家族


「あの、総司さん」

何時もと同じくらいの時間に帰ってきた総司。
昼からの電話を待っていたが何もなくて。とにかく百香里の顔が見たくて
急いでリビングに入りそこに姿が見えないから寝室に向かって。
ベッドに座っていた妻をギュッと抱きしめる。顔色は悪くない、元気そう。

「んー?なに?」

なのに百香里から発せられた言葉は何時ものお帰りなさいではなく。

「私、家に帰ろうと思うんです」

それってつまりは里帰りしたいってことか。
単純な事なのに総司は理解するのに時間がかかった。
そんなこと言われるなんて思わなかったから。

「…な…んで?…なんで?」

どうして?疑問しか浮かんでこない。

「ここの所ずっと顔を見せてないし、今日みたいに調子が悪い時とかどうするか
先輩のお話を聞きたいですし。やっぱり母の傍に居ると安心できるし」
「お、俺の傍はできへんか?」
「そういうわけじゃ。3日くらいしたら戻りますから。…だめ、ですか?」
「ほんまに3日で戻るか?そのままずっと帰ってこんとか」
「戻りますから。ね、許してください」
「約束や」
「はい」

納得できないものを感じながらも百香里の勢いに押されて許可する。
夫の許しを得てさっそく荷造りを始める彼女を見ながら気持ちは複雑。
やはり妊娠中なのにたった1人で家に居るのは辛かったのだろうか。
それとも頼りない夫よりも信頼できる母の方が安全と思ったのか。

リビングに1人戻ると台所の電気をつけて調理を始める。
彼女に食べさせようと材料を買って来ていた。あまり気持ちは乗らないが
何もしないわけにはいかない。10分ほど経過した頃渉が帰ってきた。

「あんたが作るの?ユカりんは…まだ寝てるのか」
「まだもう少し時間かかる、適当に酒でものんどけ」

その辺に上着を脱ぎ散らかしネクタイを緩め台所に立つ総司のほうを見る。
百香里の調子が悪そうだからもしかしたら外食とかデリバリーになるのではと思って
何時ものように彼女から連絡が来るかもとずっと携帯をチラチラみていた。1つ上の兄とちがい
長兄は料理に慣れているようでテキパキと動いている。いい匂いもする。期待できそう。

「なあ」
「何や?」

適当にビールでもを飲んで時間を潰そうと冷蔵庫前に来た渉。
だがドアを明ける前に鍋に向かっている総司に声をかける。
兄は忙しそうに視線を此方に向ける事無く返事だけする。

「…あんたの前の嫁さん、こっちに出てきてんのか」
「は?知らんでそんなん。何も聞いてへん」
「そっか。ならいい」
「何や。唯だけやなくて…あいつも、おったんか?」

此方を向く総司。その話題に触れたらきっとこうなると思ってた。
それがひどく面倒だからしなかったけれど。梨香も見たという前妻。
確か彼女たち母娘はずっと離れた所に住んでいるはずだった。

「…それらしいの、見たって奴が居てさ」
「そうか。唯は何も言うてへんかったけど。引っ越してきたんやろか」
「何暢気な事言ってんだ」

自分の元妻と子どもの事だろうに。渉はイラっとした顔をする。
けれど総司は視線を鍋に戻し落ち着いている。
もっと驚いたりうろたえたりするかと思ったのに。普通だ。

「俺にとってそれはもうどっちでもええねん。そら、唯は多少なりとも気にはなるけども。
今はユカリちゃんとお腹の子の事でいっぱいいっぱいや。ああ、それとユカリちゃん明日から
3日間里帰りするからな。その間は自分の事は自分でせぇや」
「そう。……え!?マジ!?いきなりだな。あんたなんかやらかしたんじゃ」
「かもしれへん。ユカリちゃんは何も言わんけど、俺に不満あるんかもしれん」
「聞き出して何とかしろよ」
「誰が聞き出すんや?俺らが聞いたかてすんなり答える子と違うやろ」

何時もは明るくてハキハキしているのに自身の事になると些細な事でも我慢する。引っ込んでしまう。
まだ気を使っているのかもしれない。夫婦なのにそんな壁を作ってほしくはないのに。
そんなもどかしい総司の気持ちをなんとなく察したのか渉は黙り冷蔵庫からビールを取る。

