日常

早朝。今日も1番に起きて4人分の洗濯をしてから朝食の準備にとりかかる。
もっと楽にしていいとか人を雇ってもいいからとか言われるけれど毎度断わっている。料理が好きだからと。
男ばかりで持て余していた高価なシステムキッチンを自由に出来るなんて特権を逃す事は無い。
冷蔵庫を開けて今日の朝食メニューを考える。何時も同じでは飽きてくるだろうから。考えるのも楽しみ。

「義姉さん、おはようございます」
「おはようございます、真守さん」

次に起きて来るのは次男の真守。既に準備を済ませて何時でも出勤できるスタイルで椅子に座る。
もっとゆっくりなさってくださいと言うのだが彼もまた性分だから仕方ないと出されたコーヒーを飲む。
それからは難しい顔をして経済新聞を読みながら朝食を待つ。
義理とはいえ15も年上の人に姉さんと呼ばれるのはちょっと気が引ける。それにも慣れてはきたけれど。

「げ。射手座1位だ」
「おはようございます、渉さん」
「おはよ」

静かな時間を大音量のテレビ音がかき消す。パジャマ姿でソファに座っているのは三男の渉だ。
何の挨拶もなく気付かない間に傍のテレビをつけて朝の星座占いを見ては落胆したり喜んだり。
百香里が挨拶をすると適当に返事をする。

「渉。せめて着替えてから来い。義姉さんに失礼だろう」
「いーだろ家族なんだから」
「家族とはいえ礼儀は必要だ。大体なんだその態度は。あいさつもしないで。
そんなゴシップばかりのテレビばかりみてないで新聞を読め。これだからお前は何時までたっても」
「ねえ、ユカりん。今日は何作ってんの?いい匂いすんだけどさー」
「渉!」
「あんまり朝から叫んでるとハゲるぜ」
「ほう。だったら僕は朝昼晩と叫んでいるから明日あたり坊さんになっているかもしれないな!」
「あーもーうるせえうるせえ」

耳を塞いで聞こえないフリをする渉。真守は真面目でキッチリした性格だから不真面目が許せない。
朝からの兄弟喧嘩は百香里がこのマンションに来てから暫くすると始まった。
それまではすれ違いばかりでろくに会話もなかったというのだから人は変わるものだ。
何時も喧嘩を終わらせるのは食事を運ぶのを手伝っていただけますか?と言う百香里の一言。
頼むと険悪な空気だったのが一転。大人しく素直にしたがってくれる。

「ユカリちゃんおはよー」
「おはようございます。総司さん」
「待ってるのに来てくれへんから自分からきた」
「すみません」
「というのは冗談でめっちゃトイレ行きたいー」
「さっさと行けよ汚ぇな」

最後に起きてくるのが夫で長男の総司。軽く百香里を抱きしめてキスしてからトイレへ行く。
先に朝食を食べていた弟たち。真守は何も言わなかったが渉は不愉快そうに睨んだ。
すぐに総司の分と自分の分を用意する。朝食は一緒に食べようと決めているから。正直空腹だけど我慢。

「嫌や」
「嫌じゃないです」
「嫌や。嫌や。ユカリちゃんを1人にできん」
「私は大丈夫ですから。早くしないと遅刻しますよ」
「新婚さんやろ。もっとこう、休みがあってもええと思うんや」
「でも総司さんは社長ですから。皆さんの為に頑張ってください」
「ユカリちゃん」

ガシッ

「はいはい、終了。毎回毎回申し訳ありません奥様」
「いえ、千陽さんこそ。ご苦労様です」
「いやん。首根っこつかまんといて…」
「いやんじゃないでしょう。それとも縄でもご用意しましょうか?」
「……頑張ります」
「宜しい。では、失礼致します」
「はい。いってらっしゃいませ」
「ああ、ユカリちゃん…」

朝食が終わると悲しい別れの時。玄関まで見送るがそこからが長い。
社長という責任ある職にありながら本人にはまだその自覚が薄いらしく何時も駄々をこねては秘書に引っ張られる。
まだ就任して時間が経っていないとはいえ、それだけに早く慣れてもらわないと困りますと車内では説教。
それでも翌朝には懲りずに嫌がるのだから、どうしようもない。秘書も呆れている。
今ひとつ突き出せなかった会社を一代で国内屈指の巨大企業に育て上げた先代の長男とあって周囲の期待は高い。
総司本人も今の所何の失策も無く安定している所を見るに有能なのだと思う。ただ非常に不真面目なだけで。

