父と娘の日曜日


日曜日の朝。忙しく仕事をこなしつつ未だ暢気に寝ている叔父さんを起こしに向かう。
確か今日は双子たちと一緒に美術館だか博物館だか忘れたが出かける予定のはず。
昨日の様子じゃ明らかに忘れている。
毎度の事ながら呆れているとポケットに入れていた携帯が鳴った。

「もしもし?お父さん?」
『ああ、亜美。元気か?おはよう』
「おはよ。なに?お母さんのこと?」
『いや、そうじゃないんだ。今日何か予定はあるか?』
「別にないけど」
『それじゃあお父さんと出かけないか』
「え?」

父からの電話はそう珍しいものではない。ただ、あんまり元気の無い声を出すから
てっきり母の身に何かあったのではないかと勘ぐってしまった。
そうではないと聞いて安心したけど、父が自分を誘うなんて何だか変な気分。

『どうだ?美味いものでも食おう。あ。いや、遊園地がいいか?』
「遊園地はいい。もう、いい」
『そうだよな。亜美はもう大きいからな……じゃあ買い物をしよう。な』
「お父さん?何かあった?」
『まあ、いいじゃないかこんな日も。10時に迎えに行くから待ってなさい』
「うん。わかった」

父の様子が何時もと違うような気がするがそれも会えば分かるだろう。
特に予定は無かったしこんな広い屋敷で1人居ても楽しくは無い。
携帯の時計を見て急いで雅臣の部屋へ向かう。10時までそんなに時間がない。


「おはよう」
「おはようございます」

ノックをすると返事があって、中に入ると既に着替えを済ませた雅臣。
どんな方法を取ってでも起こすつもりで居た亜美は安心した。

「なに?起こしに来てくれたのかな」
「まあそんな所です。あと私10時に出かけますから」
「え。そうなの?聞いてないんだけど……。誰と?」
「お父さんです。今電話があって出かけようって」
「そうなのか。じゃあ今日は退屈だなあ」

亜美が出かけると聞いてかなりがっかりした様子。この感じだと思った通り
今日の予定を覚えてないようだ。
何でこんな大事な事を忘れてしまうのに大学の先生なんて出来るのか。謎だ。

「大丈夫ですよ。今日は可愛い甥っ子と出かけるんでしょ?」
「え?それって……今日だったのか」
「今日ですよ。今日」
「待ち合わせは何時だったかな。えーっと」

亜美に言われておぼろげながら思い出したようで机の上をガサガサと探しまわり
予定が書かれているらしい黒い手帳を取り出した。
そんなものがあるなんて初めて知った。というか、あるなら忘れないで欲しい。

「何時ですか」
「9時だね」
「もう9時32分なんですけど」
「……みたいだね」

32分の遅刻。双子も電話するなりここへ来るなりしたらいいのに。
それとももう待ち合わせの場所にでも行っているのだろうか。
起きたばかりでとぼけた顔をしている雅臣に勤めて冷静に返す。

「待ち合わせ場所に急いだほうがよくないですか?」
「そうだね。じゃあ亜美も気をつけて」
「おじさんこそ焦って転んで頭打って死なないでくださいね」
「怖いよ」

コートを羽織り先に屋敷を出て行く雅臣。朝食は1人で食べる。
といっても亜美もあまり時間が無いから早々と終わらせて片付けた。
相手は父とはいえ出かけるからにはそれなりにお洒落をしたい。
何だかんだと動き回っていたらチャイムが鳴った。

「何度来てもでかい家だなあここは」
「まあね」
「雅臣君は?居るんだろ?」
「おじさんは出かけたよ。甥っ子と遊ぶんだってさ」

ドアを開けるとやっぱり父。特に服装にこだわっている様子は無くて何時も通り。
もう少し身なりに気遣って欲しい娘心だが、今の家の事を思えば無理か。
自分もそうだったように広い玄関に佇んで高い天井を見上げたりウロウロしたり。
珍しいから仕方ないのかもしれないがかなり挙動不審。

