悩む


「……はあ」

喋り倒して電気を消して寝転んで。側で寝息が聞こえる。
何度と無く寝返りをうって時計を見るともう深夜12時。
やばい。全然眠れない。

「……」

一人暮らしをしている友達の部屋に上がり込んでお泊り会。
ワンルームでも可愛くレイアウトして、それなりに快適そうで。
何よりなんの干渉もない。自分だけの部屋。
あんな豪邸に住んでいてもやっぱり一人暮らしは憧れる。
と。明るいうちはそんなことを考えていたのに。

こんな時間じゃ寝てるかな。寝てるよね。もしかしたら起きてるかも。
ちょっとくらい声とか。いや、寝てるよね。メールだけでも。寝てるよね。
読まれないのに送ったって馬鹿なだけだよね。

「どうしたの亜美」
「あーうん。なんか…」
「だから言ったじゃん。食い過ぎだって」
「何の話だ。…ちょっとコンビニ行ってくる」
「マジで!?まだ食べるの!?」
「うっさい」

友人いわく、この部屋を選んだのは大学に近いのとマンションの1階に
テナントとしてコンビニがあるかららしい。確かに階段を降りたらすぐに
コンビニがあるというのは便利だ。
でもそこへは行かずに少し離れた所に座る。欲しかったのは明かりだけ。
12時でも車の通りも人の気配もあって夜中に1人でうろついているという
危機感というものはそれほどない。怖がるほどにもう子どもでもないし。

『……こんな時間に、…どうしたの…』
「やっぱり寝てますよね」

10回コールして出なかったら諦めるつもりだった。
でも5回目で出てくれた。酷く眠そうな声で。

『…寝ているよ。私は夜行性ではないんだ……ぁあ』
「……ごめんなさい」
『それで。何だろう?君は友人の部屋に泊まりに行ったはずだけど』
「…うん。でも。何となく眠れなくて。ちょっと…声聞けるかなって思って」
『ほう。それはまた珍しい…』

自分でも思う。彼が出張で3日居なくても電話なんかかけなかった。
メールだってそんな沢山しない。どうせ帰ってきたら散々見るし聞くのだから。
でも今は無性に今声が聞きたかった。

「…おこった?」
『怒っているつもりはないよ。…ただ、君のその行動原理を解説願いたい。
私にはそれを聞く権利があると思わないかい』
「ですよね」

そして、そんな事をしたらきっとこの人なら明確な理由を知りたがるということも。
何時もメールしてるとか電話しているようなら彼は疑問をもたないだろうけど。
明らかに何時もと違う事をしている。

『それで?何がそこまで君を駆り立てたのか、順をおって聞こうか』
「眠いのに?」
『君は私の睡眠を悪戯心で邪魔したのかい?』
「…ううん。そんなのしない」
『では、なんだろうね』
「……好きだから」
『好意的な返答は私としては好ましいけれど。それが真実であるかの確証には乏しい』
「もー。…じゃあ。明日。じゃない、もう今日か。明るくなってから話しましょ?確か講義が」
『今日は短大の講義は休講ないんだ。大学で所用が出来てしまったからね』
「え。…や。やだ!やだ。…そんなのやだ」
『亜美?』
「…何でそんな事するの?ひどい…雅臣さんの馬鹿!」

カッとなりやすいのは誰の血だろう。考えるまでもなく、父だ。
何も怒ることじゃないのに、自分でもソレはわかっているのに。
もっと話をしたかったのに気づいたら勢いで切ってた。
かけ直すこともできなくて深い溜息をして、部屋に戻って。
ぼんやり寝転んでいたらいつの間にか眠ることが出来た。


「大野先生の講義今日はお休みなんだねー」
「楽しみにしてたのにな」
「あんたの場合講義じゃなくて先生に会いたいだけでしょ?」

もしかしたらと確かめに行ったらやはり掲示板には休講の文字。
亜美は深い溜息をして、憂鬱なまま残り僅かな講義をこなす。
その間に電話もメールもしていないし、携帯を見るのも怖くてカバンに封印した。
彼を納得させられるような明確な答えを見つけられないまま昼を過ぎて。

