夢の国


「総司さん…重いです」
「このままユカリちゃんとくっついてたいなぁ」
「それは嫌です」
「冷たい言い方やぁ」

カーテンからこぼれる光に百香里が目を覚ますと圧迫感と息苦しさが襲ってきた。
苦しくてもがくほどではないけれど程よく辛い。見れば自分に覆いかぶさる裸の夫。
昨日は珍しく帰ってくるのが遅くて。百香里には先に寝てろとメールしてきた。
それでも彼を待っていたのだがどうやら寝てしまったようで。そしてこの有様である。

「この態勢じゃ総司さんとキスできませんよ。いいんですか」
「そらあかんわ。あかん」

大人しく退いてベッドに寝転ぶパンツ1枚の総司。百香里は起き上がって背伸びをして
辺りを見回すと椅子に脱ぎっぱなしのスーツ一式。
どうやら帰ってきてすぐ服を脱いでベッドに入ってきたようで。なんとも総司らしい。

「しわになっちゃうから脱ぎ散らかしちゃ駄目ですって言ってるじゃないですか」
「我慢ならんかったんや。ユカリちゃん可愛いから」

すぐにベッドから出て総司のスーツを片付けクローゼットにしまう。
その際ふわっと甘い香りがした。彼の香水はこんなにも甘くは無い。

「総司さん浮気しました?」
「はあ!?な、何を朝から言うてんねん!俺がそんなんする訳ないやんか!」
「だって。スーツに女性物の甘い香水の香りがするなんて。こういう時はだいたい浮気ですよ」
「そんなん会社か街かでついたんやろ」

百香里は怒っている表情は見せないものの口調は幾分か厳しくなっている。
普段めったな事で怒らず顔にも出ない分ほんとうに怒った時とてつもなく恐ろしい。
彼女との結婚生活でそう怒らせる事はない総司ではあるけれど。

「どうなんですか。1回なら許しますけどその代わり司と遊びに行きます。実家に」
「それ全然許してへんやん。普通に里帰りやん。…ちゃうて。そんなんしてへん」
「……」

潔白のはずなのに総司はついベッドに正座。無言で見つめる百香里。
夫婦の緊張の瞬間。でも。

「ママー!ママー!ママーーーー!」

ノックもなくいきなり部屋に入ってくる女の子。

「どうしたの司そんな大きな声だして」
「ママ!ユズが休みだから遊園地つれってくれるって!いい?行っていい?」
「いいけど、前みたいにわがままは駄目よ。わかってる?」
「うん。わかってる。もう遊園地欲しいとか言わない!」
「じゃあママ朝ごはん作るから。司は着替えて。渉さんにもちゃんとありがとうって言うのよ?」
「うん!」

嬉しそうに走り去る娘。そんな姿を見せられてはもう怒る気も起こらない。

「なんや。父ちゃんが遊びにつれったろー思てたのに先こされてしもた」
「しょうがないですよ総司さんはお忙しかったから」
「苛めるのはえっちな時だけや」
「朝ごはんつくりに行きますけど。総司さんはもう少し寝ます?」
「起きるわ」
「…寝ててくれたら後で行くのにな」
「寝る!」
「待っててください」

軽くキスをして百香里はリビングへとおりていく。ベッドに寝転ぶ総司。
すぐに司の元気な声が聞こえてきた。遊園地が好きな普通の女の子。
幼稚園に通い始めてからは友達の話しなんかもよくするようになった。
思い描く幸せな家庭。

「ママ」
「どうしたの」
「どっちがいい?」
「そうね。遊園地だからやっぱり動きやすい服装の方がいいかな」
「わかった!」

父や叔父たちに買ってもらった服を手に困った顔の司。
でもすぐに部屋に戻っていった。着替える為に。

「今日も元気ですね司は」
「起こしました?すみません」
「いえ。で。何処か出かけるんですか」
「渉さんが遊園地に連れて行ってくれるとかで張り切っちゃって」
「ああ。なるほど。それは元気になりますね」

入れ違いに入ってきた真守。何時ものように自分でコーヒーを入れて席につく。手には新聞。
百香里はすぐに朝食の準備をしてテーブルにならべる。大人4人分の大きな皿と、
子ども用のかわいらしい小さな皿。そして彼女のお気に入りのコップ。