「そうか。じゃあ、出かけるか。もう準備はいいんだろ」
「うん」

戸締りをして父と街へ出た。2人だけで歩くなんて久しぶりだ。
車ではなく歩きなのが家らしいというか。でも運動不足だから丁度いい。
弟妹は母の所。大人しくしてくれるとありがたいのだが。
心配する亜美に、亜矢が居れば大丈夫だよと父は笑っていった。

「朝ごはんは食べたか?」
「うん」
「そうか。じゃあ、デパートでも行って服とか買おう。カバンでもいいぞ」
「あのさ、何で急にそんな事いうの?何かこー気持ち悪いというか」

そんな金銭的な余裕ないはずなのに。絶対に無理をしている。
特に欲しいものなんてないし服もカバンも今使っているもので事足りる。
むしろ自分の事にもっとお金を使って欲しい。

「お前は家に金がないと思っているようだがそうでもないんだぞ」
「そうかな」
「ああ。家はただ節約家なだけで、ちゃんとあるんだ」
「……ふーん」
「だからお前が気にする事なんか何もないんだ」

無理はしないでという亜美に大丈夫だと自信たっぷりに返す。どうしていきなりこんな事を。
何かあったかと暫し考えてみて思い当たる節が。もしかしてこの前進路の事で喧嘩したから?
金銭的な問題で進学はしないという亜美に気をつかっているのか。
それとも父親としての威厳というか、意地を張っているのか。とにかく無駄に浪費はしてほしくない。
何かデパートで美味しいものを食べて適当に服とか見て帰ろう。

「お父さん?何みてんの?」
「……あ。いや、ははは」

デパートに入って直ぐ。華やかな化粧品売り場が目に入る。香水のキツめの香り。
美人の店員さんたちの話を熱心に聞く女性たち。
何だか場違いな気がしてさっさとエスカレーターに行こうとしたのだが、
何故か父はボケッとその光景を眺めていて中々動こうとしない。

「化粧品なんてそんな使わないよ。……あ。お母さんに?」
「べ、別にそういうわけじゃ」

そういえば母が化粧をしている姿なんてここ数年見てないかも。
外出する事があまりなくて買い物の時は最小限だし、きっちり化粧をするのは
授業参観の時くらいだったように記憶している。しなくっても十分綺麗だし。

「もしかしてお母さんに何かプレゼントしようと思って私を呼んだとか?」
「そんなんじゃない。亜美とあまり話が出来ないから」
「ふぅん」

亜美に言われて顔を真っ赤にしながらエスカレーターへ向かう父。
何も悪いことじゃないんだからそんなムキになって否定する事ないのに。
その後ろを歩きながら上の階へと上がっていく。日曜だけに人は多い。

「正志や亜矢をつれてこなくて正解だったな」
「絶対迷子になるね。特に正志」
「あいつは何故か父さんに似ちまったからなぁ……」
「そこまで悲観しなくっても」

女が強い藤倉家。父親もそれは分かっているようでがっくりと肩を落とす。
まあまあ、とその肩を叩いてやってきたのは若者向けのフロア。
服やらカバンやらアクセサリーやら何でもいいから買ってくれるという。
何時も激安の店で買うから亜美には右も左もブランド名もよくわからない。

「……」
「お父さん?疲れたならそこに座ってていいよ?」
「あ。いや。……亜美はそういう服が好みなんだなあ」
「別に好みって訳じゃ。流行なんてすぐにかわっちゃうし。サイズさえ入ればあとは
そんな拘らないし。面倒だから何でもいいんだけど」

とりあえず目に付いた店に入って物色。こんな感じの服を雑誌で見たような。
でもちょっと派手とかこんなリボン付き恥かしくて着えないとか。
拘らないとか言っておいて思いのほか基準は厳しい。