「……」

短大で彼に与えられた部屋の前まできてドアを確認するがやはり開いてない。
どうしよう、やっぱり電話してきちんと謝って話をするしかないか。
とにかく電話をする勇気を出してカバンからやっと携帯を取り出す。

『会って話をしよう』
『どこに行けばいい?』
『寝てしまった?』
『何時もの公園で待っているから来て欲しい』

そのメールを読んで亜美は真っ青な顔になり猛ダッシュ。
何時もはケチってバスを使うがそんな場合じゃない。タクシー。
まさか夜中ずっと公園に?1人で?今も?どうしよう。どうしよう。

「ああ、亜」
「いやーーー!」
「ちょ、ちょっと…いきなり悲鳴はやめてくれないか。…人が見ているから」
「雅臣さんごめんなさいーー!」
「うわっ…」

家の近所にあるなんてことない公園。
でも待ち合わせたり散歩したりと何かと利用する。
車から降りてダッシュで中へ入り左右を確認。ベンチに座る彼を発見した。
亜美はそのままの勢いで彼に飛びついた。

「ごめんなさい!私のせいで!風邪ひいてない?調子悪くない?」
「え?…普通だよ」
「ほんと?でも…あれからずっとここに」
「まさか。メールをしてみたが君も寝てしまったようだったし、私も寝たよ。
君の講義時間は把握しているから。私も用事を済ませいま来た所なんだ」
「……」

なんだよ。騙されたよ。だったらメールしといてよ。
のんきに今来たじゃねーよこっちはタクシーまで使ったよ
なけなしの1400円返せよ。くそ。くそ。恥ずかしい。

「さて。話を」
「嫌い」
「ん?何が?私が?なら君の心変わりの理由を順序立てて話してくれる?
もちろん、私が納得のいくようにね。そうでないと到底その言葉は飲めないな」
「…そういう理詰めで責めてくる所とか」
「私はただ明確な理由が知りたいだけだよ。原因があるのなら改善したいし。
そうすることで君の気持ちを繋いでおける可能性があるのなら」
「……もういい」
「何がいいの」
「どうしたって結局私は雅臣さんが好きなんだもん」

初めて好きだと告白をして、初めてエッチした男の人。
父親の弟でも、性格に難がありすぎても何を言われても。
きっとこの気持は変わらない。
自分だって大人になったのだからもっと冷静に反論とか回避とかしたいのに。
出来ない。それが悔しい。ふくれっ面をして視線をそらす亜美。

「私も亜美が好きだよ」
「ここじゃ何だしどっかでお茶でも」
「そうだね」

そういえば走ってきて喉はカラカラ。
詳しい話をするのは後にして今は適当に見つけたカフェに入る。
注文をして。お冷をゴクゴクと飲み干して。

「…ふう。生き返る」
「いい飲みっぷりだ」
「馬鹿にして」

さり気なく正面に座っている彼の手をにぎると優しく握り返された。

「…私は君に馬鹿な行為をしたのかな。いい加減学習したいと思うのにね」
「……」

亜美がカッとなって馬鹿って言ったのを気にしている様子。

「自分はそこまで馬鹿だという自覚はないものだから、分からない所で君に
酷いことをして、ついに君に愛想をつかされたのかな。それで合っている?
どうだろう?私としては否定して欲しいのだけど…」
「ちょっとかすってるけど。大丈夫セーフセーフ」
「…かすっている?じゃあ、やはり何処か」
「あ。パフェきたー」

核心に入る前に注文していたパフェが来たのでそちらを優先させる。
相手もそれを邪魔する気はないようで大人しく自分のコーヒーを飲んだ。
30分ほど店に滞在して特に会話も弾ませず淡々と会計をしたら家に帰る。


「いつまで見るの?」
「…気が済むまで」
「ならせめてキスくらいしてほしい」

走ったから汗臭いと帰るなり風呂に向かう亜美。
追いかけたそうにしているが気を使って何も言わない雅臣の手を引いて。
軽くお湯をためて風呂に入るなり彼の膝に座ってずっと顔を見つめる亜美。

