ふたつ


「こちょばゆーい」
「ほらじっとして。怪我をしたら痛いぞ」
「ふふふっ…」
「動かない。普段から綺麗にしないからこうなるんだぞ」
「だってこちょばゆいんだもん」

夕飯を終えた後、司にオネダリされて彼女を膝枕をして耳かきをする真守。
こそばゆいのが嫌いで普段はやらせてくれないのに。明日彼女に会うからだろうか。
司なりに綺麗にしておこうとか考えたりしているのか。楽しみだとしか言わないけれど。
やはり緊張はするだろう。何せ今まで一度も会った事のない姉だから。

「司。明日はどんな話をする予定なんだ?」
「まずはこんにちはって言う。司ですって言って、みどりですって言う」
「次は?」
「好きなあにめとかお菓子の話しをするの」
「司は好きなお菓子沢山あるからな。アニメも好きだし」
「うん」
「そうか。じゃあ、話題には困らないな」

あまりに無邪気な返事につい苦笑する真守。相手は大学生になろうというのに。
でも、司なりに話題を考えているのだからそこを言うのは可哀想。
真守は作業をやめてそっと彼女の頭を撫でてやった。

「でもお姉ちゃんの話もききたいなぁ。司ばっかりお話ししたらダメだよね」
「話したい事があれば聞いてくる。それに答えてあげればいいんだ」
「うん」
「もし辛いとか悲しいとか思ったら傍にお父さんたちが居るからすぐ言うんだぞ」
「何で?辛くないよ」
「……」
「パパもママも同じ事言ってたよ。でもね司大丈夫だよって言ったの」
「そうか。なら、安心かな」

不安で一杯なのは彼女の周りの大人たちだけ。司は姉を信じきっている。
離れてくらしていても家族なのだからきっと喜んでくれると思っている。母親が違うのだと優しく説明しても
イマイチ理解が出来ていないし今の彼女にその辺の事を無理にさせる気もない。だから余計に心配になる。

「うん。あんしんだよ。司はいーこだもん」
「あれ?昨日僕の本にアイスを落としたのは誰だったっけ?」
「あ……み…みどり」
「亀が本を読みながらアイスを食べたのかな?」
「ごめんなさい」
「いいこだ」

終わったよと耳を綺麗にしてあげてフっと息を吹きかけたらそれが堪らなくこそばゆかったようで
司は飛び起きてもうヤダヤダと耳を隠し足をジタバタした。笑う真守。今夜は渉が居ない。
明日の事を考えて恋人の下へ逃げたか。兄夫婦も落ち着かない様子。何より司と居るとつい心配して
色んな事を言ってしまって娘を混乱させまいとあまり司に構ってあげられていない。
だからずっと夜は真守と司の2人だ。そんな日があってもいいだろう。

「ねえねえマモ」
「何だ」
「司、お姉ちゃんになるんだよね」
「そうだよ」
「ちゃんとお姉ちゃんできるかな。明日それもきいてみたいの」

やっと暴れ疲れたのか司は真守の膝にちょこんと座る。
彼はそんな小さな姪っ子を軽く抱きしめてまた頭をなでてやった。

「はは。出来るさ。教えてもらわなくても自然とできていくものだから」
「パパはマモとユズのお兄ちゃんでしょ?」
「そうだよ」
「お兄ちゃんはかっこいい?つよい?たよりになる?」
「うーん…痛い所を突かれたなあ」
「いたいの?」
「兄さんはまあ、…うん、…長男の役目を果たしてくれていると思うよ」

頼れるかどうかは置いといて。

「そっかーパパもちゃんとお兄ちゃんしてるんだね」
「そう、だな」

後ろで苦笑いする真守に気づかずに司は素直に頷いていた。

「司。そろそろ寝なさい」
「ママ」

話をしていると寝室から出てきた百香里。

「すみません、こんな時間まで」
「いいんですよ。司と遊べる時間はあまりないから」
「司」
「はーい。おやすみマモ」
「おやすみ司」

彼女に連れられて司は自分の部屋へ去っていった。少しして戻ってくる百香里。
眠れないのかホットミルクを作り始める。

「司なら大丈夫ですよなんて気安く言わない方がいいですね」
「あの子を信じてないわけじゃないし娘さんを悪く思ってもないんです」
「分かっています」
「私、こういう場面でどうしたらいいか分からなくて。悩みすぎは子どもにもよくないって分かってるのに」

ハアとため息をして椅子に座る百香里はそっとお腹を撫でる。存在を主張してきたお腹。

「明日は兄さんと2人で大丈夫そうですか」
「はい」
「渉も心配していて。でも、何も出来ないと分かっているから。アイツは何時もそうだ。逃げてしまう。
けど僕だって似たようなものです。ここに居るのはただ行くあてが無いだけですから」
「真守さん……、始める前から落ち込むなんて私の柄じゃないです。ポジティブにいかないと」
「義姉さん」
「私が元気ないから総司さん何も言わずに抱きしめてくれてて。でもそれじゃ駄目ですよね。
抱きしめ返すくらいの根性でいかないと。よし。おやすみなさい真守さん」
「お、おやすみなさい」

