家族


「ねえねえお母さん。いつの間にかお姉ちゃんいないの。迷子かな」
「あれだろ。土産コーナーで味見してんだよ」
「正志じゃないんだから」
「お姉ちゃんは大丈夫。ほら、お母さんの肩を叩いてくれるんじゃなかったの?」
「うん!たたく!正志は足だよ!足!今日はいっぱい歩いたんだから!」
「おう!」
「ありがとう。とても楽だわ」

さっきまでいたはずの姉が居なくなっていて不安そうにしていた亜矢だが母親に促され
肩たたきに集中することにした。正志も指示されるままに足をもんでいる。
1日の工程を終えて子どもたちにとって旅行のメインともいえる豪華な夕食も終えた後。
ぼろくて狭い家とは違う広くてきれいな部屋はやはり気分が明るくなる。

「ねえねえ母ちゃん。やっぱり俺って父ちゃん似なのかな」
「そうねえ。どっちかっていうとそうかしら」
「げー」
「どうしたのそんな嫌な顔して」
「だって父ちゃんしょぼい…俺もああなるのかな…」
「正志…」

力の加減をみながら母親の足を優しくマッサージする正志。
分かりやすい性格をしておりお腹いっぱいご飯を食べたら
それだけでもう明日までご機嫌なのに今はしょんぼり。

「それは、お父さんには言わないであげてね」
「叔父ちゃんはどうなのかな。風呂一緒じゃなかったからな。凄いのかな」
「やめてよ!叔父ちゃんの変な事いわないでよ!」
「何で怒るんだよ亜矢」
「亜矢。枕を投げないの。正志もそういうお話は女の子の前ではしないの。わかった?」
「はーい」

あからさまに嫌悪する亜矢。苦笑する母。まだ不満げな正志。
父はちょうど何か買ってくると出ていったところだ。
居なくてよかった。


「お邪魔します」
「いらっしゃい」

亜美はやっと自由な時間を得てドアを開ける。
椅子に座って持って来ていたらしい本を読む叔父さん。
だが亜美を見るなりそれを片付けてほほ笑んだ。

「さあ。飲みましょ」
「え。飲むの?」
「だってハタチだもん」
「そうだけど」
「買って来たんですよ。チューハイ」

亜美もニッコリほほ笑んで机の上につまみと缶チューハイを置いた。
椅子ではなく畳の上に座布団を持って来てそこに座るなり豪快に飲み始めた。
苦笑する雅臣だが椅子から立ち上がり彼女のそばに座る。

「ここで飲むの?」
「はい」

その座った彼の膝に座ってまたグビグビと。もう飲み干しそうな勢い。
最近酒を覚えたばかりなのに。

「君は本当に浴衣が似合うね」

お風呂上りでほのかに暖かく良い香りがする。

「脱がせたいでしょ」
「そうしてほしいからこれで来たんだと思ったけど?」
「ふふ。…うん。…すぐ…裸になれるから楽な方がいいでしょ」
「今回は下着つけてきたんだね」
「部屋に家族居るんで」

浴衣は家族みんな着ているから変ではないけれど。
おもむろにパンツとブラを脱いで外へ出ていく姉ちゃんなんて。
絶対に怪しまれる。トイレでこっそり、というのもやはり気が咎める。
話している間も彼の手が胸や太ももをなぞっていく。

「…亜美」
「あ」

亜美がぐびぐび飲んでいた缶を奪うと机に戻し今度は唇を押し当てる。
甘いカシスの香りがしたが構わず舌を絡めていく。

「ここなら君が家族を心配することもない。ゆっくり2人でいられるね」
「…なるほど。そういう魂胆で」
「いけないかい」
「いいえ。とってもあなたらしい」

亜美はいったん身を起こし彼と向かい合うと首に手を回しギュッと抱き付いた。
そのまま彼を押し倒し上に乗ってキスする。

「…夜には戻るの?」
「戻してくれる?」
「あぁ。うん、無理…かもしれない…いや、無理だ」
「言いなおさなくていいです。分かってたから。…私もそのつもりだし」

妹弟たちはすぐ寝てしまうし母親が分かってくれる。
父親は適当にまけばまあなんとかなるだろうと見積もって。
今はただ彼氏との楽しい時間を過ごしたい。ただそれだけ。彼は大浴場ではなく
部屋の風呂に入ったそうで。でも浴衣ではなく持って来ていたパジャマ。
ちょっと不服だけどどうせ脱ぐのだから変わりない。上に載っている状態でキスしながら
亜美がボタンをはずしていく。男を脱がせるのに抵抗はなく慣れたものだ。限定はされるが。

