SWEET?

「ハトが豆鉄砲でも喰らったような顔ってやつか」
「……あ。いえ」
「いいよ?俺もそう思うから」

所用で専務室へ向かった秘書。ノックして了解を得てからドアを開けたら
普段なら顔を合わせたら1分も一緒に居られない相手と何やら真面目に相談中。
ただそれは仕事の話ではなさそうだ。机の上に置いてあるチラシを見た。

「すみません。資料はそこへ置いておいてください、必ず目を通しますから」
「無理しなくても俺が全部やるからいいんですけど?忙しいでしょう専務様は」
「ではその専務の為に一緒に頑張ってもらおうか?残業して」
「……あー嫌味。まじで嫌味。こんな男良いと思う?」
「え?!わ、私に聞かれましても」
「気にしないで、ここはもう大丈夫ですから」
「は、はい」

一礼し逃げるように秘書は去って行った。2人の視線は再びチラシへ。
長年仲たがいしている兄弟とは思えないくらい暫し真面目に語り合った。


「ただいまー…あー…ユカりん。司は?」
「お帰りなさい。司はみどりの様子を見に行きました」
「あそう。へえ。そう」
「どうかしました?」

夕飯の準備をしている百香里。そこへ何やらそわそわした様子の渉が帰ってくる。
明らかに何時もと違う様子だが此方か聞くべきかどうか迷う所。
何時もならソファに座っている司が居ないからそれで、にしては大げさなそうな。

「あのさ。この前、バレンタインだったじゃん?」
「はい。そうでしたね」

百香里は司と一緒にチョコクッキーを作って3人に渡したばかりだ。

「本当は言わないでおこうかと迷ったんだけど、大事な義姉さんの為だし俺言っちゃうわ」
「え?何を…?」

不思議そうな顔をする百香里。渉は何時にもまして大げさなリアクションをして語りだした。
それから暫くして司がおりてきて、総司が帰って来る。真守はまだ遅い様子。
何時もなら皆揃うまで待っているのだが。今回は少し違う。

「え?2人きりで夕飯?何で?ユカリちゃんどういう」
「総司さんと2人きりになりたいだけです」
「そんな夜なったら2人きりやん?せっかく今帰ってきたんやし夕飯も準備してくれてるんやし
司だって…あれ、司?何でそんな隅っこにおるん?パパ帰ってきたんやしこっちおいでや」
「ココデイイ」
「え?なに?何で片言になっとんの?」

総司が部屋着に着替えリビングに入ると何故か外出の準備中の百香里。
どうやら予約したお店で2人でディナーらしい。そんな連絡は受けていないのだが。
何よりテーブルには皆の分の食事がある。つまり外出はつい最近決まった事。
頭の上にはてなマークが出ている総司。話を聞こうにも百香里は行く気満々。
司は部屋の隅っこで絵本を抱きしめている。先に帰っているはずの渉の姿はない。

「総司さんは私と2人きりは嫌ですか?」
「まさか。嬉しい。…嬉しいけども…」

何だろう愛妻の笑顔の目が全然笑ってないように見えるのだが。

「私は総司さんと2人きりになりたい。司にはちゃんとお話をしてありますし。
渉さんと真守さんにはお願いしてありますから。さあ、行きましょうあなた」
「う、うん…。…な、なあ。……俺、…さぼってへんよ?今日とかめっちゃ会議とか発言したし。
シャレとかもほとんど言わんくなって秘書課の子らも怒らんくなってきて」
「さあ、お口じゃなくって足を動かしましょうね?総司さん」
「はい」

あかん。これ、あかん。

理由は全く分からないが総司は心の中で悲鳴を上げた。
ニコニコ笑顔の百香里に連れられて総司は帰ってきたばかりだが即外出。
司はパパとママのほほえましい光景を隅っこで眺め緊張から解き放たれた。

「ま…ママが…ママが…」
「あぁ。我ながらすげえもんを呼び出しちまった気がする」
「……パパ…いきてるかな」
「骨は拾ってやろうな」

それから申し訳なさそうに部屋からリビングへ戻ってきた渉。
司はそんな彼に抱き付いて怖がる。

「どうした葬式の後みたいな顔して…」

入れ違いに真守が帰宅。手には大きな袋が二つあった。
ソファに座ってゲンナリしている弟と姪に驚く。

「仕方ないとはいえ、生まれて初めてあいつが哀れに思えた」
「……フォローはしよう。それよりも、だ」
「ああ。そうだ」

荷物を隅に置いて3人で夕食。司は最初元気がなかったがお腹は空く。
ということで1口2口食べて元気が出てきたのかあっという間に食べた。
終わるころには何時もの元気を取り戻し幼稚園での出来事を話してくれた。、