そういうと百香里はホットミルクをいっきに飲み干しとこれから試合に行く格闘選手かのように
パンパン顔を叩いてヨッシャと気合までいれて階段を上がっていった。らしいと言えばらしいか。

「ユカリちゃんお帰」
「さあ来い!」
「え」
「あ。違った。…えっと。…寝ましょうか」
「今まで見たことないユカリちゃんが居ったような」
「気のせいです」

きょとんとしている総司を他所に百香里は部屋の電気を消してベッドに入り彼に抱きつく。
直ぐに抱きかえされて不安な気持ちをすべては取り除けないままその日を終える。

「こんにちは。松前司です。こっちはみどりです」
「初めまして。私は唯。何て呼んでもらってもいいよ」

翌日の午後。司と会うにあたり時間や場所を指定したのは唯でその場所は喫茶店。
2人きりで話したいからと目に見える場所に総司も百香里も居ない。
だが司が動きをとればすぐに駆けつける場所には待機している。
母親の目が無いのと何でもいいと言われて司は高いチョコパフェを頼んだ。

「ふふ。お姉ちゃん!」

居ない所ではずっとそう呼んでいたけれど、やっと本人を前にして呼べる。
一緒に住んではいなかったけれどお姉ちゃんに会えた。
司は目をキラキラと輝かせて唯に呼びかけた。ずっと言いたかった。

「あー…、何でもいいったけどお姉ちゃんはやめて」

だがそのキラキラした気持ちはそっけない言葉で拒否される。

「え?」
「あんたの姉ちゃんじゃないから」
「なんで?お姉ちゃんだよ。だってパパの」
「多少援助は受けてるけど私はもう松前家とは関係ない人間だから。父さんがあんたのお母さんを選んだように
私は自分の母さんと生きる事を選んだの。だからもういっそ他人って思ってくれる?私は思ってるから」
「でも…」
「線引いたほうがお互いにいいんだよ。もうこれ以上大人げ無い事したくないし。
何かしたらまた父さんやあの怖い伯父さんたちが私だけでなく母さんまで傷つけるだろうし」

過去は父と母の再婚を望んでいたがもう自分の中でケリをつけて冷静にみられると思っていた唯。
司のことも理解してくれていて、だから会ってくれたはずで。
今も無邪気に笑い亀まで紹介してきた司と普通に話をしているけれど、何処か態度が冷めていて。
まるで他人と接するようだ。司も上手く理解できないなりにその空気というのは察していて困惑する。
お姉ちゃんはお姉ちゃんじゃないのか。パパもママも違うなんていわなかった。

「……」
「いい?司。確かに父親は一緒かもしれないけど私とあんたは別もんなの。お姉ちゃんでも妹でもないの」
「…違う…の?」
「違うの。これはあんたの為なんだからね。ここではっきりさせとくのが円満に解決するための方法」

唯に貴方の為と言われてもまだわからない司。

「…お…お姉ちゃん」
「は?それ誰の事?」
「……、唯ちゃん…」
「なに」
「……す、すきなおかしある?」
「そうね。チョコ系は好き。全般」
「ほんと!司もすきなの。チョコだいすき!」
「そっか。虫歯には気をつけてね。あれは痛いよ〜」
「うん。はみがきしてる」

お姉ちゃんと呼ばなければ家族みたいに馴れ馴れしくしなければ唯は笑って話をしてくれた。
思っていたのと違う「お姉ちゃん」は30分ほど話をしたら友達と約束があるからと去っていった。
当初司が予定していた電話番号の交換もメルアド交換も家の事も何も教えてもらえないまま。
プレゼントに買ったハンカチは一応受け取ってくれたが「お姉ちゃんへ」と書いたメモは返された。
そこには下手なりに姉への思いをつづった言葉があったのだが。もちろん中身など見てくれてない。

「司」
「ママ」
「どう…やった?」
「うん。楽しかった。みどり可愛いねって」
「そうか。良かった」

唯が去ってすぐにパパとママが来てママはギュッと司を抱きしめてくれた。
そして口についたチョコをハンカチで拭いてくれた。司は受け取ってもらえなかったメモを咄嗟にポケットに隠す。
今日は珍しくママが何でも欲しいものを買ってあげると言ってくれて、司はみどりのおやつを買ってもらった。
家族3人で夕飯の買い物をして家に戻る。そこには渉の姿もあった。
当然のようにどうだった?と聞いてくる伯父さんたちにそこでも司はとても楽しかったと笑って返事をした。

