新しい年2
「そっちは家じゃありませんよ。どこへ行くんですか。父さん」
後ろから唐突に声をかけられて振り返る。
「…へ?」
そこに居たのは見知らぬ袴姿の青年。長身で端正な顔立ち。
男らしいというよりはやや中世的な柔らかな感じ。
でもなんとなく覚えがあるような。総司は何も言えず。
「おボケになるのはまだ些か先かと思っていましたがどうやらもうボケたみたいですね。父さん」
「いやまって?とーさん言われても。俺にはまだ小さい子しかおらんし。自分どう見ても唯やないし」
「何をおっしゃっているのか。自分の子どもを認識できなくなるなんて本当にがっかりだな」
はあ、と青年は深く息を吐く。そして冷たい視線。
「何や坊に睨まれてるみたいや」
「まだその呼び方で呼ぶんですか父さん。いい加減にしてもらえませんか。僕はもう18ですよ」
「もしかして自分…いやでも」
「総ちゃーん!パパー!」
なんとなく分かってきた所でまた後ろから声振り返ると着物姿の女の子が走ってくる。
それはもう大きくて高校生…か、大学生くらいに見えた。
「つ…司…か?…えぇ?何これ?どうなっとんの?」
確か我が子は2人ともまだ小学生。のはず。行き成りなんで?どうして?混乱している所に
走ってきた女の子が思いっきりダイヴして抱き付いてきた。重たい。痛い。
「大丈夫ですよ父さん。貴方が居なくても僕が立派に家を継ぎます。そしてママと司を守ります」
「そ、その前に…やな…この重たいんを…どけてくれんか…っ」
「パパー!お年玉ー!年賀状ー!おせちー!お腹すいたー!」
「…お、お前は…変わらんなあ…ぁ…めっさ重いけど…」
必死に抱えるが押しつぶされるかと思うくらいの重さで息も絶え絶えになってくるが
目の前の息子が助けてくれる気配は全くない。冷めた目で見ているだけ。
「早く起きてください。じゃないとママが困るから」
「えぇ…なんやて?…これ司…お前何キロなんねん…お父ちゃん骨折れるがな…っ」
「パパー!おきろー!おきろーーーー!」
苦しみ悶えながら目を開けると寝室の天井が見えた。そして自分がまだ寝ていたのだと気づく。
何よりショックなのはあれが初夢だったということ。百香里が一切出てこない。
そして隣にもいない。おそらくは正月の準備だろう。
「司。お父ちゃんの腹で寝たらあかんやん」
「だって起きないんだもん」
そして息が苦しかった原因は自分に乗っかったまま寝ている娘。
おそらくは起こしに来てそのまま寝た。
「だもんやない。お蔭でめっさ嫌な夢を」
「……」
「泣かんといて。堪忍」
司を連れて寝室を出る。
準備をしなければいけないがまずは百香里に会いたい。
「おはようございます総司さん。司。これ置いてきて」
「はーい!」
台所へ向かうとやはりせわしなく準備中の彼女。
司は言いつけ通りに料理をもって移動。
総吾もおそらくは準備を手伝っているのだろう。
「おはようさん。んで。おめでと」
「今年もちゃんとご挨拶してくださいね」
「…なあ、百香里」
「はい?」
忙しい彼女の手を掴み真剣に見つめる。
「俺は最後まできっちりとは守れんかもしれん。けどな、百香里は俺が守るから。
何も心配せんと、何時までも元気で笑っててな。それだけが俺の望みや。愛してる」
「な、なんですか…急にそんなこと。当たり前じゃないですか。夫婦なんだし」
「うん」
「今年も元気で仲良し夫婦で居ましょうね」
「せやからもう我慢せんと今からここでユカリちゃんの」
「新年早々私を怒らせてどうするんですか?仲良し夫婦でしょ?はいこれもってって」
「お、怒るの…?そんな嫌なん?」
「終わったらキスしましょ」
「行ってきます」
皿をもって早々と廊下に出る。と。そこに総吾。
やはりまだまだ小さい。
「なに?パパ。僕の顔へん?」
「いや。なんちゅうか。ハッピーニューイヤー!みたいな」
「はあ?」
ただこの冷めた視線は夢も現実も一緒だ。
「…なあ、坊。今度会社のお父ちゃんとこおいで」
「社長室に?」
「社会科見学ちゅうやつや。早いちゅうこともないやろ。お前は俺とちごて意識も高いし頭も回る」
「…うん。ありがとう。パパ」
「お前にちゃんと教えられるかは分からんけども。何かしら学ぶことはあるやろ」
「パパらしいね。でも、どうして急に?」
「お前とちゃんと一緒に過ごす時間が欲しい。……なんや、あの夢、めっさ正夢になりそうで怖いし」
今もあんまり父の威厳というか好感度が高くないのは自覚している。
「え?」
「何でもない」
「パパ!パパ!ユズきた!ユズきたー!マモもきたー!!」
「司は幾つになっても司やなあ…」
「変なパパ」
おわり