すいか
暑い暑い休日。松前家は舵取りをしている嫁がやたらと厳しく、
エアコンやら扇風機は最後まで取っておいて基本は窓全開と百均の風鈴で凌ぐ。
ので、渉は部屋から出てこなかったりパチンコへ出たりと涼しい場所を探して移動。
本日は何となく面倒で部屋で適当に過ごす予定だったのだが。
「ねねねね」
「何だよ」
ノックされて開けたら司が入ってきて。やたらくっついてきた。
これはなにかおねだりする仕草だ。
「ゆず。海行くんだよ。一緒にいこ」
「やだ」
「何で?」
「暑いから」
「海…いこー」
渉の背中にくっついて行こうとせがむ司。だが渉は海になんて行く気はなし。
家族で行ってこいよと涼しい部屋を満喫中。
「やだよ。海なんて暑いだけじゃん。日焼けしたくねーし。お前も焼けるぞ?」
「いいもん!司ねスイカの水着買ってもらったんだよ!」
「へー。っつてもなあ。つるぺたガキンチョの水着じゃなあ」
「親子ペアなんだよ!可愛いの!親子スイカ!」
「…親子って。よくやるな」
ということは百香里がスイカの水着?大人でスイカといえばビキニか?
あの人がそんなネタに金をかけるなんて珍しい。
色気なんて微塵もないだろうがそれはちょっと見てみたい気がしないでもない。
「だからー」
「それ、俺に見せたいの?」
「うん!」
「同じこと真ん中の人にも言ったんじゃねーだろな」
「言った!」
「……マジかよ」
「でもユズこないならしょうがないね」
「行けばいいんだろ。行けば。そこまで言うなら行ってやる」
「わーい」
そんな言い方されたら行くしかなくなる。浮かれる司に憂鬱そうな渉。
涼みたいのに結局引っ張られて兄の運転で海へ。
自分は海に入る気はないのでラフな格好で。
「じゃじゃーん!」
「何気取ってんだ俺のグラサン返せ」
「ゆずのおっきいからすぐ落ちちゃう」
「今度お前サイズの買ってやる」
到着したらやっぱり暑い。死にそう。渉は早々に建物に引っ込む。
司は着替えを済ませ可愛いスイカ柄の水着を自慢気に見せてくる。
渉がつけていたサングラスを取ってかっこつけたポーズをしながら。
「なんだ、渉は泳がないのか」
「あれ。珍しい、あんた泳ぐの?」
「たまにはいいだろう。ほら司浮き輪を忘れてる」
「あ!ありがとう!これでいっぱい遠くまで行くんだよ」
「1人で遠いところまで行くんじゃないぞ、危ないからな。僕に言うんだぞ」
「わかった」
てっきり泳ぐのはお子様だけだと思っていたのに。一緒に準備体操を始める司と真守。
その仲良さそうな後ろ姿にちょっとだけ不愉快。
「…まあいい、ゆかリンの水着に期待するか」
「私がどうかしました?」
「あ?ああ。あんたのスイカビキ…に」
「え?スイカ?」
後から来た百香里は何時もと変わらない水着。ビキニですらない。あれ?ということは。
「待ってやユカリちゃんー」
「お前かよ!」
「な、なんや!?いきなり叫ばんといてびっくりしたぁ」
男の海パンがスイカ柄とか誰が楽しいんだこんなの。
暑いのと不愉快さとむかつきでつい声を荒げる。その声にびっくりしたのは総司だけではなくて。
司がどうしたの?と心配そうに走ってきた。
「パパの水着スイカかわいいー!」
「せやろ?司のも可愛いなあ」
「どやあ」
「どやー」
そしてパパと並んで妙なポージングしながら自慢気に渉に見せびらかす。
「喧嘩売ってんのかコラ」
それが最高にカチンときたので総司を睨みつけた。
「え?な、なんで?俺なんも売ってへんよ!?」
「ゆず…?」
「司、真守さんと泳いできたら?暑いでしょ」
