大事なもの
「気になります?」
「全然」
「うそ。さっきからソワソワしてる」
「……ちょっとだけ心配」
「私も少し心配。あの子あんまり元気なかったから」
「子どもなりに察してる所あるんかもしれんね」
「お兄ちゃんとも仲良くしてくれたらいいんだけど」
「大丈夫やって」
「そう、ですね」
あんまり乗り気でない娘を送り出した両親はお互いにソワソワ。
時計を見たり携帯を眺めたりちょっとため息をついてみたりして。
でも今の所なんの連絡もないからきっと楽しんでいるのだろう。
「好きなものに乗っていいんだぞ。遠慮しなくていい」
「……」
「あなた顔が怖いんじゃない?司ちゃん。おばちゃんとメリーゴーランド乗ろうか」
「うん」
迎えに行った時も車の中でもずっと黙っていた司だが
享子に微笑まれると嬉しそうに手を繋いで去っていく。
「司ちゃん。おじちゃんの事苦手なのかな?」
「…だって」
ずっと元気の無い姪っ子に享子はさりげなく尋ねた。
司は元気すぎて困るくらいの子だと常々百香里が言っていたのに。
遊ぼうと彼女を誘って遊園地に来たのにあまり楽しそうにしない。
子どもたちとも普通に会話していたし、
享子とも何度も会っているから人見知りではないと思うのだが。
「パパが何か言ってた?」
「ううん。パパは、やさしいおじちゃんだよって言ってた」
「そう」
この何とも言えない空気で1番最初に思い浮かぶのはやはりそこ。
総司と夫の仲が未だにギクシャクしているのを察しているのか。
司は享子には普通に接してくれるが彼には怯えたような顔をする。
幼い彼女の前で総司と険悪になったり悪口を言ったりはしてないのに。
「ママもいっぱい遊んでもらってきなさいって」
「じゃあ、いっぱい遊ぼうね」
「…でも、おじちゃん…パパの事きらい?」
「え」
何も知らないはずの司がいきなり確信を突くようなことを言うなんて。
ドキっとして彼女を見る享子。司は不安そうに此方を見上げていた。
「けんかしてるの?」
「してないよ。でも、どうしてそう思うの?」
「だっておばちゃんは遊びに来てくれるけどおじちゃんは来てくれない。
パパと会ってもお話しないしパパの顔も見てないもん」
「……あぁ、ね」
そして何の交流もないまま去っていく。
険悪な空気を出していなくても口論もしていなくても
分かりやすい冷戦状態で確かに毎回これでは気づくか。
「パパ、おじさんのおやつ食べちゃったのかな」
「そうねえ。とても大事なものを取っちゃった…のかしらね」
「ごめんなさいって言ったら許してくれるかな」
「謝る必要なんかないの。それは悪い事じゃないから」
「……わかんない」
乗り物の順番を待ちながら司は不満そうに回るメリーゴーランドを眺める。
伯父さんと遊んでおいでとパパとママに言われてきたけれど、
会うたびにすごく冷たい視線ばかり向ける伯父さんはちょっと怖い。
同じおじさんなのに何で渉や真守みたいに優しくないのだろう。
「パパとも仲良くなれるから。心配しないで。伯父さんも怖そうに見えるけどね、
本当は優しいいい伯父さんなの。気持ちを表現するのがちょっと下手なだけで」
「……」
「さ。順番が来たわ。行きましょう」
乗り物に乗ってヌイグルミも買ってもらってご飯も食べて。
夕方には帰る準備。結局伯父さんとはあまり喋らなかった。
相手は司に近づこうとするのだが。享子に隠れてしまう。
「どうせあの男が何か言ったんだろう」
「そんな風に思ってるのが司ちゃんに筒抜けなのよ」
「……」
「小さいからって甘く見てると痛い目みるんじゃない」
「いいから子どもたちの様子を見てこい。そろそろ帰るぞ」
「はいはい」
苦笑しながらトイレに行った子どもたちの様子を見に行く享子。
「……」
「司?」
1人になった所で買ってもらった可愛い兎の風船を持った司。
じーっと此方を見ていておずおずと近づいてきた。
さっきの会話を聞かれたろうか。少し緊張するけれど。
「…今日は…ありがとう…ございました」
何時もより小さい声でいうと軽くおじぎする。
「いや、いいんだ。楽しかったか?」
「…うん。たのしかった」
微妙に離れた距離で喋る姪と伯父。だが心の距離はもっと離れているかもしれない。
たとえ結婚を認めてない相手との子どもでもこの子には何も罪はない。怯えて逃げてしまって
中々切り出せない空気ではあるがもっと優しくしたい近づいて欲しいという気持ちは強い。
「そうか。なら、いいんだ」
「いつでもお家あそびにきてくださいってママ言ってた」
「ああ、まあ、…今度、な」
それもあの男の居ない時に。やはりまだ心のわだかまりを捨て去れない。
駄目だとどこかで分かっていても。もはや意地だ。自覚はある。
「大事なものとられちゃったらイヤだなっておもうのわかるの。司もイヤだもん。
自分がイヤなこと人にしちゃダメってママが言ってるもん」
「……」
「でもね、パパをきらいにならないで」
「嫌い…とはまた違うんだ。これは、その。な…」
ただ認めたくない意地だけで。それがここまで来てしまって。
幼稚園児を前に何故か心の中でそんな言い訳ばかりする。
「おじちゃんにこれあげる」
「ん?なんだ?」
「すっごくおいしーアメ」
「いいのか?もらっても」