「お帰りなさい渉さん。あ。総司さん大丈夫ですか?」

妙な空気になり静まり返った所で粗方支度を終えた百香里がおりてきた。
話半分で聞いていたからまさか本当に総司が夕飯を作ってくれるなんて。
台所にたつ姿を見て驚いた顔をしている。

「任せとき。ユカリちゃんも座ってまっとって」
「美味しそうな匂い。あれ?真守さんは今日は遅いんですか?」
「出張やから帰ってくるんは明日の昼や」
「そうですか。ご挨拶したかったんですけど」

総司に言われるままに席につくと渉が食べていた柿ピーをひと口。
よく知らずに食べたようで一気に顔をしかめて、辛いですねと慌てて水を飲む。
何ら変化は見られない何時もの百香里。そんな不満そうには見えない。

「3日で戻るんだろ?それとも里帰り出産とか考えてんの」
「それは考えてません。3日も空けてしまってごめんなさい」
「……じゃあ行かなきゃいいじゃん」
「え?」

それとも奥底に隠しているのか。女というものは分からない。
渉は視線を台所に向けて。

「おっさん飯まだかよ腹減ったんですけどー」
「おっさんやないわ。お兄ちゃんと呼ばんかい」
「おっさんはおっさんだろ」

言いようの無い気持ちを総司にぶつけクダを撒く。相手もソレを分かっているのか
本気で怒る事はなかった。今日は真守の居ない3人での夕食。
並ぶ料理はどれも美味しそう。百香里はワクワクしながらひと口いただく。

「美味しい」
「そうか。もっと食べや」
「おっさんの料理にしては美味い…」
「お兄さまやて言うてるやろ」
「気色悪いわ」
「そうですか?いいと思うけど。じゃあ、アンチャンとか?」
「おお。ええねえ。よっしゃ渉俺の事は今日からあんちゃんと呼べ」
「誰が呼ぶか」

終始こんな甘ったるい調子の夫婦。付き合わされる側は何となくやりづらい居辛い。
堅物で口うるさくても真守の存在はいい盾になるのだと今更ながら思った。
後片付けは百香里がすると言って、それはダメだと総司も一緒になって行う。
渉は自分の部屋に戻る。これ以上付き合ってられないと。
でも、自分が想像していたよりも2人は楽しそうでよかったとも思っている。

「総司さん」
「なに」
「ありがとうございます。我侭聞いてくれて」
「ユカリちゃんはええ子やからな。たまには好きにしたらええ」

翌日の朝。大きなカバンをもってマンションを出た百香里と見送る総司。
彼女の母が住むアパート前で車を止めて少しだけ会話をする。
本当はまだ気持ちはざわついているけれど、引き止めることは出来なかった。

「渉さんも言うんです。真面目とか。いい子だって。私そんなつもりないんです」
「なくても結果そうなっとるんやから、根っからええ子なんやね」
「我慢が身に付いてて得意だから。それでいい子に見えるだけですよ」
「もう我慢せんでもええのにな」
「そうでもないんですけど、ね。じゃあ行きます」
「3日な。それ以上は…我慢できへん」
「はい」

軽いキスをして百香里だけ降りてアパートへ入って行く。
本当は中まで一緒に行きたいと思ったけれど気持ちがブレてしまいそうで怖いから。
百香里の手を離せないかもしれないと思ったから。車の中で見送る事にした。
彼女の姿が見えなくなってからも少しその場に居て。けれど彼女は戻らず。
何を期待していたのだろうと苦笑いして車を走らせた。

「お帰りなさい」
「ただいま」

久しぶりの実家、といっても年季の入ったアパートの狭い部屋。
それでも沢山思い出のある大事な場所だ。出迎えてくれた母。
荷物を置いて座る。すぐに出してくれたお茶が美味しい。

「で。何やったの」
「え」
「行き成り泊めてくれなんていうんだから。何かやらかしたんじゃないの」
「そ、そんなわけ無いでしょ。ちょっとお母さんの様子をみに」
「あんたは昔から嘘がつけない子だったよ。今もそう。分かりやすい顔して」
「そうかな」