「本日の予定は以上です。何がご質問は」
「電話したい」
「駄目です」
「メールしたい」
「駄目です」
「……かえりたい」
「絶対に何があっても、駄目です」
「鬼や…鬼がおる」
「聞こえませんもう1度お願いします社長」
「何でもない」

その頃。百香里は何時ものように広い部屋を掃除中。何時総司から連絡があってもいいように、
彼から渡された携帯をポケットに入れている。結婚してすぐの頃はひっきりなしにかかってきた電話。
それも彼が仕事に慣れてきてからは少なくなってきた。その方がいいに決まっているけど、寂しいような。
今は主婦として仕事をしていない。以前は目まぐるしく働き詰めだったのに、何だか違和感がある。
その所為か掃除を終えても何かしていないと気がすまないらしく今度は服の整理を始める。

プルルルル…プルルルル…

「あ。総司さんからかな」

昼を前に携帯が鳴った。駄目だとわかっていても嬉しくてすぐに携帯を取る。

『百香里』
「あ。……お兄ちゃん」
『百香里。どうだ、そっちは。なにも不便はないか』
「うん。凄く大事にしてもらってる」
『そうか、良かった。でもな、俺はまだ認めたわけじゃないからな。何時でも帰って来い』
「……」
『どうせ今だけだ。金持ちなんて。何れ他の若い女に』
「そんな事ない!総司さんは私の事愛してくれてる」
『今はな。じゃあ、また』
「お兄ちゃん、あのね、今度ちゃんと話を」

言い終わる前に電話が切れる。兄には未だに理解してもらえないこの結婚。
金持ちへの偏見と、歳の差と、あと総司に離婚歴があり子どもまで居るというのが許せないらしい。
父を早くに亡くして母1人で育ててくれた。そんな母を助けるために兄妹は必死にバイトを掛け持ちした。
そんな苦労を共にした兄の気持ちもわからなくはない、でもそれでも総司を信じたいから。愛してるから結婚した。
この先に全く不安が無いのかと問われれば、いいえ、だけど。


プルルル…

『あ。ユカリちゃ』
「あのね!総司さんはそんな人じゃないの!だからもう1度あって話を」
『ユカリちゃん?』
「……あ、総司さん」
『義兄さんから電話でもあったん?』
「……今」

数秒差で電話が来るものだからてっきり兄かと思った。思わず叫んでしまったのが恥かしい。
総司は落ち着いた声で返事をする。兄が自分を嫌っているのはよく分かっているから。
きっとまた帰って来いと彼女に電話をしてきたのだろうと察しはつく。彼女は何も言わないけど。

『そうか』
「で、でも。普通の世間話ですから!元気かってくらいで。もう、心配性なんだから」
『俺かてユカリちゃんが1人で寂しないかなって心配になるし。気持ちはようわかる』
「……総司さん」
『俺が渉くらいの歳でバツなんぞ無かったらよかったんやろな。堪忍な』
「そんな事ないです。……それより、いいんですか?こんな時間に」
『ユカリちゃんの声きかんと元気がでぇへん』
「あなた」

何時もなら怒る所なのに、怒らないといけない所なのに。
何故かその日は彼の言葉が嬉しくて。その声に自分が元気を貰ったようで。話すのをやめられなかった。
すぐに後ろから怒っている千陽の声がして我に返り電話を切ったけれど。



「ただいま」
「おかえりなさい」

夕方。1番最初に帰ってくるのは何があっても定時に帰ってくる渉。
本来ならば何らかの役職についていそうなものだが本人にその意思は無く一般社員としてのらりくらり。
ソファにスーツを脱ぎ散らかして出されたビールを飲む。その間にシワになる前に片づけをするのは百香里だ。
以前その光景を見てお前は何様だと真守と喧嘩したことがあったけれど、それは稀な事で今は衝突しない。
何せ専務である真守が1番帰るのが遅いから。

「それ欲しいの」
「あったら楽そうじゃないですか?自動的に床を掃除をしてくれるなんて」

つまみを出すと百香里はソファに座ってテレビを観る。夕飯の準備は既に済ませた。
だから何もしないのに台所で突っ立っているのも変だしお酒を飲まないのに向かい合うのもなんだか変。
自分の居場所を何処にしようかと考えて。結局この形に収まった。
釘要るように見つめているテレビには自動で掃除してくれるマシンを紹介する通販番組。