「あ!マモ。おはよう」
「おはよう」
「あのね、今日は遊園地行くの」
「らしいね。楽しんでおいで」
「うん!」

手に荷物を抱えあっちこっちに走り回る司。百香里はそれを注意するのだが
またいつの間にか手に持って走り回っている。よほどテンションが上がっているのだろう。
母親に言われようやく朝食の席につく司。でも準備したくてウズウズしている顔だ。

「ユカりん。俺のさ、ほら、あったじゃん。あの青いシャツ何処だっけ」
「青いシャツ。クローゼットにはありませんでした?」
「いや、そこには無かったんだけど。あれ。梨香ん所においてったかな。ま、いいや別のにしよ」
「司は自分で準備できるというのに。お前はまだ義姉さんにまかせきりか」
「出来るけど敢えてしないだけ」
「余計たちが悪いだろう」
「まあまあ。ユズはまだこどもなんです」
「ははは。言われてるぞ」
「司。そんな事言う奴は連れってやらない」
「えー…」
「…とは、言わないけど。ほらそんな顔すんな」

渉も遅れて席につき。3人先に朝食を食べ始める。百香里は総司の元へ。
起こしに行く、とは言いながら結局イチャついているのだともう皆知っている。
母親が去った後。司は朝食を食べながらテレビをつけようとリモコンを探す。
朝からやっているアニメを見るためだ。

「好きだなそのアニメ」
「うん。面白い」
「司。ちゃんとご飯も食べないと何時まで経っても終わらないぞ」
「はぁい」
「そんな焦って食う事ねえだろ。飯はいつでも食えるけどアニメはそんときだけだ」
「そういう屁理屈を司の前でするんじゃない。悪影響だと思わないのか」
「はいはい。あーめんどくせ」
「渉。そういう言葉遣いも司の教育上よくないと何度も言ってるだろう」
「あーあーめんどくせー」
「ほらみろ」
「ユズ。アニメとって。後でみるから。ご飯残したらママに怒られるもん。
いただきますしたら最後までちゃんと食べなきゃだめでしょーって」
「ママに言われちゃしゃーないな。わかった録画しといてやる」

何時ものように兄弟でケンカをしながらも最後は緩く収まっていく。
少し前までは百香里が間に入っていたが、今は司が入って。
纏まってないのになんとなく上手く行っている松前家の朝の風景。


「総司さん?」
「ほら。俺から香水の匂いせえへんやろ。昨日は帰ってすぐ寝たし」
「もういいですよ」
「あかん。ユカリちゃんにイチミリでも疑われてるままやと勃起せえへんもん」
「うそ。こんなになってますけど?」
「あ。あかんて。なでなでせんといて…」

起こしに来てそのままベッドに座る百香里を後ろから抱きしめる総司。
スーツからは女性ものの甘い香水の香りがしたが彼からはそんなにおいはしなくて。何時もの香り。
真剣な顔で此方を見つける総司。百香里は少し笑って彼自身へと手を伸ばしパンツ越しになでる。
勃起しないなんていいながらすぐさまビクンと反応するあたり実に旦那さまらしい素直さだ。

「わかってます。総司さんは浮気なんかしません。私と司がいるんですもの」
「なあ。じらさんと直にして」
「それは。朝ごはんを食べてからです」
「こんなままでおりてったら教育上えーないんとちゃうんかなー」
「駄目です。朝ごはんはちゃんと食べるんです」
「わかった。あ。あかんて。なぞったらあかん…」
「4日も総司さんとすれ違って寂しかったんです。これくらい我慢してください」
「そら堪忍やけど。こんな生殺しのお預けさして…意地悪やわ…可愛いけど」

下着越しに指先で絶妙な刺激を与えつつそれ以上の触れ合いは駄目ですと拒む手。
総司はそんな意地悪い百香里を我慢できずに押し倒そうと抱きしめようとするが
彼女はするりと退けて立ち上がる。そして下で待ってますからと笑顔で去っていった。

「おねぼうパパだ」
「もう朝ご飯食べたんか」
「うん。あとはねユズの準備できたらすぐ行ける!」

気持ちを落ち着かせてからリビングへおりていくとソファに座っている司。
余所行きの服を着て先ほど渉に録画してもらったアニメを見ている。
傍には可愛いカバン。父親の顔を見るなりニコっと笑って朝のあいさつ。