「私もぬいじゃお」

適当に脱がせたところで自分も胸元をはだけさせブラを取る。
その辺に投げてまた覆いかぶさった。酒が入っているせいか
何時もより若干乗り気である。さっそく胸に伸びる手。

「ああ、やっと亜美に触れられる」
「おっぱい好きすぎ」
「胸…というよりも、君の体が好きなんだよ」
「…若いから?」
「そんな拗ねた顔をしないで。私の気持ちは分かっているよね?」

上半身裸になってゆるい腰の紐だけが下半身をかろうじて隠している状態。
今度はお尻を彼に向けお互いに甘い刺激を口と指で与える。

「あぁっ…はあ…やだ…も…雅臣さんとシたい」

覚えたての行為のせいかどうしても自分ばかりがイかされてしまう。
悔しい。亜美は赤い顔をして彼を睨む。

「そうしよう」

彼は笑って亜美を起こし自分も起き上がり亜美を再び膝に座らせる。

「えぇ。…向かい合わないの?」
「久しぶりのセックスだし、もう少し刺激があったほうがいいと思ってね」
「…変態」
「さ。亜美。腰をあげて。私に持ち上げてもらいたい?」
「自分でやります」

したいことを察してさらに顔を赤らめつつも拒否する気はないようで。
彼につかまりつつ腰を上げそれを受け入れる。

「それじゃあ」
「…ぁう」
「あれ。もう感じてる?」
「……早くシよ」
「良い顔」

ちゅと音を立て軽くキスして腰を動かし…

「おーい雅臣君。居るかー?」

た所でドアをどんどん叩く音。鍵はかけた。けど。

「どどどどっどどどどど」
「落ち着いて。とりあえず君は押し入れに」
「う、うん!」

一瞬固まってすぐパニックになる亜美だが言われるままに慌てて押し入れへ。
雅臣も息を整え服を着なおしなおもどんどんとノックされるドアを開ける。

「すまんな。ちょっと、いいか?」
「どうぞ」

何回かノックして出なければそのまま帰ればいいのに。
押し入れの中で亜美はイラっとする。けど今は息を殺す。
じゃないとこれはもう完全に申し開きできない状況だ。
浴衣は着なおしたがねっとりと愛撫され中途半端な挿入でその気になって
恥ずかしいくらい今亜美は濡れている。太ももを伝ってきそうなくらい。
夢中だと気づかないがこう途中で冷静になると凄く恥ずかしい。

「ああ、君も晩酌中だったのか」
「え?あ。はい」
「カシス…。君、意外にこういうの好きなのか」
「は、はい。気分転換にたまに飲みます」

急いだので机の上には亜美が飲んでいた缶チューハイ。
父の手にも土産らしいビールの缶とつまみ。
これは長くなりそうだ。雅臣と亜美は同時に思った。

「その、まあ。なんだ。乾杯しよう。いいかな」
「はい」

不自然にならないように雅臣は缶チューハイを父はビールを開けて乾杯。

「その、今日はすごく助かったよ。2人で思い出の場所もめぐれた。
子どもたちも楽しんでくれた。まさかまたこうして家族で旅行なんてできるとは。
全ては俺が甲斐性なしだから仕方ない事だが、…感謝してるんだ」
「私は何も。ただ一緒に来ただけですから。旅費だって」
「ああ、いいんだ。俺と亜美、あと正志もバイト代をくれてな。子どもってのはいいもんだ」
「……」
「ああ、いや。すまん。…その、なんだ。嫌味とか、そういうもんじゃ」
「ええ。分かってますよ」
「前も聞いたかもしれんが、君は結婚は考えないのか?」
「考えることもあります。兄さんの家族をみていると、とても」
「出会いってのは分からんからな。いつどこであるか。よかったら俺の知り合いを
紹介しようか?中々器量のいい子でな?絶対に気に居るから。今度家に呼んで」

その時、どこからかガタンと物音がした。
なんとなく押し入れからした気がする。反射的に視線を向ける父。

「そういえば正志君がサッカーか野球かで迷ってるとか?」
「あ?ああ。俺としては野球がいいんだけどなあ」
「運動神経がいいから。どちらに進ませてもいいでしょうね」
「あいつはそれだけが取り柄みたいなもんだしなあ。頭はよくない…俺に似ちまったかな」
「取り柄があることは立派な才能ですよ」
「な、なあ。雅臣君」
「はい」