「買うにしてもさ、ここだと幾つ要るんだ?この部屋と他の部屋と合わせて…」
「いえ、あの、買いたいわけじゃないんです。私の仕事なくなっちゃうんで」
「別にあんたの仕事は掃除じゃねえだろ」
「そうですけど。することが」
「こんなつまんねぇ所にいることないって。金あるんだし、遊べば?」
「遊びですか?」
「まだハタチなんだし。何でも出来るだろ」

やっとお酒が飲めるようになる歳。煙草を吸える歳。成人式をする歳。
久しぶりに会った高校の同級生たちは皆様変わりしていて誰がだれやら。でも百香里だけは同じで。
貧乏なのを馬鹿にしてきた子たちは今でも見下した視線を向けてくるけれどそんなの気にしない。
二十歳と言われてもいまいちピンとこない。自分は何が変わったのだろう?大人になった?
周囲が最低でも7歳も上という人ばかりで実感がわかない。


「ユカリちゃん。ただいまー会いたかったー」
「お帰りなさい」

暫くして総司が帰ってくる。定時とは言わなくても少し早め。
チクチクと秘書や専務に怒られてはいるが全く気にしていない様子で百香里を抱きしめる。
ただいまのキスをして。彼も食事まえに軽く酒を飲むからすぐに準備。

「ユカリちゃん」
「はい」
「……、…愛してる」
「はい。私も」

台所で慌しくする百香里を後ろから抱きしめて耳元で囁く。もちろんそれに甘えて。
抱きしめられた手をギュッと握る。私も愛してます、と答える為に。

「そういうのは他所でやれ」

酒が不味い、と不評なのですぐに離れたけれど。

「お前はよ結婚せえや。あの梨香って姉ちゃんええやんか美人やしボインやし」
「……総司さんそういう所見てるんだ」
「ち、ちがうで!?あの、ほら、ユカリちゃんのがボインやし!」
「……」
「ああ、そんな目せんといて。ユカリちゃんが1番やからな」

総司が席につくと自分もテレビのリモコンを渉に渡して一緒に座る。
お酌をしながら話題は渉の結婚。彼の恋人である梨香の体まで見ている事に不服そうな百香里。
昼間の事もあってか慌てて釈明する総司だが、それがまた余計怪しさを醸し出す。

「うるせぇな。好きにさせろよ、あんたまでどっかのクソ真面目な眼鏡みたいに説教すんのか」
「そのクソ真面目な眼鏡とは僕の事かな?渉」
「そうそう。あんたあんた」

渉の後ろには今まさにご帰宅した専務。何て悪いタイミング。

「お帰りなさい真守さん」
「…ただいま戻りました」
「あの、お酒飲まれます?」
「いえ。僕は結構です」
「はい」

この静かな感じが余計怖い。百香里が何とか話しかけてみるが大丈夫ですと言って着替える為に
一旦部屋に戻る。他の2人はその辺に脱ぎ散らかして百香里の世話になるが彼は全部自分でしている。
真守が去ると同時に総司が暢気にビールを飲みながらテレビを観る渉に話しかけた。

「お前、あれはあかんで。謝らんと」
「マジ?面倒」
「め、面倒て。昔から真守は怒るとめっちゃ怖かったやん?巻き添えは嫌やで」
「いいじゃん、怒らせておけば。どーせすぐ仕事の事で頭いっぱいになって忘れるさ」
「お前は大物やなあ」
「あんたほどじゃねえ」

仲がいいのか悪いのか、家族なのに無関心よりはいいと思うけど。喧嘩ばかりもどうだろう。
間に入るのは何時も百香里か総司。といっても何年も離れていて社長就任と共にマンションに来た
総司のいう事は弟たちはあまり聞かない。1番年下である百香里がメイン。

