悩ましい



「……聴講は受け付けるって言ったもん」
「それは君が卒業してからの話だ」
「今だってもうほとんど先生の授業なくって寂しかったんだもん」
「だからといって何も言わずにいきなり来るのはマナーとしてどうなんだろうね?」
「……言ったら断られるかもしれないしぃ」

場所は雅臣が正式な教授として働いている大学で、彼に与えられた個室。
壁に追い込まれ理詰めで問い詰められて、亜美はそこまで怖がってはないが
歯切れの悪いモジモジとした態度で返事をする。
彼が激怒までは行かないがそこそこお怒りなのは察している。
他人のことなんてよほど何か無い限りは名前や顔を覚える気すらないのに。
亜美の行動となると人一倍神経質ですぐにイライラするから。

「なんだって?聞こえない。もっとはっきり言ってくれないかな」
「そーやって文句言うからこっそりきたんでしょ?」

彼に言わなかったのは今回は今後の下見であり特に聴講をする気は無かったこと。
色んな出会いがあるであろう大学へ亜美を来させまいとする可能性があったこと。
あと、就活も終わってしまって後は卒論と出席日数だけの問題で暇になり、
先日の話しもあって突発的に来てしまった。というのが一番大きい。

「これが文句に聞こえるかい?…私の文句がどんなものであるか教えてあげようか」
「いいです日が暮れる」

そんな事馬鹿正直に言おうもんなら失笑されて文句の嵐だ。
ついでに「そんなに暇なら卒論もっとハードルあげようね」みたいな
洒落にならない事を言い出しそうで。見つかったのは本当に痛い。
亜美は2,3回来ただけだが彼にとっては職場なのだから逃げても無駄。

「君も少しは学んだらどうだい。…法律上はもう大人なのだから」
「大人扱いしてないくせに」
「大人扱いしてほしいと思う精神がまず未成年特有の”生意気”というものだよ」
「……。今のは言いすぎじゃないですか?」
「……、…そうかもしれない。ごめん」
「…泣くかも」

私のことになると感情的になってワガママになって。冷静さが飛んで行く。
いい歳して。どれだけ天才的な頭脳を持っていても。
彼はそこまでは上手くできてない。その辺はむしろダメダメ。
ずっと一緒に暮らしてきたのだからそれはよく、わかってる。

「ごめん…でも。……ああ、…君がいけないんだ。…君のことになると」
「……うん。わかってる」

亜美の目が潤みはじめたのを見て少しは落ち着いたのだろうか。
睨んでいた視線を他所へ向けて、そのまま自分の席へつく。
それでもまだくすぶっている様子で落ち着いているとは言いがたい。

「私は……ただ、君の行動の説明が欲しいんだ。君を理解したい。
どんな些細なことであろうとも分からない部分なんて欲しくない」
「…スリーサイズは」
「上から」
「言うな殺すぞ」

言った覚えなどもちろんない所をまったく躊躇する様子もなく
すんなり言おうとするのをとめて。なんなら身長体重も足のサイズも
ぜんぶ言ってやろうかといわんばかりの彼が怖い。毎度ながら。

「失望するだろう?亜美。こんな私の講義なんて聞いてもつまらないだけだ。
聴講をするよりも子どもたちと触れ合っている方がよほど有意義だよ」

それとなく近づいていくと疲れたようなため息をしながらそんなことを言う。

「…やだ。聴講はする。浮気防止」
「君ね」
「……やだ。やだ。…子どもでもいい。…やだ!」

亜美は椅子に座る彼の後ろからぎゅっと抱きついた。

「……好きにするといい。受け付けると言ったのは私だしね」
「だからって当てるの無しね?絶対に答えられないから」
「当然、寝ていたら当てるよ」
「げえ」

そしてその困った顔をする頬にキス。

「…ごめんね亜美。君がただ単純に私に会いに来ることがあるのかと考えていたんだ」
「え?」
「君はそれほど勉学が好きではないし、長ったらしい話を聞くのも得意ではない。
だから積極的に来たがるのは何か目的があるんじゃないかと思っていた。
家に帰れば会えるのに。…もしかしたら、誰か他に会いたい人がいるのかもとね」
「……」
「そこを理解できないでどうして君を理解できると思うのか。愚かしい考えだ」
「まあ。…そう、思われても仕方ないですよね。普段からそんな聞いてないし」

