変わらないもの3
「な。なあ。坊?」
「なに」
「塾はどうや。勉強頑張ってるか」
「うん」
「そうか」
会話終了。
「パパがんばれっ」
「司。お父ちゃんはもうあかん。限界や」
「パパ負けないで。がんばって」
前妻との娘の事で息子との関係が未だにギスギスしたまま迎えてしまった日曜日の朝。
きちんと事情を話して理解を得ようとするも不発に終わり。他の誰が声をかけても駄目。
最初ほど不機嫌な態度は見られないが感情、特に笑顔は完全に消えていた。
「そ。そうやな。お父ちゃんががんばらんとな。…よ、よし。もっぺん行ってくる」
「うん。司も応援してるからねっ」
総司はこのままではいけないとママのお手伝いで洗濯物を庭に干している総吾に近づいて
何度か話しかけるもそっけなくかえされてそれ以上の会話も出来なくてすごすごと逃げる。
司も気になって様子をうかがっているがここはパパに任せるしかないと応援するのみ。
「パパ。そんな暇なら部屋の片付けとかお風呂掃除とかしてきてよ」
「それよりお父ちゃんと一緒に河原でキャッチボールとかどや?」
「今忙しいの見えない?」
「…そ、そっかーそうやよなー堪忍」
が、今回も撃沈したようですごすごと司の元へ戻ってきて泣きそうな顔をして
「やっぱりあかんわ」とだけ言い残し百香里の元へ行ってしまった。
「総司さん?」
「ユカリちゃん。俺は、どうしたらええんやろか。このまま一生坊に嫌われたまま
生きていかなあかんのやろか。俺は、アカン人間に戻ってしもたんやろか。
自分ではあの頃よりはちっとはまともになったつもりで居ったんやけど」
「悪いことをした訳じゃないんですし、総吾だってもう少し落ち着けばわかってくれますよ」
古い新聞紙を捨てようとまとめていた百香里。そのそばにぼんやり総司が立っていたから
一瞬驚いて動きが止まってしまった。普段からもなんとかきっかけを得ようとしては失敗し
日曜は朝からずっと息子となんとか会話をしようと必死だったのは百香里も知っている。
この様子からしてどれも失敗してしまったのだろうと察した。
「……唯がな、これからも俺の娘でおってええかって聞いてな。俺はええよって言うたんや」
「それは。事実ですからね」
「あの子に不自由はさしたない。結婚するなら出来るだけの事もしたりたい。
一緒に居ってあげられんかったぶんを金で補うような事してるけど。それくらいしかできへんし」
「そうですね」
「……せやけど。そう思えば思うほど、総吾からは嫌われていくんやよな」
「総吾が悪者ですか?」
「悪いんは俺や。……ユカリちゃん。叱って」
作業中の百香里の背後に周り抱きつくと耳元で情けない声で言う総司。
落ち込んでいて、百香里に構って欲しくて、勇気が欲しい。そんな意図を汲む。
けれど百香里はその手を振りほどいて淡々と新聞の束を重ねる。
「ほら。総司さん。これを車にのせて。捨てに行くついでに買い物をしますからね」
「はい」
「子どもたちも行くか聞いてきてください」
「はい」
「総司さん。そんな顔してると10歳は老けて見えますよ?」
「はい。……て、10歳て還暦やんか!おっさんちゅうか爺さんやんか!」
「じゃあ頑張ろうキビキビ動く!」
「……は、はい」
百香里に尻を叩かれる形で再び子どもたちの元へ戻る。息子は洗濯物を干し終えて
今度は各自の部屋の布団を干しはじめた。やってと言わなくてもママが何時もしているからと
予定がなければ彼は何時も黙々と手伝いをする。司も珍しく一緒になってお手伝いをしていた。
「坊。司。これからママとゴミ捨てに行くついでに買い物してくるけど、行かへんか」
