家族


「んー…今何時?…ぅう…眠い」
「…もう少し寝よう」
「あんまのんびり出来ないでしょ。…お風呂行かなきゃ」

ゆっくりと目を開けると脱ぎ散らかした自分の浴衣がと帯が見えて
体の向きを変えると彼の顔が見えた。まだすごく眠そう。目が開いてない。
亜美もまだもっと眠りたい所ではあるけれど。なんとか体を起こした。

「風呂?なら」
「朝風呂行ってきたって事にして部屋に戻らないと」
「…ああ。そうだった。そうだったね」

のんびり2人での旅行ならずっとこのまままどろんで居られたけれど。
今回は家族も一緒に来ている。そして亜美は抜け出して来たまま。
そっと部屋に戻るにしても理由が必要だ。あとこのままはまずい。

「あん。もう。寝ぼけてるんですか?ほら。一緒に行きましょ。
昨日は部屋のお風呂だったんでしょ?じゃあ最後くらい広い風呂でのんびりね」
「…私は別にこだわりはないのだけど。まあ、君が言うのならそうしようか」
「背中流せなくて残念」
「それだとまた君を帰せなくなる」
「そっか」

着替えをしつつ甘えてくる彼にキスを返して部屋を出る。
目指すは大浴場。時間も早いせいかまだ誰ともすれ違わない。
家の人たちも今頃ぐっすりだ。何時もそう。中々起きない。

「のんびり入ってくるから。私に構わず先に戻って」
「はい」
「楽しい旅行だったね」
「帰るまでが旅行ですよ。まだ何かあるかもしれないし」
「ははは。じゃあ、また後でね」
「お風呂で寝ないでくださいね。死ぬから」
「はいはい」

亜美がゆっくりと湯につかり身なりを整え外に出てくると
朝風呂に来た宿泊客の姿はあったが彼の姿はなく。
まだ入っているのかもう出てしまったのか定かではないが
まずは部屋に戻ろうと家族のもとへ戻る。

「姉ちゃん朝風呂いったの?すげえ…俺寝てた」
「あんた何やってんの怖いじゃない」

静かな部屋。鍵はこっそり持って行っていたから開けて。
寝てるよねとドアを開けたら正志が突っ立っていてびびった。

「…へ?…ああ。…ほら俺…新聞配達でいっつも朝早いじゃん?」
「うん。そう、だけど。……で?」
「何かわかんないけどとりあえず朝早く起きるんだ。なくても」
「凄いのか馬鹿なんか」
「…俺も風呂いこ。2回行ったらなんかお得だよな。…いこいこ」
「ちょ、ちょっと!そんな恰好で外でないでよ」

完全に覚醒してないが何時もの調子で朝早く目が覚めて起き上がったらしい。
怖かった亜美だが正志の乱れた浴衣を直してやって見送った。
ということで開いた布団に潜り込む。あったかいのでもう少し寝れそう。


「母ちゃん母ちゃん。俺野球やる!野球!」
「どうしたの行き成り」
「体鍛えるんだ!」
「え?」
「なに馬鹿やってんの。いいからご飯行くよ。朝もバイキングだ」
「まじ!やった!じゃない!俺絶対体鍛えるから!」

ゆっくりと眠っていた藤倉家だが帰ってくるなり大暴れの正志に起こされる。
物凄く興奮した様子で母を起こし亜矢にキツく怒られていた。

「野球でもなんでも好きにしたらいいじゃない」
「姉ちゃん知ってるか!おじちゃん父ちゃんと全然違うよ!
足長い!お腹ダルンってしてない!パンチしたら硬かった!他も」
「ちょ!パンチって何やってんのあんた」
「正志!馬鹿!馬鹿!嫌い!バカシ!あほ!」
「亜矢までなに暴れてるの!ちょっと!こら!亜矢!落ち着け!」
「…そうか。…そんなに凄いのか…そうか、…ま、まあ、…弟だし、…弟、だし」
「お父さん!しょげてないで亜矢を止めて!」

嬉しそうな正志、怒り狂う亜矢、困り顔の母、すみっこで落ち込む父。
とりあえず亜美は叫び静止させる。誰かの腹の音がした。

「ああ、うん。風呂上りに彼と会ってね、聞かれたから野球を進めたのは私だよ。
そうしたら行き成り腹にいいパンチをもらって驚いた」
「ごめんなさいあいつ馬鹿だから。怪我は」
「姉さんの腕力に比べれば彼はまだまだ」
「え?なにか?」
「いや。別に。それよりも亜矢ちゃんが全く話をしてくれないのは何でだろうね?」
「恥ずかしがってるんですよ。年頃だから」
「そうなの?昨日の夜までは話をしてくれたのにな」
「暫くそっとしておいてください」
「そう。じゃあ、その、…兄さんが私を見ようともしないのも年頃なんだろうか…?」

朝食バイキングをまだ皿を持ってうろうろしている正志と
デザートを吟味中の亜矢。お母さんはお茶を飲んでいるしお父さんはコーヒー。
亜美はさりげなく後から来た叔父さんに近づく。

「…兄弟って、複雑なんですね。頑張ってください」
「え?と、…うん?」

全く事情が呑み込めない彼に亜美はただポンと肩をたたいたのだった。

「あと。大丈夫ですから」
「ん?何が?」
「貴方はもう1人にはなりませんから」
「……」
「貴方よりも若い私が居るもの。私がずっとそばに居る」
「…亜美」
「父さんには近いうちに。ふふふ」
「なんだか怖い笑みだけど。いい案がありそうだね」
「まあ。そこそこ」
「そう。なら、……もう少しだけ、…この淡い期待をもっていようか」
「え?」
「コーヒーのおかわりをもってくるよ。兄さんの分も。挨拶をしないとね」

終わり


2014/03/12