「ユズ!冷蔵庫にチョコアイスがあるの!取って欲しい!ほしいです!」

食後のお楽しみはチョコだったりアイスだったり。
何時もママにお願いして1個もらって嬉しそうに食べている。
お昼に幼稚園でオヤツがあるからとあまり量はもらってない。

「それよりもいいもんあんだ」
「いーもん?」

今日はママはいない。渉にアイスを取ってもらおうと服を引っ張る。
渉に頼むとお菓子を大目に取ってくれるから好き。

「ほら司。これが何かわかるかい」
「えー?」

片づけを終えた真守がテーブルの上に置いたもの。

「チョコファウンテンだぞ。凄いだろ。これでチョコ食べ放題だ」
「え。え。…えー!」

渉に言われて司は目を真ん丸にさせてそれを見る。
チョコファウンテン。チョコの噴水。テレビでしか見たことない。
友達が食べた事あると自慢していたのを羨ましく聞いていた。
ママに食べたいと言ったらチョコドリンクを作ってくれた。
それは美味しかったけど、でも、違う。

「今チョコを溶かしてる。待ってろ」
「チョコ付けるもんもばっちり選んできたからな」
「い、いいの?チョコ…」
「いいんだよ」
「そうそう」

目をキラキラさせる司。それを見れただけでだいぶ満足。
だがメインはこれから。真守が何度もレシピを確認したチョコソース作り。
その間に不慣れな手つきで渉が付ける具材を綺麗にお皿に盛りつける。
司は椅子に座ってそれを待っている。すぐチョコの甘い香りがした。

「よし。スイッチをいれよう」
「…おお。すげえな。こんな安もんでも立派にできてる」
「これなら定期的に食べさせてやれる」
「ああ」

準備は整った。あとはチョコに付けて食べさせるだけ。

「わあ。わあ。チョコ。チョコ!」
「ほら。食べろ。好きなだけ」
「でも…」

ママは一日1個だって言った。司は少し困った顔。

「バレンタインは過ぎてしまったけど、これは僕たちからのプレゼント」
「そうそう。チョコったら俺らなんかよりもお前が喜ぶもんだしな」
「バレンタイン!」
「そ。別に女から男って決まったもんでもねえんだ。男からでもいい。
俺とこの人の2人分、まあ、パパの分も混ぜてこの両だからいいんだ」
「僕たちの気持ちだよ。受け取って欲しい」
「そ、そっか。じゃ、じゃあ!いただきます!」

イチゴをフォークで刺してチョコの滝に付ける。甘い甘い香り。
たっぷりと付けてから口に入れたら幸せすぎて足をじたばたさせた。
美味しい。甘い。イチゴの酸味と絡まって幸せが増す。

「ほら。口についてるぞ。拭いてやる」
「ああ、飲み物も必要だな」

司の両サイドに座ったおじさんたちが口を拭いてくれたり飲み物をくれたり。
自分ばかりじゃ申し訳ないので司が食べさせてあげてみたり。
3人は笑い交じりの暖かく甘ったるい時間を過ごす。

「しあわせ!」
「ああ。そんな顔だ」
「ほんといい顔するなお前は」

百香里が居たら絶対に怒って司もママを気にして食べなかっただろう。
でもたまには思いっきり大好きなチョコを食べてもいいと思うのは甘やかしすぎだろうか。
姪馬鹿である自覚はある。でも、この笑顔を見れるなら。馬鹿でもいいと思う重症2人。

「あーあ。みどりも食べれたらいいのにな。あとママ……、パパ…いきてるかな…」

幸せから一転。司はうっかり思い出してしまった。トーンが低くなる。

「大丈夫パパは立派な大人だからね。たぶん、…なんとか、やっているだろう。おそらくは…ね」
「嘘はついてねえが、何だろう、俺、…すげえ罪悪感が」

他2人も視線を反らし手が止まる。

「大丈夫、兄さんは松前家当主だ。修羅場はくぐってる。何とかするよ。……してくれるよ、…きっと」
「なんかあんた目がうつろになってきてんぞ」
「お前も罪悪感で司をまともに見れなくなってきてないか」
「……」
「……」