母の鋭い言葉にドキっとする。
そんな顔に出てたのか。確認しようにも鏡は無い。

「なんなら私も一緒に謝るから」
「お母さんに心配かけるようなことはしてないよ。ここに来るのも総司さんに送ってもらったし」
「そう。じゃあ、まだ未遂なのね。よかった」
「うん。そう。未遂。…自分の中で整理しようとおもって」

視線をお茶に向けぼーっと眺める。今頃彼は会社についたころだろうか。
まだ車の中だろうか。何を思っているのだろう。何かあったわけでもないのに
いきなり3日も家を空ける妻を怒っているだろうか。呆れているだろうか。
面と向かっては何も言わなかったけれど、良いと思ってもないことは察する。

「整理。…まさか、松前さんが浮気でもした?」
「違う」
「そう。ならいいけど」
「お母さんも知ってるでしょ。総司さんには前妻さんとその間に子どもがいること」
「ええ。でももう完全に縁は切れてるんでしょう?まあ、子どもは仕方ないとして」
「うん」

あなたが幸せになれるならそれでも構わない。
事情を話した時母はそう言って後押ししてくれた。兄は激怒したけれど。
反対されたらどうしようと思っていた百香里には心強い言葉だった。

「まさか百香里を蔑ろにしてるの?…約束したのに」
「約束って?そんなの聞いてないけど」
「私だってお兄ちゃんと一緒で百香里にはもっと若い身近な人と結婚してほしかった。
でも、本気であの人を愛してるようだし。やっと甘えられる人が出来たんだと思ってね。
だから事前に約束してもらったの。百香里を頼みます、絶対に悲しませないでって」
「お母さん」
「それなのに。…やっぱりウチとお金持ちじゃつりあわないのかね」
「違うよ。総司さんは、ううん、松前家の人たちは皆私の事大事にしてくれてる。
帰ってきたのは私の我侭なの。整理したいのは、私の勝手な気持ちだから」

松前家の人たちが悪い方向へ話が流れていくのを感じ慌てて修正する。
彼らは常に優しい。気遣いをしてくれる。必要としてくれる。
金持ちだからとか百香里の家が貧乏だからとか。そんなの感じないように。

「じゃあまさかあんたが浮気」
「私は総司さんだけです。…そう、総司さんだけ。視野が狭いの」
「え?」
「総司さんの傍に前妻さんとかその子どもがいると思うだけで辛くなって。
もしかして内緒で3人で会ってるんじゃないかとか。2人で話をしてるとか。
ちゃんと総司さんに愛されてる実感があるのに、でも、…我慢できなくて」

2人ともどっかに消えてくれたらいいのにと思う酷い自分がいる。
総司は自分だけのもの。誰にも渡したくない。とか。
皆がいい子というたびにそれがまた重荷になってしまって。

「百香里にも独占欲ってものが沸いたわけだ。でも、それは悪いことじゃない」
「そんな事ばっかり考えるようになったらこの子も嫌だろうから。少し離れようと思って」
「面倒な時に現れたもんだねその前妻さんたちも。あれだ、空気読めばいいのに」
「お母さん。それは言いすぎだよ」
「負けてやることはないんだから。百香里の旦那で、百香里のものなんだから松前さんは」
「……うん」
「さあさあ。そんな話は置いといて。孫の様子を見せてちょうだい」
「まだちょっと大きくなったくらいだよ」
「いいから。元気に育ってるみたいだね、良かった」

母の言葉に少し気持ちが落ち着いた。やはりその存在は百香里にとって大きい。
その後は享子から話を聞いていたらしく編み物の準備がしてあって教えてもらう。
彼女同様母も器用で何でも編めるから頼もしい。
あと、何もしないで座っているのがちょっと辛くなってきていたから丁度いい。


「義姉さんが里帰りですか」
「お帰りは3日後だそうです」

昼前に出張から戻ってきた真守はその時に百香里の不在を知る。
教えてくれたのは千陽。愛する嫁がいないとなると仕事などできず
総司は抜け殻のようになっているだろうとそっと社長室を覗いてみた。

