HP乗せるほどでもない?SS
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「コレどうしたの」
「駄々っ子してママに怒られて拗ねて泣いて疲れて寝ちゃった幼稚園児です」
「……あそう」
渉が帰宅するとリビングのソファでお気に入りのクッションを抱きしめて寝ている司。
でも健やかに寝ているというよりは涙と鼻水と赤ら顔で見るからに疲れきっている。
これはナニカあった。それも結構めんどうなやつ。渉は恐る恐るキッチンで仕事中の
百香里に確認すると彼女からは冷静な返事が帰ってきた。
「ほっといたらいいんです。聞き分けのない子は知りません」
「でも凄い顔で寝てるけど。何ねだったの?おもちゃ?ぬいぐるみ?」
「どうしても限定のチョコがほしいってお店で大声でぐずって。大変でした」
「買えばよかったじゃん。おやつは1日1個だろ。限定ってもたかが知れて」
「1万円するんです」
「あ」
それは無理だ。一粒200円の高級チョコに不快感を示す人だから。
「それも30CMもある大きなクマさんのぬいぐるみチョコなんですよ?」
「司からしたら夢のようなチョコだけど。流石にちょっと買い与えるのは早いかな」
「できるだけ優しく言ったんですけど聞いてくれなくて。あんまりにもしつこくてつい」
「怒鳴ったの」
「そこまでは。でもちょっと厳しくしたかも。自分があまりそういうの言わなかったので。
言われた時の対処がわからないんです。怒るだけじゃ駄目なのは分かってても」
「起きたら甘やかしてやればいいさ。司にとってチョコよりもママのがずっと好きなんだから」
「いつか負けそうで怖い勢いですけどね。チョコのクマを前に凄い顔で大暴れしましたから」
「はは。何か想像出来るかも」
殺伐とした空気が少し緩んで司を寝かせたまま渉はいつものように晩酌をはじめて。
百香里は夕飯の準備。それが終わる頃にいつも総司と真守が帰ってくる。
いつもなら渉と喋って帰ってきたのを察知するとおかえりなさいと言いに行く司だが、
今はまだ起きてこないから静かなもの。
「えらい静かやと思ったら……ユカリちゃん、司鬼みたいな顔で寝てるんやけど」
「駄々っ子して泣いて疲れて寝てんの」
「あぁ。そういう」
先にリビングに入ってきた総司が司が居なくて不思議そうに見渡し寝ている娘を発見。
渉と同じ質問を百香里にするが忙しそうな義姉に代わりに渉が返事をした。
続いて真守も部屋に入ってくる。
「せっかくお土産を買ってきたのに。後にしましょうか」
「なにそれ。結構でかい箱だな」
「限定品らしいけどめっちゃ普通に買えたよな。売り切れたら不味いと思って
メーカーに電話もしとったんやけど」
「このキャラクターは日本ではそこまでの知名度がないんでしょうね」
「おいオッサンども。お前らまさか全長30cmでチョコレートの匂いがする
甘ったるいクマを買ってきたんじゃねえだろうな」
「何だ。もしかしてお前も司に買ったのか?」
「まあすぐに腐らんしええやろ」
「よくねえ」
クマにまつわるママと娘の物語を渉から聞いた二人は顔を見合わせ。
真守は箱を手に一旦自室へと戻る。
「総司さんお帰りなさい。真守さんはまだもう少し掛かりそうですか?」
「いや。もう来るよ。今日は煮魚?わあめっちゃ美味しそうやなぁー」
「いきなりどうしたんですか?」
「ほっとけばいいよ。なあ、司起こす?」
「はい。私が起こしますね」
「よろしく」
明らかにぎこちない声のトーンで怪しい総司を他所に優しく司を起こす。
まだちょっとムニャムニャしているけれどママに抱っこされて椅子についた。
泣いたので目が赤くて顔が膨れている。
「ただいま司」
「おかえりなさい」
返事もちょっと元気がない。
「今日はママもちょっと意地になっちゃってごめんね司。
明日はママとチョコレートクッキー焼こうか。ね?」
「チョコレートいっぱいやで?美味しそうやなぁ。ええなぁ司」
「1枚くらい残しておいてくれよ」
「やけどには注意するんだよ」
ママの言葉にパパと叔父さんたちがそれぞれ笑顔で声をかける。
いつもならそれでニッコリするところなのに。
「……」
返事はしないでちょっとうつむき加減。
拗ねて怒っているのかもとちょっと心配そうな視線を総司に向ける百香里。
「司?どうしたチョコクッキー好きだろ」
「チョコクッキーよりママが好きだけどママのいうこと…きけないんだもおぉん…ぅぁぁあんっ」
「こらフォーク持ったまま暴れるな危ないだろ」
「反省してるんやね。ああ、この子はなんて優しいんやろうか。可愛いだけやない心が綺」
「うっざい黙れオッサン。ほらユカりんだっこして。暴れるから」