「そういうもんか。ほらあそこの女の子たちはとても短いスカートはいてるぞ」
「はいてほしいの?」
「父さん目のやり場に困るなあ」
「照れないでよ」

女子高生くらいの少女たちと亜美を見比べて何を思ったのか恥かしそうに笑う。
父親じゃなかったドツいている寒さだ。何だがどっかの叔父さんとダブる。さすが兄弟。
この店は趣味じゃないと別の違うカラーの店に入る。案外本気になってきたかも。
父は文句もいわずそれについて来てくれる。本気で買う気なのか。

「……」
「まーたお母さんの事考えてる」
「え。あ。それ買うのか」
「私のはいいから。お母さんへのプレゼント選ぼう」
「いや、お父さんは」

亜美がふと視線を父に向けると彼の視線は奥にあるミセスのフロア。
顔を赤くしていいんだと断わるが、さっきからこうもわかりやすい行動をされると。
母が大好きな父。借金しようとも守ってきた立派な家を失おうとも母を選んだ。
羨ましいくらい仲がよくてお互いを大事に思いあっている理想の夫婦。
娘の亜美がそう感じるのだから間違いない。

「いいからいいから。で。何がいいかな。服?化粧品とかアクセサリーは買っても
たぶん箪笥の肥やしになるだけだろうし。食べ物って手もあるよね。
それならみんなで食べられるし、病室は飲食OKだったよね」
「……、すまん」
「いいよ」

やっぱり母へ何か贈り物がしたいようだ。入院続きでお洒落も何も出来ないから。
亜美の手前恥かしいのか中々言わないけど。
ここは自分が背中を押てやらなければと買おうと思った服を戻して移動する。
服はまた今度叔父さんにおねだりでもして買ってもらおう。


「何でも頼んでいいからな」
「じゃあAランチと苺パフェとあと」
「……」
「なに?」
「いや。まあ、腹減ったよな」

買い物を終えて最上階にあるレストラン街へ。早めに来たから席は空いている。
疲れきった顔をしてメニューを見て簡単に決まった父に対し亜美は10分ほど悩み。
ここぞとばかりに食べてみたいものを何でも注文した。

「いいの買えてよかったね。お母さん喜ぶよ」
「亜美のお陰だ。ありがとう。でも、今日はお前にドンと服でも買ってやろうと思ったのに。
また今度一緒に来よう。その時こそ何でも買ってやるからな」
「私よりも亜矢や正志だよ。欲しいものいっぱいある年頃だもん」
「それもそうだが、その、……父さんは亜美とまた暮らしたいよ」
「お父さん」

落ち込んだ様子で視線をテーブルに向ける父。そして深いため息をした。
いきなり何の前触れもなく自分を放り出したのは父だけどもう恨んだりはしてない。
借金の形とはいえ自由に家を行き来できるし叔父さんとはいい関係だし。
何より家から離れることで見えた事も学んだ事も多いから。

「亜矢も正志もそれを望んでるんだ、母さんだって口にはしないがお前が居たら……
いや、借金ばっかり作って全部雅臣君に肩代わりしてもらってるような父さんじゃお前も嫌だよな。
いい歳をして弟に頼るなんて。情けない」
「お父さんしっかりしてよ。誰も情けないなんて思ってないって」
「亜美。お前はお前の好きな事をしていいんだぞ。金の事とか気にするな。
お前は優しいし面倒見がいいから保母さんに向いてる。家の為に夢を諦めるな」
「そ、そんないきなり熱血入らなくても。……もう少し考えさせて」

やっぱりこの話題になったか。この前は喧嘩で終わってしまったけど。
父もだいぶ気持ちを落ち着けて冷静に話をしている。外だからかもしれないが。
家の事、将来の事、雅臣との事。グルグルと頭の中をめぐって。

「こちらAランチになります」

とりあえず腹ごしらえしよう。調子に乗って頼みすぎたかな?と思ったけれど、
案外最後のデザートまできっちりと食べることが出来た。
父はまた何か言いたそうな顔をしたが、ここはごきそうさまとニコっと笑って流す。