「え!お買い物?行きたい!ね!総ちゃん」
「僕はいいよ。お留守番してるから。塾のおさらいもしたいし」
「……じ、じゃあ司も宿題あったから。する」
総吾を気にして司もあげた手を下ろした。
そんな気はしていた。けど、今度はそれで引き下がらない。
「総吾。言いたいことあるんやったらハッキリ言い。そんな何時迄もムスッとしとらんで」
「パパ!」
「司はママのところへ行って手伝いしておいで」
「でもパパ」
「行きなさい」
「……、…わかった」
何時になく強い口調で言うパパに司は不安そうな顔をする。
あの感じで総吾を怒るのだろうか。怒鳴ったりしたらどうしよう。
相談するためにも急いでママのもとへと向かった。
「2人だけできちんと話しあおうや、総吾」
「別に言いたいことなんてないけど」
「優柔不断やった俺が悪い。唯の事を理解して欲しいなんて言わへん。俺を嫌うんもかまん。
やけど、お前がそうプリプリしてたらママも司も心配するやろ?それはやめてほしい」
「……」
息子と2人になって、そこへ座ってとベンチに2人横並びに座る。
相手は視線を合わそうとしないしこちらも無理に見ようとはしない。
ここは男同士腹を割って話そう。あいてはまだ小学生だけど。
「ママを困らせたいわけやないんやろ?ママを大事に思ってるから怒ってるんやろ?
やったらせめてママや司には何時ものお前に戻って欲しいんや。この通りや」
「勘違いしているようだけど。パパが会いたいなら会えばいいんだよ。ママが嫌がらない頻度でね」
「堪忍な」
「図書館のことはもういいし。今度皆で旅行にでも連れて行ってくれたらいいんだ」
「ああ。行こな」
やっと少し微笑みを向ける息子。やはりきちんと話せばわかるんだ。
総司は内心ホッとする。
「……でもね。パパ。覚えておいて?
アレは貴方のこどもであって僕らとは何の関係もないんだ。貴方が死んだら自己満足も終わり。
でも金や権利を残すんだよね?それは勝手だけど松前家のモノを少しでも分け与えたりしたら、
僕は必ずどんな手を使ってでも、それを奪い返すからね?」
「……」
「家のものを勝手に持って行くんだもの、泥棒と一緒だよね?
僕がこの家を継いでいくんだから。当然の権利だよね?」
「お前はほんま、この家の男やな。……好きにしたらええよ。どうせ何もできへん」
この家の、会社の将来を背負っていくのはこの子だ。やる気があるのは良いこと。
嫌になって逃げ出した自分と違い息子は家の主になる自覚が既にあるのだから。
とても良いことだ。ただ、唯に危害を加えることはしないでほしいけれど、それを今
ここで息子に願った所で自分が死ねば後はどうなるのだろうか。
娘を守れる確証はないのだから、誰か別の後見人を秘密裏に立てるしかない。
「ママ」
「大丈夫。ここは男同士で話すのが一番いいのよ」
「……司もおとこがよかった」
「そんな事言わないで。ね。お話が終わったみたいだから様子を見に行ってきて」
「うん」
司が様子を見に行くと何処か清々しい顔で刺々しさが消えていた総吾。
パパはちゃんと話をしてくれたんだと安心したが今度はそのパパが青い顔をしていた。
不安そうに見ていた司の頭を撫でて笑うパパだけど、やはり何処か元気がなかった。
結局買い物にはパパとママだけが行って子どもたちはお家で留守番となった。
「納得してくれたみたいですね。総吾」
「そうなるんかな」
車の中。音楽をかけて、ちょっと浮かない顔の総司だが
総吾が笑顔を見せたので百香里はごきげん。
「何か問題でも?」
「問題ちゅうか。……あの子は誰に似たんやろうかと思って」
「総司さんじゃないですか?」
「俺……かなあ」
