百香里?」

抱き付いたまま目を閉じている百香里はぴくりとも動かない。寝息だけが聞こえる。
どうやら今の宣言の後すぐに眠りについたらしい。なんという寝つきの良さ。
時計を見るともう11時を過ぎていたから眠気があったのはわかるけれど。あまりに唐突で驚いた。
そして制服姿のまま。総司は布団を敷いて彼女を寝かせる。自分はその隣で眠る。
何故か自分の隣で制服姿の女の子が寝ているという不思議。ジャージのがよかったろうか。

いや、変わらないか。

なんだろうこれ。


「すいません私すぐ寝ちゃうから」
「何事かと思ったでいきなり寝るとか」
「眠いと思ったら3秒で眠れます。どこでも!えへへ」
「す、すごいなあ」

翌朝。総司が目を開けると朝食の準備をしてくれている百香里が見えた。
流石にもう制服姿では無かったがかわりにジャージを着ていた。
朝はさほどお腹が空かない総司だが美味しそうな匂いにつられて食べ始める。

「で。いつしましょうか」
「え?何や約束してた?」
「脱ぎます」
「…ああ。え。そんな気合い入れてすること?」
「はい。総司さんにアピールしないと。といってもどっちかっていうと平べったいんですけど」
「そうなん」
「総司さんのほうがありそう」
「俺どんだけ鳩胸やの。…ちょと期待してもええんかな。ユカリちゃんの体見てもええんやろ」
「はい。どうぞどうぞ」
「そんなオープンに言うてええの?俺めっさエロい事考えてるかも」

というか考えてます。今まさに。

「そうだ。総司さんどこに隠してるんですか?教えてください」
「隠してません」
「怪しい」
「そんなん無くてもユカリちゃんがおるし」
「制服姿に萌え萌えってやつですね」
「い、いや。…そんなマニアックな性癖はないんよ。堪忍な」
「うーん。難しいですね。男の人って」
単純やと思うで。色気とか関係なくただ好きな子と居りたいだけや」
「私も一緒です。総司さんと一緒に居たい」
「一緒に居ろな。ずっと、一緒に」
「はい。居ます。…ずっと」
「何や恥ずかしなってきたな。お茶頂戴」
「はい。今いれますね」

百香里は満足げだったから総司は特に何も言わなかった。
彼女が楽しいならそれでいいと思った。まだ機会はある。
次はできれば制服は家に置いといてほしいのだが。

「ちょいまち」
「はい?」
「その手にあるんは水着とちゃうか」
「はい。もっと可愛いのがいいかなって思ったんですけど、探したらこれしかなくて。学校指定の」
「待って。ほんまに待って。なんとなくそれくるんちゃうかなって思ってたよ?あっさり裸みしてくれるとか
そんな甘いことないんちゃうかなって思ってたよ?けどな?スク水はあかんやろ。アウトやろ?」
「そ、そこまでひどくないです。少しくらいはくびれだってありますから!」
「あかん。俺はどうしたらええんや…どうしたらわかってもらえるんやろうか…」

求めているのはそんなマニアックさではなくてもっと普通のもので。
別にすぐに脱げなんて思ってない。恥ずかしいならそれはそれで可愛い。
そう切り出そうとした総司の手を握ってほほ笑む百香里。

「総司さん手本を見せてください」
「えぇ…俺だけ脱がすんは酷ない?」
「ないない」

悪戯っ子のような目で笑う百香里。

「あんさ。自分わかってて俺の事遊んでへん?」
「ないない」
「……絶対脱がす。自分の裸拝んだるからな。よっしゃ脱ぐ!」
「はい。お願いします」
「そ、そんな正座せんでもええやん…なんやめっさ恥ずかしい」

百香里サイドVer


おわり


2013/09/11