「ねえ、みどり。…司、…何でこんな気持ちなのかな」

夜。自分の部屋でみどりにエサを上げながらポツポツと語りかける。
パパやママには言えなかったけれど1人になったら言葉になった。
みどりは美味しそうにエサを食べている。

「なんでかな。なんでかな。なみだでちゃいそう…でも唯ちゃんもチョコがすきだもんね。一緒だもんね」

それにまた会おうねって言ったらそうだねって言ってくれたから。嫌われてはない。
お姉ちゃんって言わなければいいだけだ。でも何故だろう。すごく胸が痛くなった。
病気なのかと思ってこっそり熱を測ってみたがちがった。なんだろう。わからない。

「おやすみみどり。いいこにしてね」

じっと亀を見つめていた司だがエサを片付けてベッドに入る。こんな日はもう寝てしまおう。
目を閉じて買ってもらったお気に入りのぬいぐるみを抱きしめて。眠れない時はヒツジを数えて。
きっと明日はもっと楽しいことがあると思い描きながら。

「司と話ししてくれてありがとな」
「感謝されるほどの事はしてないよ」

夜。百香里を置いて1人で唯の下へ向かった総司。
待ち合わせた場所は昔から娘と会うときに使っていた店。

「いや、お姉ちゃん出来たってめっさ喜んでたから。お前が受け入れてくれてほんま」
「あれ。あの子がそういったの?忘れちゃったのかな」
「え?」
「私はあんたの姉さんじゃないってはっきり言ったんだけど」
「唯!お前」
「でもね、姉さんじゃないなら普通に付き合ってあげるって言ったから」
「何でそんな意地悪な事」
「いいの?不遇の姉が優遇されすぎてる無邪気な妹苛める構図作っても。
私はペットなんか買ってもらえなかったしあんなブランドの服だって買ってもらってない。
父親も優しいおじさんも何不自由ない生活も何も無い。そんな私に見せ付けて楽しい?」
「……」
「ほらね?だったら最初からキッパリ線引いたほうがいいの。あの子の為なんだから」
「やからってそんな。司は純粋にお前の事を慕って」
「それが余計に私には苦痛なの。分からない?分かるでしょ?お父さんなら」

もう大丈夫だと思ってた。けどあの子の何不自由なく幸せ一杯ですといわんばかりの無邪気な顔を見たら。
大人になってもう何も思わないと思っててもやはり嫉妬とか苛立ちとか恨みとか出てきてしまう。
今の自分に不満は無いはずなのに。認めたくないけどどこかで父親や家族に飢えているのか。

「やからって、司の夢を壊してええとはならんやろ。お前は十分妹を傷つけたんやで」
「私は傷ついてもいいんだよね。今までなおざりにしてきたんだし」
「唯」
「この話をすると平行線になるんだから、最初は分からないかもしれないけどこれがいいんだって」

それがお互いの為。総司が何を言っても唯は譲らなかった。

「確かにお前は司のお姉ちゃんやない。その資格もない。二度と司と会わさんでそれでええやろ」
「別にいいけど」
「お前も司と一緒に大事な可愛い娘やと思ってた。けどな、今ほんま信じられへんくらいお前が憎たらしいわ」
「あっそう。じゃあ捨てたらいいじゃない」
「アホ!」
「……」
「暫く顔もみたない」

もうこれ以上話す事はないと会計レシートを持って立ち上がる総司。

「……私だって、…苦しいよ」

ボソッと呟いた唯の言葉を無視して会計を済ませ店を出る。
司は何も言わなかった。嬉しそうにお姉ちゃんと話したことを言ってくれたのに。
でも心は違う。気づいてやれなかった自分を悔やみながら急いで家路につく。百香里にはどう説明しよう。
身ごもっている体でそんな事を聞いたら子どもに影響があるかもしれない。彼女は気にしていたから。

「パパ?」
「眠れへんのか」

総司はまず何よりも先に娘の下へ向かう。もう寝たかと思ったが司はヌイグルミを抱っこしたまま
ベッドに座って絵本を眺めていた。父親が入ってきてちょっとビックリした顔。

「あのね…おはなしが読みたいなーっておもって」
「お姉ちゃんの事は気にせんでええからな。堪忍な」

総司はベッドに座って司を抱きしめる。

「唯…ちゃん?」
「司がお姉ちゃんなるんやから。意地悪なお姉ちゃんは居らんでええ」
「…いじわるじゃないよ。司のためだよ」
「絵本よもな」
「うん。パパによんでもらうのうれしい」
「そうか」
「でもパパいっつも途中でねちゃう」
「今日は寝んよ。司が寝るまでずっと傍におるでな」
「やったぁ」