「どうだ。このまま一緒に家に」
「お父さん」
「……そう、だよな。いきなりは無理だ。亜美だって色々あるだろうしな。すまん」

食事を終えて腹ごなしに小物とか見ながらデパートを出ると時刻は1時を過ぎた辺り。
他に行きたい場所もないし父は歩き続けて疲れた顔をしているし風は寒いしで
静かに家路につく。せっかくの休日なのだからのんびりしたらよかったのに。
でも母へのプレゼントが買えたから来た意味はあったと思う。

「あれ」
「どうかしたか?」

特に弾んだ会話もなく歩いていると寒い風が吹いて身を縮める。
目の前には暖かそうに身を寄せ合うカップル。何でこんな時に限って目に付くのか。
視線を逸らした先にどっかで見たことのある後姿をみたような気がしてつい立ち止まる。
でもここに居るはずがないからたぶん他人の空似だと思うけれど。

「ううん、なんでもない」
「そうか」
「寒いね」
「今度暖かいコート買ってやろう」
「ホッカイロでいいよ。あ。肉まんでもいいかも」
「まだ食うのか」

途中コンビニに寄り道してホッカイロを買ってもらう。肉まんはやめておいた。
何となく此方を見る父の視線が気になって。
暖まりながら屋敷の傍まで戻ってきた。ここまで案外早かったかも。
もう少しゆっくり過ごせばよかったかもしれない、今更ながら亜美は思った。

「よってく?お茶いれるよ」
「いや。いい。どうもこういうお屋敷ってもんが苦手でなぁ」
「そう。じゃあまた」
「何時でも戻ってこい。狭いし汚い家だが……皆待ってる」
「……、うん」

どうしよう。このまま手を振って別れれば楽しかった父娘の買い物で終われる。
だけどそれはいい事なんだろうか。今ここで自分の置かれている現状を話したら。
そしたら父も亜美の事で不安になったりしないで少しは余裕が出来るだろうか。

「亜美?」
「……あの」

借金の形から始まった叔父さんとの関係。今やもう引き返せない所に居る。
何か言いたそうな娘の顔をじっと見つめる父。
もしかしたら一緒に家に帰りたいと言うのかもと期待の眼差しでもある。

「どうした?」
「ううん。寒いから気をつけてね」

駄目だ。それを口にする勇気なんてない。父の姿が見えなくなるまで見送る。
離れて暮らし初めて結構時間が経っているのに妙に寂しい。
父の疲れて萎れた背中を見た所為だろうか。中に入るとまだ戻っていないようで
玄関も廊下も薄暗くて静か。外ほどではないが寒い。
携帯を見ても何も来てないから双子たちと楽しく過ごしているのだろう。



プルルルルル…プルルルル……

「はい」
『亜美、私だけど』
「携帯なんだからわかってます。で。何ですか寒いんですよもう」
『そんな怒らないで。今まだ外?』
「いえ。戻りました。部屋に居ます」
『私も今解散になった所なんだ』
「それで?まさかおじさんも遊園地に誘いたいんですか?」
『いや。今日はもう何処にも行きたくない。……君と家に居たいよ』
「……じゃあ、待ってます」
『うん。じゃあ』
「はい」

電話を切って30分ほど経過した頃。玄関が開く音がして。
彼だろうと分かっていたけど部屋で待機。迎えに行くというのがなんだか恥かしくて。
そのうち階段を上がってくる音がして、廊下を歩く音がして。ドアがノックされて。

「あれ?もしかして風呂上り?」
「あんまりにも寒かったんで」
「………待ってくれてもよかったのに」
「所でこれ芋ですか?いい匂いする」

部屋に入ってきた雅臣の手には茶色い紙袋。ホカホカの湯気が出ている。
どうせなら一緒に入りたかったとちょっと拗ねた様子の雅臣は無視して芋に手を伸ばす。
1つが大きくて割ってみると中々美味しそうだ。

「私の部屋は寒いから暖まるまで君の部屋に居るよ」
「どうぞ」
「……1本を1人で全部食べるの?」
「何か問題ありましたっけ」
「いや、ないけど」

2人ベッドに座って休憩。亜美は半分に割った芋を美味そうに食べる。
分けてくれるのかと思って待っていたら両方に喰らい付いてくれる気配は無い。
仕方なくもうおまけに貰った小さい芋を割って食べる。