話題のすり替えに成功した所で父がやけに真面目な顔で雅臣を見る。
缶ビールを机に置いて。咳払いなんかして。

「…その、…なんだ。…俺としては、その、…あれなんだよ」
「あれ、ですか」
「そう。あれなんだ。…あれでな、その、それで、こう。なんというか」
「……」
「俺はその、…君の兄な訳で君は俺の弟だ」

母親は違うけれど。とは口には出さない。

「はい」
「だがそれは俺と君と、あと僅かな身内のみで他は知らんことだ。皆もう年寄で
先がそう長いわけでもない。俺もそうだ。年齢で考えれば君よりも先だろう」
「……」
「その時…君を1人にはしたくない。だから、…正式に、その、…兄弟にならないか」
「……」
「君を呼んだのはゆっくりこの話をしたかったのもあるんだ。家だといろいろあるし。
どういう方法があるかはこれから相談するなりなんなりする。だから」

正式に家族になろう。
うしろめたさから距離を置いてきた血の繋がりを持つ兄はそう言ってくれている。
ずっとそばにいた血の繋がりのない兄には憎まれ疎まれ疎外されてきたというのに。

「……」
「行き成りですまん。でも。前から思ってたんだ。子どもたちは君に懐いている。
嫁さんも君さえよければと言ってたし。…俺は、もう、過去の事は見ない。
家族が居ればいいと思うんだ。その中に弟が居る。何も悪い事じゃない」
「……」
「ああ、それで借金を消せなんて言わない。必ず返す。そこはきっちりする。
借りておいて返せない兄貴なんてなあ。はは。これ以上情けないのはな」

苦笑する兄に雅臣はただ笑って返すだけ。

「まさかそこまで心配してもらっているなんて思わなくてなんて言うべきか分からず」
「いいんだ。おせっかいな兄貴が心配になっただけで…な」
「……兄さん。気持ちはとても嬉しいです。でも、私は今のままでいいと思っています」
「どうして?その、昔の事は」
「たとえ本当の父が藤倉家の人間であったとしても。母は大野家に嫁ぎました。
だから、私は大野家の人間です。母を1人にはできない」
「…そう、か」
「お互いに戸籍や家柄に翻弄されてきた人生です。
このまま戸籍上は他人のまま一生が終わってしまっても構わない。ただ、
兄さんが母も私も恨まずに弟として接してくれるだけで、それだけでいい」
「…雅臣君」
「ほんとうに。それだけでいい。私も母もそれで救われる。勝手な考えかもしれないけど」
「いや。いいんだ。そうだな。君にも君が築いてきた家があるんだ。無理に壊すこともない」
「…ありがとう」
「いやいや。うん。いいんだ。すっきりしたじゃないかお互いに!な!」
「あの」
「ん?なんだ」
「すっきりついでに。いや、ついでというのも言葉が悪いのですが」
「ああ。なんだ?どうした?俺に相談か?」
「はい」
「君が俺に相談とか…その、あんまり頭を使うのはやめてくれよ?」
「大丈夫です」
「で。なんだ」

熱弁しすっかりぬるくなったビールを飲む兄をしり目に
先ほどよりも真面目な顔になった雅臣が続ける。

「亜美の事です」
「ああ。亜美がどうした?」
「…私は」
「そうだ。亜美で思い出した。あいつもそろそろ彼氏とか家に連れてくる年頃だろ?
うちは男との付き合いは20歳からって躾てるんだがな?気づいたらもう20歳。
どうしたもんか。保育園は男が多いのか?最近は男の保育士も多いそうだし。
給料低そうだしなあ。亜美にはしっかりした仕事についた大人の男がいいと思うんだ」
「兄さん。私は…その、亜美を愛」
「しまった!すまんがそろそろ部屋に戻るよ!子どもたちと約束してたんだ!」
「へ」
「亜美の話はまた今度。俺も聞いてほしいことがあるんだ。年頃の娘は大変だよほんと」

こちらの本題に入る前に兄は慌てた様子で立ち上がり部屋を出ていく。
ぽかんとした顔でそれを見ている雅臣だったがとりあえず立ち上がり
玄関をロックして。また部屋に戻ってきて。押し入れを開ける。

「……あの」
「……はい」
「……亜美」
「……」
「どうしようか」
「…まあ、その」
「うん」
「上に乗っかってる時点でやめる気はないですよね、あなた」
「ないね」
「じゃあ聞くな」
「君の合意が欲しい」
「…私が断ると思った?」

さりげなく首に手を回す。

「少しだけ思った」
「…あなたは私のもの。これからもずっと。だから揺るがないの」
「そう。なら、よかった」
「もう来ないよね。来ても開けないで。ね?雅臣さん」
「そんなしっかり掴れたら動けない」


終わる




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2014/03/12