「まさかまた誰の子だなんて言うんじゃ」
「俺とユカリちゃんの子です!」
「今日の夕飯は豪華にしようっと。奮発しますからね!」
「うん」
「そうだ。真守さんと渉さんも呼びましょう!皆さん心配してくれてるし報告も兼ねて」
「せやな」
これ以上こじれたら強引にでも司を連れて帰りそうだった渉。
総吾をうちで預かりましょうと言ってくれた真守。
彼らにもちゃんと話をしてなんとか丸く収まったと安心してもらおう。
総司としては心の底に後味の悪いものが残ったけれど、それは彼女らには関係ない。
「総司さん、疲れてるんじゃないですか?ずっと顔色が悪い」
「まあそれなりに」
「……じゃあ、お買い物前にちょっと休憩って思ったけどまっすぐに家に帰ったほうが」
「そこのホテルでええよね?入るわ」
「は、はやいっ」
総司さんの目にはラブのつくホテルを一瞬にして探し当てるレーダーがついている。
百香里はわりかし真面目に言ったが本人はオモロイねと笑っていた。
「何?その厳重な構え。もっとリラックスしよや」
「休憩といったはずですよ?総司さん。なぜ既にもうパンツだけですか?」
「そら休憩するためや?」
部屋に入ると何時も百香里はアメニティの確認をする。ここはなかなかの充実。
シャワーを浴びることはしないからお茶でも飲んでゆっくり、と思ったのに。
アメニティを手にお風呂場から出てきたら準備万端でベッドに座る夫。
「もう。調子いい。……じゃあ。…休憩」
「うん。休憩」
笑顔で手を伸ばしてきて、悩む百香里だが結局その手を握り返しベッドへ。
時間もないのだからそんな激しいことはしないでと念を押した。
「うん。ん?式場の見学?そんなんお母さんと行っておいで。お父ちゃんわからんし。
え?式場の人が俺に挨拶したい?なんでやねん俺しらんでそんな。はあ。え?ああ。そうなん?」
「……」
「……」
「とにかく。適当にあしらっといて。忙しいで切るでな。うん。わかった。また。うん」
着信を見て部屋を移動した総司。携帯をしまうと背後から突き刺すような視線。
百香里とのデートを楽しんで帰宅したら呼ぶまでもなく弟たちが居た。
嬉しくなって司が呼んだのかそれとも心配して様子を見にきたのか。
「何がまたなんだよテメエまだこりてねえのか」
「渉。落ち着け。話はもう落ち着いているんだ、掘り返す事はするな」
「落ち着いたっちゅうか。突き落とされたっちゅうか」
「はあ?そのまま死んどけ」
不機嫌な渉はそのまま部屋を出て行く。
「でも、兄さん。よかったですね、総吾は賢い子ですから冷静に話をしたら」
「あれは冷静ちゅうよりも……、いや。ええわ。可愛い俺の息子や。立派な後継者や」
「兄さん?」
何も無かったように総司たちもリビングに戻ると司とテレビを見ている渉。
そのそばで珍しく一緒に見ている総吾。百香里は台所で作業中。
総司は迷わず百香里の元へいく。真守も司に呼ばれソファに座った。
「やっぱり人数が多いと作りがいがあっていいですね」
「せやね」
「でもいずれは司はお嫁さんに行っちゃうし。総ちゃんの奥さんか。うまく仲良くできるかな?」
「何言っちゃってんの?結婚?ねえよあんなちびっ子」
「渉おったんか」
「びっくりした」
「いいかゆかリン。万が一、司が男を連れてきたとしてもコイツみたいないい加減な男は
絶対にやめさせろ。例えただのダチでもそいつに金があってもだ。もう一度言う。
絶対にこの男みたいなのはやめろ。いいか?わかったか?
もし将来こんなようなの連れてきたら俺がその場でそいつぶっ殺してやる」
「渉おまえなあ。ンな言い方せんでも」
「はい」
「え!?」
おまけ
おわり