かいつまんだ事実よりもマイルドな嘘の方が良かったかな、いまさらだけど。

「マモ…ユズ」
「あ。いや。うん。どうだ。ほら。お前の好きなマシュマロだぞ。渉」
「え。俺?……あ、うん。…美味い。美味いよ。あんたも食えよ…」
「もらおう。ほら。司も」
「うん。じゃあ。司も!えっと。チョコ最高!」
「おう。最高最高!」
「最高、だな」

ははは、と3人で乾いた笑いをして静かにチョコをかみしめた。



「ちょ!待って!待って!いや!堪忍!ちゃいます!ちゃいますから!」
「何時も言ってるじゃないですか。だからほら、2人きりになって仲良くしましょうよ」

渉が用意してくれたというレストランはホテルの最上階にあった。
何時もなら総司がエスコートして不安そうにしている百香里なのに
今回はやたら微笑みを浮かべこちらを見つめている。怖い。
全く寛げないまま味も分からないまま食事を終えてそのまま部屋を取った。
というか百香里に「今日は帰りたくない」と珍しいお願いをされたからだ。

「ユカリちゃんを怒らすような事は一切しておりません!断言できます!ほんまです!」

普段なら飛びつく総司だが何故か身の危険を感じあまり気は乗らなかったが
百香里の願いを無下に出来るはずもなく。部屋を取り速攻で頭を下げた。
こういう時は早目に許しを請うのが一番だ。百香里は静かに椅子に座る。

「……総司さん。この前のバレンタインの時、それはもう超のつく高級クラブのママさんに
直接手渡しで手作りチョコを頂いてその場で1個食べたそうじゃないですか。あなた言いましたよね
私と司以外のチョコは全部お返しして食べてないって…ね?言いましたよね」
「言いました!けど!あの!あれは!付き合いで!1個だけやし!残りは別の人にあげたというか」
「そんなお高いお店のママさんはさぞかし美人で気品があって知的なんでしょうねえ?」
「そ、そんなんユカリちゃんの魅力に比べたら全然!全然!」
「何時もみたいに鼻の下伸ばして食べたんでしょう?分かりますよその気持ち…すごく、よく」
「あかん。ユカリちゃんが大魔神様なってる…こらアカン。あかんで…っ」

椅子に座る百香里。地面に正座の総司。緊張の時は続く。

「安いチョコの安いクッキーで申し訳ありませんでした。来年は気を使ってやめますね」
「そ、そんな」
「私たちからもらわなくても総司さんいっぱいもらいますもんね。高くて美味しいチョコを。美人さんから」
「ユカリちゃん」
「……許して欲しい?」
「欲しいです」
「じゃあ。ホワイトデーにうんと奮発してください」
「します。何でもします。ホワイトデーとか言わんと毎日奮発します。主に夜に」
「総司さん」
「すんません」
「……まだ許してませんよ」

でも総司がすり寄ってきて抱き付いてきても怒ったりはしない。
ちょっと呆れた顔で彼の頭を撫でてあげた。

「ユカリちゃんしか欲しない。ほんまです。…やから。…な。ユカリちゃん」
「もう。仕方ないですね」
「見捨てんといてください」
「じゃあ。お風呂行きましょう」
「はい!」
「ということで。今月の激安セール全部参加と日曜日は必ず司と遊びに行くこと。
あと、こっそり私の下着にえっちなの混ぜるのはやめること」
「…最後だけは、最後だけは見逃し」
「許しません」
「はいやめます」

まだ許せない所も残しつつ。でももうこれ以上苛めても可哀想と思うようになって。
百香里は総司の唇にキスをする。それで仲直り。



翌日

「司。会いたかった」
「お帰りなさい兄さん。何時もお疲れ様です、コーヒーでも如何ですか?さあ座って」
「あぁーそうだー。俺偶然にも映画のチケットなんて持ってたんだったわーでも今日はパチンコ行くし。
そうだあんた3人でいってきたらいいんじゃねえかなあ。なあ。司行きたいよな」
「うんいきたい」
「何やお前らその酷い三文芝居は」
「きのせいだよ。ほら。よかったね。楽しみだね司」
「わーいわーい」
「…何か俺、騙されてへん?丸め込まれてへん?」
「ないない」
「ないよ」
「ないですよ」
「……」

おわり

2014/02/17