「そうか。自分で準備できるんは偉いなあ」
「ユズはこどもだからママがいないとダメなんだよー」
「こら。ンな事言ってると」
「……だめなの?」
「行くぞ。今から行けば開園すぐだ」
「うん。パパ行ってくるね」
「楽しんでこいや。渉から離れたらあかんからな」
「さっきママにも言われた」

カバンをかけて渉と一緒にリビングを出て行く司。これでだいぶ家は静になる。
百香里が朝食をテーブルにならべ総司の名を呼びそちらへ移動。
真守は部屋かと思ったら天気もいいので散歩に出ていないという。

「私ちょっと心配なんですよね」
「渉がおれば大丈夫やって。司も賢い子やし」
「そうじゃなくて。あの子また何か欲しいとか言わないか心配で」
「遊園地が欲しい〜とか子どもらしいやんか」
「そうですけど」

普通ならそこで笑って終わる他愛も無い子どもの夢。
でもそれを軽く実現できるほどの財力があると恐ろしい事になってしまって怖い。
自分の家が屈指の金持ちである事をまだ幼い司は知るわけもなく。それでいて娘が可愛い、
姪っ子が可愛いくてしょうがない大人たちがいて。願えばホイホイ叶えてしまうようで。
愛情は大事だが甘やかしすぎるのはよくないと思っている百香里は気が抜けないでいる。

「弟が欲しいとか妹が欲しいとかやったらええのになあ」
「お姉さんは居ますけどね」
「…まだ怒ってるんやね」
「怒りませんよ。別に。相談くらいはしてほしかったですけどね」
「めっさ怒ってるやんか」

直接会わせたわけではないが唯にお願いされて影から妹司を見せた。
それを後からそれとなく百香里に話したのだが、やはりいい顔はしなくて。
姉妹なのだから拒否なんかしない。ただ一声かけてほしかった。
百香里は何処か寂しそうにそう言った。確かに言えばよかったと後から思う。

「総司さんのほうがずっとずっと意地悪」

そんな風に隠されるとかえって唯との家族の絆を意識させられる。実の娘には違いないのだが、
また別の、自分の知らない夫のようで。それならもっとおおっぴらにしてくれたほうがマシな気もする。
もう新婚とは言えない年月を夫婦として過ごしているのにそこは相容れない夫婦の暗部。

「堪忍してや。怒らんといて。なあ。なあ」
「…ミニクマの特別ステッカー司がテレビみて欲しがってるんですよね」
「ミニクマ?」
「でもそれ試乗に行かないともらえないみたいなんですよね。貰いにいけないんですよね。
私は免許もってないし。総司さんの車はまだまだ乗れるし。残念だねーって話してたんですよね」
「ミニでもなんでも貰ってきたる」
「ほんとに?」
「ほんまや。なんやったら車買い替」
「あんな立派な車なんですから潰れるまで乗ってください」
「はい」

百香里のご機嫌をとり片付けもかってでた総司。彼女はそのまま洗濯物を乾かしにベランダへ出て行った。
司たちは夕方まで戻ってこない。真守も散歩から戻ってもすぐ部屋に行くだろう。
だから今日は2人きり。そんなチャンスそうそうない。よって甘えるタイミングを見計らう総司。

「総司さん。そんなくっついたらちゃんと干せません」

片づけを終えるとさっそくベランダへ向かい選択量が増えてお疲れな妻を後ろから抱きしめる。
それを怒ることもなく淡々と作業をする百香里。

「ほなここにしよ」
「あ…見えますよ」

腰を抱きしめていたのを胸に変更する。

「見えへんよ。ここめっさ高いもん」
「ダメです」

恥かしさからか何とか総司の手から逃れようともがくが男の力にはかなわない。
しっかりと胸を手でわしづかみされて。そして静に揉まれ始める。
感じてしまいそうになるのを堪える百香里の耳元で何やら囁く総司。

「百香里。なあ、4日も構ってもらってへんのは俺も一緒なんやで。
もう頭の中裸のユカリちゃんのあんな姿こんな姿でいっぱいやで」
「…ちゃんとお仕事してください」

それでまた顔を真っ赤にする。

「するから寝室いこや」
「行きますから執拗に胸揉まないで」
「乳首ビンビンなっとるな」
「先に行ってください。これ干したいので」

なんとか部屋に戻ってもらって洗濯物を干し終える。
ドキドキが止まらないのはこれからが本番だからだろうか。
台所を確認してから寝室へと上がっていく。入るともう既に準備万端の夫がベッドに。
百香里も服を脱ぎ下着姿でベッドに入った。それもすぐに彼の手により脱がされて床に落とされる。