「真守さん」
「はい」
「毎日お疲れ様です」
「……いえ、仕事ですから」

長男と三男がコソコソ話をしている中、百香里は席を立ち自室から出てきた真守に声をかける。

「お風呂先にいかがですか?2人ともお酒飲んでますし」
「そうですね。疲れたので先に頂きます」
「あ。そうだ。今日ドラッグストアに買い物に行った時に試供品で入浴剤を貰ったんです。
いい香りがするそうですよ。あの、試供品で申し訳ないんですが入れてもいいですか?」
「僕は構いませんよ。渉も気にしないでしょうから、入れておきます」
「とってもリラックスする香りなんだそうです。良かったら今度は買ってきますね」
「ありがとうございます、でも、僕にまで気を使わないでください」
「家族じゃないですか。……なんて、私が言うのはおこがましいですね」
「いえ。…ありがとうございます」
「準備持って行きますから先に入っていてください、あ。入浴剤もってきますね」

百香里がリビングに戻ってくると寂しそうな顔で此方を見る総司。
早く構ってくれといわんばかりに手招きする。ごめんなさいと謝ってその隣に座ってお酌。
真守が風呂から出た所で夕食を暖めて4人での食事。これが何時もの夜。

「ユカリちゃん肩もんだる」
「総司さんは何時もそうやって違うところ揉むじゃないですか」
「嫌やの?」
「嫌なら嫌っていいます」

いい香りのする乳白色のお風呂。リラックス効果はあるようでのんびりと総司の膝に座る。
抱きしめられながら今日あった事を報告する。といっても特に目立ったことなどないけど。
彼も報告してくれるが難しい事はよくわからない。それでも何も知らないよりはマシ。

「百香里…」
「あ。そうだ。今日通販の番組を観てたんです」
「うん」
「そこで主婦のアイデア商品っていうのがあって」
「気に入ったんやったら何でも買い」

甘い雰囲気に持って行こうとすると、思い出したようにそれを押しのけてはしゃぐ百香里。
アイデア商品がどういうものかよく知らないけれど、何か面白いことがあったのだろうと総司も嬉しそうに返す。
彼女が喜べばなんでもいい。体も悦ばすのは後でも出来るから。向かい合ってお互いにニコニコする。

「そうじゃなくて。私も何かいいアイデア出せないかなって思って…商品化とか夢みちゃいますよね」
「そうか?言うてくれたら何時でも何でも商品化するで?」
「……総司さんには夢が無い」
「そ、そんなっ…!」

ちょっとショック。いや、だいぶショック。



「今朝はすんなり出勤くださって本当に助かります毎朝こうであってほしいですね」
「……なあ、千陽ちゃん」
「何でしょうか」
「俺には夢が無いんやろか。おっさんだけに、廃れとるんやろうか」
「は?」

翌朝。ぐずらずに車に乗ってくれた社長に嬉しそうな秘書。とはいえ社長の表情がやけに暗い。
昨日はあれから気分が盛り上がらずそのまま就寝。いい香りと喜ぶ百香里は可愛かったけれど。
まさかここまで心に刺さるとは。それだけ普段から歳の差を気にしているという事だろうか。

「ああ、あかん。気になって仕事にならん」
「駄目ですからね」
「夢のある男ってどんなんやろう。これから起業でもしてなりあがったほうがユカリちゃんは喜ぶやろか」
「意味がわからない夢をみないでください。お願いですから」

ため息ばかりついている社長にやっぱりこの人はと呆れる。
会社についたら専務に活を入れてもらおう。


「夢ですか」
「そうなんです。ずっとそんな調子で」
「分かりました。話をしておきます」
「……専務」
「はい」
「本当にこれで良かったんでしょうか、まだ幹部役員の中には貴方を推す方もいると聞きましたが」
「周りがどう判断しようと気にしないでください、僕は期待されるほどの器はありませんから」
「専務」
「では、ちょっと社長室に行ってきます」

彼はもっと欲をもっていいと千陽は常々思う。でもそれが専務だ。


「な、なんや抜き打ちテストか?俺真面目にしてんで?ほれほれ」
「僕がいる時だけしても無駄です。ちゃんとしてください、さもないと休みを返上していただきます」
「わ、わかっとる」
「夢も結構ですが現実を見てくださらないと困ります。貴方の下には何万という社員がいるんですから」
「はい」
「義姉さんの為にも、社長に誇りを持ってください」
「誇りか。お前は偉いなあ。こんなんやってたら息が詰まるわ…」
「じきに慣れます」
「それやったらええんやけどな。ま、ユカリちゃんに愛想つかされんように頑張るわ」
「では僕は仕事に戻りますが社長が怠けていると報告があれば直ぐに来ますから。お忘れなく社長」
「……うん、わかった。がんばる」

