ちち
「もしもしユズですか。こちら司ですもしもし」
「はいはい何ですか。てか、その携帯いるか?」
お子様携帯を握って隣に座っている司。その顔は真面目だ。
そして何故か周囲を気にしている。
本人的にはこれはふざけているわけではない。
のだろうがどうにもふざけて居るようにしか見えない。呆れる渉。
「ないしょでおでかけしたいのでまっくいこ。まっく」
「却下」
「なんで?こーひーとかのめるよ?あ。だいじょうぶ司だせるもん」
「どうしてもあれがいいのか?」
「ユズがきらいなら…しゅ、…しゅたば…とか」
「あれもなあ。腹減ってんなら冷蔵庫になんかねえの?ママは居るだろ」
「だめだめ。ないしょなんだから」
よくわからないがどうやら空腹だから連れていけと言っているわけではなく。
ここでは出来ない内緒の話をしたいから連れていけと言っているらしい。
そしてマックなら自分のお小遣いでもおごれるから渉も安心、と。
これが真相でいいだろう。この子はそんな複雑な事は考えていない。
周囲を気にしている司の頭を撫で。渉はさりげなく家を出る。
百香里には適当に司を連れて散歩してくると伝えて。よくあることだから
母親は何も疑わずヨロシクお願いしますと言っていた。
「わあ可愛い」
「ハッピーセットねえ。お前それでいいな。どれ貰うか決めとけ」
色々考えたが本人が希望するならと渋々ではあるが司を最寄りのファストフード店へ。
時間帯のせいかさほど人はいないがそれでも十分騒がしい。子どもの声、学生の話し声。
それが普通なのだが。司はそんな事はどうでもいいようでおまけの玩具に夢中になっている。
「うん!……じゃ、ないよ!ここは」
「いいか司。女ってのはそう易々と男に奢るもんじゃねえ。奢らせろ」
「そうなの?」
「そうだ。ほら、次だぞ。ジュース何にする」
これは渉の想像だがあの人は自分が設定している月の金額以上の事はしない。
そして人に奢られるのが嫌い。遠慮とかいうものでなくて、たぶん、嫌いだ。
それが松前家のお財布を預かる兄嫁なので今さらどうこうする気はない。
干渉してくる訳でもないし、それで特に不便もない。
ただ、司にはそうはなってほしくないというのが渉の内なる願望である。
「…りんごがいい」
「お前先に座って席とってろ」
「ううん。ユズといる」
「すぐ行くから」
「……」
「しょうがねえな」
でもまんざらでもない顔をしてレジにたつ。
子ども用のメニューと自分はコーヒーだけ頼んだ。
そして適当に席に着いた。あまり人が居ない場所。
「ユズお腹すかないの?」
「それより。何だよ、話って」
「あ。うん。あのね。パパが怪しいの」
「怪しいのは何時もの事だろ」
「夜ね。帰ってくるのちょっとおそいし。すっごく疲れた顔してるし。
ママはお仕事大変だから疲れてるのって言ってたけど」
「……」
「パパはきっとにじゅうせいかつをしているにちがいないよ!」
「お前のその昼ドラから拾って来た無駄な語彙力どうにかしろ」
「マモはお仕事いそがしいからやめたからユズにみてきてほしいの」
「どうせおっさんだから疲れてるだけだって。あいつが浮気とかする訳ねーって」
若い妻に骨抜き以上のもう何か分からない気持ち悪い物体と化しているのに。
今朝だってイチャイチャと抱き付いて布団干せないと怒られていたのに。
それが二重生活なんて。馬鹿気ている。渉は鼻で笑い司のポテトを食べた。
「わかんないもん」
「…親父がそんな信用ならないのか?」
「だってパパ司とお風呂はいるって約束してたのにおそくなって…わすれちゃってたんだもん…
ずっとまってたけど…かえってこなかったんだもん……うぅううう」
「お、おい。泣くな。……約束破ったのは悪いな。よし、俺が適当に殴りつけとく」
「……」
「で。二重生活してんのか聞いてやる」
「……うん」
「大丈夫だって。あのおっさんにはママとお前しか居ねえんだから」
「…うん」
「最悪俺がパパになってやってもいいしな」
「……えぇ」
