変わらないもの おまけ



「なあ司。ママが貰って喜ぶモンって何やろか」
「チョコあまぁい」
「お父ちゃんには甘すぎるわ。あぁ塩昆布食べたい。…やなくてやね?」

何時もはお仕事で夕方に帰ってくるパパが学校に迎えに来てくれて一緒に帰る。
総吾も一緒に帰ろうと誘ったが彼は塾へ行くからと断って一人で行ってしまった。
そこまで送ろうと言ったのにも関わらずだ。
まだちょっとばかり息子との壁というか溝というか遺恨が残っているのかもしれない。
けれど今は深くは触れないでおく。
どうしたらいいのかは内心では分かっているつもりでも結局は結論は出せない。
そんなダメパパは娘を連れてまっすぐに帰らずに目についたカフェへ入った。

「ママは家族が元気だったら喜ぶよ」
「それはそうなんやけどさ。……そうなんやけど」

司はココアとチョコケーキ。総司はコーヒーのみ。メニューを見て目を輝かせていた娘だが
あまりボリュームの有るものを食べるとお夕飯が入らないのとそれでママに怒られるので
シンプルなチョコケーキ。冷凍かとおもいきや手作りでとても美味しかったらしくパパにもあげると
一口サイズにしてあーんして食べさせる。

「ママとケンカしちゃったの?あ。ウワキしちゃったの?」
「お父ちゃんはママ一筋や。けど、ここん所ママを大事にできてへんかもと思ってな」

自分では家族を、奥様を一番に思っているつもり。だけど息子とのこともあって不安にさせて
しまったはずだ。総司の心のなかに何度目かの「もしかしたら」という気持ちが芽生える。
百香里は今日も笑顔で子どもたちをそして自分を送り出してくれたけれど。

「……」
「どないしたらええんやろか。ママに嫌われたら生きていけへんし」
「ママとデートしたら?それでね、ママだいすき!っていっぱい言うの」
「何処がええと思う?定番は映画とかやんな?美術館とかあの子すぐ寝てしまうし」

ちなみにクラシックコンサートやオペラ、演劇などの部類ももれなく開始5分で爆睡する奥さんである。

「司も苦手…」
「何や司。学校で美術館でも見学したんか?」
「ユズがこういうのも見とけって連れってもらったんだけど何かいてるかわかんないし
ずぅーっと静かにしなきゃいけなくて退屈で途中で寝ちゃって気づいたらお家で寝てた」
「渉なりにお前を大事に思ってくれてるんやで、何時かはちゃんと最後までみえたらええな」
「あんまりー」
「……映画か、買い物か、それとも何か美味いもんでも食べるか」
「いいね!司どれも大好き!きっとママもおお喜びだよ!」
「何時もと何もかわらんけど、ええか。下手に金かけたらそれこそ怒られるしな」
「いつ行くの?」
「昼間に行くとして土日のどっちかやな」
「デートはやっぱり夜のロマンチックな夜景の見えるレストランだよ!」
「せやけど司も総吾も置いてはいけへんし土日に真守や渉の家に預けるんも」
「大丈夫。二人でお留守番出来るもん!」
「……そうかあ?」
「そう!」

お姉ちゃんですから!と胸を張る司。総吾が居れば大丈夫だとは思うけれど、
何分まだまだ二人ともお子様だからちょっと不安。
後で渉か真守に少しでいいので顔を出せるか聞いてみよう。
その後はご機嫌な司の学校での出来事を聞きながら楽しくコーヒーを飲んで帰宅。
デートプランはある程度練ったけれど、百香里が了承してくれるかはまだ分からない。

「デートですか」
「はい。デートです」
「……何ですかそんな怖い顔して」
「ユカリちゃんに断られた場合の悲しみを耐える準備してんの」

夕飯の準備をしている百香里がみたのはデートのお誘いをしつつも
壁に齧りついて踏ん張っている謎の夫。

「断る前提ですか?それで。いつにします?明日?」
「土曜日にせえへん?」
「土曜市があるのでその後でもいいですか?」
「それコミで。買い物して映画みて、その、ええ雰囲気のお店で夕飯をやね」
「子どもたちは?」
「弟らに」
「皆さん家庭があるのにそう毎回預けるのは気が引けます、…大丈夫でしょうか」
「あかんかったら時間早めて帰ったらええ」
「そう、ですね。じゃあ土曜日」
「よかった」
「ほら総司さん。お着替えしてきてください、もうごはんですよ」
「はい」

奥さんの了承を得て嬉しそうに自室へ向かう総司。
部屋着に着替えて再びリビングへ向かうと司と総吾が配膳の手伝い。
総司が手伝うまでもなく終わって皆で座ってママを待ち、皆揃った所で頂きます。
土曜日のデートの話は司から総吾へ伝えてもらっている。

「ママいっぱいオシャレしないとね!司がお手伝いするね」
「そうね。久しぶりだから」
「あの可愛いワンピース着ようよママ」
「着れるかな。ママあの頃からちょっとだけ肉がついちゃったからな」
「大丈夫だよ!ママ可愛いもん」
「そう?ありがとう司」