司を寝かせると絵本を読み始める総司。さりげなく顔を見るが泣いていた形跡も無い。
ずっと我慢していたのだろうか。それともまだ理解が追いついていないのか。
どちらにしろ傷ついたのは違いない。約束通り司が寝付くまで総司は傍にいた。

「総司さん」

帰ってきたのは知っていたが何時までたっても寝室に入ってこない総司を心配して
彼を探していた百香里が司の部屋に入ると一緒に寝ている夫がいた。
司もぎゅっとパパに抱きついて寝ている。これは引き離せない。
何も知らない百香里は布団をちゃんとかけてあげて司の部屋を後にした。


「赤ちゃんきこえますか。お姉ちゃんだよ」

あれから暫くして司はさらに大きくなったママのお腹に語りかける。
唯の事は悩んだが結局百香里には言えなかった。

「あ。蹴った。聞こえてるみたいね」
「ママをけっちゃいけません。いいこだよ。いいこー」
「今度はパンチした」
「もう。あばれんぼうはダメです」
「ふふ、でもね、司はもっと暴れてたんだから。ママのおなか蹴って蹴って」
「そんなわるいこじゃないもん!」
「違うの。これは早く外へ出たいって言ってるだけ。早くお姉ちゃんに会いたいって」
「司もあいたい」

ニコっと笑う司にもう唯の事で落ち込んでいる様子はなかった。
だがそれを知っているのは総司だけ。

「司?何処にメールしとるん」
「唯ちゃん」
「え」
「この前めるあど教えてもらったの」
「そ、…そう、なんか」
「おともだち」
「……」

てっきりもう連絡なんかとらないと思っていたのに。だけどやはり姉妹とは認めていないらしい。
それでも司は楽しそうに唯にメールしていた。「お姉ちゃん」が「おともだち」になっただけと彼女なりに
気持ちを切り替えたのか。それともそう必死に思い込んでいるだけなのか。唯も興味の無い
むしろ嫌そうなそぶりをしておいてこまめにメールの返事をするあたり多少は司を気遣っているようだ。

「どうしたんですか総司さん。真面目な顔して」
「俺はいっつも真面目な顔してるやろ」
「そうでしたっけ」
「ユカリちゃん。堪忍な」
「え?」

不思議そうに近づいてきた百香里を抱きしめてオデコにキスする。

「でも、愛してる。これからもずっとずーっと」
「……浮気ですかそれともまた高いものを勝手に買いましたか。どっちですか」
「俺の純粋な愛を受け止めて!」
「うけとめてあげてママ」
「ほら司も言うてるし!」
「仕方ないですね。受け止めてあげましょう。総司さん愛してます」
「うん。俺も愛してる」
「司も!司も!」
「おいで司。抱っこしたる」
「わーい。でもママがいい」
「な、なんでやねん!ここはパパに抱っこやろ」
「おいで司」
「ママ大好き」
「何で?何でこんな」
「パパも好き」
「やった!…やないぞ。何でママは大好きやのにパパは好きやの?」
「まあまあ。司はこれから渉さんと遊びに行くんでしょう?あまりはしゃぎすぎて迷惑にならないようにね」
「はーーーい。でもママ赤ちゃん出てきそうになったらすぐメールしてね」
「まだないから大丈夫。ほら準備してらっしゃい」

抱きついていたママから離れると準備をしに勢い良く走っていく司。
危ないでしょうと注意する百香里。まだ軽いショック状態の総司。色んな波が襲ってきても
いつの間にか松前家の日常は何時もと変わりなく過ぎていくのでした。

「ねえねえユズ」
「何だ」
「おっぱいがおおきくなるジュースかって」
「そんなもんほっときゃでかくなる」
「でも司ぺったんこだよ」
「10年くらい待て」
「10年待ったら梨香ちゃんみたいになるかな」
「なるんじゃね」
「唯ちゃんもおっきかったもんね。司も…ふふふ」
「でかいのがそんないいか?」
「ユズの部屋にあったえーぶい殆どおっぱいボンボンだったよ」
「勝手に見たな」
「見た!なんかね!すっぽんぽんの女の人が男の人のチンチンにアーレーってなってそれでお尻に棒」
「やーめーろー!ほらみろチョコアイスダブルだぞ!」
「わーい」
「妙な所で学習しやがって…」
「ユズユズユズユーーーズ!!」
「分かってるから!1回呼べばわかる!」

それぞれが少しずつ成長しながら。

おわり


2012/12/28

あとがき的なもの

「松前さん家」やっと一区切りつくまで更新してまいりました。今まで読んでくださってありがとうございました。
波乱があってもまた何時もの日常に戻る。少しだけ成長して。そんな松前家の人々。
でももう少し書きたいようないや番外でいいじゃないか的な。まだ揺れておる所です(おい
でもこれで区切りなので暫くは静にしているかな。と。

ではでは。