「何や変な顔して」
「いや。その、…元気そうで何よりです」

だが想像に反して総司は真面目に仕事をしていた。それはもうバリバリと。
ちょっとビックリな真守。ぽかんとしている千陽。そんな2人を見て軽く手を振る総司。

「腐っててもユカリちゃんは帰ってこーへん。それやったらみっちり仕事したほうがええ」
「なるほど」
「それよか。誰が唯に俺の住んでるとこ喋ったかわかったか?」
「はい。どうやら秘書課の方で」
「なんや千陽ちゃんか」
「はい、私が」
「いえ。違う社員のようです、自分は社長の娘だからと。色々と述べたようで。
嘘ではないので仕方ないですが、今後このような事は無いようにキツく言っておきました」
「そうか。ならお前と千陽ちゃんに任せるわ。はあ。ユカリちゃん電話してこんかなあ」
「言ってる傍からそれですか」
「分かってる。あ。それとお前も今日から俺の事をあんちゃんと」
「失礼します」

真守が静に部屋を出ると千陽も慌ててそれに続く。
話の途中で出て行かれた総司は物足りないような顔をしていたが。
廊下に出ると千陽は立ち止まり真守を見る。
その表情は何時もの凛としたものと違い怯えているような。

「申し訳ありませんでした。私の管理が甘かった所為で専務にまでご迷惑を」

深々と頭を下げる千陽。

「起きた事は仕方ありません、今後このような事の無いように徹底しましょう」
「はい」
「義姉さんが3日居ないとなると…そうか、…よし」
「専務?」
「何でもありません」

何か考え事をしながらも妙に嬉しそうな専務。
千陽は不思議に思いながらも深く聞くことはせず部屋に戻る。
奥様の居ない3日間。そのうちの1日くらい夕飯を作りに行くのもいい。
そう考えたら自然と千陽も頬が緩んでしまった。慌てて引き締める。
失敗したばかりだ、これ以上の失態はみせられない。

「そうか。失敗をカバーするのに夕飯を…いいかも」
「御堂さん?」
「え?あ。うん、ごめんなさい。なに?」

それぞれの思いを交差させながら迎える1日目の夕方。
どれだけ早く帰っても何時ものように百香里が出迎えてくれない家。
結局電話もこなかったし、いいようのない寂しさを感じながらリビングへ。

「お帰りなさい」
「え?…な、なんで?」

ドアを開けると明るい女性の声。
まさかと思って台所を見たら百香里…ではなく。

「勝手に来た」
「もう。渉が困ってるみたいだから。私でよければずっと来ますよお兄さん」

居たのは梨香。

「そ、そうなん。いらっしゃい…」
「俺呼んでねえからな。文句言うならあっちだからな」
「いや、別にかまへんけど。何や派手な格好やなあ」

以前から私服はセクシーな梨香。その上自前のエプロンはフリル。
色合いが輝いて明るすぎて何だか目が痛くなってきた総司。

「いやだぁお兄さんたら」

目をパチパチさせていたら梨香がサービスとばかりにウインク。
酒でも飲んでいるのだろうかやたらテンションが高い気がする。

「ちょっと頭悪いんだ気にすんな」
「お前もーちょい優しい言葉かけたれや」

このカップルに調子を合わせるには自分は歳をとりすぎた気がする。
総司は部屋に戻り部屋着に着替える。百香里が買ってくれたものを。
静かな部屋よりは賑やかな方がいいかもしれない。
そんな事を考えながら着替えを終えておりて見ると。

「私の手料理がありますからどーぞお帰りくださいな」
「こんな油っぽい料理ばっかり食べてたら体悪くなりますから、お持ち帰りくださいな」
「はあ?そっちこそ大して料理も上手くないくせに。だいたいなによ彼女でもないのに
のこのこと部屋に上がってきて料理します?そこまでして媚売りたいわけー?」
「私は秘書です。必要とあれば身の回りの事もさせていただきます。それを言うなら貴方こそ。
奥様がいないからって図々しく上がりこんで。どうせ呼ばれても無いのに来たんでしょう?」
「そっちだって」
「私はちゃんと専務の要請で参りましたの」

メラメラと女同士の熱い戦いが始まっていた。にらみ合う梨香と
何故か居る千陽。渉はソファに座りテレビを観ている。
真守の姿は無い。

「なんやあれは」
「しらねぇよ」
「お前の彼女やろ。何とかせえ。仕舞いに血ぃ見るであれは」
「しらねえって。あーめんどくせぇ。女ってほんとめんどくせぇ」

とりあえず渉の隣に座り2人を鎮めるように促すが関わりたくないようで。
あんたが行けと突っぱねられ途方にくれる。台所からはまだ怒声が。
もしかして百香里の居ない3日間ずっとこの調子?それは困るのだが。