「な、何でそんな嫌そうな顔すんだよ!」
夕飯に人参が出てきた時よりも渋い苦い顔をする司。
素直な子なのでこういう感情もすぐに分かってしまう。
否定されて凄くショックな渉。
「はんばーがーおいしいな」
「……お前じゃなかったら置き去りにして帰るとこだぞ…」
「ほらほら。ユズあーん」
「食いかけを持ってくんな」
でも司が差し出したハンバーガーを一口かじる。
作戦、とまではいかないが上手く総司を百香里から引き離し
話をするという事で店を出て家に戻ることにした。
司はおまけの玩具にすっかり夢中になり渉は複雑な気持ち。
「な、何や急に」
「おいテメエ」
「か、金か?なんぼや?そんな怖い顔せんでもお小遣いあげるて」
このもやもやは馬鹿兄貴で発散しよう。ということで。
司にはママを引っ張っていってもらい総司だけを部屋に連れてきた。
弟が行き成り怖い顔で睨んで襟首をつかみ上げるから総司は驚いた顔。
「テメエが司との約束すっぽかすからとんだ迷惑こうむってんだ特別ボーナスくらい出せよコラ」
「え?え?え?」
「司と風呂の約束すっぽかしたんだろ?何でだ?女か?」
「あほぬかせ。…あれはその、まあ、…なあ」
「何だよはっきりしねえな」
「兄さんは体を鍛えようとしているだけだ。それも心が折れかけているようだけど」
「真守」
「兄さんに殴り掛かりそうなお前が見えた。一応、ノックはしたからな」
真守が割って入り3人均等に間をおく。
まだいらだっている渉。複雑な顔の総司。呆れた顔の真守。
「鍛える?」
「最近そういう雑誌に傾倒していてな。それでそこに書いてあった即効果が出るという
有名なジムに通う事にしたらしい。それはもう即決だったよ」
「……」
「義姉さんや司に言わなかったのはそこで払った金額が入会金含め50万」
「……」
「……」
「……。…そら、言えねぇわ」
言ったらきっと泡でもふいて倒れるだろう。
「…だ…だって…だって!」
「キモイ顔向けるな」
「兄さんは特に太りやすい体質でもないし、そう慌てることもないと思いますが」
「だってユカリちゃんがテレビの若僧みてうっとりした顔するんやもん」
「あのユカりんが?珍しいな」
「それも少し失礼だとは思うが。…たしかに、そうだな」
興味がないというか、特に異性だからと意識していないというか。
隙がある訳ではないので無防備とはまた少し違う。
男は力があって荷物運びが便利くらいに思われてそう。
男に対する兄嫁の認識は3兄弟ほぼ同じだと思われる。
「やろ?やろ?やでな体も若々しくならなあかんと思って」
「でも続きそうにないんだろ?」
「だってぇせんせーめっさ厳しいしぃ帰ったらもうくたくたちゅうよりグデグデやしぃ」
「女かお前は」
「渉。それは女性に失礼だ」
「とにかく。司に謝って終わりにしとけ。あいつにはケーキでも食わせりゃいい」
「…なあ。それやと全部話さなあかんよね?俺、離婚されるかもしれへん」
「50万吹っ飛んだもんな」
必要経費でも10万も行けば1日は落ち込んでいる。
どこかで切り詰められないかと思案する。
そんな嫁にどうやって説明をできようか。総司は真っ青。
「せめて1か月通ってみては?体がなれてくるかも」
「真守お前」
「僕を殺す気ですか」
「俺もパス。運動嫌いだし。別にふとってないし。ふつーに若いし」
「……うぅうう」
「泣くなキメエ」
「落ち着いて。ここはお互いの精神の為にも穏便に済ませましょう」
「だな。仕事が忙しかったでいいじゃねえの。あんたも話を合わせりゃみんな信じる」
「頼む。…ユカリちゃんに捨てられたない」
「分かりましたからその暑苦しい顔を向けないでください」
「…すまん」
優しいんだか冷たいんだか分からない弟たちのおかげで
この件は仕事が忙しかったからで済んだ。
総司は落ち込みながらもそれでもやはり嫁を前にすると甘える。
イチャイチャする2人に呆れた顔でその場から離れる弟たち。
「にじゅせいかちゅ」
「言えてねえ」
「…にじゅうせいかつじゃなかった」