「わかった!いってきます!」
渉が険悪な空気を発しだした所で司は真守と海へ。
浮き輪を装備して真守に引っ張っていってもらう。
時折振り返って皆に手を降って。
「ほんと不愉快だわ」
「な、なんで?可愛いやんスイカ」
「司は何したって可愛いけどおっさんのスイカ柄ってなんだよ気持ち悪いわ」
「そうか。お前もこれほしかっ」
「要らねえよ」
こんな事なら泳げばよかった。最悪だ。司はいつの間にか結構な距離で遠いし。
どうせ泳がないおっさんと嫁はイチャつくのだろうし。
いっそナンパでもしてやろうか。梨香もいないことだし。
「1人にせんといて」
「はあ!?」
移動しようとしたらガシっと腕を掴まれる。
「…一緒におって」
「え?な、なんだよやめろよおっさん気色悪いこと言うなよ」
「ユカリちゃん、あれでめっさキレとんのよ」
「…は?どういう意味?」
やけにマジな顔で言うから冗談ではないようだ。
でもなんで?嫁が側にいるのに。何処がキレてるというのか。
「…はあ。白い砂浜、浅い海、…人の多い海水浴場…。モリなんて危ないですもんね。貝もいないし」
でも耳を澄ませたら何かぼやいてる。
「今回もハンティングする気満々やったんよね」
「……ああ」
「違う海来てしもたからそれ出来へんで、百香里さんめっさ怖いことなってます」
「……」
「収穫のない海とかありえへんのよ、あの子の中では」
普通に見えて実は心のなかでふつふつと怒りに燃えている。
下手に突くと反撃が恐ろしい、だから1人は嫌。
渉はますます泳げばよかった、と心から思った。
「…昆布すらない…潮干狩りとか…あーあ海ってなんだろ」
「哲学しだしたで」
「あんたの嫁だろあんたが宥めろよ」
あの黒いオーラは娘に見せてはいけないものだ。海で無邪気にはしゃいでいる司。
陸では嫁の機嫌を直そうと必死の夫。
と、巻き込まれた弟。
本当になんで来てしまったのだろう。
「マモ。足つかないよ」
「怖いか?」
「ちょっとこわい。手はなさないでね」
海に入った2人は平和なもので、浮き輪でぷかぷかと浮いている司と
その浮き輪を引っ張って少しだけ深い所へ移動する真守。
頭まで浸かる気はないので眼鏡着用。だがこうも暑いと泳ぎたくなる。
「大丈夫。僕は背が高いからな、これくらいなんてことない」
「すごーい。司もマモくらいおっきくなりたいな」
「ははは。…そろそろ戻りたいところだが、今はやめておこうか」
「え?なんでー?」
ちらりと陸を見ると何やらドス黒いものがみえる。
暗い姉と体育座りの兄と人生を儚んでそうな弟。
「なんだか雲行きが怪しい」
「晴れてるよ?」
「ほら。司、もうちょっとだけ進むぞ」
「わーー!まってまってー!マモこわいよー!」
ジリジリと暑いのでもう少しだけ奥へ行こうと歩き出す真守。
司はすっかり足がつかなくて怖いのかその腕にくっつく。
「よし。じゃあここらにしようか」
「……うん」
「僕くらい大きくなりたいんだろ?」
「うん…なりたい」
「じゃあ、そんな顔しないで。あがったらアイス食べようか」
「たべる!司ね、かきごおりがたべたい」
「よし。じゃあ、ちょっと泳いでごらん。せっかくだしな」
「うん。みてて!司ねちょー泳ぐのうまいよ!ママに教えてもらったもん!」
「そうか。それはいい先生だな」
「でね、もっとおっきくなったらもりの使い方を教えてもらうんだよ」
「……そうか」
「ママみたいにお魚とか貝とかいっぱい取れるようになるんだもん!」
「渉が聞いたら発狂しそうなプランだな」
「えー??」
おわり