「4日ぶりのユカリちゃんのおっぱい」

組み敷いた百香里に深いキスをして胸を手で直に揉みしだく。
授乳を終えた後も大きさはかわらない胸。
吸い付いてみても何もでないけれどやってしまうのが男の性だ。

「ふふ。司と一緒」
「司もユカリちゃんのおっぱい吸いに来るん?」
「たまに。まだお乳が恋しいんでしょうかね。結構甘えん坊なんです。総司さんに似て」
「そうそう僕めっさ甘えん坊なん」
「あん…もう…」
「えらいえっちな音たててるやん。気持ちええんやね。かわいいわ」

下半身にもさりげなく手を回しジワジワと攻めていく総司。久しぶりのえっちの所為か
体が敏感に愛撫に反応している気がする。たんに嬉しいからかもしれないけれど。
何時以上にすごく気持ちがよくて。もっともっと欲しくなって。
百香里は最初こそそんな事をぼんやり考えていたけれどいつの間にかどうでもよくなった。



「どっちでも一緒だろ」
「ちがうもん。こっちはキングだけどあっちはプリンスだもん!」
「一緒だろうが」
「ちがうもん!」

渉からしたらどうということはないただのヌイグルミ。でも怖い顔をして睨んでいる司。
彼女の頭には既に別のキャラクターの帽子があったけれど。もうひとつカバンにつけるのが欲しいようで
それをどちらのキャラクターにするか迷いに迷っている。渉はあまりに長いのであくびがでた。

「2つ買えよ」
「ううん。1つにする」
「ママが怒るってか?ンなもん隠しときゃわかんねえって」
「欲しいの全部かっちゃったらね次また来る時のワクワクがないんだって。ママが言ってた」
「…なるほどね」
「こっちのきんぐにする!なんかマモっぽい!」
「そうか?」
「うん。これがいい!マモきんぐー」
「……気に入らねぇツラだな」

やっと買い物を終えて外に出る。休みとあって人は多い。
何時もの渉ならそんな場所へ行く気には到底ならなかったけれど。
司が乗りたがるものはお子様むけのものでさほど並ばなくていい。
が、渉は流石に一緒に乗る気にはなれなかったので見学。

「梨香ちゃんに買わなくていーの?」
「いーの。それよりそろそろ帰るぞ」
「ユズは何にものってないけどいーの?」
「いーの」

休憩をしようとあいていたベンチに座ってジュースを飲む司と渉。
もう少し待っていればパレードが見えるけれどそうなると帰りが遅くなる。
司も特に見たいとは思わないようでそのまま帰宅ルート。

「ワクワクジェットコースターあいてるよ」

飲み終えたカップを捨てて指差す先にはキッズ向けの可愛いジェットコースター。

「あんなもん乗れるか。ほら。手つなげまた人が多い」
「うん」
「俺は敢えて乗らないんだ。次のワクワクを残す為に」
「なるほど」

手を繋いで帰路に着く。さっきまで大はしゃぎだった司だが車に乗ると途端に静かになり。
そのまま寝てしまう。そして部屋まで渉が抱っこしてつれていく。何時もの事だ。
音楽のボリュームをさげて寝てしまった司をちらっとみる。その手にはヌイグルミ。

「なんかむかつくな」

軽い苛立ちを抱えつつ夕方には家に到着。渉に抱っこされて眠っていた司も
リビングに入ると目を覚ました。母親の作っている夕飯のいい匂いにつられて。
そのままソファに座らせ、自分は酒を飲もうと冷蔵庫をあさる。

「司。どやった。楽しかったか」

音を聞きつけたのか総司もやってきて司を膝に座らせる。

「うん。いっぱい乗った。でね。これ買ってもらった」
「おお。ええもんもろたやないか。ちゃんとお礼は言うたんか」
「言った。これねマモに似てるからね。マモキング」
「似て…る…かな」

視線を泳がせるが渉は我関せずの構えで無視してビール。
百香里は準備に忙しそうだ。

「ママはお姫様!にてるー!」
「ほなパパは?」
「ホウキ」
「ほ、ほうき!?」
「そっくり」

ニコニコと嬉しそうにホウキのキャラクターを見せてくれる娘。
でも父親は暫く立ち直れないほどに落ち込んだという。


続く

2012/03/23