「どうしたんですか2人とも」
「専務!」
「あら。若い方のお兄さん」

そこへ最後に入ってくる真守。手には買い物をして来たらしい袋。
この惨状を見て何が起こったのかと目を丸くしている。

「夕飯の事を心配していただいて感謝しますが、そんな沢山作っても仕方ないでしょう。
今日は梨香さんが作ってくださったのでそれを頂きます、明日は御堂さんお願いしますから」
「あら。今日だけなんていわないで明日も明後日も作りに来ますけど」
「貴方は何様のつもり?専務がそうしてくれって仰ってるんだからそれに従いなさい」
「そちらこそ何様かしら。ただの秘書のくせに」
「だから」
「何よ」
「ええ加減にせえ!ここは喧嘩するとことちゃうんや。気ぃつかってくれるんやったら
もうちょい大人しせぇや。それが出来へんかったらさっさと家に帰り。ええな」

総司の言葉に女性だけでなく弟たちも驚いたようで彼を見た。普段は軽い暴言を吐いても
軽く受け流して怒ってこないのに。いや、怒ってる所すら殆ど見ないのに。
百香里が居なくてよほど苛立っているのか。あまりの姦しさにキレたのか。

「も、申し訳ありません社長」
「真守の言うとおりに動いてな」
「はい」
「ちょっと声出しすぎたな。堪忍してや。…ちょっと頭冷やしてくるわ」

バツが悪そうにしている秘書よりも総司の方が苦笑いしてベランダに出る。
千陽と梨香は顔を見合わせそれからは静に夕飯の準備を進めた。

『総司さん。メール見てくれました?』
「え?メール?」
『送ったじゃないですか。可愛い赤ちゃんサイズの帽子。お母さんに教えてもらって作ったんですって』

百香里の事を考えながらボーっと空を眺めていたら携帯が鳴って急いでとる。
相手は待ちに待った百香里。

「電波悪いところに居ったんかな。気づかんかった。堪忍」
『酷いです。ずーーーっと返事待ってたのに。お仕事、忙しいのかと思って』
「ちゃんと見る。から、怒らんといて。…ユカリちゃん会いたい」
『総司さん』
「ほんまはひと時も離れたない。ずっと傍に居って欲しい。嫌なとこあったら直す。
顔が嫌なら整形でもなんでもする。おっさんみたいやと思ったらジムでもなんでも通う。
やから、傍に、おって。…たのむわ」
『どうして3日居ないだけでそこまでなっちゃうんですか?』
「ちょっとでも居らんの嫌やもん」

それに行ったきりそのまま帰ってこないとかそんな事になりそうで怖い。

『明後日には帰ります』
「ええぇ。何で?こんなかわいそーな夫が居るのに」
『必ず帰りますから。首をながーくして待っててください』
「…やっぱり、何か不満が」
『総司さんは私のもの。誰にも絶対絶対渡さない。っていう自信がありますから』
「ユカリちゃん」
『あの。所でお夕飯どうなってます?何か買ってきました?』
「ああ、何か知らんけど渉の彼女とか千陽ちゃんとか来てしやるわ」
『よかった。あ。喧嘩しないように見ててくださいね。いい人たちなんですけど…』
「分かってる。よーーーーー分かってる」

先ほどその喧嘩を見せられたばかりだから。

『じゃあ総司さん。また明日電話しますね。ちゃんとメール見てくださいよ』
「分かった。…ユカリちゃん、…好きや」
『もう一声』
「大好きや」
『もういっちょ』
「愛してる」
『よくできました。…なんて、ごめんなさい調子乗りました』
「ええよ。ほな、お休み」
『私は貴方の何倍も愛してますからね。お休みなさい』
「え。ま、まって!もっぺん!もっぺん言うて!ユカリちゃん!」

録音できるのならしたかった。百香里の言葉。
それがあったらしばらくは幸せでいられる。今も頗るいい気分。
リビングに戻ると先にご飯を食べている冷たい弟たち。混じって自分も食べる。
先ほどはあんなにもピリピリしていた総司が今ではニコニコ。