心配はしつつもやはり誘われるのは嬉しそうなママをみてご機嫌な司。
女の子らしく着ていく服の話しやメイクの相談などで終始楽しげな食卓。
男は口を挟むまいと総司はそれを笑顔で聞いていたけれど。

「パパ」
「ん?」

食後の片付けをかって出て一人で皿を洗っていたら手伝いに来た総吾。
いや、手伝いというよりは釘を差しに来たというべきか。

「ママとのデートだけど」
「大丈夫や。俺もそこはわかってる」
「ならいいけど。もし少しでも潰したりしたら許さないから」
「わかってる」
「……、僕だってパパを信じてるから。失望したくないんだ。お願いだから」
「坊」
「これ以上失望したら本当にママと司を連れて実家に帰りますから」
「ほんまにほんまに!頑張りますから!チャンスを下さい!」

さらりと酷い脅迫をして去っていった。でも彼の場合やりかねない。

「総司さん?どうしました?」
「いや。うん。なんでもないよ。それも片付けたらええかな」
「お願いします」


土曜日まで何もないように神に祈りながらその日を終えて。
翌日、会社へ向かうなり念入りにスケジュールの確認をする。
それと秘書には土曜日は何があっても連絡をするなと伝えた。
何かあれば真守にと。確実に怒られる行為だが背に腹はかえられない。

「でな、どうしても土曜のデートを成功させたいねん。夕方ちょっとだけでええから
家に来て子どもらの様子をみてくれへんかなあーなんて」

お昼休みはコソコソと渉の後を追いかけて彼が入った定食屋に
自分も入ると何食わぬ顔でその隣に座り迷惑覚悟でお願いをする。
最初は思い切り不機嫌な顔で怒られそうになったがランチタイムの忙しないお店で
声を上げるのは流石に渉でも不味いと我慢をしてただただ横を睨むだけにされた。

「そんな面倒しなくても預かってやる」
「勿論総吾も含めたお話やよな?」
「は?あいつ?あいつは別に一人でも大丈夫だろ」
「それに司が総吾もおるで二人でちゃんと留守番出来るんやて張り切っててな」

頼んだフライ定食が2つ到着。
何で一緒の頼むだよとまた渉に睨まれたが構わず食べながらの会話。

「どうせすぐ寂しくなって泣きそうな顔になるんだ。いいよ、顔出してあんたら戻るまで居てやる」
「そうか?あの姉ちゃん怒ってこんか?この前自分、司と遊園地行った時とか記念日なんですけどぉ!
ってめっさ鬼みたいな顔して家に怒鳴り込んできたし…次は包丁とか持ってきそうでほんま怖いねんけど」
「大丈夫だって。司に手上げたらぶっ殺すって言ってあるから」
「そ、それもどうなん?お前の所大丈夫か?」
「うちは大丈夫だから。あんたんとこのがヤバいんだろ?頑張ってデートしてこいよ」
「お。おう。してくる。……お前ようこんな脂っこいの山盛り食えるな」
「じゃあ頼むなよジジイ」

会計を押し付けてさっさと店を出て行く渉。フライにやや苦戦しながらも食べ終えて総司も店を出る。
これで後はお店を予約して映画の席を確保して。

『なに?どうしたの?こんな時間にお父さんから電話なんて珍しい』
「ああ、その。今週はなんか式の下見とかなんか予定でもあるんかと思って」
『別に無いけど?強いていうなら引き出物とか家でカタログみながら決めるつもり』
「順調そうやね」
『相手の親がさ、父親も居るからって強気に出てきて何かと口を出して来るんだけどね。
お母さんも負けてないからなんとか仲良く?やってる感じ』
「…そうか」
『うん。だからさ、そんな気にしないでいいから。土日呼び出しとかはしないから安心した?』
「……、唯」
『冗談だって。そんなマジな声ださないで後で落ち込むから。ごめん、時間だからそろそろ行くね』
「あ。ああ。頑張ってな」
『お父さんも。社長頑張ってねー!じゃ』

なんとかやんわりと情報を引き出して先手を打とうとしたズルい所を見透かされた。
唯は明るい声で電話を切ったけれど、もしかしたら傷つけたろうかと心配になった。
やっぱり相手の両親とも色々とあるだろうし、相談に乗れる人が母親だけだと厳しいか。

「……あかん。あかん。んな俺が考えこんでも仕方ないやないか。帰って胃薬飲まんとな」

総司は会社に戻り、胃薬を飲んで。深い溜息を何度かした。

「兄さん、どういうことですか」
「え?なにが?」
「土曜日は何かあったらすぐに僕のところに連絡するように言われたと秘書から」
「ああ、頼む。俺を助けてくれ」
「……そこまで義姉さんとの仲がこじれたんですか」
「いや、その、こじれそうやからその前に止めたくて」
「そう何度もこじれられると困る。司と総吾が可哀想だ」
「はい」
「僕だって千陽さんと過ごしたいんですから」
「はい」
「出かけるのなら子どもたちは預かりましょうか」
「いや、それはええんや。渉が来てくれるしな」
「だったら総吾は預かったほうがいいかもしれないな」
「え?」


おわり

2015/12/05