だからって遊んでる訳でもない。藤倉家は進学できるような家じゃない苦しい家計。
ほぼ叔父さんの援助を受けたのだから、きちんと卒業をして就職する必要がある。
必要な科目については必死に勉強した。
実習だって筋肉痛やらプレッシャーやらでひどい目にあったけど切り抜けた。
でも彼の講義ではもっぱらぼんやりしてるか眠そうな顔をするか視線をそらすか。

「君は…純粋に私に会いに来てくれるのかな?」
「職場は既婚者かちびっこばっかりだけど、大学で若い男に目移りすると思ってるな?」
「なんだ、君のほうが私を理解しているね。はは…」
「…だってわかりやすいもん」

彼の苦笑する顔がなんだか寂しそうで。
亜美はさらにぎゅっと抱きつく。

「…こんなに君を疑い嫉妬して…私は君の恋人には向いていないのかもしれないね」

狭い世界で生きていた少女から大人の女性になり広い世界へと巣立っていく。
亜美が大人になるにつれてその捻くれた感情がひどくなる。

「でも叔父さんには戻してあげないからね。しれっと私の処女もってったんだもん」
「…うん」

その度に彼女は抱きしめてキスをしてくれるけれど。

「でね。…先生。お願いがあるの」
「なにかな」
「…膝に座ってもいい?」
「…え?あ、うん。どうぞ」

不思議そうな顔をする彼の膝にまたがって座る亜美。
首に手を回して。近い所で見つめ合う。

「……実はさっき偶然にもお話を伺ったんですよね」

にっこりと微笑みながらも目の奥が笑っていない亜美。

「話し?誰に?何の?君何でそんな怖い顔しているの?」
「独身の大野教授の為に学部長が若くて可愛い女の子を紹介するってお話」
「ああ、それか。今までに何度も話をしたことだよ。当然お断りした。私には恋人が」
「何でも先日はその女の子とお食事したってお話じゃないですか?」
「2人きりではなくて人数が居る中でだよ。私は嫌だったのに無理に連れて行かれて」
「おい」
「な、なに?君物言いが物騒だよ?殺人は犯罪だよ?暴力も反対だよ?」

あ、これは不味い。と相手も察したのか咄嗟に手を上げて降参ポーズ。

「ウチの家訓で決まってるんです。いっぺん掴んだもんは絶対離すなって」
「…君が掴んでいるのは私の服の襟首なのだけど。やっぱり殴るのかな。まだ講義が」
「聞け」
「はい」

いつ亜美の拳骨が顔面に降り注ぐのか恐怖でいっぱいではあるが
彼女が膝に座って逃げることも出来ず。緊張しながら彼女の話を聞く。

「雅臣さんほどでなくても目を引くほどの頭のいい女の子が居たとします」
「はあ」
「めちゃ可愛い上に巨乳です。わあどうしよう凄いタイプー…みたいな」
「…は、はあ」
「ここには毎年沢山の人が出入りしますもの。何時かはそういう出会いがあるかもしれない」
「可能性を否定をするのはナンセンスではあるけど。それはあまりにも酷い言いがかりでは」

どうやら即座には殴り込まれないようなのでさり気なく手をおろして
彼女の腰にまわし抱きしめる。

「もう一度確認をしますよ。雅臣さんは誰ものですか」
「亜美」
「そう。私のもの。掴んでますからね、離したりしません」
「……はい」
「何照れてるんですか」
「いや。その、…君にそんなはっきりと言ってもらうと恥ずかしいというか」
「はあ?」
「…すいません」

ややキレ気味の亜美になすすべもなくただ頷く。

「こっちなんか可愛いちびっこなのに。そっちは巨乳が」
「そろそろ胸から離れない?」
「じゃあ尻を触るのやめて」

亜美の言葉に腰から下へ伸びていた手がさりげなくまた腰へ戻る。
ここへ来て聴講はしないつもりでも情報収集はする気だった。
主に大野先生の女関係。全くと言っていいほど出てこなくて安心したのに。
でも上司はそれをよしとせずあれこれと女性を紹介しているらしいとのことで。

「たとえ何人紹介されてもどんな人と出会ったとしても同じことだよ。
ね。亜美。私も小さなことで目くじらを立てて申し訳ないと思っている。
深く反省している。だから、もう水に流して仲良くしよう」
「次の講義何時から?」
「え?1時からだよ」
「あと30分か」
「聴講するかい」
「30分じゃ勃起させられても一緒にイケないじゃない」
「え。い。今から?」
「だってあと何回ここでデキるかわかんないし。記念的な意味も含めて」
「記念でセックスするの?」
「何なら記念撮影でもします?」
「……え。あ。…そ、…そういう、…撮影?」
「普通に記念撮影だって言ってんでしょ。何を想像しているんですかキモいです」