「義姉さんだな」
「ああ」

女性たちは不思議そうにしていたが弟たちはすぐに理解した。



「わ、わあ。和洋折衷全部そろってる」
「菓子もあるよ。何でも食べて」
「これでも食べ切れそうに無いので幾らかはおすそ分けしたくらいですよ」
「凄いですね。これみんな梨香さんや千陽さんが?」
「最後の日はこの人が作った」
「真守さんが」

3日後、戻ってきた百香里の目に入ってきた沢山の料理たち。
店で買ったものばかり食べるよりは手作りの方がいいと思う。けど多い。
ポカンとしていると渉が奥からお菓子の入ったかごを持って来た。

「どれもまあ美味いんだけどさ。何か違うっつか」
「そうだな。やはり義姉さんの料理には誰も勝てないという事か」
「でもこれは暫く料理しないで良さそうですね。うわ。美味しそう」
「なあなあユカリちゃんこの帽子ちょっと小さいかも」
「え。そうですか?…やっぱりイメージで作るとダメですね」

遅れて入ってきた総司の手には母から貰ったお土産と帰省中に編んだ帽子。
生まれてくる子どものと総司のと編みかけの自分のと、お揃い。
さっそくかぶってくれているのは嬉しいが確かにちょっと小さいかも。

「はははは。なんだその帽子っ超おもしれー」
「渉。笑うのは失礼だ」
「そうですよ。私のが終わったら次はお2人の分も編むんですから」
「はは…は?今なんつった?」
「僕たちの分も…あるんですか…?」

シンプルなやつならまだしもこんな可愛らしいデザインの帽子を?

「はい。だって家族ですもん。みんな一緒です。可愛いですよきっと」
「俺パス。可愛いとか目指してねぇし」
「ぼ、僕も…ちょっと」
「ダメです。決定事項です。ぜーーーったい編みますかぶってもらいます!」
「そやそや。決定事項や。ユカリちゃんの決定は絶対や」
「あ、あほくさ!何が決定事項だ!だいたいいい歳してこんな」
「可愛いじゃないですか。それともクマさん耳つけたほうがいいですか?」
「い、いらねえええええ」
「渉。諦めよう、下手に騒いだらもっと大変な事になる」
「そうです。大人しくお縄についてくださいね」
「それ使い方違う気がする。もう、いいや。好きにして」

がっくりしている渉に苦笑いする真守。
土産を彼等に託し百香里は総司の手を引いて寝室へ向かう。

「どした?」
「子どもの為にも溜め込むのはよくないって思うので。だから、言います」
「うん。言うて。なんでも聞くから」

甘い空気でないからなんとなくそんな気はしていた。
でもそれでいい。彼女の不満を聞けるなら。
後はそれを直せばいいのだから。

「総司さんの前妻さんやその間の子どもがあなたの傍に居ると思うと辛くて。
居なくなってくれたらいいのになんて思って。だから、ぜんっぜんいい子なんかじゃないんです」
「知っとったんか。…堪忍な。でもな、そんな風に考えんでええよ。俺も一緒やから。
ユカリちゃんのモトカレとか出てきたらユカリちゃんを隠したるもん」

名前が出てくるだけで心が乱れて。苛立って。不愉快になって。
心からその男に彼女の前から消えて欲しいと願うだろう。同じだ。

「総司さん」
「あーもー可愛い。めっちゃ可愛い。この話は終わりにして仲良しよ。な?」
「ベッドで?」
「そや。3日も触ってへんのやから、たっぷり触るで」
「じゃあ私も」
「百香里。また言うてや、あの時みたいに」
「あのとき?」
「愛してる」
「なんでしたっけ。忘れちゃいました」
「もう。恥かしがりやさんやね。そこも可愛い」

軽いキスをするとベッドに寝転び抱きしめあう。久しぶりの甘い時間。
悲しいことや辛いと思うことも多いけれど、やはり傍に居ないと駄目だ。
お互いにそうかみ締めあった。

「総司さん?」
「あ、あかん。バックとかセクシーすぎる」
「じゃあ向かい合って」
「あ。ま、またそんな色っぽい」
「……」
「そんな冷めた目せんといてぇ」


おわり

2010/12/24