「……」

言われるままにそっとキスする。

「……そろそろ話をしてくれる?」
「…うん」
「嫌われたわけではないよね」
「うん」

嫌いになったら一緒にお風呂なんて入らない。キスもしない。

「……」

でも彼は安心はしていない。説明を聞くまでは。
何もせずじっと亜美の答えを待っている。

「……、…もう…卒業するから」
「だから?」
「…雅臣さんの生徒じゃなくなるなって思って」
「……は?」
「友達がそんな事いうから。寂しくなるねなんて言うから」

そういえばそうだと思い直して。悶々として、結果あんな電話をかけた。

「…え?…それだけかい?」
「そう…」
「卒業後も一緒に住むんだよね?」
「うん」

一人暮らしをしたいなと憧れたけれど、部屋も調べたりしたけれど。
月給の安さとあと家族のために貯金なんかしたいと思ってしまって。
社会人になるのだし多少家賃的なお金を払うと話をしたら
雅臣はただ笑って、そのままその話は流された。

「君の意図がよくわからないよ…」
「……わからないと思う。だって、雅臣さんはずーっと先生だもん。大野先生」
「……」

こっちはかなり気にしてるのに。あと僅かしかないのに。
休講だなんていうから。余計に腹が立ってきた。そんなの彼には関係無いし、
仕事のことはしかたのないこととわかっていながら。でも、ムカついた。

「生徒の気持ちなんてもう30年以上昔の事だし忘れてる」
「それは言いすぎだ」
「……もっと先生と一緒に居たいのに。もう席に座れないって寂しいんです」

たとえ家に帰れば顔を合わせる人でも。恋人でも。叔父でも。
普段と仕事はきっちり分けているタイプだから余計に新鮮だった。
最初は何で短大にまで来たのと嫌がっていたのに。避けていたのに。
結局彼の講義は興味なくてもとっていた。レポート課題は毎回ギリギリでも。

「…私を見ないようにしていた君からそんなセリフを聞くなんてね」
「……」
「そうだね。私にとって生徒というものは何時迄も留まることはないものだ。
むしろ留まれると困る。その辺の感覚は生徒よりも冷めているかもしれない」
「……」
「そんな顔をしないで亜美。君は先生になるんだ。何時迄も生徒では困る」
「……はい」

かっこよかったのにな。何言ってるかよく分かってなかったけど。
でも、確かに進まないとダメだ。留まるなんて出来ないこと。
どれだけ見ていたくても、だめ。
わかってるけど何故かあの時は子どもみたいに駄々をこねた。
まるで全部が終わってしまうかのような、へんな焦り。

「聴講は受け付けるよ。どうせ寝てしまうだろうけどね」
「…巨乳の可愛い助手さん付きで」
「彼は可愛くないよ。どちらかというと貧相だよ」
「彼。あ。ああ。あっちの助手さん。まだ頑張ってるんだ」
「どういう意味かな」
「もう。…変な意味にとらないで。…ね。先生」

ゴキゲンを伺うようにもう一度亜美からキスしてぎゅっと抱きつく。

「……亜美」
「…私、いい先生になれるかな」
「それはこれからの君の努力次第だろうね」
「もう。そこは嘘でも励まして」
「子どもというものは未知数だからね。私の経験では計り知れない世界だ。
安易な意見を述べて後で亜美に違ったと怒られるのも嫌だから」
「意地悪な言い方」

でも何故だろう、もし行き詰まったり嫌なことがあったりしたら。
彼にそんなことをしてしまいそうな気がしないでもない。

「何事も経験」
「はいはい」

どうせペーペーの自分じゃ先生にはかないません。
亜美はすでに内心では毒づいていた。

「確かに私は意地悪かもしれない。…けど、君にはとても甘いつもりだよ」
「ほんと?」
「おや。足りない?…じゃあ、もっと甘くならないといけないかな」
「なんか怖いからいい。今のままでいい。…このまま。えっちしよ」
「やっとお誘いが来た」

嬉しそうに微笑む雅臣に亜美もつい笑って返して。
何度目かのキスをする。今度は彼もその気になっているせいか
しっかりと亜美の体を抱きしめて。しっとりとした長いキスを。

「……時々監視しに行きます」
「なら…私も見に行っていい?」
「なにを?」
「藤倉先生の頑張っている所」
「それは絶対に許さん来たらぶっ飛ばす」
「……」



おわり?


後日談「悩ましい」はこちら




2015/05/20