だいたい想像はつくけど頬赤らめてまんざらでもない顔をしているのが怖い。

「記念か。…そんなもの考えたこともなかったな」
「ここで準備万端にして待ってるんで。終わったらすぐ来てね」
「準備」
「シャワー無いけど…脱いで待ってる」
「今日はもう休講にしよう」
「だめです。てことで。準備しないとダメなんじゃないですか?もう時間せまってる」
「……中途半端に興奮させた状態で講義をしろと言うのは中々酷い」
「がんばってねー」

怒ってる時とはいえ散々人を馬鹿扱いした罰。というとちょっと可哀想だろうか。
軽いキスだけして彼の膝から離れる。彼は渋々講義をするために部屋を出た。
自分が居ない間に部屋に誰も、特に助手が入ってこないように鍵をして。
残された亜美は彼の座っていた椅子に座って先生気分を味わってみたり
大学から与えられているパソコンを勝手に起動させてネットの履歴を確認。
もちろんメールを見たり。でもどれも彼の趣味の範囲内で女の影は無し。

「…私も雅臣さんのこと全然言えないよね。こんなマジになって詮索して」

もしかしたら部屋に女の影がとか思ってガサゴソして家探しする始末。
我に返り苦笑。来客用のソファに座って大きく背伸び。どうせ90分は戻ってこない。
寝るか。いや、寝たら絶対きっちり起きられない。何をするか。


「私の上着で何をしているの?君」
「あ。お、おかえりなさい」

講義を終えて足早に自分の部屋に戻ると何故か自分のブレザーを着ている亜美。

「寒いの?」
「そ。そうなんです。…ほら。中裸だから」

ちらりと脱いでみせると中は下着すら付けてない状態。

「……そ。そう」

雅臣は道具を机に置いて、ソファに座る亜美の前へ。
正面からきちんと彼女の裸体をみようというわかりやすい魂胆。

「……」
「……」
「…あの。…見てるだけ?」
「あ。…いや。……よし。記念だ。やろう」
「……雅臣さん。き、記念に。……ね。……な、中に出し」
「教授ー!大野教授ーー!ちょっとー!話の途中で閉じこもらないでくださいよー!」

外の人はかなり焦っている様子で乱暴にドンドンとドアを叩く。

「……何か大変そうですね」
「巻いたと思ったのに」
「記念はまた今度にして。用事を終えてからじっくり雅臣さんの部屋でしましょ」
「仕方ない」

唇と胸にキスをして彼は立ち上がり部屋を出て行く。
外で何やら話をしている間に亜美は服を着直して。
彼の上着を戻して。

「……まだまだチャンスはあるんだから。焦るな焦るな」

静かに戻ってくるのを待つ。

「教授困りますよ。話してる途中でいなくなるとかありえないです」
「はじめに私はとても急いでいると話をしたはずだよ。それを無視して
君たちが会話を始めるからいけないんじゃないか」
「そ、そうですけど。相手は学部長じゃないですかそんな」
「相手が誰であろうと私の邪魔をする権利はないんだ」
「邪魔?教授何かやってるんですか?そういえばずっと部屋に鍵がかかってるし」
「さて、私は変える準備をするのでこれで失礼するよ」
「ま。待ってくださいよ」
「講義は終わっているのだから、仕事はきちんと終えたはずだよ」
「この前の食事会のことであのお嬢さんからしつこく聞かれてるんです」
「何を」
「教授の感想…というか、その。どんな感じかとか」
「漠然としたものいいだ。私はこう答えておこう。興味が無い」
「……ですよね。言うと思った」

助手を振り払いドアを開けると何故か張り付いている亜美がいたが
着替え終えているようなので何も言わず彼女を連れて大学を出た。
話を聞いていたからか相手からも特に何の質問もなかった。

「…待てない感じ?」
「うん」
「…ま。まって。今ホテル入るから」

ただ意地悪い手がコソコソとズボンのチャックを下ろすまでは。




「先生と生徒プレイ…」
「え?何するの?」
「雅臣さんが園児をする…」
「わ、私がするのかい!?」
「……だめだ。流石にこれはやばい。幻滅しちゃう」
「良かったよ君が思いとどまってくれて」
「じゃあ私が」
「……」
「そんな期待のこもった目でみないで。しないから。園児しないから!」


おわり



2015/06/04