「うん。今日ね、来る時もってきたの」
「そうか。ありがとう」
「おじちゃん笑ったらママにてる」
「そりゃあ伯父さんはママのお兄さんだからな。似てるさ」
「そっかー」
それが面白かったのか笑う司に釣られて笑う。
享子が子どもたちを連れて戻ってくると何故か笑い会う2人がいて。
少しは距離が近づいたのだろうかと暫し見守っていた。
帰りの車内は行きと違い司も楽しそうで。会話もちゃんと出来ていて。
この調子なら松前家との距離も縮まったのではないかと期待した。
「心配したほど百香里の子育ても悪くないみたいだな」
「松前さんも居るものね。ね、今度家に呼んで食事でもしましょうか」
「どうして行き成りそうなる」
「まだ意地張ってるの?もういいじゃない」
「意地なんか張ってない。百香里を少し褒めただけだ」
「…頑固親父なんだから」
「何か言ったか」
「いいえ。なにも」
不機嫌そうな顔をする夫だが享子は暫く笑う事を止められず。
ついにはラジオをつけられて誤魔化された。
「でね。おじちゃんがこれ取ってくれたの!1回で!すごいでしょ!」
「それくらい別に普通じゃね」
「あとね。いっしょにこーすたー乗ってくれた」
「俺だって普通に乗ってんだろ」
「おばさんが言ってたんだけど高い所好きじゃないんだって。だからね終わったらよろよろしてた」
「ガキのコースターで弱るとかどんだけ」
帰ってきた司は嬉しそうに取ってもらったヌイグルミを抱っこしていた。
それをまずパパに見せてから渉や真守にも見せようと彼等が座っていたソファに近づく。
すぐに渉の隣に座って今日の出来事を楽しそうに話すが面白くない顔をあからさまにする叔父さんが1人。
「おい。もっと素直に話を聞いてやったらどうだ」
「はあ?素直に聞いてんだろ」
「何処がだ。大人気ない」
見かねた真守が間に入るが渉はそっぽを向くばかり。
「やっぱ訴えてやりゃ良かった」
「渉。いい加減にしろ。司、お風呂に入る準備をしておいで」
「マモも入る?」
「僕より渉と入っておいで。お前が構ってくれないから拗ねてるんだ」
「別に拗ねてねえ」
「スネスネ君はよくないぞー。まっててね!」
不機嫌そうな渉の頬を指で軽くつつくとニコっと笑ってリビングを出て行く司。
「何がスネスネ君だガキじゃあるまいし」
「今のお前は何処からどうみてもガキだ」
「偉そうに分かったような事言ってんじゃ」
「じゃあ僕が入ろうか」
「……は、入らないとは言ってねえ」
「そうか。ならばお前も準備をしたほうがいいなスネスネ君」
「違う!頭悪い言い方すんじゃねえよ糞眼鏡!」
「どうしたんですか渉さん。そんな大きな声だして」
廊下まで響くくらいの怒声なんて珍しい。何事かと驚いた顔をして入ってくる百香里。
司が生まれてからは小競り合いはあっても殆ど喧嘩なんかしなくなっていたのに。
珍しく殴り合いの喧嘩でも始まるのかと思ったがそうでもなさそう。
「渉が」
「何でもねえよ!」
「義姉さんにまで当たるな」
「当たってねえよ。…ごめんユカりん、俺風呂行くわ」
「は、はい。どうぞ」
よく分からない流れだが渉に続いて司も風呂場へ向かっていった。
ぽかんとその様子を見ていた百香里。その後ろで笑っている真守。
彼が笑っているのも珍しくてつい視線を向けると目があった。
「すいません。弟があまりにも面白い行動をするので」
「渉さんが?おもしろい?」
「…今日は、上手く行ったようでよかったですね」
「はい。さっき兄から電話があって。司のことでちょっと褒められました。嬉しいです」
「そうですか。良かった」
入れ替わるように今度は渉が座っていた席に百香里が腰掛ける。
さっきまで兄と電話していたらしい。総司は気遣って自室にいる。
もっと距離が近くなればそんな事をしなくてもよくなるのに。
「私だけじゃなくて皆さんがあの子を躾けて可愛がってくれるから。感謝してます」
「僕たちはただ甘やかすばかりですよ。特に渉は。司が可愛くて仕方ないんだ」
「でも意外に厳しいんですよ?食事のマナーとか。言葉遣いとか。服装とか。凄い厳しい。
ついでに私も怒られてます。この前なんか親子そろって注意されて。勉強になります」
総司は子どもは自由にさせたほうが伸びるとか言い出してあまり叱らない。
司にも百香里にも。マナーで怒られた事なんか一度も無い。間違っていても。
そこは威厳ある父として怒って欲しいところなのだが。かわりに渉がビシバシ注意する。
「ははは。…あ、すみません笑ったりして。想像したらつい」
「お兄ちゃんも結構厳しかったんですよね。私は食べられたらそれでいいと思ってて。
今思うとちゃんという事聞いておけば今役にたったのになって思ったりします」
「後で思い返す。そういうものです」
「これからも兄と遊んでもらいたいって思ってます。それでもっと近づけたらって」
「それが良いと思いますよ」
「はい」
「でも、あまり遊ばせすぎるとスネスネ君が2人になってしまうので適度にお願します」
「す、…スネスネ君…。何かのキャラクターですか?」
「さあ。僕は部屋に戻ります。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
おわり