「今日はどうでした?楽しかった?」
「普通かな。絵は嫌いじゃないけど大勢の人に紛れてみるのはどうも」
「人多かったんだ。確かにデパートもいっぱいだったな」
「何かいいもの買ってもらった?」
「はい。ホッカイロ」
「そう。寒い日が続くからいいね」
「また馬鹿にした」
「してないよ」

今度は亜美が拗ねた顔をして雅臣から視線を逸らしガツガツと芋を齧る。
何か言ったら噛み付かれそうで雅臣は暫し大人しく黙る。
少しだけ沈黙が続いたかと思ったら亜美は静かに芋を膝において。

「……今日、お父さんに帰って来いって言われました」
「そう」

雅臣の中でもしかしたらそういう話もでるんじゃないかと想像はしていた。やはり。
ちらっと亜美の顔を見る。父親の言葉に困ったような、不安なような。
とにかくあまり良い表情はしていない。

「笑わないで聞いてくれます?」
「言ってごらん」

その視線を感じたのか不安そうに雅臣を見つめ返す亜美。
彼女が何を言おうとしているのかまだ分からないけれど、とにかく落ち着かせようと
大丈夫だからねと微笑みかけて頬をなでた。

「それでも……貴方の傍に……居たい……なんて、…思ってます」
「……」

搾り出すように言葉を紡ぎすぐ顔を真っ赤にさせて俯く。彼女にしては大胆発言。
いい雰囲気になったって自分からはそんなそぶりひとつ見せないのに。
ここは喜ぶべきか冷静に彼女が望むようにスマートに大人の対応をすべきか。

「ほら笑った」
「痛いよ。私はまだ笑ってない」

どうしようか迷って行動が止まってしまった雅臣。亜美は顔を真っ赤にさせながら
彼を見つめていたが、何を思ったのか怒った顔になって雅臣を叩く。

「笑った!」
「笑ってない」
「家族の事より彼を優先するなんて。こんな自分勝手な馬鹿……」
「亜美」

まだ叩こうとする手を押さえ自分の方へ引き寄せ抱きしめる。
最初は抵抗してジタバタ足掻いていた亜美だが男の力には勝てず黙って成すがまま。
泣いているのか肩が少し震えていて雅臣の胸に顔を埋め此方を見ようとはしない。

「苦しい」
「私はどうすれば君を救えるだろう?何でもいう事を聞くから教えてくれないか」
「ンなの分かってたらとっくにしてます」
「それもそうだ」

答えが見えない闇の中。ただ自分の気持ちだけははっきりしているのだがら嫌になる。
雅臣はただ亜美を抱きしめたまま何をいう訳でもなく彼女に合わせる。
今はただ亜美の思いを聞いてあげるしかできない。
知らない所で1人葛藤やストレスを溜め込んでいるだろうと思っていたから。

「大体なんで私ばっかりこんな思いするんですか。皆わかってくれないっていうか。
言ってないっていうのもあるけど……ええい!もう!どうにでもなりやがれ!」
「あいたっ……何も叩かなくても」
「おじさんの所為で芋が冷たくなった!しかも地面に落ちた!もう!」
「あ。ごめん。暖めれば大丈夫だよ」
「電子レンジないじゃないですかここ。庭で焚き木でもします?」
「それもいい」
「よくない!」

ただ相手は亜美なのでたまってる分を暴力で返されて少々痛い。いや、かなり痛い。
それからも散々愚痴って怒鳴って叩かれたが夕方までには落ち着いた様子で。
父親が買ったというプレゼントがどういう評価だったのか聞きたいらしく家に電話していた。


「どうだった?」
「お母さんはちょっと若すぎって言ってたんですけど、ぜったいに似合ってます。
私が選んだんだから。それにお母さんまだ若いし美人ですから」
「確かに」
「あ。下手な気を起こしたらフライパンで」
「大丈夫。そんな気はないから」
「変態ドスケベのロリコン野朗ですもんね」
「今年も絶好調に辛らつだね」