「言ったろ」
「うんユズの言う通りだった」
「今日は一緒に風呂はいれよ」
「うん」
司もちょっと恥ずかしそうだがニコっと笑って満足げ。
「どうした」
「…俺さ、あいつには結構素直に接してるつもりだったんだよな」
「そうだな。他とは違うな」
去って行った司を眺めつつぼんやりと渉がつぶやく。
「でもさ、結局親が一番なんだよな。…あんな馬鹿でもやっぱ父親で、あいつには勝てないし」
「変な勝負をするな」
「うるせえ」
「なんだ。パパの方が好きとでも言われたか?」
「俺がパパになるの嫌なんだって」
「そりゃいやだろう」
「なんでだよ!」
不満そうな顔で兄を睨む。相手は呆れた顔だが。
「言葉遣い、食べるもの、服装、遊ぶおもちゃ、勉強。お前は実の親以上に厳しいじゃないか」
「どこが?全然優しいじゃん。普通だろ?」
「いいや。十分鬼だぞ。この前は司の服に駄目だししてご飯の食べ方も注意して」
「当然だ。ガキの癖にあんなませた格好したら変な奴がわいてくるだろーが。
汚い食い方すんのも外食するとき恥ずかしいだろ。あの両親はあんま気にしないからイライラする。
言葉遣いもさ、俺がこんな気つかってんのに平気であのおっさんのしゃべり方させたりしてさ!」
「…お前、それは完璧に”嫌な事してくる口うるさいおじちゃん”だぞ」
「……な、…なに…!?」
見たことないくらい驚いた顔をする渉。どうやら本気で司の為とやっていたらしい。
それが嫌がられる原因とも思うわけなく。こんな厳しい父親なんて嫌だろう。
真守は司の嫌がった気持ちを理解できる。総司は必要な時以外には怒らない。
それも優しく注意する言い方。それでよく百香里に注意されているくらいだ。
「嫌われたくなかったらもう少し優しくなれないか」
「ば、馬鹿いうな。俺は精一杯優しいだろ?」
「お前の精一杯があの子には重荷ということもある」
「……」
「そこまで深くは考えていないと思うけどな。ただ、めんどいと思ったんだろう」
「ガキなんてめんどいだけだな。なんだよ、むかつく」
「そうだな。じゃあ、代わりに僕が明日お迎えに行くからお前は恋人とデートでも」
「はあ?俺が行くに決まってんだろ。あんたこそ女見つけろ」
怒りながらもやっぱり世話は焼きたいらしく言うだけ言って部屋に戻っていった。
「マモ。ユズおこってた?」
「見てたのか」
「……」
「気にしないでいいよ。すぐ顔を出してお前を呼んで話をするから」
「……うん」
「ちなみに僕が父親ならどうだ?嫌か?」
「んーーー」
司は首を傾げ考えるポーズ。渉ほどうるさくないはずだが。
でも渉ほど遊んでもない。仕事があるから。とか言い訳しつつ。
「ん?」
「…いいかも」
「いい?」
「うん。……でもね、やっぱりパパがいいなパパだいすき」
「そうだろうな。そうでないと困る。ほら、ママが布団を入れるみたいだ。手伝ってあげて」
「パパをおこるんだね!ママのじゃましないで!って」
「そうだ。よし。行っておいで」
「うん!」
司の返事に実に満足そうな顔。
「性格悪いのにな」
ドアが少しだけあいて顔を出す渉。実に不満そう。
「聞いてたのか」
「俺の部屋の前でそういう話するとか最悪」
「お前もうるさく口出ししない優しい叔父さんになるか?」
「あいつは俺がちゃんと見てやんねぇと大変な事になるから無理」
それだけ言うとドアを閉めた。苦笑する真守も自室へと戻る。
今頃親子3人でドタバタと楽しくやっているだろう。
「みらくるきーーーっく!」
「あいた!司!これ!お父ちゃん蹴ったらあかん!」
「ママのいう事きかないわるいこはおしおきだぞ!」
「…わかった。わかったから。ちゃんとするで。な。風呂も入るで!な!ユカリちゃん!」
「私もですか?」
「親子3人で仲良く!」
「ママとはいるからパパいい」
「…な、なんでやねん!一緒に仲良しよや」
「ママ。ジュースのみたい」
「はいはい。じゃあ総司さんここお願いしますね」
「はいー。やなくて!ちょと!お2人さん!なんで!」
おわり