「はいっ」
百香里に抱っこしてもらってやっと落ち着いた司は機嫌よさげにご飯を食べ始める。
それをみて大人たちもやっと夕飯を味わうことが出来た。
「ワガママもイヤイヤもいっぱい言うけどやっぱり甘えん坊だから
悪ガキになりきれないんですよね。そこも可愛くて大人は甘やかしちゃう」
「ほんま可愛い」
今日はパパとママと寝る!と意気込んでベッドに入ってくるなり
お休みなさいも言うまもなく寝てしまった司。夕方ちょっと寝たにも関わらず
子どもだからなのかムニャムニャ何か寝言を言っている。
「総司さんは司なら何でも可愛いんでしょう?」
「そらまあ。親はそうやろ?」
「父や母も私を可愛いと思ってくれてるかな」
「当然」
そんな娘に優しく布団をかけてあげて百香里は部屋の明かりを暗くする。
ベッドに戻って横になると総司が恋しそうに手を握ってきた。
「誰かに相談できればいいのにな。ママ友って難しくて」
「会社の奥さん方の集まりとか聞いて紹介したほうがええ?」
「馬鹿を晒したくないから遠慮します。……友達でも結婚して子どもがいるんですけど」
「ランチとかしてきたらえんとちがう?」
「それがまた話が合わないんです。その、相手は大体家事を手伝ってくれない
旦那さんの愚痴とか家の財政面の話しとかで。私はその辺下手なことは言えないし。
子どもの話をしたいなぁと思っても結局そっちへ……」
「難しいんやね」
「旦那さんの愚痴って言われても。うーん」
「本人目の前にして悩まれたらこっちはどうしたらええんですか」
「それもそうですね」
「もしあるんやったら赤ん坊に声かけるくらい優しいトーンで言ってな?
場合によっては僕明日から仕事できんくなるんやから……わかってるやろ?」
「そういうすぐに落ち込んで仕事に障るの止めてください。貴方は社長です」
「真守みたい……いや、真守ほど目が怒ってへんからセーフやな」
「そんな怖い顔で言うんですか?あの真守さんが?どんな感じなんだろう」
「そらもうめっちゃ冷めきった目で見てくるんさ。声も更に低いし。怖い怖い。
ユカリちゃんや司には絶対見せへんやろけど」
「貴方もそういう面がある?怖い怖い面」
「どうやろな。自分でも分からん。……エエ歳して自分が分からんって情けないけどな」
「もし私にDVをしたらお兄ちゃんが何処に隠れようとぶっ殺すって言ってました。
あと司を虐待したら弟さんたちが貴方を切り刻んで海の魚の餌にするそうです」
「周りのがよっぽど怖いやん」
アイツ等ならやりかねない。と本気で思ったのかドン引きした顔で握る手を強める総司。
百香里は司を起こさないように小さく笑っている。
「大丈夫。何があっても貴方は私が守ります」
「めっちゃ心強い。けどそれは俺が言いたかったなぁ」
「私総司さんと喧嘩しても結構いい所まで行ける自信があるんですよね」
「否定できん自分がほんま情けない」
「冗談ですよ。私はか弱い女性です。司は幼い園児。守ってください」
「もちろん。……司にもこの前プロレスごっこで負けたんやよなぁ」
「何をしてるんですか」
軽く総司のおでこにキスをして司にもして百香里は目を閉じる。
翌日の夕方。渉が帰宅すると甘い香りに包まれたリビングで寝ている司。
今度は泣きつかれた訳ではなくて一生懸命ママと沢山のチョコレートクッキーを焼いたから。
ご丁寧に可愛い包装紙と渉、真守、パパへと可愛く書かれたメモ付き。
どうなったのか心配だったのか兄たちもいつもよりずっと早い時間に帰宅した。
「そういやあんた等が買ってきたクマのチョコどうなったんだ?」
「義姉さんに渡した。そして、今お前が食べている」
「なるほど」
良い利用法だ。とクマの形に切り取られたクッキーを眺めながら渉は笑う。
「あんまり良くないです」
ビールとおつまみを持ってキッチンから出てきた百香里は不満顔。
それには若干真守は苦い顔をした。
「なんで?全部丸く収まったじゃん」
「幾ら可愛いからって司ばっかり甘やかして。危うく私だけ意地悪ママになる所でした」
「だから回避したろ?そんなふくれっ面しなくても。……ゆかリンでも拗ねるんだな。おもしろ」
「渉。義姉さんは母親として頑張ってるんだ。僕らも尊重しなければ」
「でもどうせ司が欲しそうなもんあったら買うだろ。俺も買う」
「お前」
「もちろん義姉さんに事前に報告してから。で、いいんだろ」
「……、すみません義姉さん。こういう弟ですが悪気はないんです」
「そこは分かっているつもりなので。大丈夫です」
「そうそう。大丈夫。俺たちは上手くやってける」
「何や珍しい。渉が前向きに家族のこと」
「は?あんたは知らねえ」
「えー……」
おわり