電話を終えてすぐに夕食の準備にとりかかる。今日は買い物をしてこなかったから
冷蔵庫の中のものを利用しての食事。
といいつつどんな材料を使っても似たような容姿と味になるので期待も何もないが。
それを言うと確実にフライパンが飛んでくるので大人しく隣で話をする。

「そういえば今日間に合いました?あ。いや、32分遅刻したんでしたね」
「それが頭がいいんだ。本当の待ち合わせは10時でね?私に遅刻させまいと
わざと1時間早い時間を教えられてたんだ。行ったら丁度いい時間だった」
「なるほど。その手があったか」

ああ!と大きく頷く亜美。雅臣はそれを見て苦笑している。
一緒に住んでいた時期もあったから叔父さんの行動パターンはお見通しということか。
末恐ろしい子。でもそれによってちゃんと待ち合わせに間に合ったのだからよかった。
双子の事を話していたらふと昼間の事を思い出した。

「今日慧たちのお母さんを見たような気がしたんですよね。アメリカにいるはずだから
そんな事あるはずないのに。似てる人ってのは居るもんだ」
「彼女だと思うよ」
「えー?でも」
「今日は彼らが仕組んだデートだったんだ。私と彼女のね」
「なるほど。そういう裏があったんだー……はぁああ!?」

アメリカに居るはずの慧たちの母が何故か日本に居て雅臣とデートしてた?
野菜を炒めながら、手には菜ばしを持ったままビックリして声をあらげる。
あの時見た女性はやっぱり彼女だったのか。見間違いじゃなかった。

「最初は4人で居たんだけど気が付いたら慧たちは居なくなっててね。
彼女が居る時点でどうせそういう事だろうと思ってたけどまんまとやられた」
「それでもってまんまとヤっちゃったと」
「その言い方上手くないよ」
「こっちはシリアスな展開だったっていうのに。そっちは人妻とデートですか。
もしかしておじさまは女に不自由したこと無い系ですか?
この前の巨乳女子大生といい昔のカラオケ女たちといいもう。もう!」

今にも菜ばしを割りそうな怒り顔。それはごもっともなのだが火がついたままの
フライパンからは香ばしいを通り越して不味い匂いのする野菜たちが。
だが今それを指摘しようものならその熱々の焦げ野菜を投げつけられそうで怖い。

「私には君しか居ない」
「どうだか」
「食事をして慧たちの事で少し話をしただけだよ。彼女も仕事で来ていたしね。
あとは馴染みの古本屋をまわって前から欲しかった本を何冊か買って。
亜美が好きそうな焼き芋を買って。君に電話をして帰ってきた」
「……」

それとなく亜美の後ろへまわり火を消して彼女を抱きしめる。
今の所目だった抵抗は無い。不満そうではあるが。

「信じてない?……意地っぱりだね」

それを良い事に大胆にも服の上から胸を優しく掴みゆっくりと揉む。
まさかそう来るとは思わなくて素で驚いた顔を向ける亜美。
その頬に軽くキスをしてにっこりと微笑み返す。

「あのっ…何処触って」
「口で話してもわかってもらえないようだから。次は体で話し合おう」
「え?!で、でもまだ夕飯」
「どんな美味しい味付けをしてもらってもそれでは無理だと思うよ」
「え?……うわ!何このまっくろ焦げ!」
「さ。行こう」

彼女が怯んでいる隙に軽々と抱き上げて台所を出る。
これで焦げ焦げ野菜炒めは回避された。階段をあがる時もお姫様抱っこのまま。
恥かしそうに下ろしてくださいという亜美だが逃げるから駄目と却下。
仕方なく地面に落ちないように雅臣の首に手を回してギュッとくっ付く。

「……雅臣さん何か嬉しそう」
「そう?君が嬉しいことを言ってくれたからかな」
「貴方は何かないの?」
「じっくりお返事させて頂くよ。……ベッドでね」
「もう。スケベおやじ」


おわり


2009/01/16