目に見えて落ち込んでいる社長を置いて部屋から出る。これで何とか今日は持つだろう。
駄々をこねても義姉を引き合いに出せばとりあえず従ってくれるからまだいい。

「あんたも大変だなぁ」
「渉?こんな所で何をしてるんだ」
「書類届けにきたついでに秘書課の子口説きに」
「ただでさえ頭が痛いんだ、これ以上頭痛を増やすな」

部屋に戻ると何故か渉の姿。寧ろ避けられているくらいなのに、珍しい。
まさか何か悪い事をしでかしたのか?と心配になる。本当に心臓に悪い兄と弟だ。

「……悪かったよ」
「は?」
「昨日は悪かった」
「何だ気持ちが悪い、金の無心なら僕じゃなくて兄さんにしろ」
「謝っとけって言われたから謝っただけだ。俺も今すげえ寒気してる」
「……、義姉さんか」
「しょうがねえだろ」

兄の自分が言うのも何だけどねじれきった性格の渉が素直になるなんてあの人の前くらいだ。
自分も驚いたし言っている本人も寒気を催すほどの抵抗はあるようだが。それでも凄い進歩。
恐らく自分が風呂に入っている間にでも彼に謝るように促したのだろう。

「もう気にしてない」
「じゃ」
「渉」
「何だよ」
「昼一緒にどうだ。おごるぞ」
「はあ?気持ち悪ぃ」

出来ればずっとそうであってほしいけど、それは難しいようだ。
他をあたれと悪態をついて自分の部署へ戻って行った。

「相変わらずですね、渉さん」
「まったくです。お恥かしい」
「専務の責任ではないですよ。きっとこれから松前家の者として自覚なさるでしょうし」
「だといいんですが。御堂さんにもご迷惑をおかけします」
「い、いえ!そんな!専…じゃない、会社の為に全力を尽くすと決めてますから」
「ありがとう」

真守の言葉のお陰か夕方まで何事も無く無事に過ぎ、業務は終了。
まだ残って仕事をする者もいれば定時にさっさと帰る者もいて社内はまだまだ明るい。
渉は帰る組だからさっさと席をたち車をとめている駐車場へ向かう。本の少し前なら飲みに行ったり
恋人の所へ行ったりと家にはよりつかなかったのに。自分でも変だと思う。

「おお、ええ所に!渉!」
「あ?」
「乗せて」
「嫌だね。あんたあの秘書から逃げてきたんだろ」
「ええやん。もう定時やし。はよ帰りたい」
「……」

車のキーをポケットから出した所で隅っこに隠れていた変なのに捕まった。いい歳して何やってんだと
いえた義理ではないけど内心毒づく。この調子だと嫌といっても駐車場までついてくるだろう。
仕方なく車に乗せる。もちろん席は後ろ。助手席なんてウザくて乗せられない。

「なあなあ、お前夢ってあるんか」
「ねぇよ」
「若いくせに夢がないなあ」
「うっせぇ」

それでも延々喋りかけてきてうざったい事この上ない。適当に相手をして家に急ぐ。
こんな奴の相手が出来るのは百香里くらいだ。自分は5分ともたない。
喋ってくんなと怒ってもそんな冷たいこと言うなとまた喋りかけてくる。本当にウザったい兄貴。

「お、お帰りなさい」
「あんたの馬鹿亭主連れて来てやったぜ」
「は、はあ。どうも、ありがとうございます…」
「ユカリちゃんただいまぁ」
「お帰りなさい。早かったですね」
「気持ちはいっつもユカリちゃんの傍にあるで」

マンションに到着するといっきに疲れてソファに座る。総司は百香里とベタベタ。
今夜は梨香の所にでも行ったほうが良かったかもしれない。もう疲れてそんな気力ないけど。
仕方なしにテレビをつける。さっきまで通販番組をみていたのかそのままになっていた。

「なあなあ。ユカリちゃん」
「はい」
「俺、夢あるんやで」
「どんな?」
「ユカリちゃんを幸せにするっていう」
「……総司さん」
「どうでもいいけど酒くんね?」
「あ。はい。今準備しますね」
「……その前に一軒家やなあ」

おわり

2008/10/09