寒い日 3
「息苦しないの?」
「うん」
「トイレ面倒やろ?」
「…でも寒いもん」
総司が仕事を終えて帰宅すると見慣れぬ丸い物体がソファに座っていた。
素でびっくりして大きくのけ反ってよく見るとどうやらそれは娘のようだ。
それも犬猫ウサギ鳥…いろんな動物のキグルミやら帽子やら手袋やら靴やら。
あらゆるヌクヌクするものを身につけた。
「それやったらお父ちゃんと鬼ごっこでもするか?」
「ママがご飯前に鬼ごっこしちゃいけませんって」
丸い塊になっている司の隣に座って聞いてみる。
声がかなり曇っているがなんとか息は出来ている様子。
「ほなお父ちゃんが抱っこしとるでせめて1枚にしとき。そんな団子みたいにならんでもええから」
「……パパぬがして」
どうやら着こみすぎて脱ぎたくても脱げず全く身動きが取れない様子。
何時もなら身軽に動き回る子なのに。苦笑しながらも丁寧に怪我をさせないように脱がせてやる。
最後の1枚はネコ耳パーカー。やっと何時もの娘に戻ってくれた。今は熱そうで顔が少し赤い。
「そんな寒かったん?暖房つけてるやろ?風邪とちゃうやろな…」
おでこに手を当ててみるが特に熱くはない。
「お帰りなさい総司さん。司はほっといたらいいんですよ。
この子ったら寒いのにアイス食べたいとか言い出して」
「ユカリちゃん」
心配している所に奥さん登場。なんとなくちょっとばかしご機嫌ななめ。
「絶対大丈夫!って言うから少しあげたけど。やっぱり寒い寒い!って暴れだして。こんな着こんで」
「そうなんか。司。体の芯が冷えてしもたんやな」
子どもらしい理由に納得。百香里は呆れているけれど。
総司は司らしくて可愛いと思って少し笑う。
まだ少し寒そうにしている司を膝に座らせて温める。
「…パパあったかい」
司は嬉しそうに笑っている。彼女は電気の温もりよりも人のぬくもりの方が好き。
それが当たり前のように育ってきた。寒い時は誰かにぴったりくっついて温まる。
何時もは渉だったり真守だったりしたけれど、今夜は2人ともお出かけで居ない。
総司としても何時も弟たちがしていたことを羨ましいと思っていたからちょうどいい。
「やろ」
「ここでならアイス食べても」
「まだ言ってるの?」
「まあまあ。司、寒いの嫌いやろ?やったらもうアイス食べるときは十分あったかい所で食べるんやで」
「うん」
「温まった所でご飯ですよ」
「はーい」
「はいはい。待ってましたー」
ママの一声に身軽になった司はぴょんとパパの膝から飛び降りてママのもとへ。
不機嫌なママにちょっと怯えていた様子の司だったけれど、
ママに頭を撫でてもらって嬉しそうに笑った。
「総司さん」
「ユカリちゃんを暖めようと思って」
「もう。やると思った」
今夜は誰の目も気にしないでいいからか旦那様の距離がやけに近い。
台所で後片付け中なのに後ろから抱きしめられて。暖かいけどやはり恥ずかしいし、
早く作業を終えてソファに座って休みたい百香里にはちょっとだけお邪魔。
「一緒にお風呂で温まろうな」
「はいはい。総司さんのお蔭で年中あったかいです」
「寒いよりはええやろ?」
「えーやろー」
「あ。司何時のまに」
素敵なタイミングでこっそり様子をうかがっている娘。
「…ままーアイス食べてえーやろー?」
「また?今日はもう1個食べたでしょう」
「半分残ってるの。えーやろー」
ねーねーと上目づかいでママにおねだりの視線。
パパはもとより娘には逆らえないので彼女の狙いはママの許可のみ。
「また寒いよーってなるんじゃない?」
「パパいるもん。ね。パパ」
「どうします?パパ」
「そら。暖めるしかないやろ。な。司」
「うん!」
「私は?」
「…ユカリちゃんはお風呂で一緒に温まろうな」
「じゃあ。あんまりゆっくりはしないでくださいね」
「はいはい」
「はーい!」
百香里から離れると司のアイスを取ってあげて一緒に席へ戻る。
抜けていく温もりに少しだけ惜しいと思いながらもどうせすぐに戻ってくるのだからと
百香里はほほ笑む。総司の膝に座っておいしそうに残りのアイスを食べる司。
「ほんま美味そうに食うなあ」
「おいしいよーパパも食べる?」
「お父ちゃんはええわ」
「ユズもたべないの。ユズアイスきらいなのかな?美味しいのにな」
「いや。まあ。ほら。司のやからな」
「いいのに。…じゃあママにユズのぶんもかってもらおう!」
「気持ちだけにしとき。ほら。溶けてきてる」
「あ!わわ」
今度は温かい所で食べたからか寒がらずに美味しくアイスを食べる事が出来た。
満足げに食べ終えて片付けてまたパパの膝に戻ってくる司。
どうやらこの場所がとっても気に入ったらしい。中々おりようとしない。
「司。もう遅いからパパとお風呂入ってらっしゃい」
「はーい」
「お父ちゃんとしてはママも一緒に」
「司をお願いしますね」
「…はい」
「おねがいしますね!」
「ほな準備しておいで」
「もう寒くないもんね!パパのぱんつも持ってくるね!」
「おー。ついでにパジャマも持って来てや」
「うん!」
ママに言われてやっと膝からおりると二階へあがっていく司。
「ユカリちゃん〜なあ。なあ。一緒に入ろうや…なあ」
「司の前で見せちゃいけない事しようとするから駄目です」
それを見計らい奥さんのもとへ向かい緩く抱きしめて耳元で囁く。
「見えへんかったらええわけやし。ほら、ユカリちゃんも体冷えてるから」
「そういう問題じゃないんです」
「ユカリちゃん…なあ。…一緒に温まろ」
「総司さんは司を暖めてあげてください。私はそのあとでいいです」
「分かった。ほな、後でゆっくり風呂場に」
「来なくていいですから。総司さんはお部屋で待っててくださいね」
「…はい」
「総司さん温かいからほんとすぐ眠くなっちゃう」
「すぐ寝たらあかんよ?」
「今もうすでに眠いです」
「ユカリちゃん」
「パパ!お風呂!お風呂!」
「司。お父ちゃんのぱんつ振り回したらあかんて」
「行ってらっしゃい」
軽くパパの頬にキスをするとちょっと不機嫌そうな顔をしていたのにもうニコニコ顔に戻って
ご機嫌で娘と風呂へ向かった。一旦一緒にお風呂に行くと司に付き合って散々遊んでくるので
出てくるころにはぐでっと疲れているのが何時ものパパの姿。司はまだまだ元気で走り回る。
けれど、戻ってくる間はたいへん静か。百香里は家事も終わり待ちに待った休憩タイム。
のんびりソファに座りお気に入りのカップにたっぷり飲み物を入れてスーパーの特売で買った
大好きな割れせんべいをぼりぼり。これがここ最近はまっている至福の時。
それを見ていた渉に「オバちゃんみたい」と言われたが本人は全く気にしていない。
「ねーパパ」
「ん?どした」
「ママに温かいものあげたいの。ママね。おむかえにきてくれるときすっごく寒そうだもん」
「せやね。パパに任せとき。そらもう芯からあっためたるから」
「うん。さすがパパ!」
おわり